月 光 浴

                                         (2002/8/3up)






「ねえ、月光浴って、知ってる?」
「月光浴? 月光浴ってくらいだから、月の光を浴びるってことだろ。ま、月の光 を浴びて何かの感銘を得るとかさ」
「ブー。ダメ〜。あのさ、森林浴ってさ、そういうことなの。森林の中を歩いて、 フィトン何とかを浴びて、清々しい気分になって、リフレッシュするっちゅうね。 日光浴だったら、日光を浴びて健康になるというか、体を焼くというか、ビタミン Gを作ってくれるのね。」
「フィトンチッドだろ。知ってるぜ。詳しいくらいさ。樹木が発する芳香性の物質 で、殺菌効果があって、空気中の黴とか細菌をやっつけてくれるんだ。森林浴が気 持ちいいのは、そのせいなんだ。」
「だからさ、森林浴じゃなくて、月光浴」
「お前さ、日光浴って、なぜ体にいいのか知ってるのか。ビタミンDを作るからだ っていうけど、じゃ、そのビタミンDがどうして体にいいんだ。えん?」
「だからさ、私が言ってるのは、月光浴だってば」
「あのな、ビタミンDはカルシウムの吸収を助ける働きがあるんだ。そのビタミン Dは日光浴をしないとできないって昔は言われてたんだ。」
「え? 昔は言われてた?」
「そうさ。昔は、だ。」
「じゃ、今はダメだって言われてるの?」
「ダメっちゅうか、そんな簡単な話じゃないけど。そもそも日光浴って何だ、え?」
「だから、お日様を浴びるんでしょ」
「それがどうした」
「それがどうしたって、なんて言い方なのよ、もう」
「だからよ。日光浴ってのは、日光を浴びるんだろう。その日光ってのは、紫外線 なんだよ」
「えっ? じゃ、ダメに決まってるじゃん。皮膚ガンになっちゃうんでしょ?」
「そうはいかないから、簡単じゃないって言うんだよ。いいか、日光浴とは、ほど よい紫外線を浴びるってことなんだ。その紫外線が、さっき言ったように、皮膚に 作用して、皮膚の中のある物質をビタミンDに変えるわけさ。このDがカルシウム の沈着を助けるって寸法よ」
「ちんちゃくをね。じゃ、浴びなきゃダメなんだじゃない。」
「でも今は市販のビタミン剤があるじゃないか。それに今は、オゾン層の破壊で紫 外線がやたらと強くなってるというし、といって浴びないと困るから、ほどほどに 浴びるってことが大切なんだ」
「ふーん、そうなの。ほどほどにね。」
「分かったか。ほどほどだ。でも、ほどほどが難しいんだ。もう、知ったかぶりは 止めとけよ。恥掻くぞ」
「うん」
 そう言いながら祐介は夜空を見上げた。何だか夜空からまん丸な月が落ちてきそ うなほどに眩い。祐介は弘美を言いくるめた気がして、満足だった。
(素敵な夜だ。満月を見ると変身するって話も満更じゃないのかもしれない…。)
「ねぇ、だからさ、月光浴よ」
「月光浴だって。今、俺たちがやってるじゃないか。なかなかのもんだな」
 祐介は、地上に映る二つの影の形を見た。
(そのうちに二つが一つになるんだ。)
「その月光浴なんだけど、月光浴って、日光浴とか森林浴と違って、造語なんだっ て」
「え? 造語?!」
「そうなの」
 祐介は黙ったままである。祐介が黙った時は、その先を続けろという意味だ。や っと、弘美は祐介の気を捉えたと感じた。
「あのね、月の光だけで写真を撮ることを月光浴って言うの。写真家の石川賢治さ んて、知ってる?」
 祐介は相変わらず憮然としたまま、今度は顔を月から背けるようにしている。
「結構、ブームになった写真家なの。その人の写真集の名前が「月光浴」なのね。 そこからこの言葉が生まれたってわけ」
 依然として祐介はダンマリを決め込んでいる。彼には月光浴という言葉が、つい 最近出来たとはどうしても納得できないのだった。
(そんなはずがあるか、こんな言葉なら大分前からあったに違いない)
「あのね、わたし、辞書、引いてみたの。そしたら月光浴って言葉、載ってなかっ た。」
 弘美は、ここぞとばかり説明を続けている。祐介が釈然としないままに、次第に 機嫌が悪くなっていくのが分からないのだ。
「バカだな、お前。辞書に載っていない言葉なんて、腐るほどあるんだぞ。」
 言いながら祐介は、勢いで言っている自分の頑固さを持て余していた。
「ええ、そうかもしれない…」
 ようやく弘美は、祐介のご機嫌を損ねたことに気が付いた。
(もう、遅いんだろうか)
「ええ、そうよね。わたし、バカだから気が付かなかったのかも」
「そうさ、大体、その石川何某(なにがし)にしたって、どうやってその言葉を見 つけたか知れたもんじゃないぜ」
 もう、ヤケクソだった。石川の野郎にコケにされた気分だった。
(俺の弘美になんてことを吹き込みやがるんだ!)
「あのよ、確かさ、森林浴だって、日光浴とか海水浴にちなんだ言葉なんだ。だっ たら、月光浴だって、月光を浴びるから月光浴さ。そういう意味にしなきゃ民主主 義じゃないだろう。ちゅうか、理屈に合わないじゃないか。言葉を作るのは、そり ゃいいけど、人に混乱を起こさせるなんて、碌なもんじゃねえよ。月の光だけで写 真を撮るってんなら、月光写真とでも呼べばいいんだ!」
 祐介は当てが外れたような気分でいた。弘美も、ただの話題を出しただけなのに と、どうしてこんな気まずい結果になったのか、途方に呉れていた。
 やがて祐介と弘美の二人は、空を仰いだ。夜空には月が煌煌と照っていた。祐介 と弘美の二人を追いかけているかのようだった。
 満月を眺めたなら、人は気持ちが可笑しくなって変身することがある。
 今こそ、そうあって欲しいと、切に願いながら、二人はどこまでも歩いていった。


                                   参照: http://fullmoonlight.net/ 

                                               02/07/22