案山子とボクと/蛇 の 祟 り

(04/09/20 up)





案山子とボクと  

蛇 の 祟 り

  






案山子とボクと







 いつだったか、多分、そろそろ夏休みも終わりに近付いていた頃、近所の みんな一緒になって駈けっこしたことがあった。
 時間は、多分、昼下がり。そうそう、段々、思い出してきた。午後になっ て急に雨が降って、村の鎮守の森の境内に雨宿りしていた。みんな、不意の 雨でびしょ濡れ。「あーあ、ずぶ濡れだー」なんて、ワイワイ言いながら、 それでも、ちょっと興奮気味。
 なんとなく昂揚しているような感じがあった。
 夏の雨は、ガキのボクたちには、惨めったらしさがなくて、むしろ濡れるのが楽しか ったような。
 昼間の明るさが、真っ黒な雲のせいで、真っ暗闇みたいになって、内心、 怖かったのをボクは覚えている。でも、そんなこと、言えるはずもない。ワ イワイ、ガヤガヤという仲間の輪で、にこやかにしていた。
 すると、突然、その中の誰だったかが、腰掛けていた境内の階段から飛び 降りて、空を指差した。
 みると、空が明るみを取り戻し始めている。その空の彼方に虹!
「あ、虹だ」「虹だね」「久しぶりだなー」と、口々に虹を見た感動を言い 募った。
 これまでのボクの人生で幾度となく虹は見てきたけれど、あの時ほどので っかい虹は観たことがないような気がする。もしかしたら、鎮守様の前が、 ずっと一面の田圃で、遠い先まで見渡すことが出来たからかもしれない。
 虹が、鮮やかな半円を描いている。虹の七色をつくづくと実感した。虹は、 青々とした稲穂の原の、ずっと先のほうでその足を下している。
 誰だったろうか。
「みんな、知ってる。虹のふもとには宝物が詰まってるんだぜ」と言った。
 ボクは、それを聞いた瞬間、すぐにテレビか漫画で知ったばかりの小判と か、黄金色の珊瑚とか、キラキラ光る櫛なんかを想像してしまった。想像に 過ぎないのに、もう、目が眩むほどに眩しいのだった。
 誰かが言った。「虹の根元まで行ってみようよ!」
 その思いは誰もが持っているみたいだった。「うん」という返事もする間 もなく、みんなして、一斉に駆け出したのだった。稲穂が実っていて、田圃 の原を超えていくのは大変だったはずだ。でも、畦道やら農道やら、用水路 やら、嘗て知ったる藪の道やらを縫って、何処までもみんなして走っていっ た。
 ボクたちの町からは、呉羽山が見える。小高い丘のような山が連なってい て、ボクたちには、その山が、立山連峰より、はるかに身近で、しかも、行 く手を阻むかのような山々に感じられていた。
 虹は、ボクたちの町からは、その呉羽山の山に袂を隠しているようだった。 そうだ、呉羽山の裏手の何処かに虹の根っ子があるんだ。そこに行ったら、 宝物が埋まっている。穴を掘ったら、金銀財宝が姿を現すに違いないんだ!

 奇妙なことに、ボクの中では、記憶が飛んでいる。みんなして駈けていっ たことまでは、はっきり覚えているのだけど、一体、何処まで走っていった ものやら、さっぱり覚えていないのだ。走って、走って、息が苦しいほどに 走ったことだけは、胸に切ないほどに覚えているのだけど。
 宝物が見つからなくて、ガッカリしたのだろうか。何処かの川に行く手を 遮られて、絶望した?
 ふと、今、思い返してみて、その時、ボクは、自分がみんなにはぐれてし まって、一人、何処かの見知らぬ町を歩いていた姿が浮かんできた。
 そうだ、みんなはとっくに諦めてか、飽きてなのか分からないけど、ウチ に帰ってしまったのだけど、ボクだけはバカ正直に、何処までも虹を追いか けたのだった。
 虹は、その姿をとっくに失っていた。青空に七色の夢が吸い込まれ呑み込 まれていって、やがて暮れなずみ、虹どころか空さえ、見失ってしまったの だった。
 ボクは、仲間に逸れて、不安に胸が引き裂かれそうだった。ボクは誰より 臆病な男なんだ。寂しがりやなんだ、甘えっ子なんだ、なのに、ボクを置き ざりにして、どうして、みんな帰っていったんだ、見捨ててしまったんだ… …。
 ボクは、何処へ行く当てもなく、無闇やたらと歩いた。呉羽山から遠ざか る方向へ歩くとか、何か知恵が働きそうなものだけど、ボクにそんな思慮が あるはずもなかった。
 時折、何処かの町の裏道で、薄暮の中から、でっかい人影が現れたりして、 怖くて、つい俯いてしまったりした。
「ねえ、ここは何処、ボクのうちはどっち?」そんなことが聞けるはずもな かった。俯いたまま、ボクは、早足になって、行き過ぎるばかりだった。

 と、見知らぬ町の外れの田圃を歩いていたら、田圃の中に案山子の姿を見 かけた。ボクは、何故か案山子が好きなのだった。なんとなく自分に似てい るような気がしたから? 分からない。ただ、案山子で思い出すのは、それ から一年か二年を経て、小学校に上がった時、先生の質問に答えられなくて、 しばしば教室の後ろにバケツを持たされて立ったこと。
 立ち続けながら、ボクって案山子なんだな、と思ったのだった。
 木偶の坊のボク。
 ああ、でも、ボクは案山子でさえもない。案山子は役に立つことを期待さ れて、立っている。わざわざ、あそこにいる。
 でも、ボクは、ただ、突っ立っているだけ。

 案山子をその時、ぼんやり眺めていた。案山子は、雨が降っても、雨宿り できるはずもなく、よく見ると、まだ、帽子も着衣も濡れている。乾く間も ないうちに、夕暮れを迎えてしまったのだろう。
 ボクは、案山子よりは、やっぱりましなのかな。みんなに期待されてない けど、でも、雨が降ったら、雨宿りくらいはできるし。
 今思えば、悲しいほどにバカみたいだけど、ボクは、案山子に励まされて しまった。ボクは、知恵の遅れた、木偶の坊のような男の子だけど、でも、 案山子よりは知恵がある。動けるんだし…、なんて、ほんの少しの優越感を 貰ったのだった。
 ボクは、ただ、それだけのことが嬉しくて、また、歩き始めた。何処へと もなく。とにかく歩く。それだけがボクにできることなんだし……。
 もしかしたら、今もボクは歩き続けているんだろうか、宛てのないままに。



 参照: 「富山市の夜景 呉羽山展望台」


04/09/04 記





蛇 の 祟 り






 あれはいつのことだったろう。近所のみんなと遊びまわっていた。もう、小学 校に上がっていたような気がする。学校が大嫌いで、学校に友達が一人もいなく って、チャイムが鳴ると、まっすぐにウチに帰った。
 ウチに。そう、ランドセルを置くために。
 身軽になると、家の近くをうろつく。誰もいなくたって平気。でも、ちょっと ブラブラしていると、たいてい、誰かに出会う。二人になり、三人になり、次第 にどんな遊びをやっても楽しめる人数になる。
 だけど、あの日は、なぜかみんなの集まりが悪かった。
 それとも、ボクの記憶が曖昧で、小学校に上がってからは、土日はともかく普 段の日は、一人ぼっちで夕方まで過ごすことが多かったのだろうか。
 ボクは、その日、所在無くて、近くの用水路を幾度となく飛び越えて遊んだり、 竹垣の竹を何かの棒切れでカンカン叩いてみたり、名前も知らない路傍の花や草 を毟って、臭いを嗅いでみたり、ダラダラと過ごしていた。
 そのうちに、ボクの嫌いな近所の兄ちゃんと出会ってしまった。
 兄ちゃんなんて呼ぶけど、実際には兄ちゃんなんて、これっぱかしも思ってい なかった。ただ、臆病者のボクは、そう呼ぶしかなかったのだ。
 この兄ちゃんとの二人きりの出会いが事件の発端だった。いつもは、大概、他 に誰かいたはずなのだ。

「よ、一人か」
「うん」
「どうだ、面白い遊び、教えてやろうか」
「面白い遊び? うん、教えて」
 奴に教えて欲しいという気持ちなど、まるでなかった。ボクは、密かに周囲を 見回していたっけ。そう、誰か他の人が来ないかなって。
 ダメだった。ボクは兄ちゃんに連れられて、何処かの竹藪の中へ入っていった。 もしかしたら、誰かのウチの庭だったかもしれない。なんとなく後ろめたい気が したことを覚えているし。
 奴は、兄ちゃんは、誰の庭かなんて、まるで頓着しない。それに、歩いている 間、一回だって後ろを振り向いたりしない。ボクがあとから付いてくることは当 たり前だと思っている。
(当たり前なんかじゃないんだぞ!)
 そう、言って、後も振り返らずに立ち去れたら、どんなにスカッとしたことだ ったろう。

 気が付いたら、日当たりが悪くて、ひんやりした、何処かジメジメしているよ うな場所にボクらはいた。
「ここだよ」
「ここ?」
 兄ちゃんは、近くにあった棒切れで小高くなった泥の山の斜面をトントンと突 っついた。
「ここに何がいると思う」
「何がいるの?」
「見てな!」
   すると、どうやって引っ張り出したのか、それとも、間抜けにも勝手に出てき たのか、ボクは覚えていないのだけど、泥の中からヌメヌメするようなものが頭 を出した。
 ボクの大嫌いな蛇だった。蛇の頭がニョロニョロと出てきたのだ。
 蛇の奴は、頭だけじゃなく、長い長い胴体を泥の面に這わせ、終いには尻尾ま でも土の上に晒した。
 そのあとのことも、ボクは覚えていないのだけど、兄ちゃんは蛇を棒切れに蛇 を巻きつけた。それとも、蛇の奴が勝手に巻きついてきたのだったろうか。
 曲がりくねる長い胴体が棒切れに絡み付いて、次第に兄ちゃんが握っている手 のほうに登ってくる。今にも、蛇が兄ちゃんの手に噛み付こうとしている!
 すると、兄ちゃんは棒をゆっくり振り回して、蛇をズルズルと後退させる。で も、蛇が落っこちそうになると、兄ちゃんは棒を止めて、蛇がまた這い上がって くるのを見守る。で、また、手元ギリギリになると、棒を振り回す。
 兄ちゃんは、その繰り返しを楽しんでいるのだった。
「どうだ、面白そうだろ。やってみるか」
 ボクは、そんなこと、やりたいわけがなかった。臆病な上に、蛇なんか大嫌い なボク。見るのもおぞましい。そのボクに蛇を甚振るような真似が出来るはずも ない。
 でも、もっとできないのは、兄ちゃんの命令に逆らうことだった。
 命令。そう、兄ちゃんの言葉はボクには絶対命令だった。否、喜んで従う天命 のようなものだった。

「うん、やらせて!」
 ボクは、兄ちゃんから蛇が巻き付いている棒切れを渡された。蛇が中途でトグ ロを巻いている。が、棒が回転していないことを感じてか、また、登ってこよう とする。
 ボクは、兄ちゃんの真似をしようとした。
 だけど、出来ない。棒を振り回しているつもりなのだけど、つい、手加減して しまうものだから、蛇の奴、平気で上り続け、とうとうボクの手ギリギリまで来 てしまった。
「何やってんだ、振り回すんだよ!」
「う、うん」
 なのに、振り回せない。手が凍り付いている。体がガチガチになって立ち竦ん でいる。蛇の目が、ボクを睨んでいる。ボクは蛇に睨まれたカエルになってしま った。まるで兄ちゃんの前にいるボクだった。振り回しているつもりなのだけど、 体全体がブルブル小刻みに震えているだけなのだった。
 そして、ついに、蛇の奴がボクの手を噛んでしまったのだ!
 すると、兄ちゃんが慌てて、棒もろとも蛇を殴るようにして、手で払った。そ れとも、曖昧な記憶だけど、足先で蹴飛ばしたんだっけ。

 ボクは腕に衝撃を受けた。手先がジンジンしている。ただ、蛇の奴が、草むら の中で棒に絡みながらニョロニョロ蠢き回っている。生きている。蛇の生命力!  兄ちゃんは、「手、大丈夫か」と言いながら、蛇のいる辺りを踵で無茶苦茶に 踏んでいる。踏みつけている。蛇がブチッという音を立てた。あるいは、爪と爪 を擦るような音が響いた。ついには、キューというような悲鳴ともつかない微か な鳴き声が耳の中に忍び込んだような気がした。
 依然として手がジンジンして熱い。音は何一つしない。兄ちゃんの息がゼェー ゼェーと聞えてくるだけ。木の葉の音さえ風に揺れても鳴り響かない。
 蛇は、雑草の海の中で溺れているようだった。見ようによっては緑の海を白い 腹を見せて漂っているようにも思える。
「死んだの?」
「そうかもな」
 ボクは、その場を立ち去れるものなら飛んで逃げたかった。でも、兄ちゃんか ら離れることは出来ない。第一、足が竦んで動きそうにないのだった。
 すると、信じられない光景が繰り広げられた。兄ちゃんは蛇のある辺りに、ま た近付き、棒切れを取り、その棒の先に蛇のダラリとした胴体を引っ掛け、クル クル巻きつけるのだった。
(どうするの?)ボクはそう言っているつもりだったけど、喉がカラカラに渇い てしまって、声にならないのだった。
 すると、兄ちゃんは、後ろにいるボクに向けてなのか、「蛇を埋葬してやろう じゃないか」と言った。

 が、あれが埋葬と言えるのだろうか。
 兄ちゃんは、ボクを従え、当時、やっと舗装されたばかりの我が家の裏手の道 路に向った。そして、道路の真ん中辺りにある丸っこい鉄の板を開いた。水道か なにかの栓が見えたような気がする。それとも、メーターだったろうか。
 とにかく、その鉄の蓋を開けると、その空間に蛇の屍骸を突っ込んだのだった。 頭や胴体の一部がどうしても食み出すので、兄ちゃんは棒の先で突っついて、無 理にも押し込んだ。
 そして、また、蓋をする。さらに蓋をした上に乗っかって、トントンする。
 蛇が、あれではグジャグジャに潰れてしまったのじゃなかろうか。ボクは、そ の光景が浮かぶようで吐き気がしていた。
 兄ちゃん、とんでもない兄ちゃん。あれが兄ちゃんなのだろうか。でも、ボク は兄ちゃんと呼ばなければならない。
 これが事件の顛末だった。
 が、ことはこれで終わらなかったのだ。

 その日、ボクは、どのようにしてウチに帰ったのか、まるで覚えていない。既 に日は落ち、すっかり暗くなっていた。夕食など喉を通らなかった。
 いつもは我が侭一杯に好き嫌いを言うのに、その日ばかりは、御飯と味噌汁だ け、惰性で口に入れ、姉ちゃんに付き纏ったり、漫画の本を眺めたりすることも なく、当時、寝室として使われていた仏間の隣りの座敷に閉じ篭った。
 が、蛇の影が、脳裏をちらついて、どうしようもなかった。襖の黒い枠も、天 上の枠も、窓枠も、畳の縁(へり)も、格子の入った板戸も、何もかもが蛇の亡 霊に見えた。
 動かないはずの枠や縁たちが、思い思いに動き回ったりするようだった。
 姉ちゃんだったか、母ちゃんだったかが、覗きに来て、大丈夫? なんて聞い ていたような気がするけれど、大丈夫という以外に、返事の仕様がなかった。蛇 をあんな風に扱っただなんて、言えるはずもなかった。
 それでも、姉ちゃんが居間での勉強を終えて、寝につく時間となった。今日は、 あんた、変ね、なんて言いながらも、姉ちゃんは寝床に入った。ボクは、それを 待っていた。一人では到底、寝られない。隣りに姉ちゃんがいないと安心できな い。
 が、明りを消された瞬間、また、昼下がりのおぞましい光景が脳裏にありあり と浮かんでくるのだった。ボクは、漫画の本の面白い場面を思い起こしたりして、 懸命に不気味な影を拭い去ろうとした。下手な絵の上に油絵具を垂らして、厚塗 りをして、全てをなかったものにしようとした。
 あるいは、甲斐のないことと思いつつも、大好きな御菓子を食べている感触を 思い出そうとした。けれど、口の中でクチャクチャやっている感じが、妙に生々 しくて、お菓子も何の役にも立たないのだった。

   それでも、やっと、眠れたようだった。何故なら、ふいに、真夜中に目が覚め たのだから。
 が、真っ暗闇の中で意識が覚めた瞬間、ボクは、自分がつい先日、やってしま った過ちを思い出してしまったのだ。
 それは、そう、それもまた、蛇に関すること。

 或る日、ボクは、トイレに行こうとして玄関を通り、北の隅へ向った。トイレ の手前の土間の前の通路には板が敷いてあった。その板は、二メートルの長さで 十センチ巾の板切れが数枚並べられ角材に打ち付けられた、スノコ状になってい た。その上を渡ってトイレに向う。
 その日、ボクは、そのスノコ板の透き間から、何か異様な気配を感じた。そし て、よせばいいのに、板を引っくり返そうとしてしまったのだ。
 その瞬間、姿を現したのは、数匹の蛇だった!
 そこから先の記憶は全て飛んでしまっている。
 その日、ボクは何をしたのだろうか。覚えているのは、日頃、父ちゃんに家に 居着く蛇は、ネズミなどを退治してくれるのだし、守り神なのだから、大切にし ないといけないと諭されていたこと。
 なのに、ボクは、あろうことか、我が家の守り神たちを嬲り殺しにしてしまっ たようなのだ。蛇なんてもの、爬虫類や冷血動物なんてものが、怖くて不気味で気持 ち悪くてならず、前後の見境もなく、数匹の蛇の親子たちを全て、殺してしまっ たらしいのである。
 そして、その過ちを犯した、数日後だったかに、あの兄ちゃんと二人きりにな る事件に遭遇したのだった。
 ああ、ボクが垣間見た、兄ちゃんのおぞましい行為は、あれは、ただの兄ちゃ んの気紛れな行動に過ぎないのだろうか。
 それとも、家の守り神たちの身を賭しての復讐だったのか?!
 いずれにしても、それ以来、ボクは生き物を殺すことができなくなった。但し、 優しさの故では決してなく、ただただ、守り神の祟りが怖いからなのだけれど。


04/08/31 記