金木犀の頃/縄の記憶

(04/10/22 up)





金木犀の頃  

縄の記憶

  






金木犀の頃







 あれはボクが中学生だった頃のこと。保育所時代には、戦争の爪痕が残って いた町も、十年も経たないうちに、よほど注意深く探さないと見つからなくな っていた。
 ただ、地元の人間は別である。ボクも、ガキの頃から近所を遊び回っていた し、訳の分からない残骸の類いに何か不気味な感じを受けたりした。
 そんな中に、防空壕があった。中学生になった頃には、誰に聞いたわけでは ないけれど、あれが防空壕だということは分かっていた。表の車が行き交う産 業道路からは一歩脇の細い道を、ほんの十メートルも歩くと、その防空壕に行 き当たる。周辺は、瓦礫が散在していて、通りに面した一帯の復興振りから、 取り残された感があった。
 記憶では、防空壕の中は危ないから近寄ってはいけないと、学校の先生か、 それとも、大人たちにか、口々に言われていた。ボクの両親に言われたかどう か、覚えていない。多分、違う。だって、そんなところで遊ぶなんて、知るは ずないし。
 きっと、ボクたちが遊ぶのを見掛けた誰かが学校に通報したか、でなかった ら、見た奴が叱ったのだったかもしれない。
 中学生になった或る日の頃、幽霊話に花が咲いた。ある繁華街の一角にある、 今にも倒壊しそうなボロ家が怪しい。夜な夜な、得たいの知れない何物かが現 れては、家の中へと手招きする。ある学校の生徒が、夜遊びに出て、つい、そ の家の傍に近付いてしまい、誘惑に駆られ、家の中に入ったきり、ぷっつりと 消息を絶った……。
 いや、それだったら、運河にほど近い掘っ立て小屋がもっと不気味だ。日中 は、誰も住んでいる気配が無いのに、夜になると、人影がうごめく。そこなん か、子供じゃなくって、大人の人が吸い込まれるように中に入ったきり、二度 と日の目を見なくなる……。
 大空襲を受けた戦火の痕が、方々に残っている時代ならではの噂だったのだ ろうか。町のあちこちに、未だ住む家の見つけられない人々が、食べ物を求め て彷徨い、あるいは人の目の届かない一角に住処を勝手に確保しているのだっ た。主の帰りを空しく待って久しい家も数々あったのだった。

 ボクにしても、夏休みだったかに、友達と一緒に勉強するんだとか親には言 っておいて、そんな家にみんなと忍び込みに行ったものだった。
 そうでなくたって、藪や野原などの空き地は、随所に見つけられたのだ……。
 防空壕もボクのお気に入りの一つだった。尤も、仲間たちは、その場所には 疾うに飽いていたし、夜にわざわざ出向く気まぐれは卒業していた。
 ボクは、学校の先生が大嫌いだった。学校もうんざりだった。中学に入って からも、友達を見つけることが出来なかった。小学校の頃だって、学校ではな んとなくワイワイやっているけれど、下校を共にする相手は、とうとう卒業す るまで見つけることはなかった。
 ひとり。いつも、ひとり。
 それでいて、自分が孤独だと思ったことはなかった。そんなものだと思って いたのだ。ボクの世界には、空っぽの薄暗い部屋があるだけ。窓はあるけれど、 カーテンが閉め切りになっているわけでもないのに、日が差すこともない。そ もそも、外が昼間なのか夜なのかさえ、分からない。
 というより、どうでもよかった。
 世界はガランドウ。空っぽ。
 そんなボクに干渉する奴は、親だろうと先生だろうと、同級生だろうと、ボ クは毛嫌いしていた。せっかく、静かで落ち着いた世界に憩っているのに、何 故、邪魔をするんだ!

 そんなボクが初めて、寂しいと感じたことがあった。それは、金木犀の花の 盛りの頃だった。ボクは、中学からの下校の道を歩いていた。学校もつまらな いけれど、我が家も退屈だった。
 ボクには人がいるところが全て退屈な場なのだ。人の居ないところ、そここ そが、寛ぎの場、ゆったりと息の付ける空間なのだ。
 そう、空っぽの間が、ボクの居場所。
 学校が終わると、何処のクラブにも所属していないボクは、真っ直ぐ帰る。 勿論、家に帰るわけじゃない。防空壕だ。みんな、そろそろ受験を意識してい た。先生も、勉強をやかましく言う。学年が上がると、前の年の成績順でクラ スが決まる。ボクは、十クラスあるうちの十番目が決まったも同然だった。別 にそのことで、劣等感は抱かなかった。
 どうでもいいことなのだ。ボクの空間さえ、あるなら、どこだっていい。
 ボクは、いつもの通り、人目を避け、我が隠れ家へ急いだ。早く息をしたい。 襟元のボタンを外して、ほっとしたい。その一心だった。

 が、思えば、その日は、様子がおかしかった。金木犀が誇らしげに、オレン ジ色の小さな花々を咲かせていた。日の光を浴びて、橙色が、角度によっては、 黄金色に輝いたりした。なんだか、眩しいほどだった。
「金色の雪よ」
 不意に、そんな声が聞こえてきた。が、姿が見えない。怪訝な思いをしなが らも、不気味なので、足早にその場を去った。甘いような、どこか微かに酸っ ぱいような香りが、どこまでも追い駆けてくるようだった。
 ようやく、金木犀の香りから逃れられた。防空壕だ。そうだ、あの中に入れ ば、金木犀だろうと、何だろうと、この世の一切の不気味で不透明なものから 逃げられる。断ち切ることができる…。
「そうはいかないわよ」
 さっきと同じ声だった。しかも、今度は姿が見える。その子は、夢の中にい るのではなく、目の前に居る。いつしか見始めるようになっていた夢の中では、 ボクは、その頃、可憐な少女といつも一緒に居るのだった。
 そして、今、目の前に夢の中の少女が、現実に居る。

 最初は秋の日の光が逆光になっていて、顔がよく分からなかったけれど、そ の子は、同級生の女の子だった。いつの間にか、胸のうちに住んでいたけれど、 ボクは、その子のことを無視していた。いや、その子のほうこそ、ボクを無視 しているんだから、ボクだって、知らん顔を決め込んでやると、頑なに思って いたらしい。
 らしい……。ボクにはボクの気持ちの動き方が分からなかった。妙に勝手に 動いてしまう。ボクは戸惑うばかりだった。ボクにはボクの世界がある。その 世界を誰だろうと邪魔して欲しくない。ボクの願いは、ただそれだけだった。
 それだけのはずだった。
 ああ、でも、そこに彼女がいるじゃないか。ボクはどうしたらいいのか、さ っぱり分からなかった。
「あなた、いつも、ここに来るのよね」
 ボクは、無言だった。訳もなく喉がカラカラになっている。心臓が高鳴って いる。ボクは、一体、どうしたんだ?!
 ボクは、(ここはボクの場所だ。ボクだけの場所だ。邪魔しないでくれ!) そう言いたかった。でも、唇が乾いてしまっていて、一言だって喋ることがで きないのだった。
 ボクは、急に我慢がならなくなって、防空壕の前を立ち去った。それとも、 彼女から逃げ去ったのだったろうか。
「金木犀!」
 逃げる背中に彼女の声が突き刺さる。
「香り、強烈なのよ、逃げられないわよ」
「もし、金木犀を忘れたって、春には沈丁花が咲いて、あなたの周りで薫るん だから…。夏には、梔子(くちなし)よ!」

 ボクは必死で逃げた。どうして、ボクの平安な世界をブチ破るんだ。ボクに は、花も彼女もいらない。ひとりで、のんびりしていれば、それでいいんだし。
 その夜は長かった。ボクは、胸の奥で後悔してる自分を感じないわけにはい かなかった。でも、それを認める勇気はなかった。部屋の片隅で体を縮こまら せて、そうして、繭にでも包まれてしまえば、外界の一切を拒むことができる ……、そんな幻想にしがみ付いていた。
 ボクの目の前には、今までとは違う、あまりに広い広い、見通しなどまるで 利かない墓奪うたる世界が伸び広がっている。花々が咲き乱れ、鳥が舞い、蝶 や蜂が蜜を追い求め、緑なす山々が青い空と白い雲を背に連なり、そこここに 幸せそうな人たちが、声を交し合っている、歌っている。
 ああ、あまりに違う世界だ。砂漠のようなボクの単純明快な世界とは雲泥の 差だ。そんな複雑な世界にボクが住めるはずが無い!

 夜も更けて、まんじりともしなかったボクもいつしか、寝入りに付いたよう だった。夢の世界にいた。何処かの中学校の生徒が姿を消したという朽ち果て た木造の家屋の中にボクは、誰かの暖かな手に導かれるままに、ただただ魅入 られるようにして入り込んでいった。まるで自分が幽霊になったような感覚だ った。足で一歩一歩、足元を確かめながら、建物の中に入ったとはとても思え なかった。
 気が付くと、ボクは家の中にいた。中は、目を疑うようなパステルカラーの 世界があるのだった。レースのカーテンが、小奇麗なリボンで窓の端に止めら れている。外からは溢れるような陽光が、たっぷりと注ぎ込まれている。可愛 い椅子やテーブルがあって、人形が棚に飾られている。
(ここが噂の幽霊屋敷?!)ボクは思わず、素っ頓狂な声を上げたらしかった。
 すると、ふふふ、という小さな笑い声と共に、
「外見と中身、まるで違うでしょ。さあ、遠慮しないで、奥まで入って」とい う、彼女の声が聞こえてきた。
 彼女は、扉の向こう側にいて、何かしているようだった。
 背中を向けている、という感じがあった。
 ボクは、恐々と、それとも、好奇心に駆られてか、扉の向こうに行こうとし た。
 が、
「ここから先はダメ。ちゃんと、あの場所でわたしと一緒に……」
 そう彼女が言いかけたところで、目が覚めた。

 一緒に何だというんだ? あの場所って? ボクは、胸が焦がれて苦しいほ どだった。あと一歩なのだ。そうしたら、彼女の顔を眺められる。彼女の瞳を 食い入るように見詰めることができる。彼女のカールした髪に触れられる。彼 女の甘い息を頬に受けることができる……。
 そうだ、ボクは、あの子に会いに行かなけりゃいけない。とにかく、会うん だ。彼女は、きっとあの場所にいる。

 不思議なことに、彼女が同級生だということをボクは、すっかり忘れていた。 同じクラスにいる。声だって、いつだって掛けられる。なのに、ボクは、彼女 とは、あのボクの隠れ家、ボクの秘密の基地である、あの防空壕で会わなけれ ばならないという固定観念に取り憑かれていた。

 朝だった。雨だった。ザンザン降りの雨なのだった。風さえ、吹きまくって いた。でも、そんなことはどうでもよかった。ボクは、朝食もしないで、学校 の近くの防空壕に向った。傘を叩く雨の音。足元どころか膝までが水撥ねでビ ショビショになった。
 彼女が間違いなく、そこにいる。ボクは、住宅街の一角を曲がった。そうし たら防空壕が見えるはずなのだった。
 つまり、彼女の姿が見えるはずなのだった。
 が、そこには誰もいなかった。雨に降り込まれる寂しげな廃墟の痕があるだ けだった。
 彼女は? 何処に居る。キミは、何処に居るんだ?!

 どれほど、立ち尽くしていただろうか。学校の登校時間が迫っていた。仕方 なく、その場を後にした。そして学校に向った。通り道には、金木犀が咲き誇 っているはずだった。芳しい香りでボクを慰めてくれるはずだった。
 が、そこにあるのは、花の落ち切った金木犀の無慙な姿だけだった。路面に は、雨に叩かれている無数の花びらが哀れにも散り乱れているのだった。昨日 の咲き誇った姿が、まるで嘘のようだった。
 ボクは、悄然として学校へ向った。確か、登校時間ギリギリに間に合ったと いう記憶がある。
 教室に入った途端、ボクは、何を焦っていたんだろう。だって、彼女は学校 にいるんじゃないか。同じクラスじゃないか。これからだって、毎日、会える んじゃないか。チャンスは、これからだって、たくさんあるに決まっている…。
 それでも、胸騒ぎめいた高鳴りは収まらない。
 ずぶ濡れの体に凍える思いをしながら、彼女の席の辺りを見遣った。
 が、いない?! えっ、いない?! ボクは、もう一度、彼女の席を見た。 やはり、いない。どうして?! ボクが追い駆けていることに気付かれた?

 先生が入ってきた。そして、開口一番、彼女の話になった。先生の話を聞いた途端、ボクは 真っ暗になってしまった。何も見えなくなってしまった。何も聞えなくなって しまった。
 ただ、耳の奥で、「転校」という言葉だけが空しく響いているのだった。


04/10/03 作





縄の記憶






 オレが大学生だった或る日のこと、講義に出る気になれず、ふと、脇道に逸 れていった。
 バスで通学していたけれど、気が向くと、歩いても通った。まあ、片道、一 時間半も歩けばいいのだから、暇だったオレは、講義が遅めに始まる時は、天 気さえ良ければ、よし! 今日は歩きだ! と思い立ってしまうことがしばし ばあったのである。
 正確な時期など、覚えていない。ただ、しばらく歩いていったら、稲刈りも 終わったと思われる風景に遭遇したのだから、まあ、九月には入っていたのか。
 稲架(はさ)の連なる田園地帯。オレの田舎の風景を思わずにはいられなか った。
 刈り取った稲を稲架(はさ)で天日干しするのである。稲穂が垂れている。 近付くと、いがらっぽいような、目や喉がチクチクするような感じを覚える。 風に飛ばされたりしないよう、縄でしっかり三脚の形に組まれた稲掛けに止め られている。
 オレは、何故か魅入られるように、畦を越え、稲架の傍に向ってしまった。 稲藁の乾き具合とか色の感じからすると、そろそろ稲扱きの時期も近そうだっ た。
 稲、縄、木組み、竹、泥…。オレは、田圃の雰囲気にドップリと漬かった。 田舎の家では農作業など、手伝ったこともないのに、遠地に来ると、稲刈り間 近の風景が妙に懐かしく感じられる…。
 ホームシックに罹っている? このオレが?
 遠くに人影を見受けたので、オレは慌てて田んぼを出て、もとの道へ戻った。
 けれど、稲のザラザラした感触がオレをしっかりと捉えていた。まるで縄で 体が、心までが呪縛されたようだった。

 そうして、やっと、オレは、思い当たった。
 そうだ、つい先日の講義で、縄文時代についての説明にと、実物の縄文式土 器が持ち込まれてきたのだった。講義机のど真ん中にドンと置かれた土器にオ レは、訳も分からないままに、異様な興奮を覚えていた。先生の講義内容など、 頭にさっぱり入らなかったが、土器の持つ存在感は、オレを圧倒していた。
 縄文式土器。オレには、無縁の存在だった。そもそも、教科書的な知識以上 にオレには何の予備知識もなかったはずだ。が、土器の土の感覚、そして、表 面の縄の文様にオレは、得体の知れない生々しさ、否、もっと言えば、えげつ なさを感じていた。
 そのあられもないような生の感覚を、オレは、最初、敬遠していた。オレに は、刺激が強すぎると直感していたからかもしれない。

 高校時代は受験勉強に明け暮れていて、目出度く現役で合格は果たしたもの の、オレは何だか、方向感覚を失っていた。覇気が失われている自分を感じて いた。五月病が夏休みを過ぎても延々と続いているようだった。

 高校の時、好きな女の子がいた。思いを打ち明けようとまでした。が、いざ、 その時になったら、とんでもない現実に直面した。それは卒業間近の或る日の 放課後のこと、偶然にもオレは教室に彼女が居残っていることに気付いたのだ。
 今だ、今しかない。打ち明けるのは今なのだ! 掃除か何かで残っていたら しい彼女は、教室の隅っこで、道具を片付けていた。その愛らしい後ろ姿。心 臓が高鳴っていた。周囲の何も目に入らなかった。
 声を掛けようとした、その瞬間だった。教室に、同級生の奴が入り込んでき た。ああ、せっかくのチャンスが…。が、奴、彼女に話し掛けるじゃないか。
「やあ、待ったか」
「ううん、今、終わったとこ」
「じゃ、行くか」
「うん」
 行く? 何処へ行く? オレはどうなる?
 オレは置いてけ堀だった。受験勉強真っ盛りの時は、彼女、しばしばオレに、 「ここんとこ、教えて」なんて、やってきた…。オレに気があるのかと、自惚 れてもいた。それが油断だったのだ。気が付いたら、既に彼女は、他の奴のも のになっていた…。
 大学の夏休みに帰省した時、ある友人に、高校の時のお前は、受験、受験で ガリガリ亡者だったよ、なんて、言われたっけ。ということは、彼女にも、そ ういうふうにオレは見られていたってことなのか。ショックだった。
 大学生になって、目的が見失われ、彼女も奪われ(勝手に彼女はオレのもの だと思い込んでいたオレだったのだ)、進学のために他の全てを犠牲にしてい たから、大学に入ったはいいけれど、感情の何処かにポッカリ穴が出来ていた のだ。
 思い出したくないが、その彼女、高校を卒業した直後に、奴と分かれたっけ。 あれとは、手が切れたんだよ、飽きちゃったし、なんて、奴の捨て台詞めいた 言葉も、噂で伝わってきた。
 そう、オレは、そんな噂を聞いた頃、頭の中は妄想で一杯だった。
 どんな妄想なのか…。

 オレは、縄文式土器の存在感に圧倒されていた。縄で呪縛された土。講義で 上の空で聞いていた話が、断片的に頭の中でうわ言みたいに鳴り響いていた。 縄は、イグサとかカバとかサクラなどの樹皮を使っていたとか。
 話をまともに聞いていなかったので、その縄というのは、身に纏ったり衣服 を縛ったりする縄なのか、荷物を括ったりする縄なのか、それとも、土器に文 様を付ける、それこそ縄文という時の縄なのか、オレは分からないままだった。
 とにかく縄という言葉が勝手に脳裏を蠢いていた。
 それは、縄というより、蛇だった。蛇がニョロニョロと這い回っているのだ った。蛇は、泥の中を、土の中を、そして土器の周りを冷たい目と冷たい胴体 とで経巡っていた。絡み取っていた。熱い血肉を冷たい胴体に隠している。滾 るような血肉が、てらてら光る蛇の長く折れ曲がった身体に蔵されている。
 蛇は、闇から闇を渡り、どんな透き間をも見逃さず、どんな穴にも入り込み、 狙った相手の体と蛇の身体との間には、微塵の透き間もない。ねちねちと絡む。 へばり付く。絡みつく。泥の造形物を幾重にも取り巻く蛇の胴体。
 蛇はオレだった。オレの途方もない延長だった。オレは、蛇となり、あの温 かな土器の体に纏いつく。手で造形された土器。手で捏ねられた壺。手のどん な横暴にも素直に応える土の、しなやかで、あたたかで、したたかな抵抗。  ああ、蛇はオレだった。オレの一物だった。オレは、土器という名の女に絡 み付いているのだった。蛇は、時に御柱の如くに猛々しく、雄雄しく、神々し く、猛り狂い吼え捲る。それは竜の化身。

 それでいて、壺の中だろうと、土くれの中だろうと、闇の世界だろうと、地 の底深くだろうと、血の滾り沸騰する血肉の池だろうと、剣の刃の林立する林 だろうと、傷つくことを恐れず、怒張した柱は這いまわっていく。のた打ち回 る。我が身を切り刻んでも、擦れて擦り切れようとも、そんなことを頓着する はずもなかった。
 欲望と本能が全てだった。大地の踊りなのだった。宇宙の情熱の焦点がオレ の一物となって、地を這い、闇を這い、土の造形を締め付け、存在の真っ赤な 穴へと分け入っていくのだった。

   オレは、御柱となった一物に引き摺られていた。オレには、もう、自由など ないのだった。歩くのが苦しい。が、坐ることも出来ない。カチンカチンの柱 は、ひたすらに突っ張っている。岩の壁だって、今なら突き破るに違いない。 久しく抑え付けられていたものの全てがオレの殻を粉微塵に粉砕し、オレを自 在に撓る御柱そのものにさせてしまっていた。
 そうして、気が付くと、オレは、ある民家の庭先に立っていた。女の影があ ったから。獲物があったから。
 そしてオレは、その日……。
 後のことは覚えていない。
 ただ、やっと、奴への復讐を果たしたと感じただけだ。


04/09/27 作