(03/03/17up)
生きるということは実に不思議なことだ。これほど簡単なことはないように思え
るけれど、そう、昨日と同じように今日も生きればそれでいいように思えるのだけ
れど、そうはいかない。
逆に同じように生きようと、暮らしていこうと思っても、意に反して生き方を何
かによって問い掛けられ、時には無理にでも姿勢を変えざるを得なくなってしまう。
淡々と生きていて、何も新しいことなど起きず、あまりに単調で退屈な日々が続
いているとしか思えないでいると、ある日、思いがけない転換点に差し掛かってし
まい、ガラッと周囲を見る目が変わってしまうことがある。
何かが不意に変わったのか、それとも何気ない日々の積み重ねが、量の増大が質
の転換を生むように何か新しい位相へと己を運んでいってしまったのか。何処かに
ターニングポイントがあったのに違いないのに、ずっと後になってやっと、そうか
あの日が変わり目だったのかと分かるだけなのだ。
この世に生きていることに気づいてから、誰でも多かれ少なかれ背負うものがあ
る。それは外貌かもしれないし家柄かもしれないし、環境かもしれないし、肉体的
あるいは精神的資質かもしれない。物心付いた時には、もう、あまりに多くのもの
を戴いてしまっていることに気づいて愕然とするかもしれないけれど、大概の人は、
無邪気に自由が自分には広がっているような恵まれているような錯覚それとも幻想
を抱いたままに、いつか頭をどやされるまで可能性という名の幻想に吊られて生き
ていく。
でも、そんな幻想がない人生などというのは、想像を絶して味気ないに違いない。
自分の力で現状を変えられるかもしれないという自由への幻想がない人生など、死
んで生きるにも等しいのかもしれない。
本当は自分は変わるかもしれないと期待しつつ、何も努力などしていないと分か
っていても、それでも、何かを今後に期待してしまう。なんて虫のいい期待なのだ
ろう。それでも、夢を追ってしまうのである。
さてしかし、物心付いた時に幻想を打ち砕かれる人もいる。重いというより、重
すぎる枷に呻いてしまう人もいる。
何だか知れない闇の圧力に圧し掛かられて、顔が心が歪んでしまっている人がい
る。闇の中の手は、その人の親の姿をしているのかもしれないし、もっと形の抽象
的な、表現に窮するような何かの形をしているかもしれない。
あまりに早く生きる上での重石を感じ、打ちひしがれてしまった人は、気力と胆
力があれば、人生そのものに反抗するかもしれない。あるいは自尊心の高すぎる人
なら、人生を拒否するかもしれない。生きることを忌避するのだ。人生の裏側の世
界へ没入していくのである。数学の世界に虚数というものが存在するように、人生
にも虚の広大な世界が実在する。虚の実在。
それとも、優しすぎたり生きることへの意志の薄弱な人なら、ひたすら重石のな
すがままに己の体や心を変貌させていくのかもしれない。その心や肉体は重石の形
の陰画であり、心と体の肌の表面には重石のデコボコがそっくり印刻されてしまっ
て、呼吸をするのさえ、重石の表面のデコボコの透き間を縫って、やっとの思いで
為している始末である。
今、ここでほんの少し焦点を合わせたいのは、そうした物心付いた時には既に陰
画としての虚の世界を生きるしかなかった人の世界だ。
コンクリートかアスファルトで舗装された大地。その大地には息する余地さえ与
えられない。それが現代における都会だ。少なくとも歪んだ心と共に生きる人には、
新鮮な大気というのは、夢のまた夢なのである。それでも生きている限りは息をす
る。懸命に酸素を吸おうとする。
海やプールで初めて泳ぐ時、息継ぎに苦労する。大概は、息を思いっきり吸おう
とする。まだ肺の中の汚れた気体を十分に吐いていないのに、そこに無理矢理、息
を飲み込もうとする。だから、段々肺の中に綺麗な空気と汚い空気が充満して、肺
が苦しくなるのだ。
肝腎なのは吸って既に吐くべき気体を吐き出すことなのだ。そうすると気体の抜
けた肺は自然に息を吸うのである。動物の肺は、そうなっているのだ。
が、大地の下の押しひしがれた生き物は、いつ大気を吸えるか分からないものだ
から、必死な面持ちでグッと吸い込もうとする。コンクリートに僅かな罅割れを見
出して、そこから茎や葉っぱを押し出して、日の光を浴びようとする。そうしない
と生きられないのだ。
軟弱だったり惰弱だったり、優しすぎる人だって、生きる以上は、生きている限
りは息をする。アスファルト舗装の分厚い壁をぶち割る気力など到底ないのだけれ
ど、それでも、何処かに透き間を探し出し、あるいは我が身を捩じらせくねらせて、
重石の彼方の天を仰ごうと願う。
きっと、そういう人は想像力が逞しくなるに違いない。失われたものの代わりは、
必ず得ようとするのが生き物の常なのだから。何かが圧殺の危機に陥ったなら、そ
の代償として他の何かを増殖させる。それが実は肥大させてはならないものであろ
うとなかろうと、そんなことにはお構いなしだ。そんな悠長なことは言っていられ
ないのだ。顔を歪ませてでも、とにかく舌を伸ばして乾いた心と体のために水を得
ようとする。目を皿にして何か救いの徴候がないかと必死の形相になる。髪を逆立
て、神経を尖らす。
捜しているもの、求めているものは、ユートピアなのかもしれない。恩寵の到来
なのかもしれない。この世の誰にも打ち明けることのありえない、自分でも笑って
しまいそうなほどに滑稽な、でも、切実な光の煌きへの渇望なのかもしれない。そ
んなことがありえないと、自分が一番よく分かっている。そんなことがありえるく
らいなら、そもそも、自分が苦しんだり悩んだり虐められたり追い詰められたりす
るはずがなかったのだから。
神も仏も信じない。それは生煮えの世界なのだ。現に燃えている、我が家が、我
が身が燃え盛っているというのに、いつの日かの恩寵などお笑い種ではないか。
闇の世界に放り出されて生きてきた以上、闇の中で目を凝らして生きる余地を捜
し、真昼のさなかに夢を見る。その人の目は、この世の誰彼を見詰めている。けれ
ど、その人の目は、誰彼を刺し貫いて、彼方の闇を凝視している。何故なら自分が
この世に生きていないことを知っているからだ。
そして心底からの願いはただ一つ、自分を救って欲しかったというありえなかっ
た夢だということを知っているからだ。そうした夢が叶うのは虚の世界でしかあり
えないのだ。だから、この世を見詰めつつ、その実、白昼夢を見るのである。
願うのは生きられなかった己のエゴの解放。そうであるなら、つまり叶うことが
ありえなかったのなら、せめて、心の脳髄の奥の炸裂。沸騰する脳味噌。
何か、まあるい形への憧れ。透明な、優しい、一つの宝石。傷つくことのない夢。
そうした宝石をきっと、誰でもが、遅かれ早かれ探し始めるのに違いない。そう、
ちょっと、ほんの少し、探し始めるのが早かったのだ。もっと、たっぷり生きて殻
でよかったのに。でも、一旦、初めてしまったなら、やり通すしかない。真昼であ
っても闇、闇夜であっても同様の白い闇の世界の小道を、何処か深い山の奥から渓
流の勢いに押し出されたヒスイの原石を求めて、終わりのない旅を続けるのだ。
02/05/08 01:54
15.人は死ぬと土に還る
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(03/07/05 up)
タイトルについては、すぐに「人は死ぬと土にカエル」と決めることができたの
だけど、「カエル」にどんな漢字を当てるか、ちょっと迷った。
候補としては、「帰る」「還る」「返る」のいずれかが穏当だろうとは思えた。
まさか、「蛙」はないだろうし、「孵る」というのも、文章の練り具合では、使い
ようもないではないが、今は適当ではない。
やはり、最初の三つから選ぶことになる。そこから先を絞るのには困ったのであ
る。
尤も、「かえる」と、とりあえず平仮名で押し通しておくこともできないわけじ
ゃない。あるいは、「土になる」と表現して、困るというわけではない。ただ、小
生としては「土にかえる」という表現を採りたいし、その際には、どれかの漢字を
選び使用することで、自分の考えを明らかにするべきだという発想があるので、ど
うしても何か漢字を選んでおきたいのだ。
ちなみに『広辞苑』によると、「帰る」「還る」「返る」のいずれも、「事物・
事柄がもとの所・状態・人などへもどる」という点では共通するようだ。ただし、
「返る」だけは、「反る」と同じニュアンスを持ち、「時の経過やある種の操作に
よって今までと違った状態・性質になる」場合に使われることもあるようである。
ま、あまり言葉に拘るのは、これから書くことの趣旨にそぐわないので、「帰る」
「還る」の二つのうち、「還る」を選ぶことに決めた。永劫回帰ではないが、輪廻
転生の意味合いも幾分、加味されているような気がしたからである。
土。
小生の生まれ育った郷里は、少なくとも昔は田園風景の広がる、まだ長閑さの残
る町だった。小生の生まれるほんの少し前までは村だったというのも、頷けるもの
があったのである。県庁所在地であり、ターミナル駅から歩いて十数分だというの
に、駅の裏側という地だということもあってか、我が家の回りも田圃が広がってい
たのである。というより、田圃や野原や雑木林の中に農家や商店などが集落風に散
在していたというべきかもしれない。
当然、家の庭も、家の脇を走る道も砂利道か農道であり、雨が降るとあっという
間に水溜りが方々にできる。雨上がりに、たまに入り込んでくる車などが通り過ぎ
ると、土埃が濛々とたつ。
田圃は勿論だが、土の庭などは雨の止んだあとなど、わざと裸足でしっとりと濡
れた黒っぽい土の上を踏んで回ったりした。水溜りでパシャパシャしたのは言うま
でもない。
我が家には土蔵があった。文字通りの土蔵であって、藁と泥との土壁なのである。
その壁には、戦争中に米軍機に機銃掃射された際の弾痕が生々しく残っていたりし
た。ほんの少し近所を歩くと、空襲で瓦礫の山と化した一角に防空壕なども残って
いた。
そんな中、小学校の帰りだったと思うのだが、学校から我が家への一本道に沿っ
て掘られた巾にしたら三十センチもないような溝に異様なものを見た。犬の死骸だ
った。秋田犬か柴犬風な雑種だったような朧な記憶がある。蛆が無数に湧いており、
蝿が集っている。ということは、何度も見かけたはずなのだが、見たという記憶は
一度しかない。普段は目を背けて歩いていたのが、その時は、つい、見てしまった
のだろうか。
今、この文章を書いていて思い出したのだが、小生が小学校に上がる前には、我
が家にも飼い犬がいたのだが、猫いらずか何かを食ってしまって、それで死んだと
聞いている。
実は、その愛犬と姿格好が似ているのを、今、思い出したのだ。
死骸が路上に横たわっている。しかも、事故か何かで一時的にではない。それだ
ったら、現代の日本だって事故直後だったりしたら、ありえない光景ではない。小
生もタクシーが宅配のバイクを跳ね、路上に若い男の人がアスファルトの道路に横
たわっており、その脇で、タクシー運転手が茫然自失という体で立ち尽くしている
のを見たことがある。
しかし、犬は蛆が湧くほどに腐乱していた。お腹がそろそろ白骨が見えそうなほ
どに何かの動物に食いちぎられたのか、それとも腐敗し始めていたのか、いずれに
しても何日間は放置されていたわけである。
ところで、今は潔癖なほどに街中に死の気配の払拭された日本だが、ほんの数世
代前には、死骸が、それも動物だけではない人間の死骸がゴロゴロしている風景が、
当たり前だったことだってあったのだ。飢餓に苦しんでいたのは、そんな遠い昔の
ことではないのである。まして、病人が家の何処かの部屋に寝込んでいるという風
景は珍しいものではなかった。
それが、今では、病人や特に死を目前にする人の姿を近所で見かけることは少な
くなった。病や死が身近なものではなく、病院の一角に追いやられる忌むべき<穢
れ>になってしまったのである。死が、自分のもの、家族のもの、近所の人々のも
のではなく、病室での徹底して孤独なる営み、人の目からは隠しとおされるべき非
日常、異常な何かとされてしまったのである。死や病は、私のもの、家族のもの、
仲間たちのものではなくなったのだ。
死だけではなく、病そのものが、もっと言うと老いることが汚らわしいことにさ
れてしまったのである。若く見られることを至上の喜びと思う女性やご老人。実際
は七十、八十なのに、「六十歳にしか見えませんね」などと言われると相好を崩し
て歓んでしまう。
何故、若いことがいいことなのだろう。何故、元気でいることが最善なのだろう。
遅かれ早かれ老い、病み、死ぬことが必定だというのに、そのように宿命付けられ
ていることは呪わしいことなのか。
だったら、老いている人、役に立たない人、病んでいる人、死を目前にしている
人たちは、すべて、呪われた人たちということなのか。
老いや病みを忌むべきものと考えれば考えるほど、いざ、自分がその立場に追い
やられたなら、その業苦を自分だけで背負わなければならなくなる。忌むべきもの
を今更、他人と分かち持つわけにはいかないのだから。
お釈迦さまが、生老病死を人間の四つの苦悩として示した。が、ではその四つの
苦しみのない人生とは、一体、いかなるものなのか。老いや病や死を先延ばしした
いというのは、人情である。小生も心底、思いっきり先延ばししたいと思う。
けれど、そうした思うがある限り、老いる人、病む人、死に臨んでいる人たちは
浮かばれないし、そうした人々との関わりに灯りが射すことはありえない。という
ことは、実は、遅かれ早かれそうなる定めである自分の人生との真正面からの関わ
りを忌避していることになるのだということに、気付いていないということになる。
水上勉氏だったかの作品に、『土を喰らう日々』(文化出版局刊、新潮文庫にも
入っている)というのがあった。
小生は、書店で(広告で?)最初にこのタイトルを読んだ時、奇を衒う類いの本
かと思ってしまった。しかし、手にとって読むと、自分の浅薄なる誤解が呆気ない
ほどに氷解した:
http://www.sugawara.com/cook/book/minakami.html
そうだよ、もともとは、小生だって数百年は歴史を辿れる百姓家の生まれだった
のだ。御先祖さまは、ずっと田圃を耕し土を肥やし土の成果を口にして来たのだ。
そして一生を土と共に生きて、やがて土に返ったのだ。まるで野ざらしのような墓
場に先祖の遺骨が納められている。火葬が常だったので、死んだ体が土に真っ直ぐ
に還るというわけではないが、焼けた灰は土に戻されるし、焼けた煙は天を迷い舞
った挙げ句、何処かの田か野原か川に舞い降り、土の肥やしとなったのだし、形は
違っても、迷う道があれこれあっても、所詮は土に還ることには変わりがなかった
のだ。
小生が田舎にいた頃は、我が家の庭からお袋が、ネギとか茄子とか(玉葱とかジ
ャガイモとかキャベツとか)をもいできて、それを簡単に調理して食卓に出された
ものだった。そんなガキの頃の風景には、無知な自分はうんざりしていたものだ。
そろそろ素朴な料理より、カレーとか菓子パンとか外食に憧れ始めていたのである。
思えば、勿体無いことをしたものだ。もっと味わってけばよかったと思っても、も
う、手遅れである。
土を喰らう…、昔は誰もがそうして日々を暮らしてきたのだ。土の変幻した果実
を口にする喜びを感謝してきたのだ。土が身近にあったのだ。水上氏は、「ご馳走
とは、旬の素材を馳せ走ってもてなすことだ」という。
だとしたら、百姓であるということは、日々が御馳走責めだったということでは
ないか。等身大の生活が、こんなに便利になった中で、これほど困難であるとは、
皮肉も極まったものである。
土の中には無数の生物が生きている。それこそ数万どころか、数億、あるいはそ
れ以上の微生物達が生きている。生まれつつある。死につつある。腐りつつある。
食いつつあるし、食われつつある。
大地を踏む感触がわれわれに豊かな生命感を与えてくれるというのは、実は、そ
うした生命の死と生との巡り巡る循環に直に触れているからではないだろうか。
そして遠い感覚の中で幾分早くわれわれより土に還った先祖の肌の温もりを感得
しているからなのではないか。
御茶で一服しながら、そんなことを思ったのである。
02/05/26 22:18
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