大地はコンクリートの彼方に、他

                                          (03/09/29 up)

                                      

19.大地はコンクリートの彼方に

20.縁と心の間にあるもの

21.後に何があるのか




19. 大地はコンクリートの彼方に

 

 BTさん、いつもながら素敵なコメントをありがとう。
 しかしながら無器用な小生は、的確な返事を書けないので、小生なりの勝手な自己 レスを続けます。いつか、BTさんに教えていただいている縁にちなむレスを書いてみたい と思うのですが、なかなか愚鈍な小生には、せっかくの機縁を生かす知恵が生じてく れないようです。もう少し、見守ってください。

 遠い日に裸足で遊びまわったことを思い出す。雨の日など、何だか無性に嬉しくて、 靴が汚れることなどお構いなしに、わざと水溜りをバシャっと踏んで回ったりした。 そのうち、靴など脱ぎ捨てて、水をたっぷり含んだ土の上を裸足で走り回ったりもし た。
 夏の日だって、ちょっと日陰に入ると、大地はひんやりした感触を恵んでくれた。 つい、土の上に居座ったりすると、やがてじんわりと湿った感覚がお尻に届く。パン ツまでもビショビショになったりする。きっと、うちに帰ったらお袋に叱られるか、 そうでなくても面倒をかけているというのに。
 でも、大地と触れることは止められない。
 そうだ、家を一歩出ると、そこは土の香の漂う世界だった。天は青から白へと変幻 し、大地は時に乾いて白っぽくなり、あるいは水を含んで潤って焦げ茶に変わる。塀 や垣根に沿って名の知れない雑草が生い茂っている。
 そうだ、砂利道をちょっと歩くと、そこには田圃が広がっていた。春先には雪の溶 けきらない田圃にズックのまま踏み込んでいって、蓮華の咲き誇る原をどこまでも走 り回った。畦道をどれほど越えても、田圃が途切れるということはなかった。
 雨上がりの時など、田圃の彼方の山々を覆うように虹がかかってくれた。誰が言う ともなく、虹の根っこを探そうと、走り出す。走っても、走っても虹の彼方に辿り着くことはできなかった。虹の根っこに埋まっているという大判小判などの財宝を掘り起こす夢は叶わなかった。
 だけど、決して失望落胆することもなかった。何故なら、何処までも深く広い土の 世界は、ちっぽけなガキに過ぎない自分達には、手に負えない。けれど、大きくなっ たら、きっと虹の掛け橋の袂に辿り着けるに違いないと信じられたから。

   さて、幾星霜を経て、どんな遠くをも辿ることが出来る今になって、決して夢は叶 わないのだと知らされた。夢が叶う前に、そもそも夢の地平とは我々は断ち切られて しまっていることを思い知らされたのだ。
 憧れたあの子と歩いた砂浜は、すっかり護岸されて見る影もなくなっていた。テト ラポットの上にカラスが所在なげに佇んでいるだけ。
 到底、田圃の果てに辿り着くなどありえないと思っていたのに、今では田圃は工場 やマンションやビルの谷間で肩を窄めている。
 砂利道をたまに通り過ぎる車のせいで家がグラグラ揺れたのに、今、水溜りなど出 来るはずもないアスファルト舗装の道路となっている。畦道は農道となり、リヤカー ではなく、ダンプカーが我が物顔に走っている。
 胸に押し留め難い思いの募る時には、どこまでも夕暮れの中を歩きつづけた土手さ えも、今では両岸をコンクリートで固められて、遠い日の思い出を消し去ってしまっ ている。
 路上にガキの姿は表に見えず、不意に町角から姿を現すのは老いた人の侘しい影。気が付いたら我が家の庭さえも車のためにコンクリートの道が出来ている。

   思えば、みんな必要なこと。車だって乗りたいのは、自分も同じ。この歳ともなる と、わざわざ靴を脱ぐ元気もない。アスファルトの上で靴を脱いだら、それはバカだ。
 みんな大地から遠ざかりすぎたんじゃなかろうか。ふと、そんなことを思ってみる。
 でも、思ってみるだけ。町が大地から切り離された時から、夢想を追うのは禁忌さ れている。計算された、明日の見える、透明な世界があるだけ。空気さえも脱臭され 殺菌されている。今日というのは昨日の延長に過ぎず、明日というのは、今日の延長 に過ぎず、結局は、今日という日は、滑らか過ぎるほどに磨かれたパイプを通過する だけの幻なのだ。
 けれど、誰もそんなことに気付こうとはしない。気付くわけには行かないのかもし れない。気付いた瞬間、今をあまりに安っぽく売り払ってしまったことを認めること になるから。
 みんなビデオや写真に凝る。それは、今という瞬間の薄っぺらさに心の中では気付 いているからなのだろう。今を、つまり魂を売り渡したからには、今のこの瞬間は、 ただの通過点、ただの陽炎、カメラのフィルムの薄っぺらさにも敵わないペラペラな 虚構に他ならない。そんなペラペラさを生きるしかないと、人は悟るしかなかったの だろう。

   大地から根っこを断ち切られた人間。自然から黴菌も蛭も毛虫も追い払って、まる で盆栽か生け花のような、そう、造花のように綺麗な、よい安全な自然だけを抽出し てしまった人間。脱臭された脱色された殺菌された、つまりは生気の萎えた人間世界。
 私が今、寂しいのは、きっと、自分が一番、そんな世界に馴れた人間だと気付いて いるからかもしれない。自然を欲すると口では言いながら、実際には、蚊も蝿も蛇も ゲンゴロウもダニも埃もない世界で快適に暮らしたいと思っている、そんな人間だと 分かっているからなのかもしれない。
 もう、二度と大地と触れ合うことはないのかもしれない。だから日毎に気力も萎え ていくのかもしれない。だから、人に接することができないのかもしれない。心が涸 れ果てているのも、自然を忌避してしまったからなのだ。そうだと分かっているのに、 何故、踏み止まろうとしないのだろう。

01/12/15 02:22


20. 縁と心の間にあるもの



 BTさん、こんにちは。
 いつもコメントをありがとう。素晴らしい内容をもったコメントだとは思いつつも、 心貧しき小生には、必ずしも的確に応えられない何かを自分の中に感じます。

 この世にポツンといるという感覚(敢えて感覚としておきます。感情でもいいので すが)、何故ともなく放り出されているという感覚こそが自分には深く馴染んだ感覚 である。
 遠い昔、ハイデッガーの『存在と時間』を幾度か読んだ時、彼の哲学の中に何か似 た感覚を勝手に感じとったものでした。恐らくは(あるいはきっと)似て非なるもの でしょうが。
 ある日、物心付いたとき、あるいはこの世とか生きるとかについて思いを巡らし始 めた時、人は、自分がこの世にとにかくあることを知る。無論、理屈の上では親がい て自分がいるわけで、それはそれできっと非常に大きな機縁であることは否定できな い。
 が、ここではそんなことを問題にしているのではない。親がいるから自分がいる、 というのは、問題をすりかえたに過ぎない。では、その親は…と、どこまでも遡及し ていくだけ、後退して行くだけで、一向、問題にぶつかることはない。
 親がいて、社会があり、そして自分がいる。理屈の上ではそうなのだが、それはそ れとして、一個の小宇宙として自分がいることの謎めいた感覚は消えないのだ。
 感覚という時、小生は自分の存在感の希薄さを真っ先に思い浮かべる。自分が肉体 を帯び、この社会に生きていることを別段、否定はしないが、にもかかわらず、そん な理屈とは別次元で、自分の砂のように味気ない、取り留めのない、捉えどころのな い感覚は、どうしようもない。
 ささやかな自分なりの省察の中で思うことは、自分という人間の心の中に、何かと んでもなく臆病というのか、それとも神経質なのか知れない、生きることを忌避する、 あるいは生きることに怯える感覚があることだ。
 きっと、遠い過去のある日、小生は世界との出会いにおいて不幸なる食い違いを演 じてしまったのに違いない。思わず知らずの齟齬を世界との間に生じてしまったのだ。
 その結果、小生の心は、何処か知らない世界に紛れ込んでしまった。この世に生ま れる目出度さを味わうことができずに、この世で心の根が芽生え生い茂ることが出来 ずに、何か固い岩に押し潰されて、心が拗けてしまったのに違いない。
 小生の心は、巨大な闇の岩の透き間を懸命に探して、この世の光を求めて這いまわ ったのだろうけれど(そんな記憶が幽かにある…)、とうとう出口を見出しかねて疲 れ果て、何かを諦めてしまったのだ。
 物心付いた時の自分の口癖は疲れただった。それは思わず口をついて出てくる感懐 だった。別に意味などなしに呟いていただけだったのかもしれない。
 でも、小生は、白昼の世界に生きているのに、世界が真っ暗闇だと感じた。それと も、世界が燃え上がっていて、それはまるで立山曼荼羅か何かに描かれる焦熱地獄そ のもののように真っ赤だった。焼けたトタン屋根の上を走り回っているかのように自 分を感じていた。自分に居場所などなかった。
 世界とは違和そのものだった。重く圧し掛かる岩そのものだった。私とは、大地と 岩の狭間の樹液の垂れ零れてやまない雑草に過ぎないのだった。
 でも、愚かな自分は、世界を恋していた。きっと、自分を受け入れる余地が、つま りは居場所が世界の何処かにはあるに違いないと思っていた。未練たっぷりに生きて もいたのだ。雨上がりの青空にかかる虹の袂を追いかけるように、小生は磨り減ってペラペラの心のままに、裸足で絶えず退いていく世界を恋い慕った。
 雨が降ると、地が潤い、樹木が息を吹き返す。まるで天と地が雨の雫で繋がってい るかのようだ。それとも雨とは、天の恵みだとでもいうのだろうか。雨上がり、家の 外に飛び出して、水溜りをわざとバチャバチャと踏んで水飛沫を周囲に撒き散らす。 そう、私の足が天の代わりとなり、地に水を改めて恵んでやろうというのだ。
 が、私が出来ることは、それだけだった。
 しばらくすると、また、一人ぼっちの私は、静まり返った真昼の空漠たる世界で、 所在なげになってしまう。あまりの沈黙に耐えられない私は、もう一度、何処かの水 溜りを探す。そして同じことを繰り返してみるのだが、結果は変わらない。前にも増 して気の遠くなるような無音の時空が露になるだけのことだった。
 私は、この世界に生きているはずなのに、誰とも出会えないでいた。誰と一緒にい ても、私は、そこにはいないのだった。それとも私と一緒にいても、誰もが遠く離れ ているのだった。
 私の心は、何をどうやっても見つけることが出来なかった。磨り減って、草臥れ果 てて、それが心のなれの果てだとは、到底、思えないほどの希薄なベールだった。そ のベールを身に纏っても、私は居たたまれないままだった。
 私が何かを話す。眼前の誰かが何かを返す。その遣り取りは、遣り、取り、であっ て、交わることはないのだった。私の言葉は宙に浮き、やがてあてどなく舞い、いつ しか蒼く透明な闇に吸い込まれていく。気が付くと、誰かがきっと私に向かって放っ たのだろう言葉は、私を覆うベールの生地を這い回り、次第にフェイド・アウトして いく。
 私は淋しいと感じる。淋しいなんてものじゃなくて、吐きたいほどに孤独なのだ。 誰かの胸に縋りたいと心底から希う。誰かの肉体を抱きしめたいと思う。私は、ただ の弱虫なんだ。
 けれど、私の周りに人影はない。誰も私の世界にはいない。真っ白な、透明過ぎる 悲しみのベールがあるだけ。助けて! と叫んでも聞えるはずもない。
 そうだ、私だって、ある種の機縁の元でありえると、理屈では思う。私が動けば、 バタフライよりはましで大きな影響を周囲に及ぼすことが出来ると信じている。が、 その波及する波の果ては、私には見えた試しがない。まるでブラックホールに心が吸 い込まれていくようだ。私の放つオーラは、底なしのブラックホールの周辺の朧な輝 き。
 地に咲く花や、岩肌にこびり付く苔や、柱の古傷や、天井の染みや、心の傷や、何 処かの白壁の悪戯書きや、そうした一切は現象として眼前に広がる。それは幾度とな く通り過ぎたあの人の影のようだ。
   私が空虚であるように、闇も空虚であることは、今では知っている。だから、その 空無の底を浚って、なけなしの砂金を探している。本当は、人の心にこそ宝が埋まっ ていると分かっているのに、私には人と出会う勇気がないのだ。
 そして私は、一層の深みへと嵌っていく。

01/12/19 02:02


21. 後に何があるのか



 小生は、ほんの数年もすると五十台に乗る。過去について振り返っても、人に語 るべき何もない。特に悲惨な経験も歓喜に溢れた体験も乏しい。
 悪いことは格別しなかった代わり、いいこともしなかった。とにかく特筆すべ き何もしてこなかったのである。
 ま、それは自分の性分で、目立つことが大嫌いなので、悪いこともいいことも できないのである。悪いことができないのも、それが悪いことだからというより、 行ったことで注目を浴びる羽目になるのが厭だから、避けていたというほうが近 い。
 では、いいことをしないわけはというと、これまた目立つか厭なのである。凡そ行動をすることができないのは、上記した理由以上に、自分の抱えるコンプレックスが自分を目立つことから遠ざけるのだと思う。
 それは醜貌コンプレックスと言う奴で、そのコンプレックスに幼い頃に圧倒さ れて、小生は生きる意欲をほぼ失ってしまった。この外貌を抱えて生きるのは、 少なくとも自分にはできないことだと感じた。今後、自分が生きるのは親よりは 長生きするためと、そもそも死ぬ勇気がなかったことだろうと思った(思ってい た)。
 別に外貌のことで、ひどく虐められた経験は多くあるわけではない。というよ り、行動の範囲を極端に狭めていたので、その行動半径の中で出会う人物に初め ての人というのは、少ないのである。もう、互いに見知りになっているのだ。
 それに、後年になって気付いたことだが、いろんな人が自分のことを気遣って くれて、トラブル(虐め)を未然に防いでくれていたのだ。地域でも、学校でも。  ただ、こうした自分だから極端に自意識過剰になる。人の依怙贔屓に敏感にな ったのだ。
 つまり、こうした負い目を持つ、この自分を労わって、自分を傷つけないよう に、勝負事などで手加減をしてくれたり、何か悪戯をしても、その悪さを他の子 供や姉妹らのようには厳しく叱らないのではないか…、そういった手加減に敏感 になったのである。
 で、ちょっとでもそうした相手に手加減の気配を感じたら、途端にこっちも、 なんだ、俺のことをまともに相手にしようとはしないんだと、こっちも手加減し てしまう。結局は、真正面からの人間同士のぶつかり合いが、なくなってしまっ たのである。
 さて、短絡的にも呆気なく人生への意欲を無くし、これからの人生は余生だと 見なしてしまった小学校に上がる前の自分の愚かしさは、どれだけでも笑うこと ができる。なんて、思慮の浅いガキなんだと馬鹿馬鹿しくなったりもするかもし れない。自分でもそう思うくらいなのだから。
 でも、やっぱりプレッシャーはきつくて、弱い自分は、あっさりと人生に早々 と負けてしまったのである。
 前にも書いたことがあるが、自分にはお袋とデパートに出かけたり、その前に バスに乗るのが恐怖だった。恐怖というより、地獄だった。これは今になって冷 静に分析してみても、やっぱり地獄という表現以外に言葉が浮かばない。
 バスに乗るということは、赤の他人の眼差しにこの外貌が晒されるということ である。人間は外見ではないと言ったところで、ガキの小生に通じるわけもない。 ガキの小生には、外貌に圧倒されて、その外貌がゆえに世界との交通は遮断され ている。
 普段は、その遮断された狭い世界の中で(狭い地域や保育所などの中で)閉じ た意識を保っていられるから、何とか日々をやり過ごすことができるが(鏡を見 ない限りだが)、バスとなると、そうは行かないのである。
 まるで麻酔なしで鉗子でケロイド状に凝り固まった瘤をこじ開けるようなもの だ。もう、塞いで、それなりに落ち着いている心の傷が他人の視線という至上の 鏡によって抉り出されるのだ。涸れ果てた皮膚の下の生の肉が、視線と言うメス で切り刻まれるのである。
 視線はバスの車内で乱反射し、幾度も幾度も小生を刺し貫いた。無数の視線の 刃を掻い潜るなど、できるはずもなかった。息をするのも苦しいのだ。
 他人の好奇の目で見つめられているという感覚は、ガキの小生を凍らせるのだ った。身動きも侭ならない。息をするなど論外なのだった。俺は貝になった。そ れとも石になったのだ。石ころにならないと自分を保てないのだった。
 バスを降りた瞬間だけ、ホーと息をする。が、それはほんの束の間の安らぎに 過ぎない。俺はお袋に連れられて今日はデパートへ行くのだ。
 デパート! 
 それは俺にはこの世の地獄だった。俺の声無き阿鼻叫喚の木霊する装飾された 綺麗な棺だった。デパートは眩く明るい。そこには影がない。俺の逃げ場所が欠片もないのだ。あるのは照明、白い壁、磨きこまれたガラスのショーケース、無数の鏡、そして 無数の視線。
 そんな世界に俺の生きる場所がありうるはずもない。後年、サルトルの『存在 と無』などを読んで、まさに小説のように読めたものだ。眼差しの哲学は、俺に は哲学というより、現実だったのだ。馴染みの世界そのものだったのだ。
 ガキの俺は、お袋をチラッと覗き見たりする。お袋は俺を殊更に苦しめるため に、こんな地獄へ連れてきたのではないかと。
 しかし、お袋に、毫も、その気配は読み取れなかった。この俺に読み取れない ということは、そんな意図はないということだ。お袋は、一切、頓着することな く、きっと平気で俺のことを連れまわしているのだ。何故、お袋はそんなことができるのか、下手すると虐待よりひどいことができるのか、ガキの俺には、不思議で不思議でならなかった。
 そんな疑問はともかく、我が家に帰り着いた俺は、くたくただった。心の肉が 傷で血だらけだった。神経がズタズタに引き千切られていた。俺は、そんな日は、 奥の座敷に篭って、ひたすら傷の癒えるのを待った。

   俺の心は閉じてしまっていた。塞いで、ある閉じた系の中で限りなく縮小再生 産を繰り返していた。何処までも萎んでいくのだった。そんな自分だったけれど、完全に世界とつながりを失わずに済んだのは、幾つかの切っ掛けがあったからだと思う。
 まず、小学校の3年から小生を受け持ってくれた先生が、俺のことを内心では 気遣っていたかもしれないが、俺の疑心暗鬼に満ちた心で見ても、よくも悪しく も依怙贔屓せず、叱る時は、シッカリと叱ってくれたことだった。
 これには俺はびっくりした。この俺のことを叱ってくれるなんて。容赦なく頬 っぺたを抓って叱るなんて! 俺は感動したのだった。素直に感激してしまった。 褒める時は褒めてくれたし、俺はその先生が受け持ちの間だけ、ちょっとだけ勉 強の真似事もしたものだった。幽かにだが、生きる意欲の片鱗くらいは滲み出し ていたかもしれない。

   しかし、何といっても俺を現実の世界から完璧に遮断されずに済んだのは、や はりお袋の御蔭だったと思っている。
 お袋は、この俺を抱えて、一緒に外出もしてくれた、町へも連れて行ってくれ た(父とは一度だってなかったことだ)。俺が将来は結婚できるものだと(多分、 お袋は自分に言い聞かせていたのだと思う)近所の人と茶飲み話に話していた。 (この俺が結婚だって! ちゃんちゃら可笑しいこと、言ってくれるじゃないか !)結婚など、俺にはありえないと自分では分かっていたが、しかし、お袋の健 気な気持ちには感じるものがなかったとは言えないのだった。
 俺は今も、とにかく生きている。多分、しばらくは存命し続けるに違いない。ちっぽけな心しかない自分は、学生時代の日記には、疲れた、涸れた心、と、 同じような言葉を列挙していた。どうやって枯れた心に潤いを多少でも滲ませた らいいのか、まるで分からなかった。
 世間の普通の男並に女性が好きだ。でも、今生、女性と関わることはないだろ うと確信していたし、実際、この年になるまでそうだった。大人になって風俗に でも行って遊ぼうと思ったことも幾度も、幾夜もあったが、こんな俺を相手にす る女性が不憫で、いくら商売だからといって、俺にはできないことだった。
 こんな俺にも友達はいる。彼らは結婚している。たまたま考えがあって結婚は しても、同意の上で子どもは作っていない。今になって、子どもを持たないこと の寂しさとか、奥さんへのすまない気持ちとか、生きて何もできなかった甲斐性 のなさを侘びたりしていたりする。
 でも、この俺は、人生のパートナーにも恵まれなかったんだぞ、そんなもの、 金持ちが自分の金に利殖をさせることができなかったと悔やんでいるだけじゃな いか! と言いたかったが、言えば惨めになるだけなので、ただ寂しく黙って受 け流していた。所詮、俺とは住む世界が違うんだ。

   さて、そうした小生をこの世につなぎ止めているものは、前述したようにお袋 のことだった。ガキの頃に町へ連れ出してくれて、視線の恐怖と地獄をタップリ と味わった。しかし、それでも生きて帰れることを学んだ。普通の人のごとくに 平気そうな顔をして歩くことができるのだと知った。たとえ、心の中で血の涙を 流して歩いていても、外見は飄々と歩いていけることを学んだ。他人には、その 外見が大事なのだ。
 敢えて世間に出る。世間の中で顔を晒して生きる。それだけのことでも、お袋 がガキの頃に町へ連れ出したりしてくれたから、できたことだろうと思う。でな かったら、全く家の中に閉じ篭っていたことだろう。
 今になって言えることだが、ガキの俺は過剰に醜貌恐怖に怯えたのだと思う。 他人はそれほど俺のことなど見ていないのだ。が、そんな些細な現実に気付くの が、少々遅すぎたのだ。俺の鈍い頭では仕方のないことなのだろうけど、でも、 やはり遅すぎたようだ。
 気が付くと、心がパサパサに乾いてミイラのような皮膚を被った木偶の坊にな っていたのだ。木偶の坊は、気付くのが遅いのだ。
 けれど、小生は小生なりに、人生を感じたいと思う。生きていることの懐かし さを感じたいし味わいたい。青い空と白い雲をゆったりと眺めたい。頬をなぶる 風のなかに息吹を感じたいのだ。人との関わりは持つことはできなくても、それ でも生きている以上、生きている中で何かを見つけたい。見つけられないものな ら、この世のほかの人には見つけて欲しい。
   生きているこの世界は、もっともっと豊かで奥深いものだと思う。そうした、 せっかく生きていることの大切さと尊さとを、ほんのわずかでも自分の心で感じ とりたい。
 人に何かしてあげるなんて、ちょっと、おこがましいことかもしれない。その前に、そう、自分の乾いた心をほんの少しでも潤わせることができたなら、きっと、それだけのことが、素晴らしいことなのだと、いつの日か、人にも分かってもらえることだろうと思うのだ。
 一人きりの人生が待っている。語り合う相手もいない人生。というより、見る ける勇気もない人間。でも、何かを感じたい。感じるに値する人生であるはずだ と思うのである。
 自分を生き延びさせるためにあらゆることをする。悪足掻きかもしれないこと もする。中古だけど自分にスクーターを買ってあげたり、ホームページを開設し たり、メールマガジンを配信したり。
 中身は、語るに値しないものかもしれないが、語られる言葉の奥に悲鳴と幽か な人生賛歌が聞こえれば、それでいいと思っているのだ。

02/08/09 02:03