知らぬがネロ

 
(04/07/23 up)
(04/08/12 画像up)





 すっかり我が家の一員になった、黒猫のネロ。
 我が姉ちゃんは、浮気者で、目新しい動物を探し回るばかりで、全然、ネロのことを構って やらない。猫嫌いの母ちゃんは、とにかく知らん振り。父ちゃんは仕事で留守勝 ち。
 で、ネロを世話してやるのは猫は好きだけど、黒猫が苦手のボクの役回り。
 といったって、ボクだって、遊びたい盛り。近所の仲間の奴等との付き合いも ある。そうそうネロの相手はしてやれない。
 となると、ネロは、もう、勝手のし放題。ボクだったら、誰にも構ってもらえ ない時、ついついやっちゃって、後でバレたら困るとビクビクするのに、ネロっ たら、平気の平左で遣り遂げてしまう。

 いつだったか、ボクが遊びに出ていたら、ネロ、とんでもないものを家に持ち 込んできた。それは、カラス。
 といっても、巣立ちもまだのちっちゃいカラス。ヨチヨチしている奴を、親の カラスの目を盗んでかどうか知らないけど、ちゃっかり引っ張り込んできたらし い。
 実は、我が家に子供のカラスがいることに気付いたのは、ギャーギャーという カラスの絶叫にも似た鳴き声のせいだった。

 畑仕事などやっていられなくなり、母ちゃんが家に入るとき、頭をカラスが掠 め飛んだとかで、怖がりながら、そんな話を後でしてくれた。

 ボクは、その時、近所で仲間と缶蹴りして遊んでいて、何も気付いていなかっ た。そのうち、仲間の誰かが、
「おい、あっちのほう、カラスの声、すげえな」と言い出した。その方を見遣る と、カラスが何十匹も飛び回っている。鳴き声も、離れた場所にいるボクたちに さえ聞えてくるのだった。
「あれ、お前のうちの方角じゃないか」と、誰か。
 ボクも内心、そう思っていたけど、口に出せずにいた。「うん」と頷くのがや っとだった。仲間たちは缶蹴りなどそっちのけになり、みんなして我が家の方へ。
 そこで見たものは、ボクには恐怖の一言しかない光景だった。
 我が家の周辺だけ、黒雲に蔽われたようになっていた。カラスが黒い集団とな って、我が家を取り囲み鳴き叫んでいる。殺気立っている。カラスたちはみんな、 我が家の何処か一点を眺めている。
 何十匹かのカラスたちが家の前のブロック塀や、鶏小屋や、屋根の庇の下など に雁首を並べて、こちらに向って、鳴き喚いている。グルグル飛び回るカラスた ちもいる。
 カラスの視線の集まる一点を見ると、鉢植えの並ぶ辺りには、ちっちゃいカラ スがいる。子供のカラス。やっと歩くことを学び始めたような奴。
 でも、大きさから言うと、我がネロと同じくらいかもしれない。
 そいつが、鉢の陰に隠れていて、やっぱり鳴いている。泣いているふうにも見 える。そばでネロが、ニヤニヤというか、ニャーニャーしている。
 そのうち、我が家の周辺に集まった人たちは、それぞれに散っていった。手出 しできないといって。ボクの仲間たちも、そろそろ日が暮れそうだしと、去って いく。
 ボクは、取り残されて、家にも入れないでいる。
(なんだい、みんな、友達甲斐のない奴等ばっかりじゃないか!)

 と、そこへ、犬を連れた姉ちゃんがやってきた。既に事情は飲み込んでいたら しい。レットというその犬は護身用に借りてきたという。姉ちゃんなりに、知恵 を絞ったのだろう。
「この犬、でっかいでしょ。一緒に家に入りましょ」
 ボクには姉ちゃんの言い分が信用できなかったけど、そう促されて、ボクは姉 ちゃんと犬と一緒になって家に向った。
 でも、目論みは呆気なく崩れ去った。
 カラスの奴等、ボクたち目掛けて一斉に 飛び掛ってきたのだ。カラスたちは、凶暴になっているようで、一番怯えている レットの目を狙っている! ボクにはそう思えた。
 レットの奴、自分の手に自由が利くなら、庭に蹲り、それこそ前 足で目を覆うところだったろうが、そうはいかない。犬は、ひとたまりもなかっ た。逃げ惑うのにやっとだった。
 さすがに運動神経だけは抜群なのか、それともカラスも、レットには脅しを掛 けているだけなのか、総毛立っている毛に嘴が掠(かす)るだけだった。
 カラスたちが犬にかまけている間に、ボクと姉ちゃんは、なんとか家の中に入 れた。窓という窓が閉じられ、母ちゃんは、意味もなくカーテンを締めて回って いた。
 カーテンの透き間から、ほうほうの体で逃げ去っていくレットの可哀想な姿が 見えた。
 後で、姉ちゃんが、「わたしのアイデア、よかったでしょ」なんて、言ったっ け。
 何がいいアイデアだ。犬が逃げ回っていたじゃないか! ボクは、そう言い返 しそうになったけど、姉ちゃんの目に、なんだか、ずる賢いような、悪戯めいた 冷たい光を感じた。
(姉ちゃん、もしかして、レットを盾にしたんじゃ…)
 レットとは、勿論、犬の名前である。ゴールデン・レトリーバーなので、レト リーバーのレトを、若くて茶色の毛が、ちょっと褐色に見えることもあり、赤い の意味のレッドと引っ掛けて、レットと命名されたといつだったか、聞いたこと がある。
 もっとも、レットの飼い主の家のお母さんが、「風と共に去りぬ」のレッド・ バトラー船長が好きだったから、そのレッドに掛けているという噂も聞いている。
 真相は分からない。
 それにしても、可哀想な、レット。冷酷な姉ちゃん。

 カラスのヒナは、鉢の陰に隠れていて、出て来そうになかった。
 ヒナは、我がネロがまたやってくる、あの口に銜え込まれる、鋭い牙で噛み付 かれると、怯えているのだ。
 離れていても、ヒナの体がブルブル震えているのが分かった。
 母ちゃんは、窓を小さく開け、箒で鉢の陰に潜んで鳴くヒナカラスを少しでも 家から遠ざけようと、懸命だった。
 けど、どうした拍子か、ヒナは、箒の下を潜って、家の中に入ってしまった!  箒の柄を親カラスの嘴と間違えたのだろうか。
 が、それは、勘違いで、ヒナの後ろにネロの姿が。
 そう、ネロに追われて家の中に逃げ込んでしまったのだ。
 ますます、大変なことになった。ネロの奴も、当然の如、家に入り込む。で、 また、ヒナを追い駆け始める。ヒナはますます家の奥へ奥へと逃げていく。カラ スたちの鳴き声が絶叫に変わる。




 
                               
黒猫とカラス   by kei





 突然、母ちゃんが叫んだ。
「ネロをどうにかしなさぁーーーい!!!!」
 それはカラスの咆哮に負けないような悲鳴だった。
 母ちゃんのあんな喚き声を聞いたのは、後にも先にもあれが初めてだったと思う。
 言われて、ボクは、ネロを追いかけ始めた。
 その瞬間、ボクは閃いた。
 そうだ、ネロ、女好きなのだ。オス猫のネロ、まだ ガキの癖に、プレイキャットの片鱗を早くも覗かせている。姉ちゃんには相手に されないと分かっているのに、妙に擦り寄って離れない。
 それは、姉ちゃんがあれでもネロにはメスだからに違いない! ネロの奴に姉ち ゃんを追っ駆けさせよう!
 ボクは、姉ちゃんを見た。ボクの瞳の奥に、何かを嗅ぎ取ったのだろ う。姉ちゃんは、あとずさりした。
(ふん、逃がすものか)ボクは、ネロを姉ちゃんの方へ追い込んでいった。案の 定だった。新しい玩具が出来たとばかりに、ネロは姉ちゃんにじゃれ付こうとし た。
(姉ちゃん、逃げたりしなきゃいいんだよ)
 そう言ってやればよかったのだろう けど、ボクは黙っている。男のボクとオスのネロとの暗黙の了解もある。
 姉ちゃんは、猫嫌いじゃないけれど、じゃれ付かれるのは大嫌いだった。つい、 逃げてしまう。
 すると、ネロは楽しいな、手頃な玩具だ、とばかりに追い駆け始める。
「姉ちゃん、どっか、カラスから離れた部屋に行って!」
 姉ちゃんは恨めしそうな表情を一瞬、浮かべたけれど、仕方なく、座敷のほう へ逃げていった。ネロは嬉嬉として追いかけていく。
 しめしめである。なんとなく、姉ちゃんに日頃の鬱憤晴らしができたような気 分を味わっていた。
 やっとのことで、ヒナカラスを部屋の一角に追い込んだ。そして母ちゃんとボ クとで遠巻きにする。苦労の挙げ句、なんとかヒナをチリトリに載せて、窓の外 に追いやった。そして、母ちゃんが箒を思いっきりパタパタやって、家から遠ざ ける。
 しばらくしたら、ヒナカラスは、迎えに来たカラスと共に群れの中 へ。
 やがて、暗黒の集団は、浜辺に打ち寄せた波の引くように消え去っていった。
 母ちゃんも姉ちゃんも、そしてボクもヘトヘトになっていた。その傍で、ネロ だけが寝転がって体毛などをペロペロやっている。

 後で父ちゃんに母ちゃんが電話で、事の顛末を懸命に喋っていた。が、受話器 を置くと、母ちゃん、プリプリしている。
「父さんったら、笑ってるのよ、こっちが必死だったっていうのに」
 今にして思うけれど、知らぬが仏同士、父ちゃんとネロが似ているように思え たのだった。ってことは、ボクもネロに似ているのだろうか。


04/07/19 記