ヒポクラテス『古い医術について』(付:サナトリウムとライと)

[ 以下の感想文及びエッセイは、メルマガの中の「『解体新書』初版本発見! 」(03/12/16配信)でヒポクラテスに言及したこともあり、急遽アップさせてもらったもの。
 但し、エッセイ(サナトリウムとライと)は、エッセイ「紫苑という花」へ戴いた数々のコメントへのレスとして書いたものである。「紫苑という花」へ寄せられたコメントへの大方のレスは、「春紫苑という花(紫苑という花レス集)」に載せてあります。
 「サナトリウムとライと」は、昨年の暮れに書いたものだが、文中っでトーマス・マンの『魔の山』に言及したこともあり、その年の年末年始に『魔の山』を読んだのだった。(03/12/17 up) ]






ヒポクラテス『古い医術について』





 ヒポクラテスの『古い医術について』(小川政恭訳、岩波文庫)を四半世紀ぶ りに読み返した。悲しいかな、内容の大半を忘れている。
 念のため、ヒポクラテスについて、簡単な紹介を:
 http://www.netwave.or.jp/~wbox/rehipoku.htm

 章立ての最初に、いきなり「空気、水、場所について」とあり、何? 地水火 風という哲学の根源から始めるの? と、いぶかしみつつ読むと、正しい仕方で 医学に携わるには、諸々の季節がどんな影響を体に及ぼすのか、各土地柄の水が どんな種類の水なのか(山場や岩場、沼地、河川、湧き水などなど)、日当たり のいい場所の水なのか、軟水か硬水か、人がどんな場所に住んでいるかが、病と 深い相関関係にあるのだという指摘なのである。
 ちょっと本書から冒頭付近の幾つか印象的な文章を引用しておく。

「水についてそれがどんな状態にあり、人々は沼地の軟性のものを使っているの か、それとも硬性で高地の岩山から来るものを使っているのか、それとも塩辛く て粗い水を使っているのかを考慮しなければならない」(p.7-8)
「次に有害なのは、その源泉が岩場から出ているものである。これは必然に硬質 だからである。また熱い水や鉄、銅、銀、金、硫黄、明礬、瀝青、曹達を含む土 から湧く水。なぜなら、これらはすべて熱の力によって生じるのだから。このよ うな土から湧く水は良水では有り得ず、硬質で、催熱的で、尿となって排泄され にくく、排便には妨げとなる」(p.14)
「雨水と融けた水がどのようなものかを述べよう。雨水の方は、もっと軽く、も っと甘く、もっと希薄で、もっと明澄である。そのわけは、まず太陽が水中のも っと希薄で軽い部分を上昇させて奪い取るからである。塩(の製造)がこのこと を明らかにする。すなわち塩水は濃厚で重いから残されて塩になり、もっと希薄 な水は軽いから太陽はこれを奪って行く。太陽はこのような水を沼の水からだけ でなく、海からも、その他およそ水分のあるあらゆるところから上昇させる。水 分はあらゆる物体の中にある。そして人間の身体からさえも、そっと希薄な、ま たもっと軽い水分を運んでいく。」(p.16)
「雪と氷からできる水は、すべて有害である。なぜかといえば、いったん凍結す れば、もう最初の性質にはもどらず、その明澄で軽くて甘い部分は分離されて消 失し、もっとも濁ってもっとも滓(おり)になった部分が残るからである。」(p.17)

 ちょっと驚いたのは、上に引用したように、雨の水は上質の水であり、雪や氷 となった水は劣悪な水だという指摘。
 つまり、太陽に照らされて蒸発するのは、大地の水の中の軽やかな純粋なもの が真っ先に蒸発する、だから雨の水は上質であり、雪や氷となるのは、蒸発しき れないような劣る水なのだという。
 人が住む場所が飲む水に左右されることは、洞察力の富む古の人は見抜いてい た。ただ、そのからくりは、今の我々には首を傾げたくなるような洞察だったり する。しかし、観察(肉眼による注意深い観察)と経験と先人からの知識に拠る しかない以上、他にどうしようもないわけである。当時としては、深い洞察とい うことになるのだろう。

 神聖病という章がある。神聖病とは、今風な言い方をしたら精神病とか統合失 調症、もっと広く心の病全般かもしれない。当然、現代では、原因の必ずしも特 定されないものから、脳に腫瘍が出来て、機能障害を起こし、結果として精神の 病かのような理解不能な行動になってしまうものもある。
 古代においては、そうした神聖病は治療など論外で、ただ、時に神がかりの状 態になり、常人では考えられない何かを神の啓示の如くに示す(いや、神の啓示、 お告げそのものだ)と思われたのかもしれない。
 いずれにしても、触らぬ神に祟りなしで、だからこそ、神聖病と呼称されたの だろうが、多くは頑迷な<治療者>の手により、放置され、あるいは御祓いされ るだけで、成り行き任せにされるのが常だった。
 直ったらお払いをした人のお陰だし、ダメなら初めからダメだったというわけ である。
 しかし、ヒポクラテスは、神聖病を神がかりな病だとはみなさなかった。
 必ず何らかの気質的なもの、地上的なもの、体内の粘液の巡りが不全になって 病的になるものと考えたのである。その説明は、やはり首を傾げるようなものが ないではないが、当時としては誰もが治療どころか放置するのが当たり前の中に あって、病気なのであり、場合によりは治療可能なのだと考え、彼なりに治療も 試みるという先見の明に溢れた洞察だったのだ。

 本書の末尾には、有名なヒポクラテスの誓いが載っている。以下のサイトなど で全訳を読める:
 http://faculty.web.waseda.ac.jp/rihito/hipo-j.html
 読んで分かるように、この誓いは何よりも神への誓いであることだ。次に、医 師の仲間内の掟が何よりも重視されている。その次にやっと患者の養生の話が出 てくる。
「いかなる患家を訪れるときも、それはただ病者を利益するためであり、あらゆ る勝手な戯れや堕落の行いを避ける」という一項は、当時の医者の実情を憂えて のことだろうか。敢えて戒めなければならないほどに誘惑が多かったのだろうか。 「女と男、自由人と奴隷の違いを考慮しない」というのは立派な姿勢だが、つま りは実態において、男と女の差別があり、自由人と奴隷の差別が厳然としてあっ たということなのだろうか。

 一般にヒポクラテスの偉大さは、医術を呪術から分けたことにあると言われる。 誓いは神への誓いであっても、病は地上のものとして、決して神がかりには扱わ なかったということなのだろう。
 神聖病への対処にしても、あくまで病として捉えている。相当に根強い偏見と 反発があっただろうに。古代の医師の理念の中に、インフォームドコンセントを 含め患者の権利などが十分に理解・反映されていないなどと述べるのは、無理な 期待なのだと思う。
 それより、徹底した経験と観察と、そして常識に囚われない勇気が医師には必 要なのだと感じさせたことに感謝すべきなのだろう。
 お医者さんにこそ、読んで欲しい本だ。


                               03/08/21 03:40




サナトリウムとライと





 S.Y.さん、こんにちは。
 エッセイにコメントをいただけるなんて、びっくり。そして嬉しい。
 以下は、サナトリウムという言葉を見て思いついた、自己レス風の小文です。

 サナトリウムというのは、(広辞苑によると)林間とか海辺とか高原といった、 いい空気と日当たりの恵まれた場所にある療養所。主として結核症など慢性疾患 を治療する施設、と説明されている。
 きっと誰もが思い浮かべるのは、トーマス・マン(1875‐1955)の『魔の山』 だろう。小生も学生時代にやっとの思いでこの長編を読了した記憶がある。但し、 一度きりである。ドストエフスキーの小説は全てどれも最低でも3回は読んでい るから、当時の小生はマンの世界に没入できなかったのだろう。
 主人公(語り手)ハンス・カストルプが平凡で、退屈した記憶しか残っていな い。カストルプはスイスのアルプス高原にあるサナトリウムで療養することにな る。彼はこの病気と死が日常である療養所で7年間も過ごすことになるのだ。
 マンは何故、主人公を平凡な人間に設定したのだろうか。

   今なら、どうだろうか。そのうち挑戦してみたいな。
 ここで小生が『魔の山』について下手な感想を書くつもりはない。それなら、 「松岡正剛の千夜千冊」に任せるにしくはないだろう:
 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0316.html
 結核は一昔前までは死の病だった。死にいたる業苦だったのである。日本でも 結核をテーマにしたり、背景になっている作品は沢山ある。
 堀辰雄、横光利一、島木健作、樋口一葉、正岡子規、石川啄木、宮沢賢治、作 家ではないが、画家の佐伯祐三、作曲家の滝廉太郎、もう、枚挙に遑のないほど だ。
 昔は、結核に縁の薄い作家・芸術家のほうが少ないのではないか(一般の方に も身近な病だったわけだし)。その希有(?)な例外が武者小路実篤に代表され る白樺派だったりして。
「サナトリウム文学」という言葉もあるほどだ。その終焉を飾った作家の一人に 福永武彦がいる:
 http://www.tky.3web.ne.jp/~toyokura/intro.htm
 逆に結核で死を覚悟しながらも、薬剤の登場にギリギリ間に合い生還し、長生 きされた埴谷雄高のような例もある:
 http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/1105/haniya.html

 海外で結核に苦しんだ作家はあまりに多いので挙げるのも面倒だ。
 そもそもロマン主義文学とは病者の文学と呼ばれたりする。病的な感受性に止 まらず、自ら病に罹っていない文学者など肩身が狭かったりして。そのロマン主 義文学の背景に、産業革命があることは常識だろう。そして、その産業の隆盛と 人間の都会への密集が結核を蔓延させる土壌ともなっているわけである。
 結核と縁の深い外国の作家をいちいち挙げないが、ただ、小生が最高に傾倒し ている作家・カフカだけは挙げておきたい。
 但し、カフカは、これで仕事をしなくて済む、文学に打ち込めると歓んだよう だから、苦しんだ作家の事例からは外れるのかもしれないが。
 日本で最初にカフカを評価した作家と言われる中島敦も、結核に苦しんだ。今、 小生は中島敦の『南洋通信』を読んでいる。きっと転地療養を兼ねて南洋で働い たのだろうが、湿気と暑さに苦しめられ、任に堪えられず帰国し、帰郷したその 年に倒れている。
『南洋通信』には、日本を遠く離れた南洋の地から彼の妻や子供たちへ当てた手 紙や葉書の文章が集められているのだが、妻や子には良くなりつつあると空元気 を示しながらも、自身は死を強く予感している文面には胸を締め付けられてしま う。当然のことながら、中島敦は南洋の地にあっては回復を諦めていたわけでは 決してない。 
 ちなみに、中島敦はカフカのアフォリズムを訳している。一説には、中島敦の 『山月記』において、主人公が虎に変身してしまうのだが、もしかしたらカフカ の『変身』にヒントを得ているのかもと言われたりもする。
 勿論、『山月記』が中国の文献に基づいた創案小説であることは言うまでもな いことととして、なんとなく納得したりして。
 ああ! 中島敦! そしてカフカ!
 『変身』は幾度、読んだだろうか。とうとう原書でも読んだほどなのだ。

 忘れてならない(少なくとも小生は忘れない)作家に梶井基次郎がいる:
 http://www.alato.ne.jp/~tmatsu/kajii/nenpu.htm
 彼も結核に苦しみ倒れた作家なのだ。結核は時間との戦いを若者に意識させる。 人生は、まさに時間との戦い、砂時計の砂の落ちるよう、蝋燭の焔の風に揺れ燃 え尽きていくのを見守るようにして我が人生を凝視する若き作家。固く握ったは ずの手の平から砂が、時間が、命が、汗が、愛が、無情にも零れ落ちていく。
 息をすることは生きることのはずである。それが、息をすることが苦しみであ るとは。息とはプネウマであり、命であり、魂なのだ。その気息を取り込むこと が業苦とイコールであるとは、何という責め苦であろうか。

   結核は死の臭いの濃厚にする病だ。性病や癩と並ぶ人類最初の病なのかもしれ ない。医学の父と呼ばれるヒポクラテスの『古い医術について』(岩波文庫刊) は名著だ。小生の学生時代の愛読書でもあった。お医者さんたちにも愛読しても らいたい本でもある。記憶ではその中にも結核と思われる病気が記述されていた と思う(ちょっと自信がない)。
 ちなみにヒポクラテスの「金言集」の中の有名な言葉、「Vita brevis, ars vero longa」は「人生は短し、されど芸術は長し」と誤釈されている。医師であ るヒポクラテスは、医学の技能を学ぶには人生はあまりに短い=つまり、一所懸 命勉強しろ、と言っているのだ。
 そう、小生も馬齢を重ねて、人生の短さを、というより怠慢すぎた我が人生を つくづく今になって感じている(遅すぎるっちゅうねん!)。

   ところで、結核は忌まわしい病ではあったが、同時に多くの文学・芸術作品を 残した。
 その一方、癌も業病なのに結核ほどには豊穣な文学世界を恵んではくれなかっ た(小生の印象に過ぎないのだろうか?)。
 それは癌は一般的に、一旦、発病すると死の訪れが早く、ペンを執る遑も与え てはくれない場合が多いからだろう。つまり、癌は作家らが描いてさえも、ドキ ュメント的な作品になりがちなのである(ドキュメントも文学だというなら、癌 は癌で芸術の母体にもなったと言うべきなのかも知れないが)。
 が、結核は真綿で首を締めるようである。じわじわと責め立てる。明日がある ようなないような。息が出来るような出来ないような。愛に生きられるような叶 わないような。絶えざる微熱に頬が火照り、心が火照り、咽が渇いていく。結核 に倒れて辛抱と養生を強いられ、長く横たわってからだの形が煎餅布団に残るよ うに、きっと結核の微熱が人生への渇望をも駆り立ててやまないのだろう。
 ある意味で昔は、結核は人生そのものだったのだろう。あるいは病は人生であ り宿命であり、命と不可分の、死ぬまで降ろすことの出来ない荷物だったのだ。 人に、家に、木立に、森羅万象に影の伴うように、人は病と一生を添い遂げるも のだったのだ。
 現代において病気とは治療の対象であり、本来、全快可能な偶発的なものであ り、なければなしで済むエピソードに過ぎないのとは大違いなのである。
 だからこそ、『魔の山』が生まれる由縁、というわけだ。
 結核が文学や芸術において生みの母でありえてきたのは、往々にして結核は若 くして罹る病だという点も大きいのだろう。若く多感で、愛や恋や人生に悩む時 期に結核に罹患して、誰よりも人生を深く生きることを強いられるのだ。周りの 同年配の連中が活発に愛に生き、社会に参加して生きているのを尻目に、薄暗い 奥の離れで人との(異性との)深い熱い交流も侭ならない生を(性を)強いられ る。若い人間にとって、こんな現実はあまりに辛い。
 癌が、多くは晩年に罹る病であり、既に人生の終焉を覚悟したり、老衰その他 の形で身近な人の死を多く見守ってきた人間が発症する病であることが、従来は 癌が文学の形に結晶し辛かった理由なのだろう。

 一方、では、癩は如何。
 実は、ここに文学の世界でさえマイナーとならざるを得なかった問題がある。 癩は文学の世界にあっても異端であり、日陰の存在なのである。そこに重苦しい 問題があることは誰しも予感するが、関係者以外は目を背けて通り過ぎる世界な のである。容貌、外貌が崩れることへの嫌悪と恐怖は文学者(あるいは文学愛好 者)にとってさえ、鬼門なのである。

 ところで、近年、結核が流行の兆しを見せていることは周知のことだろう。今、 何故、征服されたはずの結核が?! その経緯は別の機会に譲るとして、さて、 現代における結核は文学に、あるいは我々に新たな豊穣なる世界を恵んでくれる のだろうか?
 エイズが、不十分ながら恵んでくれたように…。
 それとも、病は徹底して偶発的なもの、人間にとっての他者、単なる異物であ り、肉体的条件に左右されない、何か抽象的な文学世界が現出してくるのだろう か。
 だとしたら、それは肉体の条件に縛られる我々には想像も及ばない世界である のだろう。その抽象の高みに耐えられないからこそ、薬物やゲームやスポットラ イトに依存し、殊更に物質的事象の次元に自らを引き落とそうとするのだろうか。
 いずれにしても、肉体がデジタル情報の加工物に過ぎないという現実に慣れる には、まだまだ相当の時間を要しそうである。 
 ま、気長にやっていくしかないようだ。それだったら、ひとっ風呂浴びて考え ることにしようかね。


                                02/11/28 17:00