1.版画からあれこれ想う
2.素描からあれこれ連想する
1.版画からあれこれ想う
手元に『ルドン 私自身に』(池辺一郎訳、みすず書房刊)がある。83年に入
手したものだが、引越しなどにも関わらず残しておいたものである。
小生の愛惜するルドンが、たとえばアルブレヒト・デューラーの銅版画をどう
評価しているか、本書の中から拾ってみる。
念のため、最初に改めて、デューラーの「メランコリア I」を見ておきたい:
http://www.pref.kumamoto.jp/institution/museum/honkan/hj_17.html
レンブラントの「自然には経験界からは決して発見されない無限の理(ことわ
り)がある」という言葉を紹介した上で、ルドンは次のように書いている。
(p.27-8)
「天から授かったものに従うことも、自然の命ずることです。私の授かったもの
は、夢にふけることでした。私は想像の跳梁に苦しめられ、それが鉛筆の下に描
き出すものに驚かされました。けれどもはじめ驚かされたものを、逆に私の学ん
だ、また私の感じる芸術の生理に従わせて、見る人の眼に突然魅力のあるものと
し、思想の極限にある、言葉ではいい得ないものをそっくり呼び起こすように持
って行ったのです。」
このように書いた上でルドンは続ける。
「ここで私のいったことは、すべてアルブレヒト・デューラーが版画「メランコ
リー」ではっきり示していることの範囲を出ません。あの絵は、わけがわからな
いように見えるかもしれませんが、実ははっきりした言葉で書かれているのです。
線だけで、強い線の力で書かれているのです。厳粛な深い精神が、きびしいフー
ガのこみ入った、急調子のように我々をゆすぶるのです。あの絵の後で我々にで
きることは、数小節の短いモチーフを歌うことだけです。」
本書では、デューラーの「メランコリー」のエレミール・ブルジェの口頭解釈
が示されている(p.136-7):
「メランコリア」という言葉のあとに、Iという文字が見えるだろう。この見落
とされる記号が、この絵の鍵なのだ。これはラテン語の「行け」という意味だ。
飛び立って行く怪しいものは、悲しみという名を、我れ知らず持ち去って行くの
だ。朝日の昇るあたりを、解放の虹の下を飛び去る、これさえわかればあとは科
学というものの寓意として解ける。仕事と研究の道具が描かれている。この翼の
ある存在は、コンパスを手にしている。つまり確実性のイメージではないか。愛
のキューピッドも、板の上に新たな知識を書き込んでいる。レオナルドは「知が
増せば、愛することも多くなる」といった。
このようにブルジェの口頭解釈を示した上で、ルドンは続ける:
「この解釈は色々な仮説解釈、支離滅裂などという非難に止めを刺す。そこで私
は微笑みをもって思い出すが、私もデューラーと同じように、確実性の天使を描
いたことがある。私の天使は、年老いて、黒く蔽われた空の光の輪の中で微笑を
浮かべて、問いかけるような表情をしているものとして描いた。私はデューラー
より意識的でなかった。
この見事なメランコリーは、私にとって今も昔も、深く、広大な方位をあらわ
す。すばらしい抽象的な線が、豊かに流れ出す絶えざる水源である。これ以上に
充実した組み立てと面が、精神に働きかける枠組みを私は知らない。全体のおご
そかな動きに従う、変化に満ちた緊密な線。バッハの音楽の喜びを引き合いに出
すのはどうかと思うが、私は似たようなところがあると感じる。中年期以後私は
このような線のフーガを常に眼に感じていた。」
小生は、「メランコリア I」の「I]を単純に作品の順番を示すものと思って
いた。絵画に詳しい人には常識に属することなのかもしれないが、「ラテン語の
「行け」」を意味するとは知らなかった。メランコリー(憂鬱)と「行け」。
「行け」を意味するとしても、一体、何処へ行けばいいのか分からずに居るのだ
ろうか。何処かへ向ったとして、決して果てなど無いことが分かっているという
ことなのだろうか。
悪魔的(天使的)な才能を持つ人は、感じる世界の過剰なまでの豊穣さと、実
際に自らが達成し絵画などの形に定着し得るその乏しさとの、彼我のあまりの懸
隔に絶望しているのだろうか。課題のあまりの重さに押し潰されるのを感じてい
るのだろうか。凡人には到底、想像は叶わないのだろう。
それはともかく、この絵はいつ眺めても、果てることの無い瞑想に誘う。今は、
その瞑想に浸っていればいいのだろう。
本書の中で、ルドンはロドルフ・ブレダンを称揚している。ルドンが賛美し、
デューラーの神秘主義の系譜を継ぐとも語る画家ブレダンとは:
http://www.print-collection.info/kohanga/bresdin.htm
http://www2.big.or.jp/~adel/grafica/gg-03/bre-02a.html
ルドンは、「よきサマリア人」というブレダンの作品に絡み、次のように語っ
ている:
「不思議な絵である。ここで芸術家は我々が日常窓から眺めるような風景をあら
わしているわけではない。そういう見方からすれば、この風景は欠点だらけであ
ろう。現代画家で彼のように、現実描写の外に題材を得ている人はない。彼の企
てること、求めるものは、夢の中に我々を引き入れることである。神秘的な、不
思議な夢、不安な不可解な夢である。それでいいではないか。理想とは明快なも
のであろうか。いや、芸術は、その強調する言葉の力を、その輝きを、その大き
さを想像の決するままにまかせるものではないか。
我々の想像力をかき立て、形を作り、心を打ち、心を奪うものをさがす心が、
彼の作品を貫く理論であろう。自由な幻想に理論があり得るとすれば――。この
見地に立てば、彼の作品は現実に目的に達している。我々の心にこれほど強く残
り、独創性の生き生きした痕を残すものは稀だからである。
(p.206-7)
ロドルフ・ブレダンというと、小生に清宮質文の世界に触れる契機をくれた駒
井哲郎を思い出す。そう、彼はブレダンを激賞していた。
その駒井氏も、ブレダンを知ったのは、ルドンによってだという。ルドンの師
として必ずブレダンの名前が出ていたというのである。手元にある駒井哲郎(て
つろう)氏著の『銅版画のマチエール』(美術出版社刊、但し、最初、昭和51年
に駒井氏の死の直後に刊行された。小生は、92年増補新版刊行の本を94年に練馬
区立美術館で開催された「「駒井哲郎」・「清宮質文」二人展」の会場で購入し
た)の「ロドルフ・ブレダン――神秘な線のアラベスク」という項の冒頭に、そ
のように書いてある。
本書を文芸作品として高く評価しつつ、大岡信氏が駒井哲郎のことを語ってい
るサイトがあったので、紹介しておく:
http://om-forum.org/forum/200210/
この『銅版画のマチエール』には駒井氏が購入した作品も含め、ブレダン(本
書では、ブレスダンと表記してある。駒井氏は、日頃、ブレスダンと言っていた
そうな)の作品が幾つも載っている。駒井氏によると、ブレダンは、「一枚本当
に自分の気に入った刷りが完成すると、それをたくさん刷り増しするようなこと
には考えが及ばず、もう次の作品にとりかかったという」。
ネットではあまりブレダンの作品が見つからなかった。是非、駒井氏の本書で
御覧になっていただきたい。本書の中では、当然のことながら、オディロン・ル
ドンをはじめ、ペーテル・ブリューゲル、ジャック・カロ、メリヨン、長谷川潔
らも採り上げられている。
本書の前半には、銅版画の基本なども書かれている。無論、本書の冒頭には、
駒井氏自身の作品が23点も口絵として載せられている。
駒井氏は、1920年倦まれで、1976年に亡くなられている。あまりに早い死であ
る。小生が駒井氏の世界に触れたのは、言うまでもなく埴谷雄高氏著の特装本・
『闇の中の黒い馬』(河出書房新社刊)の挿画(銅版画)を担当されていたから
である。
購入したのは、72年だったか73年だったか。
しかも、迂闊な小生は、駒井氏が76年に亡くなられたことに当時、気づいてい
ない(恐らく)。下手すると、「「駒井哲郎」・「清宮質文」二人展」が清宮質
文氏の回顧展で、その清宮氏の親しい友人ということで駒井哲郎氏も二人展とい
う形で採り上げられたのだが、その際にやっと氏のずっと以前の死を知ったよう
な気がする。
あまりに迂闊。いかに不勉強且つ、情報摂取の感性に欠けるかが分かろうとい
うもの。
清宮氏のことは、全く知らなかった。駒井氏の作品を見るついでに見るかなと
いう程度だった。が、駒井氏の作品世界以上に惹かれてしまったことは、以前に
書いた。
とにかく銅版画、木版画などの世界は大好きだ。特に彩色されていないものが
好きだ。誤魔化しが効かないからだろうか。それとも、何かのモノを抉ったり削
ったり傷つけたりする感覚に何か痺れるものを感じているからなのか。その辺り
のことは、簡単以上には触れることができないのがもどかしい。
03/08/20 記
2.素描からあれこれ連想する
前稿を書きながら、改めて<素描>に関心を持った。
念のため事典にはどのように書いてあるのか確かめたが、この一項だけでなか
なかの長文で、要約するのにも骨が折れる。とにかく、英語でdrawingとあるよ
うに、元々は「線を引く、線描する」の意だとか。「発生的には、人間の芸術的
活動の始まった氷河時代の洞窟絵画に見られる。岩であれ、石や土の壁であれ、
あるいは地面であれ、そこに描きあるいは線刻する手段さえあれば素描は可能な
はずであり、実際にそのようにして生まれ、消えていった素描が無数にあったは
ずである」という一文が、そうだ、素描はそうだったのだと改めて思い起こさせ
てくれた:
http://www.yangonow.com/jpn/magazine/yangon_report/20000729_1.html
http://www.tabiken.com/history/doc/T/T036R100.HTM
昔、学校などでは机(や椅子)が木製だったので、授業中にナイフで傷つけた
り、鉛筆で悪戯書きをしたものだった。また、入学した時点で既に机には先輩諸
氏の苦労の跡がありありと刻み込まれていたものだった。自分も最初はしおらし
く振る舞うものの、やがて、その仲間の輪に自然、加わっていったのだった。
そう、昔、学校は、机も椅子も壁も廊下も木製だった。黒板だって。授業中は、
机の上には刻めないので、机の中に手を突っ込んで、何かを描くというつもりも
なく、ただ退屈と先生への反発心の賜物としての成果を残したものだった。
ただ、真新しい傷だと自分の物だと察知される恐れがあるので、その傷の上に
鉛筆でササッと上書きし、手の平で鉛筆の黒い墨を自分の手垢や脂を交えつつ、
刻みに磨り込んで、古いかのように装ったりした。
小生は音楽も他の学科も全て出来が悪かったのだが、美術もその例外ではなか
った(自宅で漫画を書くのは好きだった)。当然、一度だって教室の後ろに作品
が展示される栄誉など経験するはずもない。
それが、中学に入って、銅板画を美術の授業で経験した時、初めて、教室の後
ろで展示されるという嬉しい出来事に遭遇した。
いや、その前に、銅板に刻むという行為自体が、とても楽しかった。鉛筆も水
彩も、消したり上書きしたりできるが、銅板には一旦、刻んだら、その刻まれた
線を消すことは許されない。その失敗を許されない緊張感が、自分の性分に合っ
ているのではと、密かに感じたほどだった。
無論、それは幻想に過ぎず、その後、銅板画を体験する機会が授業では高校も
含めてなく、また、自分で勝手に試みるほどに積極性があるはずもなく、その刻
む感覚は次第に遠い過去の懐かしい感覚として萎んでいくのみだった。そもそも、
小生にそんな厳しい世界に耐えられるはずもなかったのだと思う。
それでも、それから二十年ほどしてから、900枚ほどの小説を書いたときに、
小説の主人公は画家、それも銅板画家に設定することで、ガキの頃の刻む快感を
新たにする。伏流水のように、一旦は地の底深くに沈んでいた情熱(感覚)の火
の燻りが、命を再び得た、そんな感覚が自分にあった。
その刻むという行為が、主人公の心性の心を更には人(女)を心身共に傷つけ
ることに繋がったかどうかは、小説の世界のこととして、ここではこれ以上、触
れない。
ただ、中学の時の銅版画を刻む営為の孤独な快感、一旦、何かの線を世界に刻
み込んだなら、決して消すことも拭い去ることもできず、その印された線の描く
世界を生きるしかない、その厳しさに妙な現実感を覚えた、その体験がいかに大
きかったかは、述べておいてもいいかもしれない。
描かれ刻まれた線は、森か林に立つ白樺の木々のように孤独に立っている。そ
の周囲に仲間の木があるにも関わらず、それぞれが勝手に、しかも、他人(他の
木)に無関心を装って立っている。
銅版の上の刻みは、ちょうどそのようにそれぞれが孤独なのだ。他人になど目
をくれないのだ。でも、孤独など、ただの甘ったれの愚痴に過ぎず、横目では他
人(他の線ども)の動きや眼差しが気になってならない。おい! もう少し、オ
レに関心を持ったらどうだ! と言わんばかりなのである。なのに、言えない。
そんな内気な、つまりは甘えん坊なガキには、やはり厳しすぎる世界だったのだ
と、今にして思う。
銅版画とか、線刻というと、小生は、好きなヴォルスのことを真っ先に思い浮
かべる。しかし、ヴォルスのことは、他でも書いたので、ここでは自重しておく。
次に小生が思うのは、なんといってもアルブレヒト・デューラーであり、レオ
ナルド・ダ・ヴィンチの素描の数々だ。そしてルドンにムンクに…:
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/R/Redon/Redon.htm
アルブレヒト・デューラーの銅版画については、これまた他の機会に譲る:
http://www.geocities.co.jp/PowderRoom/1924/dur_douhanga.html
ダ・ヴィンチの天才振りなど、小生がここで敢えて語る必要はないだろう。彼
の素描へのこだわりは、尋常をはるかに超えるものだし、狂気という言葉を安易
と思いつつ、つい使いたくなるほどだ:
http://www.asakura.co.jp/asakura/a_select1/leonard.htm
そんなダ・ヴィンチの素描に潜む彼の肉体の秘密を、かのフロイトが彼一流の
ペンというメスで、遠慮会釈なく腑分けしてみせてくれたのが、「レオナルド・
ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出」だ。どのようにダ・ヴィンチを解体してい
るかは、その稿を読んでもらうとして、一枚の素描、一枚の絵から、そこまで洞
察されるのかと、凄みを感じたものだった。
さて、ここらで気分一新。
前にも紹介したが、小生の好きな作家に清宮質文(せいみやなおぶみ)がいる。
彼は銅版画ではなく、木版画やガラス絵の作家なのだが、彼の世界が小生が好き
なのだ。たまたま小生が彼のことを知ってからちょうど今年で10年になることも
あるので、改めて見てみたい:
http://www.logix-press.com/artaccess/artpage99/seimiya/seimi.htm
清宮というと、次は田中恭吉や長谷川潔(きよし)へと連想の輪が広まってい
く。田中恭吉については、萩原朔太郎がコメントしているので、小生が下手な紹
介をせずに済む:
http://www.bekkoame.ne.jp/~poetlabo/AOSORA/tsukini/tanaka.html
長谷川潔のことも、今更、説明など不要だろう:
http://www.oida-art.com/hasegawa/
素描から話がちょっと飛んでしまったけど、ネットでいろんな作家の世界を改
めて堪能できて、書きながら楽しい時間を過ごすことが出来た。これらの作家は、
銅板や木の板に刻み込んでいく時、どんな気持ちを味わっていたのだろう。先端
を行く現代の作家にも、氷河時代の素朴な<アーティスト>の気分と共通する何
かがあるのだろうか。
いずれにしても小生が試みどころか思いも寄らなかった世界にまで分け入って
くれた作家たちに、ただただ感謝である。
03/08/20 記

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