その女性とはフィーリングが合って、話していて楽しかった。結婚していたら楽しい家庭が築いてゆけたろうと思う。何故結婚しなかったかというと、その人は経営陣と近いところで仕事をしていたからである。
入社する時に読んだ何かの本で、社内結婚というのはできるだけするべきモノではないというような主旨の事が書いてあって(この事の是非についてはここでは書かないけれど)成る程一理あるなと思っていた。
社内結婚をするべきでない理由は色々と考えられるけれど、対象としてもっとも注意すべきは経営陣と近いところで仕事をしている女性だ。色々な憶測の対象になる。
そんな憶測なぞ吹き飛ばしてしまうほどの実力のある人間ならば何にも問題がないのだけれど、自分にはそんな自信がなかった。
外見はそうは見えないらしいが自分はあんまり精神的にタフな方ではない。
とてもとても「馬鹿な奴らだ、色々憶測を巡らせて…」とうそぶいて平然と結婚する様な自信がなかった。
もっとも、彼女が絶世の美女で100万人に一人というような人だったらどうだったろう。正直に言えば、多分相当心はぐらついたろう。でも、おそらく結論は同じだと思う。情けないことに…。
当時は(今もあんまり変わりはしないが)そんな女性が本気で自分を好いてくれるというような自信を抱けなかった。
絶世の美女と結婚するのも、憶測を気にせず結婚するのも相当な自信を要する。
というのが、当時の偽らざる心境だろう。
本当は自信とかはどうでもよくて、お互いの気持ちの繋がりがどの位実感できるかというのが一番大事な要素だと思うけれど、昔はそういう事が判らなかった。自分の人生が自分にとってどういうモノかが判ってなかったと言っても良い。
もう一つ言うと、自信がなかったと書いたが、勇気が無かったといった方が当たっているかもしれない。
彼女と結婚する勇気やら自信がなかった以上、他の女性と結婚する事になる。そうして僕の結婚の情報は彼女を傷つけた。 …ようだ。
今でもごくたまに言葉を交わす機会があるが、今の彼女の心境がどうだかは判らない。もう何とも意識はしてないだろうとは願うが、昔彼女の心を傷つけた事は今でも時々僕の心をかすめる。
謝ってどうという様な訳にはゆかない事なのだけれど、彼女の側には何にも原因が無くてひたすら僕のチンピラな主義が原因だったのを知ってもらいたい。そうして少しばかりの溜飲を下げてもらいたい。「なあぁんだ、そんなヤツだったのか」と…。
でも、こういう事はすごく微妙なことだ。こちらの真意がどうであれ、この実状を彼女が知ったとして、彼女の溜飲が本当に下がるのか、昔のキズの痕がキレイに無くなるのかという事は判らない。
この関係はプラトニックなものだった。僕たちの時代から前は、こういう話はプラトニックだと相場が決まっていたのだが、今はそうは思わない人が多いだろう。
今の時代ならそもそもこんな文章を書くような事にはならなかったかもしれない。あっさり肉体関係をもって、その分キズは大きいけれど、その分結論が出ると割り切りが早いという事になるのかも知れない。
こうやって書いてきて、振り返って、文の出だしを見てみると、「今でも別のやり方は出来なかっただろう」と書いてある。そうだ、人間なかなか変わらないモンだ。