![]()
mottoひょうご 山口県支部長 足立 美穂
![]()
足立 美穂(あだち みほ)
1979(昭54)年 生まれ 岐阜大学教育学部生涯教育課程 卒
2002(平14)年 岐阜県本巣郡北方町教育委員会生涯学習推進室に
ボランティアコーディネーターとして勤務
2005(平17)年 兵庫県野外レクリエーション指導者協議会(現 mottoひょうご)の
『兵庫県に生涯学習研修留学』にて兵庫県に約1年間の留学
2006(平18)年 岐阜県に戻り、NPO法人 メタセコイアの森の仲間達 に
自然体験活動リーダーとして勤務
2007(平19)年 さらに地元の富加町に戻り、富加町教育委員会にて
社会教育指導員として勤務
2008(平20)年 結婚を機に山口県へ。某登山用品専門店で働きながら
アロマテラピーのおもしろさを広める活動をしている。
『自然と癒し』がテーマ。出身地の岐阜県や地元の町(加茂郡富加町)への
熱い想いはそのままに、現在は山口県に暮らす。
自然やアロマテラピー、遊びに関する出店をしに、あちこちに出没中。
興味の赴くまま、おもしろそうなものに飛びつき吸収するのが得意。
![]()
平成21年1月13日(火)
| 新装開店のごあいさつ |
ザシキワラシは今、山口県にいます。旅行ではありません。住んでいるのです。
かねてから落ち着きのなさが心配されていた私。なんとこの度あんなにこだわっていた岐阜を離れることになりました。
結婚です。一大決心です。周りも大騒ぎです。
山口に住むことは私にとっては一番ありえない選択、のはずでした。でも強い想いは逆に180度の転換を可能にするのでしょうか。それとも単に私の舵取りがそうなっちゃっただけなのでしょうか。ひとまず相方のいる山口に行くということになりました。
岐阜でお世話になった皆様、本当にありがとうございました。私の岐阜での活動に期待していてくださった皆様、本当に申し訳ございません。
私の生まれ育った場所への気持ちは変わりません。今後は山口県支部長としてお手伝いできることがあればいいなと思います。
私が岐阜を離れるにあたり、新たな岐阜県支部長が誕生いたしました。笑顔がとてもかわいくってちょっと天然、誰もがそのキャラクターに魅了されてしまうと評判の多川充佳子さんです。
私とは一時期、長屋のお隣さん同士でした。手のひらほどの大蜘蛛や蛾が出没した夜には、二人でギャーギャー言って助け合ったこともありました。
あれから2年半。彼女の成長ぶりには目を見張るものがあります。いろんな得意技を身につけてあちこちで活躍中です。私が岐阜を離れるにあたり、『後任にぜひ!』と推薦させていただきました。多川さんのページが近日オープンするそうなので、詳しくはそちらをご覧下さい。
さて、そういうわけで私は、周防の国は山口におります。山に囲まれた岐阜県から来た私、海に囲まれた山口県は未知なることがいっぱいです。毎日その違いを新鮮に味わっているところです。『違い』があるということがおもしろいし、それを一つ一つ味わって自分の中に貯めていきたいのです。
アロマテラピーもやっています。遊び半分で『香り占い』を開発し、いろんな人を煙に巻いて(?)います。
最近のアロマの活動も含めて、ぶちおもしろい(山口の言葉で『とてもおもしろい』)お話をお届けしたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。
(注)手のひらほどの大蜘蛛…アシダカグモ。学名Heteropoda venatoria。体は25〜30mmだが、脚も入れると10cm近くあって、歩き回るクモでは日本最大。昼間は壁や天井のすき間などにいて、夜にゴキブリなどを捕食する。茨城県以南に生息する。
(注)ぶち…とても・すごくの意を表す強意の副詞。1970年代から使用され始めた新方言で、現代山口方言ではもっとも盛んに使用されている。広島・北部九州にも伝播している。
![]()
↑
美濃の国から周防の国への『お国替え』
↑
![]()
平成19年12月20日(木)
| 私のアロマテラピー講座 |
香りを感じる、そして表現するということを試してみたかった。自分がいい香りによってリラックスすることはもちろん嬉しいことだ。だが、それ以上に自分以外のたくさんの人とその気持ちを分かち合えたり、お互いに香りから受けるイメージを表現しあって交流できたらおもしろいだろうな、と思っていた。
アロマテラピー講座の講師をさせていただけることになり、チャンスがやってきた。
第1回講座でテーマにした精油の一つはローズマリーだ。ローズマリーの香りは、すがすがしい気持ちにさせてくれる。また、キャリアオイル(アーモンドオイルなどの植物油)で希釈してマッサージすると筋肉痛も防いでくれる、大好きな精油のひとつだ。
一人ずつ精油をお湯の入ったカップにたらし、みんなで一緒に香りを感じてみる。目を閉じて静かにゆっくりと。
次は表現だ。言葉でもいいし、絵や色で紙に描いてもいい。
みなさんは言葉では『さわやか』『ツンと刺激する感じ』『みずみずしい感じ』などと表現された。描かれた線は上向きの矢印だったり三角形などが共通していた。使われた色は黄色や緑、黄緑色が多かった。ローズマリーの香りの軽くて上に向かっていくようなイメージを感じられたようだ。
お互いの表現した絵を見て自分とは違う表現にビックリしたり関心したり。共通表現を見つけると笑みがこぼれ大きく頷いていらっしゃった。
第2回講座では受講生同士慣れてきたのもあって、もっと自由な表現も出てきた。選んだ製油はジュニパー。ヒノキに似た香りがする。それをヒノキ風呂の絵で表現された方がおられ、一同感心してしまった。
また、オリジナルバスソルトも作った。いろんな香りを嗅ぎ、作用を考慮して、自分で3〜4種類の精油を選んで作った。できたバスソルトを嗅ぎ比べると、なんだかその香りが作った人のイメージにマッチしている感じでおもしろかった。
講座によってそれぞれにアロマテラピーに関する知識を深めることができたり、アロマテラピーによってリラックスされるのは嬉しいことだ。同時に私としては、みなさんと一緒に香りを感じてそれを表現し、お互いに認め合えたことも嬉しかった。
『感じる』ということは大切だと思う。忙しい毎日の中でそれは自分自身を実感するひとときになるのではないかと思う。自分が感じることを大切にし、自分自身を見失わないで日々を過ごしていきたい。
次回はオリジナルコロン作りだ。受講生のみなさんがいろんな香りをどう感じ、どう組み合わせて表現されるのか、とても楽しみだ。
(注)ローズマリー…シソ科の低木。主要成分のカルノシン酸には神経成長因子の生成を高める作用があるため、アルツハイマー病への効果も期待されている。
(注)ジュニパー…ヒノキ科の低木。抽出成分は『ジン』の香りづけとしても有名。
![]()
平成19年9月14日(金)
| 大!韓民国 |
『イルボン(日本)…』と聞こえた気がした。見ると、50代半ばくらいの男性が2人、こちらを見ていた。目が合ってしまい、慌てて『アニョハセヨ』と挨拶した。
初めての韓国。言葉も文字も分からない。韓国への興味が湧いて来たものの、どこかで怖い気持ちもあった。日本とは複雑な歴史背景がある韓国で、自分という日本人がどう受け止められるのか、不安だった。
だが、この挨拶をきっかけに2人の男性はとても親切にしてくれた。他にも、小学生の子からエレガントなおばさま・ご老人まで、やさしい韓国の人達にたくさん出会った。
韓国語で会話が弾んだわけでもないし、歴史的な話をしたわけでもない。ただ、最初にお互いを認める『アニョハセヨ』という挨拶があった。
私は韓国の人達から暖かい大きな心を感じた。ダイナミックでおいしい韓国料理の数々を含めて、大韓民国の『大』の意味に納得したのであった。
(追伸)…長らくお便りをせず、ご心配をおかけしました。ザシキワラシを案じてくださった皆様、ありがとうございました。先日、家主様から近況報告をしていただきました通り、なんだかんだドジ踏みつつも楽しくやっています。またぽつぽつとお便りできるといいな…と思っています。よろしくお願いいたします。
![]()
平成19年9月3日(月)
| 近況報告を…(家主より) |
半年ほどザシキワラシさんよりのお便りが途絶えたため、多くの方よりご心配をいただいています。そこで、当HPの家主であるざくろ銀行頭取(?)より、おせっかいとは思いつつ近況報告をさせていただきます。
現在は、岐阜県加茂郡富加町教育委員会の職員として、各種講座の調整・実施などの業務に励んでおられるようです。ちなみに、この夏最高気温続出の岐阜県美濃地方で、40.9℃の多治見市には及ばなかったものの、岐阜県では珍しく(?)下水道普及率100%とということで、富加町は頑張っているとのこと。
ただ、ご本人は最近、車に乗り過ぎで、JRなどの列車にはとんと疎くなられたようです。さる8月6日には地元の美濃太田駅で長良川鉄道からJRへの乗継が分からず(というか、忘れて…)、乗るはずだった列車を背中で見送ってしまい、もう一度実家に舞い戻って、結局、仕事場の下呂市にはマイカーを暴走させて乗り込むという失態を演じられたそうです。その上、その精神的動揺のためか、講座中にお腹を壊し、トイレを背負いながら(?)の下呂出張だったとのこと。ご愁傷様です。身体が丈夫なのも芸のうちですからね。
しかし、そんなことにはくじけず、地元『タウンホールとみか』でのマイ講座では、いよいよお得意のアロマテラピーで講師として登場です。日程は、10月24日(水)・11月21日(水)・12月19日(水)です。また、岐阜女子大学でもレクリエーション講座を持たれるようで、これは今月14日(金)。それと、生涯学習留学の一環としてまもなく(9月6日〜9日)大韓民国へ情報収集の旅に向かわれることも聞いています。
12月8日には、ポートメッセなごやで開催されるクリエイターズマーケットに、アロマの足湯かオリジナルコロン作りのブースを出展予定! いよいよ名古屋進出から全国への発信にまでターゲットロックオン。お便りは途絶えていますが、ますます元気に活動中のザシキワラシさんに乞うご期待!
(注)マイ講座…富加町が実施している生涯学習イベントの一つ。町内外を問わず、自らの特技や趣味を教えてみたい人と、機会があれば習ってみたかったけれどチャンスの無かった人とをマッチングさせることを目的としている。パソコン・書道・太極拳・英会話・郷土史などが、今年度は前期に開催されている。講座1回あたりの受講料は300円。詳しくは、http://www.town.tomika.gifu.jp/event/kouza-zenki.html まで。
![]()
平成19年3月9日(金)
| 人は管(くだ) |
私には御歳96になる矍鑠(かくしゃく)たる祖母がいる。12人の子どもを生んだ明治の女である。その祖母が体調を崩して入院した。幸い大きな病気ではなく、医者も驚く回復っぷりで日に日に元気になっている。
だが入院直後の姿には正直ショックを受けた。腕には点滴を受け、おしっこはドレーンという管を通ってベッド横のバッグに納まるようになっていたのだ。おしゃべりは普通にできる祖母とアレコレ話をしている時、その点滴&ドレーン姿を見てふと思った。結局おばあちゃんの身体、管なんだなあと。天井から吊るされた点滴から祖母の身体へ、そこからドレーンを通ってドレーンバッグへと、重力に従って流れていっていることにしみじみ感じ入ってしまった。
今更だけど人は管なのだ。脳が発達して、言葉を使い豊かな感情を持ち智恵を働かせて二足歩行しているけれど、基本的な身体の仕組みはミミズと同じ管なのだ。そう思うとおかしくなってきた。
太古の昔から管は狩りをし、管は作物を作り、管は愛をささやき、管は子孫管を残してきた。いつの時代も華麗な管の舞には多くの管が拍手した。いまや氷の上で舞う管もおり、スキーを履いて空を舞う管もいる。管はまた、高度な知能を使い、マカロニやちくわなどの管的な食べ物も創造し食すにいたった。宇宙にも飛び立とうという科学技術も発展させた管。ロンドンという管の街では移動手段にも『tube(管)』という名前の地下鉄を使うという。
なんとクダらない、と苦笑しながら管に思いを巡らせていてふと気がついた。山もある意味『管』なのではないかと。降った雨を一時的に蓄えて、川に流す。川に流れた水は海に出て雲になりまた山に降る。するとさらに自然界自体も管のように感じてきた。動物の食物連鎖も微生物の分解も、全部一つの『管』のように繋がっているではないか。
私たち人間自身も管で、自然界という管に繋がっている。大きな大きな自然界の管の中のほんの一部の管の私。私に繋がる大きな大きな管に感謝。そして明日退院するおばあちゃん、ありがとう。
(注)矍鑠(かくしゃく)…歳をとっても、とても元気な様子を表す言葉。中国後漢初期の将軍である馬援が、中国南部五渓蛮の討伐に向かうことを志願したとき、62歳になる老体を皇帝(光武帝)が心配して許可しなかった。それに対して、馬援は鎧をつけ馬にまたがって見せたところ、皇帝が『矍鑠たるかな、是の翁や(元気なものだな、このじいさんは)』と言ったことにちなむ。
![]()
平成19年1月31日(水)
| 夕焼け |
今日の夕焼けはピンクオレンジに光る雲が西からどんどん流れてきてリズミカルな感じでした。雲はピンクオレンジの層とちょっとくすんだ薄い灰色の層とがミルフィーユみたいに交互に連なっていて、それが1枚の布みたいに西から大きく広がってきました。
流れてくる雲に、上弦の月が隠れたり出たりしながら小さく光っていました。ウサギの影は顔の部分だけが見えていました。
犬の散歩の途中で感動してずっと空を見ていました。実家の町でこんなに雄大な感動に出会ったことは久しぶりで、そういう意味でも『いやあ、いいですなあ〜』と思い、犬に『ちょっと、空がきれいやよ!!』と話しかけたところ、見ると犬はちょうどウンチをしているところでした。ガックリきたけれど笑えました。
それにしても素敵な色で広がりのある夕焼け。何だかとっても楽しいような、これからいいことがいろいろ待っているような気持ちになって、今来た道を折り返し夕焼けの方を向いて帰りかけました。
空の色はそのうち、どんと濃くなって赤紫っぽくなってきました。そしてすぐに、布がするすると引いて行ってしまったみたいに色が抜けて、水色とグレーの帯が漂っているようになりました。なんだかあっという間でした。でも心にほんわり残って、うちの町はやっぱりいいなと思いました。
(注)上弦の月…陰暦(旧暦)7日ごろの月。いわゆる半月で、夕方に正中(真南に来る)し深夜に沈む。半月を弓に見立てて、弦が上側にあるので『上弦』とする説明をよく見かけるが、西の空に傾いたときにしか当てはまらず、『下弦』の場合、それは真昼のこととなるので怪しい。正しくは、その月の『上』の頃、つまり月の前半(上旬の『上』)の頃の『弦』(弓を張ったような月、いわゆる半月)なので『上弦』の月。
![]()
平成19年1月6日(土)
| 岐阜へ戻る |
就職して3年、私は自分がどこへ行きたいのか探りたい気持ちが高まってきた。そこで、とにかく自分のアンテナにビビッとくるものにたくさん出会おうと兵庫へ行った。兵庫県での約1年間、いろいろな所で様々な勉強をさせてもらった。生涯学習や青少年育成に関わる現場にも行ったし、公的機関の主催するお見合いパーティーのお手伝いもした。また、今まで興味はあってもかかわりの薄かった分野である、画家の製作現場や心理学の勉強会などにも見学に出かけた。
そうこうする内、ついに記念すべき日が来た。私が目指すところが見つかったのである。その時の私の頭の中の様子はまるでこうだ。雲の中にキラリーンと光る星が見えたかと思いきや、どんどんその光は強くなって、辺り一帯眩しくってしょうがなくなってしまったようだった。光の正体を見て私は驚いた。何と私の行きたいところは岐阜だったのである。あんなに知らないところに行きたいと思っていたのに、気付いたら本当に行きたいところは岐阜だった。我ながらビックリである。今まで岐阜にいては無理だろうなーと思っていた数々のことや、岐阜で当たり前にあった幸せなどが、実は私が本当に欲しいものだったのだ。
中でも大きいのは山の存在である。兵庫での1年間、北アルプスに行きたいと思いつつ、なかなか時間が取れず本当に残念だった。我が家のレジャーは登山で、白山や北アルプス等、岐阜の山々に小学生の頃から登っていた。その当たり前にあったアルプス登山が私の幸せの形になっていると気づいた。そして、自分が山に登りたいということだけでなく、仕事としても登山を通じてずっと感じてきた想いを実現したいんだなぁと分かった。
そういう訳で、とにかくアルプスに近い場所に住みたいと、岐阜に戻ってきた。もしかすると、北アルプスの槍ヶ岳が私を呼び戻したのかもしれない。
(注)白山…日本三霊山のひとつで、最高峰は御前峰(2702m)。剣ヶ峰・大汝峰を加えて白山三峰と総称し、石川・福井・岐阜の3県にまたがる成層火山。1659年の噴火が最も新しい。
(注)槍ヶ岳…北アルプス南部にある3180mの山。その山容はピラミダルで、名前のごとく天に槍を突く形が特徴。江戸末期に播隆上人により開山された。特に北鎌尾根は、『孤高の人』(新田次郎著)の中で有名。
![]()
平成18年11月4日(土)
| 妖怪ザシキワラシ |
ザシキワラシは岐阜県に住んでいる。と書くと、『何の妖怪話?』と思われるだろうが、ザシキワラシとは実は私のことである。ちょっと考えがあって、自分を『ザシキワラシ(のようなもの)』だとしてみようと思ったのである。
もともと岐阜県生まれの岐阜県育ちの私である。小・中・高・大学と岐阜県で過ごし、就職も岐阜県内。『一人っ子だからゆくゆくは…』という周囲の声も気にして、このままいくと一生岐阜県から離れられないのではないか?と思っていた。
そんな時、『兵庫県が面白い』という情報を得た。小学校5年生が5泊6日のキャンプに必ず行く県、青少年本部という岐阜県にはない組織もある。500人委員会(500人も!!)やこうのとり会といった想像できそうにない、実際に行って見ないとわからなさそうなものもあった。なによりもその時点で私が知っていた兵庫県の人が皆さんとってもおもしろいユニークな人ばかりだった。これは行ってみるしかない!というわけで、私は去年(2005年)、兵庫県野外レクリエーション指導者協議会(現 mottoひょうご)の『兵庫県に生涯学習研修留学制度』を使うことにした。そして約1年間、兵庫県のいろいろなところでお仕事を手伝ったり、見学や勉強させてもらった。
生まれ育った岐阜県から突然兵庫県1年留学をしたことに対しては、いろいろな方から『スゴイねー』とか『何考えてるのかわからん』などとお言葉を頂戴する。だが、兵庫行きはその時の私にとって考えられる限りの選択肢の中で『これ以外にない!』と思うほど、わくわくして自分にプラスになりそうなBEST!な選択だったのだ。
兵庫に行った時に限らず、いろいろな事について多くの人の『こうあるべきもの』と思われることと、自分が思うものがズレていてなんだかややこしくなることがある。自分としては行きたいところに向かってすごく正直に『この道だ!』と思いながら自分のペースで歩いているつもりなのだが、人から不思議がられたり怪しまれたりしてしまうこともある。
そこで私は自分を『ザシキワラシ(のようなもの)』だとしてみようと思ったのである。怪しまれるならトコトン怪しく。そしてなんとなくかわいらしく面白く。妖怪ザシキワラシは見た目も小さな私にはピッタリのキャラクター、というわけで採用となった。そうすればいろんな思いが世間の人々とズレていても気にならない。『その考え方よくわからん』と言われたって平気なのだ。だって妖怪だから。『「おひょひょひょひょひょ」と笑うのはおかしい』と言われても仕方ない。だって笑う時は『おひょひょひょひょひょ』と口から出てくるもの。そりゃおかしいさ。だって妖怪だもの。『人間だもの』でなくて『妖怪だもの』。
というわけでザシキワラシとなった私は、今は岐阜県に住んでいる。なぜ岐阜に戻ってきたのか、そのお話はまた後ほど。おひょひょひょひょひょ〜。
(注)ザシキワラシ…座敷童子。一般的には赤面垂髪の5・6歳の子どもに見える精霊的な存在。『遠野物語』(柳田國男著)にも登場し、主に岩手県に伝えられる。いたずら好きで、夜になると来客の布団の上にまたがったり、枕を返したりするが、見たものには幸運が訪れるという。
![]()