国本武春の「松山鏡」
            布目英一

 狂言の野村萬斎と落語の柳家花緑が昼夜で演芸場と能楽堂の二箇所で競演するという「能舞台で聴く落語 寄席で見る狂言」。この催しで狂言の「鏡男」を鑑賞した。都に出かけていた夫が妻への土産として鏡を買う。しかし鏡を見たことのない妻は鏡に映る自分の姿を見て夫が女を連れてきたと思い、腹をたてる。夫は懸命に説明をするが、聞き入れられず追い立てられる。
 萬斎人気は想像を絶する。五百席はあろうかという横浜能楽堂の客席が中年・熟年女性で一杯だ。男性は三割もいないのではないか。この女性達がこの狂言を見て朗らかに笑っていた。
 この後に行われた花緑との対談で花緑が落語の「松山鏡」を説明。「松山鏡」では親孝行のほうびとして夫が鏡をもらってくる。その鏡を見て妻が嫉妬するくだりは同じだが、最後に尼さんがやってきて仲裁に入る。そして尼さんは鏡を見て「もう夫婦喧嘩はよしなせえ。中の女が頭を丸めてわびてるから」と言ってサゲに。
 この説明を聞いた萬斎が「落語にはサゲがあるので座りがよいですね。狂言の幕切れは尻切れトンボの感じがしてこれでよいのかといつも思っていました。あまり演じることのない演目です」と語った。すると花緑が「この噺は僕も演じていません」と答えたのが印象的だった。
 私も落語の方が狂言よりよく出来ていると思う。しかし「松山鏡」は花緑だけでなく、実演ではあまり演じられることのない落語になっていることも事実だ。私自身、実演で聴いたのは何年前だったろうか。まったく記憶にない。
 鏡を知らない夫婦がそこに映る自分たちの姿を見て夫婦喧嘩をするという設定が現代ではあまりにも馬鹿馬鹿しく感じられるというのが上演回数が少ない最大の理由だろう。
 武春がこの演目を演じるようになったのは十年ほど前、当初は浪曲として演じていたと記憶している。浪曲には初代相模太郎が演じた録音が残っている。内容は落語の筋と同じ。滑稽ものを得意とした演者ならではのネタだ。しかしそれほど印象に残らない。それはなぜか。武春も太郎の浪曲を聴き、同じ思いを持ったようだ。
 そして達した結論は、この演目の眼目は鏡の存在を知らない人々の勘違いにあるのではないということだった。主人公正助の亡き父への孝心、そして正助夫婦の純粋なまでの愛情にある。これが描けないと現代の我々の感覚からずれた演目となってしまう。太郎の浪曲も孝心や夫婦愛をストレートに歌い上げていれば、もっと印象に残るものとなっただろう。
 武春は浪曲として演じての試行錯誤の後、この演目を三味線弾き語りとして演じることで多くの人々に広く受け入れられる作品とした。
 越後の国松山村の正助は今年 歳。父の死後 年間、一日たりとも墓参りを欠かしたことがない。たぐいまれなる親孝心ということで領主から褒美をいただくこととなった。正直者の正助は「着るものも田地田畑も金もいらねえ。しいて望むなら死んだ父っつぁまに会わしてくだせえ」と述べる。父親が死んだのは 歳、正助は父親と瓜二つということを聞いた役人は正助に鏡を与える。鏡を知らない正助は中に父親がいると思って大喜び。ここで武春は「忘れちゃならないのは親孝行、いくつになったって親孝行」と歌い出す。そして鏡をつづらに入れて納屋に隠し、朝な夕なこっそりとのぞき込む様子まで歌うと、伴奏だけ残して女房のつぶやきになる。正助が墓参りをしなくなった代わりにしきりに納屋へと通うようになったことへの疑問である。そして再び歌。「抜き足差し足納屋の中」すると見慣れぬつづらが置いてある。中には何が入っているのだろう、ひょっとして自分への贈り物かも知れないと女房が思うところでは歌を断ち切り再びつぶやきに。そしてつづらを開けると鏡に女の姿が映り、驚く様子は節で。このように浪曲でいうところの節と啖呵を巧みに織り交ぜながら夫婦それぞれの思いを描き、緊迫感を生み出している。
 さらに感心させられるのがセリフの上手さだ。特に鏡の中の女が自分の姿であることを知らぬ女房が鏡に向かって文句を言うところが出色。この女房は容色は劣るが気だてはやさしいということがしっかりと伝わってくる。だからだれもが正助にお似合いの女房だと感じ、二人の幸せを願う気持ちまで生まれてくる。
 それゆえ尼さんの仲裁で二人が仲直りした後の歌が心に染みる。
「もめ事 争い ケンカ重ねて いくつも 峠を 二人乗り越え だけど初めて 夜明けを迎えたみたいに 俺もお前も 朝日で未来が輝く」
 この歌により二人に幸あれという思いが一層強くなる。
 この一席も他の弾き語り演目同様、
浪曲の手法で作られている。それにより落語では描けない夫婦の心のゆらぎまでストレートに伝えている。さらにさまざまなメロディーを自由に使える弾き語りという手法を使うことで、今の若者にも身近に感じられる恋愛物語とすることができた。
 描かれている時代は古くとも演者の工夫、力量によって現代に生きた物語となる。武春が演じる「松山鏡」はまさにその絶好の例だ。