花街の場面
『花街の場』 廓と花街を同じ分類に入れることもありますが、厳密に云えば、合方や唄も変わってき
ますので、「花街の場」として分けました。廓の補充も、少し書いてみましょう 京の島原、江戸の吉原が
廓。京都の祀園や大阪の曾根崎新町、江戸の柳橋、深川などが、よく舞台になる花街です。廓では、
江戸の吉原に対して、京の島原。吉原の見返り柳に対して、島原の出口の柳が名を残し、唄にも唄わ
れています。「ここは島原出口の柳、しようじかむろの合図の手管、忍び逢う夜のその夜の楽しみは こ
の唄は「桜時雨」島原大門の場の幕明きに使われています。もうひとつ面白い唄で「エイエイがらすが、
烏がな。浮気がらすが月夜も闇も、首尾を求めてあおう逢おうとサア 廓のざわめきを唄った曲で、「心
中天網島(河庄の場)」の幕明きに使われています。上方で「吉原騒ぎ」に相当するのが「宵の白鷺」と
いう曲。「宵の白鷺夜明けの烏、見分けられぬが人心 同じく河庄の場で、奥座敷から騒ぎが聞こえてく
るという設定で。また河庄の場、群衆の騒ぎの場面では「皮連合方」に通り神楽を打ち込んでいます。こ
の合方は長唄「官女」の「友のぞめき」のところを少し手を替えたもの。 上方和事の代表的な狂言とし
て「心中天網島」「廓文章(吉田屋)」「恋飛脚大和往来(封印切)」「曾根崎心中」などが挙げられますが
、黒みすの方でも、名曲がたくさんあります。花街では、やはり粋な感じの「端唄」や端唄調のものが多
くなります。「封印切」では「八重咲くや、一重心の梅の花、散らぬものなら何故咲く花よ、いっそ手折り
て床の花 梅川の出に、当り鉦を入れて華やかに。忠兵衛の出は「鳥辺山」という唄。「鳥辺やまはこな
たとぞ、死にに行く身の後ろ髪、弾く三味線は紙園町 と芝居としては心中を暗示している訳ですが、曲
調は華やかで、上方としては洒落た感じのする曲ですね。情景描写の音楽効果としては、かなりの効果
を上げています。 「吉田屋」 では、格子先から奥座敷の道具替りのところで「十二月手まり唄」という
曲が使われますが、上方花街の事始めや餅つきの行事には欠かせない曲でして、現在でも唄われて
います。上方の年中行事を集め、色めいた歌詞によって、廓、花街を唄っています。長い曲ですので一
部を。「とんとんとん先ず初春の暦開けば、心地よいぞやみな姫始め、一つ正月、年を重ねた(て)弱い
お客はつい門口セ、お礼申すや、新造けかむろは例のかわらけとりどりに十二月に入りますと、花街で
はこの唄を稽古する芸妓の声々が流れて来ます。他に花街の唄として「浪花津に(や)、恋の入船木津
川へ、通う淀川鮫川、ちょっと心を蝋川、色の安治川掘江川、思い焦がる1掘川へ 大阪の川づくしとい
うもの。「心中天網島(紙屋治兵衛内の場)」では、通り神楽を入れて幕が明きます。「曾根崎心中(天
満屋)」の幕明きには「仇な世界に色競べ、浮かれて遊ぶ曾根崎や、鐘は大融寺か大長寺。 上方はこ
の位にして、江戸へ移りましょう。江戸の遊びの文化は、隅田川を中心として発達してきたので、沿岸
の柳橋、柳島、深川 (巽) などが、江戸の代表的な花街です。世話物は黒みすの独壇場と云いまし
たが、まさにこの花街の場では、その筆頭といえるでしょう。江戸の粋を集めたものばかりで、曲だけ聴
いていても楽しめます。 「柳橋から小舟で急がせ山谷掘、土手の相傘片身がわりの衣紋坂、君を思え
ば蓬わぬ昔がましぞかし、どうして今日はござんした、そういう初音を聞きに来た これは歌沢の「待乳
沈んで」の替唄で、柳橋、山谷辺りが舞台の時、「江戸育お祭佐七」など。また本文の「待乳沈んで」は「
籠釣瓶」 の立花屋店先で、釣鐘権八の花道の這入りに。唄から始まり、だんだんノル券法で使われ、
効果を得ています。「もしや秋葉と気も白髭の、うれしの森の都鳥、それで心も隅田川、桟橋上がって
今戸行かんせ相傘で 向島から水神あたり、芸妓連れの出這入りなどに。「法界妨」など。「世話情浮
名横櫛(源氏店)」では「晴れて雲間にアレ月の顔、差し込む腕に入れぼくろ、もやい枕の蚊帳の内、い
つか願いもオヤもし、雷さんの引き合わせ 塀外から妾宅の場に廻ると、「看せる羽織をひきとめたさ
に、じつと手に手を後ろ髪。離れぬ紋の抱き棺、ほつれしびんのはらはらと、耳にうれしき雨の音「着せ
る羽織」という曲ですが、これは極まりもので、抱き相は尾上梅幸の紋です。
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