幕末維新に名を刻む者たち 其ノ参
長州藩の英雄達
1、意地をも捨てて、維新成就に奔走した。多芸な才能と、計算高さをもった超慎重派『逃げの小五郎』。
〓桂 小五郎
〜長州藩重臣
2、合戦になれば鬼人也・・・。過激な思想と混迷の時代を唄にする心を持った、『風雲の天才改革者』。
〓高杉 晋作
〜奇兵隊総監
3、松陰亡き後、志を継ぎ尊攘運動のリーダー的存在に。禁門の変にて儚く散った松陰塾随一の秀才。
〓久坂 玄瑞
〜長州藩藩士
4、勝利の行方を千里先まで見通した。その類稀な軍略、知略、采配の妙は、まさに『幕末に生まれた孔
明』。
〓大村 益次郎
〜長州藩兵学教授
5、笑顔で松陰、晋作の面倒を見た、酒豪で破天荒な政務役。松下村塾をこよなく愛した庇護者的存在だっ
た。
〓周布 政之助
〜長州藩政務役筆頭
6、松陰四天王の一人。投獄した松陰を助けようと働き、志士としては優秀だったが池田屋事件で悲運死す
る。
〓吉田 稔麿
〜奇兵隊隊士
7、同じく松陰四天王だが、尊皇攘夷過激派として活躍する。出世し、高杉とともに奇兵隊創設に尽力した才
人。
〓入江 九一
〜奇兵隊参謀
8、この男なしで幕末は語れず・・・。数々の維新志士を輩出する松下村塾を開いた『維新胎動の原石』。
〓吉田 松陰
〜松下村塾講師
9、竜馬の“船中八策”を以前から説く智謀を持つが、藩から見捨てられ切腹を命ぜられた『悲運のリアリス
ト』。
〓長井 雅楽
〜長州藩直目付
10、750名の遊撃隊の総督に選ばれた『長州一の猛将』。禁門の変では薩摩兵相手に、命を捨てて突撃し
た。
〓来島 又兵衛
〜長州藩遊撃隊総督
11、藩主としての実権を放棄し、藩政を全て家臣に任せた。家臣の力を信じ、自由に激動を渡る『そうせい
候』。
〓毛利 敬親
〜長州藩藩主
12、過激派から智謀を活かし政策派になった、長州一憎めない機転師。金策が得意な為『三井の大番頭』と
も呼ばれた。
〓井上 馨
〜八組士
13、農民出身だが松陰門下一の出世頭。日本初の初代内閣総理大臣として立憲政治の確立に貢献した『寝技
政治家』。
〓伊藤 博文
〜長州藩藩士
14、維新後、桂と対立して萩の乱の首謀者に。松陰いわく、「人格の点なら久坂も高杉も及ばない」と評し
た。
〓前原 一誠
〜八組士
15、村塾党だが長井雅楽派として働く。彼なりの時勢眼をもち、独創的な智謀は松陰も驚嘆した程だった。
〓時山 直八
〜奇兵隊参謀
16、生粋の軍人魂を持つ『元老政治家』。松陰門下では異例の軍功を築きあげて、第三代内閣総理大臣とな
った。
〓山県 有朋
〜奇兵隊軍監
17、体躯も神経も図太い奇兵隊参謀。戊辰、西南戦争と戦場を疾駆し、維新後は第一師団長に昇進する。
〓三吉 軍太郎
〜奇兵隊参謀
18、堅実派の官僚として名を知られた長州藩の懐刀。第二次長州征伐では幕府軍の海舟と休戦和議を結ぶ。
〓広沢 実臣
〜八組士
19、東郷平八郎と並び評される超優秀な軍人。数々の勲章をうけた百戦錬磨の彼も西南戦争で苦悩を残し
た。
〓乃木 希典
〜報国隊士
20、少年時代に『はな垂れ達磨』とあだ名されるも、後年は『小ナポレオン』と呼ばれる程の名軍事指導者
に。
〓山田 市之允
〜八組士
21、入江九一の弟。尊襄派として兄亡き後も活躍し、維新後は岩倉使節団として渡欧した兄譲りの雄士。
〓野村 靖
〜長州藩藩士
22、八・十八の政変で藩主の汚名返上の為、挙兵するも敗れ、責任をとり藩の為に切腹した『若き放胆な家
老』。
〓国司 信濃
〜長州藩家老
23、藩主敬親を補佐し、長州を尊襄運動に導いた三家老の一人。重厚寡言な人柄で藩政をとりもつ功臣だっ
た。
〓福原 越後
〜長州藩家老
24、切腹した三家老の一人。尊皇の志高く「朝廷忠節、幕府信義、祖先孝道」の藩是三大鋼を打ち出し
た・・・。
〓益田 右衛門介
〜長州藩家老
25、松陰門下生で、梅田雲浜にも師事した奇兵隊三代目総督。晋作決起後に幕軍に恭順し公武合体を唱え
た。
〓赤根 武人
〜奇兵隊三代目総督
26、ただの漁師から奥羽鎮撫総督府軍参謀にのし上がった“成り上がり志士”代表。十二人の刺客に誅殺さ
れる。
〓世良 修蔵
〜奇兵隊隊士
27、熱く国事を論ずる甲子殉難十一烈士。弁舌巧みで無戦論者の桂と気が合い、来島や久坂が死に急ぐのを
引き止めた。
〓宍戸 九郎兵衛
〜長州藩藩士
28、宍戸と同じく野山獄で斬罪された甲子殉難十一烈士で、品川御殿山に建設中の英国公使館を焼打ちした
一人である。
〓大和 国之助
〜長州藩直目付
29、松陰門下で、明倫館に学んだ奇兵隊隊士。戦地で生き延び維新後は「松下村塾零話」など回顧録を執
筆。
〓天野 御民
〜奇兵隊隊士
30、伊藤や、桂とともに松陰埋葬を手伝った松下村塾育ち。幕府の海軍所で修行した経歴を持った奇兵隊隊
士。
〓尾寺 新之丞
〜奇兵隊隊士
31、松陰曰く「実直」。間部詮勝暗殺を計画を企てた張本人で、禁門の変では久坂や寺島とともに自刃し
た。
〓有吉 熊次郎
〜長州藩藩士
32、松陰曰く「朴訥・沈毅」。松陰を敬愛し、入獄の際に減刑を訴えた活動に尽力。禁門の変で奮戦後に自
刃。
〓寺島 忠三郎
〜長州藩藩士
33、周布とは相対する政務役。“椋梨派”とよばれる幕府恭順派として一時は藩の実権を掌握するが、後に
処刑される。
〓椋梨 藤太
〜長州藩政務役
34、四境戦争では諸兵軍監を担った、松塾きってのグループリーダー。維新後は明倫館の講師を務めた。
〓横山 幾太
〜奇兵隊隊士
35、松陰とは、小さな頃から顔見知りだった為、松下村塾開講時に一番乗りで入塾した松陰門下の大先輩!
〓佐々木 梅三郎
〜長州藩藩士
36、戦場を駆ける西洋風医師。医者であるにも関わらず遊撃隊参謀を務め、井上馨の傷を畳針で縫いつけて
助けた。
〓所 郁太郎
〜長州藩藩医
37、第二次長州征伐時に下関口で軍団半隊指令を務めた奇兵隊幹部。小倉で幕府軍と12時間の死闘を演じ
て散る。
〓阿部 宗兵衛
〜長州藩藩士
38、叔父が松下村塾のスポンサーだったエリート上士。戊辰役で活躍し維新後、首相に。『ニコポン宰相』
と愛された。
〓桂 太郎
〜長州藩士
39、藩校明倫館で学び奇兵隊に。第二次征長役や戊辰役、西南役に出征し、維新後にも政治面で活躍した
“観樹将軍”。
〓三浦 梧楼
〜奇兵隊隊士
40、右眼を失明した松下村塾の賓師。機転と、学力に富む儒者として松陰とも親交をもつ。後、帰来塾を創
設する。
〓富永 有隣
〜長州藩藩士
41、松陰に絶大な期待を受けた村塾育ちの『長人一の、不屈活動家』。京都を中心に暗躍するも池田屋事件
で死す。
〓杉山 松助
〜奇兵隊隊士
42、宍戸九郎兵衛らと共に「四参謀」と呼ばれた尊攘運動家。甲子殉難十一烈士の一人で、福原越後の参謀
役を務めた。
〓竹内 正兵衛
〜長州藩大組士
43、戊辰戦時、鳥尾隊を率いて戦った兵法家。維新後は、陸軍を近代的に改革し中将に昇格するも病によっ
て退いた。
〓鳥尾 小弥太
〜奇兵隊隊士
44、かの、長州ファイブの1人。英国へ密航、帰国後に海軍局教授役を務め、現在の東京大学工学部を設立
する。
〓山尾 庸三
〜長州藩藩士
45、鳥羽伏見戦で活躍した高杉慕う奇兵隊参謀。無類の大酒のみだが、知略家で、書記から参謀にまで昇進
した。
〓福田 侠平
〜奇兵隊隊士
46、隊内では古参幹部だった奇兵隊参謀。第二次長州征討小倉口戦闘で、太刀を掲げ命懸けで敵陣に猛進し
た。
〓山田 鵬介
〜奇兵隊隊士
47、奇兵隊きっての文武両道の士。松蔭の信頼を受ける隻眼の勇士で、後に奇兵隊参謀、第二奇兵隊軍監を
務めた。
〓白井 小助
〜奇兵隊隊士
48、報国隊を組織し、戊辰・北越戦争で活躍した白兵戦得意な名指揮官。西南戦争で、頭部に銃弾を受け戦
死。
〓福原 和勝
〜奇兵隊隊士
49、下関の海援隊支店と呼ばれた程、竜馬と懇意になった名家商人。竜馬はここの額を見て「自然堂」と号
した。
〓伊藤 助太夫
〜長州藩・赤間関大年寄
50、元名は亀太郎という、村塾一、絵が上手い画家志望志士。現在残っている松陰自画像は彼が描いたとさ
れている。
〓松浦 松洞
〜長州藩藩士
51、井上馨の幼少時からの友。維新期は「鴻城軍」を結成し活躍し、維新後は、“矢原将軍”と尊称される
県会議長に。
〓吉富 簡一
〜長州藩藩士
52、甲子殉難十一烈士に名を刻む、『萩中雄志者』。高杉、大和らと共に松陰門下の中でも過激な攘夷活動
を担当した。
〓長嶺 内蔵太
〜長州藩藩士
53、山田市之充らと、長州御楯隊で活躍した大柄巨人。後に、藩命によって渡欧するが、病で帰国しそのま
ま病没した。
〓御堀 耕助
〜長州藩藩士