幕末維新に名を刻む者たち 其ノ捌
その他の英雄達
其ノ捌
1、日米和親条約締結に尽力した日本国を震撼させた米国の強硬軍人。黒船で来航し、“日ノ本の夜明け”を
もたらした。
〓マシュー・C・ペリー
〜アメリカ海軍軍人
2、日本人で初めて新婚旅行をした、竜馬が愛した自由奔放な京美人。寺田屋では入浴中に裸のまま竜馬に危
機を伝えた。
〓楢崎 りょう
〜坂本竜馬夫人
3、ジョン万次郎の見聞記の書を記した画家。竜馬に世界情勢などを伝えたとされる一風変わった絵描きおじ
さん。
〓河田 小龍
〜土佐藩画家
4、竜馬の寝宿・寺田屋のおかみ。竜馬が「おかあ」と慕った程の義理人情あふれた『勤皇の志士の母』
〓お登勢
〜寺田屋女将
5、小龍を慕い学んだ医師。竜馬と親交を深め海援隊に入り、書記として“船中八策”などを書き記した。
〓長岡 謙吉
〜海援隊隊士
6、『小千葉小町』と呼ばれた女剣士。竜馬を愛し、思い続け、生涯独身を貫いた幕末史に名を残す情熱の女
性。
〓千葉 佐奈子
〜桶町千葉道場娘
7、北辰一刀流免許皆伝の腕を持つ、江戸では竜馬の一番の友人。勝海舟邸訪問の際、竜馬に付き添ったのが
この人。
〓千葉 重太郎
〜桶町千葉道場剣客
8、薩長を支援したグラバー商会の経営者。薩長同盟の影の立役者と言っても過言ではない。キリンビール創
始者。
〓トーマス・B・グラバー
〜イギリス貿易商人
9、竜馬の姉で、育ての親。剣豪・女傑で有名な為、巷でついたあだ名は『坂本お仁王様』!!
〓坂本 乙女
〜土佐藩町人
10、竜馬の姉・乙女の元だんな様。若き竜馬に学問・医術で面倒を見たが結局離縁する。医師と豪傑女の関
係・・・?
〓岡上 新輔
〜坂本乙女元夫・医師
11、海舟に江戸の心を教えた『放蕩無頼の痛快オヤジ』。海舟を溺愛し、励まし続けた正真正銘の真の父
親。
〓勝 小吉
〜勝海舟実父
12、幕末日本を研究した、鋭い観察力を持ったイギリス人。幕末維新の政情を見極め、深い理解を示した親
日家。
〓サトウ・アーネスト
〜横浜領事館通訳
13、初代駐日アメリカ総領事。幕府との交渉手腕で異才を発揮し、困難だった日米修好通商条約を締結させ
た。
〓タウンゼント・ハリス
〜駐日アメリカ総領事
14、兄、周作と千葉道場を二分した『小千葉』の剣豪。竜馬に北辰一刀流長刀兵法目録を授けた、武芸の
雄。
〓千葉 定吉
〜桶町千葉道場道場主
15、桂小五郎を愛し、数々の危機を救い、小五郎の大業を成就させた献身的な影の功労者。後に木戸松子と
改名。
〓幾松
〜芸妓
16、高杉の為、従順に愛を貫き通したけな気な女性。高杉の死後出家して尼となり四十二年間、墓を守り続
けた。
〓うの
〜高杉晋作の妾
17、高杉、竜馬、中岡、西郷など幕末の活躍者と親交を深めた尊王志士商人。奇兵隊に惚れ、全てを投じ捧
げた。
〓白石 正一郎
〜商人・回船問屋
18、鋼鉄の精神力を持った儒学者。ペリー来航時から攘夷運動を展開。安政の大獄で逮捕され拷問死し
た・・・。
〓梅田 雲浜
〜小浜藩儒学者
19、日本人の義侠心に惚れこみ幕軍に味方した貿易商兄弟。官軍に敵対し、東北戦線の武器調達に奔走し
た。
〓スネル兄弟
〜外国人貿易商
20、列強国外交団を仕切る駐日英国公使。威信溢れる外交術をもち薩長と組み新政府の助言者として活躍。
〓ハリー・S・パークス
〜駐日イギリス公使
21、海舟も頼り、好んだ“江戸の華”。金や権力、屁の河童!意気でいなせな火消しの親分。
〓新門 辰五郎
〜町火消し頭領
22、同志社大学の創立者。国禁を犯してまで渡米。アーモスト大学を卒業し、日本初の学士号を取得した。
〓新島 襄
〜安中藩藩士
23、数々の志士に見初められた祇園でも有名な『勤皇芸妓』。かの有名なトコトンヤレ節の曲を創ったとさ
れる。
〓君尾
〜芸妓
24、局長近藤勇の正妻。懸命な愛で近藤家の存続に尽くした悲哀溢れる愛の女。勇を待ち、留守を守った名
妻。
〓近藤 ツネ
〜近藤勇夫人
25、“万国公法”を翻訳し、日本最初の憲法も草案した日本近代哲学の父。慶喜も尊敬の念をもつ哲学者だ
った。
〓西 周
〜津和野藩哲学者
26、いち早く尊皇攘夷論を唱えた神官。長州藩を率いて討幕の為、挙兵するも“禁門の変”で敗れ自刃し
た。
〓真木 和泉
〜水天宮祠官
27、日本文化を記した英国外交官で『攘夷不可能』を納得させようと下関砲撃を主導。外国人初の富士山登
頂者でもある。
〓オールコック
〜イギリス人駐日公使
28、老熟の五十六歳で駐在公使に着任した仏国外交官。幕府に仏式軍学を広め、軍事力を強化し日仏の貿易
にも着手した。
〓レオン・ロッシュ
〜フランス人駐日公使
29、ドイツ人と日本人の混血という偏見侮蔑の苦労を乗り越えた女医者。日本初の産科女医となった。
〓楠本 いね
〜産科医
30、五稜郭で生き残り、知識を生かし長崎県知事に。その功績の豊富さは明治の世でも一際光った『神腕の
知事』。
〓日下 義雄
〜長崎県県令
31、姿三四郎のモデルとされる柔道家。人力車夫に暴行をした異人六・七人らを「山嵐」で倒した逸話が残
る。
〓西郷 四郎
〜講道館柔道家
32、旅宿池田屋を営む『勤皇旅館主人』。長州藩士らの定宿にされたが、新撰組の御用改めで囚われる。
〓池田屋 惣兵衛
〜旅館主人
33、博徒出身の大実業家『清水の次郎長』として有名。榎本艦隊死亡者らの遺体収容で幕末史にも名を刻
む。
〓山本 長五郎
〜博徒侠客
34、会津藩に義理を尽くした次郎長と並ぶ侠客の大親分。顔や全身に七十ヶ所の傷がある喧嘩を華とした剛
人
〓会津 小鉄
〜博徒侠客
35、大山巌の妻で日本初の女子留学生。その美貌だけでなく華族女学校、女子英学塾創設に協力するなどで
も有名。
〓大山 捨松
〜大山巌夫人
36、井伊直弼の腹心で幕末の世に暗躍した長野主膳の妾。維新史に名を刻む才女だが、後に尼になる。
〓村山 たか
〜長野主膳の妾
37、国学を学び、尊皇の志を持った『歌詠み母さん』。岩倉に器量、才腕を認められ、情報屋として活躍し
た。
〓松尾 多勢子
〜歌人
38、静かに夫、半平太を愛し続けた気丈な女性。半平太も終生、妻一筋で尽くし妻もそれに応え
た・・・・。
〓武市 富子
〜武市半平太夫人
39、日本茶を世界に輸出販売した商人女性。グラバーと縁を深め、志士の援助も勤めた『大浦のお慶さん』
〓大浦 慶
〜長崎商人
40、長崎で多くの志士を撮影した写真家。金星の天体観測写真を撮った事で、日本で始めての天文写真撮影
に成功する。
〓上野 彦馬
〜営業写真家
41、医者の夫が天誅組義挙に参加したのを身重の体で追い、従軍看護婦として天誅組看護に尽くした激女。
〓乾 亥生
〜五条看護師
44、シーボルトの鳴滝塾で“ドクトル”の称号を受けた『先覚の蘭学者』多くの生理学書を生むが「蛮社の
獄」で投獄に。
〓高野 長英
〜蘭学者・医学者
45、織物問屋の娘で芹沢に羽織の支払いを催促しに行き、妾にされた不幸な女性。芹沢とともに八木邸で殺
された。
〓菱屋 梅
〜芹沢鴨の妾
46、局長近藤勇を見初めさせた、島原一の美人芸妓。近藤は仏光寺に屋敷を囲って可愛がったが、後に破
局。
〓深雪太夫
〜芸妓
47、思誠塾の創始者で、多くの入門者を攘夷事件に関わらせた強烈的な尊皇攘夷派。儒者であり策謀家であ
った。
〓大橋 訥庵
〜儒学者
48、呉服屋や醤油商を営みながら商人として自由な立場を生かし尊攘運動に奔走し、東津隊を編成した『革
命商人』
〓秋本 新蔵
〜商人・醤油商
49、学会の頂点を極めた昌平黌に塾長を務め儒学者としても名を売る。渡辺崋山や、あの象山、小楠らに朱
子学を教えた。
〓佐藤 一斎
〜昌平黌教授総長
50、江戸三大道場の一つ『大千葉』の主。北辰一刀流の開祖で、その心技体は多くの剣客達の度肝を抜いた
と言われた。
〓千葉 周作
〜玄武館道場主・剣客
51、幕臣小栗と三井両替商の橋渡し役だった紀伊国屋の婿様。崩幕後、三井と朝廷を取り持った三井財閥中
興の祖。
〓三野村 利左衛門
〜商人・為替商
52、漢方医療から蘭学学び佐賀藩医となった名医。後に幕府奥医に任命されたが、安政の大獄の追罰により
放免される。
〓伊東 玄朴
〜佐賀藩藩医
53、狩野派最後の絵師で、最初の日本画家。傑作を多々生み出し、日本美術院創立に尽力。筆一つで見る者
を震撼させた。
〓橋本 雅邦
〜画家
54、弁天崎砲台、五稜郭等を建築した設計士。イギリス船の中でストーブを模写し、日本発の国産ストーブ
も作成した。
〓武田 斐三郎
〜建設設計士
55、幕末史の裏のヒロイン“唐人お吉”で有名。異人の妾『ラシャめん』と卑下され、不遇の連続で最期
は・・・。
〓斉藤 吉
〜看護婦
56、京都町人出身の儒者。折衷学の才人で公家師弟の教育係だった。安政の大獄の軽処分から裏切り者とし
て暗殺。
〓池内 大学
〜儒学者
57、大阪で私塾を営む尊攘志士。幕府の長州征伐時に長州藩士と連絡を取った罪で拷問を受けたが口を割ら
ずに死す。
〓藤井 藍田
〜儒学者
58、疱瘡で右目がつぶれた幕末きっての英才儒学者。20人からなる三計塾を開設し、谷干城ら門下生を育
てた。
〓安井 息軒
〜儒学者
59、王政復古詔勅案を生んだ岩倉具視の腹心。勤皇の志強い国学家で、錦の御旗を作図したとしても知られ
る。
〓玉松 操
〜国学者・元公卿
60、近代国家を担う塾生を多数輩出した功績多大な“適塾”創始者。人間愛強く、病から庶民を救う医学者
としても有名。
〓緒方 洪庵
〜蘭学者・医学者
61、日露和親条約を結んだロシア艦隊指令長官。後に、米国に遅れるも日露修好通商条約を締結させ帰国
後、元帥に。
〓プチャーチン
〜ロシア軍人
62、海防重要説を説き、有田・日高で農兵隊を組織した商人。晩年まで詩に親しみ、故郷に「古碧吟社」を
創設。
〓菊池 海荘
〜商人・砂糖商
63、丸山花月きっての美人芸妓。竜馬の馴染みとして知られ、後藤象二郎は竜馬と会見の際に彼女を呼び、
気遣った。
〓丸山 お元
〜芸妓
64、元は博徒だったが、横浜で雑貨商をに営む。上野彰義隊の亡骸を見て、千住円通寺の仏麿と協力し同寺
に埋葬した。
〓三河屋 幸三郎
〜博徒
65、甲州博徒の親分さん。斬った張ったの腕前で、新徴組に入隊し小頭を務めも、昔斬った者の家族に仇討
される。
〓祐天 仙之助
〜博徒
66、高野山出身の僧侶で、宝生院住職。孝明天皇の攘夷論意向を受けて、異国調伏、自国安泰の祈祷を行い
蟄居に。
〓海雄上人
〜僧侶・住職
67、清水寺成就院住職。井伊大老の幕政非難で危険人物とされ、薩摩に保護を求めるが拒否されると入水自
殺する。
〓月照上人
〜僧侶・住職
68、両親・夫・子供を次々と失い、剃髪し歌人となった生涯孤独の女作家。陶芸にも優れ、“蓮月焼”が有
名。
〓大田垣 蓮月
〜歌人
69、福岡藩の出身で、維新史では指折りの女性歌人。勤皇家でも知られ、高杉の辞世の句に一言付け加えた
事が有名。
〓野村 望東尼
〜歌人
70、十一歳で日野宿の名主を継いだ土方歳三の従兄。新撰組を補佐し、甲陽鎮撫隊出陣の際には春日隊を組
織した。
〓佐藤 彦五郎
〜日野塾名主
71、浪花節などでも有名な清水次郎長の子分。謎が多いが、確かなことは『義理人情厚い大博打者』だった
事だ。
〓森の石松
〜博徒侠客
72、勤皇の志士で、博徒の首領。高杉、中岡らと維新国事に奔走し、仁和寺宮親王の会津征討出征で史官を
務めた。
〓日柳 燕石
〜博徒
73、森田節斎・梅田雲浜らを師事した大和の志士。吉村とともに天誅組に参加して武器方として奮戦する。
〓乾 十郎
〜不明・医者
74、贅沢と愚痴を嫌った名妻。国事に全力を尽くす隆盛の為、気丈に西郷家を守り続けた『薩摩おごじょ』
〓西郷 いと
〜西郷隆盛夫人
75、江戸三大道場の中で「位は桃井」と称された鏡新明智流・士学館の剣人。幕府に対して忠心を尊ぶ品格
者だった。
〓桃井 春蔵
〜士学館道場主・剣客
76、「無双」と呼ばれ、桂、高杉といった長州志士達を指導した神道無念流師範代。幕臣、江川英龍の懐刀
でもある。
〓斉藤 弥九郎
〜練兵館道場主・剣客
77、佐久間象山らと交友を深め、幕府に開国論を唱えた商人。「津波と戦った人」という逸話で現在でも有
名人。
〓浜口 梧陵
〜商人・醤油商
78、輪王寺宮の側近、東叡山きっての『やり手住職』。上野戦争では彰義隊を扇動し、強硬な主戦論を説く
も敗れる。
〓覚王院 義観
〜東叡山寛永寺執当職