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近江草津街道散策

 東海道・中山道の分岐合流点に位置する、追分道標付近
 近江草津は古くから遺跡、文化財も多く残っています。また江戸時代の草津宿は東海道・中山道の分岐合流点として、東海道五十三次の52番目の宿場町として栄え、 当時の草津村は膳所藩が管理していましたが、草津宿本陣のあった草津宿は幕府の道中奉行の支配下にありました。
  ご覧の浮世絵は、歌川(安藤)広重作 「木曾海道六拾九次之内   草津追分」と旧東海道方向から見た風景です。


観光ボランティアガイド養成講座はじまる

平成21年度草津市観光ボランティアガイド 第5期生養成講座がまちなか交流館「くさつ夢本陣」で開催されました。
 草津市内の歴史・文化・自然などに興味のある方が集まり、観光ボランティアの仲間に入り活動して行こうと18名の方々が受講されました。
 6月から12月までに12回開催されます、初日の6月20日(土)には伊吹会長、草津市商業観光課長のあいさつの後、オリエンテーションと写真のように観光ボランティアガイド協会の活動報告がありました。
 自己紹介では、多くの皆様は地域に何らかのお役に立つべき行動を起こすためとこの講座を受講されたようです。
 受講生の皆様におかれましては、講座終了まで健康に留意され、持ち前の特色を活かした地域活動に期待します。
 道 標
 道標はおもに道の分かれ道、道の交差点、路傍、参道入口、橋のたもと、峠、山の登り口、集落の出入り口などに立っている。
 江戸時代から、行商、巡礼、参詣者など旅行く人に便宜をはかっていた。現在の各道路に見られる道路標識の役目をはたしていたのである。
 道標を掘り下げてみることによって、庶民の動きを知る一つの資料にもなるだろう。道標が必要になってくるのは、庶民が集落を遠くはなれて自由に旅をすることにはじまると言える。
 近江の道標は、他の府県に見られない各種の型がある。道標の型の呼称は決まっていないが、調査結果にもとづいて次のような分類をした。
 ①方柱型 ②板牌型 ③常夜灯型 ④地蔵光背型 ⑤自然石型 ⑥円柱型等
 (「近江の道標」 著者:木村至宏 発行所:民俗文化研究会より)
 草津市はかつて、東海道と中山道の分岐合流点であるとともに、矢橋道、志那街道、日光街道芦浦街道等々に道標が残されている。ここに大津から草津の芦浦までの芦浦街道に保存されている道標の一部を紹介します。
 東海道(大津市大江2丁目付近の分岐点)から芦浦街道は、久保江方面左斜めから若松神社西側に通じJR東海道線隧道をくぐり東レ・グランド方向に進む。その先は現存しないが東レ瀬田工場敷地内を
抜け、大萱3丁目17番西側マンションの間の通路から3丁目20番西側をとおり、さらに屈折しながら大萱4丁目9番西側を経て草津の矢橋、御倉、南山田、上笠、穴村から芦浦観音寺へと向かう街道で、別名芦浦道や瀬田道とも呼ばれかつては庶民の生活道路として利用されていた。

芦浦街道に現存する道標

旧芦浦街道の
分岐点道標
大津市大江2-33
せたやばせ
道標
大江2-8
旧芦浦街道
道標
大萱5
西遊寺内道標

草津市木川町
穴村道標

草津市穴村町
 近江鉄道グループ 滋賀帝産グループ  

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