| No.1429 | |
| 朝日新聞 | 2007.09.09 |
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2007.09.09 朝日新聞 水平線/地平線 すいへいせん/ちへいせん 食の不安13億の民脅かす 北京 峯村健司 「私が殺されることに人民が拍手喝采して喜んでいる。こんなにも恨みを買っていたとは。私は明日旅立つ。私が殺してしまった人たちの魂とどう接したらいいのか。どうか許してほしい」 この夏、中国国家食品薬品監督管理局の鄭篠(葵)(チョンシアオユイ)・前局長が収賄などの罪で死刑に処された。執行前日に書き留めた遺書が人民日報系の「人民網」で公表された。当局は「腐敗分子を厳重に処分した」とコメントを出した。約9年間の在任中、製薬会社8社から6品目の偽薬を承認し、649万元(約1億円)相当のわいろを受け取った。偽薬は多くの犠牲者を生んだ。 製薬会社社長から登用された鄭・前局長は「米食品医薬品局並みに強い監督機関を目指す」として検査に最新機器やコンピューターを導入、同局の権限を強化した。製薬会社は前局長の家族らにも高級外車や家具を贈り、接待漬けにした。落ちた「改革派高官」に市民の姿は見えなくなっていた。 「あの男が死んでも娘は帰ってこない」。安徽省の農民、張林偉(チャンリンウエイ)さん(36)は死刑の報を聞いても心が晴れなかった。4年前、偽粉ミルクを飲んだ6カ月のまな娘を失った。たんばく質が基準の5分の1しかなく、娘は臓器が成長しないまま頭だけが肥大化していった。同省で計12人の乳児が犠牲になった。 鄭・前局長は事件の調査責任者だった。張さんは今も、娘の命を奪った粉ミルクが入ったさびかけた缶を保管している。「腐った人間が不正を追及できるわけがない。食品も役人も汚染されている」 中国産品への不安が世界に広まっているが、国内の状況はより深刻だ。 工業用アルコールでできた酒や神経障害をもたらす甘味料を使ったみそなど、生命を脅かす事件が相次いでいる。1月に出版された「中国食品安全現状調査」によると、偽食品が原因とみられる死者は毎年約40万人に上り、約3億人が発病している。北京に赴任して4カ月だが、針金入りギョーザやハエが入った瓶ビールに何度か肝を冷やした。見えない添加物や農薬を考えると何も食べられなくなる。 開催まで残り1年を切った北京五輪を前に、中国当局は対外的なイメージアップに必死だ。中国製品の安全性の高さや当局の対策を紹介する記事を目にしない日はない。温家宝(ウエンチアパオ)首相の演説から外務省の記者会見まで多くの場面で、「我が国の輸出食品の合格率は99%を超え…⊥と安全性を強調する文言が、時節のあいさつのように語られる。 最近では過激な発言や行動も出てきた。国家品質監督検査検疫総局の季長江(リーチヤンチアン)局長は8月中旬の記者会見で、こんな批判を繰り広げた。「中国製品の不安が広がっている一番の原因は、外国メディアの無責任な報道と、我が国の発展を阻害したい一部の国の保護貿易主義だ」。報復措置に出るかのように、中国産食品の禁輸措置を取る米国やインドネシアなどに対し、一部食品の輸入禁止に乗り出した。 しかし、13億人の民の生命や安全のことを真剣に考えての政策というよりは、対外的なアピールや外交上の駆け引きにしか思えない。急速な経済発展で利益至上主義が広まる中、業者や官僚の失われた倫理や道徳観を取り戻すのは容易ではない。当局は現状を直視し、国民の信頼を取り戻すための抜本的な対策をとらないと手遅れになるだろう。 鄭・前局長は遺書の中で、死への恐怖や後悔の念をつづった後にこう締めくくった。「ようやく気づいた。私の持っていた権力とは人民の生命と安全を守る重大なものだったんだと」。絶命直前に後輩らに託した言葉は、重い。
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