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朝日新聞
2008.05.09
2008.05.09   朝日新聞
 

赤ちゃんポスト 運用1年

命育む受け皿に

親が育てられない赤ちゃんを匿名で引き受ける「赤ちゃんポスト」を熊本市の慈恵病院が「こうのとりのゆりかご」の名前で運用を始めて10日で1年となる。これまでに新生児や幼児の男女16人が預けられ、熊本県内外の施設で育てられている。「安易な捨て子を助長しかねない」といった批判も受けたが、本来、困っている親の相談に乗り、捨てられた子の最初の受け皿となるべき公的機関の影の薄さも浮き彫りにしたようだ。(岡田将平)

引き取りに来た親も

 市も病院も、プライバシーを理由に赤ちゃんの人数や状況を一切公表していない。
 病院側は「ゆりかご」の対象に生後間もない新生児を想定していた。関係者によると、運用開始した07年5月10日に預けられた子は3歳男児だった。生命が危険な状態の子はいなかったが、病気の子や障害児はいた。身元の手がかりがあったのは県外ばかりで、関東方面から連れてこられたとみられる子もいた。
 「ゆりかご」は、病院の壁に赤ちゃんを出し入れできる窓を設け、中に保育器のようなベッドを置いている。赤ちゃんが置かれると信号音が鳴り、24時間態勢で待機している看護師が数分後には保護する。窓口には病院への連絡を呼びかける母親あての手紙を置いており、持ち去られている場合がほとんどという。
 病院側はゆりかごの扉に「赤ちゃんに なにかをのこしてあげて」と掲示。病院あての手紙やおもちゃ、・お守りなどが赤ちゃんと一緒に置かれている場合もあった。子どもを気にかけて病院側に連絡してきた結果、思い直して赤ちゃんを再び引き取りに来た親もいた。「今は育てられない」と電話してきた人もいる。だがほとんどの場合は、手がかりの品も事後の連絡もなく、預けた側の事情を知るすべがないという。
 預けられた子は制度上「棄児(きじ)」として扱われ、熊本市長が命名し戸籍が作られる。病院で数日過ごした後、児童相談所で保護され、多くの子は県内外の乳児院などで育てられている。養子縁組などに至った例はまだないという。

全国から相談が急増

 慈恵病院は02年度から、妊娠や出産に悩む人の相談を24時間態勢で受け付けてきた。匿名でもよく、06年度までの4年間は毎年数十件が寄せられていたが、「ゆりかご」を開設した07年度は524件に跳ね上がった。
 内容は、10代の妊娠、レイプによる妊娠、経済的困窮、相手の男に逃げられた、などさまざま。3千円しか持たず県外から来た女性や、病院に来て数時間後に出産した女性もいた。身近な人にも相談できず、病院へ駆け込んでくる場合が多い。年代は20代が約3分の1を占めるが、10代も13%、15歳末満の中学生以下も2%いた。
一方、赤ちゃんを引き取りたいという相談も1年間で244件あった。病院への相談をきっかけに、特別養子縁組の手続きが進んで、新しい家族の元で子どもが育てられたケースも30件に上った。
 住所がわかった人のうち6割が県外で、北海道から沖縄までいた。田尻由貴子看護部長は「妊娠で深刻に悩んでいる女性が多いということ。児童相談所など公的な施設があるけれど、どこに相談してよいか分からずに、病院に来る人もいる。報道で『ゆりかご』を知り、思い切って相談に来たのではと話す。
 熊本県女性相談センターの電話相談でも、06年度に72件だった妊娠についての匿名相談が、07年度には3倍の222件に増えた。同センターは「『ゆりかご』を契機に呼びかけた結果」とみる。熊本市も昨年5月の「ゆりかご」運用を機に24時間の相談窓口を開いた。この1年で病院と県と市に寄せられた相談は計1486件に上る。

地方ごとに設置行政の支援必要

 杏林大の佐藤喜宣教授(法医学)の話 赤ちゃんポストの存在により「相談すればよい」という心の余裕ができ、踏みとどまる人が増えたのかもしれない。子どもを預けたことで、親は生きるチャンスを子どもに与えたともいえ、親子両方のためになる。もちろん赤ちゃんポストがなくてもすむ社会のぼうがよいが、今は緊急避難的に必要。地方ごとに一つずつあったほうがよく、行政も支援すべきだ。

正と負の両要素しっかり検証を
 元児童相談所長の津崎哲郎・花園大教授(児童福祉論)の話 赤ちゃんポストには安易な子捨てを助長するという側面と最後のセーフティーネットという側面がある。育てられない理由を言って市町村や児童相談所に預かってもらうのが本来の手続き。親側が気軽に預けられるからと利用するなら、子どもの立場からはもろ手をあげて賛成とはいかない。とはいえ、赤ちゃんポストがなかったら道ばたに置かれたり殺されたりしたかもしれないというのなら、その存在にも意味はあったと言える。親と子の立場からしっかりとプラス、マイナス要素を検証してほしい。

公的相談機関の充実優先すべき

 帝塚山大の才村眞理教授(児童福祉論)の話 赤ちゃんポストよりも、公的相談機関の充実を優先すべきだ。親にとっては、公的機関で子どもがどこに預けられるか見届けることができるようにすることが大事だ。一方、子どもには、大きくなって自分のルーツを知りたいと思ったときに、知ることができるしくみが必要。親が匿名の赤ちゃんポストではその手段がなくなってしまう。
■「こうのとりのゆりかご」をめぐる動き
06年11月10日  病院が「こうのとりのゆりかご」の名前で運用する計画を発表
07年2月23日  安倍首相(当時)が「親として責任を持って産むことが大切ではないか」と設置計画に慎重な見解
4月5日     熊本市が赤ちゃんポスト設置のための施設改修を許可
5月10日     運用開始。数時間後に3歳男児が預けられる
6月      相次ぎ2人の乳児が預けられる
7月      生後10日程度の女児が預けられる
8月      3人の乳児が新たに預けられる。計7人に
9月      新たに男児が預けられる
9月      熊本市が預け入れの状況などを検証する機関を発足。これまでの検証では「違法性なし」。県も、社会的背景を検証する機関を11月に発足
12月     9月以降3人が預けられたと判明、計11人に
08年3月  同月までに5人が預けられ、計16人
5月10日    運用開始1年

慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」の運用開始前に人形を使って説明する看護師。外から扉を開けると保育器があり、新生児用の医療機器も備える=07年5月1日、熊本市島崎6丁目、水野義則撮影(写真 略)