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朝日新聞
2008.05.18
2008年5月18日  日曜日 朝日新聞

心肺停止、胸押すだけで効果
国内外で報告相次ぐ

 目の前で誰かが心肺停止に陥ったら−。迷わず「胸骨圧迫」と呼ばれる心臓マッサージをしよう、と救急医たちが呼びかけている。これまで心肺蘇生は、胸骨圧迫と人工呼吸を交互にするのが基本だったが、最近の調査で、胸を押すだけでも救命効果があると分かってきた。     (田村建二)

後遺症より少なく

 岡山県倉敷市の黒崎千恵美さん(22)は昨夏、友人たちと乗用車で広島県内の国道を走っていて、道路わきの斜面に乗り上げるようにして止まっている車を見つけた。
 事故車内には70代の夫婦がいた。仲間と車内から助け出し、119番通報。座って休んでもらおうとしたら、夫が意識を失い、倒れた。近所から駆けつけた男性が様子を見て、「これは心臓マッサージが必要だ」といった。
 黒崎さんはとっさに「私も、できます!」と叫んだ。偶然、2週間ほど前にアルバイト先で蘇生法を習ったばかり。「胸骨圧迫だけ」のやり方だった。練習用の人形と違って、人の胸は硬くてへこみにくかった。
 近所の男性と交代しながら胸を強く押し続けた。10分ほどで救急隊が到着。自動体外式除細動器(AED)を作動、病院に運ばれた。一命を取り留めたと、後から電話で聞いた。胸を押し続けたのがよかったらしい。涙が出た。
 市民向けに救急講習を開く岡山市の心臓病センター榊原病院は昨年3月から、胸を押すだけの心肺蘇生法を軸にした。受講者は計180人。黒崎さんもその一人。津島義正・救急部長らが、駿河台日本大病院の長尾建教授らの報告を知ったのがきっかけだ。
 英医学誌に報告されたその調査では、病院外で心臓病で倒れ、目撃者がいた4千人について分析。心肺蘇生などの手当てを受けた人が30日後にどれくらい回復していたかを調べると、「胸骨圧迫と人工呼吸」より「胸骨圧迫のみ」を受けた患者の方が、神経障害などの後遺症が残っていない傾向が高かった。
 「圧迫だけでも救命率は高いという実感があった。調査結果が発表されたことで、自信を持って取り組めるようになった」と津島さん。
 昨年末には、大阪府の救命医を中心にしたグループも同様の調査結果を発表した。院外で心停止した約4900人について、1年後に後遺症がほぼなく社会復帰していた人の割合を調べると、圧迫だけでも、人工呼吸を加えても同等。救急隊がすぐに到着して蘇生し心停止時間が5分以内だった例に限ると、圧迫だけの方が良好だった。
 「手だけを使った心肺蘇生で、命を救える」。米心臓協会(AHA)は今年4月、一般市民による方法としては、圧迫だけの蘇生を積極的に勧める声明を発表。現在の市民向けの心肺蘇生の国際指針は、近い将来、「圧迫だけ」に改められる見通しだ。

「まず蘇生」の意識を

 胸を押すだけで、なぜ人工呼吸を加えるのと同等の効果があるのか。
 大人が心停止して倒れる場合は、心筋梗塞(こうそく)などにより心臓が血液を送り出すポンプ機能を失う「心室細動」を起こしていることが多い。
 この場合、直前まで呼吸しているため、倒れた時点では血液中に酸素がたくさん含まれている。だから人工呼吸をしなくても、数分間は耐えられる。胸を強く押すことに伴って、自然と空気が肺に流れ込むとも考えられる。
一方、血液が流れないと、脳や心筋でたちまち酸素が不足する。救命のためには絶え間なく胸を押し競け、血流を保つことが最も大切なのだ。
 人工呼吸の間に、胸骨圧迫が中断されるのが良くない、という点もあるという。一般の人が正しく人工呼吸するのは難しい。京都大の石見拓・助教によると、一般市民の場合、人工呼吸のため胸骨圧迫が中断する時間は約16秒。本来は脳などへの影響を避けるため、10秒以内にとどめる必要がある。
 総務省消防庁によると、06年に心臓の問題がもとで心肺停止になり、市民がそれを目撃していたのは全国で1万8千件余。うち、心肺蘇生が試みられたのは約7900件。
 蘇生までの時間が1分遅れるごとに救命率は7〜10%ぼど下がるという。「まず蘇生」という意識の浸透が重要だ。

「地上の星」のテンポが目安

 倒れた人を見つけたらどうすればいいのか。まず耳元で大声を出したり、肩をたたいたりして反応をみよう。反応がなければ、すぐに119番通報。誰かいれば通報を頼み、AEDを探してもらう。
 次に呼吸が止まっているかを確認。呼吸があってもあえぐような様子なら、心停止と考えられる。心臓が止まっているかどうかを一般市民が正確に判断するのは難しいため、脈をとる必要はない。
 意識がなく、心停止しているようなら、ひたすら胸の真ん中を押す。4/〜5センチへこむくらい強く、速さは1分間に100回。「世界に一つだけの花」や「地上の星」といった曲のテンポが目安だ。


注意したいのは子どもの場合。大人と違い、誤飲などで呼吸が止まり、酸素不足のために心臓も止まる例も少なくない。この場合は血液中に不足している酸素を補う必要があるため、人工呼吸もした方がいい。大人でもおばれた場合などは、同様だ。