
創建は応安6年(1373)で、戸倉の正応長者の妻が堂宇を建立したと言われています。本堂、庫裏の他に山門、総門、経蔵、鐘楼と格式のある禅宗の伽藍を残してあり、境内地域全体が東京都指定史跡になっています。また、本堂裏にタラヨウと庫裏の北にカヤの巨樹があり、共に東京都の天然記念物になっています。秋のイチョウの黄葉は見物です。武 蔵五日市駅から徒歩約25分 | ![]() |
真言宗豊山派のお寺で、建久2年(1191)に源頼朝の命により、源平合戦で名をはせた武将、平山季重(しえすげ)建てたと言われています。 | ![]() |
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光厳寺
南北朝時代の光厳天皇がその名の由来とされている光厳寺。 ここの庭にある大桜は、東京都の天然記念物に指定され,その根回りは約5mもあり訪れる人を驚かせている。武蔵五日市駅から桧原方面のバスにて約15分「戸倉」下車歩いて5分。 ![]() | ![]() |
宝蔵寺本堂の前には、観音堂があり、尾崎観音と呼ばれている。本尊は、如意輪観音の秘仏で、寺伝によれば源頼朝の側室丹後局の守本尊として頼朝から遣わされたもので、弘法大師の作と伝えらる。四間四方の観音堂は、宝暦年間(1751)に建てられた物で、秘仏が胎内仏であるため、安産や子授けの観音様として根強い信仰があり沢山の願掛け絵馬がかけられている。 |
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明治時代の五日市地区は自由民権運動のとても盛んな所で全国から有能な青年達が集まり、憲法,法律についての討論会、学習会等行われていました。昭和43年深沢家の土蔵調査によって、24枚の薄い和紙に書かれた憲法の草案が発見されました。この草案は、明治14年(1881)の国会期成同盟大会に向けて、全国の自由民権運動のグループが作った私議憲法の一つで204の条文によって構成されており、「司法」「立法」「行政」の三権分立が明確にされている他、「国民の権利」に多くの条文を割いて細かく規定され、現在の「日本国憲法」にも引けを取らないものとされています。横浜を通じて海外の情報や動向にも通じて「市」の町として在方商人の指導力もあり学習熱も高く、憲法草案の成立に寄与してものと思われる。深沢家土蔵武蔵五日市駅から徒歩約60分 | ![]() |
「五日市憲法草案」のレプリカのほか関係資料を展示してあります。古生代から新生代の地層から発見された数多くの化石の展示や2000万年から1500万年まえの海獣「パレオパラドキシア」の上顎骨は世界的にも貴重なものです。武蔵五日市駅から徒歩約17分 | ![]() |
あきる野市では原始古代の住居跡等が数多く発見されており、二宮森腰遺跡をはじめ、市内各地で発掘された土器、石器など、原始、古代の人たちが暮らした中で使っていた生活の道具を展示しています。東秋留駅から徒歩5分 пF042−559−8400(休)月,火 |