弁財天池遺跡は、泉竜寺弁財天池とこれを水源とする清水川の北側台地上に分布する縄文式時代中期(4000〜5000年前)と古墳時代(4〜7世紀)から奈良時代(7〜8世紀)を中心とした時期の大規模な複合遺跡です。
現在まで、2度にわたる発掘調査が行われ、市内ではそれまで知られていなかった、今から1万数千年以上前の旧石器時代の石器製作跡一ヶ所、縄文時代中期の住居跡24件、屋外の焼石調理場と推定される集石、狩りのための落し穴・食料の貯蔵穴・墓穴といった可能性が考えられる土坑、弥生時代末から古墳時代初め頃の方形周溝墓1基、古墳時代の円墳3基、古墳時代後期から奈良時代の住居跡18軒、掘立柱建物跡3棟等が発見されました。
これらのうちでも特に注目されるものとしては、床面に比較的平らな石を敷きつめた縄文時代中期末ごろの柄鏡形敷石住居跡とよばれる特殊な形態の住居跡や、周囲を四角形に溝で囲んだ弥生時代末から古墳時代初めごろの方形周溝墓という権力者の墳墓、古墳時代の円墳郡等があげられます。出土遺跡には、旧石器時代のナイフ形石器・槍先形尖頭器・細石刃等の石器群、多量の縄文式土器(中期から後期のもの)、土堀具と考えられる打製石斧200点以上、磨製石斧、弓矢の先につけた石鏃、漁港のおもりと推定される土錘、木の実等を磨り潰すのに使った石皿、祭祀的色彩の強い器台形土器・石棒、方形周溝墓から出土した鉄剣・祭祀用の石製品、古墳時代から奈良時代にわたる時期の土師器(坏(つき)・わん・壺・甕)、須恵器(坏・蓋・長頸壺・平瓶)、糸つむぎ等に使用したと思われる紡錘者、稲穂を刈り取る道具と考えられる鉄製品等があります。
|