−文明の十字路ートルコ



**イスタンブール**

 

イスタンブールはトルコ最大の都市。世界で唯一アジアとヨーロッパにまたがる街。ボスポラス海峡を挟んで街はヨーロッパ側とアジア側に分かれている。ボスポラス海峡と金閣湾とマルマラ海を一望する眺めはずっと見続けていても飽きることはない。
長い間三大帝国(ヒッタイト帝国・ビザンツ帝国・オスマン帝国)の首都であり続けた街。壮大な歴史と文明の跡が今なお街のあちこちに残されている。
ジャパンウィーク前日の半日観光で壮大な歴史のほんの一部をかいま見ることが出来た。

アヤソフィア全景(絵葉書より)
アヤソフィア
ビザンチン時代にキリスト教会堂として建てられ
オスマン・トルコ時代にはイスラム教のモスクとなった大聖堂。

写真撮影:VINEさん


ビザンチン建築の最高傑作といわれた大聖堂の壁面にはあちこちに有名な聖像のモザイク画が描かれている。
モザイク画は永遠の絵画とも呼ばれ、大理石や石片・色ガラス・タイルの破片が使われ、絵の具のように変色しないという。悲しみや苦悩の表情まで表現された繊細なモザイク画は心を1000年の昔にタイムスリップさせてしまう。

イスラム教のモスクとなったオスマン時代には偶像崇拝を禁じたイスラム教の教えに従って多くのモザイク画は漆喰で塗り込められたという。
トルコ共和国になってアヤソフィアは博物館として開放され漆喰が取り除かれモザイク画が蘇ったという。
漆喰の下から蘇った10世紀頃のモザイク画は今なお金色の輝きをとどめていた。

その金色の輝きは、破砕したタイルの配列を工夫して光の受け方に変化をつけて表現されたと後になって知って感動再びだった。   

          
大ドーム 聖母子のモザイク聖母子にアヤソフィアを
献上するモザイク



トプカプ宮殿
トプカプ宮殿は15世紀に建てられ、約370年間にわたってオスマン帝国の歴代スルタン(王)の生活と政務の場であった。現在は博物館として公開されている。
その中の一部の宝物館・衣装展示室・陶磁器展示室・銀器展示室を訪れることができた。 それらはオスマン帝国の栄華と強大な権力を推し量るのに十分なものばかりだった。


トプカプ宮殿表敬の門


トプカプ宮殿模型
写真撮影:VINEさん

VINEさんはイスタンブールで知り合った山形の創作蔓工芸作家です。
VINEさんのHPアドレス・・・ http://vine.fc2web.com/  




銀器
       



数十本の煙突が立ち並ぶ厨房棟
スルタンと宮殿に働く4000人の食事を作るため多いときは800人の人が働いていたという
そんな厨房の一部が残されている。
当時使われていた台所用品や食器も展示されている。
日本の伊万里焼の大皿も何枚か展示されていた。




 



トプカプの秘宝(絵葉書より)
宝物館には歴代のスルタンの宝物が並んでいる。それらには金銀・ダイヤ・ルビー・エメラルド・トルコ石・・・などの宝石が無数に散りばめられていた。

歴代のスルタンが着用した衣装は上質な金糸銀糸・絹・サテンなどが使われ、豪華な刺繍が施されたものが多い。
色・柄・デザインも中国アジアそしてヨーロッパ風など東西の双方のものが並ぶ。

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皇女の儀礼用長着トプカプの短刀 色絵藍地金彩菊文字
蓋付鉢
唐草文瓢形瓶 台付香炉




ガラタ塔
この石の塔は14世紀ジェノバ人移民の城塞の見張り塔として、 オスマン時代には監獄として使用されたという歴史が刻まれている塔。
ガラタ塔の展望台からは海峡の街イスタンブルの市街が360度見渡せると聞いていた。
その景色をこの目で見たくて地図を片手にタクシム広場からイスティクラル通りを歩いた。
ガラタ塔から見たイスタンブールの街並み




トルコの料理
トルコ料理は世界の三大料理の一つともいわれている。
海の幸はもちろんのこと、野菜、果物、羊肉など新鮮で豊富な食材と オリーブオイル・スパイス・ハーブそしてヨーグルトがふんだんに使われバラエティー豊かな料理が生み出されている。味は薄味が多く食材の持ち味が生かされていた。
トルコは世界で数少ない自給自足の国だとガイドさんに聞きますますトルコが魅力的になる。 トルコの大地で育まれた野菜も果物もほんとうにおいしかった。

通りの両サイドにずらっと並ぶ海鮮レストラン
イスタンブール最後の夜ジャパンウィークで出会った7人のメンバーと新鮮な魚を使ったシーフード料理を味わうことが出来た



前菜
”メゼ”といわれ種類も豊富

 

海鮮レストランの近くには鮮魚店がずらりと立ち並び、夜遅い時間なのに店頭にはいろんな魚があふれていた。