今回のお話は、 

『 あいがたし』

 

『あいがたし』                                 『あいがたし』                             『あいがたし』

 現在、約六四億七千九百万人の人がこの地球で生活をしておられます。また、人々は様々な宗教を信仰しておられますが、仏教を信仰している人は約一パーセントといわれております。言い換えますと、仏教と出会う確率が、 1%しかないということです。

  日本では多くの方が、仏教を信仰されていますが、いくつもの宗派に分かれてひしめきあっております。日蓮宗以外にも、念仏を唱える浄土宗・浄土真宗、密教の教えを伝える真言宗等、たくさんの教えがあります。その様な中で、私達が、仏教の中でも最上といわれる法華経に出会うことは、確率的にみて、非常にまれなことであります 。


 法華経の本事品第二十七の中に「一眼の亀の浮木の孔」と「優曇波羅華」という言葉が出てまいります。
 「一眼の亀の浮木の孔」とは、目が一つしかない亀が広々とした海の底より海面に向かって泳いでおります。すると、たまたまそこに、亀の頭と同じ大きさの孔の空いた浮き木が流れてきて、亀の頭がその孔にはまるというお話しです。


 「優曇波羅華」とは三千年に一度しか咲かないといわれている華のことです。
 ここでは妙荘厳王が仏様にお遇いするということは、一眼の亀が広い海の中で浮き木の孔に首をつっこむくらいに、また三千年に一度しか咲かない優曇波羅華の花に巡り会うくらいに難しいと説かれております。同じように私達が法華経に出会うということはそれくらいに難しいということです。
 

 日蓮聖人がお書きになった『法華題目鈔』というお手紙にも「この法華経に値いたてまつることは、三千年に一度だけ咲くという優曇華の花、一眼の亀の話にたとえられている。また仏の滅後に法華経の御題目に値うということは、須弥山という山の頂に針を立て、彼方から大風の吹く日に一本の糸を投げて、針の穴に通すことよりもずっと難しいのである」というように、法華経に出会うことは、大変有り難いことだと示されておられます。
 

 短く限られた人生の中、しかも多々ある宗派の中で『法華経』に出会えたというすばらしさを実感し、ずっとその気持ちを持ち続け、感謝していきたいものです。

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