1999/06/24
患者会で体験談を発表しました |
| 私はH9年8月に直腸ガンの手術を受け人工肛門になりました。皮膚のかぶれなどで、ここ日赤のストーマ外来にお世話になっています。 私は20数年マラソンなどのスポーツに親しんできました。お陰で体力には自信があり術後の回復も周囲が驚くほどの早さでした。 もう一度走りたい。気持ちのよい汗を流したい。と言う思いが強くありました。しかし、この体で走れるのか?仕事はどうなるのか?と、いろいろな不安もたくさんありました。幸いに私の主治医はマラソンをされるお医者さんで「大丈夫、大丈夫、また走れると軽くおっしゃってくれましたし、自ら高血圧や糖尿病の患者さんを連れて朝夕ウオーキングをされていました。 私も歩けるようになるとその中に入っていました。初めはみんなに着いていけず10数分も歩くと頭がフラフラし、しんどかったことを思い出します。体力は徐々に回復し退院までには軽いジョギングも出来るように成っていました。 退院後はとにかく早く元気になって仕事しなければと「頑張ろう、頑張ろう」と言い聞かせて気持ちは少し焦っていました。 そして、術後2ヶ月で職場復帰し3ヶ月で42Kmのフルマラソンを完走しました。このマラソンは、もちろんリタイヤ覚悟で参加したのですが、今までにない走れる喜びで涙がでるほど嬉しかったです。 しかし、それまで気が張っていたというか気持ち的に少し無理していたみたいで昨年1月末から皮膚のかぶれが酷くなりパウチも貼れない状態になると「どうせ俺は病人や?こんな体で何もできない?」と落ち込むばかりで、落ち込めば落ち込むほど周りの励ましが励ましに聞こえず「どうせ俺なんか」と卑下するばかりでした。 とにかく、かぶれを直したい一心でここ日赤のストーマ外来を受診したのでした。 ここで、また、マラソンをされている看護婦のKさんに出会い前の病院でも病気しなかったら、たぶん出会っていないランナーに3人も知り合っていました。私もまだ見放されていなあ。こんなにマラソンを通してつながりがある。類は類を呼ぶのかなあ、大変な不思議さを感じていました。 お陰でかぶれもすぐに完治し昨年8月には、Kさんに誘われて日赤のジョギングクラブ楽走会の方々と24時間リレーマラソンの大会にご一緒させてもらい楽しい思い出になっています。 私は,恥ずかしながら運転免許を持っていなかったのですが9月から教習所に通い10月末に遅ればせながら44歳で免許を取りました。この間、便とガスと臭いが気になって気になって心配しましたが大したトラブルもなく卒業できました。車のお陰で行動半径が広くなって有り難く思っています。 また、私はパソコンが趣味の一つで人工肛門の情報は殆どインターネットで探しました。日赤にストーマ外来があることもインターネットで知りました。そして、同じ病気でも多くの方々が健常者以上に元気に暮らしていらっしゃることも知りました。そして、ネットで知り合った方々の影響で少しでもお役に立ちたい。私の出来ることならと言う思いもつのっていました。そんな想いからこの体験談もお受けした次第です。もし、以前の私なら、見ての通りの小心者ですから,とてもお受けできなかったと思っています。 ストーマを持っていることは確かに不便です。私もどこへ行くにもストーマが気になりますし人混みもいやでした。未だに、一泊の旅行もしていません。 しかし、病気を通して多くの人と知り合ったし、車も買ったし、マラソンも走れます。少々不便でも何かやりたいという気持ちがあれば何でも出来ると思うんです。 最近有ったことなんですが嬉しいことがありました。久しぶりに友達と飲みに行ったんです。私が以前のようにはしゃいでいると涙流してくれるんです。私も嬉しくて嬉しくて涙でるんです。皆がこんなに私のことを心配していてくれたとは。今まで一人落ち込み卑下していたことが恥ずかしかったです。いい友を持って幸せで、すごく感動した出来事でした。 そして、何よりも自分が元気になることで家族はもちろん友人、職場の同僚、皆が元気になってくれます。 最近つくづくそう思うのです。 皆さん、気張らずマイペースで、元気に精いっぱい生きて行きましょう。 ご静聴ありがとうございました。 |