laalaaの旅行記
シリア・ヨルダン・レバノン古代遺跡の旅10日間 更新日時2004.8.29
  
                Vol.5 内戦後のレバノン〜帰国
8日目(7,Aug,’04 Sun)

§2度目の国境越え§

これまたあっという間のシリア滞在を終え、今日はもうレバノンへ。朝8:00ホテル出発。シリア・レバノン国境へはすぐで1時間かからなかった。今日はなぜか国境がとても混んでいる。シリアのドライバーさんがそのままレバノンまで行くのでドライバーさんの出入国手続きもあり、さらにツアーバスもたくさんいて時間がかかった。シリアのガイド・モハメッドさんと別れ、レバノンのガイドは女性、シルビアさんと合流。ようやく入国審査終了、ぶどう畑と遠く山脈を眺めながらまずはアンジャールに向かう。ウマイヤ朝の都市遺跡だ。小ぶりなのだがちゃんと世界遺産に登録されている。それなのにあまり有名ではないのか、観光客もほとんどいなかった。この遺跡もサマーフェスティバルとかで風船やら何やらで飾り立ててあり、ちょっと魅力半減・・・。素の遺跡が見たいのにねぇ。アーチがとてもきれいに残っているのが印象的でした。
このあと、レバノン観光の目玉、ベカー高原中央に位置する遺跡「バールベック」に向かう。その前に石切り場に寄ったのだけれど、エジプト・アスワンの「切りかけのオベリスク」みたいな感じで、1200tあるという切りかけの石にレバノン国旗が立てられていた。ここから神殿に運ばれたという。そしてここからすでにバールベックの象徴でもある、ジュピター神殿の6本柱が遠くに見えた。

 シリア・レバノン国境(レバノン側)

  アンジャール遺跡のアーチ

  ジュピター神殿の6本列柱



 laalaa@酒神バッカス神殿で
 日向ぼっこ
§豊穣の神バール§
さてそのバールベック遺跡。フェニキア豊穣の神「バール」に由来し、天地を創造する最高神ジュピター、酒神(!)バッカス、愛と美の女神ビーナスの捧げられた3つの神殿で構成される。ビーナス神殿はほとんど壊れてしまい、今は石がゴロゴロしてるだけだが(愛と美の女神なのにぃ〜!)原型をほとんど残しているバッカス(さすが酒の神だ)や、きれいに残る6本列柱のジュピターなど見所はたくさん。だけどここでもサマーフェスティバルとやらで、イベントの設定がしてあり魅力半減・・・夏がいけないのかしら?
それでも青空に6本の列柱が映える。列柱の高さは22m。これは、今オリンピックやってるアテネのパルテノン神殿より大きいとのこと。ちなみにlaalaaもこの後購入したけど、おみやげ屋さんにはこの6本列柱のミニチュアがたくさんあった。
保存状態がよいと言っても遺跡なので足元には石がゴロゴロ。この列柱の横からバッカス神殿に向かって降りる階段で、現地ガイド・シルビアさんが「危ないから気をつけて降りるように」と何回も言う。特別危険そうな階段ではないのに、まぁ確かに足場はよくないけど、そんなのここだけじゃないし・・・と思ってたら、数ヶ月前、ここで足を滑らせて転落した日本人観光客が亡くなったんだってさ!こわ・・・。3つの神様のうち、laalaaに合うのはやっぱり愛と美の女神でしょう(^^)そして旅友Mieは間違いなく酒神バッカスだ!というとこでバッカス神殿の前で手を腰にあて、ビール一気飲みのポーズで記念撮影(笑)

§laalaa、屋台の兄ちゃんからボる§
バールベックの観光を終え、昼食のレストランへ向かうときのこと。遺跡の前にCDの屋台を見つけた。ゼヒ、アラビア〜ンなCDを、と思っていたので八平の目を盗んで屋台に駆け寄る。ちょうどアラビア〜ンな曲が流れていたので「これと同じCDはあるか?」と兄ちゃんに聞いた。「同じのはテープしかないけど、同じ歌手が歌ってるのならある」と言う。ま、いっか。でも兄ちゃんの出してきたCDはケースがなく、ビニールに入ってるだけ。「これじゃ帰国するまでに割れちゃうからいらない」と言うと「ノープロブレム!」と別なCDのケースを引っ剥がし、そのCDを入れてくれた。そこまでやるかぁ(笑)値段を聞くとUS$5だと言う。まぁ高くはないけどやっぱり言い値で買うのは悔しい。いつのまにか近くにいた兄ちゃんたちが集って交渉に加わっている(笑)ケースにまで入れさせながら「US$5じゃいらない」と帰るフリ。「$4にするから!」と言う兄ちゃんに$3を主張してみた。あまり長丁場の交渉は時間的に無理なのでダメだったらまたどっかで買えばいいや、と思いながら$3!と言うと、1人の兄ちゃんが口をすべらし「OK」と言ってしまった。CDを受け取りきっかり$3渡すと、別な兄ちゃんが「えっ?」という表情。「だって彼がいいって言ったも〜ん。じゃね」と立ち去るlaalaa。口をすべらせた兄ちゃんは、その店の兄ちゃんに「・・・ゴメン」と謝っていた(^^;)ごめんね、こっちがボッちゃったね!
§ヨーロッパスタイル・ベイルート§
屋台で時間をくったので慌ててみんなに合流。近くのレストラン「SUN PALACE」にて昼食。恒例のホブス&サラダ・ペーストにメインはマスだった。レバノンに入ったので、おいしいと評判のレバノンワインをグラスで飲んだ。うん、いける。風邪薬とあいまって、laalaa、たった1杯のワインでラリッてしまった・・・。食後ほんのわずかな自由時間。女性陣はアラブ風かぶりものの店に入り浸り。laalaaはおみやげ屋さんでハガキと切手とあの6本列柱のミニチュアを購入。まだLP(レバノンポンド)の感覚がわからなくてボられたような気がしたけど、あとで計算したらわずかだった。
ベイルートまではまた2時間半くらいかかる。途中小さなマーケットみたいなとこでトイレ休憩を取り、山越えをしてベイルートへ。街の入り口には内戦を忘れないように、と建てられた、戦車を使ったモニュメントがあった。
またウトウトしているうちにベイルート市内に入り、バスは少々渋滞しているハムラ通りを進んだ。窓の外は、今まで見てきたアラブの街並みではなく、ヘソ出しチビTの女性が闊歩する、まるでヨーロッパの雰囲気だった。何?これ?アラブじゃないじゃん。そして内戦の傷跡がまだ残っているかも、という予想を裏切り、街はファッショナブルに、きれいに再生されていたのだ。ピザ屋がある。ス○バがある。ブティックがある。ここはどこ?そしてそんなヨーロッパスタイルな街のど真ん中、ベイルート・クラウンプラザホテルに到着した。

§魅惑のチャーリーズ・エンジェル§
部屋からは地中海が見えた。この海の向こうはキプロス、そしてトルコ?トルコ〜!早く会いたいよぉ〜!夕食はホテル21Fのレストランにて。ナゼか真ん中にプールがあった。そしてさらに地中海がきれいに見える。ちょうどサンセット。地中海に夕日が沈んだ。今日は実質ラストナイト。明日の夕方には帰国の途につく。同じテーブルの4人でワインを1本あけ、最後ベイルートの夜に乾杯した。食事のあと、この4人で飲みに行くことになった。八平に「外に出ても大丈夫ですよね?」と確認する。「あ、大丈夫ですよ。それにMさんも一緒だったら男性もいることだし」とのこと。そこでMくん「オレ、腹具合悪いからなあ〜」確かに体格はよく、きっと力もあるであろうMくん。でもあれだけお腹に苦労して(それでも飲みに行こうってのはすばらしい)弱ってるかもね。そこでlaalaaとMieともう1人の女性Sさんが「大丈夫!私たちが守ってあげるから」・・・チャーリーズ・エンジェルかよ(^^;)グッモーニン・チャーリー!
ベイルートの街に繰り出したチャーリーズ・エンジェル&チャーリー。ところが飲み屋を探すも見当たらない。あるのは閉まった店にファストフードの店ばかり。ダウンタウンまで行けばあるとか、海岸沿いに行けばあるとか言うけど、海岸までは結構歩くしダウンタウンは歩いては行けない。しかも今までの中東の街と違って、海沿いのこのベイルート、湿度が高く、蒸し暑いのだ。いいかげん歩くのがイヤになり、そのままホテルに戻ってきた。さっきの21Fレストランの横のバーで飲むことにしたのだ。21Fに再び行くと「Welcom,Again」と迎えられた(笑) カクテルを飲みながらベイルートの夜景を堪能し、チャーリーと天使たちは最後の夜を楽しんだのだった。
9日目(8,Aug,’04 Sun)

§内戦の跡§

いよいよ最終日。今日はベイルートの観光をし、夕方の飛行機で帰国する予定。9:15にホテルを出発してまずは街中の様子を見て歩く。1975〜1989の内戦で街は壊滅したが2年前の政府の大政策によりかなり復旧したベイルートの街。だから思ったほどじゃないけれど、それでも建物のアチコチに穴が開いていた。ヨーロッパ風に修復されたその横に、弾痕だらけの建物が痛々しい。
以後、街のバランスを保つため大統領はキリスト教ロマン派、首相はイスラム教スンニ派、議長はイスラム教シーア派から選出することに決まっているそうだ。微妙なバランスだ。それでも修復された街は美しく、アラブ・スィーツの店はまるでヨーロッパのケーキ屋さんのようだった。
10:15、国立博物館へ。ここは内戦時グリーンラインと呼ばれる戦いの最前線だったところで、博物館の損傷もかなりひどかったらしい。
 
  弾痕の残る建物    教会とモスクが混在する
博物館ではまず、内戦の傷跡からの復興作業の様子をビデオで見た。もう2度とこんな作業をすることがないよう願うばかり。アルファベットの原型であるフェニキア文字が書かれた石棺や、エジプトの影響を受けていると思われるような数々の展示品を見る。さすがに最終日、疲れぎみの人や、やや体調不良の人もいて座り込む姿も。何をかくそう、ツアコン八平もお腹の調子が悪く、もちろん仕事なのでガイド・シルビアさんのフランス語の説明を必死に訳していたが、トイレタイムには駆け込んでいた。彼女も気の毒である。

§美しく恐い鍾乳洞§
博物館を後に、ベイルート観光の目玉、ジェイタ洞窟に向かう。途中「犬の川」に立ち寄る。今では「見ない方がよかった」と思えるような汚い川というか水たまりというか・・・なんだけど、昔、敵の侵入を知らせる番犬がいたから犬の川なんだって。ここを通った英雄たちの記念碑があった。
そのまま山に入り、ジェイタ洞窟へ。山の中に発見された2段の鍾乳洞で、まるでテーマパークのように美しくライトアップされている。でもlaalaaは実は鍾乳洞が苦手。恐いのだ。暗闇がいやだし、あの変なカタチに垂れ下がってる石?岩?もキミが悪い。だから普段はなるべく近づかないのだが・・・せっかく来たので恐る恐る入ることにする。
ジェイタ洞窟の横にあるレストラン「LambHouse」で昼食の後、いよいよ2段の洞窟の下の段へ潜入。撮影は禁止。中に入るとヒンヤリいい気持ち!外は30℃とも40℃とも言われる気温だが、この洞窟の中は年間通して20℃を切るらしい。下の洞窟は、まるでTDLの「スモールワールド」。透明なきれいな水が涌き出ており、ボートに乗って見学するのだ。水中もライトアップされているのでファンタジーの世界。ここならちょっとは恐くない・・・でも洞窟なのでちょっと恐い(^^;) 
続いて上の段の洞窟へ。上まではケーブルカーに乗って上がる。まぁ歩こうと思えば歩ける距離なんだけど。日曜日と言うことで家族連れでごった返す中、並んでケーブルカーへ。そして洞窟へ。こっちは奥までひたすら歩いて入る。すごいカタチの鍾乳洞がライトアップされていて明るいけどやっぱり不気味で恐い(^^;) みんな「きれいだねぇ〜」「すごいねぇ」と上を向いて歩いていたけれど、laalaaはチラチラと見ながらあまり多くを見ず(笑)それでも最深部まではちゃんと歩き、ささやかに堪能して参りました、はい。ちなみに下の地下湖の方が気温は低く、上ももとろん外よりはダンゼン涼しいけど寒いってほどじゃなかったわ。

§日本語教室§
これで観光は終了。夜の便に向けて空港へ向かう。途中海沿いで「鳩の岩」なる岩を見学。何が鳩の岩なんだかよくわかんないけど海に顔を出す2つの岩です(笑) 空港到着は17:30.フライトは20:50なのでたっぷり時間がある。チェックインで少々時間がかかり、旅友Mieはスーツケースのオープンチェックを要求された。他はみんなスルーだったのにナゼ?と思ったら、中に入っていた水筒が、どうも爆弾に見えたらしい(笑)まぁ輪郭で似てるっちゃ似てるけど?全員のチェックインと出国審査で1時間ちょっとかかり、シルビアさんと別れて搭乗ゲートへ。あと2時間あるので店を見て周ったけどあまり数もなく2時間はもたない。デューティーフリーでチョコレートとCDを買って、なんかみやげ屋っぽいものはないの?と八平に聞くと「セキュリティチェックを通った向こうに小さいみやげ屋があったと思う」とのこと。1回入っても出てこれるから、搭乗券だけ持って行ってきます?荷物見てますよ、とのお言葉に甘えて中へ。そしたらありましたとも、小さいみやげ屋が。そこでフェニキュア人のネックレスを買ったら店のお姉さんが「Japanese?]と聞いてきた。「私の名前を日本語で書いてくれない?」と。彼女の名前は「NADA」と言った。ひらがなで「なだ」カタカナで「ナダ」と書くと「これとこれはどう違うの?」と。そこで日本語教室開始。私たち日本人は通常3種類の文字を使用している。たとえば私、laalaaの名前。日常使うのは漢字で「羅阿羅」(もちろんここでは本名を教えたわ)、ひらがなでは「らあら」カタカナでは「ラーラ」。漢字はむずかしいので子どもにはひらがなを多く使う。外国のモノや名前に対して使うことが多いのがカタカナだ、と適当に説明する。するとナダちゃんは自分の名前を漢字にしてくれ、と言う。当て字かい?族の世界じゃん。なだ、ねぇ?女の子だから「な」は菜」でいいとして「だ」っていうかわいい漢字ある?Mieと2人で悩んだけどあまりいい字が浮かばず田んぼの田になってしまった。そして「FlowerGarden」と言う意味だ、とフォローしておいた(笑)それがエラク気に入ったなだちゃん、「友達の名前’リマ’も漢字で書いてくれ」と。これは最近の日本の女の子にもありがちな名前だからかわいくまとめられた「理麻」。するととなりのショップで働く実物リマちゃん登場。近くの店員全員の名前を当て字させられた(^^;) おまけに「あなたの名前をアラビア語で書いてあげるわ」と書いてもらった。こうして時間はつぶれ、日本語教室で締めくくった中東の旅は終わり。20:50発EK954便にてドバイへ向かう。

10日目(9,Aug,’04 Mon)

§マアッサラーマ・アラブ§

行きと同じくテトリスを続けたlaalaaたち。でもメチャ下手なので、ナナメ後ろに座ってたMくんから「相当下手だな」とお褒めの言葉をいただく・・・ぶーっ!3時間で真夜中のドバイ着。日付が変わっていた。ちょっと時間が押してるのに、乗り継ぎにえらく時間がかかりしかもバス移動。真夜中だというのにここ、UAEのこの気温、この湿度は何?と叫びたくなるような国中サウナ状態。先日日本でも「超熱帯夜」っていうのがあったけど「最上級熱帯夜」とでも申しましょうか・・・。
空港の建物に入ってからもゲート探して移動するだけで精一杯。やっとゲートについて、今にも搭乗が始まりそうだったんだけど、とりあえずトイレに行き、着替えと歯磨きをした。ドバイ空港は真夜中でも賑わっていた。深夜2:55ドバイ発EK316便にて関空へ。機内食もそこそこに、スッチーを呼んでカップヌードルを頼む。「カップうどん」だったけどしっかりいただいた。マアッサラーマ(さようなら)、アラブ!

§最後のおまけロストバゲージ§
17:05関空着。飛行機を降りたその場に10人以上のカタカナ表記の名前を持ったグランドホステスのお姉さんがいた。こういうトコで名前を書かれた試しがないので素通りしてバゲージクレームにいったら、そこにも同じような紙を持ったお姉さんが。何気に見ると「ラーラサマ」と書いてあるではないか(@@)!ついでに旅友の名も、おまけに八平の名も!「あの、laalaaですが」お姉さんに声をかけると「すみません、荷物がドバイで積み残されまして。ここで待ても出てきませんのであちらでロストバゲージの手続きを」だと。やられた〜っ!「バゲージのタグを」と言われても八平が持っている。慌てて八平を探し事情を説明。そして「あなたもよ」と言うとうろたえる八平。結局どうあがいてもドバイにある荷物はどうにもならないわけで、郵送の手続きを取る。しかも自分以外が税関を通すわけでオープンされるわけだ。別に怪しいもの入ってないけど、洗濯物とか入ってて臭い?スーツケースを人に開けられるのはあまりいい気がしない。ま、今日、家まで手ぶらで帰れるのはいいけどね。laalaaのスーツケースったら、よっぽどアラブが気に入ったと見え、勝手に延泊しちゃったのね。ようやく手続きを終え、国内線に移動。時間ギリギリだったけど10分ほどディレイしたので間に合い、空港で柿の葉寿司を食べる時間ができた。さぁ最後の1時間。JALとEKのコードシェア便は一路羽田へ。19:50、羽田着。お疲れで〜す!
§祈・世界平和§
危ないとさんざん脅かされた中東。確かに隣国は治安が最悪だしイメージ的によくない。何も今行かなくてもとも思ったけどまずは何事もなく、無事に帰国できたことに感謝。まぁこれはいつ、どこの国に行っても思うことだけど。
ダマスカスからパルミラに向かう道の途中、「IRAQ→」という標識に遭遇した。もちろん隣国だしあって当然なんだけど、生き地獄のようなあの国へ通じる道がここにある。そして浮かんだ、ダイブした死海の対岸は今も紛争が続くイスラエルだ。TVの中でしか遭遇しない地域が目の前にある。なのに行けない。
調子がいいけどあったかくて優しいアラブの人々。内戦も国同士の戦いもテロも侵略も、もういらない。貴重な遺産が、愚かな戦争で破壊されることのないよう、この先も何千年何万年も残る財産であるよう願わずにはいられない。いつの日か「IRAQ→」の標識の元、観光バスが曲がって行く日を願って。死海の対岸で再び浮遊できる日を願って。



おしまい

 アッサラーム!ペトラのらくだ

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