どこから始めたらいいのか、しばし悩みますが、今日は移民労働者のことについて。
日本が「単一民族」などと言う気は毛頭ありませし、それでも、日本国籍の両親を持ち、日本で生まれて、日本でしか生活しない人が大多数の国に育った私にとって、日常生活で様々な人種と言語に囲まれ、移民労働者達がひどい格差と差別の中で汗を流しているのを目にすることは、頭では分かっていたはずなのに、衝撃的ですらありました。車で国境を越えてみたり、メキシコの最貧エリアを旅してみたりして、国際的な経済格差の片鱗を目にしたことも、思いを深くするきっかけになりました。
いろいろ思うところはありますが、とりあえず話をメキシコ移民である友人たちのことにしぼりましょう。学者でも政治家でもない私が、友人たちから聞いた話なので、不正確なことも一般的ではないことも含まれているかもしれないことを念頭においてください。
現在のアメリカの移民問題と言えば、やはり焦点はラテンアメリカ諸国、特にメキシコからの移民と言っていいでしょう。和食レストランの厨房にもいるし、よく行く中国系スーパーでも段ボール箱をかついでいるし、建築現場では陽気なラテン音楽を流しながらスペイン語で仕事をしています。滞在資格のある人もない人もいます(イリーガル=不法という言葉はあまり好きじゃありません)。
滞在資格のないメキシコ人がアメリカに来るには、ここ西海岸の場合なら海を泳ぐという道もありますが、私の友人達は何日もかけて砂漠を歩いてきたと言います。もう8回も行き来したと手柄話のように教えてくれる人もいます。メキシコ側の国境の町ティファナには、コヨーテと呼ばれる国境越えを手配する商売があって、川を渡る、トンネルを掘る等、様々な方法でアメリカへ導いてくれます。国境を越えた後は、パトロールの目をくぐりながら、サソリもいるという砂漠を歩く日々です。最近は、南米からの麻薬がメキシコを通って陸路でアメリカに密輸されたり、テロリストがメキシコ・カナダなどの第三国経由で入国するというので、パトロールは日に日に厳重になっていきます。ICEのパトロールだけでなく、テキサスなどでは大規模な自警団も組織されているそうです。カリフォルニアも例外ではないかもしれません。
そうやってアメリカ側のサンディエゴ市、あるいはLA市まで送り届けてもらうのに、$1500〜1600かかります。日本円にして15万円くらい。収入格差を考えれば、メキシコ人にとっては150万円と考えた方がいいでしょう。もちろんメキシコでそんな大金を用意できる人はいません。無事アメリカに着いてから、コヨーテへの月々の返済が始まるのです。
たどり着いたアメリカでの生活ですが、私の友人の中に個室を持っている人は一人もいません。皆、1部屋を何人かでシェアし、生活費を切り詰めて、少ない給料の中からコヨーテへの借金を返し、両親に生活費を送っています。昼は建築現場で働き、夜はレストランの清掃という人もいて、今まで「陽気で楽しい」というイメージしかなかったメキシコ人の働き者ぶりには驚かされるばかりです。滞在資格がなければ当然銀行口座など開設できないし、アメリカでは一定の残高がないと口座維持費というものがかかるので、銀行口座すら持たない人も少なくありません。国への送金は、ヒスパニック居住区に行くとよく見かける「Envio
de
dinero(送金)」という看板を掲げた送金業者に頼むようです。銀行口座を経るより手数料は高くなります。アメリカ版貧困ビジネスといったところでしょうか。
こんな生活をするために、なぜ彼らはわざわざ辛く危険な思いをして国境を渡って来るのでしょう? 答えは簡単。メキシコには仕事がないから。メキシコでの給料では生活していけないから。給料の額までプライベートなことは聞いていませんが、移民労働者として最低レベルであろう給料を得、アメリカの高い生活費を払い、残ったほんの何割かの仕送りでも、メキシコの家族にとっては大きな収入になるのです。別に超大国アメリカの煌びやかな生活に憧れてくるわけではありません。
私の友人は口をそろえて言います。「いつかお金を貯めてメキシコに帰りたい」「アメリカでお金を貯めて、メキシコでビジネスを始めるんだ」。それは漠然とした夢ではなく、手の届く目標なのだろうか、と考えると、胸が痛くなります。歴然とした経済格差が、そこにはあるのです。(ちなみにメキシコは数年前に長者番付世界一を出した国でもあるので、国内の格差問題も大きいと言えます。)
彼ら移民労働者の置かれた労働条件は決して容認できるものではないけれど、もはや安い「不法」労働者なくして経営は成り立たないのだとも言われます。移民労働者は間違いなくアメリカ経済の底辺を支えている。それなのにこの移民政策はどうだ、と憤りを感じずにはいられません。と同時に、世界中の誰もが、生活のためだけに大好きな国を離れて、家族と離れて、慣れない国で差別の中で生きていかなくてもいいような、そんな世界にならないだろうか、と祈るような気持ちにもなるのです。
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