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ライフルの弾丸が人々を撃ち殺す。
百円玉より軽い鉛の塊が死を告げる。
建物が炎を上げて燃えてゆく。
築き上げてきた物が崩れ落ちる。
土より生まれしモノは土に。
灰より生まれしモノは灰に。
塵より生まれしモノは塵に。
等しくその身を還すがいい。
この地はこれより、戦の場なれば。
#09“鎮魂”
克樹達は三手に分かれていた。
克樹とモーラは建物の研究棟と思わしき場所に。フリッツは外周を。秋葉は車に残り、(どのみち前線に出る気はなかったらしい)そして……
整然とした通路を進むアインとツヴァイの前に立ちはだかったのは、数え切れないほどの喰屍鬼だった。
タン! タン! タン! タン!
ファントム・ツヴァイ。そう呼ばれた少年が、流れるような動作で狙いをつけて引き金を引く。
一発一発狙いを付けてから撃つのではなく、あらかじめポイントした場所を銃口でなぞるようにして引き金を引いてゆく。
無骨で巨大なデザートイーグルから放たれる50口径アクション・エクスプローラ弾頭が、狙い違わず喰屍鬼の頭部を打ち砕いていった。
吸血鬼ほどの再生能力を持たない喰屍鬼相手には、このような物理的な攻撃でも充分に有効だ。
タン! タン! タン!
七発撃って、弾倉を交換する。その隙ににじり寄る喰屍鬼達。
パンパンパン!
脇に控えていたアインのH&K_USPが45ACP弾を撃ち放ち、一秒に満たない時間の連射でありながら正確に喰屍鬼の心臓を貫く。
その間にはすでにツヴァイが弾倉の交換を終えて、新しい標的を打ち砕いていった。
ゆっくりと歩を進めながら、休むことなく銃声を鳴り響かせてゆく。
男も女も老人も。いや、かつてそうであった死体達が、銃声の協奏曲の前に等しく塵と化す。
そんななか。小さな影が銃弾をかいくぐって二人の元まで辿り着いた。
あるいは、さぞかし愛らしかったろう面影を残した、小さな女の子の。
やはり喰屍鬼。
タン!
その額に、ツヴァイは左手で抜いたコルト・ガバメントの銃口を押しあて、ためらいなく引き金を引く。
「Kyrie eleison(主よ、憐れみ給え)……か」
思わず、そんな言葉が口をついていた。
アインは知っている。この、たったいま、無表情に少女の死骸を撃ち抜いた少年がどんな道を歩んできたか。
自身も歩んだ道だから。
その才能──人を殺すための──故に日常を失い。
死なないために、殺してきた。
『殺すこと』に慣れなくて……だけど、死にたくはなくて。そのために、自分自身の心も殺す。
暗殺者の道。
だからこそ。
死にたくなくて、だけれども死んでしまった人々。
その後までも汚す吸血鬼への怒りと。
死すら汚された眼前の人々への悲しみが。
たった一言から震えるほどに伝わってくる。
救うべき神は、居なくて。
憐れむ祈りも、届かない。
だけれども、謳った。
血塗られた道でも、共に歩くため。
今はまだ、痛みと涙から逃げているだけでも。
二人なら、いつか笑顔に辿り着くかも知れないから。
《Kyrie eleison.Kyrie eleison.(主よ 憐れみたまえ 主よ 憐れみたまえ)》
背広を着た中年男が頭を粉々にされて塵に還った。
《Confiteor unum baptisma,(洗礼のみによりて)》
《in remissionem peccatorum,(罪の赦しを得ることを認め)》
制服を着たOLが心臓を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
《et expecto resurrectionem mortuorum,(また我は死にし人の復活と)》
《et vitam venturi saeculi,(来世の生命を望む)》
学生服も真新しい少年が炎を上げず、しかし燃えるように灰になった。
《Sanctus, Sanctus, Sanctus,(聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな)》
弾倉を使いきったアインがH&Kを投げ捨て、コルトパイソンを抜く。
《Dominus Deus Sabaoth.(万軍の神たる主よ)》
ツヴァイが、最後の弾倉をデザートイーグルにセットする。
《Pleni sunt coeli et terra gloria tua,(主の栄光は天地に満つ)》
「貴様ラッ! タカガ人間ノ分際デッ!!」
喰屍鬼を操っていたキメラヴァンプが姿を現す。蝙蝠との合成で形作られたその姿は、悪魔そのものであるかのようだ。
《qui tollis peccata mundi,(世の罪を除きたもう主よ)》
しかし、人間を遙かに超えて鋭敏なはずの感覚は銃声と硝煙、マズルファイアで麻痺しており、ゆえに身体にそれらが染み込んだ二人を捉えられずに、容易に接近を許してしまう。
《miserere nobis.(我らを憐れみたまえ)》
「!!!」
《Jesu Christe,(イエス・キリストよ)》
ツヴァイが、心臓の真上に。
《cum Sancto Spiritu(聖霊とともに)》
アインが口腔から、脳を狙って。
《in gloria Dei Patris.(父なる神の栄光のうちに)》
ぴったりと、銃口が押し当てられる。
《Amen(エイメン)》
祈りの言葉とともに放たれた二発の銃弾は、あっさりと心臓と脳を撃ち砕き……死者にふさわしい静寂が廊下を包んだ。
遠野の血を引く者は特異な能力を授かる。遠い昔に、『異なる者』と混ざり合った証拠だ。
……人外の能力。
それを操るには、やはり人外の精神が必要なのか。
能力が発現した者は、ほぼ例外なく人の心を失う。
──《反転衝動》。
抑圧された衝動が解放され、魔物の如く振る舞う。
ごく一部の者だけが、その衝動を抑えることができるのだ。
しかし、力を使うほどに、心を抑えるほどに、衝動は強くなる。
たわんだバネが、弾けるように。
──《反転》する。
魔物と化した一族の者を処断するのは、遠野の長の役目。
世間に、そのような者が居ると悟られてはならないから。
魔物を狩れるのは、魔物しかないから。
遠野 秋葉。
彼女はいつまで『保つ』のだろうか。
それは誰も知らない。
#10“反転”
「こんチクショウ!」
下品な罵声とともに、フリッツのナイツM4A1R.I.Sカスタム……通称“ウィッチハンター”が火を吹き、5.56mm高速弾が夜空に消える。
空には銀盆のような月。時折それを怪しい影がかすめる。
そう、敵は空にいるのだ。
鷹か鷲か……いずれにせよその類の生物と合成されて創り出された、夜空を駆ける夜魔。
戦闘においては、高所を取った者に利がある。
空を舞う、重力の束縛など無いが如く自在に動き回る者に、銃器を持つとはいえ地に張り付いた人間がどれほど抗しうるものか。
さらに相手は人外の戦闘力を備えたキメラヴァンプである。
それを思えば、たった一人でいまなお戦いを続けるフリッツの技量は驚異的なものであると言えよう。
カチリ。
弾が切れ、弾幕が切れた隙をついて急降下し、爪を立てようとするキメラヴァンプ。
しかし、
パッ!
「グゥゥゥ!?」
ハイ・モードに設定された紫外線灯を顔にまともに浴びて、また空へと避難していった。もっとも、夜族の力の源でもある月の光がこれほど強いと大した効果はないようだが。
一見千日手にも見えるが、圧倒的にフリッツが不利である。
銃弾もそう遠くなく尽きるだろうし、ハイ・モードではライトの電池も長くは保たない。疲労も徐々に溜まり、集中力を欠いていく。
どれかが欠ければ、容易く肉片に変えられてしまうだろう。
好条件といえば、空を飛ぶためなのか、キメラヴァンプが銃火器を装備していないくらいだろうか。もし一丁のピストルでも持っていれば、勝負にすらならなかったに違いない。
(チッ、どうする?)
焦りが浮かぶ。このまま、一対一では消耗するだけだろう。なにか、相手の不意を……
「遠野の嬢ちゃん、頼む!」
ジープに向かって声を張り上げた。
「グヮッ!?」
一瞬、キメラヴァンプの注意がジープの方に向けられる。
(今だ!)
もとより、秋葉になにかを期待していたわけではない。フェイクだ。
わずかに相手の注意がそれた隙に狙いを付けて……
ガキン!
(ジャムりやがった!)
薬莢が排莢口にひっかかって連射が止まる。
千載一遇のチャンスを失ったばかりか、絶体絶命のピンチに陥ってしまった。
……間に合わない。心のどこかで冷静に判断する。手動で薬莢を排除して、再装填におそらく6秒。それだけあれば、キメラヴァンプにとってはフリッツをミンチにするのに充分な時間だ。
しかし、最期の一瞬までバケモノに屈するわけにはいかない。腕が千切れればその血を囮に、首が千切れれば最後の一言はバケモノへの呪詛に。それが“ハンター”なのだ。
再装填を諦め、銃身に取り付けられたクロスボウに意識を向けた。
山査子の枝に銀の矢じりを付けた矢が心臓に刺されば、滅ぼせる。
こちらに一撃をくらった瞬間、相打ち狙いで、いける。
無論、キメラヴァンプの攻撃を受ければ、いかにフリッツが鍛えられた肉体をしているといえど助かるまい。
覚悟と確信と可能性と。
全てをひとつにしてその瞬間を待つ。
……すぐに来るはずの最後はいつまで待っても来ることはなかった。
ガチャリ。
ハマーの扉が開き、白い人影が降り立つ。
月の光を浴びてはらり、と長い黒髪を払う姿に、フリッツもキメラヴァンプも魅せられたように動きを止める。
黒髪?
いや、漆黒だったはずの髪は、いまや真紅に染まっていた。
「出来損ないが、あまり手間をかけさせないでください」
サァッ……
髪だけではない。朱を流したように、全てが赤くなって行く。
遠野の血に連なる者がその能力を発現する際、赤色をその身に纏う。
周囲が赤く染まってゆく。まるで、彼女の赤い髪に閉じこめられたかのように見える世界。
──それを、檻髪と呼ぶ──
空間を、赤い線が走った。幾何学的なその模様を見ていると頭痛がする。根本的に人間が認識できる世界ではないのだ。
パァッ……
「ギュゥァァァァァ!!」
その『赤』に包まれたキメラヴァンプの羽が弾け、一瞬で灰になる。
炎? いや、そうではない。
秋葉の持つ《略奪》の能力。それが、一瞬にして熱を奪い去ったのだ。
熱量を失った物質が、『凍り付く』事すらできずに塵になる。
続けざまに『赤』がまとわりつき、そのたびごとにキメラヴァンプの肉体が弾け飛ぶ。
これが、日本でも有数といわれる『力あるもの』の家系、遠野の当主の力。
「なにを、して、るんです? 早く、とどめを、さして下さい」
声をかけられてフリッツは我に返った。気付けば、周囲から『赤』は失われ、以前と同じモノトーンの夜が広がっていた。
地面には、四肢を失いばたつくだけの肉塊と化したキメラヴァンプが転がっている。
時をおけばその超再生力によって遠からず立ち上がるだろう。それが分かっていないはずはないのに、どうして自分で止めを刺さないのか。
それを問おうとしたフリッツは、しかし、秋葉がそれどころでは無いらしいことに気付いた。
右手で顔を押さえ、左手は自身を抱き締めるように回されている。
息は荒く、右手の隙間からのぞく瞳は……餓えていた。
フリッツには、分かる。これは、餓えたバケモノの目だ。
いま、抜き打ちに撃てば……
「どう、したの、です? あなたの、仕事です」
刹那、目の前の魔女の殺し方を思索したフリッツを押しとどめたのはその言葉だった。
(そう、俺はプロ。不必要なリスクを負うことはない)
「汝、魂魄なき虚ろの器。カインの末裔。墓無き亡者……」
決まり文句を唱えながらクロスボウを地面の肉塊に向ける。
「灰は灰に、塵は塵に!」
トシュッ
バネ仕掛けに弾かれた矢は真っ直ぐに心臓を貫き……キメラヴァンプだったものを灰に還した。
「あまり、手間をかけさせないでください。そのためにあなた達を雇ったんですから」
表面上は元に戻ったようだ。そう言い残してきびすを返し、ハマーの方へ歩み去る秋葉。
そんな秋葉にああ、と答え、しかし、
(だがな、次に会ったときは俺達がもらう)
口に出さずにそんなことを思いながら、当面の仕事を片づけるために。フリッツもその場から離れて建物へと向かう。
後には冴え渡る月光と夜風。
そして、
一本の矢だけが残された。
世界中の誰もが空を見上げたあの日。
―――六千五百万年前のあの日。
#11“災禍”
「フッ!」
するどい呼気とともに振るわれたハンマーが食屍鬼を叩きつぶす。
克樹も銃を撃ってはいるが、慣れない拳銃の反動に振り回されてあまり効果が上がっていない。
距離を置いて撃っても当たらないし、近くに来る前にモーラが片付けてしまうからだ。
隣を走るモーラを横目で見る。一見、初めて見たときの人形のような無表情だが、その瞳にはなにか……狂的な熱情が秘められているようだ。
吸血鬼を滅ぼすことを、楽しんでいる。
そんな表情。
それは、なにか危ういものを感じさせた。
「おい、モー……」
そのことを案じて声をかけようとしたとき、また新しく通路の先に人影があらわれた。克樹の声は耳に入らなかったかのように、そのコートを羽織った人影に向けて突進して行くモーラ。
ヒュッ!
綺麗な弧を描き、巨大なハンマーが人影に吸い込まれる。
しかし、その人影はそれまでとは違っていた。
ぬらり。
「!?」
叩きつけたハンマーから返る手応えのおかしさに気付き、慌てて構え直そうとするモーラ。しかし、なにか強い力によってそれは妨害された。
見ると、その人影から伸びた緑色の蔦のようなものが、ハンマーに絡み付いていた。
「!?」
驚愕しつつも柄を握りなおして回転させ、絡み付いた蔦を振り払う。
パンパンパン!
モーラが離れるのと同時に、克樹が9mmを撃ち込んだ。しかし、全弾命中したにも関わらず、こたえた様子もない。
不気味な手応えに警戒し、ハンマーを構え直して戦闘態勢を整えるモーラ。
「やはり現れたね、吸血殱鬼(ヴァンピルズィージャ)。そして……」
芝居がかった仕草で克樹を振り向く。その姿には、見覚えがある。
「久しぶり、かなァ? ナイトくん? それとも下僕くんの方がいいかい? 『口づけ』の痕が無いところを見ると、なんとか助かったみたいだけどねぇ?」
人を小馬鹿にしたような口調。帽子の奥で赤く熾火のように光る瞳。
……あいつだ。
「紗夜は、どこだ?」
凍り付くような声で問いかける克樹。
「さて、知らないねぇ」
「……だったら用はないね。失せな」
パンパン!
台詞を終える前に、銃を引き抜いて引き金を引く。弾丸がコートの胸にに穴をうがち……それだけだった。
「効かないネェ……」
ビリビリビリィッ!
コートがふくれ上がり、中から緑の津波があふれ出す。通路の照明に照らし出されたその姿は、見るもおぞましい物だった。
かろうじて胴体と頭が人間の面影を残すものの、四肢はうねりのたうつ緑の蔦に取って代わられ、刃のような花弁を持つ花が獲物を求めるように咲き誇る。そこかしこに存在する液胞がときおり弾け、ねっとりとした黒い液体をまき散らしていた。
「まさか……トリフィド!? どうしてこんなところに!?」
モーラがおののくように言葉を洩らす。
『トリフィド』……植物起源の吸血種(厳密には違うのだが)である。そもそもは宇宙から飛来したものであるともいわれ、六千五百万年前に恐竜を滅ぼしたのは隕石による気候変動そのものではなく、その隕石に付着していたトリフィドであるという説もあるのだ。もっとも、直後の気候変動に耐えられなかったらしく、現代においてはほぼ絶滅状態で、南極で氷漬けになっていたものが確認されているのみ。
研究のために解凍した科学者はその場で食われ、たった一株のために『教会』戦力の半分を割く大騒ぎとなって以来、厳重に封印されているはずであった。
「ククククク……銀貨三十枚で神の子を売ったヒトの子……悪魔の種子はいくらだったと思うね?」
つまりは、そう言うことなのだろう。
しかし、今ここで由来を詮索しても仕方がない。
吸血鬼なら……滅ぼすのみ。
「カツキ、援護を!」
「あ、ああ!」
その異形を目の当たりにして、さすがに怯んでいた克樹も、モーラの一言で我に返った。
狙いを付けて引き金を引く。
相手の図体が図体だけに、さしたる精度が無くとも外れることはないのだが……
「効いてねぇぞ!」
動き回る蔦に阻まれ、急所に攻撃が届かないのだ。弾丸やハンマーで蔦を弾きとばしたり叩きつぶしたりするのだが、その端から再生してしまう。
(心臓を狙うしかない!)
ガキン。
スレッジ・ハンマーの柄をねじるようにして回す。すると、内部に仕込まれたバネ仕掛けで打撃面から山査子の木で出来た杭がはえた。
慎重に間合いを計る。案の定、火器を持つ克樹の方を重点的に狙っているようで、こちらにはあまり気を向けていない。
克樹も健闘しているようだが、長くは保つまい。急がなければ。
「ハァァァァァァ!!」
ハンマーを後ろに向けて振り上げ、そのまま頭上へと回す。その遠心力に、さらに全身のバネを加え……跳んだ。
「灰は灰に、塵は、塵に!」
空中から、全体重を乗せて振り下ろす!
「甘いね」
メキメキメキィッ!
「あうっ!?」
あらかじめそこに這わせてあったのだろうか。緑の蔦が天井を崩し、コンクリートの塊がモーラを直撃する。
たまらず落下するモーラ。さらに、スプリンクラーの配管がむき出しになり、冷たい水が降り注ぐ。
(しまった……!)
吸血殱鬼、ダンピール─吸血鬼と人間とのハーフ─の名で呼ばれるだけあって、モーラも半分だけだが吸血種の血を引いている。超人的な膂力はその恩恵であるが、同時に弱点も受け継いでいるのだ。
日光は即座に灰になるほどではないが確実に彼女をさいなむし、流れる水もまた同じ。
大元の吸血鬼ほどの拒否反応は示さないものの、確実に彼女から力を奪う。
もはや、あの巨大なハンマーを用いて戦うことは出来まい。
みると、トリフィドの方はさしたる影響を受けているようには見えない。母体となるトリフィド自体にそうした特性があったのだろう。
それも計算済での、さきほどの仕掛なのだ。
両手を床についてうつむく細い躰を、蔦が縛り上げてゆく。それに抗する力はすでにない。
そのまま吊し上げられるモーラの足下で、ばきり、と。
希望が砕けるときのような音を立てて、スレッジハンマーが絡め潰された。
「さぁて、ナイトくん? 銃を捨ててもらおうか」
蔦で締め上げたモーラを見せびらかすように目の前に吊り下げ、克樹にそんな台詞を吐くトリフィド。
克樹は、油断無く銃を構えたままだ。
その台詞に、モーラは違和感を感じた。これだけの圧倒的な戦力を手にしながら、なぜ銃一丁に拘るのか。
(そうだ、確か!)
「カツキ! わたしに構わず火を放って! コイツはッ……」
最後まで台詞を続けることは出来なかった。喉に巻き付いた蔦が容赦なく締め上げたからだ。
頸骨が折れないのが不思議なほどの締め上げに、たちまちモーラの顔が真っ赤になる。
「感動的だけど、チョット黙っててもらおう……さて、どうするね? キミがおとなしく殺されてくれるんなら、この子だけは見逃してあげてもイイ」
その言葉に、少し視線を落として考える克樹。
「俺は、そいつとは何の関係もないし、どっちかというと嫌いだからな」
そう言って、銃を目の高さまで持ち上げ、狙いをつけ……ボタン操作で弾倉を落とした。
「とはいえ、一応命の恩人ってことになってるからな。仕方ない」
銃を、トリフィドの足下に放り投げた。一瞬トリフィドに走った緊張がほぐれ、安堵ではなく絶望でモーラの体から力が抜ける。
(あの……バカ!)
まさかこんな取引が成立するなどと本気で思っているのだろうか。
あまりのことに思わず目を閉じ、うなだれる。
カチン……シュボッ
克樹はそんなモーラやトリフィドには構わず、タバコに火を付けていたりする。
「……なにをしている。そいつも捨てろ」
「末期のタバコぐらい吸わせろよ」
その言葉に、ふぅっ、と紫煙を吐いて応える克樹。
「ほらよ」
火のついたままのジッポーを、アンダースローでトリフィドに向かって投げつける。
降りしきる水滴にも負けず、暴風雨の中でも使用できるというふれ込みのジッポーライターが炎で放物線をえがいた。
「うおおおおおおお!」
それを、必死の形相で蔦をのばして受け止め、蓋を閉じるトリフィド。
「キサマ、なんて事…を……?」
語尾が間抜けに途切れたのには訳がある。克樹がさっきまで居たはずの場所に居ないのだ。
「やっぱり、火に弱いのか。確かによく燃えそうだよな」
声は、足下からした。
ジッポーにトリフィドが全神経を集中させている隙に、走り込んでいたのだ。
その手には、先ほど投げ捨てた銃が拾われていた。
トリフィドの体からにじみ出ている黒い液体にぴったりと押しつけ、引き金を引く。
薬室に残された一発の弾丸からあふれた火花は、たちまちのうちにその黒い液体に引火した。
……原油だ。
この吸血植物は、動物性蛋白を取り込み、原油を精製するという不可思議な特性を秘めているのだ。
ギガアアアアアアアアアア!!
降り注ぐ水をものともしない勢いで体中をはい回る炎に、トリフィドがすさまじい悲鳴を上げ、蔦をでたらめに振り回す。
「グッ!」
そのうち何本かは克樹をしたたかに打ち据え、肉が裂けて血が滲む。モーラの方も振り回されて壁に叩きつけられている。
緑と赤の狂乱の中、じりじりとトリフィドの体を登る克樹。
そして、ついに本体の前まで辿り着く。
「キサマキサマキサマァ! テメェも灰になるんだぞ! ワカッってんのかァ!?」
「いいや、オマエだけだね」
ドスッ
かろうじて人間の形を残している頭と、胴体。
その、心臓の位置に、白木の杭が突き立てられた。
さきほど砕かれたモーラのハンマーから拾ってきたのだと、理解したかどうか。
!!!!!!!!!!!!ァ!!!!!!!!!!ッ!!!!!!
あっけないほどの速度で、炎を上げない崩壊が終わった。
灰と、わずかな燃え残りも、降り注ぐ水に流され消えてゆく。
「ザマァ見やがれ、バケモノ」
怪物を倒して高揚するでもなく。いつものようにただ、呟いた。
「『オペラ座』より『城』へ。閉幕の準備は完了した。撤収されたし」
「了解。……むこうの準備は出来たみたいね。このあたりでいいわ。降ろして」
「大丈夫か?」
「ほとんど出血もないし、少し休めば動けるようになるわ。それより、あなたの方が危なそうだけど」
「かすり傷だよ、こんなもん。それに、あとひと仕事のこってるしな」
「……教えて。どうして、彼女のためにそこまでするの?」
「香月には借りがある。それに……」
「それに?」
「あいつのことは、結構気に入ってるんだ」
#12“劇終”
彼は氷細工のような人だった。
その名前の通りに、冷たくて、だけど綺麗な心を持っていた。
だけど、雪で作ったかまくらの中のように。
包まれると、とても、暖かかった。
ゆらゆらと、ゆらゆらと。
わたしの体が、揺られる。
水に浸かって冷えきった体に、沁みてくるような暖かさ。
肌に伝わる温もりをもっと感じたくて、頬をすりよせる。
────そう、こうして、そばに寄り添いたかった────
「香月……」
あの人が呼んでいる。
耳に聞こえるというよりは、体に直接響いてくる声。
その振動が心地よくて、腕に力を入れてすがりつく。
「っと」
ぐらり、と。
世界が傾いだ。
無限の奈落に落ち込むような感覚。
────ああ────
紗夜は、夢の終わりと、その先に待つ残酷な現実を覚悟した。
しかし、目覚めた紗夜の目に入ったのは、首をねじ曲げてこちらをのぞき込んでいる少年の顔だった。
いつものように愛想が感じられないその顔にも、見る人が見れば安堵が浮かんでいると知れたろう。
「ん? 香月。起きたのか?」
「ひ、ひひ、氷室くん!?」
「ああ。大丈夫か?」
よっ、とばかりに力を入れて克樹が体勢を変える。それでやっと、紗夜は自分が背負われていることを理解した。
「ご、ごめんなさい! いま降ります!」
わたわたと暴れるものの、まだ体に力が入らない。ただ体勢を崩して落ちそうになるだけの紗夜を、また、よっ、と力を入れて担ぎ直す克樹。
「無理しなくていいから。長い間水に浸かってるとそうなるんだとさ」
「ごめんなさい……」
「別に、あやまる事じゃない」
「……ごめんなさい」
なんとなくそのまま二人とも黙り込んでしまった。
静かな夜の道を、急ぐでなくゆっくりと歩く。背後で建物が炎を上げて燃えている。もう夜明けが近いのか、だんだんと夜が薄くなってきた。
「あの」
「あのさ」
「…………」
「…………」
あまりにも見事にかち合った呼びかけに、気まずい沈黙が流れる。
「あ、あの」
じりじりと近付く夜明けに追い立てられるようにして、もう一度紗夜が口を開いた。
「氷室くん……なんとも、ないの?」
「ん?」
質問の意味がとれず、怪訝そうな顔になる克樹。
「だから、その……わたしに……噛まれた、のに……もうすぐ、お日様も……その……」
要約すると、『眷属になったばかりの克樹に日の光は危ない』と言いたいのだが、言っている途中から自責の念がこみ上げてきて、きちんと言葉にならない。
それでも克樹には言いたいことが伝わったらしい。
「ああ、なんともないぜ。ほら」
といって襟元をはだけ、喉をさらす。傷ひとつない……というわけではなく、そこかしこが細かい傷でぼろぼろではあるが、『眷属』になったものの最大の特徴、『貴族の口づけ』──治ることのない二つの傷痕──は存在しない。
「え……どうして?」
目を見開く紗夜。その表情に、ふ、と表情を緩めながら克樹が応える。
「まあ……いろいろあってな。話すと長くなるんだが……
そうして、とつとつとこれまでのことを語る克樹。紗夜を狙っていた組織のことや、自分の体質のことなど。
「あむぁ・う゛ぁんぴぃあだっけか。なんだかそういうので、血を吸われたりしてもなんともないんだってさ。そういえば香月には悪いコトしたよな」
「え、え?」
「そういうのってさ、あんまりおおっぴらにして良いことじゃないんだって? ちょっと無神経だったよな。悪かった」
そうじゃない。
衝動を抑えられなかったわたしが。
吸血鬼のわたしが。
わたしが悪いのに。
氷室くんは、なにも悪くないのに。
そう言おうとしても、声が出ない。
涙が喉を詰まらせる。
哀しいのか。それもある。結局、自分が全ての原因だ。
怪物に襲われたのも、血を吸ってしまったのも。
だけど。
嬉しい。
もうしわけの無いほどに。
自分のことを気遣ってくれる人がいる。
そのことが何よりも嬉しい。
そのことを伝えたいのに。伝えなければいけないのに。
「ご……ごめんな…さい……」
結局出てきたのは謝罪の言葉。
「……だから、どうして泣くのかな……」
諦めたように克樹が呟く。しかし、すぐに思い直したように言葉を続けた。
「ん……まあ、いいや。それよりさ、ほら、これ」
そういいながらポケットから何かを取りだし、肩越しに紗夜へと押し付けてきた。
「……?」
赤黒く汚れた布。訳が分からないまま、押しつけられるままに手に取る。。
「あー、それさ、洗って返すつもりだったんだけど……なんか、ボロボロにしちまった。すまん」
そう言われてよく見ると、見覚えがあった。端の方に【Saya】の縫い取り。……自分のハンカチだ。
「それでさ、買って返そうと思うんだけど……俺、そういうの売ってる店って知らなくて」
「…………」
まだ、何が言いたいのか分からない。いや、分かりかけているのに、信じられない。
「だからさ、……買いに行くの、付き合ってくれないか? 香月」
「……うん……!」
やっとの事でそれだけ絞り出した。
まだ、きちんと言葉にならないけれど、伝えなければならない事がある。
こんな事の後でも、『普通』に接してくれる人に。
『ありがとう』を。
そのために、こっそり首筋に顔をよせる。
奪うためでなく、与えるために……愛を込めた、口づけを。
朝日が、二人を一つの影にまとめあげていった。
【COOL DOWN SIDE STORY “災禍鎮まりし夜”】 了。
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