COOLDOWN SideStories
【羽根が舞い散る夜】(1)
written by 木公



 このSSは、COOL DOWN(伊達将範)・ねがぽじ〜お兄ちゃんとよばないでっ!!〜(Active Software)・HELLLSING(平野耕太)・月姫(TYPE-MOON)・吸血殱鬼ヴェドゴニア(Nitroplus)・AIR(VisualArt's/Key)・パタリロ!(魔夜峰央)などの作品(順不同、敬称略)から世界観、キャラクター等を流用してパロディにしたものです。
 作品の性質上、各作品のネタバレを含みます。さらに、実在の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。
 ご了承下さい。

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 その日は、いい天気だった。
 秋の近づきを感じさせる涼やかな日。質量を伴うかのような夏の暑さはなりを潜めて、秋のよそおいを感じさせる澄んだ空が眩しい。
 きっと今日は、『天使が降りてくるような』そんな一日。



【羽根が舞い散る夜】#00“地上《ここ》より大空《そら》に”



 その日、鈴原 琴美(すずはら ことみ)は学校をサボって公園に来ていた。
 つい先日、今付き合っている大学生の彼との関係を親に反対されて、家を飛び出してきたばかりなのだ。
 単純な親への反発心もあったが、それまで知らなかった新しい世界を見せてくれた彼に、もっとついて行きたかったと言うのが大きい。
 いわゆる『箱入り』に育てられた彼女にとって、家と学校以外の全ては驚きと輝きに満ちていたのだ。
 そして、彼女は古い世界を捨てることを選んだ。
 家は飛び出した。学校には行きづらい……というか、親から連絡が行っていればその場で捕まるだろう。
(せっかく、剣道部で県大会の先鋒に選ばれたのにな……)
 僅かな後悔が胸を刺す。好きで決めたこととはいえ、友人と共に汗を流し、共有してきた時間を裏切ったような感覚は、心地よいとは言えない。
 ため息をつく。はいた息は白いかたまりとなり、そしてすぐに消えた。
 ふと、祈るように空を見上げる。
 目を刺すような青い空。それはあまりにも透明で、果てしなく。
 手の届かない遙かな高みを、
(……鳥?)
 影が通り過ぎてゆく。
 いつのまにか、周りには誰もいなくなっていた。
 街の喧噪も遙かに遠い。
 夢の中であるかのような静けさに、ふと夢想する。
(いま、目を閉じたら連れていってくれるだろうか)
 羽のない体を地上《ここ》に残したまま。
 悩みもしがらみもない、悲しいほどに綺麗な空へ。



 ……瞼を閉じる。



 ……頬に風を感じて、ただ、それだけ。









 秋の、冷たい風が吹く。
 一人の生きた人間がいたという証の、ベンチに残るわずかな温もり。
 鈴原琴美という少女が確かにそこにいたという、たった一つの痕跡を。



 白い羽根と共に、一陣の秋風が吹き消した。



 #01へ。

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【羽根が舞い散る夜】#01“デイト・ウィズ・ヴァンパイア”



 もうそろそろ雪の一つも降りそうな、冬のとある日。
 気温こそ低いものの太陽は中天にさしかかり、公園に取り付けられた時計は、じきに11時を告げようとしている。
 その時計の下で、一人の少年が人待ち顔でベンチに腰掛けていた。
 少年の名は氷室 克樹(ひむろ かつき)。これから、高校2年最後の冬休みに(一般の定義に照らし合わせると微妙ながら)彼氏彼女の関係にある同じ高校のクラスメイト、香月 紗夜(こうづき さや)とのデートとしゃれこむ予定である。
 整った顔立ちだが無愛想が服を着て歩いているかのような克樹と、美人ではあるが引っ込み思案な紗夜のなれそめには、まあそれなりの事件があったり、その後のデートでもちょっとした事件に遭遇したりしたが、その都度、二人で乗り切ってきている。
 そうした二人の間には確かな信頼が築かれつつあったが、紗夜によると『そういう普通じゃない状態で知り合った二人は、映画だとたいてい長続きしないですし……』とのこと。
『それは映画の話だろう』と思うだろうが、そもそもの出会いのきっかけからして映画じみていた二人だから、紗夜の不安ももっともと言えるだろう。
 克樹の側もそうしたいちいち可愛らしい反応をする紗夜を好ましく思っているから、こうして、なるべく『普通の』付き合いをするために努力を重ねているのだ。
 今時、『公園の時計の下で待ち合わせ』というシチュエーションもちょっとアナクロな気がするが、スレていないと考えれば好ましくすら思える。『あばたもえくぼ』とはよく言ったものだ。
【クールダウン】などと呼ばれて近隣の不良達から恐れられている克樹だが、そこは普通の男の子。女の子、それもとびきりの美人といっしょに過ごす時間が不快なわけはない。
(そろそろかな……)
 時刻はちょうど11時。約束の時間は12時だったが、もうそろそろ紗夜が顔を出すだろう。
 以前に待ち合わせたとき、体調を崩したまま約束の時間の2時間以上も早く待ち合わせの場所に来て、結局倒れてしまった紗夜を背負ってそのまま帰ったりするという事件もあった。
 その時に、無理をしないようによく言い聞かせたのだが、あの、万事に気をつかいすぎる少女はまた早めに現れることだろう。
 克樹の方もそれを見越して、少し早めに待ち合わせ場所に来ているのだ。
 彼女よりも早くここに来ていた自分を見たら、どんな顔をするだろう、というような悪戯心も多分にあったのだが。
 そう、例えば……
「ひ、氷室くん!?」
 こんな、驚きと嬉しさとがないまぜになった声をかけてくるのじゃないか。
「って本人か」
 目をやった先には、日本人形を思わせる清楚な美貌の少女が驚いたように立ちすくんでいた。これで和服を着ていればそのものだろうが、残念ながら(?)白いトレーナーに深い藍色のスカート。やはり寒いのか、上からえんじのカーディガンを羽織っていた。
 ブルージーンズにグレーのシャツ、茶色のコートを着込んできた克樹と色合いの上ではよく似ている。
 だからといって克樹の考えが伝わったわけでもなく、
「え?」
 克樹の意味不明な言動に、いよいよ紗夜は戸惑った。落ち着かなさげに時計と克樹を交互に見くらべている。
 視線の動きに合わせて長い黒髪がさらさらと揺れ、困惑に彩られた表情もまた可愛らしい。そんな紗夜を見て、
(成功)
 とばかりに口の端をわずかに歪めて笑みを作る克樹。なかなか悪人っぽい。
 そうしておいて、「時間、間違っちゃったのかな」などとうろたえ、混乱している紗夜になんでもない、と応えて手を取った。
「今日は、香月の買い物に付き合うんだよな。けど、ちょっと時間が早いからどこかでメシでも食おうぜ」
 あ、とか、え、とか言いかけた紗夜だが、克樹が握る手に力を込めると、結局、うん、と呟いて、寄り添うように歩き出す。
 今日の予定は二人で買い物である。以前、克樹が紗夜のハンカチを再起不能なまでに汚してしまったため、その替わりを買って返す事になっていたのだが。そうしたものに審美眼がない克樹は、独力ではふさわしいものを仕入れることが出来なかったのだ。
 よって、当の持ち主のお出ましとなった訳である。
 むろん、なかなかとれない二人っきりの時間を満喫したいという下心もあったのだが。
 ここの所ごたごたしていたために、久しぶりでゆっくりと会えるこの時間。遊び心から生まれたちょっとしたやりとりですら、貴重なひとときなのだ。楽しくなければ嘘だろう。
(今年は、テロリストだのマフィアだの、忙しかったからなぁ)
 他の人間からすればとんでもない感慨を抱きながらも、克樹と紗夜はゆったりした時間を夢想していた。
 しかし。
 そんな甘い夢をあざ笑うかのように、これから彼らが向かう店──最近出来た大型アウトレットモール『プエルタ』──にて、またも大騒動が待ち受けているのだったが。

 今はまだ、誰も知らない。



 #02へ。

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 英国王立国教騎士団。英国の国教(プロテスタント)を異教異端より保護するために生まれた、非公式の組織である。
 その最大の目的とは、『吸血鬼の根絶』。
 信じられないかも知れないが、実際に円卓騎士団──英国王室に仕える政財界の重鎮──に支持され、女王陛下直々に特権を下されているのだ。事実無根の話ではない。
 この機関は、19世紀に英国のみならず、全世界の夜を恐怖で塗りつぶした伝説の吸血鬼『伯爵』……彼を倒した英雄にして、この機関を設立した一人の博士の名前から。


 通称、『HELLLSING』と呼ばれる。



【羽根が舞い散る夜】#02“Her Majesty's Vampire”



 英国ウインゲーツ領。ヘルシング機関の長が爵位を下されたときに同時に与えられた土地であり、現在の領主はインテグラル・ファルブンケ・ウインゲーツ・ヘルシング。
 彼女こそが、現在のヘルシング機関の長である。
 その機関は、つい先日『ミレニアム』と呼称される組織に襲撃を受け、大幅に戦力を減じたばかり。現在は戦力の補充と情報収集におおわらわであった。
 運ばれてくる、見ようによってはなんの意味もないゴシップ記事や三流新聞のスッパ抜きに目を通す。99%が徒労に終わる、莫大な作業。しかし、裏の世界よりなお暗い……闇の世界の動向を探るためには必要な作業なのだ。
 そんな中、有力な情報をウォルター──インテグラに仕える老執事──が運んできた。
「こちらのファイルをご覧下さい」
 古びた紙の束がすっ、と差し出される。老いを感じさせない、隙のない動きだ。
「……731部隊…?」
 日本語の資料を写真として張り付け、英語で注釈を付けたもので、合衆国中央情報局(CIA)の極秘スタンプが押してある。……とうに期限切れのようだが。
「千年帝国(ミレニアム・オブ・エンパイア)……ナチス第三帝国の線からたぐりましたところ、当時日本と交流が深かったことを思い出しましたので。早速調べましたら興味深い資料が」
 731部隊。SSやアウシュビッツといったものがナチスドイツの暗部なら、この部隊は大日本帝国の暗部だ。中国大陸において非道な人体実験を繰り返し、現在までに分かっているだけでも数千人の被害者を出したとされ、『どれくらいまでなら死なないのか』を追求したその実験の数々は酸鼻を極めた。
 戦争の悪夢と歪んだ医学の狂気を並べ立てたような資料の中に、ひときわ目を引く単語が存在した。


【吸血鬼】と。


「これは……」
「どうやら旧日本軍にも、不死者の軍隊を作ろうとした者がいたようですな」



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========45号極秘。【石井文書】抜粋。

####独逸より例のものが搬入された。付き添いのSS少佐より講義を受ける。
    問題点は多いが、いずれ克服できよう。
####実験開始。まずは被検体の数を増やす必要がある。幸い、捕虜が数人ちょうど良い状態だ。以下に記す。
    4#歳男性。2#歳男性。#8歳男性。1#歳男性。#6歳女性。2#歳女性。#歳女性。……
####年齢が上のものは能力の劣った動死体となってしまった。男女の違いはないらしい。
    耐光処理の実験を兼ねて、日光にさらして処分する。#号試薬を使った者は##分ほど原形を保った。
####安定して『鬼』を創り出すことが出来るようになる。依然制御に問題が残るが、耐光実験も順調。
####======(全文が塗りつぶされている)======
####内地より検体が届く。わが国にもこのような者が居たとは。耐光性に非常に優れる。
####独逸の機関が壊滅的な打撃を受ける。いくばくかの資料はわが国が保護。以下に記す。
    ======(全文が塗りつぶされている)======
####終戦。内地====で研究を続け======


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「……つまり、日本になんらかの手がかりがある可能性は高いと?」
「そのようでございます。その件について、日本に派遣されている法王庁の勢力と接触を持とうと思うのですが」
「法王庁が? あの国に? あの国はカトリックでもプロテスタントでもないぞ?」
「それについては、こちらを」
 すっ、とわずかな弛緩もなく差し出される書類を受け取り、ざっと眺めるインテグラ。
「【領主】級の吸血鬼が三体!? なるほど、法王庁も放ってはおけまいな」
「殲滅戦力として第七司教が派遣されたようでございます。ですが……」
 含みを持たせるように、僅かに言いよどむウォルター。
「どうした」
「どうやら、滅ぼしたのは在野の狩人であるようで」
「ほう」
 興味を引かれたのか、眼鏡の奥のインテグラの目が見開かれる。
「公式には第七司教と『白い吸血殱鬼』の仕業となっておりますが、『夜魔の森の女王』の件については時期や手口に違和感が存在します。さらに」
 別の資料を取り出して言葉を続けるウォルター。
「【貴族】級の吸血鬼が起こした一つの事件を、全く無名の何者かが阻止したという情報も入っております」
 資料を手に、しばし考え込むインテグラ。その目線の先には、解像度の悪い写真が貼り付けてあった。凛々しい顔立ちに『世の中のことには興味がない』とでも言いたげな表情を張り付けた少年の写真。
「にわかには信じがたいな……『夜魔の森の女王』といえば二千年を過ごし、【領主】級の中でも特に【女王】と呼ばれるほどの存在だ。……どう思う? アーカード」
 その呼びかけに応えて。
 月光が差し込む窓。そこから外れた部屋の隅にわだかまっていた闇が蠢き、人の形を取った。
 彼こそはHELLSING機関の切り札。百年の時をかけ、人の手によって作り上げられた『黒い吸血殱鬼』……アーカードである。
「『彼女』は……」
 懐かしむように、しかし忌々しげに口を開く。
「彼女は、生きることに倦んでいた。おおかた、半分自殺みたいなものだろう」
「…………」
「…………」
 その口調に込められた悲哀と苛立ちに、インテグラとウォルターは何一つ応えることが出来ず。しばし沈黙の時間が流れる。
「それにしても」
 自ら作り出した沈黙を破ったのは、アーカードだった。
「この短時間でこれほどの情報とは。さすがだな、ウォルター」
「いえ、実はMI6いちの腕っこきに協力を要請いたしましたので」
「ほう、例の少佐か? あの男は我々を毛嫌いしていると思ったがな」
「人間、だれしも弱みはございます。そこを突けば少々主義に反することでもお願いできるというものでございます」
 その返答に、驚いたように目の前の老執事を睨むインテグラ。
「あの男を脅したのか? 殺人許可証を持ち、死神が後援者に付いていると噂のあの男を?」
「はい。これが彼の仕事に絡むような件でございますれば、ワタクシも生きてはおられませんでしょう。ですが、事は私的な、まことに私的な件でございました」
 その言から、もう一つの噂に思い当たり、インテグラは僅かに唇を歪める。
「……浮気か」
「さようで。こう申しますのもおかしな話でございますが、彼はこうしたことには潔癖でございまして。情事の写真を持ち込んでお話に及びましても、懐のものをワタクシに向けることはいたしませんでした。ただ……」
「ただ?」
「そうとう心証を悪くなされましたようで」
 その言葉にインテグラは苦笑で応え、アーカードは楽しくて仕方がないというようなニヤニヤ笑いを浮かべた。
「問題ない。もともと、彼のような現実主義者が我らの仕事に理解を向けるとは思えん。だが、信頼できるのか? こんな神秘学的な資料がMI6にあるとも思えんが」
 ぱらぱらとめくった資料の一部を指さして、インテグラが確認を求める。
「はい。そちらの方面に強いご友人がいらっしゃるそうなので、協力を求めました。どこか小国の国王だとかで……大きな声では言えませんが、大変な好事家で。たびたび法王庁から遺物をもらい受けるなど、深い交流があるようです。信頼できるかと」
「ふむ……よし。ウォルター、飛行機の準備だ。すぐに立つぞ」
 その言葉に、驚いたように応えるウォルター。
「インテグラさま自ら、でございますか?」
「護衛にはわたしがつこう。問題あるまい」
 間髪入れず、アーカードが申し出た。珍しいことだ。彼なりに何か思うところがあったのかもしれない。
「……了解いたしました。では、早速」
「すまんな。婦警と留守を頼む」
 左手で弄んでいた葉巻に火を付け、紫煙と共に決然とインテグラが言い放つ。
「この戦い、負けるわけにはいかんのだ」


 かくて、戦いの場は日本へ。



 #03へ。

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 このひと月にあった出来事が走馬燈のように目の前を駆けてゆく。
 親父が死んだこと。
 親戚に預けられていた俺が、実家である遠野の家に呼び戻されたこと。
 久しぶりに妹や、むかし遊んだ少女たちと再会したこと。
 不思議な先輩と出会ったこと。

 そして──



【羽根が舞い散る夜】#03“彼女は無邪気な夜の姫君(前編)”



「……あ……?」
 三途の川の渡し守に馴染みの挨拶をして別れて、どうにか現世に戻ってきた俺の視界に入ってきたのは、美しい女性の顔だった。
「あ、やっと起きた」
 ぼんやりと開いた俺の眼を真っ直ぐに見つめる赤い瞳。
 白く美しい頬は不満げに膨らんでいた。
(どうして俺は、寝起きにこんな美人に責められてるんだろう)
 どこかを打ったのか、頭がずきずきと痛む。その痛みを頼りに、現状を把握するべく記憶を探っていった。

 朝いつものように起きて……眼鏡をかけて、着替えて。
 そう、そこで下が騒がしいのに気付いて応接間に向かったんだっけ。こういうとき広い屋敷というのは不便だ。
 階段を降りて、応接間の扉をくぐった俺の目に映ったのは――

 ──人外大決戦だった。

 協会の礼服に身を包んだショートカットの女性。
 天然っぽい雰囲気を漂わせながらも、実は頼りになる人で普段なにかと相談に乗ってくれる、一学年上のシエル先輩である。
 しかし、今は別の顔──埋葬機関の殲滅戦力──として戦いに臨んでいた。
 どこから取り出したのか刃渡り60cmほどの剣を両手に四本ずつ。計八本も構えて、一気に全てを投げつける。あきらかに不自然な投法であるというのに、それらは獲物に向かってプロのナイフ投げでもどうか、というような美しい直線を描いて空気を切り裂いた。
 しかも、二つの標的を同時に狙って、である。。
 その標的の片方は腰まである長い黒髪の少女。裾の長い、シンプルだがデザインや素材の光沢から良いものと知れるドレスを自然に着こなしており、面立ちにも気品が感じられる。古い言い方をするなら『華族のお嬢様』といったところだろうか。事実彼女、遠野 秋葉(とおの あきは)は遠野家のお嬢様で、付け加えるなら俺、遠野 志貴(とおの しき)の血の繋がらない妹であったりする。
 丸腰の秋葉。そんな彼女には、襲い来る剣に為す術もない──かに見えたが。

 ざわり、と。空気が変質した。

 朱色の気配が周囲を包む。見れば、秋葉の髪も知らぬ間に赤く染まっていた。

 そして、キィン、と薄ガラスが砕けるような音を立てて、飛来した四本の剣が砂のように砕けて散る。
 遠野家に伝わる旧い血の力──秋葉のものは《略奪》と言ったか。任意の対象から熱量を奪い取るその力で、剣の熱量を零、すなわち絶対零度になるまで奪い取ったのだろう。
「っく……」
 しかし、その力の行使はよほどの負担になるのか、一声呻いてその場に膝をついてしまった。

 がきゅっ!

 鉄板を力ずくでへし折ったような音に注意を引かれ、もう一方に視線を移す。
 すると、ちょうど『彼女』が、飛んできた剣を素手で砕いているところだった。
 肩の辺りで切りそろえた金髪が、激しい動きで巻き起こされた風になびいている。白いセーターにミニのスカートという一見動きづらそうな服装も、『彼女』には問題にならないのだろう。服装がどうのというレベルを遙かに超えているのだ。
 シエル先輩も秋葉の限界を見て取ったのか、『彼女』に標的を定めたようだ。先ほどの四本は両者に対する牽制……次は、仕留めに来る。
「今日こそ、その存在を止めてあげますよ、不浄者」
 新しい剣──本当にどこから出てくるんだろう──を構えながら言い放つ先輩に、『彼女』は不敵にも腕を組んだまま言い放つ。
「やれるもんならやってみなさい。今のあなたがわたしに敵うと思うの?」
 挑発するように言い放つ『彼女』に、先輩は静かに剣を構えることで応えた。……やる気だ。

 刹那の静止。

 そして。

「はぁっ!」
 先に動いたのは先輩だった。両手に構えた八本の剣を、僅かにタイミングをずらして投擲。牽制の一撃を叩き落とした反射速度を考えれば、『彼女』に同一のタイミングでは通用しない。妥当な選択だ。
 しかし、
 ぎゃきぃっ!
 余裕の表情で微笑んだ『彼女』が大きく腕を振ると、ただの一降り、それだけで八本の投剣がたたき落とされる。
 だが、今度の剣はただの剣ではなかった。
「劫火よ!」
 ゴォッ!
 先輩の声に反応して、大気そのものが燃え上がったかのような激しい炎が巻き起こる。先輩の十八番、火葬式典だ。
 剣に呪を刻み魔術を乗せるこの技を、先ほど敢えて使わなかったのは『彼女』の油断を誘うためだろう。
 だが、直撃ではない。あの程度の炎では、『彼女』を止めるに至らない。
 それが証拠に、燃えさかる炎の中から『彼女』が走り出してきた。服がところどころ焦げているようだが、それ以外のダメージは無いようだ。
 だん! と床を蹴り、一直線に先輩へ向かって駆け出す。だが、『彼女』と先輩の間にはソファがある。避けるか、飛び越えるか。いずれにしても僅かなタイムラグは免れない。
 そして、その僅かな隙さえあれば先輩が次の攻撃を準備するのには充分なのだろう。
 しかも、はじめからあの炎は目くらましと見切りを付けていたのか、すでに先輩は別の武器を準備していた。

 それは、巨大な銃に似ていた。
 あるいは、手で持てるサイズに縮めた杭打ち機(パイルバンカー)だろうか。
 銃で言うなら銃身に当たる場所は単なる支持架で、その下に白く光る杭が装填されている。

 ──第七聖典。

 基督教が不死の怪物を滅ぼすために作り上げた、転生批判の弾劾書である。本来教義に存在しない転生という概念を持つが故に外典とされ、シエル先輩以外に扱う人はいないのだとか。
 ……先輩が好き放題に改造して、もはや『本』としての体裁は留めていないけど。
 もっとも、姿形が変わったとはいえその効果はすこぶるつきだ。あれを食らえばいかに『彼女』といえども無事では済まされまい。
 あの白く光る杭の正体は莫大な情報を内密させたもの(だから、一種の本であるとも言える──CD-ROMを本と呼べるなら)で、打ち込まれた不死者は、その存在を否定する摂理と法が記された『情報』の奔流によって消し去られるのだとか。
 右か、左か、上か。あるいは背を向けたとしても、炸薬により致命的な加速で打ち出される聖典の杭は『彼女』を撃ち抜くだろう。
 先輩が勝利を確信し、そっと引き金に指をかけたその時。『彼女』はだれもが思っていない行動に出た。

 ──そのまま突進したのだ。

 ドゴォッ!

 その細身からは信じられないようなパワーでソファを先輩に向けて蹴り飛ばし、その後を追うようにさらに突き進む。
「なっ!?」
 さすがに驚いて先輩が第七聖典を振り回し、飛んできたソファを弾きとばした……って!
「うわっ!?」
 こっちに向かって飛んできた!?
 視界を覆う怪しげな花の模様を最後の記憶に、意識が暗転した。



 #04(後編)へ

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 ──街で見かけたひとを殺してしまい、そのひとに一目惚れしたこと──



【羽根が舞い散る夜】#04“彼女は無邪気な夜の姫君(後編)”



「そうだ、あのソファをまともに食らって……」
 その後の記憶はない。だが、結果は想像できた。そのまま突っ込んだ『彼女』の体当たりか何かで先輩が吹っ飛ばされて、決着したのだろう。
 秋葉はまだ消耗から立ち直っていないようだし、シエル先輩は……壁にめり込んでる。
 つまり、今朝の大決戦の勝者は、目の前のこの美女。
 吸血鬼という、ヒトを遙かに凌駕する力を持った種族。
 その中でも王族の証とされるブリュンスタッドの名を継ぐ、最強の吸血姫。
 ──アルクェイド・ブリュンスタッド。
「志貴ー? 大丈夫? 打ち所悪かった?」
 なかなか動き出さない俺を見て不安になったのか、目の前で手をパタパタと振ったりする子どもっぽい仕草からは想像もつかないのだが、

 彼女こそは、
 俺が、殺してしまって。
 そして、好きになった相手。

 退魔の血を継いだ俺には、アルクェイドのような『違う者』に対しての殺戮衝動みたいなものがあるらしい。
 多分、初めてがアルクェイドだったのは幸運だったんだろう。
 殺しても死なない彼女のおかげで、自分が殺人鬼だという罪の意識にそれほど悩まされずにすんだし、あれ以来、抑えきれないほどの衝動を覚えることもない。
 おそらく、【最高の獲物】であるアルクェイドを仕留めたことによって、次善のモノに対しての興味が薄れたんでしょう……とは当の本人の談。言外に『わたしってすごいんだぞ(はぁと)』という空気を漂わせていたのは気付かなかったことにした。
 アルクェイドの方も、俺のことを気に入ったらしい。最強の吸血鬼である彼女を『殺せる』存在などそれまでなかったので、新鮮だったのだとか。
 当初は復讐にそれこそ俺を十七つに引き裂こうと思っていたらしいが、『殺された』ことによるダメージが大きく、当面の使命──吸血鬼狩り──に支障をきたしていたこともあって『盾になればイイや』くらいの気持ちで俺に手伝いをさせていたのだ。
 それが、しばらくそうして一緒にいるうちに、殺意が興味に取って代わったらしい。
 今まで『吸血鬼を狩る』以外の事をしてこなかったというアルクェイドは、それ以外のこと全てが新鮮に映ったのだろう。
 俺の方も、なにを見せても面白そうにする彼女の相手は楽しかった。
 常識を吹っ飛ばした行動──朝一番に窓から忍び込んできたり、たまに玄関から来たかと思えば秋葉や先輩と大決戦を演じてみたり──には頭が痛くなることもあったけど。
「わたしだよー? ほらほら、らぶりーアルクー♪」
 ワケのわかんない台詞と共ににぱっ、と笑ったりするコイツと一緒にいたい、と、はっきり思う。
 そのためにも、とりあえずは。
 ……これ以上騒ぎを大きくしないようにきっちり話を付けないとな。
「アルクェイド」
「あ、起きた? 今日は何して遊ぼうかー♪」
「朝っぱらから家壊すなって言ってんだろ! このばかおんなっ!」
 やわらかそうなほっぺを指でつまんで、むにむにと引っ張り回す。
「ふぇ〜〜らんふぇ〜?」
 真っ赤になった頬をさすりながら、アルクェイドが弱々しく抗議する。
「だってー。志貴と早く遊びたかっただけなのに、デカしり女と妹が邪魔するんだもん」
 ……う。涙目で拗ねたように可愛いらしい台詞をはくアルクェイドに、ちょっとどきどきしてしまった。
「先輩と秋葉にも言っておかないとな……」
 上気した頬を見られないようにアルクェイドに背を向けて、先輩と秋葉の方に向かう。
 壁にめり込んでいた先輩に、手を貸して引っ張り出す。たいがい丈夫だなぁ、この人も。
「ほら、先輩。大丈夫ですか?」
 弱々しく微笑みながら、壁の欠片をパタパタとほろう先輩。
「あはは……すいません、遠野くん。不覚をとりました」
「それはいいですけど。先輩は大人なんですから、アルクたちといっしょにはしゃがないで下さい」
「う゛……そ、そうですね、ごめんなさい」
 微笑みが苦笑いになってしまった。普段はいろいろと相談に乗ってもらったりする頼りがいのある先輩だが、こういうときはなんだか可愛い感じになる。
 おねがいしますよ、とため息混じりに応えて、次は秋葉の所へむかう。
「秋葉」
 床にへたり込んで、肩で息をしている妹にちょっとキツめに声をかける。
「おまえも年頃の女の子なんだから、もう少しおしとやかにした方がいいんじゃないか?」
「わっ、わたしは! 遠野家の当主として、兄さまがこんな未確認生物や教会の殺し屋と付き合うことを認めるわけにはいきません!」
「それを言ったら俺だって殺人鬼だよ……ほら、立てるか?」
 苦笑しながら、力の入らない両手で上体を押さえている秋葉に手をさしのべる。ちょっとの間、下から睨みつけるようにしていた秋葉だが、おずおずと俺の手を取って立ち上がった。
「……だったら、もう少し行動を自重なさって下さい! そもそも兄さんが……」
 あ、いかん。説教モードだ。

1.このまま秋葉に付き合う
2.先輩の用事を聞く
3.アルクェイドと逃げる

 ……3。
「アルクェイド」
「ん?」
「逃げるぞ!」
 手に手を取ってダッシュで逃げた。休日の朝から訊ねてきてくれた先輩の用事も気になったが、せっかくの休日を秋葉の説教で潰したくない。
 後ろの方で先輩が秋葉に捕まっているようだ。が、尊い犠牲という事にしておこう。
 ……ごめん、あとで埋め合わせるから。
 心の中で手を合わせて、アルクェイドと一緒に走る。とりあえずほとぼりが冷めるまでどこかで時間を潰そう……と、思ってふと隣を見ると、服のあちこちが焼けこげたままの美女がいた。
 まずはこれを何とかしないとなぁ。
「アルクェイド、お金持ってるか?」
 屋敷から離れ、そろそろ追ってこないと見切ったあたりで立ち止まってそんなことを聞いてみた。
「んー、こんだけ」
 スカートのポケットから取り出されたのは財布ではなく、輪ゴムで束ねた紙幣の束だった。いいけど、別に。
 ざっと見で厚さを測っても、服の一着や二着は買えるだろう。
「よし、まずはお前の着替えを買いに行くか!」
「あ、志貴が選んでくれるの?」
 期待に満ちた眼差し。正直、服にはあんまり詳しくないんだけど……。
 まあ、いいか。
「どこにするかな。確かこの間、でっかい服のデパートみたいなのが出来って言ってたけど」
「あ、わたしはどこでもいいよ」
「じゃあ早速行くとするか!」
「うん!」
 そう言って、にっこり笑うアルクェイド。やっぱりイイ笑顔だなぁ。

 ……この時の俺は、この笑顔のために以前死ぬ目にあったことをきっちり忘れていた。
『歴史は繰り返す』とでも言うのだろうか。
 俺達が向かった先、アウトレットモール『プエルタ』にて。
 やっぱり死ぬような目に遭う事件が待ちかまえているなんて、想像もしなかったのに。



 #05へ。

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 その日は、どうということのない日常であるはずだった。
 何か前触れがあるわけではない、何の変哲もない日常。
 天気は特別良いというわけではないけど、それなりに晴れていた。
 窓から少しはずれたまひるの席は、ちょうど顔を避けて体に日光の恵みがもたらされ、それがよほど心地よいのか小さな頭が船をこいでいた。
 だけど、日本史はちょっと気になる先生だとかで、よく見てもらいたいらしくて真面目に受ていた。
 テストも近いし、また、勉強を見てあげないといけないだろう。
 昼休みには、あのコのお気に入りの屋上のベンチで、一緒にお弁当を食べた。
「最近は寒いわね」
 いい加減外で食べるのは辛い季節になってきた。わたしがそう、遠回しに皮肉を言うと、あのコは
「そう? 今日は晴れてるし、あったかいよ?」
 なんて笑っていた。
 お弁当のおかずを交換した。ちょっと焦げたコロッケと、好物なので毎日入れているタマゴ焼きとの交換。
「香澄のタマゴ焼き、おいしいねぇ。もいっこちょうだい!」
 略奪された。怒ったふりをしてみるけど、そう言われるのは悪い気はしなかった。
 体育は、バレーボールだった。めっきり寒くなっていたから、屋内授業が増えていた。
 着替えの時、同学年の女子に比べて見劣りする自分の胸囲に、まひるがいじけて、隅の方で着替えていたのもいつものこと。
 そんな普通の日。
 だから、予想もしなかった。
 いつか来る、幸せな日々の終わりがその日に。
 しかも、あんな形で来るなんて。

「まひる……あんた……それ……男の…子!?」

「ふぇ?」

「「「えぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!!??」」」



【羽根が舞い散る夜】#05“わたしは天使じゃない”



 カツカツカツカツ……
 チョークが黒板に擦られ、白い粉がまき散らされる。
 どこにでもあるような平凡な授業の風景だ。教師が黒板に英文を書きつづり、生徒たちは顔を上げたり下げたりしながらそれをノートに書き留める。
『生徒たち』と言っても一かたまりの生物ではない。いろいろな顔がある。
 日焼けした顔を立てた教科書に隠しながら、一足先の昼食を採っている男子。
 ノートの切れ端に他愛のない伝言を託し、人づてに無言の会話を交わす女子。
 木の葉も落ち、すっかり寂しくなりつつある窓の外を見つめる髪の長い女子。
「桜庭(さくらば)、ここの英文を訳してみろ!」
 窓の外をぼうっと見ていたその少女を、いらだちを隠そうともせずに教師が怒鳴った。
 がたり、と椅子をならして立ち上がる。170を超える長身に、腰まである長い髪をゆらして真っ直ぐに立つ姿は、整った容貌とあいまって女神像のようだ。
 取り立てて表情らしい表情も浮かべずに、黒板の文字に目を走らせた。読みづらい筆記体が、汚い書き方のおかげでよりいっそう読みづらい。
 集中して聞いていたとしても判読するのは困難だろう。しかし、
「壁が崩れる、夜が血を流す
 あなたは自分の匂いを袋小路に残してしまう
 わたしの中の感覚が炎の中で甦る
 親愛なる君へ、最後は小鳥のように……」
 読み終えた少女は、歌うようにすらすらと訳して読み上げる。
「よ、よし。座ってよろしい。……ああ、まり授業中によそ見をしないようにな」
 狙いを外されてしどろもどろになりながらも、何とか取り繕う教師。他の生徒達がクスクスと忍び笑いをもらす。
「(桜庭さん、さすが〜)」
「(ザマァ見ろ)」
「(だけど、なんかちょっと怖いよね)」
「(ああ、桜庭さん、その冷たい表情もステキっす〜)」
 話題の中心になった少女……桜庭香澄(さくらば かすみ)は、それらをとくに気にした風もなく、はい、と気のない返事だけを返してまたぼうっと窓の外を見る。
 別に、授業が嫌なわけでも、外の風景が気になるわけでもない。

 ……教室の中を見ていたくないのだ。

 一クラス38人中、たった一つの空席。
 その、空いている席を見るたびに、香澄の中にどうしようもない感情がわき上がる。
(まひる……)
 桜庭香澄にとって最も大切な友人である、広場(ひろば)まひる。

 そのまひるが、実は男だったというあの事件から、二ヶ月。

 まひるは、ひょっこり戻ってきた。

 以前と変わらない、下手な女の子顔負けの笑顔のまま。

 当然、クラスメイトや先生方からは嫌な顔をされた。露骨に『学校を辞めろ』と言わんばかりの態度を示す連中もいた。
 以前は和気あいあいとファッションの話をしていた女の子たちも、あからさまにまひるを遠ざけようとしている。
 以前はにやにやしながらまひるを見ていた男子も、今は目をそらして合わせようとしない。
 まひるが思いを寄せていた日本史の先生は、『君みたいのが居ると学校の風紀が乱れる』と面と向かって言い放った。

 それでも、まひるは笑っていた。

 まわりの冷たい視線に気付いていないはずはないのに、以前と同じく。

 香澄はそれが腹立たしく、まひるを受け容れさせるために様々な手段を講じた。

 ちょっとでも男らしくすれば違和感も減るだろうと思い、まひるに男の格好をさせてみたり。
 なにかのはずみでいきなり退学させられたりすることの無いように、学校側に貸しを作ろうとしてみたり。
 結局はあまり上手くいっていないのだが。
『男らしく』させると言っても、当の本人が今ひとつ乗り気ではない――あたりまえだ。その気があったら始めから男の格好で来るだろう――し、何より香澄本人にも明確なビジョンがあったわけではないので、『男装の美少女』が出来上がるにとどまった。
 学校に貸しを作る……その手の裏工作に明るい友人も居たのだが、シャレにならない事態を招きそうだったので、遠慮して置いた。
 替わりといってはなんだが、ある情報を得ることが出来た。
 数日前から行方の分からない女生徒が居るのだ。
 話によると、大学生の彼氏と暮らすために家出したらしい。
 この学校は格式だけは高いので、体面を気にして表沙汰にしていない。
 だから、事が大きくなる前にその彼女を連れ戻して学校に引き渡せば、学校側に貸しになるだろう……と言うものだった。
 しかし、探偵でもない香澄に、そうそう行方の知れない少女が見つかるはずもない。
 だが、何かをせずにはいられなかったのだ。

 ……コーン…カーンコーン……

 つつがなく授業が終わる。まひるの欠席の理由が気になったが、連絡があったということは、それほど急を要する事態になっているわけでもないのだろう。
(おおかた、変な寝方して首のスジでも違えたんでしょう……)
 後で、顔を出しに行く……そう決めて、行方不明の少女を捜すために香澄は席を立った。
(今日はあそこを回ってみようか)
 ちょっと前に出来たアウトレットモール『プエルタ』。遊ぶ場所もあるし、豊富な品をそろえた店内は学校をサボった少女が暇を潰すのにはもってこいだろう。
 場所が少し離れているから、先生方の目も届きづらい。
 ふと思う。こんな時、まひるならどうするだろう。優しいけれど、後先を考えないタイプだから、駆け落ちの手伝いくらいはしそうである。
(だけど)
 私利を求めて香澄は動く。世界が、まひるの優しさを認めないのなら。
 それほどまでにこの世界が残酷なら。

(わたしだけは、まひるを守る)



 その想いは、すぐに試されることになる。



 #06へ。

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 アウトレットモール『プエルタ』……地下二階、地上六階、全八階建ての建物は、不況のアオリで倒産したデパートをいくつかのブランドや事業家が共同で買い取り、改装した物である。
 ファッションや電化製品等、流行の移り変わりが早いものは、どうしても大量の在庫を抱えるハメになる。
 それら、余りの在庫を破格の値で処分するのが、アウトレットである。
 各種企業の参入により、ここ『プエルタ』の品揃えは豊富だ。
 服飾、電化は言うに及ばず、スポーツ用品に玩具、家具や各種工具など、百貨店でもどうかというほど多岐に渡る商品が取りそろえてある。
 さらに、最上階のレストランフロア、一階のティーラウンジ、地下階の生鮮食料品売り場などはそのまま残され、様々な客層をキープしている。
『良いものを安く、一時に揃えることができる、くつろいだ空間』
 これが、プエルタが開店からわずか一月で地元の顔になった理由だろう。
 他にも、吹き抜けになった中心部分に設置された、日本最大級といわれる大型プラズマビジョンなど、話題には事欠かない。
 家族、カップル、あるいは友人……平日、休日を問わず、様々な人で賑わいを見せるプエルタ。そこは、まるで華やかな舞台のようだ。

 その舞台に、初々しいカップルが登場した。

 言うまでもなく、氷室克樹と、香月紗夜である。



【羽根が舞い散る夜】#06“太陽と月が出会って”



 四階。この階には女性向けの小物を扱う店舗が主に集められていた。
 例えば、香水やアクセサリーや……ハンカチであるとか。
「えっと……こんな感じだっけか?」
 なにやら様々な種類の物が並ぶ中から一枚手にとって、紗夜に見せる。
 紗夜が以前克樹に貸した物とは、『白い』ということ以外にまったく共通点がないそれ。しかし、値段だけは立派な物だった。
「あの……氷室くん、それ……」
 控えめに紗夜が指さす値札には、『¥2,000』と印刷されている。
 二千円。アウトレットでこの価格と言うことは、もとはもっと高い物だろう。
「……」
 つられてのぞき込んだ克樹も一瞬固まる。たかが布一枚が、これほどするとは思ってもみなかったのだ。
「あ、こ、これ! これが、前に氷室くんに貸したのと同じのです!」
 微妙な空気を読んで取ったのか、紗夜が手近な品を克樹に渡す。実は、ここに立ち寄ったときから見つけてはいたのだが、克樹と一緒にいる時間を延ばしたかったのと、あからさまに言うとねだっているような感じがするのじゃないか……という気後れから言い出せずにいた物だ。
「あ、そ、そうか? じゃあ、これください」
 といって、品物を店員に差し出す克樹。店員が苦笑いをかみ殺していたのは、言うまでもないだろう。



(まいったなぁ……)
 表向きこそ普段通りを装って普通に歩いてはいるものの、克樹は内心穏やかでなかった。
 どうも、紗夜が絡むとスマートにことが運ばない。
 それはおそらく、香月紗夜という少女がこれまでにないポジションにいるためだろう。
 敵対するなら、潰せば終わりだ。
 そうでないなら、無視すればいい。
 かろうじて、父親と親しいあの刑事とは友情らしき物が存在したが、それも向こうから関わってきてこそだ。
 シンプルな対人関係を築いてきた克樹にとって、初めての『自分から何かをしたい』相手。
 この関係において、どういう行動がベストなのか……実は克樹もきちんと掴んでいないのだ。
 意識しすぎる。そうかも知れない。現に、いまも遠慮気味についてくる紗夜のことが気になって仕方がない。
 間抜けなところを見せてしまった、とか。何も喋らないのは気まずいだろうか、とか。
(ああくそっ!)

 ぽきゃっ

「んきゃっ!?」

 ヤケになりかけた思考を途切れさせたのは、克樹の足に当たった小動物が上げた悲鳴だった。
 もとい、小さな女の子を蹴飛ばしてしまったようだ。ちょうど脇の店から出てきたのに気付かなかったのだ。
「あ、わりぃ。大丈夫か?」
 面白いようにコロコロ転がった少女に手をさしのべる克樹。
「あいたたたたた……うー、こっちこそごめんなさいー。ちょっと急いでたんで……」
 その手をつかみ、頭を掻いて言い訳をしながら、よたよたと──体に不釣り合いな大きさのスポーツバッグを背負っているせいでバランスが悪いのだろう──立ち上がる少女。
 ふと、視線が合った。
「「あれ?」」
 記憶を探る、一拍の間。そして、
「広場?」「克樹くん?」
 ほとんど同時に思い出した。
「なんだ、久しぶりだな……中学の時以来か?」
「克樹くんこそ、おひさー♪ 元気してた?」
「まぁ、それなりにな……」
「なになに、今日はどしたの? ……もしかして、後ろの彼女とデートぉ?」
 いかにも『楽しくてたまらない』という感じで声をかけてくる少女に、
「まぁ、そんなもんだ。……香月?」
「…………」
 苦笑混じりに応え、お互いを紹介しようと紗夜を振り返ったとき。
 無言で少女を見る紗夜の姿に、克樹はなにか違和感を感じた。
 見る、と言うよりは、睨みつける。そんな姿勢。
「香月?」
「…あっ? えっと、な、何?」
 なんだか慌てた様子。おそらく自分でも気付いてはいなかったのだろう。
「こいつは、広場まひる。俺の中学の同級」
 よろしくー、と、人なつこく笑うまひる。そこには邪気の欠片もない。
「で、こっちが……まぁ、……友達の……」
「香月紗夜です。よろしく」
『恋人』という単語には照れがあったか、言いよどんで結局『友達』という無難な紹介に留めた克樹を遮るように、紗夜が自己紹介をする。
「紗夜ちゃんだね、よろしくー」
 微妙に刺のある紗夜の態度に怯むことなく──気付いていないだけかも知れないが──握手を求めて手を出すまひる。
 それに、どうも、と応じて紗夜が握り返す。
 見た目は和やかな構図であるが、そこに流れる空気は張りつめた物だ。
 もっとも、当の本人達に自覚はないようだが。
「しかし、このバッグはなんなんだ?」
 とにかく話を変えようと、目に付いた物について話をふる克樹。何気なくまひるが背負うスポーツバッグに触ろうと……
「わっ!? ダメダメダメ!!」
 大慌てでバッグをおさえて飛びすさるまひる。
「別にとりゃしないって。歩きづらそうにしてるから何が入ってるのか気に…」
「中も見るなーっ!!」
 大騒ぎ。周囲の人の目が胡乱なものを見る目になっている。
「わかった、悪かったって……?」
 手を退いてあやまる克樹。そのとき、人混みの中から飛び出してきた人影があった。

「まひるに何をするかーっ!!」

 叫びと共に、ズシン、と音がするような踏み込みから放たれた真っ直ぐな突きが、克樹の鳩尾を貫く。

「ぐふっ!?」

 両手を上に挙げていたために防ぐことも出来ず、まともに食らって膝をつく克樹。
 さらにその人影は流れるように一歩踏み込み、とどめの体制に入る。その動きには一瞬の躊躇もなく、喧嘩慣れしているか……あるいは、なんらかの覚悟を決めた人間のそれだ。
「テメ……ッ!」
 キレかかる克樹。……が、しかし。
「氷室くん!」
 と、紗夜が克樹に覆い被さるようにしてかばい、
「待った待った待ったーっ!! 香澄香澄、誤解誤解っ!」
 乱入してきた人影には後ろからがっし、とまひるが抱きついて止める。
「きゃーっ!? どこ触ってんのよあんたわっ!」
 身長の関係から腰より少し上……なかなかに豊かなバストをがっちりとホールドしたまひるに、

 ごす。

 手加減の感じられない一撃が決まった。
「きゅう」
「あ、ごめん、つい」
「……あんた、そいつを助けにきたんじゃないのか」
 毒気を抜かれて、おもわずツッコミをいれる克樹。
「じ、事故よ、事故」
 目をそらすあたり、罪の意識はあるようだ。
「すいません……とりあえず、場所を変えませんか?」
 抱きついていた手をそっと放し、おずおずと紗夜が言い出す。
 その言葉に我に返った二人……克樹と香澄があたりを見回すと、いつの間にか一歩どころか五、六歩ひいた群衆に囲まれていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「きゅー…」



『なんでもありませんから』という紗夜の言い訳に空しさを感じつつ、騒ぎの元凶──いまだに目を回しているまひる──を担いで、逃げ出すようにその場を離れる克樹達だった。



 #07へ。

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 少々時間はさかのぼり、もうすぐ昼になろうかというころ。
 プエルタに出向いてきていたアルクェイドと志貴の二人は、服一着選ぶのにも大騒ぎしていた。

「ねーねー志貴ー。これ似合うかなぁ?」
 カシャッ。試着室のカーテンが軽快に開かれ、下着姿のアルクェイドが姿を現す。
「服を着てから出てこんかこのばかおんなーっ!」
 ガシャッ! 試着室のそばに立っていた眼鏡の少年──遠野志貴──が怒声と共に彼女を押し込め、乱暴にカーテンを閉じた。
「えー、だって、わたし鏡に写んないんだもん。志貴に見立ててもらわないと可愛いかどうかわかんないし」
 今度はひょい、と隙間から顔だけ出して志貴に話しかけるアルクェイド。いきなり怒鳴りつけられてちょっと不満げだ。
「だ、だったら呼び込むなりなんなりあるだろうが! ……それに、そういう格好をあんまり他の人間に見せるな」
 ちょっと顔を赤くしてささやき返す志貴。その言外に含められた意味に気付いて、
「うん、じゃあそうするね♪」
 にへ、と相好を崩して試着室に引っ込むアルクェイド。
 ……ふと、志貴があたりを見渡すと……
「(若いっていいねぇ)」
「(けっ、見せつけやがって)」
「(う、うらやましい……)」
「(仲良き事は美しき事哉)」
 和みやら嫉妬やら羨望やらいまひとつよく分からないものやらの、物言わぬ雄弁な視線を集めまくっていた。
(……疲れる……)
 まったくもって。



【羽根が舞い散る夜】#07“シエル先生の鼻薬”



 さて、志貴が羨ましい悩みに神経をすり減らしていた頃。
 ヴァチカンは埋葬機関の第七司教、シエルは別な意味で神経をすり減らしていた。
「ええと……遅れてしまったことについては大変申し訳なく思っていましてですね……」
 英国国教会から日本にやって来たエージェントとの接触を命じられていたのだが、朝っぱらからの戦闘で約束の時間に遅れてしまったのだ。
 それも、よりにもよって。
「…………で?」
 英国王立国教騎士団<HELLSING>の長、インテグラ卿と。
「…………」
 そこの最大殱力、不死者アーカードを相手に。
 無論、むやみに萎縮しているわけではない。
 だが、実際に会って初めて、『たかが異端の徒とそれに従う不浄者』と侮っていた自分の認識の甘さを思い知ったのだ。
「ですから、ネロ・カオスとミハイル・ロア・バルダムヨォンは私とアルクェイドが倒しました。それについての見解並びにレポートはすでにそちらにも回っているとおりです」
 殺(や)り合ったなら、勝てるのか。当たり障りのない受け答えをしながら考える。
 すでに一度、アンデルセン神父が戦(や)り合い、驚くべき事に駒を退いているのだ。
「日本イノヴェルチについては、私の到着前の出来事でしたから詳細は不明です。モーラとフリッツというフリーのハンターから賞金の要請が出ていましたから、おそらくは彼らなのでしょう」
「違うな」
 割り込んだアーカードの声に、思わず服の下の黒鍵に手を伸ばすシエル。が、寸前で押しとどめた。
「なにが、です?」
 思っていたよりも萎縮している自分に内心舌打ちしつつ、ギリギリの平静を装って問い返す。
「それでは足りんよ。“女王”も“混沌”も“蛇”もそうたやすく討ち果てるものではない。
 ……まだなにかあるはずだ。キサマたちが隠しているなにか。キサマたちが気付いていないなにかだ」
「そう、我々はその『なにか』に用があるのだ」
「そんなものはありません」
 アーカードの問いかけを継ぐように発せられたインテグラの問いに、即座に答えるシエル。しかし、
(失敗した! 否定が早すぎた!)
 表には出さずにほぞを噛む。案の定、頑なに過ぎるシエルの態度からなにかを読みとったのだろう、インテグラがずい、と身を乗り出してきた。
「はるばる英国からやってきた我々にそれはないだろう? もっとも、我々……英国国教会と法王庁との間にはいろいろと確執もあることだ」
 シエルはあくまで表情を変えない。ここまで来たら、なんとかしらを切り通すしかない。
「そこでだ」
 白い手袋に包まれたインテグラの手が、ことり、とテーブルの上に物を置く。
「これはあくまで我々の好意のしるしなのだが……」
 すっ、と手がひかれ、置かれた物──金属の缶──の姿が明らかになる。
 それを見た瞬間、シエルの目の色が変わった。
「こ、これはっ!?」
「S&B社の英国王室御用達(ロイヤルブレンド)……今年の最新作だ。第七司教どのはカレーがお好きと聞……」
「しかたありませんね、他言無用でお願いしますよ」
 言い終わる前に缶詰のカレー粉を懐にしまい込むシエル。カレーマニアである彼女にとって、ある意味どんな賄賂よりも価値のあるしろものなのだ。
「あ、ああ」
 あまりの効果に少々あっけにとられながらも、話を聞く体制に入るインテグラ。アーカードは先ほどから小揺るぎもしない。……呆れているのかも知れないが。
「『ミレニアム』……これについて知りたいのでしょう?」
 すっ、と差し出される一枚のレポート。
「ヴァチカンでも最優先での調査が進められています。そうして調べられた中に、これがありました」
「『石井文書』……」
「そう。二次大戦当時、ドイツとここ、日本が蜜月の関係にあったのは周知の通りですが、このような所でも繋がっていたのですよ」
 どこに行っても愚か者の種は尽きませんね、と薄く笑って指を組むシエル。
「見てすぐに分かったということは、この程度の情報はあなたがたも掴んでいたのでしょう? ここからが本題です。
 ……結論から行きましょうか。
 石井四郎中将直属の特殊部隊が、生き残っています」

 緊張が走った。怯えではない。
 ──獲物を見つけた狩人のそれだ。

「わたしには法王庁からその狩り出しと、あわよくば現ミレニアムについての情報収集……という命が下っています」
 シエルが説明を終え、僅かに沈黙が支配する。
 その沈黙を破ったのは、インテグラだった。トン、と指でテーブルを弾いて話し出す。
「だが……どうして我々にそんな話をする?」
「カレーのお礼……冗談ですよ。睨まないでください。正直なところ、わたしの方も手詰まりなんです」
 アテにしていた協力者にもフられましたしね、と肩をすくめるシエル。
「ですからこの際、えり好みせずにちょっと手を貸してもらえるとありがたいんですよ。まだ、ロアの残した眷属の狩り出しとかやることは沢山あるのに、この地域に派遣されてる法王庁の戦力はわたし一人なんですから」
 わりと本気の疲れを滲ませて肩を落とすシエルを見て、インテグラも考えを巡らす。
(ふむ、ここでヴァチカンに貸しを作っておくのも悪くないが……)
「アーカード、どう思…う…?」
 思わず言葉を飲む。凶相。そうとしか表現しようのない表情がアーカードの顔に浮かんでいたのだ。
 そして、その視線の先には。
「久しぶりだな、姫君」
「別に会いたくもなかったけどね」
 荷物を持った志貴を従えて。真祖の姫君こと、アルクェイド・ブリュンスタッドが腕を組んで立っていた。
「ずいぶんと腑抜けたようだな」
「あなたこそ、いつのまにヒトに飼われるところまで落ちぶれたのかしら?」
 ふっふっふっ、と笑い会う二人。一言交わすごとに、大気が煮え立つような悪意が流れ出す。
「久しぶりに楽しく戦えそうだ」
「わたしもねー、ちょっとリハビリとかしておこうかなー、と思ってたんだ」
『そこらに遊びに行く』とでも言うかのような気軽さで二人同時に席を立つ。
(不味い!)
 口に出さずとも、シエル、志貴、インテグラの三名ともに思いは同じだった。こんな人目のある場所でこの二人が戦えば、大騒ぎは免れない。
 なんとかして止めなければ……しかし、本気で闘気をぶつけ合う超上級の吸血鬼二体に、取り入る隙が見つけられない。
 場の緊張が最高潮に達し、次の瞬間には血風吹きすさばんとしたその時。

 とんっ。

「うきゃっ!?」
 通路に踏み出したアーカードの足に、何かがぶつかる音がした。
 少女だ。どこかの高校のものだろう制服に身を包み、背中に不似合いなスポーツバッグを背負っている。
 全速力で走ってきたらしく、割と勢いよくぶつかったようだが、当然アーカードはびくともしない。むしろ、少女の方のダメージがなかなか深刻なようだ。痛みに耐えるように顔を押さえて、うずくまってしまった。
「う〜〜〜〜〜〜……」
 しばらくそうしていたが、目の前にあるもの──アーカードの足──に気付いて上を見上げる。
「……わ、ガイジンさんだ」
 そんな第一声で、自分の状況を確認したらしい。まわりの空気に気付いているのかいないのか、人なつっこそうな笑顔でアーカードに話しかける。
「え、えーと、その、あいあむそーり! べりーふぁいんさんきゅ! あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ! ぢゃ!」
 しゅた、と敬礼するように手を額に当てて、そのまま走り去ってしまった。

「…………」
「…………」

 俗にこの雰囲気を、『戦場を天使が通り過ぎた』という。
 ぎりぎりまで張りつめていたなにかが消え去り、昼下がりにふさわしいゆったりとした空気が流れ出す。
 最初に構えを解いたのはアーカードの方だった。
「やれやれ、だな。気がそがれた」
「そうね。わたしはどっちでもいいけど、あんまり物を壊すと志貴に怒られるし」
 戦闘態勢を解除し、席に着くアーカードとアルクェイド。白昼堂々の吸血大戦はどうやら避けられたようである。
 後ろではらはらと見ていた三人はほっ、と胸をなで下ろす。
 そんな三人を後目に、吸血鬼二人は声なき会話を交わしていた。
(ねぇ、アーカード?)
(なんだ)
(さっきの子……天使だよ?)
(知っている)
(……殺さないんだ)
(いずれ、向かってきたならば、な)
(ふうん。変わらないと思ってたけど……前とは違うんだ)
(永遠に変わらないものなどない。オマエもそうだろう?)
(……まあね)
 二人揃って笑う。
 それは、つかの間の。
 しかし、平和な笑いだった。



 #08へ。

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 ここは、誰からも忘れ去られた舞台裏。
 華やかな舞台を支えるための様々な機材が、飾りになる前の材料のままの姿で放置されている。
 鉄骨であったり、電気のコードであったり、巻かれた壁紙であったり。
 あるいはマネキン。舞台に立つその時にはモデルもかくや、と着飾られたであろうその肢体も、いま、この場所では薄汚れた人形に過ぎず、かえりみられることもなくうち捨てられている。
 入り組んだ通路を雑多な機材が覆い隠し、従業員すら出入りすることの無くなった場所。
 
 それは、結界だ。
 
【人間の世界】と【そうではない世界】を隔てる結界。
 
 わずかに、埃が舞った。
 
 かろうじて外の世界との繋がりを保っている、人が通れる程度の隙間。
 そこから流れてくる風が、埃をまきあげたのだ。
 しかし、その風が与えた変化はそれだけではなかった。
 
 ばさり。
 
『なにか』が『羽ばたいた』。先ほどとはくらべものにならない量の埃が舞い上がる。
『それ』は、風に混ざって伝わってきた何らかの気配に反応し、身じろいだのだ。
 
 
 乱雑で汚らしく、表と交わることのない、闇の世界。
 しかし、密やかに、そして確実に。
 物語は進んでいた。
 
 
 
【羽根が舞い散る夜】#08“Darkstage Pass”
 
 
 
「……ということは、わたしの勘違い?」
「そうだ」
 憮然と応える克樹。一時はうやむやになったものの、力一杯殴られた鳩尾にはまだ鈍い痛みが残っている。愛想の良い対応はできるまい。
 もっとも、愛想のない対応は普段でもそう変わらないのだが。
「そうそう。だからあたしがいっつも言ってるじゃない。『香澄は力みすぎだ』って♪」
 したり顔でまひるが言う。語尾が嬉しそうなのは香澄をやりこめたからではなく、その手にしっかりと握ったジャンボパフェのためだろう。
 見ただけでうなされそうな量のクリームによって形作られたそれは、『慰謝料』と称して香澄におごらせたものだ。
 よりにもよって元凶に言われた香澄は必死で怒りを抑えていたようだが、ほっぺやら鼻の先やらのクリームを付けたまま、ぱくぱくと嬉しげにパフェをほおばるまひるを見て、呆れのほうが上回ったらしい。
「……はぁ。ほら、顔についてる!」
 などといってハンカチで拭ってやっている。
『仲のよい親友』……そんな心温まる光景。克樹すら、二人を見てわずかながら口元を緩めている。
 しかし、紗夜はひとり、心の中に違和感を抱えていた。
 広場 まひるという少女。彼女を見るたびに、なにかいい知れない感情がわき上がるのだ。
 どこから見ても人畜無害な彼女に対し、紗夜が感じるものは『危機感』。
 はじめは、克樹と何の障害もなく……そう、顔かたちこそ美しいものの、『何を考えているのかわからない』『近寄りがたい』雰囲気を漂わせている克樹に対し、なんら臆することなく話しかけることの出来るまひるが、羨ましいのだと思っていた。
 それは、常々思っていたことだ。
(いつか、氷室くんにはもっとふさわしい女性(ひと)が現れるのじゃないか)
 今でこそ『普通の恋人』のようにつきあってはいるものの、紗夜と克樹の間には決定的な違いがある。
(わたしは、ヒトじゃない)
 そう、『香月』の家は旧くから続くあやかしの血族。
 日にさいなまれ、血に渇き、呪(しゅ)に近しい。
 長きにわたる先達の努力によって、かろうじて人間社会にとけ込んで生きているものの、もしその正体が露見すれば石もて追われる事を覚悟しなければならない身の上だ。
 ヒトの社会とはそうしたもの。異物は排除される。無慈悲に……どころか、時には熱狂的に。
 そこに、個人の価値観が割り込む余地はない。
 たとえ克樹が紗夜の『正体』を気にしない──その点は幸運以外のなにものでもなかった──としても、他はそうはいかないのだ。
 最悪、克樹にも累が及ぶ。
 そんなことは紗夜も理解している。幼い頃から、母に何度も言い聞かされていることだ。
(「所詮、わたし達はかりそめの客……」)
 本当の意味で受け入れられることなど、ないのだと。
 しかし、だからこそ。
(奇跡のような、この時間を大切にしたい)
 そう願う。
 例えばいつか、克樹が普通の人間の女の子に心を向けても、その時には静かに祝福したい。
 そのために、それが
(いまでなければ、この子でなければいい)
 そう思う。
 利己的で醜いけれども、それは紗夜の偽りのない心。
 そんな心を、天真爛漫で、動作のいちいちが可愛らしく見る者を飽きさせない……典型的な『可愛らしい少女』である、まひるに、この少女に対して向けていたのか。
(なんて、あさましい……)
 そう感じる。
 彼女から感じる『なにか』はその負い目ゆえの錯覚なのか。それとも……
「香月? 大丈夫か?」
「…ふぇっ?!」
 突然、現実に引き戻される。
 とりとめのない紗夜の思考をうち切ったのは、目の前にかざされた克樹の手だった。
 いつの間にかまた、まひるを睨むようにして見つめていたらしい。やはり、克樹の目からも不自然な行動に写ったのだろう、すこし気遣わしげに紗夜の顔をのぞき込んでいる。
 見られていた当のまひるはといえば、パフェについていたウェハースを手に取り……少し考えてからそれをさらに半分に割って、
「……えっと……どぞ」
 などと差し出していた。
「別にそれが欲しいんじゃないと思うけど……」
 呆れたように香澄が呟く。
「え? …は、はい、ごめんなさい」
 無意識とはいえ、初対面の人間をじろじろと見ていたという失礼に今さらながら気がつき、ぺこり、と頭を下げる紗夜を見て、
「なぁんだ、よかった♪」
 と、ぱっ、と笑顔に戻ったかと思うと、両手に持っていたウェハースをぽい、と口の中に放り込んで、またパフェの本体に取りかかっていった。
 …………
 ………
 ……
 あどけないその仕草に、すこし、呆気にとられた後。
「ぷっ……ふふふ……」
 ついつい、紗夜は笑い出してしまった。
「ん?」
 笑われたまひるは、その原因が分からずに辺りを見回すが、そこにはあきれ顔の香澄と、苦笑をかみ殺している克樹しかいない。
「ふふ……ごめんなさい、まひるちゃんって可愛いな、って思って」
「え? わたし可愛い? ホント? へへぇ……紗夜ちゃんみたいな美人に言われると照れるなぁ……」
「この子の場合、まさにその『可愛い』ってのが大問題なんだけどね……」
 なんとなく盛り上がっている紗夜とまひるとは対照的に、頭痛を抑えるような仕草でつぶやく香澄。
 そもそも、まひるを『男らしく』しようとしていた香澄にとって、その当人を『可愛い』と評されるというのは困りものなのだ。
 しかし。
「あははははー……」
「ふふふふ……」
 楽しげに笑い合う二人。それは、久しく見なかった姿だ。
 かつてあり、今はなく。
 そして、取り戻したかったもの。
 絶えることのない笑顔と、どこにでもあるはずの、こんな日常。
 それが、いま目の前にある。
 ふいに、バカバカしくなった。
(やっぱりわたし、力みすぎなのかな……)
 さっきの言葉が思い起こされる。
 まひるを男らしくしようとしてみたり、色々と根回しをしようとしたものの、全て空振りに終わっているのだ。
 胸元から、銀のアクセサリを取り出して指先で弄ぶ。
 先端が小さな笛になっていて、軽く吹くと口笛のような音がするというものだ。
 そう、『軽く』。力を入れては、音にならない。あのときにも、『香澄は力みすぎだ』と言われたのだった。
 けして高価なものではないが、初めてまひるからもらった、大切な思い出の品。
「……あれ? それ……」
 話に夢中になっていたはずのまひるがめざとく、銀の笛を見つけた。
「わぁ、それ、大事にしてくれてたんだぁ……ね、ね、ちょっと貸して?」
「わっ!? ちょ……」
 
 ごとん!
 
 突然身を乗り出してきたまひるを受け止め損ねて、もつれ合うようにして倒れる二人。
 その際、テーブルの角にでもひっかかったのだろう。
 まひるの背負っていたスポーツバッグがぽん、と。
 
 宙に舞う。
 
 ばさり。と。空気を叩く音。
 
 次の瞬間、克樹達の視界を埋めたものは、純白の。
 
 
  は  ね  。
 
 
「な……!?」
「あ゛」
「……っ!」
「……え?」
 
「「「「えーーーーーーーーっっっっ!!??」」」」
 
 
 
 
 
 
 宙に舞う、白い羽根。それは当然、衆目を集める。
 衆人という、背景。その一部であったものが、それまでとは明らかに異なる一つの影になった。
「……伝達。『羽根は舞い降りた』。繰り返す、『羽根は舞い降りた』」



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