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木の葉の色が変わりきり、その木の葉も半分以上が地に落ち、朝晩の冷え込みも激しくなってきた晩秋。そろそろ朝暖かい布団から出るのが辛くなってくる季節のいつもながらの穏やかな朝。
草刈鷲士もその例に漏れず布団にくるまりウトウトとした朝の浅い眠りに身をゆだねていた。
「ううー・・・ゆうちゃーん。勘弁してよー。」
夢を見ているのだろう、時折寝言が聞こえる。・・・夢の中でも苦労しているようだが。と、
「おっきろー!鷲士君!」 ボフッ くわ〜ん
「痛っっ!」
突如訪れた衝撃と苦痛と圧力に、鷲士は二、三度首を振ると、それでも何とかぼんやりとした視線を、布団の上に馬乗りになったままの人影へと合わせた。
しかし、人影――美沙は全く関係無しに、ぴょんぴょん布団の上で飛び跳ね続ける。
「おっきろ〜おっきろ〜おっきろ〜おっきろ〜」 くわ〜ん
またもや景気のいい音がする。ま、このみすぼらしい青年において景気がいい事といったら、この程度のことしかないのである。
――哀れ。
「痛てててててて…… ちょっ、美沙ちゃん!? 布団の上で飛び跳ねるのはまだいいにしても、フ、フライパンは勘弁して欲しい気が……」
「うるさ〜い!時計見て時計!遅刻遅刻!」
外装が赤い蟹型の、小型のデジタルな時計が眼前に突き出される。痛む頭をさすりながらしばらくぼんやりとそれを眺めていた鷲士だったが、寝ぼけた目の焦点が時計の液晶画面に固定されたと同時に顔色が変わった。
「――うわっ!まずいよ遅刻だよっ!」
あわてて身を起こし、自分のパジャマのボタンに手をかける。そのひょうしに、上に乗っかっていた美沙も転がり落ちてしまい、「きゃっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
「痛ったたた……もう!上にかわいい娘が乗っかってるってのにぃ〜」
「ご、ごめんごめん!」
しりもちをついて痛むお尻をさすりながらぷーっとふくれる子猫様に謝りつつも、手早くパジャマを脱ぎ捨てる。そしてその手がトランクスに掛かったそのとたん、
「こ、こら〜!花も恥じらう『をとめ』の前で裸になんないでよ!」
「ああっ!ごめんごめん!……でも、さっき見えちゃったんだけど、中一で黒もまずいけど、紫もまずいと……」
――ごずっ
怒りの子猫様のすぺしゃるフライパン投げがボケ青年のこめかみにクリーンヒット。
「ぐはっ……」思わず一瞬息が詰まる鷲士。しかし、子猫様はまだお怒りだ。
「バカ〜!エロ〜!スケベ〜!変態〜!むこーいけー!」
「うわわわわわっ!ごめん!」
はぁ…… トランクスいっちょでわたわた部屋を出ていくボケ青年の背中を眺めながら、ため息の美沙だった。
……五分後。
ぼろアパートの二階の南の角部屋の扉が音を立てて開き、あわてふためきながら最初に卵サンドをくわえた美沙、次にツナサンドをくわえた鷲士が飛びだす。
昨日コンビニで買った残りがあったのだ。咀嚼、嚥下しながらそのまま階段を駆け下りる。
――実は三分間ほどで家を出ることもできたのだが、「美沙のファッションチェック」の許しが出ず、一度服を着替えるはめになった。
階段を下りきると、勢いそのままに方向転換。敷地入り口を抜けて路地へと飛び出す。
そのころには二人ともサンドイッチを飲み下している。まさに早業、生活の知恵。
「あら、鷲士さんに美沙ちゃん、おはようございます。」
「あ、大家さん、おはようございます。」
「おはよーございまーす。」
入り口を出たところで横からかけられた声に、足を止めることなく顔だけを向けて返事を返す二人。
声の主は、穏やかな、女性だった。年齢は・・・二十代後半から三十代前半、それ以上にはとても見えない。
白いタートルネックのセーターに、薄いベージュのロングスカートとストッキング。
この季節には少々寒いであろうサンダルを履いている。身長は160前半。
肩を少々超える程度に伸ばされたサラサラの黒髪の艶はあたかも磨き上げられた黒曜石のよう。アクセントに若草色のカチューシャ。
とろんとしたたれ目に、チャームポイントは両頬のえくぼ。そうとうな美人である。
穏やかな笑みを浮かべたその姿は、眺めているだけで気持ちが安らぐであろう事請け合い。
掃除の途中らしく、両手で竹ぼうきを持ち、傍らには集められた落ち葉が積み上がっていた。
彼女の名は、《白月 雫》【しらつき しずく】という。
鷲士が大家さんと呼んだように、このアパートの大家さんであり、管理人さんである。
未亡人であるらしいが詳しくはわからない。
現在は一階の北の角部屋、鷲士達の部屋の対角の位置の部屋に一人暮らしをしている。その容姿と、穏やかなその性格に惹かれ交際を申し込む男性は後を絶たないらしいが、本人に全くその気はないらしい。
「いってらっしゃ〜い……今日は遅いですよ〜頑張ってくださいね〜」
「いってきます!」
「いってきまーす!」
ドップラー効果でも起こりそうな勢いで走り去っていく二人の背を見送ると、……再び竹ぼうきを動かし始めた。――が、すぐにその手を止める。
いや、止めさせられたと言うべきか。
鷲士達が出かけるのを見はからったかのように現れアパートの前に止まったのは四台の黒塗りのワゴン車。
交通の邪魔になることこの上ない。
それを見るなり、「またですか・・・。」ふうとため息一つ。
ドアが開き、同時に車内からSMGを右肩に吊った黒服の男達がとびだす。――その数、約30名。
頬に傷のある男を先頭に瞬時に隊列を組み、
「作戦開始。突入。」
頬傷の男の指令と同時にSMGを構えた全員が入り口に向かい動き出す、が、
「あの、少しお待ちください。」
これだけ非日常チックな光景が展開されているというのに、のほほんとした緊張感の欠片も無い声が響く。
そこには、右手には逆手に持った竹ぼうきを持ち、左手は腰に当てて胸を張って、……でもやっぱり穏やかな微笑みのまま男達の前に立ちふさがり、行く手を通せんぼする雫がいた。
――ジャキッ
無機質な音をたて、とたんに30を超える銃口が雫に狙いを定める。
「今日は皆さんお出かけになっていて中にはどなたもいらっしゃいません。出過ぎたことを言うようで恐縮ですけれども、出直しになられた方がよろしいのではないでしょうか?」
微笑みを絶やさず口調はあくまでも丁寧なままだ。
だが、そんなことを聞くような連中ではない。頬傷の男は傍らの男に一言、命じた。
「殺れ。」
瞬間、マズルフラッシュが炸裂した。
――竹ぼうきが宙に舞う。
銃口から吐き出された弾丸のシャワーが降り注ぎ、真っ白なセーターのキャンパスによく映える深紅のバラを咲かせ、引き裂かれた華奢な肉体が、鮮血の海に崩れ落ちる……。
こういった場面で黒服達が予想した展開は、恐らくこのようなものであっただろう。彼らはもう幾度となく同じようなシーンを自らの手で作り出してきているから。
しかし、今回ばかりはそうはいかなかった。
「バカな!?」黒服達が驚きに目を見開き、頬傷の男が思わず声を上げてしまったのも無理はない。
――こんなものを目の当たりにしたら。
……カラン
雫の頭上に投げあげられた竹ぼうきがアスファルトの地面に落下し、軽い音をたてる。――両手がふさがっていたために、キャッチすることができなかったのだ。雫は一瞬地面の竹ぼうきに視線を送るが、すぐに目の前の男達に戻し、にこりと男達に微笑みかけると、握りしめていた両手を胸の前でパッと開く。
その手からバラバラと地面に落ちたのは、――弾丸だ。SMGの。
信じられないことだが、穏やかな微笑みを浮かべたこの華奢な女性が、全ての弾丸をつかみ取ったのだ。しかも素手で。――男達の目には、雫の両腕がブレたようにしか見えなかったであろう。
「もう。こんなところでマシンガンなんか撃ったら、建物に穴が空いちゃうでしょ。」
……少しお怒りのようだ。口調が今までの丁寧語っぽい感じではなくなり、いたずらをした子供を叱るお母さん、といった感じになっている。それでもやっぱり、柔らかな印象は変わらないのだが。雫は少し眉をひそめると、あごに右手をあて、
「言葉で言ってもわかっていただけないのなら……不本意ですけどやっぱり………おしおき、ですね。」
……微笑みが、ちょっとコワい。
先ほどから、頬傷の男は雫の言葉も耳に入らないまま、ぼんやりとあることについて思いをめぐらせていた。
―――「よいしょっ、と。」雫、腕まくり。続いて膝の屈伸。お次はう〜んと大きく伸び。―――
(この感覚、どこかで。)雫の姿に感じる奇妙な既視感についてであるが、どうにも思い出せない。
―――「大丈夫ですよ。痛くしませんから。」腰を回し、肩をブンブンと外側に大きく回す。―――
「ハッ!!」 突然我に返る頬傷。黒服達はまだ呆然としたままだ。
―――「どちらかというと、少々気持ちよくなるだけで済みますよ。」手首足首をプラプラ、トントンと軽く跳躍。―――
「な、何をしている!構え!」頬傷の男の怒号に、今までかたまっていた黒服達が慌てて再び照準を合わせる。
―――「それでは……」―――
「撃てぃっ!」号令に応え、30丁ものSMGのトリガーが一斉に……引かれなかった。――号令よりもほんの半瞬早く、雫の姿が霞むように消失したからだ。
「……いきますよ。」 ドサドサリ
声と人が倒れる音は集団の右側、アパートに向かって左側から聞こえた。
男達が視線を動かしたその先には、なぜか顔に恍惚の表情を浮かべ仰向けに倒れた二人の黒服と、手を後ろに組み、静かに佇む雫の姿。
間近にいた黒服が数人ぎょっとして向き直り、反射的に弾をまき散らすが、またもや既にそこには姿はない。
ドサドサドサドサリ
音が、――今度は四つ。
今度は全く反対側、黒服達が向き直ったその背後からである。音に気付いた黒服達が向き直る動作を始める前に、雫は今度は集団のまっただ中に飛び込んでいく。
と同時に、雫の通ったその周りの黒服達が、「あふぅ。」だとか、「はっ・・・ん・・・。」とかよくわからない悲鳴と共にその場に倒れ伏していく。
乱戦になればSMGは使えない。黒服達は得物を接近戦用のコンバットナイフに持ち替え、一斉に躍りかかる!!――が、結果は変わらず。
雫に近づくそのたびに、次々と大地に倒れ伏す者が増えていく。ナイフ一本で、瞬く間に人体解剖の標本を作れるような連中が、だ。
突き、斬撃、パンチに蹴り。雫を、引きずり倒そうと、掴みかかろうとする者もいる。
次々に繰り出される嵐のような波状攻撃を、あるいは避け、あるいは受け流す。
雫は、一つの無駄な動きもなく、次々とそれらの攻撃を完璧にさばいてゆく。――あくまでも静かに、かつゆるやかに。
あたかも、一枚の羽毛のようだ。流れに逆らわずひらひらと舞い、つかみ所がなく……、それでいて本来の形を失うわけではない。
ただ不可思議なのは、雫には攻撃しているような動作が、全く無いということだ。
それにもかかわらず、、雫が動くそのたびに、一人、また一人と確実に地に伏す黒服が増えていく。相も変わらず妙な断末魔を残して……。
――その時である。
一方的な闘いの輪から離れ、事態を静観していた頬傷に、突如あの時の記憶が蘇る。
――真っ暗な樹海の闇、めり込む右拳、飛ばされた己の体が杉の大木をへし折る衝撃――
彼の脳内で、あの時と、今目の前で展開されている光景が重なっていく。……今、彼ははっきりと悟った。
目の前で静かに舞うあの女が放つ気迫や威圧感、雰囲気といった物があの男、……富士の樹海でこの身を、『九頭・右竜徹陣』で杉の大木に叩き付けたあの男。『ダーティ・フェイス』に酷似しているのだという事を。
「残るはあなたお一人ですよ?お逃げになるなら止めはいたしませんが、この方達もご一緒にお願いしますね。」
乱れた髪を直しながら頬傷に声をかけた雫の向こう側で、「き、気持ちい……い……」の一言を残し、最後の黒服が倒れる。
そして雫の足下には……、快楽の絶頂といった表情で魂が抜けたように累々と横たわる黒服達がいた。異様である。謎である。
「貴様、フェイスとはどんな関係だ?貴様も九頭竜使いなのか?」雫の言葉は無視し、問う頬傷。
「あなた達がフェイスと呼んでいる子・・・草刈君は私のアパートの入居者というだけです。……それと、これは九頭竜ではありませんよ。」
ぱんぱんと形のいいお尻についたほこりを払う。そして、ぴっと人差し指を立て、ぴこり♪とウインク一つ。
「……ただの健康法です。」
「戯れ言をっ!」
一声ほえるとナイフを抜き、以前と全く変わらぬ両手を広げた構え――マーシャル・アーツが組み込まれた、コマンド暗殺術――をとり、雫に向かい突進していく頬傷。――速い。
しかし、続いて繰り出したナイフの刃が首筋を捉えようとしたその刹那、またもや雫の姿がかき消え……、宙に舞ったのは頬傷の方だった。
ふうと一息つき、雫が後ろを振り返ろうとしたその瞬間、とっさに横に跳ぶ。
一瞬前に首があった位置を、ナイフのきらめきが通り過ぎていった。
「……私にはそんな攻撃など通用しない。」
何事もなかったかのように、そこには頬傷が立ち上がっていた。ナイフについた鮮血をペロリひとなめし、ニマリと笑う。
雫は斬られた左の手の甲に右手を重ね、握ったり開いたりを繰り返す。――油断したが、大丈夫、筋には届いていない、浅い。
「今の一撃で、貴様の攻撃の正体がわかった……。そして、それが俺には全く意味のない事だという事もな。」ペロリ、またナイフをひとなめする。
少々嫌悪が感じられる目で頬傷を見ていた雫が呟いた。
「……確かに、あなたの体には、私の技は通じないようですね。」
一際強い秋風が二人の間をヒュウと通り過ぎ、掃き集められた落ち葉の何枚かが風に運ばれて、二人の間をよぎる。
「……結論から言いますと、あなた生身の体ではありませんね?」
左手の傷口を右手で圧迫し止血しながらも、微笑みを浮かべて問いかける。
「……その通り。フェイスの一撃を食らった時、私は全身の骨がバラバラに砕けた。それだけでなく内臓もボロボロになってな……、何とか一命はとりとめたものの、首から下は全く動かなくなった。一生寝たきりのままになるであろうと医者は診断を下した。」
なにか、自分に言い聞かせるように、淡々と続ける。雫は、初めて神妙な顔つきになり、黙ったままだ。
「ミュージアムは慈善事業をしているわけではない。役立たずになった俺を切り捨てるであろうことは容易に想像がついた。……だから俺は、志願したのだ、チューン・マンになる事を。」
と、そこで視線を雫からあさっての方向へ外し、どこか遠い目をしながら、
「ま、私の元上司、桐古様も同時に処置を受けられたのだが……担当者がキェロなんぞだったために、あのようなお姿になられてしまわれたのだがな……」
口の中だけでモゴモゴと呟くと、再び視線を雫に戻し――
「私にはもはや失敗は許されん! フェイス本人への直接攻撃の役割が私に与えられなかったのが実にはがゆいが、今回の二面作戦で任されたフェイスの拠点を強襲するこの任務、確実に遂行する!」
言い放ち、両手を真っ直ぐに雫の方に向かい差し出す……。と、その両手首から先がドサリと落ちた。手首があった場所に残ったものがある。――銃身だ。
「……このアパートに入居なさっているのは、精神的、肉体的、金銭的にたいへんな苦労をなさっていながらも、一生懸命に生きていらっしゃる方達ばかりなのですよ……」
いたわりを込めた視線を、けっして立派とは言い難い、だが彼女が心から大切にしている建物へと向ける。
「ですからせめて、その方達が『安心して帰ってこられる』場所だけは、いつも在り続けるように、守り続けてあげる……それも、大家である私の務めです」
再び視線を頬傷と絡める。
「『帰る場所が在る』事の大切さ、おわかりになるのではありませんか?左遷された貴方になら?」
「……黙れ!」
シュシュン
空気を引き裂く音がした。だが発生したその音が鼓膜に届くその前に、アスファルトに洗面器大のクレーターが出現する。
――電磁加速銃、レールガンである。
電磁気力の反発によって加速されたその弾丸の速度と破壊力は、火薬の爆発を利用した従来の銃とはケタが違う。――だが、攻撃を既に予測していた雫の姿はそこにはない。しかし!
「甘い!」
ズシャァァァァァッ!
体を左にひねるようにして繰り出された頬傷の裏拳をくらい、雫の体は仰向けになったままアスファルトのリンクを滑った。
「注意を自分に引きつけ、高速で相手の死角に滑り込み技を放つ。……常人には消えたようにしか見えんだろうが、私には通用しないといったはずだ。」
再び狙いを付ける。顔には、勝利を得る寸前の余裕がうかがえた。
「……ときに貴方、ツボ療法はご存じ?」
その表情がもう一度引き締まる。……寝そべったまま、顔だけをこちらに向けた雫の声を聞いたから。
そして次に雫は、側にあった竹ぼうきを拾いつっかえ棒にしながらよっこらしょと立ち上がる。
……動きによどみはない。全然元気そうだ。
「なんの話だ。」
「人のツボというのは、いわば気の通り道に空いた穴のような物。下水管の上にあるマンホールみたいな物と言えばわかりやすいでしょうか?」
言いながら腰をかがめ、スカートの左側を一気に破りあげる。
びりいいいいぃぃぃ
布が裂け、現れたのはふっくらと完璧な具合で肉付けされた白い太股。それと共に、純白のガーターベルトが成熟した大人の色香を大胆かつ繊細に演出。秋風に吹かれ、はためく急ごしらえのスリットからチラリチラリと覗く同色のレースの下着がこれでもかとだめ押しだ。
「私はそこを指圧し、気を送り込み、体調をよくする事を得意としています。……健康法ですよ?あくまで……」
幸せいっぱいご馳走様な表情で累々横たわる男達を指さしつつ、
「そこで寝ている人たちにしたのはその応用。過度に気を込めたため、体機能が麻痺したのです。……強く込めるほど、刺激も強くなるものだから。」
右手で頬にかかる黒髪を払う。
「もっとも、ツボには神経系も多く通っていますから、快感も比例して増えるのですよ。貴方の体には、ツボが無く効きませんでしたけれど・・・。」
さらに、スカートをたくし上げると、頬を染めつつその内股に指をはわせる。
――近所のファンが見れば一週間は眠れないであろう。
「……こんな裏技も、できるんですよ。」
雫が、跳んだ!スカートをはためかせ高く。20メートルもの高さを垂直に。助走も無しに。――それが最後の激突の引き金となった。
「……それが、どうした?」
頬傷が両手をあげ、宙を舞う雫に照準を合わせる。
――雫は精神を集中、そこにあると仮定した架空の天井を蹴り反動をつけ方向を変えると、一気に頬傷めがけて舞い降りる!
それを何とか認識した頬傷が雫の飛び来る軸線上にレールガンを連射。――が、弾丸は雫の持つ竹ぼうきの穂先に触れると、あらぬ方向へ。
雫の持つ竹ぼうきのその穂先が、音速を遥かに超える弾丸の力のベクトルを根こそぎ別方向へと換えているのだ。
――そのまま、雫が頬傷に迫り……、頬傷の男が最後に見たのは視界に大きく広がり来る、穏やかな女性の微笑みだった。
人間の知覚領域を遥かに超えた超人の闘い。常人の眼には、初期動作と、動作終了時の姿が朧気に映るのみ。
弾丸と空気との摩擦による焦げた臭いが立ちこめる中そこにあったのは、――目を見開いたままで硬直する頬傷と、その額に右手を置いた雫の姿。
すっ、雫は左手も伸ばすと、両手で優しく頬傷の男の両頬を挟み、そっとその傷に触れる。
「ツボは、内臓や脳にも存在するのです。そして外からでもそこに気を送り込めば……」
そっと、耳元へ唇を近づけ、
「……もうお疲れでしょう……おやすみなさい」耳元でささやく。
そのとたん雫に寄りかかるように頬傷が崩れ落ちる。
自分よりも何周りも大きなその体を優しく抱き留め、ポン、ポン、と軽くその背を叩き、それをゆっくり地面に横たえる。
ふぅ〜〜〜
大きく一つため息。ぼんやりと秋空に浮かんだ鱗雲を眺める。
(毎日毎日、ホント、飽きない人たちだわ……今日はスカート駄目にしちゃったし……でも、これは私の仕事だし、それはいいのだけれど……夜の仕事がなければ、ずっとここにいて、ここを守ることができるのに……いつもながら、それが気がかりなのだけど)
ちらりと、アパートを見やる。
(でもお仕事辞めたら、ここの家賃上げないと維持費が苦しいし……それに、お仕事のほうで私を心待ちにしてくださる方々もたくさんいらっしゃるし……)
はぁ〜〜
妙齢の美女は物思いにふけり、深く、もう一つため息。そして……、
「体機能増強は、やっぱり恥ずかしいですね……」
思い出したように真っ赤になって、慌ててスリットを押さえる雫だった。
「ただいま戻りましたぁ……」
「ただいまー……」
いつもと変わらぬ見慣れたアパートの入り口の風景。変化といえば、朝は小さかった掃き集められた落ち葉の山が大きくなったという程度。
「お二人とも、お帰りなさい……あら?ご機嫌斜めみたいだけどどうしたの?」
「ま、ちょっといろいろあってね。」
むすっとしたまま美沙が答える。……朝方ミュージアムに襲われて、結局二人とも大遅刻だったなんて言えない、言えるわけがない。
「あ、ここに変な奴ら来なかった?黒っぽい奴とか?」
「いいえ、別に何も。何かあったの?」心配そうな表情で雫は幼い美貌を覗き込む。
「あ、無いならいいの!無いなら!」にゃははと笑い汗ジトで両手をぶんぶか振る美沙だ。
「そう?……あ!筑前煮作りましたから、よろしければどうぞ?少し作りすぎてしまって……」
「あ、どうもありがとうございます。すいません、いつもいつも……」
申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げる鷲士はやっぱりみすぼらしかった。
「いえいえ……それでは、後で部屋にお持ちしますね?」穏やかに微笑む。
雫さんの筑前煮は絶品だ。美沙曰く、ラマダンのコックでもあの味はでないらしい。
「では」
「じゃあね〜」
挨拶を交わし、階段を上がる若き親子。――やがて娘がつぶやく、納得いかないように。
「いつもならそろそろミュージアムのあほぅが留守を狙ってくる頃なのに……」ブツブツ…………
――階段下で、クスクスという笑い声が控えめにあがった事を彼らは知らない――
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