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「銃を持ったケダモノ(弐)」
written by アルディー



力の差は歴然だった。 悠の体から繰り出される攻撃はあまりにも本物で、九頭竜と言えども本気の彼には赤子同然だった。
『相手を良く見て喧嘩を売るんだな・・・』
最強闘士、草刈 悠はその場を後にした。

(だったらよかったんだけどなあ・・・)
悠は踵を返して走り出していた。 鷲士の偽者、ダーティー・フェイクと相対した場所は高校の正門前。 いくらなんでもこんな所で暴れるわけにはいかない。 あれだけの大見得を切っておいて逃げている自分が恥ずかしい。 フェイクは悠の後方100メートルを追走している。
悠の息が切れ切れになっていく、5分近くも全力疾走しているのだからあたりまえだ。
そんな中、悠は通学路のパン屋に入る。
事前に悠は自分の装備をところどころに配備しているのだ。
「おばちゃん! 俺が預けているものは?」
「ああ、あの黒い箱ね そこにあるよ」
パン屋の女主人が指差した先にある箱を引っ張り出し、パスコードを入力して開ける。
中にはカーボンナノチューブで作られたロープ。 そして、黒を基調にデザインされたインラインスケート。  ロープを肩に担ぎ、インラインスケートに履き替えると外に出る。 
フェイクはもう目の前だ。
「韋駄天・・・作動!」
着衣型PCに向かってコールすると、車輪部分が高速回転して悠の体を運ぶ。
「はあ・・・はあ・・・俺は頭脳労働者なんだから・・・そんな走ってられっか!」
韋駄天は、時速40キロは簡単に出る。 しかしフェイクは息一つ切らさずに一定の距離を保っている。
明らかに、人間業ではない。


「ここらへんでいいか・・・」
最近潰れた大型スーパーの駐車場。 裏側にあるせいか、昼間であるにもかかわらず人影はない。
今まで逃げの一歩だった悠は大きくUターンをして、先がわっかにくくられているロープを振り回し、投げる。
「祖父侮辱罪で市中引き回しだ、草刈裁きをとくと味わえ!」
見事にフェイクを首に入った輪を引き絞り、締め上げる。 そのままフェイクを素通りする。
立ち尽くし首にかかったロープを外そうとしているのを尻目に、悠は思いっきり引っ張る。
フェイクは飛んだ・・・首だけ
「ああ! いくらなんでも首弱すぎ!」
宙を舞う首、そこで悠は異変に気づく
「血・・・流れてない・・・・人間じゃないのか?」
一瞬隙ができる。 それを首なしフェイクは見逃さなかった。 一気に二人の間合いを詰める。
かわす余裕はすでにない、歯を食いしばり衝撃に備える。 しかし、その衝撃が来ることはなかった。
横合いからの強烈なドロップキックにフェイクは、強くコンクリートに叩きつけられたのだ。
「そんな出会い頭に・・・俺に道を聞いている人だったらどうすんだ?」
「ふ〜ん、お前は首のない人間に道を聞かれたりするのか? 東京は物騒だな」
韋駄天を止め、カト女の制服を来た助っ人、ルナ。
「悠! だいじょぶ? 救援信号出てたから・・・急いできたんだよ」
「サンキュな、リム」
心配そうに悠を見る、リムの頭をポンポンと叩く。 嬉しそうに笑うリム。
「しっかし・・・『気』は使えない、血を流さない、でも姿は爺ちゃんの若いころにそっくりか・・・ん?」
フェイクの体が、服ごとみるみるうちに茶褐色になっていく。 
「そっか・・・・泥人形・・・うし、敵が見えてきたぞ。 二人とも、帰って対策会議だ」
「いいけど・・・・コンビニ寄っていこうぜ!」
「コンビニ〜♪」
「はあ、緊張感そがれるな・・・ま、いっか」


三人が去った後の駐車場に一人の少年がやってくる。 顔は悲壮そのものだ。 
少年は持っていた小さな壷のようなものをフェイクだった土の塊にかざす。
するとどうだ、土はそこに吸い込まれていくではないか。
瓶のふたを閉め、少年はこの世の全てを呪うような声を発する。
「どうして・・・・・こんなことに・・・・」
その顔は間違いなく悠の親友、藤 旅人だった。

無事改装が終わったホテルラマダンの、悠の部屋。 彼の仕事場から何枚かの資料を持ってきた悠は、テーブルでアイスをパクついているルナリムに見せる。
「ミーミルの水の事件が終わって、その後に母さんが司馬遷の『裏・史記』を見つけて、鷲士さんと樫緒さん連れて本物の始皇帝陵に行ったことは話したよな・・・あ、リムそのアイスちょっとくれ」
彼女が持っていたソーダ味のアイスを一口食べる。 リムは嬉しそうな、そして少し照れくさそうにアイスを眺めた後、再び食べ始める。
「そこではな、動いてたんだよ・・・主の墓を守る兵馬がな」
「何千年もか? そんなに生きていられるわけないじゃん」
ルナがカップアイスのスプーンを振り回しながら抗議する。
「確かに、でもな・・・、そいつらは姿形は全く人間なんだけど、そいつらは『泥人形』だったんだよ」
「泥人形・・・確か悠・・・さっきもそう言ってたよね」

悠の話によると、墓の中心には一個の壷があったのだという。 その名を、ハイ・アート『海洋の壷』。
始皇帝の配下、徐福が多くの部下と共に永遠の命を求めていたときに発見した副産物。
乾き、減る事のない泥が入った壷に作りたい相手の体の一部を入れることで、それをそっくりにコピーできる能力を有する。 それは髪の毛一本からでも可能で、一部が多ければ多いほど精密なコピーを作り出せる。 
「鷲士さんは激戦に次ぐ激戦だったからな 髪の毛一本、血の一滴でもミュージアム側にいっててもおかしくない」
「どうしてミュージアムってわかるんだよ?」
「裏・史記を持っているのが俺たちとミュージアム。 そんでもって海洋の壷を持っていかれたこと、母さんが知っているからだよ」
「それじゃそれじゃ・・・どうして鷲士さんなのかな?」
今度はリムが疑問の声をあげる。
「正真正銘の『ダーティ・フェイス』、草刈鷲士は裏の世界じゃ恐怖の存在だからな。 それに泥人形は気とか力が使えなみたいなんだ。 だから、九頭竜として一番完成されている鷲士さん・・・と。」
「ふ〜〜ん、そっか。 悠、頭いい♪」
リムがパチパチと拍手。
「それで、これからどうすんだ?」
「相手のカードがわかればこっちのもんだ ちょっかいを出すのを待って本体を叩くさ」
と言って悠はふふん、と自身ありげに笑った。

 薄暗いジメジメした部屋の中、旅人が一人の男に向かって跪いている。  逆立てた金髪、青く切れ長の瞳、あご先が細くなっている顔。 その男が下卑た笑いを浮かべて彼を見下ろしている。
「お願いします・・・どうして・・・彼なんですか? 彼が特別な仕事をしているのがわかりましたが・・・僕は・・・」
男に向かって旅人が土下座をする。  その思いを踏みにじるように金髪男は旅人の頭を踏みつける。 
「黙れ。 貴様が私に文句を言える立場ではない事はわかっているはず。 クロックワーク・ラヴァー・・・実戦では最弱・・・弱い敵から倒していってレベルアップ・・・ゲームの基本ですね。」
金髪男は高笑いを上げる。 ひとしきり笑ったあと、旅人の前に鉄の塊を投げる。
小銃、ベレッタだ。
金髪男は心のそこから湧き上がる快感をかみ殺すように含み笑いを浮かべると、旅人に向かって冷たく言い放った。
「あなたの父親を助けたければ・・・草刈 悠を・・・殺せ」

それから一週間、敵の接触はなかった。 悠は一週間学校を休みつづけた旅人の見舞いに行くべく二人の少女を連れて、彼が父親と暮らしているアパートに向かっていった。
妙に生暖かい風が吹く夕暮れ、事件は動き始めようとしていた。

 手に美味しいと評判のケーキの箱を持ちながら、悠は旅人の住むアパートに向かっていった。
彼の隣を歩くリムの手にも同じ箱が、おそらく自分で食べるためのものだ。
夕暮れが全てを赤く染める中、古ぼけたアパートの前に立つ。 
一階にある旅人の部屋のドアをノックするが、反応はない。
しばらくの間ノックを続けたが・・・
「病院でも行ったんじゃねえのか?」
待ちくたびれたのか、ルナが切り出す。
「う〜ん・・そうかもな。 ここにいてもしょうがないし・・・帰るか」
「ケーキは? ケーキは?」
「置いておくわけにもいかないし・・・・持って帰って食うか」
それを聞いてリムは小さくガッツポース。
(聞きたい事・・・あったんだけどな・・・)
いないものはしょうがない、大きなため息をはくとルナリムを連れてもと来た道を帰っていく。

「悠・・・」
悠の帰り道とは正反対の道路。 彼の姿を見つけて旅人は息を飲んだ。
バッグの中には先ほど無理やり渡された、小銃ベレッタ。
(ミュージアム・・・ハイキュレーター・・・僕にはわけがわからないよ・・・それに悠がトレジャーハンター? そんな映画みたいな職業あるわけないじゃないか・・・そんな理由で・・・・・・悠を・・・・)
(殺せといっただろう?)
旅人の頭の中に声が響く、声を聞いただけでも恐怖に震える金髪男の声。
するとバッグの中に忍ばせていた小さな土瓶・・・鷲士の偽者を作り出したそれから泥の塊が飛び出してくる。 
「ぐぐ・・・」
泥の塊は旅人の口をふさぎ、右手にからみつき彼自身の腕の上にもう一本の腕を作り出す。
残りは足に付着し、彼の自由を奪う。
自分の意思に反して右腕が動き、バッグの中からベレッタを取り出す。
(よ〜く狙えよ・・・)
旅人は涙を流しながら、先を行く悠に銃をポイントする。
(やめろおおおおおおおおおおおお!!)
銃口から・・・火が吹いた。

 乾いた音がした。 それだけはわかった。
コンクリートの上に何かが跳ねる。 ぬらぬらと赤い血で濡れたそれは、弾頭だ。
油は熱を腹で感じ、その部分に手を触れる。 生暖かい液体の手触りだ。
「・・・・・・・・あれ?」
視界に入った手のひらを呆然と見る。 手は濡れていたのだ・・・悠自身の鮮血で。
見たとたんにこみ上げてくる痛み、うめき声をあげながらぺたんと尻餅をつく。
「「悠!!」」
血相を変えて二人の少女は叫び、銃弾の放たれた方向を顔を向ける。
「てめえ! 旅人ぉ!」
何故、旅人が? そんなことは今現在のルナにとっては問題ではなかった。
悠が撃たれ、銃を構えた旅人がいたのだから。
獣の血を引く彼女の本領であるスピード、それを武器に突っ込む。 袖元からバタフライナイフを取り出しながら。 
旅人はルナにとっても友人だが、悠はそれ以上の存在だ。
ルナは旅人を殺す気でいた。
「待て、戻れ!」
涙目のリムに支えながら、悠が叫ぶ。 
「でも!」
「うるせえ! 戻れっていったら戻れ!」
悠の本気の怒号にルナはビクっと体を振るわし、はい・・・と、素直に従った。 
「何があった・・・旅人。 俺がらみなんだろ? 話せよ・・・」
銃を持ったままカタカタと震えていた旅人は、それで自分を取り戻し、逃げ出そうとする。
「待てよ!」
腕を伸ばして悠が叫ぶが、止まる気配はない。 突然悠のバランスが崩れる。
彼を支えていたリムが消えているのだ。
道路に倒れそうになるのを今度はルナが受け止める。
リムは旅人の前に立ちふさがっていた。 彼女も、尋常ではないスピードの持ち主だ。
「おい! リム!」
「・・・わかってる・・・・・・でも・・・」
旅人のベレッタを手で払い落とすと、彼の頬を強く叩いた。
「行きなさい・・・悠が助ける・・・って言うから・・・・・・逃がしてあげる」
いつものポ〜っとしたリムとは正反対の。鋭い視線で旅人をにらんだ。
「でも・・・もし同じことをやったのなら・・・・・今度は許さない。  この世で出来うる限りの苦痛を与えて殺してあげる・・・・・・悠はリムの全てなの」
それだけ言い残すと、悠の元に戻る。
「旅人になに言った・・・」
「なんでもない」
「悠! 今連絡したから! すぐ助けが来るから!」
腹を手で抑えるが、指の間から血が滴り落ちている。
「血・・・止まらないよ!」
リムが切なげな声をあげる。 悠はぼんやりと空を見上げ
「痛いなあ・・・」
と息も絶え絶えにつぶやいた。
それは傷の痛みのことを言ったのか・・・。
それとも、自分の親友に銃を撃たれたという・・・・・・心の痛みだったのだろうか・・・。

 悠が撃たれた当日・・・深夜二時。 煌々と灯る明かりの下に数人の男女の姿が見える。
ラマダン最上階、フォーチュンテラー会長室。
仕事机に座っている、究極の美少女から究極の美女へと昇華した女性、草刈美沙。 その隣には冷たい魅力を持つ彼女の秘書、片桐冴葉。
美しい夜景をいらだたしげに眺める、眼帯の男。 そして椅子に深く座り込み、グラスに並々と注がれた『血のような』ロゼのワインを口に運ぶ、長身痩躯、美しい銀髪と紅の瞳を持つ男。
「・・・行かなくていいのか?」
眼帯の男が美沙に尋ねる。
「あっちには・・・虎雄がいるから・・・ね」
彼女は疲れた表情を見せ、首を横に振った。
「・・・外部より通信です」
冴葉は静かに告げる。 映像に映し出された金髪碧眼、あご先のとがった男が恭しく頭を下げる。
『お初にお目にかかります。 私、ハイキュレーター、ジェス・リグマンと申します。 此度は私どもの心なしかの贈り物『鉛の弾』、喜んでいただけましたか?』
「ええ、嫌っていうほどね。 ぜひお返しをしたいんだけど・・・」
「・・・特殊な回線経路で送られています。 逆探知は不可能だと」
冴葉の耳打ちに美沙は歯軋りをする。
『お返しは遠慮しときましょう それに銃を撃ったのは私ではなく、彼の親友・・・藤 旅人くんですから』
「ふざけないで! 悠は念のため、自分が今関わっているハイ・アートに関しては私に送るようにしているんだから! 今回は海洋の壷。 だったら・・・・あんたがオリジナルを使って・・・」
『ははは・・・そこまでご存知ですか? そうです、私が旅人にコピーの壷を持たせました。 そして偽者の草刈鷲士を使って彼を襲わせたんです。 さらにそのコピーの壷はいざと言うときに使えますしね。  こんな風に』
画面が旅人に切り替わる、悠を撃ったときのように足を泥で固められ、右手には銃が握られている。
「旅人くん! 大丈夫、すぐ助けに行くから!」
『ごめんなさい・・・僕・・・・・・悠になんてことを・・・でも・・・』
旅人の顔が引きつっていく。
『あの時と・・・同じだ・・・腕が勝手に・・・』
旅人の右腕はゆっくりと自分のこめかみをポイントする。 もう声は出ない、美沙のやめろという声にもまるで関心を示さずに旅人の指は、銃のトリガーを・・・・・・引いた。
『ククク・・・どうでしたか? 余興としてはまずまずでしょう? 私は彼の腕にもう一つの腕を作り、操らせる事ができるのですよ』
ジェスの高笑いがスピーカーを通して響く、その声に部屋にいる全ての人間が嫌悪を感じていた。
銃弾は発射されなかった。 どうやら意図的にセーフティーがかけられていたようだ。
気を失い、崩れ落ちる旅人。
『まだまだ彼には利用価値がありますからね。 次はあなたのご子息を頂きに上がります。 彼を殺してその死体を内臓ごと海洋の壷に突っ込み、完全なる体・・・そして私に忠実な下僕として・・・』
ジェスの姿を映していた大型モニターに銃弾がうちこまれる。 激昂した美沙がグロックを発射させたのだ。 
「っざけんじゃないわよ! 例えこの世界を滅ぼしてでもアンタを引きずり出してぶっ殺してやる!」
「至急、職員を投入して徹底調査を・・・」
冴葉が携帯電話を取り出す。
「糞が・・・なめやがって、俺の娘を泣かした罪は重いぞ」
吐き捨てるように、つぶやく眼帯の男。
「そうだな・・・この面子に喧嘩を吹っかけた事、償わなくては・・・な」
銀髪の男はそう言ってワインを飲み干した。

同時刻、フォーチュンが管理している病院。 その一室。
面会謝絶のドアが開き、中から白衣を着た人間が出てくる。
「もう大丈夫ですよ。 峠は越えました。 まだ熱を持っているので苦しまれるかもしれませんが・・・」「ありがとうございます」
心底安心して、虎雄は深々と頭を下げた。
「良かったわね・・・・ほんとに・・・」
ベンチに座っていた一人の女性。  長く、少しウエーブのブロンドの髪、そしてその間から黒く、左右に垂れた兎の耳をはやしたアリスが慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
彼女の両隣にはルナとリムが彼女に寄り添うようにして眠っていた。 二人とも目に泣きはらした跡がある。
「二人ともやっと眠りましたか?」
「ええ。 それより、そばにいてあげて・・・悠くん、辛いだろうから」
虎雄はうなずくと、部屋の中に入っていった。 
ベッドの上に寝かされていた悠は、ときおり苦しそうに顔を歪めながら
「ルナは・・・リムは・・・」
とあえぐ。
「大丈夫だ、心配すんな」
力強く言うと、備え付けられた椅子に腰かける。
「また・・・あの夢を見ているのか?」

彼の言葉通り、悠は夢を、悪夢を見ていた。 
彼のあいまいだった『想い』は左目を代償に確固たる『決意』に変わる・・・
事件は七年前にさかのぼる。

『ミュージアム? トレジャーハンター? 九頭竜?・・・僕には関係ないよ。』
これが八歳のころの悠が抱いていた正直な感想だった。 別に軽視していたわけではない。
たまに美沙や鷲士、美貴にその頃の事の話を聞くことはあっても、あまりの非日常にどこか物語を聞いているような感覚だったのだ。
それほど悠は『日常』に身をおいていた。  美沙や虎雄がフォーチュンで働いているのを見て、いつかは僕もあんな仕事をするんだ。 そうは思っていたのだが、それだけだった。
彼にとって『九頭竜を覚える』、『ハイ・アートの名前を知る』ことよりも、『明日発売のゲームソフト』や『いかにサッカーで勝つか?』の方が重要だったのだ。
産まれた時が一緒だから、ということで物心ついたときにはすでに遊び相手だったルナとリムも、同じ感覚でいた。
三人は地元の友達を巻き込み、日が暮れるまで遊び倒した。 ドロドロになった悠やルナリムを一緒に風呂に入れるのが美沙やアリスの日課だった。
美沙はこれでいいと思っていた。 自分の息子だからと言って無理に押しつけることはない。
もしも何かあったときは全力で守ればいい。 そしてなにより、
ダーティ・フェイスの物語は『ハッピーエンド』で終わったのだから・・・・

しかし、滅ぼしたと思っていたものは静かに牙をむき始める。

 七月の終わり、北海道のとある自然公園。 キリィ一家と虎雄一家合同でのピクニックの最中だった。 皆楽しく過ごしていたのだが、途中虎雄に急用が入り、迎えのヘリが飛んできたのだ。
「悪い、美沙! 仕事済ませたらすぐ戻るから」
「うん、わかった 気をつけていってらっしゃい♪」
そんな会話がなされる中、悠はふと視線を森の中に向ける。 木の影から顔を覗かせているのは一匹の子狐。 突然の来客に目を輝かせた彼は急いでルナとリムに教える。
二人も反応は同じだった。
「おい、見に行こうぜ!」
「うん!」
「競争だ!」
三人は我先にと駆け足で森の中に入っていく。 ヘリの音と会話によって三人がそれに気づく事はなかった。 こんなことはいつものことだった。
だが、この日は違った。 森の中で悠は人にぶつかってしまう。
「いてて・・・」
鼻をさすりながら、涙目でスーツの男を見上げる。 
「ダーティ・フェイスの一族だな?」
と言うや否や悠の腹を思い切り蹴り飛ばしたのだ。 息が止まり、腹から熱いものがこみ上げ、血塊を吐き出す。
「お前には人質になってもらう。 おい、殺さない程度に痛めつけろ」
木の影に立っていた二人の戦闘服の男が現れ、倒れている悠の拳を踏みつける。
「ぐあああああああ!」
まだ幼い彼の苦痛が声となって森を揺らす。 二人の少女は恐怖に全身を硬直させ、そこから動けなくなっていた。
「こいつらは・・・どうするんで?」
「一介のトレジャーハンターなどには興味がない・・・殺せ」
冷酷な男の宣告を聞いた時、悠の何かが弾けた。
(こいつらだけでも・・・なんとかしなくちゃ・・・・二人は僕が・・・)
彼女たちの恐怖の呪縛から解放させなくてはならない。 男のベルトにつけられた拳銃が目に入る。
(あれだ・・・)
悠は男たちと力が緩んだ隙に、体を反転して立ち上がり男の銃を抜き取る。
それをルナとリムに向け、引き金を引いた。 銃弾はかすかに二人の頬を掠める。

「に・げ・ろおおおおおおおおおおお!!」
ありったけの大声で叫ぶ、これが初めて悠が銃を撃った瞬間だった。
「きゃあああああああ!」
その痛みと、悠の大声でようやく自分を取り戻した二人は一目散に逃げ出す。
「てめえ!」
顔を真っ赤にさせながら悠を首を掴み持ち上げると、地面に叩きつけた。 
「早く追わないか!」
「は、はい!」
駆け出そうとした二人の男の足を悠が掴む。 そしてあざけるように笑うと手を離す。
「やべ・・・水虫の足触っちゃったよ・・・誰か、消毒液持ってない?」
それが精一杯の悠の攻撃だった。
顔を真っ赤にさせた男たちは容赦なく拳を、振り下ろした。 
なんでもない、たった三人のニュージアムの戦闘員。 鷲士達なら五秒も経たずに沈黙させられる相手だ。 しかし、悠の場合は違った。
骨を何本折られただろうか、いったいどのくらい血を吐いただろうか、いったいどのぐらい悲鳴をあげただろうか、それでも悠は反抗の眼差しを男たちに向けた。 最後の抵抗だった。
だが、それも左目にナイフをつきたてられて終了した。
右目の周りはすでに腫れ上がっていたためだ。 悠の視界はゼロになる。
(なんだか痛くなくなってきた・・・・でもすごく痛い・・・死ぬってこういうことなのかな?)
そう言って悠は、抗うのをやめるかのように、全身の力を抜いていった。

 泣きじゃくるルナとリムに話を聞き、キリィと美沙は森の中に駆け込んでいった。 スピードでは誰にも引けを取らないキリィがどんどん先行していく。
「くそ・・・血の匂いがしやがる・・・」
キリィの目の前に飛び込んできたのは、ミュージアムの戦闘員に見るも無残に殴られつづける悠。
意識はすでにないようだ。 左目にナイフを生やし、口からはひゅうひゅうと息を吐いている。
戦闘員は悠を殴る手を止め、キリィに向き直る。
「おい、なんだてめえ!」
戦闘員が一人がキリィに向かって怒鳴りつける・・・が、そこにはすでにキリィの姿はなかった。
「悪かったな・・・悠・・・」
いつの間に移動したのだろうか・・・悠を抱えているキリィが三人の背中に立っていた。
「て・・・めえら・・・」
「う・・・・・そ・・・」
後から追いついた美沙が、呆然と血まみれの悠を見る。 その顔が怒りにゆがんでいく。
「うわあああああああ!!」
半狂乱の中、グロッグを抜く。 
「お前がすべき事はそれじゃねえだろ!」
しかしその眼前にキリィが両手を広げて立つ。 
「虎雄が乗ったヘリ・・・まだそんなに遠くに行ったわけじゃねえ。 あれなら間に合う・・・・。 だから、頼む。 俺の娘を助けた悠を・・・助けてやってくれ」
「あ・・・・・う、うん」
美沙は悠を抱き上げ、着衣型PCで連絡しながら走り去っていく。
「勝手な真似をするな」
戦闘員が手にした銃を構えるが、一瞬風が吹き抜けたかと思うと、右腕ごと切り落とされた。
悲鳴をあげる中、両腕にシザーハンズを装着したキリィは低く唸る。
「フウウウウウウウウウウウウウウッ!!」
すでに眼帯は外し、彼の両目は眼帯の下の瞳。 獣のそれに変わっている。 
「安心しろ・・・簡単には殺さねえから・・・」


悠はそれから病院に送られた。 不幸中に幸いで脳に異常はなかったが、骨折などの外傷がひどく、体の自由はきかなかった。
三日間の昏睡の後、悠は目覚めた。 ぼんやりと天井が視界に入る。 
だがそれがすぐにいつもの風景ではないと感じる。
「ああ・・・僕の左目は・・・・・・もうないんだ」
別に悲しいと思ったわけではない。 けれども悠の右目からは涙があふれていた。
それはしばらくやむ事はなかった。
悠が普通の人間として生活できるようになるためには、一年間のリハビリが必要だと宣告されたのはその二日後だった。

「父さん・・・」
ラマダンの一室、キリィに向かって決意をひめた声でルナが言った。 横にはリムも立っている。
「俺・・・強くなりたい・・・今のままじゃ、ダメだって事がわかった。 悠といっしょにいたい・・・でも・・・」
「リムも・・・どんな事でも、がんばるから・・・・リムに、悠を守れる力をちょうだい」
アリスが二人を抱きしめる。 
「ごめんね・・・・ごめんね・・・私たちのせいで・・・・」
キリィは吸っていたタバコを捨て、二人の瞳を真剣な表情で見る。
「かまわない・・・・だけどな、一つ条件がある」


「俺とリムは一年間、父さんたちと旅に出ることにしたんだ・・・」
病室でルナはそう告げた。 悠は顔を動かす事も出来ず、黙ってその話を聞いている。
「俺は、強くなる。 お前みたいに強くなる」
「何言ってるんだ? 俺はなんにも出来なかった」
「そんなことないよ!」
リムがベッドに上がり、悠の顔を覗き込みながら話す。
「悠が守ってくれたから・・・・リムも・・・ルナも・・・生きているんだよ・・・」
溢れ出した涙がシーツに落ち、染みを作る。
「俺もリムもこれから・・・がんばってみんなを・・・・悠を守れるような力・・・手に入れるから・・・」
「リハビリ・・・がんばれ・・・か?」
二人の少女はうなずいた。
「はあ、一年後には俺もお前もトレジャーハンターだな? ・・・・・・俺は絶対に一年で体を元に戻す。
だから・・・お前らも負けんなよ。 途中で逃げ出したりすんなよ」
「「うん!」」
「しっかし・・・トレジャーハンターかあ・・・俺はてっきり『物語』だと思ってたんだけどなあ・・・」
悠の言葉に三人は笑った。 泣きながら・・・笑った。

悠はリハビリを続けると共に、あらゆる知識を美沙に、虎雄に教えられた。 まるで乾いたスポンジが水を吸うかのように知識を彼は取り入れた。




クロックワーク・ラヴァーが生まれようとしていた。




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