DADDYFACE ShortStories
「円卓騎士団の聖槍(第四幕)」
written by 犬神長元坊



第1場

 水鏡 一の手の中に、忽然と愛銃であるデザートイーグル……外見だけで中身は別物なのだが……が現れ、オーパーツ「ヨハネのメノラー」によって精製された、通常の火薬より高い破壊力を誇る火薬が火花を散らした。しかも銃声は一回しか聞こえなかったのに散った火花は3発。刹那の間に3回引き金を引いていたのだ。
 放たれた3発の魔弾は、槍を構えるスペックへと殺到した。1発でも数十センチの装甲板をも破壊する威力のある弾丸である。スペックがいかに鍛え上げた肉体を持とうと、到底耐えられる物ではあるまい。だが。
「……やはり効果はありませんか。それが『聖槍』の力ですか……」
 珍しく額に汗を浮かべ、水鏡は呟いた。その眼前にはスペックが構えた槍の放つ不可視の力場に捕えられ、空中に制止する弾丸が3個。無論スペックには傷一つ無い。
「くっくっく、こんなものは『聖槍』の真の力からしたら……実際にあればの話だが……おまけのようなものに過ぎんよ」
 厄介ですね、と口の中で呟く水鏡。その耳が遠い所から響く銃声を捉えたのはまさにその時だった。
 誰でしょうか? ダンジョンの中ではありませんし……第一今回集められたトレジャーハンターの中で拳銃を扱うのはわたしだけのはず。まさか、人質たちの身に何か?
 だがスペックもまた今の銃声を捉えたらしく、狼狽したように天井を振り仰いだ。
「誰だ!? 私の許可無く発砲した愚か者は!?」
 だっと身を翻すスペック。どうやら彼の予定外の事が起きているらしい。
「待ちなさい! 説明してもらいましょうか」
「時間が出来てからにしよう」
 意外と素早い動きで姿を消すスペック。とっさに追う水鏡だったが、既にスペックがトラップを発動させた後だった。四方八方から射出される矢の雨をかわす水鏡の前で、スペックを飲み込んだ奥の部屋の扉が閉まった。

「何だろう?」
 思わず振り仰いだ鷲士につられるように、志岐も天井を見上げる。
「もしかして……人質が解放されたのかしら……」
 同じような事を考えたのは他の所で狂言戦闘を繰り広げていたトレジャーハンター達も一緒だった。だが彼らは皆、すぐに思い知る事になった。事態はより混迷の方向に向かっているのだと。

「まさか、彼らが……」
 ナンバーワンの声に、Dr.アルディーとベルディ、犬神長元坊が思わず振り返った。
「知っているのですか?」
「ええ……。『円卓騎士団』。恐らく彼らの目的も『聖槍』です。急いで人質を解放しないと。彼らは『聖槍』を手に入れるためなら、この船を沈めることも全く躊躇しませんから!!」
 長元坊の問いに応えるナンバーワンの言葉は、3人を凍りつかせるに足るものだった。どうやら事態は彼らが考えるより複雑かつ大きくなっているらしい……。
「わかりました」
 どうにか持ち直した長元坊が声を上げる。
「今すぐに解放作戦開始!! 麒麟、驪龍!! 派手に暴れて見張りの目をひきつけろ!! 饕餮は人質達の誘導だ!!」
「はいなっ!」
「了解……」
 長元坊の声に犬耳犬しっぽで半透明の美少女狗神達が応え、ポニーテールの方……麒麟が手にしたハリセンで戸を派手に吹っ飛ばす。轟音にとっさにマシンガンを構えようとした見張りたちの背後に素早く回りこんだ驪龍が、その手を閃光のように振るって鉄扇の一撃を食らわした。声も無く昏倒する見張りを後に、通路の更に奥へと向かう麒麟たち。
 一方その騒ぎは牢獄の方まで響いてきた。美貴達が顔を上げるのと、見張り連中が慌てたようにマシンガンを構えて駆け出すのが同時。とたんに一人が何かに足を取られ、硬質な床と情熱的なキスをする羽目になった。
「やりぃっ!!」
 叫んだのは牢獄の中にいた8歳くらいの少年……ダニーとレミ夫妻の愛息、トビーだ。なんと彼は今まで自分を縛めていた手錠を素早く牢獄の格子と見張りの一人の足に繋いでしまったのだ。そこで美貴が「力」を使うと容易く扉が開く。真っ先に飛び出したのはキンニクだ。
「あっ!!」
「逃げ出すぞ!!」
 振り返った見張りがマシンガンを乱射した。だがキンニクはまるで恐れる風も無くその弾丸を自分の体で受け止め、平然と相手に襲い掛かり、一撃で床に叩きつけてしまった。
「すげえや、俺の父ちゃんみてぇだ!」
 トビーの歓声にちょっと照れくさそうに頭を掻くキンニク。『アガートラーム』と二つ名を持つダニーと比べられ、こそばゆかったのだろう。
「皆さん、急いで。どうやら予定外の事が起こりつつあるみたいなんです。まずはこの船から脱出しましょう」
 饕餮の声に全員が振り返り頷いた時、別の見張りが姿を現したが、すぐにも背後からの攻撃を受けて沈黙した。その見張りを貫いた槍を振るって死体から抜き取ったのは『13人の孤児』のナンバーサーティーンだった。
「こっちだ!!」
 ナンバーサーティーンの声に、全員が駆け足になる中、美貴とみゆは心配そうに振り返った。
「鷲士、大丈夫かな……」
「たーにぃ、どこ……?」

 スペックは一瞬声を失った。転移装置を使ってダンジョンから急いで駆けつけたパーティー会場は既に占領された後だったからだ。黒ずくめにノクトビジョン、完全武装……と来れば普通ミュージアムの戦闘員を連想するが、しかし彼らではない。その胸に燦然と輝く剣のマーク。あれは……間違いない。『円卓騎士団』だ。奴らが来たのだ。
「スペック・ライヒマンだな? 『聖槍』……渡してもらおうか」
 小さな眼鏡をかけた、白い軍服状の服を身に纏った若い男が、スペックが腰を降ろすゴンドラの下へと足を運び、開口一番そう言った。
「その手にしている物……それがそうなのだろう? お前には過ぎたる物よ。さあ、渡すがいい」
「断る」
 スペックは歯を剥き出して笑った。やけになったのではない。十分勝算があって笑ったのだ。そして、今回の真の目的を果たすチャンスはまだ失われていないことを悟って。スペックが見ていたのは眼鏡の男ではない。眼下で他の招待客と共に大人しくしている(顔は不満そうにふくれていたが)一人の少女しか目に入っていなかったのだ。赤い、ワンピースドレス。メノウのような瞳。長髪をツインテールにまとめた、絶世の美少女……。
「クックックッ……。これが『聖槍』らしい事は先ほど確かめた。しかし敵の攻撃をキャンセルできる武器は他にもある。そこで『聖槍』が『聖槍』たる所以……。『災いの一撃』、試させてもらう……!!」


第2場

 ぶちっ。
 鷲士は不意に聞こえた音に思わず視線を下に向けた。音と共に、言い知れない嫌な予感もまた感じて。
「……靴の紐が……切れてる……?」
 鷲士はたらりと汗を流した。これが美沙と出会う前ならば、相当に古くなった靴をずっと履いていたから紐が切れてもおかしくは無い。だが……。今鷲士が履いているのは、美沙が
『ええっと、やっぱりトレジャーハントするなら靴もひつよーよねっ。それに無敵パパ育成計画にも沿ってるし』
 そんなことを鼻歌交じりに言いながら、ついこの間見繕ってくれたぴかぴかの新品である。古くなったから切れましたなどという事は断じてありえなかった。
「……気の流れがおかしい」
「えっ?」
 鷲士と相対していた志岐がぼそっと声に出したのに、思わず聞き返してしまう。
「……何時の間にか……船の中の人の数が増えてる……しかも増えた方のいずれもが武器を持って……」
 志岐は陰陽師だ。空間の気の流れを読み、状況を知るのに長けている。その志岐が言うのだ。なにやら異変が起きていると見て間違いないだろう。
 では、いったい何が起きているのだ!? 鷲士達は顔を見合わせた。
「人質がどうなったのかはわかりませんか?」
「待って……」
 どうやら予定外のことが続けざまに起きているらしいと悟った鷲士は狂言戦闘を放棄し、辺りの気を探るのに専念し始めた。志岐はというとこれまた空中に指で格子模様を描きながらなにやら術を発動させている所。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……『蔦蔓』の名において命ず。格子の彼方に我が望みし姿を見せよ……」
 ぽう……っと志岐が描いた格子模様が空中で淡い燐光を放って青白く光りだす。驚いて鷲士が見守る間にも、格子模様の隙間は次第に何らかの輪郭を形作って、どうやらその向こうに離れた所の光景が浮かび上がっているらしいのだった。
 二人がそれに見入る間に三々五々、通路のあちこちから姿を現す者達がいる。異変が起きたらしいと気付き、戦闘を中止したトレジャーハンター達が集まってきているのだ。
「人質達……無事。『13人の孤児』は約束を守った。みんな、救命ボートに乗り移って、海に出た所……」
「そうか」
 志岐の声に両拳を打ち合わせたのはダニーだった。
「ならば遠慮は要らない。すぐにもみんなでこのダンジョンから脱出しよう。『聖槍』は確か水鏡氏が最も先に行っていたようだからお任せしよう」
「その水鏡が戻ってきたみたいだが」
 テルーの声に何っと皆が振り返ると、確かに水鏡 一が駆けて来るところだ。何やら、彼にしては慌てているようだ。
「どうしたんです、水鏡さん?」
 レミの声に、水鏡は早口で応えた。
「急がねば……!! あの『聖槍』は危険です!! わたしだけでは先に進めない。皆さんの力が必要です!!」
 それと同時に、耳をつんざくような爆音が上がり、そこかしこが鳴動した。いったい何が、と叫ぶのもそこそこに、彼らは水鏡を先頭に「ゴール」へと駆け出した。

 美貴は思わず振り返った。大爆発が、背後の「クィーン・アマンダ」で起きたからだ。思わず「父ちゃん!」と叫んだのはトビー少年だろう。美貴も声が出たならしゅーくん、と叫んでいたに違いない。
「たーにい……!!」
 傍らのみゆが青ざめて呟く。人質だった全員が、救命ボートから後方を見て顔色を失っていた。激しい閃光と共に「クィーン・アマンダ」で爆発が上がり(その更に彼方の海面まで瞬時にして沸騰し、巨大な雲が形成されるほどだった)、今にも沈みそうになっていたからだった。
「ナンバーツーたちはこのまま進路を北西北に取ってください。ナンバースリー、ナンバーシックス、ナンバーテン、ナンバーサーティーンはわたしについて来て!! 急ぎ、あの船に乗っていた人達を救助します!!」
 凛として立ち上がったナンバーワンの声に呼応して立ち上がる者達。精悍な黒人、童顔でスレンダーな肢体ながら誰もが目を引き寄せられる美女、肥満体でアニメキャラのプリントされたTシャツを着ているヲタクにしか見えない男、槍を手にした美丈夫。
 立ち上がった全員を自分の「力」の中に組み込み、瞬間移動するナンバーワン。それを見ながら美貴はみゆの小柄な体を抱きしめて、さっきから感じる胸のつぶれそうな思い……虫の知らせだろうか? それにまんじりともしなかった。

 少々時間はさかのぼる。
 たん、とスペックは軽やかに宙を舞った。その動きに『円卓騎士団』の眼鏡の青年……アーサーは思わず彼の姿を目で追ったが、どういうわけかアーサーは何もしなかった。
 妨害に会うことも無くほとんど音も無く着地すると、スペックは『聖槍』を構えて突進した。その足の先にいたのは……
「ち、ちょっと!! 何する気よっ!?」
 美沙がスペックのいきなりの突進に泡を食って叫んだ。いきなり大の大人が走ってきたら誰だってそう叫びたくもなるだろう。しかも敵の掌中には禍々しい輝きを帯びる槍。美沙は生涯でも最高と思えるほどの速さで逃げ出した。それを更にスペックが追う。そのスペックに、横合いから小さな影が走り出た。
「美沙姉ちゃんには指一本触れさせないぞ!!」

 九頭・右竜徹陣(未完成)!!

 虎雄だ。まだ完成には程遠いけれど、十分な破壊力を秘めた右竜徹陣である。だが。
「えっ!? 馬鹿なっ!?」
 虎雄の拳はスペックまで届いていなかった。『聖槍』の力場に阻まれてしまったのだ。にやりと口の端をゆがめ、顔面神経痛のような表情で笑ったスペックは『聖槍』にわずかに力を込めた。それだけでもともと体重の軽い虎雄は軽々と吹き飛ばされてしまった。
「虎雄!?」
「愚かな餓鬼だ! 『遺産』級の武器相手に素手でどうにかなるとでも思ったか!!」
 思わず振り返った美沙に、再度スペックが迫るが、その前に立ちはだかる者がいる。美沙とよく似た美貌。双子の弟、樫緒だ。
「愚かなのはあなたです。虎雄くんは自分のなすべき事をしたまで。僕の目には乱暴狼藉を働こうとするあなたこそ愚か者と写りますが?」
 言い終わるよりやや速く、青白いスパークが走った。樫緒が不可視の「力」を放ったのだ。これでよい。一撃でスペックを吹き飛ばし、『聖槍』とやらもへし折ってくれる──そこで樫緒は驚愕に目を見開いた。スペックが全く意にも解さず突っ込んできたのだ!!
「くっ!!」
 樫緒は体術を多少なりとも習わなかったことを呪った。少なくとも父さんに結城の「力」を使わずに相手を転ばす技の一つも教わればよかった、と。樫緒の放った「力」を打ち消して、スペックは更に駆ける。美沙を狙って……!
 冴葉もまた美沙を救おうとさっきから拳銃でスペックを狙い撃ちしていたが、いずれも当たらない。全て『聖槍』の力場に絡め取られ、スペックまで届かないのだ。
「美沙ちゃん!! わたしの後ろに!!」
 鷙熾が叫んだ。その手に玩具の銃がある。そんなものじゃ、と叫びかけ、まさかと美沙は目を丸くし……賭けてみる気になって鷙熾の背後に回った。ちょうどその位置だとスペックの背後には誰もいなかったのだ。そう、船の外側にも……。
「美沙ちゃんを傷つけようなんて……絶対に許さないっ!!」
 鷙熾の構えた銃からはチューブが伸び、彼女の背負うランドセルの中に繋がっている。そのランドセルの中をたまたま覗いた美沙は絶句した。中で光っていたのは六十四卦盤だったのだ。確かこれ、八卦炉の一部じゃなかったけ……!!
 ということは鷙熾が持っているあの銃は間違いなくオーパーツ。それも、下手をすると桐古のブラマダッターより強力な代物。
「火尖槍!?」
 光が迸ったのは、美沙が叫ぶのとほぼ同時だった。瞬時にしてスペックを飲み込んだ光……仙術最高の焔にして、万物を焼き尽くすという三昧真火の輝きは伝説にたがわぬ威力を存分に発揮した。あまりにも高温であるが故に、分子構造そのものが崩壊し、完全な「消滅」がそこにあったのだ。
「や……やった……」
 助かった。そう思った美沙はほっとため息をついて……。突然の激痛に身をよじった。その喉をつくのはほとんど意味をなさない悲痛な声。
「美沙ちゃん!?」
 美沙の悲鳴に振り返った鷙熾は絶句した。馬鹿な。あの太古の不死の王たる牛魔王をはじめ、多くの強大な存在を沈黙せしめた三昧真火を真正面から浴びたというのに。そこには、全く無傷で美沙の右太ももを『聖槍』で貫くスペックの姿があったのだ。
「ククク……。無駄、無駄、無ゥ駄ァ!! 『聖槍』は絶対神が姿を消す前にそれまでの全ての力を結集して作り上げたとされる最高傑作。三昧真火如きでは滅する事は敵わぬよ!!」
 穂先をずるりと美沙から抜き、鮮血を飛び散らせてスペックは吼えた。
「さて……。結城美沙フォーチュン・テラー・インダストリー会長。お前が最も『聖槍』の『災いの一撃』の効果を計りやすいのだ。もし真実この『聖槍』が本物ならば……使いようによっては真に世界を支配する事も可能だ……!!」
 私はそれをゆっくりと見せてもらおう、と言いながらスペックはなぜかそれ以上その場に留まらずに走り去ってゆく。その行く先には大型のヘリが見えた。さっき鷙熾が吹き飛ばした向こうにホバリングしているのだ。あっという間も無い。スペックがヘリへと飛び乗るとそのまま夜空へと消えていってしまった。
「姉さま!」
「美沙ちゃん!!」
「ボス!」
「美沙姉ちゃん!!」
 みんなが慌てて駆け寄ると、美沙は刺された右太ももを押さえながら……苦しい息の下で声を出した。
「冴葉……今すぐにわたしをフォーチュン会長から罷免するのよ!! ……今すぐに!! 『災いの一撃』の効果が出ないうちに!!」

 鷲士が皆と協力して転移装置を見つけ出し、パーティー会場に踏み込んだ時には……ナンバーワンたちが転移してきた時には、全てが終わっていた。


第3場

 救命ボートが近づいてくるのに気付き、美貴は思わず身を乗り出した。他の数人も口々に何事か叫びながらそちらの方を指差している。彼方には今しも沈みゆく豪華客船の姿。
 やがてボートに乗っている人たちの顔が判別できるほど近づいた時、美貴の顔は輝いた。
「しゅーじ、来てくれたんだ……!!」
 色々あったたけど、やはり来てくれた。『ゆうちゃんを助けに来た』わけじゃないのが悲しくもあるけど、それでも嬉しいものは嬉しい。
 だが、ボートがより近づくにつれて美貴も変だと思うようになった。異様に、暗い。そして鷲士はその暗さのためにいつにも増してみすぼらしく感じられた。その傍らの樫緒までが心なしかみすぼらしく感じられるほど落ち込んでいる。そして……鷲士の腕の中には。
「美……沙……?」
 口は悪いし、やる事なすこと無茶苦茶だけど、親思いで可愛い愛娘。その美沙が苦しそうに、毛布に包まれて喘いでいる。
 いったい何があったの? もしかして、いや、もしかしなくてもわたしのせいなのか?
 慌てて隣まで来たボートに乗り移る美貴。
「しゅーじ……!! いったい何があったんだ!? 美沙が! 何で……!?」
「それについてはわたしが説明しましょう」
 口を開いたのはナンバーワンだった。
「美沙さんは……『聖槍』に脚を貫かれてしまったのです……」

 時間は少しさかのぼる。鷲士達やナンバーワン達がパーティー会場に踏み込んだ時にはスペックの姿はとうに無く、樫緒達が倒れた美沙を囲んでいるところだった。
「美沙ちゃん!?」
 美沙の下半身が血まみれなのに気づき、鷲士は慌てて駆け寄った。
「いったい何がどうして……!?」
「『聖槍』で刺されたのだ」
 鷲士には聞き覚えの無い声が背後で応えた。振り返った鷲士の視界に入る青年の姿……円卓騎士団を率いる小さな眼鏡の若者だ。
「自己紹介が遅れたな、ダーティ・フェイス。私はアーサー・C・ドレイクという。ナイトの称号を持ち、また円卓騎士団の統合者でもある」
「あなた達は……」
 美沙を守ろうと戦ったのがありありとわかる虎雄や樫緒を見て、鷲士は怒りのこもった視線をアーサーのほうへと再度向けた。
「何もしなかったのですか!? こんな……こんな小さな女の子が襲われたというのに!! 何がナイトの称号だ!!」
「ノンノン」
 アーサーは首を横に振った。
「我々は戦うべき時を知っているだけの事。第一あの『聖槍』は、あらゆる攻撃を無効化する力がある。我々が戦った所で何もできはせんよ。それより『聖槍』の真贋……我らも知りたかったしな」
「愚かな……」
 思わず声に出したのはナンバーワンだった。
「あなた達、ナイトの称号は飾りですか!? 騎士たるもの、婦女子の危難には一命を賭して戦わねばならぬはず!! あの虎雄くんという少年の方が、あなた達の何倍も何十倍も何百倍も騎士らしいですわ!! それにわかってますの!? 美沙さんはFTIの会長。そんな立場の人が『聖槍』の一撃を受けたら……!!」
「ふむ、『聖槍』とはすなわち刺された人間の関係するあらゆる組織、人物に対してピラミッド状に因果律を負の方向へ書き換える装置。故に国を統べる者が刺された時には国が荒廃し、滅亡の瀬戸際に立たされたほどだからな。FTIは全世界に関係する。世界そのものが崩壊するほどの影響があるだろうよ。もっともダーティ・フェイスにとってはその娘が刺されたこと自体が最大の災厄であるようだが。だが我らには関係ないことだ」
 何、と顔を上げる鷲士。その彼の前にアーサーがかがみこんでくる。
「『聖槍』によってつけられた傷は『聖槍』をもってしか回復できぬ。どうだ、ダーティ・フェイス? その娘を救いたいのだろう? 我らはさほど数が無い。かといってミュージアム如きとは手を組みたくない。お前のようなトレジャーハンターならば充分に力になってくれよう。……我らと手を組まぬか?」
 アーサーの言葉に真っ先に反応したのは虎雄だった。
「何言ってんだい!! 美沙姉ちゃんを見捨てた奴が、偉そうに言うない!!」
「僕も同感です、父さん。それにこの男は信用ならない」
 樫緒も反対する。だがアーサーは悠々と立ち上がると、だいぶ傾きの大きくなった床を踏みしめながら去っていった。
「考えておいてくれ。付け加えるならば、スペックの奴に発信機を打ち込んでおいた。殺傷力のないものは『聖槍』の力場にも引っかからないんでな。だから我らの方なら確実に『聖槍』にたどり着けるぞ。そこのヴァチカンの飼い犬どもとは違ってな……」
 もし我らの仲間になるなら、明日の午前10時までに関西国際空港まで来てくれと言い置いて、アーサーは手の者全員を連れて去っていった。後にもはや声のない人々を残したまま。

 Dr.アルディーが助手である少女ベルディーに手伝わせ、美沙の脚の傷をなんとしても縫合しようと悪戦苦闘していた。しかし針を通し、糸を通しても肉の方がぐすぐすと腐って崩れ落ちてしまう。
「クソッ!! 今持ってきている物ではどうにもならないぞッ!! 設備の整った病院に運ばねば!!」
「美沙ちゃん!!」
 鷙熾が泣きながら叫んでいる。
「わたしの肉を上げる!! 多分効き目あるよ!! ねえっ!」
「そ、それは断るわ……。人魚の肉を食べたらどうなるか、嫌ってほど見たから……」
 美沙がどうにか返答したその時だ。船首の方角から鳥が飛んできた。いや、鳥にしては大きい。何より、12枚もの光り輝く翼を持つ鳥などいはしないだろう。ぐんぐん近づいてきたそれは浅黄色の和服に身を包んだ、小柄な……漆黒の髪をポニーテールにした少女らしいと知れた。
「お母さん……!!」
 鷙熾の声に、鷲士はええっと空を振り仰いだ。美沙も声もなく見上げている。あっという間に彼らの頭上に飛来した天使は、鷲士の目の前に音もなく着地するなり鷙熾の頬をぶっていた。
「この馬鹿娘!! 黙って姿を消すとはどういう了見だえ!?」
「お、お母さん、そんな事よりも美沙ちゃんが!!」
 その時になって鷲士ははじめて二人が携帯電話を持っているのに気付いていた。携帯電話で連絡を取り合う天使。なんだか天使のイメージが粉微塵に砕け散りそうな光景だったが、それとは別に……目の前の和装の天使に鷲士はごくりとつばを飲み込んだ。幼い自分を山奥に置き去りにした母。もう顔も思い出せない母。それがいきなり目の前にいるのだ。
 天使────ココリスもまた鷲士と彼の手の中の娘に気付いた様子で、一瞬戸惑ったように立ち尽くしたが……すぐにかがみこむと美沙の顔を覗き込み、掌で彼女の汗を拭った。
「……何たることじゃ……。またしても『聖槍』が使われたかえ。選りに選って孫娘が……」
 悲しそうに目を伏せ、それから周りを見回したココリスはナンバーワンに目を留めていた。
「おや、久しぶりじゃのリネット」
「……ココリスさまにはお変わりなく」
「『聖槍』の悲劇、繰り返さぬのではなかったかえ?」
 ココリスの声にナンバーワン……いや、リネットはつらそうにうつむいてしまった。しばし、沈黙が辺りを支配する。そこで冴葉の携帯が着信音をかき鳴らした。しばらくやり取りした冴葉は、彼女にしては珍しく脂汗を流しながら振り返った。
「……FTIの株がなぜか大暴落して、大混乱状態だそうです……。ボスを急いで書類上罷免したら落ち着いたようですが……」


第4場

「おいおい……こりゃあいったい何なんだよ!?」
 戸惑いと焦燥、苛立ち。そんな響きが、彼の声の中に確かにあった。
「毒素は検出されないし、ウィルスでもねえ……! ただ、傷口の周りがどんどん崩れていく……!! またナノマシンか!?」
 振り返った古谷大地は鷲士と冴葉の顔をうかがった。「クィーン・アマンダ」の沈没地点が紀伊半島の近くだったため、事情を知っている古谷の診療所に美沙を担ぎ込んだのである。
「いえ、ボスの許可を得て肉片を採取し、FTIのラボで調査させていますが、ナノマシンすら検出されていないということです」
「もしかしたらミーミルの水みたいに素粒子レベルの何かが──」
「いや、それも恐らく違う」
 鷲士が思わず声に出した時、Dr.アルディーが疲れたような表情で手を休めながら振り返った。その額に噴出した汗を背伸びしながらベルディが拭き取っている。
「これは私見だが……。この『崩壊』、むしろアポトーシスに近いような気がする」
「アポトーシス!?」
 鷲士の声にDr.アルディーは淡々と続ける。
「そう。細胞の死には二つの形態がある。外的要因、すなわち何らかの作用によって細胞が損傷し、死に至るのがネクロトーシス。逆に、細胞が自殺するのがアポトーシスだ。わかりやすい例をあげよう。我らは母親の胎内から出てくる時にはもう5本の指がある手を備えている。だが赤ん坊は分化の段階では魚類や両生類のような姿をしていて、水かきもあるのだ。そこで遺伝子が命ずるんだよ。人間の手となるために、水かきを構成する細胞に自殺しろってな……」
「それがアポトーシスですか……」
 樫緒の声にアルディーは頷いた。
「アポトーシスは日常的に起こっている。それによって我らは人としての形態を保つことが出来るんだ。もちろん細胞の自死ばかりだとあっという間に死んでしまう。そのために常に新たな細胞が生まれ、補っているんだ。成長期は新たに生まれる勢いがアポトーシスを上回るためにぐんぐん大きくなる。ピークを過ぎると勢いは同じくらいで均衡が取れ、人はそれ以上成長しなくなる。更に歳を経るとアポトーシスが新たに細胞が生まれる勢いを上回り、老化現象が起きることになる。実際、このバランスが崩れる奇病のために12歳なのに肉体年齢が80を過ぎてしまった子供の例が報告されている……」
 ふう、と息を継ぐアルディーに、冬海こと翔仔がお茶を出した。ありがとう、とお茶を空けるアルディーと翔仔をきょときょと交互に見て、ベルディが「あたしもッ」とか何とか叫びながら飛び出していく。
「話を続けよう。美沙嬢の傷だが、傷口から順にアポトーシスを起こし、乾燥した状態になっていっている。と同時に細胞間の結びつきが希薄になっているらしく崩れやすい。今の段階ではどうすれば進行を止められるのか心もとない。ほうっておけば明日には右足を全部……腰から下全部諦めねばならなくなる」
「切る……んですか?」
 拳が白くなるほど強く握り締め、鷲士が声を振り絞るのに、アルディーは頷いた。どうやらほぼ同じ結論に達していたらしく、古谷も頷いている。
「できれば切らずにおきたい。だが、今の進行速度のままだと、遅くとも明日の昼頃には切り落とさなきゃならなくなるんだ。さもないと腰から上も連鎖的に崩壊するぞ、草刈」
 古谷の声も重い。人質を救助したというのに一同の表情はますます暗く、空気も非常に重い。追い討ちをかけるようにテレビのニュースキャスターが早口で緊急ニュースを伝えるのが聞こえる。
『5時間前にマイナス5000%という未曾有の大暴落を起こしたフォーチュン・テラー・インダストリー社の株は、現在小康状態にあるものの依然として下落状態にあり、それに連動するようにして傘下企業および関係企業の多くが下落傾向にあります! また、3時間前から結城グループの株も下落を開始し……』
「樫緒くんの線から結城にも飛び火したようじゃな」
 ココリスの声にも樫緒は顔を上げない。ただ手当てを受けている姉をじっと見つめているだけだ。ちなみに山岡氏は一足先に結城の本邸へと戻っている。
『新たな情報が寄せられました!! 数時間前までは正常に作動していた全世界のコンピューターに急にバグが発生する騒ぎが起こっており、既に一部地域のネットワークが機能しなくなり……』
「FTIのOSか……。本当に人間かどうかなんて関係無しに、雪崩を打って悪い方へと事態を捻じ曲げられている……」
 青ざめた表情のまま夜月が呟いた。それを受けるようにフォルナーも額に脂汗を浮かべて口に出す。
「確かに……。わたしのウェアラブルPCが正常に作動しなくなった」
 彼の腕に装着されているのはFTI傘下の一企業が試験的に販売した一般向けのウェアラブルPCで、美沙達が使っている物より1世代前のものだったが動作に関しては信頼の置けるものだったはずだ。それが今や作動不良に陥っている。
『また新たなニュースです! パラサ共和国、タルボ民主共和国の各地で暴動が起きている模様です! また、アンキロ首長国、マメンチ人民共和国、ヤンチュア王国にて突発的な嵐が発生し、かなりの被害が出た模様! また、トウジャン公国、スピノ共和国にて疫病が急に発生、既に500人近くが病院に収容された模様……死者は今のところ無いようですが……』
 がた、と立ち上がったまま硬直した冴葉に、鷙熾が恐る恐る声をかける。
「冴葉さん……もしかして……?」
「ええ……。全部、FTIが援助していた国です……」
 全員、絶句。まさか、たった一人の少女が一本の槍に刺されただけでこんな事になるとは。その時だ。
「だから……言ったでしょ、冴葉……。『聖槍』は影響をピラミッド型に及ばしていく。このまま放っておくと被害が拡大するの!! 書類上ではなく、正式にわたしを罷免するの! 早く!!」
 美沙だ。何時の間にかベッドから身を起こし、激痛に身をよじりながらも瞳はしっかりと一同を見回している。
「……わ、わかりました、ボス……」
「ほら! もうボスと言わない!! 精神的なピラミッド関係すら『聖槍』の対象なんだからね!! これからはわたしはFTIとも関係ない一人の小娘。そうしないといけないのよ……。樫緒ちゃんも!! 正式に結城と縁を切るわ! いいわね!?」
「姉さま、僕は……!」
 樫緒が思わず立ち上がるが、その肩を押さえる人がいる。鷲士だ。
「父さん!?」
「……樫緒くん、今は言うとおりにするんだ。今はまず被害を食い止めること……そうでしょ? 大丈夫。美沙ちゃんさえよくなれば、事態は好転するんじゃない?」
 振り返った向こうには『13人の孤児』の姿がある。特にその中央……ナンバーワンの姿に、鷲士の視線は向けられていた。
「……ええ……」
 何かためらうような調子で、彼女は応えた。
「その傷は『聖槍』をもってしか癒せません。逆にいえば『聖槍』さえ手に入れれば事態は好転します。『聖槍』が本当に傷つけるのは肉体ではなく因果律そのものなんですから。因果律が回復しさえすれば、全ては上昇に向かいます。……でも、『聖槍』を見いだす前に美沙さんが亡くなっては意味がありませんわね。……これを」
 ナンバーワンの腕を拘束する数本のベルトのうち一本が不意に外れた。それを手に取り、恭しく捧げ持って鷲士の方に歩き出したのはナンバーサーティーンだ。その背後からうろたえるような声がする。
「お待ちを、ナンバーワン!! それを外したら……!!」
「いいのです、ナンバーツー。しばらくなら持ちこたえられます。それより今は美沙さんの症状を止めることが先決です。鷲士さん、美沙さん、決断が遅れてごめんなさいね」
 なおも詰め寄ろうとするナンバーツーらへナンバーサーティーンの声が制止をかける。
「諦めなよ。こういう時のナンバーワンの……リネット様の頑固さは、俺より付き合いの長いあんたらの方がよく知ってるだろ?」
 言いながら美沙の前に立ったナンバーサーティーンは、小さな女王の前に跪き、右太ももの傷より少し付け根に近いあたりを手にしたベルトで少しきつめに締めあげた。するとどうだろう。急に傷の崩壊が止まったではないか。
「……まさか、ナンバーワンって……」
 痛みが消えたわけではないのだろう、脂汗で一杯の顔をナンバーワンの方へ向けた美沙は、ナンバーサーティーンの手でベッドに横たえられると、疲れもあったのだろう、そのまま……泥のような眠りに落ちていった。

 古谷の病院から出た鷲士は、背後の気配に振り返った。ナンバーサーティーンだ。
「……決断したようだな、ダーティ・フェイス。いや、あえて草刈鷲士と呼ぼうか」
「ええ、決断しましたよ、ナンバーサーティーン……いえ、原田左之助さん」
 別段驚いた風でもなく鷲士の隣に立つナンバーサーティーン……元新撰組十番隊組長、原田左之助。
「あの後で落ち着いた都ちゃんに、あなたは多分原田左之助だろうって聞かされましたよ。そうならばあの強さ……説明できる」
「俺は今、そういうのんきな世間話に興味は無い」
 左之助は空を見上げてそう言った。既に夜明けも近く、東の空が白々と開けようとしている。
「草刈鷲士、お前はどうするのか、それを聞きにきた。俺の正体など今はどうでもいいことだ。そうだろう?」
「僕は……」
 鷲士は拳を握り締めた。
「僕は、父親なんだ。美沙ちゃんを助けるためには『聖槍』が必要なんでしょう? ……『聖槍』を手に入れるためなら、美沙ちゃんを助けるためなら、そして美沙ちゃんに関わりのある人たちを救うためなら、僕は悪魔とだって契約します! ……僕は今はまず、『聖槍』を手に入れないとならないんだ……!!」
「そのセリフ、確かに聞き届けた」
 左之助はふっと微笑むと、くるりときびすを返していく。
「忠告だけはしておこう。円卓騎士団……特にアーサーというあの男、俺たち『13人の孤児』とも因縁浅からぬ奴だが……。気は許さないようにした方がいい」


第5場

 関西国際空港のロビーは閑散としていた。ここにもFTIが傾いている影響が如実に現れているのだ。一夜にして外務省の発表した渡航自粛勧告は100件を越え、また、FTIのOSを採用した最新鋭機がことごとくトラブルに見舞われたため運行を全面的に停止し、発着自体が少なくなっている。
 普段なら出張するヒトや商談にいそしむサラリーマンで騒がしい時間帯であるというのに、静けさがあたりを支配していた。FTI不振の影響で業績が急激に悪化した各企業が、当面の商談を凍結したり先走って大量の首切りを行なったりした結果だった。結城グループは樫緒の代わりに帰還した山岡氏のとっさの差配により、そういった混乱はさほどなかったようだったが、それでも業績が悪化していることに変わりはないようだ。
 そんなわけで、普段どおりの光景の中でも目だったであろう彼らを見つけるのにさほど骨を折ることはなかった。
「……よくぞ来た」
 鷲士が声をかけるより先にアーサーが両手を広げて笑った。
「よくぞ決意した。円卓騎士団へようこそ、ダーティ・フェイス!!」
「勘違いしないで欲しい」
 鷲士の声に、アーサーは口を止めた。
 こうして並び立つとアーサーは実に長身だった。何しろ日本人にしては長身の鷲士より頭一つ分高いのだ。『13人の孤児』のナンバーツーと比べても謙遜ないだろう。
「協力は、します。あくまでも『聖槍』を手に入れて、美沙ちゃんの傷を癒すために。あなた達の一員になりに来たわけではない」
「わかっているよ」
 アーサーも平然として言い放つ。
「我らはただ協力を乞うただけ。それ以上の事は求めていない。第一円卓騎士団のメンバーになるには、プロテスタントの敬虔なる信徒であらねばならないという条件があるのだからな」
 では早速行こうか、ときびすを返すアーサーに、鷲士はどちらに向かうつもりなのかと問うた。
「……我らが故郷、大英帝国に。スペックの奴どうやら我らの裏をかいてウェールズに向かったようだ。一刻も早く追いつき、『聖槍』を我らのものとするのだ。『聖杯』は我が手の者が手に入れているはず。これさえあれば『聖槍』も我らの物だ……畏れるに足らん」

「ウェールズか!」
 叫んだのはナンバーファイブだ。2メートルを超える巨漢で、痩せているナンバーツーと違い筋骨逞しい姿をしているため『大巨人』とでも呼びたくなるおもむきだ。だが意外なことに非常に手先が器用で趣味は細かい模型作りであり、その腕から『13人の孤児』の機械関係全般の担当者だった。その彼がヘッドホンを耳に押し当てながら不意に叫ぶのに、その場に居合わせた全員の視線が集中する。
「上手くいったよ、ナンバーサーティーン。君がダーティ・フェイスに渡してくれた盗聴器は正常に作動している。どうやら円卓騎士団はウェールズに向かう気らしいな。そこにスペックが向かっているとか」
「わたしたちも早速向かいましょう」
 すぐ立ち上がって声に出すナンバーワン。だが、不意に立ちくらみがしたのかふらっと崩れ落ちてしまった。
「ナンバーワン! ですから、ベルトを渡しては……」
 とっさに手を差し伸べたナンバーサーティーンに支えられたナンバーワンに、ナンバーツーが声をかける。だがナンバーワンは、少し青い顔をしながら応えた。
「美沙さんにお渡ししなかったらきっと後悔していましたよ。この選択でよかったと確信しています。それより、早く出発しなくては……」
「当然、わたしも行くからね!!」
 不意に背後からした声に、えっと振り返ったナンバーワンはそれこそ目を丸くして立ちつくした。
「鷲士くんも鷲士くんよ。気持ちはわかるけど、わたしのせいで危険な所に飛び込むなんて。そんな事して鷲士君が死んじゃったりしたら……たとえ助かったとしても嬉しくないよ……!」
「美沙さん……」
 着替えを済ませた子猫さまが仁王立ちしていた。その傍らには鷙熾、虎雄の姿もある。樫緒はというと玄関の方で腕組みしながら皆を待っているところだった。
「脚……痛いでしょうに……」
「こんな痛さ……!」
 美沙は拳がそれこそ血の気を失って白くなるほど握り締めた。思い返されるのは鷲士と暮らすようになって1年にも満たないけれど、12年分を埋め合わせるような大切な光景一つ一つ。トレジャーハントするときの鷲士くん。美沙達を救おうとがんばる鷲士くん。でもそれより何より、普段の暮らしの中で見せてくれる、素敵な笑顔。鷲士くんに会うまで知らなかった、普段の暮らしのささやかな出来事がとても嬉しいという心……。
「おとーさんが死ぬかもしれないって事の方がよっぽど……! 痛いわよ!!」
 それに、と続ける美沙の瞳に、ナンバーワンは釘つけにされた。見覚えのある光が、美沙の瞳の奥に見えたのだ。それは『決意』。自らの運命は自ら切り開くという意思の表れ。
「あなたに耐えられてわたしが耐えられないなんて事ある!?」
 今度こそ衝撃が一同の間を駆け抜けた。『13人の孤児』も動揺したのか声がなく、落ち着き払っているのはナンバーワンとナンバーサーティーンだけだ。
「やはり、わかりますか……。わたしもまた『聖槍』に貫かれた一人だと」
「そりゃね。このベルト……」
 応えながらミニスカートの裾を少しめくり、ベルトを押さえる美沙。
「時を止めたでしょ? 正確に言うと、細胞が分裂したり自死したりする基準となる時を止めた……。違う?」
「ええ、完全には止められないんですよ。第一完全に止めたら体が動かなくなりますからね。ゆっくりと……本当にゆっくりと時は流れます。だから崩壊は完全に止まっているわけではないのです。そうですね、普通のヒトなら1年で入れ替わる細胞が、100年くらいでようやく入れ替わる程度の速さになっているんですよ。だからわたしは……少なくとも1600年は生きてる計算になりますね……」
「1600年……」
 そんな途方も無い時を、彼女はこんな痛み、苦しみを抱えたまま生きてきたのかと美沙は一瞬気が遠くなりかけた。今だって痛みが間断なく襲い掛かって、このまま気を失えたらいっそ楽かとふと思ってしまうほどだ。
 ナンバーワン……リネットもまた、昨日の今日で立ち上がり、自分の運命は自分で切り開こうとする美沙を驚嘆の気持ちで見やっていた。『聖槍』が与えるダメージの深さは他ならぬ彼女がよく知っているから。
『なんて子……。わたしなんか初めは自分の運命を呪って泣き喚くだけだったのに……』
「……わかりました。そのお気持ち、よく分かりますから。行きましょう、美沙さん。……ココリス様、あなたの孫娘は……素晴らしい方ですね」
 その声に照れくさそうにぽりぽりと頬をかくココリス。彼女もまた旅装束を調えている。微笑みながらリネットは悠々と歩き出した。その様子からは到底彼女がその体に深い傷を追っているなどとは想像できなかった。

 それを更に陰から見張る複数の影。プラチナブロンドの髪、透き通った青い目、お人形さんのような整った顔立ちの可愛らしい少女が、傍らの笑顔を象った鉄仮面をつけた男性を見上げて小首をかしげながら声をかける。
「あの、レリックさん? どうして私達はこんな所でこっそりと隠れるようにしてあの人たちを見張ってないといけないんでしょう?」
「私はともかくあなた達は彼らとはっきり敵対してますからねぇ。こんな団体で出て行ったら話がこじれますよ」
 振り返るレリックに少女も習うと、背後の道を埋めるように、ミュージアムの戦闘員達が戦闘準備を整えて待機している。その光景に少女はため息。
「わたし……この人たち、キライ……」
 そんな少女を見やりながら、レリックは内心首をかしげていた。
『なぜこんな少女が……ハイ・キュレーターなどやっているのでしょうか……』

 その日、イギリスに向かった3機の飛行機が、世界を天秤にかけた舞台へと役者を誘っていた事を知る者はほんの一握りであった。

第五幕

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