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第1場
大英帝国。正式名称はユナイテッド・キングダム・グレートブリテン・アンド・ノーザンアイルランド(大英及び北アイルランド連合王国)。立憲君主制を採っており、君主は君臨すれど統治せずという形を堅持している。かつて「大日本帝国憲法」を作り上げようと各国の憲法や議会を勉強していた伊藤博文らが、モデルの一つに想定しながらも「王政復古」の考え方から結局当時のドイツ帝国を参考にしている。現在の日本がイギリスに近い統治形式になっていると伊藤らが知ったら、どんな顔をするだろうか。
この国はもとは他のヨーロッパの各地同様ケルト人が住まう土地であった。だが、ローマ帝国の勢力が広がり、ガリアを圧してブリテン島に及んだその時、ケルトから現れた英雄的将軍が勇敢に戦い、決して屈しなかったという。最終的にローマ軍はシーザーの死もあって撤退していき、ケルトは救国の将軍を称え、彼はのちのアーサー王のモデルになったとされている。
それから時代は下り、フン族のローマ侵入を契機に起きた民族大移動により、ゲルマン人の一派であるアングロ・サクソン人がブリテン島に侵入、現地のケルト人を圧し、あるいは取り込んでブリテンの新たな主人となった。アーサー王の伝説は彼らに引き継がれ、歴史が下るにつれキリスト教的な要素が加わっていった。
そのため今に伝わるアーサー王伝説は、キリスト教的な匂いが強いものでありながら妖精が出たり魔術師が出たりする等、非常に土着的な匂いが強いともされる。それだけにかつてのケルト人が伝えようとした事柄も強く残っていると考えられている。何よりアーサー王はケルトの偉大なる救国者なのだから……。
「しかし……」
鷲士はタラップを踏みながら、傍らを歩くアーサーに訊ねかけた。
「アーサーとは、また凄い名前ですね」
「名前負けしていないか、今でも時折不安になるよ」
鷲士の声に皮肉が混じっていたのに気付いたかどうか……ふっと笑みを浮かべて応えるアーサー。
「不思議な縁だ。我が円卓騎士団は現在11名いるが……。わたしをはじめアーサー王伝説に現れる人物と同名の者ばかりなのだ。ここにはおらぬが副団長はランスロットというし、特に腕のいい二人はトリスタンにガラハッド。この3人には『聖杯』探索に向かってもらっている。改めて紹介しておこう、ダーティ・フェイス。こちらの老師がマーリン。わたしの教師のようなものかな。こちらはモーガン・H・ドレイク……わたしの妹だ」
物静かな老人と、アーサーに似て並外れた美女。マーリンにモーガン。いずれもアーサー王伝説を彩る人々の名だ。そこでふと鷲士は思いついたように顔を上げた。
「騎士って言ってるけど別に剣を下げてるわけじゃないんですね……」
「そりゃあな」
肩をすくめ、アーサー。
「今は銃さ。円卓騎士団に入るには、銃も扱えないとならん……フェイス、お前は?」
はは、と誤魔化し笑い。お世辞にも銃の腕がよいとは言いがたいのだから。それをどう受け取ったのだろうか、アーサーは微笑み、自分の持つ銃を取り出した。優美な装飾のついた銃だった。ただしその内実はかなり無骨な、実用性のみを追及した銃であると知れる。装飾などあとから追加したものに過ぎず、一発でも撃てばあっという間にはがれ落ちてしまうだろう。そしてアーサーは、撃つ時に撃つ事をためらう人間ではないように思えた。
「どうして……?」
鷲士はまたしても問い掛けた。
「どうして……スペックに向けて引き金を引かなかったんだ……? その間に美沙ちゃんが逃げ切ることだってできたかもしれないのに」
「大事の前の小事、という言葉を知らんのか? 『聖槍』の真贋も確かめねばならなかった。どうやって確かめる? 災いの一撃を与えられた時の影響が如実な人間を探し出し、突くしかない。それをスペックが代わりにやってくれた、それだけのことだ」
鷲士の奥歯がぎり、と軋んだ。それを知ってか知らずか、アーサーは言葉を続ける。
「それに……スペックは初め、「クィーン・アマンダ」に集っていた人間全員を殺す気でいたのだからな。あの『聖槍』を使って」
「えっ?」
「それが刺された人間は一人で済み、しかもその命が失われたわけではない。これは『聖槍』の性質を考えると本当に僥倖というべきだ。我らが介入した事により、ゆっくりと『聖槍』の効果を確認してから虐殺するという計画が実行できなくなったスペックが最初の目的である『聖槍』の真贋確認のみにとどめたため、結果として最悪の事態は免れた、そういう事だ」
「最悪の……」
鷲士の声にアーサーも頷く。
「考えても見ろ。結城美沙一人が刺されただけで世界はこれだけ激変したのだ。もしあの場にいた世界中の金持ちども全員が『聖槍』で突き殺されていたとしたら……。今頃世界の経済は完全に崩壊している。暴動や疫病などの害も今の比ではないぞ。その政治的、経済的混乱に乗じ、スペックが世界の頂点へと踊り出る。『聖槍』の呪いを盾に取ってな……」
そのシナリオの恐ろしさは鷲士にもすぐ理解できた。美沙が倒れたあと聞いたテレビのニュース。今のところまだ死者は出ていないものの、あれだけの惨禍だ。手をこまねいていれば、加速的に大勢の人が死ぬ。いや、今既にかなりの数の人が、この世を呪いながら死に向かっているのではないだろうか? その頂点に。死体の山の上に、あのスペックとかいう男が踊り出る。全てを引き起こした張本人が。許せない。そんな未来は……願い下げだ!!
「我らは軍人だ。多分に私設軍隊に近い性格なのは否めぬが、それでも大英帝国にも認められた歴とした軍隊である。軍人たるもの、最悪の事態をまず避けることを優先するものだ。結城美沙には気の毒だったが、我らはより多くの人間の運命を背負っている」
「……言いたい事はわかりました。けれども最悪の事態を避けるより、最良の道を探す方が本当じゃないんですか!?」
鷲士は叫んだ。確かに数多くの人が更に恐るべき運命に巻き込まれるのは避けられたかもしれない。けれども、その多くの人たちの運命と、自分の娘、天秤にはかけられない。もしその場にいたなら、鷲士はどちらも助けたかった。
「甘い言い方かもしれない……。それでも! みんながより良い方向へ行くような道を探すのが……」
「残念だが、ダーティ・フェイス」
アーサーの声は硬く、冷たい。しかしその瞳の向こうに初めて、熱くて物悲しい色が浮かんでいるのを見てとって鷲士はふと思った。
『何故この人は……『聖槍』にこだわるのだろう……』
アーサーの瞳の奥の色は、彼自身が自覚して消したのかすぐに影も形も無くなり、元の氷のような冷たい視線に戻っていた。
「スペックの……あの男の心の闇を、お前が理解する事はできまい」
「……もしかして」
鷲士はアーサーの瞳を更に覗き込んだ。あの色がまだどこかに無いかと期待して。
「スペックとあなたは……。同じ『心の闇』を持っているのではありませんか?」
見えた。アーサーの瞳の奥に、あの色が再び。動揺したために心の壁が一瞬緩んだようだ。だがアーサーはすぐに顔を背け、毅然と歩き出したからそれ以上瞳を観察する事はできなかった。
「下らん事を聞くな、ダーティ・フェイス。……我らはこれよりまずは聖剣を手に入れに行く。お前も来るだろう? 一応説明しておこう。『聖槍』の働きを逆にキャンセルする方法が一応あるのだ。そのためには『聖杯』と『聖剣』が必要なのだ。『聖杯』はランスロットらに探索させている。ほどなくして成果が出よう。我らは急ぎ『聖剣』を手に入れねばならん。スペックも恐らくは『聖剣』を手中にするためにブリテンの地を踏んだのだろうからな」
「なるほど。先に『聖剣』を手に入れた方が、この戦いを制する、と」
なんだか『天王山』みたいだなあと思いながら、鷲士は頷いた。……そこで彼ははっと思い至って、だらだら脂汗を流しながらアーサーに恐る恐る訊ねかける。
「その……『聖剣』は……もしかして、『エクスカリバー』の事では……」
「おお、よく分かったな。まあ、ブリテンに『聖剣』と来ればすぐにわかるだろうな。かつてわたし自身アーサーという名ならば主になれるかと思って泉を訪れた事もあったが、奇跡は起きなかった。……子供の頃の話さ。今は違う。如何なる手段をもってしても、『エクスカリバー』は手に入れる!!」
やる気満々のアーサーに対し、鷲士は顔面蒼白。エクスカリバーの名前……どこかで聞いた事がある。そう、ついこの間。そして記憶が確かなら……。今エクスカリバーは……。
鷲士は結局アーサーにそれ以上声をかける事ができないまま、なし崩し的にウェールズへ向かう電車に乗る羽目になったのだった。
第2場
アーサー王の物語の中で、聖剣エクスカリバーが使われるという描写は実は少ない。そもそもアーサー王の伝説自体が多岐にわたっており、もっとも初期の部分……ブリテンの統一や侵略者の撃退といった部分では、祖国のために戦うアーサー王と共にエクスカリバーの切れ味が冴え渡るが、しかし平和が訪れると一切鞘から抜かれなくなってしまうのだ。結局聖杯探索を終えたあと、サー・ランスロットと不和になり、そのため彼の救援が遅れてアーサーは最後にエクスカリバーを振るって裏切りの戦場で力尽きるのである。
物語の序盤と終盤でしかその威力を見せないエクスカリバー。それは決して私利私欲のための剣ではないからだと解釈されている。あくまでもブリテンのために戦うための剣であり、そして偉大なるアーサー王の王権を象徴する剣なのだ。……それが普通の解釈で、ある。
「そう、それが普通の解釈だ」
アーサーは念を押すように語った。
「だが、別の解釈も成り立つ。すなわち、アーサー王は複数いたというものだ。日本の日本武尊の業績が複数の人間によるものではないかと解釈されているようにな。そしてエクスカリバーは『キング・アーサー』を名乗るにふさわしい人物を自ら選ぶ能力があったのではないか? そのため、初代と最後のアーサー王以外のアーサー王はエクスカリバーに認められなかった。故に空白があるのではないか……」
『なんだか経津御霊剣みたいだ……』
思わず右手を撫でる鷲士。何があるかわからないので、日本を発つ前に都ちゃんを篭手に変えて装着してきているのだ。例によって美貴が目撃して激昂し、美沙はどうでもいいのかとか取り乱して詰め寄ってきたが……。
『あん♪ 鷲士さん、ちょっと微妙なタッチだとくすぐったいです……』
頭の中に響く声にたらりと冷や汗の鷲士。基本的に都は女の子。どうやら篭手の状態でも触られると感じるものらしい。第一装着状態自体が都にとっては交合にも等しい常態である。それを既に1日以上続けているのだ。かなり神経過敏になっているらしい。こんなんでいざという時大丈夫かなと内心首をかしげる鷲士に、都の声は上ずりながらも明るいもの。
『だーいじょーぶ! それだけ鷲士さんとわたしがシンクロ状態にあるって事ですから! いつもより更にいい結果出してみせまーす♪』
かなりハイになっている。がっくり肩を落とし、ますますみすぼらしいオーラを振りまく鷲士であった。
『……信頼するほか、無いね……』
「イギリスへ向かった理由は……十中八九、エクスカリバーだろうな」
パイポを咥えたキリィが声に出した。はじめいつものようにタバコを咥えたとたんに、スチュワーデスに取り上げられてしまったのだ。当然抗議したがスチュワーデスも頑として譲らない。やむを得ず(?)実力で奪い取ろうとしたところ、なんとスチュワーデスにクロスカウンターを食らって吹っ飛ばされ、こうしてパイポで我慢しているのだった。あとで聞いたところ、件のスチュワーデスは学生時代にトレジャーハンターをやっており、素手での格闘……特にカウンターパンチを得意とする凄腕だったらしい。
そのちょっとした騒ぎが収まったあと、ようやく静かになった機内で作戦会議が開かれた。現在美沙と共に来ているのはキリィをはじめ、樫緒、鷙熾、ココリス、冴葉、虎雄、水鏡 一、蔦蔓志岐、葛の葉一葉太、ダニーとレミにトビーを加えた一家、テルー、アルディーとベルディ、そしてもちろん『13人の孤児』であった。
その他「クィーン・アマンダ」で一緒だった面子のうち大善正義は救出した友達(16歳の眼鏡におさげ髪の美少女。彼女は正義が好きなのだが正義の方は気づいていない)と共にホームグラウンドにしている『図書館(ライブラリ)』へ向かった。『聖槍』について詳しく調べてくれるそうだ。また、夜月幻也は救助した人質である彼に道を説いた老師の体調が思わしくなく、現在つきっきりで看病している。ヨウは人質にされていた少女を救助した後、彼女を家まで送っていった。何でもストリートファイトをしているヨウに憧れて、彼を追っかけしていた少女だそうである。
『御神楽』来須拓斗、『堕ちし者』フォルナーは別ルートからスペックの目的を探ると言って、スペックの本拠地であるニューヨークへ向かった。何かつかめるといいのだが……。一方犬神長元坊は報告のために会社に戻った。救助された人質たちを家まで送るのも彼に一任されている。
「エクスカリバー……ね……」
フ、と子猫さまが疲れたように……実際体力の消耗も激しかったのだが……鼻で笑った。気になったのだろう、レミが首をかしげる。
「それ、多分今イギリスには無いわよ。もし『彼女』がイギリスにいるなら話は別だけど、ね」
「彼女ですか」
樫緒の頬が急に赤く染まった。めったに見られない結城の御曹司の恥じらうような表情に、乗り合わせる何人かが目を丸くしている。
「彼女っていったい誰の事なんですか?」
「ああ、虎雄は知らなかったっけ。曹冬花(そうとんほゎ)。わたしの友達の一人よ。……妄執にとり憑かれちゃったおばあちゃんにとり憑かれてたの。そのおばあちゃんの夢というのが『剣の舞』を完成させて冬花ちゃんに受け継いでもらうことでね。世界中の剣属性の『遺産』を集めて回って、それも冬花ちゃんに遺そうとしてたの。確かその剣の中にエクスカリバーも入ってたと思う……」
沈黙が辺りを支配した。じゃあ、何か。スペックも円卓騎士団も、もう手に入りはしないエクスカリバーを奪い合っているというのか。
美沙達がため息をついたのと、飛行機がロンドン上空に到達するのとがほとんど一緒であった。
「アーサー王はその死に際してエクスカリバーを配下の騎士サー・ベディビアに託し、湖に投げ込ませたという。すると湖の妖精が剣を受け取り、王は湖の妖精や姉であり妻の一人でもある妖妃モーガンに付き添われ、湖の彼方に姿を消したという。わたしはあまたの資料文献を検分し、その湖の所在を探した……。そして見つけたのがここだったのだよ」
静かな、名も無き湖のほとりに立ったアーサーは、鷲士に語りながら彼にも見えるように半歩体をずらした。湖は若草に溢れ、湖面が太陽の光を反射して煌き、神秘的というより命溢れる美しい世界といったおもむきだった。
「この湖のどこかに、エクスカリバーが眠っているはずだ。スペックも恐らくは今頃湖底を調べさせているところだろう。我らは出遅れてしまったわけだが、負けるわけにはいかん!!」
固い口調で決意も新たに拳を握り締めるアーサーに、背後の円卓騎士団もさっと直立不動。
「我らの目的は何だっ!?」
「聖剣探索であります、サー!!」
「ではかかれっ!! スペックより先に見つけ出すのだ!!」
「イエス、サー!!」
円卓騎士団の声と共に、わらわらと戦闘員達が湖へ向かっていく。どうやら彼らは騎士に対して従者と呼ばれているらしいが、その従者達の数人が不意に立ち止まった。
「どうしたの?」
思った以上に柔らかい声で女騎士のモーガンが声をかけると、従者の一人が振り返って報告する。
「何者かが居ります、マム!」
「何者か?」
いったい何、とモーガンが歩き出したその時、従者の一人が先走って銃を抜き、その何者かに向かって引き金を引こうとした。とたん光が一瞬閃いた、ような気がした。鷲士、アーサーらがはっと身を硬くするのと従者の構えていた銃がバラバラに分解されて落ちるのとがほぼ同時。
「何ですか!? いきなり襲ってきて!! あなた達は人との会話の仕方を知らないのですか!?」
鷲士にとって聞き覚えのある声。忘れられるはずが無い。彼女の意思ではないとはいえ、少なくとも彼女の肉体とつい数十日前に死闘を演じたばかりだ。
ショートカットに切りそろえられた鉄色の髪に、黒龍の鱗を思わせる瞳。肌は無地の絹に朱をほんのり散らしたようで、美沙と並び立っても決して引けを取らないであろう美貌を誇る、美沙と同年輩の少女が草やぶを掻き分けて姿を見せた。その右手には今従者の銃を切り刻んだのであろう鎌のような形状の剣がある。鷲士は知っている。その剣が、ギリシャの偉大な英雄の一人ペルセウスの佩刀『ハルペー』だということを。
「冬花ちゃん!」
「え……? 草刈、鷲士さん……!?」
いったいどうして、と目を丸くする冬花に、何から説明すればいいだろうとちょっと頭を抱える鷲士であった。
第3場
名も無き湖のほとりに立つ美少女の姿がある。名は劉紅鳳(りぅほんふぁん)。孫娘の冬花の体にとり憑いた、「剣の舞」の完成を夢見るミュージアムのハイ・キュレーターである。
『無駄じゃ。エクスカリバーは王者の剣。キング・アーサーを名乗るにふさわしき男でなくば目にすることすら敵わぬよ』
声にしたのは紅鳳の背後に立つ老人だった。その場にいるのは老人だけではない。15人くらいの屈強な男達が更に背後に控え、全員が完全武装だ。そう、エクスカリバーを守る「守人」の一族である。
彼らの方を振り返った紅鳳は、口を嘲笑の形にゆがめた。それでも美貌を全く損なっていないあたり流石と言うべきか。
『この血を味わえば……分からないよ?』
彼女の手中には何時の間にか、一振りの剣があった。北欧神話の戦と豊穣の神フレイの佩刀と伝えられる、名も無き『勝利の剣』である。
次の瞬間、守人達は目を丸くし、あるいは息を呑んだ。紅鳳がいきなり自分の手首を浅く切って血を湖に垂らしたのだ。変化はゆっくりと起こった。血が水面に落ちて起こった波紋が細波となり、湖全体が淡く光を放ち始めたのである。そして何ということだろうか。湖の中央付近に、剣を手にした腕が何時の間にか姿を現しているではないか。
『どうやら、エクスカリバーはわたしを主と認めたようね』
フ、と笑って紅鳳は用意されていた小船に乗り込んだ。守人達が呆然と見守る中、紅鳳は悠々と腕に近づいていってエクスカリバーを受け取り、もとのほとりへと戻ってくる。紅鳳が地面に足をつけたその時、老人の背後にいたうちでも若い一人が憤怒に顔を真っ赤にして足を一歩踏み出した。
『認められんッ!! このような小娘がエクスカリバーの主だなどと……! そもそもエクスカリバーはアーサー王の腰を飾るべき物!! お前のような黄色いサルが自由にしてよい物ではないわ!!』
『そうだっ!! エクスカリバーを取り戻せ!!』
若者達は老人の制止ももはや耳に入らない様子で、激昂したまま次々と自動小銃を向けて乱射しだした。だが紅鳳は余裕の表情で、無数にばらまかれた銃弾の間をすり抜けながら若者達へと迫った。
『エクスカリバーの威力……。あんた達の体でためさせて貰うよ!』
一人の首が高々と飛んだ。首を失った肉体が倒れ、弾丸が無くなるまで銃を乱射してから静かになる。その様子にみながぞっとしてあとずさろうとしたその時には紅鳳の小さな体が二人目の懐の中にあった。その後はもはや一方的だった。守人の一族でも特に選り抜きの15人は、紅鳳にただ一筋の傷を負わせることもできず、自分達が守ってきた剣に体を貫かれ、切り刻まれて血の海の中に沈んでいった……。
「……という事があったんです、2年位前に。ですからここにもお参りに来たところだったんです」
傍らの老人の方をちらと振り返る冬花。そう、2年前の虐殺の時、紅鳳に目こぼしされて生き延びた守人の老人である。
「いや……。剣が主と認めたのなら従うべき。そう思ったのじゃが、わしが若い連中を抑えられなかった。それも一因じゃから、冬花さん、あなたが気に病む事はない」
「いえ、罪を犯したのはわたしの体なんですから。ですからどうしても謝らなくてはならないと思うんです」
彼女の手中には立派な片手剣があった。刀身の部分はやや巾が広く、柄は金と宝石で見事な装飾が施されて、まさしく王者の風格を漂わせている。今も西欧の人々の心に眠り続ける伝説の偉大なる王、アーサーの佩刀エクスカリバーに間違いなかった。
「それで、剣も湖にお返しするつもりだったんですけど……。伝説にあるとおりに湖に投げ入れたら……」
両手を合わせ、祈りを捧げてからおもむろに左耳のピアスに手を伸ばす冬花。そのピアスからぶら下がる装飾も剣の形をしている。それに触れるや否や、彼女の左手の中にはエクスカリバーが姿を見せていた。
『お返しいたしますね』
傍らの老人に声をかけてから、冬花は湖の中央に向かって剣を投げた。するとそこに妖精の物らしい腕が現れて、剣の柄をはっしと掴んだではないか。これでよし、と冬花が思ったのも束の間。腕はそのまま冬花たちの方へと近づいてきて……彼女の手に剣をしっかと握らせて姿を消してしまったではないか。
『ほほ、どうやら剣はまだまだそなたの元を離れたくないようじゃぞ』
『え、で、でも』
老人は首を横に振る。
『経過はどうあれ、いまやエクスカリバーの主はそなたじゃ。今はそなたこそがアーサーの名にふさわしいと認めておるのじゃろう。……血の契約などとは別に』
「……というわけで、何度返そうとしても手元に戻ってしまうんです。それで困り果ててた所へ鷲士さん達が来たというわけなんです。……それより、美沙ちゃんは!? 大丈夫なんですか!?」
冬花の今にも泣き出しそうな顔に鷲士は小さな笑みを返した。
「大丈夫だよ。美沙ちゃんは今日本で静養している。周りには信頼できる人が何人もいるし、それに……僕がここに来たのは美沙ちゃんを治す方法を手に入れるためなんだから」
「そうですか……でも……」
頷きかけて、ふと気づいたように顔を上げる冬花に、鷲士もちょっと首をかしげて耳を寄せる。
「美沙ちゃんが大人しく寝ているでしょうか……?」
「はっくしょん!!」
盛大なくしゃみをする美沙に樫緒がため息をついた。
「姉さま、やはり大人しくしていた方がよろしかったのでは……」
「じょ──おだん!! 今のはきっと誰かが噂していただけよ!! それより、その湖へはまだ着かないの?」
樫緒のほっぺを引っ張って詰め寄ってから振り返り、自分のすぐ前の席に座るナンバーシックスへ訊ねかける美沙。彼女達は今、バスをチャーターして現場に向かっているところであった。これが普段ならヘリを飛ばしたりするところなのだが、現在イギリスに存在するヘリでこれだけの大人数を運べる物は、例外無しにFTIのOSが導入されていたため墜落の危険性が高く、少し型の古いバスをチャーターする事になったのである。長い禁煙に獣になりかけていたキリィが一番大喜びし、窓を大きく開けて盛大にふかしていた。すでに空になったタバコの箱が彼のポケットに無造作に3つばかり突っ込まれている。
「もうじきですわね。あと5、6分といったところでしょうか」
東洋系……中国人だろうか、あどけない匂いを残す童顔に、スレンダーな肉体。けれども着ているものがやたらとゴージャスで、しかもそれが妙に似合うナンバーシックスは、懐中時計と地図を見比べながらはきはきと応えた。何でも彼女が『13人の孤児』の事務などを担当し、ナンバーワンの秘書を勤めているとの事である。しかも驚くべき事に彼女がどうやら『13人の孤児』でも最年長らしい……つまり少なくとも1600年よりはるかに長く生きているらしいのである。その彼女の不老長生の秘密こそが、『13人の孤児』の平均年齢を大きく高めているようだ。
「いるんだろうなァ……。円卓騎士団はもちろん、スペックの一味も」
ダニーが低い声で呟き、傍らを見る。そこには両親に挟まれてちょこんとトビーが座っていた。しばらく水鏡の会社に預けておこうと思っていたのに、気づいた時には密かについて来ていて、こうなったら俺達の隣がかえって安全だと一緒に行動させているのだが……。やはり親としてはこのまま危険な所に連れて行きたくないであろう。
けれどもトビーはトビーで、自分たちを助けに来たために美沙が刺されたのだと聞いて少年なりに憤慨し、自分にも何かできないかとついて来ていたのである。この時点ではまだ誰も知らない。のちにトビー少年が虎雄達と共に新たな伝説を切り開く事になる、その第一歩であったのだとは。
第4場
「何たる事だ」
何回目だろう。アーサーが嘆息する声を耳に、鷲士は苦笑するしかなかった。彼は名がアーサーであるということも手伝って、エクスカリバーには人一倍思い入れが深かったようだ。けれどもエクスカリバーが選んだのは、東洋の年端もいかない少女だったのだ。これはショックもひとしおだっただろう。
だが、アーサーの今度の嘆息は不意に途切れた。突然あがった笛の音に。
「あれは!?」
思わず立ち上がる鷲士。アーサーもまた厳しい表情で立ち上がって頷いた。
「うむ。従者の誰かが……敵と遭遇したようだ」
敵。ではスペック一味だろうか。鷲士たちのその思いを裏付けるように、駆け出した彼らの耳から、いきなり笛の音が消えた。……笛を鳴らした従者が、恐らく一撃で殺されたのだろう。
草やぶを掻き分け、木々の間を駆け抜けた向こう、比較的開けた所に黒服の戦闘員の姿がある。ぱっと見には円卓騎士団の従者達と見分けがつかないような姿だったが、細部のディテールが違う。何より、円卓騎士団側の紋章が胸にない。そしてミュージアムの戦闘員とも違う。手にした装備類がすべて、メーカーなど違うものを使っているのだ。間違いない。スペックの手の者だ。
「総員抜剣!! 戦闘体勢をとれ!!」
アーサーは叫びながら愛用の銃を手に取った。わずかな間に思考を整え、ここはエクスカリバーを死守する事に決めたらしい。アーサーの声に従って、円卓騎士団と従者達がいっせいに銃口をスペックの部下の方へと向けた。特にモーガンの銃は華奢な彼女に不釣合いとも思えるような、がっしりとしたフレームの、大口径の小銃であった。大の男でも普通両手で支えるのではないかと思うような比較的大き目の小銃を片手で軽々と……腕をまっすぐ前に伸ばした状態で構え、いささかのためらいもなく引き金を連続で引いてみせる。
それが戦闘開始の合図になった。互いに嵐のような銃撃を相手に浴びせ掛ける。だが状況は弱冠円卓騎士団側に有利であった。円卓騎士団側はまだ森の中にいるため、スペック側の戦闘員が放った銃弾はほとんどが木に当たって届かない。しかもスペック側は開けた場所にいるため、円卓騎士団側の絶好の的なのだ。戦闘は数秒とかからなかった。あっという間にスペック側の戦闘員は皆その場に崩れ落ち、円卓騎士団側は一人の死傷者も出していなかった。
「「……もろ過ぎる」」
結局何もする事のなかった鷲士と冬花が思わず声に出すと、アーサーも頷いた。
「ああ。間違いない。スペック達はまだどこかに手勢を潜ませている……。油断は禁物だぞ、ダーティ・フェイスよ」
アーサーの命令により、鷲士達も含む円卓騎士団はその場で円陣を組んだ。それからどれだけ時間が過ぎたのか。ほんの5分程度だったのだが、それは10分にも15分にも感じられた。
「……そこっ!!」
冬花の声と同時に鋭い光が走り、樹上から剣で胸を刺し貫かれた黒服の男が転落してきた。と同時に頭上から火線が走る。
「散れっ!!」
数人の従者が倒れ、動かなくなる中アーサーは冷静な声で命じ、と同時に円卓騎士団全員が森の各所へと散り散りに駆け込んでいった。歴史に決して記される事のない、凄惨な戦いが始まろうとしていた。
「銃声!?」
美沙が叫んだ。と同時にまだ走っているバスからキリィとダニーが軽々と飛び降り、森へと駆け込んだ。レミが制止する間も無い。全くあの宿六!! と憤慨するレミを背に、志岐が運転手に声をかけている。
「ここでいいです……」
バスが停止すると同時に『13人の孤児』もナンバーワンや老人であるナンバーフォー、ナンバーセブン、それに女性であるナンバーシックスとナンバートゥエルヴ以外の全員がいっせいに森の中へと駆け込んでいる。目的は一つ。スペックがいるのならば、なんとしても『聖槍』を奪取する事。
「僕も行ってきます、姉さま」
樫緒もバスから飛び降りた。
「……姉さまにこれ以上無茶をさせるわけに行きませんからね」
振り返らずにそのままふっと姿を消す──空間転移したのだ──樫緒に美沙は肩をすくめた。その美沙の隣を虎雄とトビーが並び立って飛び出していく。
「美沙姉ちゃん、行ってくるぜ!」
「虎雄、俺も忘れるなよ!」
「足手まといになんなよ!!」
「誰に向かって言ってるんだ! お前こそ足手まといはごめんだぜ!」
「な、お前俺より年下のくせに」
「ほんの数ヶ月だろ!!」
言い合いながらあっという間に少年二人は姿を消してしまっていた。ちょっと毒気を抜かれて呆然としていた美沙とレミが止める間もない。
続いてテルーや志岐らも森へと足を踏み出した。水鏡 一が愛銃を念入りに確認しながら歩いて行き、志岐の従兄弟である葛の葉一葉太も杖で地面をまさぐりながら慎重にバスから降りてきた。それをナンバーシックスとナンバートゥエルヴが脇からサポートしている。一葉太は完全な盲目なのだ。
「では、行って来ますね。何が出来るかわかりませんけど」
男だという話だったが一葉太は線が細く、髪も肩のあたりで切りそろえているため、美少女という風にしか見えなかった。ずっと閉じられた瞳も愛らしさをかもし出しており、この人が戦えるのかと心配になるほどである。だが一葉太が杖を一振りするとそんな心配は無用だといやと言うほど思い知らされた。流石は志岐の従兄弟にして裏の世界では名の通った大陰陽師。水で構成された巨大な鬼を2体召喚し、彼らを従えて自信満々で森へと向かっていったのである。それに続いて美沙も案外しっかりした足取りで歩き出した。それをサポートするようにレミとナンバーワンが寄り添って歩く。
「私を刺した事、思い切り後悔させてやるわよ!」
子猫さまのメノウのような双眸に炎が宿ったように見えたのは、あながち見誤りではなかっただろう。
「お父さん、助太刀に来ました」
鷲士の脇に転移した樫緒は、早速こちらに狙いをつけて引き金を引こうとしていた戦闘員を「力」で捉えるや、湖の方へと弾き飛ばしてしまった。盛大な水音がいくつか上がる中、余裕の出来た鷲士も振り返る。
「樫緒くん!? ま、まさか美沙ちゃんも────」
「ええ、姉さまもすぐそこまで。あの人がずっと大人しく待っていると思っておられたのなら、それは認識不足というものです」
ぴしゃりと言い放つ樫緒に、鷲士もあちゃー、と頭を抱えたくなったが、しかし戦闘中にそんな事は出来ない。指弾で手早く3人ほど片付けながら、ふと思い返して鷲士はまた振り返った。
「あ、そういえばここにはとん────」
「樫緒くん!!??」
言いかけた鷲士の声をさえぎるように冬花の叫びが樫緒の耳朶を打った。
「冬花さん! そうか……ここでも紅鳳が殺人を犯していたのですね?」
愛の力だろうか? 樫緒がズバリと冬花がここにいる理由を言い当てると冬花も頷いて……もっともちょっと気を悪くしたようだったが……近くまで来るとにっこり笑って言う。
「ところで樫緒くん? なんだか他の女の子の匂いがするんだけど……」
ぎくっとする樫緒。思わず父の方を向くと、僕は何も喋ってないよとぶんぶん首を振る。しかしそれだけで充分だったようだ。冬花は変わらぬ笑顔の上にちょっと青筋を浮かべ、じり、と迫ってくる。
「ひどいよ、樫緒くん。冗談のつもりだったのに。ね、約束したでしょ? 浮気しないでって……」
その手の中には干将莫耶をはじめ、エクスカリバーにハルペー。何時の間にか周りにはアンサラー、呉鉤、ダモクレスの剣、勝利の剣が浮遊し、剣呑な雰囲気だ。
「シロさんはそんなんじゃないんですよ! 信じてください!」
「そう……相手の子はシロっていうんだ……」
樫緒は本能的に悟った。自分はこれから一生、この女性の尻にしかれるのだと────。
第5場
「樫緒くん! 冬花ちゃん!! 今はそんな場合じゃないでしょ!!」
ナイフを構えて襲い掛かってくるスペックの戦闘員をさばきながら鷲士が叫んだ。その時にはその戦闘員は鷲士の九頭・左竜輪剄がまともに決まり、上半身と下半身が180度逆の方向を向いて悶絶する間もなく倒れ伏している。
鷲士の声に、あわや辺り一帯を焦土に変えての痴話喧嘩を始めそうになっていた樫緒と冬花も我にかえり、意識を回りに向けなおした。その時だ。
「おらおら〜〜〜!! ヒコーキん中での禁煙が長くってよぉ!! タバコ3箱じゃ足らねえぜ!! 俺も暴れさせろぉ!!」
シザーハンズを手に装着し、常人とは思えない速さで駆けて来る隻眼の男……キリィだ。数人の戦闘員がとっさに振り返り、引き金を引きかけて……黒い突風が吹き抜けたあとに鮮血を撒き散らしてその場に崩れ落ちた。戦闘員数人を斃しただけでは飽き足らないらしく、更に他の戦闘員にも襲いかかるキリィ。
「アリスをさらって怖い目にあわせた報いだ……!! おらおら、とくと味わいな!!」
「おのれっ!」
暴れるキリィに照準を合わせる戦闘員が二人。と、いきなり彼らの頭を掴む巨大な手がある。恐るべき膂力で、ただ掴まれただけなのに頭蓋骨がみしみし軋んでいるのがわかる。
「俺の幼い息子をさらった外道が……。覚悟は出来ているだろうな?」
ダニーの巨体がそこにあった。悲鳴もあげられずにかすかにもがく戦闘員を掴んだまま、ダニーの両腕が水平にまっすぐ伸ばされて──形容しがたい破壊音が上がった。まるで空気を入れた紙袋を両手で叩いて音を立てる悪戯をするような手つきで、易々と二人の戦闘員の頭同士を叩き合わせたのだ。首から上が無くなった体が弛緩して地に落ち、ダニーは血液やら脳漿やらが混ざり合った粘液を振り払いながら咆哮し、次の獲物へと襲い掛かった。
「ひいいぃぃっ!! ば、化物……っ!!」
銃弾の雨をものともせずに──当たっても蚊に刺されたほどにも感じていないらしい──パンチを繰り出すダニー。何の工夫も無い、ただのパンチだ。だがダニーほどのパワーと巨体、ウェイトを誇る男が放つパンチである。逆に、恐ろしい。ただの一撃で、戦闘員達は木っ端のように肉体を破壊されて吹っ飛んでいくのだった。
状況が変わってきた。円卓騎士団とスペックの私兵団はほぼ互角に戦っていた。いや、樹上から狙い撃ちにするスナイパー役がいる分スペック側が有利であった。しかし円卓騎士団側に助太刀が次々現れているではないか。気配を殺して次々円卓騎士団側を狙い撃ちにしていたスペック側のスナイパー達もわずかに焦燥を感じた。それが気配をわずかに感知させたのだろうか。
「この上にいるぞ!」
「よしっ!」
子供の声だ。思わず枝をすかして下を覗き見ると、二人の少年が何時の間にかいるではないか。何をする気だろうか。少年のうち東洋系の、ぶかぶかのTシャツにカーゴパンツといういでたちの一人が地面に踏ん張って、どうやら正拳突きを繰り出そうとしているようだ。
馬鹿め、一体何をする気だ──
スナイパー達の思考は、次の瞬間ぷっつりと途絶えた。
九頭・右竜徹陣(未完成)!!
「うおっ!? うおおおおおぉぉぉっ!!??」
轟音と共に大木が倒れ、他のスナイパーが潜む木に襲いかかる。スナイパー達の悲鳴はほとんど轟音にかき消されて聞こえなかった。
同様の破壊がしばらく続いて、ようやく静寂が訪れた時。スナイパーの一人がほうほうの体で木の下から這い出してきた。その目の前にずしゃっと音を立てて大地を踏みしめて立つ足……。いや、それをとっさに足だと認める事は出来なかった。人の物ではなかったから。恐る恐る顔を揚げた戦闘員が最後に見た物は、機械仕掛けの肉食恐竜の子供、としか言いようが無いモノが彼の頭を噛み砕こうと迫るところだった。
「うわ、すげえ……」
虎雄がうめくように言うと、メカ恐竜は口から赤い物を滴らせ流れ振り返ってトビーの声で応えた。
「すげーだろ? 誘拐された時たまたまこいつを落としちまってよ。不覚を取ったけど今はそうはいかないぜ!」
トビーの言う「こいつ」を思い出して虎雄は苦笑した。両親がトレジャーハント土産にとプレゼントしてくれたという、恐竜型の謎のペンダントだ。どうやらトビーと何らかの契約が行われてしまったらしく、トビーが握り締めて念ずると恐竜のようなアーマーがどこからとも無く現れて彼を覆い、恐るべき戦闘力を与えてくれるのだ。
「虎雄だってすげーじゃん。ここいらの木全部パンチ一発で薙ぎ倒すなんて俺にも出来ねーぜ!! たいしたもんじゃん!」
少年達が見つめあい、友情を交わすのを血走った目でにらみつけ、ピストルを向けた戦闘員は、背後からいきなり鑓を突き立てられて声も無く絶命した。
「へへっ。ガキんちょどもの大事な友情だ。邪魔すんじゃねえよ」
ナンバーサーティーンだ。彼の背後から次々と『13人の孤児』のメンバー達が姿を現している。
「みんな……来たんですか」
葛の葉一葉太が鬼どもを操って戦闘員たちを湖に追い落とし、ナンバーテンの操る人形達が残敵を掃討していく。戦いは完全に終結した。円卓騎士団と『13人の孤児』の合同軍の勝利だ。
「美沙ちゃんまで……」
嘆息し、そして苦笑を浮かべる鷲士。辿り着いた時にはあらかた終わっていて、結局暴れるチャンスの無かった子猫さまは不満一杯と見えて喚きたてている。
「な、なによぉ!! おとーさんが心配だから来たのっ!! そのムスメゴコロが分かんないのっ!? いつもいつも鷲士くんそんなんなんだからぁ……っ!!」
メノウのような美しい瞳にいつしか涙が浮かんでいる。愛おしさに胸が一杯になって、鷲士が美沙ちゃん、と呼びかけて抱きしめようとしたその時。ついでに言えば樫緒が冬花にさっきの事だけど、とまたしても詰め寄られてしどろもどろになっていたその時。
「流石だね、キミ達。まさか犬猿の仲のカソリックとプロテスタントが手を組むとは思いもよらなかった……」
スペックの声だ。はっとして振り返ると、湖の中央に何時の間にか大型のヘリコプターが姿を現している。そのハッチを開いて、『聖槍』を手にしたスペックが傲然と立っているではないか。
「勘違いしないでもらおうか。我らは『13人の孤児』と仲良しになった覚えはない」
「あいかわらずですね、アーサー……」
嘆息しながら苦笑するナンバーワンに構わず、アーサーはずいと一歩前に出て言葉を続けた。
「前も言ったとおり、お前に『聖槍』は過ぎたるモノ。こちらに寄越すがいい」
「断る」
スペックの応えも前回同様頑なだった。それに耐え切れなくなったように鷲士が叫ぶ。
「何故だ!! 何故……! 『聖槍』なんかにこだわる……! こんな小さな子を刺したりする……っ!!」
何時の間にか鷲士の眼鏡は彼の手元にあった。それがさほど力を加えられた様子も無いのに砕け散る。
「理由を聞かせろ……!!」
「理由か……。言うならば、キリスト教への憎悪だ!」
スペックの声に、鷲士は目を見開く。
「キリスト教への……憎悪?」
「そうだ!! 我がライヒマン家は……。魔女の家系と呼ばれ、蔑まれてきたのだッ!!」
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