!DOCTYPE HTML PUBLIC "-//W3C//DTD HTML 4.0 Transitional//EN"> サマーショートバケーション(前編)

DADDYFACE ShortStories
「サマーショートバケーション(前編)」
written by 志郎


 




                  ─────1─────


「これで一学期はお終いです。皆さん、夏休みは有意義に過ごしてくださいね」
 にこやかな笑みを浮かべてシスターが立ち去る。その姿が見えなくなるのを確認した瞬間、教室中ににぎや
かな声が飛び交った。
「由佳〜、夏休みどうすごす?」
「私はウェールズの別荘でゆっくりと過ごすつもりよ」
「へえ〜、あたしは世界一周食い倒しの旅に行く予定。美味しい物は本場で食べる、これ常識よね〜」
「ホント、茜ったら食い意地張ってるんだからぁ」
ここはカトレア女学館、関東随一の超お嬢様校である。
「ねえ、美沙は夏休みどうするつもり?」
「へ、わたし?」
 クラスメイトに尋ねられたのは我らが子猫様こと結城美沙。しばし考えてからこう答える。
「う〜ん、今年は親子でゆっくり過ごすつもり」
「ああ、噂のお父さんね。それじゃあ、二学期になったらどんな事があったかもちろん教えてくれるよね?」
「あはははは・・・特に何もないと思うけど・・・まあ、面白いことがあったら伝えるね」
 ちょっと汗ジト気味の美沙。ホントのことは言えない、言うわけには行かない。
「美沙ったらやっぱりちょっと変じゃない?いつもだったら、そんな笑いでごまかそうなんてしないわよ」
 じーっと美沙の瞳を覗き込んでくる。この瞳で見つめられると心を見透かされるみたいで、いっつも本当の
ことを言いたくなってくる。
 本音を言いたい誘惑に必死に耐える美沙だが、今日はめずらしく相手の方から目をそらした。
「まあいっかぁ。二学期まで、夏休みの土産話楽しみに待ってるよ。なんたって美沙みたいな生活はとっても
めずらしいんだからね」
 そう言い残して友人は去っていく。
 追究を逃れてほっとする美沙。だが、その一方で固い決意を胸に抱いていたのだった。
「そう、明日からは夏休み! 鷲士君だって学校無いんだしぃ、この夏はガンガン攻めるぞ〜」
 とはいえ、その前に美沙は、右手に固く握りしめた通信簿の真っ赤な文字で「1」としるされた数学をどう
説明しようかと必死に考えなければならないのだが……

「え、フォーチュンの社員旅行についていかないかって?」
 タマネギを刻む手を止め、驚いて聞き返す青年の姿は何ともみすぼらしかった。
身につけたエプロン姿がみすぼらしい、手にした包丁もみすぼらしい、みじん切りにしたタマネギまで何故か
みすぼらしく映った。
現役の大学生にして美沙の父親、草刈鷲士である。
 美沙はどうやらピンチを無事に脱したらしく、鷲士はすこぶるご機嫌な様子だった。
「鷲士君だって大学はしばらく休みでしょ?いつもお世話になってるしい、たまにはゆっくりしても罰は当たらないって」
 タマネギの香りが鼻をつく、今夜はきっと特製カレーだな。再びタマネギを刻み始める鷲士を見ながら美沙はそう思った。
「ありがとう美沙ちゃん。ううっ、なんてキミはいい子なんだ」
 鷲士の目頭にはうっすらと涙が浮かんでいた。別にタマネギが目にしみたわけではない。
「ちょ、ちょっと鷲士君、こんなところで泣かないでよぉ、こっちまで恥ずかしくなって来るじゃない」
 突然の鷲士の行動に慌てる美沙、照れのためか顔を赤く染めてそう叫ぶ。
「とにかく嬉しいよ美沙ちゃん。夏は稼ぎ時なんだけど・・・じゃあ一緒に行こっかな」
「本当?じゃ、出発は明後日だから」
 わかったよーと鷲士、やがて狭い部屋中に芳しいカレーの香りが充満する。美沙と一緒に食事の用意をしな
がら鷲士はふと気付いた。
「ところで何を持っていけばいいの?」
「結構あっちこっち行くから荷物はこっちで用意するつもり。鷲士君はどーんと構えてて〜」
「じゃあ着替えだけ用意しておくね。それじゃ、ご飯にしよっか」
 いただきますと、二人の声。今日の献立はカレーライス、そして夕方大家の雫さんからもらったヨーグルト
サラダと筑前煮だ。
「もぐもぐ、不思議よね〜。何で筑前煮は必ずお裾分けの品にあるんだろ? ま、美味しいから良っか♪」
 そんなこんなで夜は更けていく・・・

 そして出発の朝、美沙と共にラマダンへ向かった鷲士は驚きのあまり言葉を失った。
ラマダンの関係者用駐車場に並んだ大型トラックはまだわかるとしても、問題はその中に着々と積み込まれて
いく荷物だ。
社員の私物とわかる物とは別に、大量の弾薬、重火器、鷲士には見当もつかない機械など、明らかにただの旅
行ではすまされない道具の数々がそこに並んでいた。
「おはようございますボス。全員出発の用意はできています。現地での物資補給も手配済みです」
 数十人の部下(社員)を引き連れ挨拶をするのは片桐冴葉その人であった。
「よーし、じゃあガンガン攻めるわよ。みんな覚悟は良いか〜!」
 美沙のかけ声に全員のオーという声が唱和する。たくさんの女性に囲まれながらの旅行。他人から見たら、
絶対に恨まれそうなシチュエーションであったが、鷲士は呆気にとられたまま硬直から立ち直れてなかった。
「あれ、鷲士君どしたの」
 声をかけられようやく正気に戻る鷲士だった。
「美沙ちゃんいったいどういうこと?こんな話聞いてないよ!!」
「だからぁ、社員旅行だって。名付けて『トレジャーハント世界行脚』♪」
 鷲士に向けて猫パンチの構えを取る美沙様。
「とほほ、何でこんな風になっちゃったんだろ」
 肩をがっくりと落とす鷲士、その鷲士の腕を引っ張るようにして美沙がせかす。
「さ、鷲士君もいこいこ。最初の目標は本物の『丙子椒林剣』よ!」
 美沙に急かされるようにして鷲士が乗り込むと、バスは音を立てて発進した。



                  ─────2─────


時は少しさかのぼる。ラマダンの中へ消えていく鷲士達に遠くから視線が注がれていた。
 男は辺りに気配がないことを確かめると、小型の通信機を取り出す。
「ダーティフェイスと思われる男を発見、本隊の出動を要請する」
 通信機の向こうのややくぐもった声が男の要請に返答する。
「到着までしばらく時間がかかります。お前はこのままフェイスを尾行し、我々を誘導するのです」
「了解、このまま任務を続行する。・・・通信を終了する」
 部下からの通信が途切れた後、男は報告の内容に満足していた。
(ダーティフェイスを倒せば、私のミュージアムでの地位も保証されるという物です)
 男は近くの部下に指示を送る。
「例の物の搬入を急げ!あの方の話によるとまだテストタイプという話ですが・・・実用面では充分なはずですからね」
 そして男は独り高笑いを上げる。頭の中に描かれた、自分の未来に酔いしれながら・・・

 高速道路をFTIの文字が刻まれた何台もの大型車両が走り抜ける、社員旅行ご一行の車だ。
 社員旅行こと「トレジャーハント世界行脚」最初の目的地は、以外にも日本のとある町である。
「じゃあ、もう一度確認するね。最初の目標はズバリ丙子椒林剣よ!」
 美沙の声に、おしゃべりに興じていた社員が姿勢を正す。
「今国宝として四天王寺に展示されてるのは、七星剣の一件から推測して当時の人間が作った偽物ね。残念な
がら七星剣の方は他の人に先取りされちゃったけど・・・」
 演説を始める美沙。その話を聞きながら鷲士は、隣に座っている冴葉に尋ねる。
「あの、冴葉さん、七星剣と丙子椒林剣ってなんです?聞いたことはあるんですけど・・・」
 鷲士の質問に冴葉は顔を鷲士の方に向け、淡々と答えた。話を聞いていたところを邪魔したようで、機嫌が
悪いと言えばどことなくそんな気もする、そんな口調だ。
「両方とも大阪府にある四天王寺に奉納されている剣です。もっとも展示されているのはレプリカですが。聖
徳太子が使用した剣と言われ、飛鳥時代に伝来したものですわ。そしてその実体は両方とも来訪者が残した武
器、それが海を渡ってきたようです。・・・実は以前、ミュージアムと七星剣をめぐって争ったことがあった
のです。七星剣は隕石を呼び寄せて降らせるという力が秘められた、恐るべき剣でした。最終的には伝説の男
・・・この業界ではダーティフェイス、つまり貴方と並び称される人物の通り名ですが、突如介入してきたそ
の男に七星剣は打ち砕かれ、破片まで持っていかれました」
 そこで冴葉はいったん言葉をうち切り、ここまではよろしいですかと尋ねてきた。
「ははは、なんとなく」
 気弱な笑いを浮かべながら鷲士はうなずいた。
「結構。今回ボスが狙っているのはもう一方、丙子椒林剣の方です。七星剣が実在した以上、こちらも本物が
あると考えて今まで調査を続けていたというわけです。どのような剣なのかは詳しいことはわかりませんが、
今回はこれがあるという情報が入ったところへ向かい、探索とできれば回収を行う予定です」
 冴葉の話が終わり、鷲士が改めて美沙の方に注意を向けると、こちらも話が終わるところだった。
「・・・というわけでぇ、伝承によると丙子椒林剣はここにあるというわけ見たいなのね。今回は社員旅行も
かねてるからぁ、場所としては最適だと思うの。じゃ、みんな頑張っていこ〜」
 演説も終わり、美沙は鷲士を挟んで冴葉とは反対側に当たる席にぴょこりと座った。
「鷲士君もこれで納得よねぇ?間違いなくこれはFTIの社員旅行なんだからぁ」
 そう言う美沙、鷲士は美沙の話が理解できず、思わず「えっ?」と聞き返していた。
「もう、鷲士君たら聞いてなかったのね?まあいっかあ。もうちょっとで目的地に着くから、それまで鷲士君
には内緒♪」
 冴葉の話に集中していたので今まで気付かなかったが、言われてみればバスはもうだいぶ山奥まで来ていた
ようであった。
 今どこにいるか考えてみる。感覚的に近畿地方だろうと言うことはわかるのだが、肝心の地名がわからない
ので、結局どうしようもない。
 車内は女性社員ばかり、だがその雰囲気は出発当時の感じとはだいぶ違う。
 これから行く場所への期待に心をときめかせている、そんな様子だった。
 鷲士はふと、そう言えばどことなく美貴ちゃんをデートに誘ったときに似ているなと思うのだった。

 数時間後、ようやく、鷲士と美沙、そしてFTI御一行を乗せたバスは山境のトンネルまでさしかかった。
「鷲士君、ここのトンネルを抜けると目的地だよ」
 美沙が言う、その間にもバスはトンネルを通り抜けようとしていた。
「ホントにここが、今回の目的地なの?」
 目の前に広がった光景を目にした時、鷲士は美沙の言った社員旅行も兼ねているという言葉に納得した。

『県境の長いトンネルを抜けると、そこはひなびた温泉街だった』


 色布温泉(しきふおんせん)
 大阪・和歌山・奈良のちょうど境目にある温泉。人里離れた山奥にあり、交通の便も悪いためにそれほど有
名ではないが、良質の温泉と、四季折々の風景と食事、そして腕の立つマッサージ師が多く住んでいると言う
ことで知る人ぞ知る秘湯となっている。
 ここが「トレジャーハント世界行脚」の最初の目的地である。

 全員を同時に受け入れられる宿がないので、FTI一行はそれぞれ別の宿に泊まることにした。
鷲士と美沙、それに冴葉・単衣などおなじみの10名は「漆屋」に宿泊する。ここを貸し切ってこれからの行
動の拠点とするのである。
「じゃ、鷲士君さっさと荷物を運んじゃお」
 そう言って美沙は自分の荷物をトラックから降ろし始める。鷲士もそれにならい、機材の搬入を手伝う。
「次はこれね・・・うーん、ちょっと重いかな」
 「うんしょっ」と軽く気合いを入れて荷物を持ち上げる美沙。美沙には結構重いらしく、足元が微妙におぼ
つかない。
「あ、美沙ちゃん、それは僕が持つよ」 
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、これくらい余裕だって。まったく、鷲士君たら心配性なんだからぁ」
 猫パンチの構えを取る美沙。だが、その拍子に荷物の山にぶつかってつまれていた物を崩してしまう。
「わっとととと」
 慌ててよけるが、荷物を抱えたままの美沙はバランスを崩して車道へと飛び出し、尻餅をつく。
「いたたたた・・・えっ?」
 美沙の瞳に何かが映る。それは、ちょうど通りがかった一台の大型トラックだった。
 華奢な美沙を踏みつぶそうとするかのように、トラックはぐんぐん彼女の目前へと迫る。
「くそっ!!」
 事態に気づき、慌てて鷲士が荷物を放り投げ美沙の方を向く。
(間に合え、せめて美沙ちゃんだけでも・・・)
 必死の跳躍をする鷲士。だが鷲士が美沙を突き飛ばすよりも早く、茂みから飛びだした影が美沙を抱え上げ
て走り抜ける。その影に鷲士もまた、車道の外へと弾き飛ばされていた。
「えっ!?」
 ドサリ。鷲士の上にさっき自分が投げた荷物が落ちる。
 運転手が鷲士達に罵声を浴びせ、トラックは走り去っていった。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」
 コクコクと首だけで頷く美沙。
「そうか、じゃあ一安心だな。それと兄ちゃんも命を粗末にするんじゃねえぞ・・・」
 美沙を地に降ろし、にやりと笑うと、男はその表情のままぶっ倒れた。
「ちょ、ちょっとおじさん!?」
「あ〜、腹減った・・・」
 豪快な腹音が辺りに響く。全員が脱力したのは、言うまでもなかった。



                  ─────3─────


 色布温泉の夜は更けていく。
 本格的なトレジャーハントが開始される明日まで、社員はそれぞれの休暇を満喫する。
 温泉に浸かり日頃の疲れを癒すもの、涼やかな山を散策して楽しむもの、マッサージで肩こりを治してもら
うもの・・・
 この夜の漆屋の食卓には、11人の人の姿があった。
「もう一杯、もらえるかい」
 あっという間に皿の上からヤマメの塩焼きが骨ごと消え去り、代わりにお代わりの丼が突き出される。
 確か、これで8杯目だな。鷲士は山菜の炊き合わせを口に運びながら思った。ほのかな苦みが口の中に広が
る。美味しい。
 名前を尋ねられたとき、男は少し悩んでから霧宮祐司と名乗った。
見た目は20代後半だが、実際の年齢は30歳を過ぎているらしい。顔には常に不敵な笑みを浮かべ、日本人
としてはかなり長身の部類に入る鷲士よりもさらに頭一つ大きい。
 首には剣の柄を模した首飾りをぶら下げて、がっしりとした体格はまるで野生の熊の様だ。
「ふい〜、くったくった御馳走さん。飯は実にうまかったし、全く生き返ったぜ」
 最終的に13杯のどんぶり飯と八人分のおかずをたいらげ、霧宮は満足そうな声を上げた。
「ほんっと、良い食べっぷりよね」
 目の前に積み上げられた食器の山をしみじみと眺めながら、ため息混じりに美沙が言う。
 他の面々も、声には出さないがあきれ半分驚き半分と言った表情を浮かべている。
 いくら体格が良いとはいえ、あれだけの量の食事はどこへ消えていくのだろう?
「さて、と。ずいぶん御馳走になっちまったな、俺はこの辺りでお暇させてもらうぜ」
 立ち去ろうとする霧宮を不満そうな声で美沙が呼び止めた。
「えー、もう帰っちゃうのぉ?もうちょっとくらいゆっくりしていってくれればいいのに・・・」
「まあ、俺にもやることがあるしな。それに、そんな長くいたらそっちのお姉さん方にも迷惑だろ?」
 お姉さん方とは、冴葉達FTIの社員のことだ。
「私たちとしては別にこのまま出ていかれてもかまいませんが、帰るのは体中の汚れを落としてからの方が良
いでしょう。ボスを助けていただいたお礼もありますし、我々としては少しも迷惑ではありません」
 冴葉の言葉に他の社員も一様に頷く。
「僕からもお願いします」
 鷲士からもそう言う。霧宮は悩んだ末に答えた。
「じゃあもう少しだけ世話にならせてもらうかぁ」
「それじゃ、ご飯食べたらお風呂入って明日まで泊まるということに決定〜♪」
 ちゃっかり宿泊まで認めたことにする美沙様であった。


「ダーティフェイスは色布温泉に滞在している模様。誘導後、こちらも本隊に合流する」
「わかりました、くれぐれもやつには気付かれ無いよう」
 部下との定時連絡を終えると、男は額に流れる汗を拭った。
 何しろ相手はダーティフェイス。これまでに数々のハイキュレータを血祭りに上げ、ことごとくミュージア
ムに害を成してきた男だ。いくら用心をしてもしすぎることにはならないだろう。
「ですが、こちらにはこれがある。隙をつけば充分に勝機はあるはず・・・。それにここは温泉郷、フェイス
といえども息抜きに来たのでしょうからね」
 そうつぶやき、貨物庫の中を覗き込む。その中には黒光りする人型のモノが複数体見えた。
「全員よく聞きなさい!我々はフェイスが風呂に入っているところを強襲します。その時ならば、いくら奴と
いえども丸腰に近くなるはずです」
 ミュージアムの影はすぐ近くにある。


 温泉、それは火山活動が活発な日本の大自然が生んだ至宝。
 ここ、色布温泉「漆屋」にもその恵みを充分に満喫している者が。
「極楽、極楽。ほんっと温泉って良いわねぇ♪」
 白く濁った湯船につかりながら美沙はご満悦であった。トレードマークのツインテールはおろされている。
「ボス、あんまり長く浸かっているとのぼせますよ」
と、体を洗っていた冴葉がたしなめる。
 湿り気を含んだ腰まである黒髪、その間から見えるうなじはほんのりと桜色を帯びている。
 充分に成熟した胸から腰にかけてのあでやかなカーブ、体から滴る雫が艶っぽい。
 妖艶な大人の魅力、それが冴葉の周りに漂っていた。
「言わなくたってわかってるってぇ」
 濁った湯船から立ち上がり、白い珠のような肌、かすかにふくらみ始めた双丘といったろりぷにの美沙の体
が露わになる。
 その手の趣味の人でなくても、目を引きつけられて離せなくなること間違い無しである。
「うーん、冴葉ってホントスタイル良いよね。出る所出てるし、引っ込むところ引っ込んでるし」
「ボス、一体何を・・・」
 冴葉の言葉は最後まで続かなかった。いきなり美沙に抱きつかれたからである。
「ちょ、ちょっとボス・・・?」
「背丈も十分あるし、トップモデルって言っても誰も疑わないわね。あーもう、冴葉の魅力、ちょっとくらい
分けてくれたっていいじゃない」
 美沙はしばらく冴葉の体をさわさわと撫で回して冴葉から離れた。いつもは冷静沈着な冴葉だが、さすがに
顔を真っ赤にして動揺を隠せないでいる。
 他の社員は笑いながらそれを見ていた。美沙と冴葉のやりとりが、年の離れた姉に妹が何かねだって甘えて
いる、そんな風に見えたからであった。

「くははははっ、本当に面白い嬢ちゃんだなあ」
 霧宮は大笑いしていた。
 ここは男湯。女湯とは仕切の高壁一つ隔てて隣なので、女湯でのやりとりが聞こえてくるのである。
「あはは・・・そうですね」
 乾いた笑いを浮かべる、こちらは鷲士だ。
「こんな楽しい日は久しぶりだぜ、ありがとよ兄ちゃん達」
 鷲士に向かってそう礼を言った後、霧宮はいきなり真剣な顔つきになった。
「ところで・・・兄ちゃんは一体何者なんだ?」
「えっ!?」
「いや、社員旅行でここを貸し切ってるって話は聞いたんだが。けどなんつうか、その、どう見ても兄ちゃん
がFTIの社員には見えねえし・・・それに妹連れでも何の文句も言われてねえし。極めつけには、嬢ちゃん
は『ボス』だなんて呼ばれてるしな。ちいと疑問に思ったんだわ」
「え、えーっとそれは・・・」
 唐突に切り出された鋭い問いに、思わず声が詰まってしまう鷲士。返答に困っている鷲士の様子を見て、霧
宮は苦笑いした。
「やっぱいい、気にすんな。なあに、誰にも言いづらいことの一つや二つはあるもんさ」
「いえいえ、別に気にしてはいませんけど。あっそうだ、霧宮さんはどんなお仕事をしているんですか?」
 何気ない鷲士の問い、しかし今度は霧宮の方が答えに詰まることになった。ややあってばつが悪そうな表情
を浮かべながら口を開く。
「すまねえな、俺もそいつはちょっと言えねえんだ。これ言ったら兄ちゃん達に本当に迷惑がかかっちまう」
 遠い眼、日常を失った男がするような、鷲士は霧宮の中に一抹の孤独を見たような気がした。
「まあ、秘密があるのはお互い様ってことだ。そんじゃ俺は先にあがらせてもらうわ」
 二人の間に流れた気まずい空気をうち払うかのように、 そう言って霧宮は風呂場から出ていった。

 霧宮が立ち去った後、ようやく動揺から立ち直った冴葉は美沙に向かって話を切り出した。
「ボス、少し気になることが・・・」
「ん、どうしたの冴葉?」
「彼、霧宮祐司にはいささか不自然な点があるのです」
「え? 一体、どういうことなの?」
 そこまで来ると、さすがに美沙の顔も険しくなってくる。
「彼は、九頭竜の使い手である鷲士さんよりも速く、ボスを助けました。並の人間だったらまず不可能なこと
ですわ」
「つまり、霧宮さんは少なくともただの人ではないって事?」
「詳しいことはわかり兼ねますが、何かがあるということはお忘れなく。それに、常人であったら5日間も山
で飲まず食わずを続けたら、空腹で立ちくらみなどという程度では済みません。まず病院行きになりますわ」
 お互いに渋い顔になって黙ってしまう。やがて美沙が何か言おうとする。
「あのさ、冴葉───」
 だが、その時・・・

「フェイスを発見しました。現在一人で入浴中。武器の携帯は認められません」
 男の前に武装した戦闘員が全員集結。準備は整った。  
「よろしい、ですが相手は最強の陸戦生物とも言われる存在。決して気を抜いてはいけません。いいですね」
 男は部下に注意を与えた後、宣言した。
「それでは、これよりフェイス抹殺を開始します」
 その言葉が号令となって浴場の横壁が爆破される。まだ爆煙も収まらない内に戦闘員が一斉突入する。
「ふはははは。観念しなさいフェイス! 貴方も年貢の納め時です。いかな九頭竜とはいえ、丸腰でこの数を
相手に果たして勝てますか?」
 辺りに、男の高らかな笑い声が響いた。 



                  ─────4─────

 爆破によって壁に空いた穴から夜の風が流れ込み、辺りに漂う煙を払う。
その間にも続々と突入した戦闘員は展開し、戦闘態勢を整えていく。
 やがて爆煙が収まり、お互いに相手の姿が明らかになる。敵対する二人の視線が交錯した。
「ふはははは、覚悟は出来ましたかフェイス?全員、やってしまいなさ・・・・ん?」
 静寂。
 一瞬だが間違いなくその場にいた全員の時が止まった。

 突入した戦闘員達。彼らの目が大きく見開かれる。
 しっとりとした艶の肌、複数の影。突然のことに無防備にさらされた肢体は、驚きのあまり隠すことを忘れ
られていた。
 罪もない子供相手にも躊躇い無く命を奪う、そんな戦闘のプロ達もあまりの事態に我を失った。 
「っ、きゃああああああ〜〜!!」
 最初に静寂をうち破ったのは誰だったのだろう。ともかく、その叫び声で全員の時が再び動き出す。
「いやぁ〜!!」
「痴漢〜!」
「出てけ〜」
「出て行ってくださいっ」
「こんのどエロォ〜!」
 それぞれがそれぞれの台詞を言いながらその場にあったものを手当たり次第投げつける。
 洗面器、石鹸、石鹸入れ・・・
 乙女の恥じらいがプラスされたそれらは銃弾よりも危険な凶器となり、百発百中の精度でヒットする。
「くっ、誰ですか!?間違えて女湯の方の壁を爆破した奴は?この騒ぎ、フェイスにばれてしまったではない
ですか!!」
 部下を叱咤する男の顔に美沙の投げた必殺の檜桶がめり込む。男はよろめき、そして逆上した。
「ええい、何をしているのです。さっさとフェイスを探しなさい」
 その言葉に美沙が我に返る。
「フェイス?ってことはこいつらミュージアム・・・」
 控えめな部分を手で隠しつつ、現在の状況を美沙は計算した。
 相手は全員完全武装、こっちは文字通り丸腰。はっきり言って分が悪い、このままでは確実にやられる。
「みんな、急いで逃げて。こいつらただの覗きじゃない、ミュージアムよ!」
 美沙の口から出たミュージアムという単語に、男も冷静さを取り戻した。
「ほほう、我々のことを知っているとは貴方もフェイスの関係者ですかな? では、まずはあなた達から血祭
りに上げさせてもらいましょう」
 男が号令をかける。その声に戦闘員達も慌ててサブマシンガンを構え直す。
 美沙達に向けられ、構えられたマシンガンのトリガーに指がかけられたその時、男湯と女湯を隔てる壁を乗
り越えて来る男の姿が全員の目に映った。

 彼の名前は草刈鷲士、相手がつけねらう「ダーティフェイス」その人であった。

「美沙ちゃん達、大丈夫?」
 すぱか〜ん
 着地し、そう言いつつ振り返った鷲士の顔に今度は洗面器がヒットした。
「鷲士君のエロォ、こっち向かないでよ。みんな服着てないんだからぁ」
「鷲士さん、その格好では厳しいかもしれませんが、我々が撤退するまでの間時間を稼いでください」
 タオル一枚では頼りないが、胸を何とか隠しつつ冴葉がした指摘に、鷲士は引きつった笑みで答える。
「ははは、何とか頑張ってみます・・・」
「それと、これから手ぬぐいはもっと大きめの物を使った方が良いですね。それでは後武運を」
 冷静に、それ故に冴葉の台詞は鷲士の心をえぐった。何しろ急いで来た鷲士自身、手ぬぐい一枚という非常
に頼りない姿なのだからだ。
「ミュージアム。こんな所まで来て、関係ない人の家を爆破して、そこまでして何がしたいっ!?」
 ちょっぴりつらい気持ちを押し込めて、鷲士は相手に向かってそう叫ぶ。もしかしたら恥ずかしい気持ちも
プラスされているかもしれない。
「決まっていること、貴方を倒せば私の地位が格段に上がるからですよ。それから、私にはちゃんとクォレル
と言う名前があります。さらに!」
 そう言ってクォレルは変な形の機械を取り出す。
「このハイアートレーダーによれば、ここから半径30kmの範囲にハイアートの反応もあります。湯治に来
ているとばっかり思っていましたが、貴方の狙いも恐らくこれでしょう?」
「地位とか、名声とか、そんな物のためだけで人に迷惑をかけるな!」
 激昂する鷲士、これで手ぬぐい一枚きりの格好で無ければ絵になるのだが・・・
「ずいぶんと余裕ですねフェイス。そんな姿で何が貴方に出来るというのですか」
 そんな感じで闘いの火蓋は切って落とされた。

 戦闘が始まったとたん、鷲士は湯船に向かってダッシュする。
 素速い、そして予想外の鷲士の動きに対応が遅れる。
 鷲士は湯船に飛び込み、ミュージアムの方へ体を向ける。右手が閃いた。
『九頭・右竜掌扇』(くず・うりゅうしょうせん)
 下から突き上げられた掌底の勢いで、浴槽の中の湯が盛大に黒尽くめ達へ浴びせられる。
 水の勢いにバランスを崩す者もいたが相手は戦闘のプロ、ほとんどは軽くよろめいただけで戦闘態勢を崩さ
ない。
 だが、鷲士の動きはそこで終わらなかった。そのまま間合いを詰めると、突然左手一本で倒立する。
「貴様一体何を・・・」
 哀れな戦闘員Aは、最後まで台詞を言うことすら許されなかった。突然体中を走り抜けた電撃に体中を焼き
尽くされ、地面に倒れ伏す。
 『九頭・左竜雷掌』(くず・さりゅうらいしょう)
 ためと間合いの難しさから本来はカウンター専用の技である。
 しかし、本来ならとうてい届かぬはずの加圧された生体電流は、電解質を豊富に含んだ温泉の水を通じて遠
く離れた複数の戦闘員へと襲いかかった。
 先ほどの湯をもろに浴びてしまった者は皆、感電して倒れ伏した。
「そんな、たった一撃でこれだけの数を!?くっ、全員一斉にかかりなさい」
 叱咤を受けてミュージアムの黒服は銃を構え直すが、その間にも鷲士は懐へと入り込んでいた。ここまで接
近されると同士討ちの危険から銃は使えない。
 男達は慌てて銃を捨て、鷲士に殴りかかる。が、その男達はまとめて右竜掌扇で吹き飛ばされる。高く舞上
げられた男達は天井に激突し、床にたたきつけられる。
 床にたたきつけられた者が白目を剥き昏倒してる様子を見て、残された男達は慎重に間合いを計り始める。
 だが、空白の時間に耐えきれなくなり仕掛けた男達は、順に悲惨な末路を送ることとなった。


 風呂上がりのコーヒー牛乳を飲んでいた霧宮は遠くから聞こえた爆発音に、浴衣姿で部屋を飛びだした。
 牛乳の空き瓶を通り道にあったゴミ箱に投げ入れ、風呂場へ続く廊下をひたすら疾走する。
 角を右に曲がり、鉢合わせした仲居さんを跳び越えさらに走り、目の前に掛けられている暖簾をくぐった。
「おいどうした! 何があったんだ?」
 そう言って顔を上げた霧宮の目に飛び込んできたのは、無数の肌色。
 思わずしげしげと眺めてしまった後で、それが「なに」であるかようやく気づく。
 湿気が多い辺りの空気に、気まずい雰囲気がブレンドされていった。
「あ・・・わ、悪い!」
 慌てて身を翻しその場から立ち去る。少し遅れて、今日二度目の大絶叫が建物を揺るがした。


 再び聞こえてきた悲鳴を耳にして、鷲士の顔に焦りが浮かぶ。
「伏兵!? あんた達はあれだけやっても飽き足らないのか!?」
 鷲士は、既に戦闘員の大半を倒している。かろうじて戦える者も何人かいるが、鷲士を相手にすることは到
底無理に思われた。
 それなのにだ。
 クォレルの表情に動揺はない、それどころか余裕の笑みで鷲士に答えた。
「何いっているのです? 私の目的はあくまでもフェイスを殺すこと。あんな小娘達に用などありません」
 そして、クォレルは懐から取り出した小型のスイッチを押した。
『ぽちっとな』
 どこかで、誰かがそんな言葉を言ったような気がした。
「何のつもりだ?」
「ふふふ、あなたの実力を少々甘く見ていたようですからね。なあに、すぐわかります。そらきました!!」
 そう言ったまさにその時、
 よくわからない破砕音と共に、複数の影が天井を、壁を、床を突き破って出現する。
 黒光りするそのボディ、顔に当たる部分はのっぺらぼうだが、無骨な骨組みと右はドリルアーム、左はガト
リングアームを持っている。
 そいつらが合計3体、鷲士の前に立ちふさがった。
「タロスのボディデータを元に創られた人型自律戦闘兵器、そのテストタイプです! あの方は何故か失敗作
と言って廃棄しようとしてましたが、私の見立てでは充分な戦闘力を秘めているはずです!」
 自信たっぷりに言い放つクォレル。『あの方』がどんな理由で失敗作と言ったのかしらない彼は幸せであっ
た。真の理由を知ったら、呆れてそれどころでは無いだろうから・・・
「まだ名称は決まっていませんが、言うならば先駆ける者と言ったところでしょうか。さあフェイス、覚悟は
よろしいでしょうか!」
 クォレルの声に反応してロボットが一丸となって走り出す、そのうち一体が先行して鷲士にドリルで攻撃を
仕掛ける。
 体をひねってかわす鷲士、だがわずかに体勢が崩れたところへ残り二体がガトリングを乱射する。
「くっ」
 慌てて飛び退く、その様子を見てクォレルが笑い声を上げる。
「ふはははは、どうです?こいつらはお互いがお互いをサポートするよう作られているのです。いかなフェイ
スといえども、この三位一体の攻撃はかわせまい」
「くそ!」
 次のロボットが突撃を仕掛けてきたところを左手で受け、そのまま力のベクトルを変える。
  『九頭・左竜輪剄』
 ロボットの上半身と下半身が別々の方向を向く。
 だがしかし、いったんは別の方向を向いた上半身はさらにそのまま一回転、元の向きに戻ってしまった。
「なっ」
「それと人間を一緒にしてもらいたくは無いですねえ。ああ、そういえばあんな機能もあるのです」
 慌てて鷲士が振り向くと、目の前にドリルが迫っていた。
「ロ、ロケットパンチ!?」
 さすがの鷲士もこれには驚いた。かろうじて地に伏せ、回避する。
「無様ですねフェイス。さあさあ、私に先ほどの調子を見せてみなさい」
 実際、鷲士は不利な状況にあった。常識外のギミックにペースを狂わされ、素手では乱射されるバルカンを
弾くこともできずだんだんと追いつめられていく。
「ならば!」
 走り出す鷲士、3体のうち一体がそれを追いかける。と、そいつの姿が突如かき消える。代わって吹き上が
る水柱、湯船に落ちて動きが鈍った隙を見逃さず両足で首の部分を挟んで投げ飛ばす。
『九頭双竜・顎』(くずそうりゅう・あぎと)
自重と猛烈な遠心力で跳ねとばされたそれは風呂場の壁に叩き付けられ、首をもがれて動きを止める。
「なんですとぉ!?」
 驚愕の声を上げるクォレル。軽く深呼吸を行い、次の相手を求めて鷲士が走る!!
 クォレルの動揺が伝わったからか反応の遅れた機体に向かって、拳を固めて踏み込んだ瞬間・・・
『つるっ』
「へ、!?」
 足元にあった石鹸を踏み、間の抜けた擬音と共にひっくり返る鷲士。
「い、今です」
 クォレル自身も一瞬呆然としていたが、慌てて命令を下す。すっこけた鷲士に向かって銃弾の雨が降り注い
だ。
(美沙ちゃん、樫尾君、ごめん)
 避けられないと悟った鷲士はそう心の中でつぶやく。
 まるでドリフのコントのような死に方を遂げるかと思われた鷲士。

 だが、銃弾は一発たりとも当たることがなかった。


 鷲士の視界を埋めたのは、無数の銃弾ではなく目が覚めるような冷たい蒼。
 撃ち込まれた銃弾は、そのことごとくが地に落ちていた。
 鷲士は朱い光の出元を追って、驚きの声を上げた。
「霧宮さん!?」
「間一髪ってぇ所か。すまん兄ちゃん、ちっとばかし遅くなっちまった。まあこっちにも色々とあってな」
 そう弁解する霧宮。
「にしても・・・兄ちゃんよく頑張ったなあ。大丈夫、嬢ちゃん達はみんな避難したぜ」
 不敵な笑みを浮かべて鷲士をねぎらう。だがクォレルの方を向いた途端その笑みが消え去った。
「おい、そこの三下」
「さ、三下!? 貴様、一体何を・・・」
「失せろ」
 クォレルの言葉を遮るように、声のトーンを落とし重圧を込めて言い放つ。
 体から放出される威圧感。
「な、なぜ貴方ごときにそんなことを言われなければならないのです!?」
 気圧され、震える声で必死に言い返すクォレル。
「理由? 理由なら、充分にあるさ」
「えーい、何をよくわからないことを。やってしまえ!!」
 錯乱し、絶叫するクォレルの声に従い、残った二体が再びガトリングを乱射する。
「無駄だぜ、何度やったところでな」
 掛けていた首飾りと同じ形状の柄を持ち、蒼い光の刃を放つ大剣が霧宮の手に握られていた。
 剣を手にした腕を振る。蒼い光に斬られた銃弾は、前に進む力を失って地に落ちる。
「いったはずだ、何度やっても無駄だぜってな」



                  ─────5─────


 刃が振るわれるたびに銃弾が力を失い、タイルの上を転がる。
 冷たい光の蒼い刃と独特の装飾が施された柄。柄の根本から伸びた5色の縄は絡み合い、一本の綱となって
いる。
 刃の部分だけでゆうに1mを超す大剣を易々と振り回し、霧宮は放たれた銃弾を次々と無力化していた。
 やがて、クォレルは弾の無駄と悟ったのか銃撃をやめさせた。
「着な、さっき嬢ちゃんから受け取った服だぜ」
 そういって霧宮は鷲士にタオルと衣服を放る。その中には、いつものアーマーグローブと、防弾コートも入っていた。
 タオルで鷲士がいそいそと体を拭き、服を着ている間に霧宮は再びクォレルの方を向く。
「もう一度だけしか言わねえぜ・・・」
 鷲士へかけた声とはうってかわる。最後通告、それが言葉の端々から感じられた。
「失せろ、地獄へ堕ちたくなかったらな」
「くっ、さっきから何を馬鹿げたことを! 確かに銃弾は通じないようですが、この数を相手にして勝てると
思うのですか!?」
 クォレルの叫び声に反応し、新たに数十体が壁を破って現れる。
 それを見て、霧宮はその顔に深い失望の色を浮かべた。
「目先の栄光に狂い、進むべき道を見失った下っ端が・・・」
 その言葉に反応したのか、手にした刃が変貌を遂げる。月の光を集めたような冷たい蒼から、灼熱の炎を思
わせる深い朱色の刃へと。

「着替え中悪いが、兄ちゃんにも何体か任せるぜ。もっとも、嬢ちゃん達の事を気にしなくて良いからアレぐ
らい余裕だろ?」
 いうが速いか走り出す霧宮。
(速い!!)
 霧宮が踏み込んだ床のタイルは陥没し、踏み込みの強さを物語っている。
「うるぁぁぁあ!!」
 逆袈裟の太刀筋で胴体を断ち切り、返す刃で頭部から唐竹の形に叩き割る。
「まずは1つ!」
 霧宮の方に向き直り、ドリルで突撃してくるのが二体。それを後方から支援する一体の胸部プレートが展開
し、中からグレネードランチャーが放たれる。
「ぬりぃ!」
 峰に当たる部分を思い切り振るって迫り来るグレネードを打ち返し、そのまま速度を落とすことなくドリル
の二体へと肉迫する。
  『斬!!』
 刃が閃く、朱い光が二体をまとめて薙ぎ払った。両腕ごと上半身と下半身を分かたれ、腰から上を失った脚
部は数歩だらしなく進んだ後、力無く崩れ落ちる。
 その後ろで、はじき返したグレネード弾がそれを撃ちだした機体に直撃、爆発した。
 爆炎と炎上する機体を背後にして霧宮が呟いた。
「ひいふうみいっと。これで4つだな・・・」

 戦闘服に身を包んだ鷲士にもロボット達の攻撃が迫る。
『九頭・左竜輪剄』(くず・さりゅうりんけい)
 向かってくる攻撃のベクトルをねじ曲げる。ただし、先ほどの教訓を踏まえ、返し方を少し変えてみる。
 鷲士に向かって繰り出されたはずのドリルはぐるりと横の方へ向きを変えられ、同じように攻撃のベクトル
をずらされた別の機体のドリルと、互いに胸を貫き合う。
 差し違える相手を間違えたロボット達は、胸に仕込まれたグレネードを誘爆させて吹き飛んだ。
 だが、それで相手の攻撃の手が休まるわけではない。
 鷲士の動きが止まった隙を逃さず、幾体ものロボット達が一斉に銃を乱射する。
 周囲360度から飛来する銃弾の雨。
 鷲士はそれを回避し、アーマーグローブで弾き散らし、防ぎきれなかった物を防弾コートで受け止める。
 しばらくして、あれほど激しかった雨がぴたりとやんだ。 
 弾切れ。
 ロボット達が次の動きを起こす前に動く。相手との距離を一瞬にして詰めると、鷲士の右手が閃いた。
『九頭・右竜徹陣』(くず・うりゅうてつじん)
 気を込めた必殺の右ストレートを叩き込まれ、青白い火花をまき散らしながら飛んでいく。
 軽く息をついて次の目標を見据える。
 大浴場で荒れ狂う、草刈鷲士という名の嵐。
 気がつけば、あれほどいたロボットの群は数えるほどになっていた。

「そ、そんなバカな、あれだけの数を相手に・・・」
 クォレルは戦慄していた。先ほどまで自慢のテストタイプ達がフェイスを追いつめていたはずのに、いつの
間にか一方的に破壊されていくのだ。
 「理由を教えてやろうか?」
 耳元で声。
 おそるおそる首をひねると、そこには霧宮が立っていた。
「く、そこの3体、私を守りなさい!」
 命令に従い鷲士から霧宮へと攻撃対象を切り替えるテストタイプ達、ため息1つついて剣を構え直す霧宮。
「まずは1つ目、兄ちゃんは嬢ちゃん達を怪我させないよう気ぃつけていて、本気を出せなかったぁ!」
 振るわれた太刀にバラバラに切り刻まれ、一体が動かぬ鉄くずへと化す。
「2つ目、腹一杯になるまで飯食って、俺のエネルギーは今満タン!」
 手にした剣から光の刃が消失した。かわって綱が急激に伸び、意志を持つかのように2体目を絡め取る。
「おらぁぁぁ!!」
 叫びと共に機体が引きつけられる、それと同時に再び強烈な踏み込みを見せる霧宮。
 互いが交差する瞬間、霧宮の体が深く沈み込み強烈な右アッパーが炸裂。その一撃で空中へ跳ねとばされる
機体を追いかけ跳躍、渾身のかかと落としを叩き付ける。
 金属がひしゃげる鈍い音だけを残し、2体目は単なるスクラップへと成り下がった。
「そして3つ目はぁ!!」
 再び剣に刃が生まれる。ただし、色は朱ではなく再び蒼。
 残された一体が放つ左腕のガトリングガン、胸部のグレネードランチャーを難なくかわして突き進む。
「こいつでとどめだぜぇ!!」
 霧宮の姿がぶれる。
 クォレルの目には霧宮が瞬間移動したかの様に見えたかも知れない。それほどの速さで霧宮は動いていた。
「え、偉そうにとどめと言っておきながら。貴様、倒せていないじゃないですか」
 確かに3体目には傷一つついていない。だが・・・
「何言ってやがる? そいつはもうとっくに終わってるぜ」
 霧宮がそう言うと同時に、最後の一体は糸の切れた操り人形のごとくぴたりと動きを止める。
「そうそう、最後の理由だが・・・」
 不安定な格好のまま硬直した数百キロの金属塊が倒れ、音を立ててクォレルのすぐ横の床にめり込んだ。
「お前がどうしようもない馬鹿だってことさ」
 ちょうど鷲士もまた、残された機体を全て破壊したところであった。

「さて、と」
「ひいっっ!!」
 目の前で圧倒的力の差を見せつけられ、地面へへたり込むクォレルにだけ聞こえるように霧宮が囁く。
「ところであんた、『ネームレス・ファントム』の名を聞いたことはあるか?」
 何かを感じ取ったのかびくりと体を震わせるクォレル。
「ネ、ネームレス・ファントム・・・名無しの亡霊、!?まさか、まさか貴様、いや貴方は・・・」
「ようやくわかったか。だが、もはや俺自身が引導を下すまでもねえな。見てみな、お嬢ちゃん達が首を長く
してお待ちだぜ」
そう言ってあごをしゃくってみせる。さび付いたブリキ人形のようにぎこちなくそちらの方へ首をひねると、
そこには「完全武装」したFTI社員の面々が・・・。
「そ、そんな、わ、私はなんて事を・・・。し、しかし何故貴方がそいつらなどに・・・」
「問答無用」
 言うなりクォレルの襟元を掴み、ひょいと体を持ち上げ放り投げる。狙い違わず、クォレルは美しい放物線
を描いて社員達のど真ん中へ着地した。
「いやだ〜〜・・・」
 断末魔の絶叫を上げながら、クォレルは社員に引きずられ、いずこかへと消えていった。
「やれやれ、まだ地獄の鬼の方が温情あるかもしれねえな」
 苦笑する霧宮へ向かって、鷲士と美沙、冴葉が歩いてくる。
「また霧宮さんに助けられましたね、本当にありがとうございます」
丁重に礼を述べる鷲士。それに対して軽く手を振ると、
「なあに、気にするこたあねえぜ。一宿一飯の礼代わりだよ」
「私からも、社員を代表してお礼を述べさせてもらいますわ」 
 そんな冴葉に対してさっきと同じように答える霧宮だったが、その途中で美沙が「それはさておき・・・」
と口を挟んだ。
「鷲士君も霧宮さんも、故意にということでは無かったし、助けようとしてくれた事にはお礼を言うけどぉ」
美沙は、そこでいったん言葉を切ると、
「乙女の柔肌を見た事実に代わりはないんだからぁ、ちゃんと責任は取ってくれるわよね?」
と、にっこり微笑む。
「せ、責任!?」
 つつつ、と冷や汗を垂らす鷲士。対して、霧宮は美沙に向かって言い返す。
「馬鹿言え、あと五年したならいざ知らず、今の嬢ちゃんに興味なんてねえぜ。まあ、そこの冴葉さんはそれ
なりに・・・うごっ」
うっかり墓穴を掘ってしまった霧宮の水月に微塵の狂いもなく冴葉の拳が滑り込む。当の冴葉は一見平静その
ものであったが、美沙にはかろうじて、薄く顔を赤らめていたのがわかった。
「さて、それはおいといてだ」
 苦笑いを浮かべながら、霧宮が鷲士達へ向けた言葉は。ただの独り言のようにも聞こえた。
「なるほど、身長190cmくらいで痩せ型の東洋人。まさかとは思っていたが、極めつけに目の前で九頭竜
を使われちゃあな」
初めはただの仲のいい兄妹だと思っていたんだがなあ、と、小さな声で付け足す。 
 霧宮はそこまでどこかばつの悪そうな声で言った後、急激に真剣な顔つきになって鷲士にこう告げた。

「兄ちゃん達。どうやら俺は、あんたらの敵みたいだ」

[後編]

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