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ヴァンとクライネ、二人の間に立ち込めるオーラはどこか暗い海の底のような、カラスの羽のような暗さを持ちつづけていた。
ここは昼間の屋外であるにもかかわらず・・・だ。
「バートリーの者には世話になったな・・・貴様らが書いた『初代』を称える書物を読んだ私は、その圧倒的な・・・禍々しい
までの力に魅入られた。あのころの我にとっては最強の力は貴様ら吸血鬼の力だったのだ」
ヴァンは自分の右腕を狼の頭に変えながら続ける。
「それ故、我がミーミルの水を飲んだときに得た力は吸血鬼だったのだ・・・『全てが終わった後』、それを知った貴様らは夢中で
我を攻めた・・・なぜか?」
彼の唇が釣りあがる。 明らかに相手を挑発した、笑み。
「一族の長を褒め称える、ただの自己満足の本にわざわざ『弱点』を書くことはないな。 その結果、ここに紛い物で・・・
最強の吸血鬼が完成した。 日の光、十字架、にんにく、流水・・・我には無縁のものになった」
「そうだ! それだけでは飽きたらず・・・貴様らは狩られる側だった人間どもに、我らの弱みを広く伝えた! さらには
『小説家』に自分をモデルに小説を書かせるなど! そのおかげで我らは惨めな思いをする事に・・・。今だって人間なんかの
手を借りる事に・・・・」
バートリーは歯軋りをする、その美しい顔が怒りでこれ以上ないくらい歪んでいる。
「そうか・・・貴様、あの人間に『日の光に耐え得る肌』を与えられたのだな・・・ククク・・・片腹痛いわ! 小娘!」
ヴァンの怒号がクライネを襲う。
「黙れ! 私は貴様を狩れることができればそれで良いのだ! 我ら一族の悲願を・・・」
右手に持っている果物ナイフはおそらく『ユーリシリーズ』なのであろう。しかし、当たらなければそれはただのナイフ。
動きが鈍いクライネの白刃を安々と避ける。
背後に回ったヴァンは微笑むと、紅の瞳を光らせる。
思わず首をひねり彼の瞳を見てしまったクライネは抵抗するように瞳を光らせるが、それは適わなかったようだ。
彼女の脂汗がそれを如実に語っている。
「肌のおかげで変化も出来ない・・・人間に逆らう事も出来ない・・・挙句の果てには吸血鬼の力を使わずに、ユーリの遺品を
使うなど・・・笑止」
ヴァンは口を大きく開ける、鋭い犬歯がのぞく。 彼はそのままクライネの白くきめ細かい肌に、噛み付いた。
「つうっ!」
彼女の声から切なげな悲鳴があがる。
しばし体をよじらせ最後の抵抗を試みるが、だんだんと彼女の表情が苦しげなものから恍惚としたものに変わっていく。
瞳がおぼろげに変わり、手がダランと垂れ、身をヴァンに任せるように寄り添わせる。 嚥下しているヴァンの喉が止まる。
そんな二人の姿は恐ろしくも妖艶な、そんな非現実の光景であった。
ヴァンが首筋から口を離す、血に染まった犬歯から赤い糸が一筋引く。
「貴様らが持つあらゆる英知を注ぎ込んで書かれた吸血鬼が、そのままこの世に現れているのだぞ! 誇りを捨てた貴様が勝てる
はずなどないではないか・・・」
「御・・・命令を・・・・ご・・・しゅ・・・じんさま・・・」
ヴァンは呆然とつぶやくクライネの耳元で何事が囁く、ゆっくりとうなずくと彼女はヴァンの姿に自分を変える。
その途端、彼女の体からしゅうしゅうと音が立ち、指先から徐々に灰になっていく・・・
「貴様は幸せ者だな・・・殺すと願っていた者の姿で死ねるのだからな・・・ククク・・・・」
ヴァンの高笑いと共に、クライネは消滅する。
「さようなら・・・お嬢さん・・・お前の人生は『夜明け前』で終わったようだな」
大きくマントをなびかせると、『クライネだったもの』は風に吹かれていった。
キリィの突進に軍刀を構えた学生服の少年、鷹刃は冷静に対処していた。
袈裟切りに振り下ろされたキリィの右手を刀で受け流し、顔を狙った左手のシザーハンズの突きを横に飛んでやりすごす。
キリィは力任せに足を踏み込むと、間性の法則に逆らい体を反転する。
無駄のない動きでキリィの一撃をかわした鷹刃は刀を地面と水平にさせ飛び込むみ、そのまま腕を伸ばす。
強烈な突きがキリィの眉間を襲う。 両手のシザーハンズをクロスさせ、そこに軍刀を挟み込む。 耳障りな金属音と火花が走る。
「面白い! 世界にはまだこんな者がいたとは! やはりミュージアムに下って正解だった。
思う存分刀を振るい、思う存分人を斬れ、思う存分強くなれる! あなたのような者と一対一の『決闘』ができるなんて!」
軍刀を握りながら心底嬉しそうに笑う。 しかし、キリィはその言葉に首をひねる。
「それは・・・勘違いだと思うぞ?」
キリィは奥歯に隠してあった袋を噛み切る。 途端に口の中に広がる苦味、それを鷹刃に向かって吹き付ける。
緑色の液体が目に入り、思わずひるんでしまう。
毒霧・・・プロレスで某選手が得意とする手段である。
キリィは力任せに両腕を開く、軍刀を弾かれ無防備になったあご先をキリィは思い切り蹴り上げる。 空中に大きく浮かび上がる。
後を追うように跳躍すると今度は空中で彼のみぞおちに踵を振り下ろす。
地面に叩きつけられる衝撃はそれだけでとどまらず、鷹刃の体を跳ね上げる。
「ブラッディ・ローズ」
キリィの腕が霞む。 彼のスピードならではの幾重もの連続斬り。 再びキリィの腕が目に止まる頃には・・・
「ぐはぁ!!」
相手の胸には花が咲く、真っ赤に染まった薔薇が・・・
「俺は『悪名高き』、トレジャーハンターだぞ・・・てめえらの常識を勝手に押しつけるな!
悪いが俺は正々堂々なんて言葉にあまり魅力を感じないんでね」
地に伏せ、血に染まっていく鷹刃を見ながら忌々しげにつぶやく。
「俺が、俺自身の手で掴んだ・・・『手の中の未来』・・・傷つける奴らは俺が全力で叩き潰す!!」
と言って、自分の眼帯に触れる。 新しい彼の眼帯には隠しポケットが存在する。
その中に、『とある家族の肖像』と名のついた写真が縮小コピーされて入れられているのは彼だけの秘密である。
「ホオオオオオ!! 俺のライブ、楽しんでくれよぉぉぉぉ!!」
仁科タケルがピックでギターをかき鳴らす。
アンプからはノイズ交じりの爆音が響くと、それに応じて荒々しく金属片、ハイ・アート『バッカスの余興』は虎雄に突き進んでいく。
「こいつの能力は『音に感応して動く』ことだ! 俺のプレイにこいつらは敏感に反応し、てめえを切り刻む! 」
十個の金属片がそれぞれ意思があるように向かってくる、数個を華麗な身のこなしでいなし、残りは両腕にはめられたグローブで弾く。
「よっしゃ!」
全てを避けきり、タケルとの間に何も障害はなくなった。 右足を踏み込み、一気に間合いを詰める。
タケルは不適に笑うとまたピックを走らす。 金属片が、虎雄の背後に向かって一斉に飛んでいく。
「くそ!」
すう、と短く息をはくと地面に向かって拳を叩きつける。 彼を守るように地面がめくりあがりそこにバッカスの余興がめりこむ。
すぐさま横に飛ぶ、大した足止めにもならず地面を貫通してタケルの前で静止する。
「粘る粘るぅぅぅぅ!! もっと逃げてくれよぉぉぉ!」
(くっそ、あれ何とかしなきゃ・・・音に感応するって言ってたよな・・・おお、そうだ!)
手をポンと叩くと何を思ったのか、タケルに向かって走り出したのだ。
「馬鹿じゃねえの! もう終わりかよ・・・つまんねえ男だな!」
今度は早弾きを始める、甲高い音が響くと今までにもまして金属片は高速回転をし始める。
「ジェスにいかれた左指をもらった手前、逆らえないんだわ。 俺の芸術のために死んでね♪」
今度の回転は尋常ではない、グローブで弾けるかどうかもわからない。
だが虎雄はまったく気にせずに大きく息を吸い込む、そして・・・
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
文字通り『虎吠』と言うべきなのか、物凄い虎雄の大音声に大気が震える。
一瞬だが、バッカスの余興の動きが止まる。 その『一瞬』さえあれば、十分だった。
ポケットに忍ばせていたパチンコ球を取り出すと、指弾で飛ばす。
パチンコ球は見事にネックストラップについていたアンプを破壊した。
「な・・・馬鹿声で俺のギターの音を打ち消した・・・だと!!」
「よっぽどの自信があったみたいだけどな、てめえの敗因はその口の軽さだよ!」
独特の呼吸法と共に右手の掌に気を集める。 見えざる気の力は、静かに、しかし大きく渦を巻いている。
虎雄はふわりとタケルの直前でかがむと彼の鳩尾にポン、と右手を叩く。
しばらくの沈黙のあとに・・・
「ぐはあ!!」
タケルの口から血塊が吐き出される。
九頭・右竜静掌(うりゅうせいしょう)
いわゆる、発剄(はっけい)の一種、練った気を相手の体に送り込み爆発させる。
これは内側に直接ダメージを与えるもので、頑強な鎧を身に着けた人間にも有効なダメージを与える事が出来る。
荒い息を吐きながら倒れるタケル。 気を失ってようだ。
「きゃ〜! さっすが虎雄、やるじゃない♪」
POFで戦闘員を相手にしていた美沙が思わず駆け寄り、虎雄の腕に自分の腕を絡めてきた。
「そ、そうか?」
赤面しながら虎雄はガッツポーズ。 そのままラブモードに突入かというところで、ヴァンが声をかける。
「そういうことは、余所でやってくれ・・・アレを見ろ」
ヴァンの視線の先にはズブズブと地面に飲み込まれていく、絶命した鷹刃の姿。
そして再び浮かんできたときは幾人にも増えて現れた。
瞳には力はなく、無表情のまま軍刀を抜く。
「どうやら、この島全体が海洋の壷の領域のようだな・・・どんどん数が増えている・・・これを防ぐのが先のようだ」
「も〜〜〜、愛の語らいを邪魔するなんて、無粋な人形ね〜〜」
「いや、悠を助けるのが今回の目的なんだぞ?」
ヴァンの苦言に美沙は、うが〜と腕を回す。
「そんなの、あったりまえでしょ!」
「そんじゃま、こいつらなんとかしますか」
虎雄とヴァンが泥人形の集団に踊りこんでいく。 美沙もPOFに新たなマガジンを装填し二人の援護射撃を始める。
(ルナ・・・リム・・・大丈夫なのか?)
「キリィ!」
「お・・・おう!」
美沙の声に我を取り戻したキリィは慌てて、虎雄の後に続く。
「悠の事だから、心配ないと思うけど・・・待っててね、すぐに助けに行くから・・・」
さっきの軽口などまったく感じさせない、真剣な表情で美沙はつぶやいた。
それはどこから見ても『母親』そのものだった。
三階の渡り廊下。
先ほどの戦闘員は結局、悠の正解という声と共に泡を吹いて倒れてしまったので、仕方なく一人で先にすすむ事になってしまった。
無事チャージを終えたPOFを構え、泥人形を粉砕していく。
倒れ伏す、泥人形。 悠は『ナパームモード』とコールする。
発射された、普通より大きな銃弾は着弾すると轟々と炎を上げた。
泥人形を倒しきる事は出来ない、しかし水分を蒸発させ、『復活』を遅らせることは可能なのだ。
悠は足跡の変わりに炎の後ろに残し、ドアの前に立つ。 三階はどうやら部屋は一つらしく、ドアも一つしか見当たらない。
「ここか・・・」
ドアを蹴破ろうとしたその瞬間、
「「悠!!」」
振り向くとそこには、二人の少女、幾度もなく死線を共にくぐりぬけたルナとリムが。
「・・・そんじゃ、三人揃ったところで行きますか?」
悠は背中から、ショットガン、『レミントンM870マリーン・マグナム』抜き出す。
右手にレミントン、左手にPOFを持った悠は二人の少女に顎をしゃくって合図をする。
ドアをけり破る二人。
中の広い部屋の奥にあった豪著な椅子に座っていた、その目的の男が。 嫌味なほど皺一つないスーツ。
金髪に顎先がとがった男、ジェス・リグマン。 彼は悠の登場を拍手で迎えた。
彼の周りには何十本もの植物の蔦の巨大なものが床から生え、動いていた。
「ようこそ、クロックワークラヴァー 約束どおり、これが商品です。」
二本の蔦に捲かれた旅人と彼の父親を差し出す。
悠は何の躊躇もなく、レミントンのトリガーを引き、蔦を分断して旅人を解放する。
そのまま片手でポンプ部分を動かし、リロードしてから再び蔦を撃ち、彼の父親を解放する。
「ふふふ・・・もし私が蔦を動かしたらどうするおつもりですか? 二人に当たってしまうかもしれないのに・・・」
「問題ない」
悠はレミントンとPOF、両方の銃口をジェスに向ける。
ルナとリムも構える。
「俺の銃弾は利口でな・・・・滅ぼす者を知っているんだよ」
「二人とも、早くこっちに!」
旅人とその父親を促しながら、レミントンを撃つ。 銃弾はジェスの眉間を狙っていたが、あえなく巨大な蔦によって防がれる。
吹き飛んだ蔦は先端部分がこなごなになるがすぐに元通りになってしまった。
悠は片手のままレミントンを銃身の先についているポンプに手を滑らす。
ポンプを上下にスライドさせると、硝煙と共に空の薬莢が吐き出された。
再び撃鉄部分に持ち替え、指を視点にクルリと回転させると再びジェスにポイントする。
「ルナ、さっき渡した海洋の壷の残りの土、二人の肌にこすりつけてくれないか? リム、ルナの援護を頼むな」
POF、レミントンのトリガーを同時に引く。
その間にルナは薬瓶から泥を取り出すと、二人の首につける。
「・・・どうなった?」
「どうなったって・・・普通の泥と同じってことは・・・フェイクじゃない!」
「・・・随分、余裕だな・・・てめえ!」
舌打ちを一つすると、ジェスをにらみつけながらじりじりと後退し、旅人達の前に立つ。
「おじさん、大丈夫ですか?」
「う・・・ええ・・・それより君は一体・・・」
体に少し傷はあるものの、旅人の父親、健介はうなずいた。
「話はあとで・・・いくらでも・・・・・旅人」
悠の真剣な声に旅人は恐る恐る顔を上げる。
「こんど、昼飯おごれよな」
「悠・・・・もちろん!」
「よっしゃ! 目的は果たした、退くぞ!」
「え? いいのかよ! こいつ」
ルナはジェスを見ながら叫ぶ。
「ば〜か、今回の目的は二人を救う事なんだから、こんなイカレ野郎『お節介焼き』に任せればいいんだよ! 俺は頭脳労働者、
だからな・・・どうせ来ているんだろ? みんな」
「・・・オッケー、わかったぜ!」
悠の言葉にルナはにやりとする、それもそうだ、むざむざ戦力を分散させる必要はない。
徐々に後退しながら迎撃し、合流してから倒せばいいのだ。
悠はそういった考えの持ち主なのだ。 無謀な事はしない。
「・・・なぜ、私が二人を生かしていたと思いますか? 」
リムがドアに手をかけようとしたそのとき、ドアが泥で塞がれたかと思うと、壁になってしまう。
「みんな、下がってろ! POF『グレネードモード』!」
そうコールしてからPOFを撃つ。
目でも追えるほどの遅い速度で射出された弾は、壁に叩きつけると爆音を響かせた。 続けて、二度三度と発射する。
「やったか?」
煙が晴れたその先を見て悠は目を伏せる。 そこには軽く焦げただけの壁が鎮座していた。
「もうお帰りになられるのですか? 久しぶりの『再会』だと言うのに・・・」
「再会・・・だと?」
「そうですよ! 九年ぶりの再会・・・懐かしいと思いませんか? 例えば・・・この子狐とか」
ニタニタ笑いながら、ジェスは蔓の一つを可愛らしい子狐に変える。
「まだ、あの頃は私も下っ端で・・・配下はたった三人だけ・・・」
悠は、鬼のような形相でジェスを凝視している。 唾をごくりと飲み込む。
「私は、こんな君も知っていますよ・・・」
子狐が・・・子供の頃の悠に代わり・・・そして・・・
「ぐうう・・・!」
悠は口を抑え、うずくまった。
腹の中から強烈な嘔吐感と嫌悪感、そして憎しみ、怒り、それらがすべてミックスされたドロドロとした感情。
ルナとリムも顔をそむけている。 そこには・・・
血みどろになり、左目にナイフを生やしながら立っている子供の悠が・・・
「・・・『あの時』・・・あそこにミュージアムは『四人』・・・いたんですよ!」
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!」
発狂したような声をあげると悠はPOFをソードモードに変えて突っ込んでいく。
「ちょっと待て! 悠!」
「鳥船のなかで言ってたでしょ・・・『可能性』の話・・」
ルナとリムが悠を止めようとするが
「邪魔するなあああぁあぁぁああああ!!」
レミントンを振り回し、投げつける。
POFで力任せに蔦を切り裂きながらジェスの脳天に高出力のレーザーブレードを叩き込む。
笑顔のまま二分される、ジェス。
「こいつが! こいつが! こいつがああああああ!!!」
十五秒過ぎた後でもPOFをただの鈍器とし、叩きつける。 ぐちゃぐちゃと音がする。 それと共に流れ出す鮮血。
二人の少女が彼の行動を止めるべく駆け寄ろうとするが、再び動き出した蔦に阻まれる。
「どうして! あいつは死んだのに!」
旅人が悲嘆の声をあげる。 そうだ、いくら『海洋の壷』を破壊していなくても、その使役者が死ねば当然動きを停止するはずだ。
「面白い・・・これだから、やめられません!!」
血の海から浮き上がったジェスの顔が出る、続いて腕が悠の首を掴み持ち上げる。 腕はそのまま蔦に姿を変え、捲きつく。
「その悲痛! 悲嘆! たまりません! ええ、たまりませんとも!」
そのまま悠を高く掲げる。
「あいつは・・・生きたまま、海洋の壷に入ったんだ!」
ルナが蔦を切りながらなんとか悠の元に行こうとする。 リムも同様だ。
だが、すぐに復活し、なおかつ増殖しムチのようにしならせて振り下ろす攻撃に防ぐ事が精一杯のようだ。
「生きたまま・・・あの壷に入ると、海洋の壷が破壊されない限り、死ぬ事はない。
なおかつ、自分の体の機能を自由に調節し、痛覚もなくすことが出来る・・・」
「でも・・・それには『生贄』が必要・・・」
リムが続ける。
「生まれ変わる事が必要なの・・・再び母親の母胎に帰り・・・」
「まさか・・・母親を・・・殺して・・・壷に」
旅人がペタリと尻餅をつく。
「良くご存知で、まあ尊い犠牲でした・・・そんなことより! 」
全身が再び元に戻ったジェスはこれ以上ない、といった興奮に狂った笑みを浮かべてまくし立てる。
「最高です! 私があのダーティ・フェイスの一族の一人、その運命を歪める事が出来たのですよ! しかも、あの顔!
私は・・・ああいう人間の悲嘆が大好きなのです! でも・・・まだまだこれからです!」
ジェスがそういい終わるや否や、数本の蔦が先端を鋭く尖らし悠に突き刺さった。
「ぐあああああああああああ!!」」
悠の悲鳴にルナとリムは唇をかむ。
蔦が抜けると、そこから血が流れる。 投げ捨てると、悠は壁に激突してそのまま崩れ落ちた。
「悠! 悠!」
リムが必死でゆすって呼びかけるが、彼からの反応はない。
「気絶しただけです・・・急所は外してますから・・・それより・・・
今から考えただけでも楽しみで楽しみで楽しみで楽シミシミシミぃぃぃぃぃぃ!
彼が再び気がついたとき、周りはあなたたちの死体だけ! そのときの彼の顔を見たら・・・見たら・・・!」
両手でオーバーアクションを加え、恍惚と喋りつづける。
口からはヨダレをたらしながら・・・性格破綻者、殺しの中に快楽を見出す男。
それがジェスの素顔だった。
「「ちくしょおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
二人の少女の声がシンクロし、瞳からは涙を流してジェスに飛び掛る。 それが無駄な行為だとわかっていても・・・だ。
「それじゃ・・・メインディッシュの前に前菜といきましょうかぁ?」
こちらも中々味わい深そうだ・・・」
「きゃう!」
悲鳴をあげてルナは壁に叩きつけられた。
旅人とその父親健介を狙った蔦を払うのに夢中で背後から来る蔦の一撃に跳ね飛ばされたのだ。
本来なら貫く事も可能だったジェスの一撃、嬲り殺す事に快感を感じているのだろう。
「怖いよぅ・・怖いよぅ・・・悠!」
ジェスから負った傷や旅人に撃たれた傷から血を滲ませ倒れている悠の前にリムがしゃがみこみ、パニック状態に陥っている。
短い期間で二度も、悠の血だらけの姿を見ているのだ。
それだけでも彼女の心はダメージを受けているのだろう。涙をボロボロ流し、髪を振り乱している。
「くっそう・・・」
よろよろと立ち上がり、構えをとるルナ。 左手のシザーハンズは折られてしまっていて使い物にならない。
「リム! 泣いている場合じゃないぞ! 今度は俺たちが、悠を守るんだ!」
「いや・・・・悠が・・・リムはここを動かない」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 悠はまだ生きているんだぞ! おまえがそんなことでいいのかよ!!」
ルナの叱咤にリムはようやく我を取り戻し、袖で涙を拭くと立ち上がる。
「フフフ・・・惚れた女の弱みって奴ですか? 」
ジェスの嘲るような笑みを向けながらの言葉にルナは
「・・・・・・そうだよ! 」
大声で、はっきりと答えた。 彼女の強い意志が感じられる声だった。
「ククク・・・青臭い答えですね・・・けれども・・・」
蔦が二倍に増え、それが全て槍となり二人の少女を狙う。
「避けるのは自由ですが、あなたの後ろには最愛の人間がいることを忘れずに・・・
出来ればこれはクロックワーク・ラヴァーの目が覚めているときにしたかったんですが・・・ね」
ルナとリムは、黙って身構える。
「避けるわけ・・・ねえだろ」
「私たちの命は・・・本当だったらあの時、なくなっているの。 だから・・・惜しくはないわ こんな気持ち、あなたには
絶対にわからないのでしょうけど」
その言葉に、ジェスは青筋を立ててはじめて怒りに顔を歪める。
「反吐が出る! そんなに死ぬ事がお望みなら、その願い叶えてあげましょう!」
無数の蔦が彼女たちを襲う、到底払いのけきれる数ではない。 二人は瞳を閉じる。
(もうすぐ、親父たちが来る・・・絶対に大丈夫だ。)
(悠と会えないのは、切ないけど・・・でも今まで楽しかったから・・)
((さよなら・・・悠))
彼女達の背後から、なにかが乾いた音を立てながら発射される。
それはまるで生きているかのように二人の間をすり抜け蔦を破砕した。
「ひっ・・・」
ジェスの短い声がする。
「・・・・・寝てた」
二人の背後からPOFを持った左右の手が伸びる。
二人が一番聞きたかった声。 かけがえのない・・・声。 ルナも思わず湧き上がる思いをこらえきれず、一筋の涙となって頬を伝った。
「「悠・・・・」」
全身を自分の血で濡らしながら、立つ事さえもままならない九頭竜も結城の力も使えない草刈の人間。
草刈 悠がそこに立っていた。
事態はなにも好転していない、いまだに大ピンチのままである。 しかし、ルナとリムは心から安堵していた。
「悪いが、てめえ如きに負ける気はねえ・・・と、いうかお前に初めから勝ちはないんだけどな」
「そんなボロボロの体で何を言っているのですか? まったく、とんだ戯言です。 」
「そうだ・・・俺は人間だからな、ボロボロになる。 だけどな、俺の体には偉大なる血が流れている。 九頭竜が使えるから
じゃねえ、結城の力が使えるからじゃねえ、いつだって他人のことを考え、大切な人を護る・・・そんな想いをもっているからだ!
それだけじゃねえぞ! 他にも・・・沢山だ。 それに・・・嬉しい時も、しんどい時も、一緒にいてくれた仲間がいる!
だから・・・だから・・・俺は負けないんだ!!」
そう吠えあげると、自分の左目に指を差し込み、そのまま義眼を抜き取る。
裏側についていたボタンを押すと、そこから出てきたのは紅に光る宝玉・・・悠の奥の手『キルケの宝玉』。
「さあ、今こそ、その力を示せ・・・『供物』は嫌って言うほど用意したぞ!」
キルケの宝玉が、光る。
そこから現れたのは一人の女性。 その体を一枚の布でのみ隠した格好、そして長く美しい髪。
誰もが抗う事の出来ない魔性の魅力を持った女性が立っていた。 キルケと、彼女は自分の事を名乗った。
「供物は確認した・・・では今からそれを頂く事にしましょう・・・」
彼女のが軽く右手を振ると、悠の体から流れていた血を赤い霧に変えて宝玉の中に吸い込まれていく。
「ええ、あなたの覚悟と想いが溶け込んだ紅い液体、たしかに受け取りましたよ・・・それでは・・・今ここに偉大なる力を!」
彼女が天井に宝玉を掲げると、先ほど以上のまばゆい光が全体を包む。
そこから現れたのは・・・・一個の木馬だった。
トロイア戦争の英雄、オデュッセウスが故郷に帰るまでの苦難に満ちた旅を記したギリシアの一大叙事詩、『オデュッセイア』。
この中で魔性の魅力を持った魔女、キルケは重要な意味を持つ。
アイエイエ島(実際はイタリア半島と思われる)に住んでいたキルケは、自分の魔力を防ぐ植物『モリュ』を持ってきた
オデュッセウスを迎え入れる。
キルケに魅せられたオデュッセウスは一年間、そこに留まり相思相愛となった二人はベッドを共にしたりもした。
しかし望郷の念を断つことは出来ず、オデュッセウスはここを出ることを決める。
そこでキルケはこれからの旅を行うには、預言者テイレシアスに会う事が必要だとオデュッセウスに進言した。
しかしこの預言者はすでに亡くなっており、冥府に住んでいる。
困惑するオデュッセウスに彼女は一個の紅の玉を授ける。 これが後に『キルケの宝玉』と呼ばれるようになるのだ。
この宝玉は、『流した傷を供物にし、冥府に住む者を一時的に呼び出す』ことができるという。
二人は羊(羊というのは使用人を意味することがある)の首を切り、流れ出た血を供物にした。
供物に必要な血の量は使用者に近ければ近い程、少なくてすむ。
これが悠の奥の手、『キルケの宝玉』。
そして呼び出されたのは一個の木馬、それを見て半透明のキルケは微笑む。
「私を呼び出した者よ・・・そなたの守り手は、『戦人(いくさびと)』・・・これより先、そなたが呼び出せるのは戦場に生きた者達
の魂・・・冥府でより力をつけた者達が、護るであろう・・・」
すると、木馬が姿を変え一人の人間を形作る。 光り輝く鎧、そして腰に差したのは細身の剣。 羽のついた兜。
「我は・・・オデュッセウス・・・トロイアの英雄なるぞ・・・我の智謀と武勇・・・再び・・・」
自らの事をオデュッセウスと名乗った男は悠に体を向ける。
「・・・我に似た者よ・・・命令を・・」
悠はしばし呆然としていたが、状況を把握すると
「五分でいい・・・こいつの相手をしてくれ」
「五分といわず・・・息の根を止める事も可能だが?」
「けりは俺がつけたいからさ、頼むよ」
「・・・御意」
オデュッセウスは剣を抜くと、ジェスに向かって構える。 すると悠はソードモードで壁を切り裂き、皆を廊下に連れ出す。
「そんじゃま・・・俺たち逃げるから」
ジェスにウインクをし、手を振る。
「この期に及んで・・・させませんよぉぉぉ!!」
ジェスが金切り声をあげながら蔦を伸ばすが・・・・・
「させん・・・」
オデュッセウスが剣を一振りすると、発生した真空の刃が蔦を切り落としてしまった。
「さあ、久しぶりの戦・・・楽しませてもらおうか」
廊下を出ると、ちょうどそこに登ってきた美沙の一団に鉢合わせすることになった。
傷だらけの悠に瞳を潤ませた美沙が彼を抱きしめる。
「大丈夫? ねえ、大丈夫?」
「だ・・・大丈夫だから・・・」
困ったように悠は笑う。
「このやろ・・・悠をこんなにしやがって・・・」
虎雄が低く唸り、部屋の中に入ろうとする。
「ま・・・待って、父さん! そっちは大丈夫だから! すぐ、ここから離れるんだ・・・・ヴァンさん、お願い!」
ヴァンは悠の手で紅く光っているキルケの宝玉を見てなるほど、と笑う。
マントと自分の五体を巨大なカラスに変えるとその足で皆を掴み、窓を突き破って外に出る。
停泊してあったライトニング・レディに皆を降ろすと再び人の姿に戻る。
動き出したミニッツ級戦艦の甲板で悠は宝玉を高く掲げる。
「戻れ!」
瞬く紅の光が、強くなり・・・消える。
「さて・・・と、今回のミッションは『救出・奪取』系のミッションから『無差別・制圧』ミッションに変った・・・」
悠はニヤリと笑うと右腕をめくり、PCを起動させる。
「この手のミッションなら、俺は最強だ! プログラム『天怨雷(てんえんらい)』・・・作動!」
『作動コードをお答えください』
PCから発する言葉に悠は大きく息を吸い込むと
「東風吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
と一遍の短歌を詠む。
『パスワード承認・・・攻撃専門衛星『道真』、起動・・・天怨雷・・・発動します』
地上三百キロメートル・・・そこに鎮座している衛星『道真』。 レンズ部分に紅い光が収束し、そして・・・
一筋の強大な紅い雷が島に落ちた。
一瞬間を置いて天高く舞い上がる炎。 大気が震え、海が大きく揺れた。
炎が収まる頃には、島はなくなっていた。
「よ〜〜〜〜〜っしゃ!! 俺の勝ち〜〜〜!! べっつに海洋の壷探さなくてもいいもんね。 島ごと潰せばいいわけだから! 」
右拳を大きく空に振り上げる。 横ではリムがパチパチと拍手。 ルナは苦笑いをしながらも、一応拍手。
「ゆ・う・く・ん〜〜?」
悠の歓喜を氷点下に落とすかのような美沙の声。
「その手に持ってるの・・・ハイ・アート、だよね? 私が嫌いなの知っているよね・・・」
「い・・・いや、これは・・・奥の手で、だから誰にも内緒だったわけで・・・ね、ヴァンさん?」
「・・・知らん」
そっぽを向くヴァン。
「あ〜〜〜ずりい!」
「あ、私、急に虎雄と旅行することに『今』決めたから、お仕事・・・よろしくね?」
天使のような悪魔の笑顔を悠に向けると、美沙はスタスタと中に入っていった。 そのあとをニヤニヤしながら追う虎雄。
ドアが閉まると美沙は口を抑えてうずくまった。 嗚咽が少しずつ漏れ出している。
「良かった・・・ほんとうに良かった・・・」
美沙の肩をポンと叩く虎雄。
「お・・・終わった・・・俺は、きっと死ぬ・・・」
親の心子知らず、灰になった悠を残し船は進む。
クロックワーク・ラヴァーの戦いはひとまず終わったが・・・草刈 悠の戦いは、これからのようだ。
『ハイアート・キルケの宝玉に関するレポートデータ。
キルケの宝玉はホログラミングされた女性のデータ、キルケを媒介にし、血液に含まれるDNAを基礎として、
記憶してあった『古代の英雄』を生み出すものとされる。 そのときになんらかの特殊な力を植え付け、強力な力を持った存在に
する力を持つ。
なぜ使用者以外の血では大量に必要なのか、どうして血だけなのかということは不明。 おそらくリミッターである可能性が高い。
以上、今の所わかっているデータを送ります。
草刈 悠
P・S
もうこういうこと秘密にしませんから、帰ってきてくれないでしょうか? 』
『やだ』
即座に帰ってきたメールに悠は机に突っ伏した。 ここはラマダン最上階、美沙の会長室の机だ。
机の上にはこれでもかと言うほどの書類、ディスクが置いてある。
「ふえ〜ん、こんなコントみたいな量の仕事、無理だよぉ」
「泣きごと言っても仕事は減りませんよ」
隣に立ってさらに新しい仕事を運んできた美沙の秘書、片桐冴葉がそう忠告する。
「たまたま、EUや日本で新しい動きがありました。 それに対応する処置をせねばなりません。 ボスの通常業務もありますし・・・
寝る間も惜しんでこなさなくてはいけません」
「それじゃ、冴葉さんも大変だ。 それに僕、仕事できないから無理だよ。 やっぱり母さん呼び戻そう! ね? ね?」
「問題ありません、悠さんの傍には私が休んでいる時は紗慧がつきますので、無駄な努力はしないほうがいいかと。 それに・・・
あなたが有能なのはフォーチュンにいる人間が誰もが認めています」
「はは・・・・そう・・・それで・・・俺が休む時間は?」
「あると思うんですか?」
「・・・・・・・」
草刈 悠の怪我も大した事はなく、翌日からピンピンしていた。
言葉どおり旅行に行ってしまった両親の代わりに膨大な量のデスクワークをするはめになってしまったが。
旅人は無事、父親と暮らせるようになった。 二人を生かしておいてくれたことに関してはジェスに感謝する必要があるかもしれない。
そして、一週間目の夜・・・
ラマダン、悠の仕事場兼住居兼ルナとリムが間借りしているゲストルームがある部屋。
悠は結城の主催するパーティーに『フォーチュン』の代表として出席するべく結城の本邸に向かっていた。
今日も遅くなるだろう。 シャワールームで全身に熱い湯を浴びながら、ルナは悠のことを考えていた。
(確かあいつ最近全然寝ていないと思ったんだけどな・・・・ま、いいか)
ノズルを閉め、シャワールームを出る。
肌をほんのり桜色にしながら脱衣所に設置してある冷蔵庫から瓶のコーヒー牛乳を取り出し、キャップを外して飲む。
彼女の一糸まとわぬ姿が鏡に映し出される。髪がうなじに張りつき、そこから流れる水滴が肩を滑り落ちていく。
良くも悪くも、彼女には色気がなかった。 ルナ自身の性格も影響しているのだろうが。
彼女の裸はあまりにも自然だったのだ。
筋肉質というわけではないが、引き締まった体は左右にひねるとしなやかな筋肉が顔をのぞかす。 名実共に『黒豹』なのだ。
コーヒー牛乳を飲み終えたルナはリムが用意したパジャマを見て嘆息を一つ。
そこにはまるで当然であるかのように、男物の、悠のワイシャツがあったのだから。
「・・・たく」
しかたなくそれ着たルナはペタペタとゲストルームへ歩く。 下着はショーツははいているが上はつけていない。
上から三つボタンを外し、シャツを引っ張りパタパタと体に冷えた空気を入れる。
ちょうどそのときだ、
「・・・・あ〜、ねむ」
ルナが飛び上がる。 大あくびと共にした声は悠だ。 どうやら帰ってきたらしい。
リムとは違い、彼女はこの格好がどういうことか理解している。 しかも何より恥ずかしい。
(どうしよう・・・体を隠せるところ!)
オロオロとあたりを見渡す。 そして何を思ったのか、悠のベッドのシーツにもぐりこんだのだ。
そして一通り、入ってしまった後で
(状況悪化じゃん!)
墓穴を掘っている自分に気がついた。 相当パニクっているようだ。 慌てて出ようとしたときにはもう遅かった。
ベッドの前でぼんやりと悠が見ている。
悠はどこかおぼろげな目をしていた。 義眼の左目はスペアを作っていなかっため、現在はキリィのお下がりの眼帯をはめていた。
そして、右目は・・・明らかに『欲望』を持った、そんな目。
「わ、わわわわわりぃ、悠! すぐどくから、な!」
ルナのその声に悠はまったく反応することなく、ネクタイをはずして・・・・そして・・・
ドサ!
「うきゃああああ!!」
ルナの情けない悲鳴とともに、彼女の顔が真っ赤になる。 ベッドと悠の体のサンドイッチになったのだ。
悠の体重と体温を肌にじかに感じる。
(こ、こここここれって、もしかして! で、でもそんないきなり! )
頭の中で様々な事をシュミレーションするが、答えは一つしかない。 何かを悟ったのか、ルナの顔が真剣なものになる。
瞳を熱く潤ませ、腕を悠の背中にまわす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいよ・・・・・・・・
悠がそうしたいなら・・・」
・・・前言を撤回する、彼女のその表情はまちがいなく『女』であり、ほのかに色香を漂わせているからだ。
「すう・・・・すう・・・」
そこでルナは悠が瞳を閉じ、穏やかに呼吸をしている・・・・つまり、寝ていることに気づく。
「は・・・ははは・・・」
複雑な声で笑うルナ、全身から力が抜ける。 すこし悠を腹立たしく思いながらもベッドから降りようとするが。
「体・・・動けない・・・・腰抜かしちまった・・・・」
どうすることも出来ず、ただもがいているルナ。 悠の顔の位置がずれ、耳に寝息が当たると再度ルナは顔を赤くした。
「うるさいよ・・・」
ゲストルームのドアが開き、そこから眠そうに目をこすらせながらこちらも悠のシャツ一枚のリムが出てくる。
右手でちょこんと枕を掴み、ずるずると引きずっている。
「お、ちょうどいい! リム、悠をどかして俺を向こうの部屋に運んで・・・」
「・・・ずるい、ルナ」
二人を見て、はわわ、と小さな欠伸をすると。 ベッドにあがり・・・
「・・・・♪」
喜々としてベッドに枕をぽふ、と置いて横になったのだ。 三秒と立たずに夢の中へいってしまった。
「だめだこりゃ」
ルナは天井を仰いだ。
次の朝・・・
「おい! 悠、ハント手伝え!」
悠の部屋に雪人、美月が入ってくる。 しかし、二人はそこで驚愕の光景を見る。
声で目を覚ました悠は大きく体を伸ばす。
「んあ・・・あ〜、よく寝た! 」
「・・・ああ、そうだろうなあ、人間にとって人肌が一番心地よい温度だって言うし・・・それになにより・・・寝る前にそんだけ
『運動』すればな・・・しかも二倍の『運動量』だし」
「兄さん、そんなセクハラ上司みたいな事言わないで」
そんな二人のやり取りに悠は首をかしげる。
「何いってんの? 雪兄ちゃん」
「お前の周り見てみろ、け・だ・も・の?」
「周り・・・ってうわあ!!」
そこには、悠のシャツをちょこんとつまみながらスヤスヤと眠る二人の少女がいたのだから・・・
「ち、ちちちちち違うよ、これはだって、俺昨日パーティーに行って、帰ってきて・・・うん、そんなことしてない!」
わたわたとしながらまくし立てる。
「そうだよな、おい! お前ら! 起きて起きて説明しろ!」
「そんな・・・朝っぱらから『行為』の説明されてもな〜」
「違うよ!!」
悠はルナとリムの体をゆさゆさと揺らす。 しかし、この姉妹は一度寝るとなかなか起きないのだ。
説明のかわりに飛び出した言葉は・・・
「ちくしょ・・・情けねえ・・・腰抜かしちゃうなんてよ・・・・」
「ルナと悠だけじゃ・・・ずるい・・・リムも・・・・」
「ふむふむ、腰が抜けるほどすごかった・・・と」
「それで、順番的にはルナ→リムってことね」
と、雪人と美月はうなずきあった。
「だ〜〜か〜〜ら〜〜 違うっていってるじゃんかああああああああああああああ〜〜」
情けない悠の叫び声が部屋に木霊していった。
必死の弁解むなしく、悠はしばらくの間、周りの人間からこう呼ばれることになる。
『けだものくん』と・・・・。
草刈 悠。 その指先に触れたあらゆる機械は、まるで意思があるかのように彼に従うと言う。
人は彼を機械に愛されし者――――――クロックワーク・ラヴァーと呼ぶ!
終
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