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6月11日。PM11:50
ニュースを見ていた美女が一人、急にしまりのない笑顔になった。
クッションを抱きしめ、どこか恍惚とした表情をしたその美女・・・麻当美貴は、何か呟きながらテレビに顔を向けていた。
そして、その意識はまっすぐにTVへと注がれていた。・・・正確にいえば、キャスターの言葉に、である。
「明日は、・・・の日だそうです。楽しみな一日になるのでは・・・・・・・」
「うふふふふふ。そうか、明日は・・・!楽しみだなあ.」
そうつぶやく美貴の顔は、喜びと期待に満ちていた。
翌日。6月12日。
相模大のキャンパスで、みすぼらしい男が頭を抱えていた。
いわずと知れた、草刈鷲士である。
「いてて。美貴ちゃんに何か悪いこと言ったかなあ。あんなに不機嫌になるなんて。何言ったかなあ。僕。」
と、頭をさすりながらポツリ。
とたんに周囲から、嫉妬と好奇心がない交ぜになった視線が飛んできた事は言うまでもない。いつもならその視線に気づくなりそそくさと退散する鷲士だったが、今日ばかりはその視線も気にならないのか、そのままどこに行くともなく歩き出した。
(何かあったんだろうなあ。きっと・・・)
ただ歩いていても何の解決にもならない事は良く分かっていた。しかし、じっとしていることなどできなかった。それほどまでに、いつもの美貴の不条理攻撃に慣れている鷲士には、違和感が強かった。
「何があったんだろう・・・美貴ちゃん」
そう呟くと、鷲士はわずか5分ほど前の事を思い出しながら、歩き出していた。
(たしか・・・いつも道理に弓道場に行って・・・・・・・・・・・・・・それから何話したかな?)
思考の海を泳ぎながら歩く鷲士の足取りは、徐々に頼りなくなっていった。
考えながら歩いたことがある人ならばよく分かるだろうが、こういったとき人の注意力は散漫になる。そしてこれは、九頭龍も例外ではなかった。
・・・・どしん!!・・・・君ひどおい!! ねえ? ちょっと?・・・・
「・・・ちょぉっとぉ!! 鷲士くん、なに人のこと無視してるのよおっ!」
美沙に突然後ろからどつかれた鷲士は、驚いて振り返り。自分の犯したミスにやっと気が付いた。
つまり、考えながら歩いていた為に、迎えに来ていた美沙ちゃんにぶつかり(!)そして、そのことに気付かなかったという事実に。
「み・美沙ちゃん。痛いなあ・・・・じゃなくて、ごめん! 怪我はない? ああっ、
ほんとに大丈夫?」
その痛みと後悔にゆがむ顔をみながら、美沙は無情にも言い切った。
「も〜鷲士くんしっかりしてよ。それでも九頭龍なの?どうしたの、なんか変だよ?」
そのようすに鷲士は、ひとまず怪我はなさそうだなと安心した。それにしても、実の娘にしては冷たいこの一言に、少しむくれながら聞いてみた。
「そんなにへんかなあ?」
この言葉に美沙はきっぱりとうなずくと、情け容赦なく言った。
「どーせ、美貴ちゃんに怒られたんでしょ〜? いつものことなんだしさぁ、きにしないでいたら? 明日には、機嫌も直ってるわよ、きっと。」
鷲士は軽くかぶりを振った。とてもではないが、明日には機嫌が直っているなどというようなレベルではないと感じたのだ。それとともに、思った。
(美沙ちゃんなら、何とかしてくれるかもしれない・・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・それで?授業終わって弓道場まで行って、歩きながら話した。ここまではいつもどおり。で、問題はそのあとよね〜鷲士くん一体何話したの?」
二人は場所を大学に程近い公園に移し話し込んでいた。
(鷲士はあのまま構内で話そうとしたのだが、あまりにも周囲がうるさいので美沙が強引に引っ張ってきた。ちなみに美沙の手には『相談料』のソフトクリームが握られていたりする。)
促した美沙は、おいしそうにソフトクリームを食べ始めた。その様子を横目で見ながら、鷲士はゆっくりと思い出した状況を口にしていった。
「毎日してるみたいに、たわいもない話を2・3した後・・・・」
「今日、何の日かわかるよね。鷲士。」
突然美貴が切り出した。何の日といわれても授業とバイトぐらいしか思いつかなかったが、そんなことを聞いてるんじゃないだろうと思い、考えてみた。
・・・・・・・・わからない。ちらりと美貴の様子をうかがうと、プレゼントの箱を開ける前のような期待に満ちた幸せそうな顔をしていた。
その顔に、ふと愛しい少女に似た面影を見て、思わず鷲士も微笑んだ。その顔を見た美貴は、すっかり勘違いをしたのか鷲士に話し掛けた。
「なに、今ごろ気づいたのかキミは? しょうがないなあ、もう。」
照れくさそうに一人ごちる声もなぜかうれしそうだ。鷲士は美貴の勘違いに気づき汗ジトになりながら、自分の真実を口にした。
「ごめん。何の日だったっけ。わからないや。」
美貴はその答えを聞くなり一瞬悲しそうな顔になった。が、次の瞬間には、烈火の如き怒りを顕わにした。
「な・ん・だって! キミはこんなことも知らないのか!? まったくそれでも男か? 本当に! なさけない、根性で思い出せ!」
この言葉を聞いたとき、鷲士は来るであろう攻撃に覚悟を決めた。なんだかいつもよりも怒っているみたいだから、すごいことになるんだろうなと。悲壮な覚悟だった。しかし、鷲士の(そして周囲の野次馬の)予想とは裏腹に、美貴は何もしなかった。首をしめたりすることもなく、ただじっと鷲士が思い出すのを待っているようだった。
しかし、「思い出せ」と言われても、知らないものは思い出しようもなく・・・・
「あはは、何の日だっけ。」
うつろな眼をして、鷲士はそう言うしかなかった。
「鷲士のバカ、マヌケ、鈍感!! こんな情けない男とは思わなかった!!!」
と結局は、いつものように首をギューギューに締め上げ、鷲士のギブアップも目に入らないように部室に戻っていった。
と鷲士は説明を終えた。
「・・・変ねぇ、たしかに。」
鷲士の予想に反し、美沙は首をひねり考えていた。
「何の日、、、、か。ようは、今日が何の日かわかればいいのよ。分かればきっと、美貴ちゃんが怒った理由もわかるわよ!!」
(ここまでまじめに考えてくれてるのに・・・おかーさん、ナニやってんだか。)
ソフトクリームを舐めながらの美沙の叫びに、鷲士は静かにかぶりを振った。
「・・・・・・・それがさ、だめなんだ。ほら、今日ってゴミの日だっただろ。朝、それを確認しようと思って、カレンダーは確認したんだ。
だけど、特に何も・・・・・・書いてなかったんだよ。」
「はい?どーゆーこと?」
これには美沙も汗ジトになり、ソフトクリームを食べるのも忘れて鷲士に詰め寄った。
「つまり、カレンダーにも載ってないようなマイナーな日のことで、美貴ちゃんに責められたワケ?」
こくりと鷲士がうなずくと、美沙は「付き合ってられない」といわんばかりにため息を一つ。立ち上がり、「ごちそーさま。」とゴミをごみ箱に投げ込んだ。
「ちょ・・・っ、美沙ちゃんどうするの?」
美沙のすることを一縷の望みをかけて見ていた鷲士が、声をかけた。
「え〜、帰るに決まってんじゃん。鷲士くんもさあ、そんなちっちゃいことで悩まないほうがいいよ。」
美沙の勢いに押されるように、そうだねと鷲士はうなずき立ち上がった。しかし、そばにいる美沙を見た瞬間、「今日は何の日?」と聞いてきたときの美貴の顔が目の前に蘇った。いや、正確には美沙の顔にダブったのである。
遠い昔に別れた「ゆうちゃん」になぜか似ていたあの顔。幸せそうに、嬉しそうに笑っていた・・・・
「鷲士くん? どったの?」
先に歩き始めていた美沙が心配して振り返った。そして、何かを思い出しているような鷲士にたずねた。
「美沙ちゃん、ごめんね。先に帰っててくれないかな? もう少しだけ調べてみたいから。」
そう言って、鷲士は微笑んだ。
「うっ・・・・な・なんで。早く帰ってご飯にしようよぉ。ほ・ほら鷲士くん、今日もバイトでしょ? 余裕もって行動したほうがいいって!!」
おもわず肯きそうになる自分に渇をいれ、美沙は「ご飯」と「バイト」を持ち出して抵抗したが・・・・
「だめかなあ?あんな顔されちゃうとさ、どうしても気になっちゃって。」
と鷲士に再び聞かれ・・・・・・・・・・陥落した。うーとうなりながら少し赤い顔をしている美沙に鷲士が声をかけようとしたとき、美沙が顔を上げ、鷲士をにらんだ。
「鷲士くんのお人好し! もう、今回だけなんだからねっ!次 はだめなんだからねっ!!」
そういいながら美沙はポケットから携帯電話を取り出した。そして、何をするのかわからない鷲士に向かって照れたように続けた。
「私も手伝ったげる。・・・・ほ・ほら、やっぱり一人より二人のほうが速いと思うしー。・・・・ええっと、タカちゃんか、冴葉に聞いてよっか。意外と知ってるかもしれないし。」
切り替えの速い美沙がダイヤルしようとしているのを見て、鷲士はその背中に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「・・・・ありがとう。」
「鷲士くん?何か言った・・・・・・・・・?」
♪〜ちゃらり〜♪
美沙が聞き返したその時、手の中の携帯が軍艦マーチを奏でた。
「もう、こんなときに一体誰よ!・・・・・・・・・ああ。」
相手の名前を確認するなり、美沙は口元に不敵な笑みを浮かべ電話に出た。
「・・・うん、だから、わかってるって。確かに、・・・・・・言ったけど。悪いけどさー私これからちょっと調べものがあるから、後にしてくんない? はあ? 元はといえば、そっちが悪いんでしょ? ・・・・・・・・・・・・って、なんであんたがそこにいるのよ? すぐ来てって・・・・絶対ムリ!!」
(相手は樫緒くん・・・なんだろうな。)そう思った鷲士は、マナー違反を承知で美沙に話し掛けた。
「僕は一人で大丈夫だし。樫緒くんなんでしょ。行ってあげなよ。」
これが「電話の相手」にも聞こえたらしく、美沙はしぶしぶ肯くと返事をした。
「わかったわ。今から行く、そう・・ね、そんなに時間はかからないから。うん、大丈夫。・・・・・しつこいっ!!」
美沙は憮然とした表情で電話を切り、鷲士を横目でにらんだ。
「もうちょっとだったのに・・・・うー。ほんとにいいの?ひとりでだいじょうぶ?」
美沙は、苦笑いで肯く鷲士を見ながらボタンをピッ。ため息を一つつき、おまけのようにぽつり。
「樫緒ってわけじゃないよ・・・・」
「えっ、なんか言った?」
鷲士が聞き返したときには、美沙はいつもどうりの表情をして言った。
「なんでもないよ、急に前々からの頼まれごとで、トラブっただけ。そういうわけだから、鷲士くん。終わり次第私も調べるの手伝うねっ!!」
まるで美沙がそう言い終わるのを待っていたかのように、カウンタックが二人の目の前に止まった。
「がんばってね、美沙ちゃん。あんまり無理しないで、ね。僕一人でもきっと大丈夫だし。・・・・そうそう、遅くなりそうだったら電話してね。何か作っておくから。」
車に乗り込む美沙に声をかけ、鷲士は小さく手を振った。そして、美沙は鷲士の優しさに少しだけ切なくなりながら笑いかけた。
「わかってるって。それじゃ、鷲士くん・・・・ん〜パパ、行ってくんねっ。」
カウンタックを目的地に走らせながら、美沙はそこに待つ人物に罵声を浴びせていた。
「あーんなやさしい人間にこれ以上何を望むって言うのよ? ほんとにもう! 美貴ちゃんの馬鹿あっ!!!」
車が見えなくなるまで見送った鷲士は
「さて・・・・図書館にでも行って調べようかな?」
と呟くと、さっきは二人で来た道を一人で・・・戻っていった。
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