DADDYFACE ShortStories
「夢幻郷(1)」
written by 利根丸


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 ヒカリゴケのぼんやりとした明かりだけがたよりの薄暗い空間。
 石を組んで作られた見るからに古そうな通路に、二つの足音が響く。
 慎重に足を運んでいるのは、大小二つの人影だった。
 小さな人影の名は、結城美沙。
 大きな人影は、草刈鷲士。
 二人とも黒い戦闘服に身を包み、頭には暗視装置を付け、背中にはアサルトライフルがついたリュックを背負っている。
 傍目には、とても信じられないがこの二人は親子であり、しかも、二人は親子でトレジャーハンターをやっている。
 今回、ここに来たのは、叢雲が偶然発見した遺跡の調査だった。
 到着してみると、遺跡は、長い間、人が立ち入った様子が無く、一番乗りと美沙は驚喜していた。
 まあ、前人未踏ということもあり、トラップのことを考えて、探索は慎重に行っているため、二人はお互い言葉を交わすことなく、通路を進んでいたが、やがて行き止まりに袋小路にぶつかった。
 美沙は、リュックからライトを出すと、壁を照らした。ライトに照らされた壁は周りに比べて、特に変わったところはない。
 「・・・美沙ちゃん、戻ってみる?」
 壁を調べている美沙に、鷲士は手製のマップを見ながら、そう言った。
 「んー・・・こういうのは、やっぱり侵入者を騙す初歩の障害よ。証拠見せて上げる」
 そう言うと美沙は手にしたライトで、壁を叩いた。
 すると、袋小路の壁は、重い音ではなく、軽い音を発した。
 「ほら、この壁は奥の通路や部屋を隠すカムフラージュなのよ。そう言うことで、鷲士くん、壁壊すのお願いね」
 「え?どうして・・・」
 「どうして・・・って、こんなところで壁を爆破したら崩れるかもしれないし、こんな長い通路じゃ、爆風から身を隠すところもないじゃない」
 「確かに・・・」
 鷲士の頭の中では、漫画チックに最悪の事態が想像された。
 「わかってくれた?それじゃ、お願いね」
 「はいはい、それじゃ、美沙ちゃん、危ないから下がって」
 鷲士は美沙を下がらせると、壁の前に立って拳を構えた。
 「ハッ!」
 一瞬の静寂の後、鷲士の放った正拳突きが石壁を見事粉砕する。
 崩れた壁の向こうは暗く、流れ出てきたカビ臭い空気が鼻をついた。
 「よしよし、これでまた一歩、秘密に近づいたわ。急ごう鷲士くん!」
 「あっ、美沙ちゃん、待って、危ないよ!」
 壁の向こうを照らしながら、美沙は喜々としながら進んでいき、置いて行かれた鷲士も、後から慌てて追いかけていった。
 その後通路は、なだらかな下りが続き、やがて広い部屋に出た。
 「・・・どうやらここが、遺跡の最深部みたいね」
 その部屋は、円柱型で、天井はライトの光が届かないほど高く、果てしないことが伺えた。
 「それにしても、特に何も見当たらないね・・・」
 「こういうところは、部屋の中心に秘密があるのよ」
 美沙は鷲士を引っ張って部屋の中心へと進んでいった。
 部屋の中心と思われる所に来ると、確かに紋章のようなモノが床に描かれている。
 「ふふふ・・・どうやらこれみたいね」
 「美沙ちゃん、気を付けないと、何か罠があったりしたら・・・」
 「大丈夫よ、最深部に罠なんか仕掛けたりするわけないでしょ」
 「でも、ここが最深部とは限らないし・・・」
 「だけど、調べなくちゃ、先へ進めないでしょ。鷲士くん、少し心配しすぎよぉ」
 笑いながら、美沙が紋章にふれた瞬間、突如、ゴトリという音を立てて紋章が少し床に沈んだ。
 その途端、場の空気が細かく振動をはじめ、酷い耳鳴りが二人を襲った。
 「きゃあっ!何・・・これ・・・」
 「くっ・・・美・・沙・ちゃん・・・」
 すぐに頭を抱えたまま、意識を失う美沙。
 鷲士は、倒れる美沙を抱き留めようとしたが、その手が彼女に触れる前に、鷲士の意識も闇に染まり意識を失った。

 「・・・う・・・」
 次に鷲士の意識が戻ったとき、額に柔らかい感触を感じた。
 『誰・・・だ?』
 うっすらと目を開くと、見知らぬ少女が鷲士の額に手を置いたまま、うたた寝していた。
 見たところ、歳は美沙より少し下ぐらい、白い肌に同じく艶やかな白い髪が美しい美少女で服装も肌や髪と同じく、真っ白なフリル付きのドレスだった。
 「・・・君・・・は?」
 まだ、頭痛するため、鷲士は、途切れ途切れに少女に話しかけた。
 「!!」
 しかし、突然鷲士に話しかけられた少女は、驚いた様に目を開けると、顔を真っ赤にして慌てて部屋から出ていった。
 「・・・?」
 呆気にとられた鷲士が、少女の出ていった扉を見ていると、入れ違いに、白い器が乗ったお盆を持った青年が入ってきた。
 歳は鷲士より少し上くらいだろうか、長身の身体をゆったりとした服で包み、細面の顔は、中性的な美貌があった。
 「気が付いたか?」
 「は、はい・・・それでここは?」
 「動けるか?」
 「あっ、はあ、大丈夫ですが・・・」
 「動けるなら、話を聞くより、自分の目で確かめた方がいい」
 「え?」
 そう言って、青年はお盆をサイドテーブルに置くと、鷲士に肩を貸した。
 ゆっくりとした足取りで、部屋から回廊に出た鷲士が見た光景は、彼が今までの人生で見たことのないものだった。
 緑豊かな庭園、その向こうに見える白い石造りの街並み、さらに街並みの先には壮大な青空が広がり、その遙か上方には無限の星空・・・そして、蒼天と宇宙の狭間は緑色に輝いていており、その全てが、口では言い表せられないほど美しかった。
 「凄い・・・」
 「初めて見た者達は、皆そう言う」
 「あの・・・もしかして、ここは・・・空の上に浮かんでいるのですか?」
 「そうだ、ここは、お前の様な外から来た者たちが、『空中庭園』とか『天空都市』と呼んでいるような所だ」
 「外の世界・・・?貴方は一体・・・」
 「私の名は、セロ。ここの管理人であり、守護者だ」
 「!!」
 驚く鷲士を見たセロは、軽く口元に笑みを浮かべた。
 「驚くのも無理無いな。大概、ここに来る者たちは、歪みから現れた通路を遺跡と勘違いして通ってきている。そして、その殆どが、初めここを無人だと思い、私たちに会って驚く」
 「す、すいません」
 とりあえず謝った鷲士に、セロは首を振った。
 「気にするな。それより、向こうの部屋でお前の仲間が眠っているから会いに行ってくるといい。それと、彼女の目が覚めたら、広間に来てくれ、詳しいことは、そこで話そう。広間はこの回廊を突き当たって左に曲がったあと、すぐに見える大きな扉の所がそうだ」
 「ありがとうございます。あっそうだ、セロさん、僕を看ていてくれていた、あの女の子は誰なんですか?お礼を言いたいんですけど・・・」
 「・・・彼女なら、広間に来た時に紹介する。それでいいか?」
 「あ、はい」
 「それじゃ、広間で待っている」
 そう言って、セロは、その場から立ち去った。
 セロがいなくなったあと、鷲士は、一通り身体に異常ないか確かめた。
 「特に異常は無いな・・・さて、とりあえず、美沙ちゃんの様子でも見に行こうかな」
 軽く伸びをすると鷲士は、セロが言っていた美沙が寝ているという部屋へと行った。
 美沙の部屋の扉の前に来た鷲士は、軽くノックしたあと、ゆっくりと戸を開けた。
 「美沙ちゃん?大丈・・・」
 そっと、部屋を覗き込んだ鷲士の首筋に、突然、ナイフが突きつけられた。
 もちろん、ナイフを持っているのは、美沙である。
 「あ・・・」
 美沙は、相手が鷲士だとわかると、慌ててナイフを離した。
 「・・・夫、みたいだね・・・」
 「あ、あはははは、やだ鷲士くん、驚かせないでよ」
 「美沙ちゃんは、いつ目が覚めたの?」
 「うーん・・・30分くらい前かな?」
 「それなら、もう外は・・・」
 「うん・・・初めて見たときは、まだ、夢を見ているのかと思ったわ。私が以前行った空中庭園なんか、なんか、せいぜい高度15km位だったのに、ここはそれを遙かに超える高度みたいよ」
 「とりあえず、どうするの?」
 「私がベットに寝ていたんだから、きっと人がいるはずよ、まずは、人を捜しましょ」
 そう言うと、早速、美沙は探索に行こうと歩き出した。
 「あのさ、美沙ちゃん」
 「何?鷲士くん」
 「僕、さっきここの人にあって、話しをしたんだけど・・・」
 それを聞いた美沙は、思わずズッコケた。
 「あのね、鷲士くん、そういうことは先に言ってよね〜」
 「・・・ごめん」
 謝る鷲士に、美沙は額に手を当てて溜息をついた。
 「で、何て言っていたの?」
 「えーと、確か、話をしたいから、広間に来てくれって・・・」
 「・・・鷲士くん、言葉解ったの?」
 「いや、日本語で話しかけてきたんだけど・・・」
 それを聞いて、美沙は、またズッコケた。
 「日本語って・・・相手は日本人だったの?」
 「そうじゃないけど・・・」
 「とりあえず、このままじゃ埒があかないから、その広間ってところに行ってみましょ」
 「うん・・・」

 広間へ向かうため、回廊を歩いていると、不意に美沙が鷲士に声をかけた。
 「ねえ、鷲士くん、目が覚めてから、時計見た?」
 突然、変なことを聞く美沙に鷲士は不思議そうな顔をする。
 「いや・・・見てないけど・・・」
 「面白いから、見てみなよ」
 美沙に言われ、鷲士はウェアラブルPCを点けて、時間を見た。
 しかし、画面には時間は表示されなかった。色々いじくってみるが、やはり、時間は表示されない。
 「あれ?壊れたのかな」
 「壊れてないわよ、私もはじめ壊れたかと思ったけど、あと通信機能が働かないだけで、他は普通に動くよ」
 「どういうこと・・・?」
 「・・・ここは、時間の流れ・・・というか存在自体が普通じゃない。もしかしたら、私たちのいる世界とは違うところなのかも・・・って、私は思っているんだけど、それを証明する物がないのよね」
 「時間の流れが普通じゃないって、まさか、浦島太郎の竜宮城みたいに・・・」
 「それは、解らないわ。あくまで仮定だもの」
 「うーん・・・」
 「考えたって始まらないわよ。それより、広間に着いてから、相手に聞いた方が早いわよ」
 「そうだね」
 その後、しばらく回廊を歩き、突き当たりを曲がった鷲士と美沙の前に、広間の扉が見えてきた。
 扉を開くと、そこは天井がガラス張りの石造りの部屋で、中心には部屋と同じ巨大な石造りのテーブルがあり、そこでセロが椅子に腰をかけて待っていた。
 「早かったな・・・どこでも好きなところに座ってくれ」
 「あ、どうも・・・」
 「・・・・・・」
 セロに勧められ、鷲士と美沙は目の前にあった椅子に座った。
 二人が座ったのを確認したセロは、淡々と語りだした。
 「さて・・・お前達は、ここへ何しに来た?見たところ、私の知る世界の者ではないようだが・・・」
 「どういう・・・ことですか?」
 「ここは、時と時限の狭間を彷徨う街・・・稀に様々な世界と繋がり、異邦者をここに招き入れるのだ」
 「確かに・・・ここって雰囲気とか、そういうものが私たちの世界と違うわね・・・」
 「僕たちは帰れるんですか?」
 「それについては心配ない。ただし、次に外と繋がるのは3度目の夜だがな・・・」
 「3日・・・いえ、別の世界の時間の感覚が私たちと同じとは限らないし、下手するともっと掛かるかも・・・」
 「時間の概念について心配しているようだが、それについてはあまり心配ないぞ。今まで来た者たちも特に違いがないといっていたからな」
 「それなら良かった・・・」
 ホッと鷲士は胸を撫で下ろした。
 「そういえば、どうしてお互い住む世界が違うのに、言葉が通じるの?」
 「ここでは、ここに入ってきたときに街の機能により、自動的に翻訳能力が異邦者に刷り込まれるのだ。これのおかげで意志の疎通に困ることはない」
 「刷り込みって・・・大丈夫なんですか?」
 「何、一時的なものだ。その間に私がそちらの言語について学習すれば、すぐに普通に会話することも出来るようになるだろう」
 「学習ですか」
 「ああ、ここの管理も結構、退屈でな、たまに別の世界の言葉を学ぶとか、変わったことがしたいのだよ」
 「でも、どうやって言葉を学ぶんですか?」
 「お前たちが入ってきたときに翻訳能力を刷り込む際に、そちらの言葉も一通りデータとして入手しているから大丈夫だ」
 「はー・・・凄い技術と学習意欲ね」
 「ここには、他の人は・・・」
 「私の他には、お前を見ていてくれた、セレンだけだ。他の者は・・・」
 そういってセロは立ち上がると、窓のところに行き、外を見た。
 「こっちに来るといい・・・それが解る」
 「・・・?」
 「・・・・・・」
 二人も立ち上がると、窓のところへ行った。
 窓から見えるのは、広い草原でその中に幾つもの白い棒のような物が見えた。
 「・・・あれは?」
 「お墓・・・?」
 「そう・・・あそこはこの街の住人の墓所だ」
 「この街に、住んでいた人たちはみんな・・・」
 「ああ・・・私たちを除いて皆死んでしまった。まあ、全員が死んだ訳ではなく、去っていった者たちもいるため、彼らが戻ってくるのを私は待っている」
 「そうなんですか・・・」
 「そういえば、どれくらいここにいるの?話を聞くだけじゃ、よくわからないんだけど・・・」
 「私がここの管理者となってから、もう100万回以上の夜が来た」
 「100万日・・・えーと、そうすると・・・ゲッ、およそ2700年!」
 「そ、そんなに長い間、ここにいるのですか?」
 「それより、アンタ、何者!?数千歳なのに、そんなに若いなんて!」
 「私は、力で年齢を固定している。だから、私自身が死ぬことを望まない限り、老いで死ぬことはない・・・もっとも、管理者として死ぬわけにはいかないがな」
 「恐るべし異世界・・・」
 鷲士と美沙、揃って感心していると、
 「んにゃ?」
 突然、美沙が素っ頓狂な声を上げた。
 鷲士とセロが美沙を見ると彼女のツインテールの一本を、先程、鷲士を看ていた少女が引っ張っている。
 「あれ、その子は・・・」
 「その娘がさっき言っていた、セレンだ」
 「・・・ねえ、お姉ちゃん、遊んで・・・」
 「遊んでって言われても・・・」
 「遊んで・・・私、ずっと独りぼっちだったの・・・」
 「・・・美沙ちゃん、遊んで上げなよ」
 「えっ・・・一体、何して遊べば・・・」
 「お話・・・お話しして・・・」
 「美沙ちゃん、その子に色んな事を話してあげなよ」
 「私からも頼む・・・その子と遊んでやってくれ。私は、管理と見回りで忙しくて、構ってやれないんだ」
 「オーケー、それじゃ、お姉ちゃんと向こうでお話ししようか」
 「うん」
 美沙は鷲士に「あと、お願い」というと、セレンの手を引いて部屋を出ていった。
 「そうそう、ここにいる間は、あそこの部屋を自由に使ってくれ」
 「いいんですか?」
 「ああ・・・、その代わり、ここにいる間だけでかまわんから、セレンと遊んでやってくれないか」
 「わかりました」
 「夜になったら、又ここに来てくれ、食事を用意しておく」
 「食事まで用意してくれるなんて・・・本当にいいんですか?」
 「ああ・・・ここは暇だからたまに外から客が来ると嬉しいんだ」
 「はあ・・・ご迷惑おかけします」
 「ははははは、何、気にするな」
 笑いながら出ていくセロを鷲士は見送った。

 その後、夕食を食べた鷲士は、一人庭園の中を散歩していた。
 「ふー・・・結構、食べたな・・・」
 石造りの道をどこへともなく歩いていた鷲士は、突然、視線を背中に感じて、足を止め、辺りを見回した。
 「・・・誰だ」
 「よお・・・いい夜だな」
 暗がりから出てきたのは、セロそっくりの男だった。
 『セロさん・・・!?いや、違う!姿は似ているが、別人だ』
 「警戒するなよ・・・別に喧嘩を売りに来たわけじゃねぇよ・・・」
 「お前は誰だ?セロさんはここには、セレンちゃんしか他に人はいないといっていたぞ!」
 「何だ・・・セロのヤツ、そんなことを言っていたのか・・・。まあいいや、俺の名はシェロ。俺もここの番人をやっている」
 「それで一体、僕に何の用だ」
 「だから、そう緊張するなって、初対面で悪いけど、お前に頼みたいことがあってきたんだよ」
 「・・・頼みたいこと?」
 「ああ、だが、今日はまだ説明できない。明日の夜中に、お前の所に行って説明するからよ」
 それだけ言うと、シェロは再び、闇の中へと消えていった。
 言いたいことだけ言われて、殆ど何も言い返せずに一人残された鷲士は、首を捻りながら部屋へ戻っていった。

 翌日、美沙は目覚めたとき、手足に妙に柔らかい感触を感じた。
 「ん・・・何?」
 もそもそとシーツを捲った美沙が見たのは、美沙に抱きつくようにして眠っているセレンだった。
 寝起きのため、まだ、美沙の思考は停止していたが、しばらくして、少し目が覚めたのか、ボソリと言った。
 「・・・あのー・・・ちょっといいかな?」
 「んん・・・」
 美沙の呼びかけに、セレンは眉を動かすだけで、起きるそぶりは見られなかった。
 『うう・・・か、可愛い・・・』
 ちょっと気が変わった美沙は今度は、セレンの柔らかそうなほっぺをつついてみた。
ぷにぷに
 「う・・・ん・・・?」
 ちょっとイヤそうに顔を動かす。
 『おおっ!』
ぷにぷに
 「・・・ううん」
 『あ、起きたかな?』
 散々美沙につつかれて、ようやくセレンも目が覚めた。
 「おはよ・・・」
 「おはよう、セレンちゃん」
 「ねえ、お姉ちゃん・・・」
 「何?」
 「遊ぼ・・・」
 寝ぼけ眼ながらも、遊ぼうとせがむセレンに、美沙はぎこちない笑いを浮かべた。
 「・・・とりあえず、ご飯食べてからでいい?」
 「うん!」

 静かな朝食が終わったあと、美沙はセレンを連れて草原へと行った。
 広間に残って、朝食の後片づけをしていた鷲士は、近くにいるセロに昨夜出会ったシェロのことについて尋ねてみた。
 「あの・・・セロさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど・・・シェロって人のことなんですが・・・」
 鷲士の質問に、セロの動きが一瞬止まった。
 「・・・アイツに会ったのか?」
 「え、ええ・・・」
 「シェロ・・・アイツは私とは違い、ここの中枢を管理する者だ。普段出ることがないので話さなかったんだが・・・」
 「そうなんですか・・・」
 「悪いが私は、これから出掛けなければならない所があるから、他に話があるのならば後にしてくれないか」
 「あ、はい」
 「食器などは、そこの扉を出てすぐの所にある泉の側に置いておいてくれればいい」
 「わかりました」
 広間を出ていくセロを見送った後、鷲士は目を細めた。
 「・・・おかしい、絶対に何か隠している素振りだった。あの、シェロという人を隠す理由は何なんだ?」

 日が高くなる頃、草原で遊び回って、疲れた美沙とセレンは草の上に寝転がって休んでいた。
 「ふー・・・疲れたね、セレンちゃん」
コク
 疲れて声が出ないのか、返事の代わりにセレンは小さく頷いた。
 「それにしても、喉が渇いたね・・・。そうだ!私、ちょっと何か飲み物無いか探してくるから、セレンちゃんはちょっと待っててね」
 そう言って、美沙は広間のある建物へと走っていった。
 美沙がいなくなって、しばらく、セレンが一人で草むらの中にいると、不意に彼女に影がかかった。
 振り返ったセレンは、その影を作っている者を見て微笑んだ。
 「シェロ・・・」
 「楽しいか、セレン?」
 「うん、楽しい!お姉ちゃん、外の世界の色んな楽しいお話ししてくれるの!それで、私が行ってみたいなぁ、って言ったら、一緒に行こうかっていってくれんだよ」
 興奮した顔で話すセレンを見て、シェロも優しく微笑んだ。
 「そうか・・・それで、セレンはお姉ちゃんが好きか?」
 「うん、大好き!でも、シェロの方が好きだよ!」
 「そうか・・・。セレンは外に行ってみたいか?」
 「うん!でも・・・セロが・・・」
 途端に、セレンは顔を曇らせた。
 「セロか・・・アイツは、俺に任せておけ。俺がセロのヤツに話を付けてやる」
 「大丈夫なの?セロ、怒ったりしない?」
 「大丈夫だよ。セレンは、お姉ちゃんたちと一緒に外の世界に行くんだろ?」
 「・・・うん」
 「心配するなって、絶対、お前を外へ連れていってやるよ」
 「ホント!?」
 「本当だ、約束してやる」
 「絶対だよ!」
 「ああ・・・満月の夜に、アイツらと一緒に外の世界に行くんだ」
 「外の世界に行くときは、シェロも一緒だよ!」
 「ああ、解っている。そろそろ、俺は行くから・・・」
 「うん、お仕事頑張ってね」
 はじけるような笑顔を向けるセレンの頭を撫でると、シェロはその場から去っていった。
 『・・・今度こそ、この忌まわしい悪夢からセレンを救ってやる!例え、それで俺が死ぬこともなろうともな・・・』
 歩きながら握りしめたシェロの手から、血が滴り落ちていた。

 2日目の晩、天空都市に、招かれざる者たちがやってきた。
 「ほう・・・フェイスの足取りを追っていたら、こんな所に来るとはな・・・」
 都市の端にある高台に位置する石造りの魔法陣の上に、大勢の重装備の戦闘員を従えた男がいた。
 「なかなか興味深いところだな・・・よし、フェイスを始末次第、ここの調査を行う!各班ごとに分かれてヤツを捜せ、分かったな!」
 男の命令に、戦闘員達は敬礼すると、フェイスを探すべく動き出そうとした、が、それを阻むかのように突然現れたセロが戦闘員達の前に立ちはだかった。
 「誰だ、貴様は・・・」
 「私の名はセロ、ここの守護者だ」
 「ふむ・・・一つ、お前に聞きたいことがある。ここにこんな男が来なかったか?」
 男は、懐から取り出した写真をセロに見せた。
 セロは、その写真を一瞥すると、氷のような冷たい目をしながら男に言った。
 「悪いがこの男は、私の客人だ。お前達のような殺気剥き出しの者たちに渡すわけにはいかないな」
 「ククク・・・庇い立てすると、ただではすまんぞ」
 「どうせ、遅かれ早かれ、ただで済まさないつもりなんだろ?」
 「命知らずのヤツだ・・・いいだろう、ハイ・キュレーターである、このアルカスが・・・」
 「ごたくはいいからかかってこい・・・こう見えても私は『儀式』の準備で忙しいんだ」
 「何を訳の分からないことを・・・」
 男は、腰に差している白銀のロッドを抜くと、戦闘員達に襲いかかるよう合図を送った。

 「・・・?」
 部屋で寝ていた鷲士は、微かな物音に目を覚ました。
 「・・・今どこからか・・・銃声が聞こえてきたような・・・」
 もう一度、集中して耳を澄ましてみるが、幾ら待っても銃声らしき音は聞こえてこなかった。
 「気のせい・・・か」
 鷲士は溜息をつくと、再びベッドに寝転がった。

 戦いは、僅か数分だった。
 「ふん・・・口ほどにも無かったな」
 淡々と言うセロの足下には、物言わぬ死体となったミュージアムの戦闘員達が転がっている。
 死体は、どれもまともな形の者はなく、頸骨を砕かれている者や心臓を貫かれた者、中には炎に焼かれたかの様に黒焦げになった者や氷付けになっている者等、全員無惨に殺されていた。
 「・・・この程度の者たちでは、『神樹』の贄にならんな・・・、大人しく帰れば無駄に命を落とすこともなかったろうに・・・」
 セロの足下には、首を切断されたアルカスが蹲っていた。
 セロが指を鳴らすと、まるで、地面に溶けるかのように死体は沈んでいく。
 やがて、死体が残らず無くなったのを確認すると、セロは振り返ることなく丘を下りていった。

 その頃、部屋でうたた寝していた鷲士は、人の気配に目を覚ました。
 「・・・誰ですか?」
 起き上がった鷲士の前には、昨夜現れたシェロが立っていた。
 「・・・昨日言っていた頼み事ですか?」
 「ああ・・・ついでにここの真実も説明する」
 「真実・・・」
 「いちいち全部、話していたら、夜が明けちまうからな。要点だけ説明する」
 そう言うと、静かにシェロは、鷲士に語りだした。
・・・・・・・・・・・・
 「・・・これが、全てだ」
 全てを聞いた鷲士は、額に浮かんだ汗を拭いながら、掠れた声でシェロに尋ねた。
 「・・・本当なんですか?もし、それが真実なら・・・」
 「疑っているみたいだが、明日の夜に全て本当だとわかる」
 「それで、僕に頼みたいこととは・・・」
 「・・・セロを倒し、セレンをここから連れ出して欲しい」
 「でも、そんなことをしたら・・・」
 「ああ・・・ここは消えるだろう。しかし、ここは存在そのものが罪なんだよ」 
 天井を見ながら、どこか疲れたような口調でシェロは、鷲士に言った。
 「わかりました・・・」
 「・・・俺を信じて、頼みを聞いてくれるのか」
 「ええ・・・貴方が嘘をついているように見えませんから・・・」
 「すまねぇ・・・俺が闘えないとはいえ、会って間もないお前にこんな事を頼んじまって」
 「かまいませんよ、貴方が真実を教えてくれなれば、僕たちは危なかったんですから・・・」
 「・・・そろそろ、セロが帰ってくる。くれぐれもヤツに気付かれないようにしろ」
 「はい」
 去ろうとするシェロに、あることを思い出した鷲士は声をかけた。
 「そう言えば、どうして僕にこんな事を頼もうとしたんですか?」
 「分かるんだよ、お前は強い、お前なら、この運命を変えてくれそうだって」
 「・・・分かるんですか?」
 「お前の中を流れる力の特徴を見ればわかる」
 「そうなんですか・・・」
 「まあ、お前とならやれそうな気がする。頼んだぜ」
 「分かりました」

 「ん?」
 部屋でセレンと話をしていた美沙は、ウェアラブルPCからのメールの着信を知らせる音に気付いた。
 「あれ、鷲士くんからだ」
 「どうしたの、お姉ちゃん?」
 「お兄ちゃんからのお手紙」
 「ふーん」
 セレンにウインクすると、美沙はメールの内容に目を通した。
 メールを読み終わった美沙は、口元に不適な笑みを浮かべた。
 「・・・・・・」
 「何て書いてあるの?」
 「ひ・み・つ」
 セレンを抱き寄せると、美沙は彼女の耳元で呟いた。
 『・・・でも、これが本当なら、絶対にこの娘は助けたい!』
 美沙も秘めたる決意を胸に秘め、セレンを強く抱きしめた。


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