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プロローグ
(ここは、どこだ?)
周囲に広がるのは、闇、いっさいの光が存在しない、闇。
(泣き声?)
どこからか、子供の泣き声が聞こえてくる。その声の聞こえる方を伺うと、4歳ほどの
少年が膝を抱え、顔を埋めて泣いていた。
(どうしたんだい?)
声をかける。しかし、その少年は泣き止まない。
「鷲士君?」
突然、背後から声をかけられた。振り返って見た先に、4、5歳ほどの子供が立ってい
た。髪が長く、その顔は中性的で、男の子のようにも、女の子にも見える。年不相応と言
える落ち着きと、包み込むような優しげな笑みを持った、不思議な子である。
(君は?)
返事はない。その子はそのまま真っ直ぐに進んでくる。
そして、
(えっ?)
彼の体は、そこに何もないかの様に、僕をすり抜けていった。
「君、草刈鷲士って言うんだよね?」
その子は泣いている少年に優しく語りかけた。そして、その声に答えてか、泣いている
少年はその顔を上げた。
(僕!?)
泣いている少年は、幼き日の鷲士であった。
(そうか・・・これは夢だ)
突然、理解された。これはあの日の光景、青葉学園に来て間もない頃の、母さんの事を
思って泣いていたあの日。そして、彼と友達に、そして家族になった、あの日。
「泣いてたって、面白くないと思わない?」
話しかけた子は優しげな笑みのまま言う。
「一緒に、遊ぼう」
話しかけた子は、鷲士に手を差し伸べた。幼き日の鷲士はその手をじっと見つめている。
(あのときは、何か唐突すぎて、彼が何を言ってるのかすぐにはわからなかったんだよね)
「君・・・は?」
鷲士は消え入りそうな小さな声で呟く。
「僕? 僕は天木 空人(あまぎ くうと)。みんなは空って呼ぶよ」
空人はにっこりと微笑み、鷲士の言葉に答える。
(あの時の空君の笑顔は、暖かかったな・・・)
「空・・君?」
「うん。鷲士君、みんなが待ってるよ」
「みんな?」
鷲士は首を傾げる。
「そうだよ。ここのみんな。僕たちの家族」
彼は真っ直ぐに、鷲士を見つめている。
「僕たちの、家族?」
「うん。僕の家族。そして、君の家族」
「僕の家族?」
「この学園のみーんなが、家族だよ」
周囲を示すように、空人は両手を広げる。
「みんなが?」
「君もね」
「僕も?」
鷲士も空人を見つめて言う。
「うん。だから・・・行こう」
再び、空人は鷲士の前に、その手を差し出す。
(嬉しかったな。空君の言葉。そして、僕は・・・)
泣いていた鷲士はその目の涙をぬぐい、
「・・・うん」
(僕は、空君の手を取った)
闇が消え、光が射した。
「どうして、こんなことに・・・」
美沙は、小さくつぶやいた。
いま、美沙がいるのは病院の個室である。
そして、美沙の横のベットに横たわっている人物は彼女の実の父親である草刈鷲士その
人である。
鷲士は、ピクリとも動かない。まるで・・・まるで死人のようだ。
わずかに上下する胸が、唯一、彼の生存を証明している。
美沙は、蒼白の面持ちでその鷲士をじっとみつめている。
もう、日も昇ろうとしている。しかし、昨晩から鷲士はベットの上に横たわったままだ。
もし、このまま目覚めなかったら・・・そんな不吉な予感が脳裏によぎる。
「・・・・んっ・・・・」
「鷲士君!?」
ほんのわずかな希望にすがるように、美沙は鷲士の手をとる。
「・・・クウ・・・・君・・・」
鷲士の口から漏れる微かな声。
「鷲士君!・・・お父さん!!」
美沙は必死に呼ぶ。
「おとーさん!!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「おとーさん!!」
聞き覚えのある、自分の娘の声。必死で呼びかけてくる、娘の声。
「・・んっ、ん〜〜」
鷲士は、ゆっくりと目を開ける。
「おとーさん・・・?」
寝ぼけ眼に最初に映ったのは呆然とした表情の愛娘ちゃんの顔であった。
「美沙・・・ちゃん?」
寝ぼけた鷲士の上に、美沙は飛び込んできた。
「・・・良かった〜! もう本当に目を覚まさないんじゃないかって、本当に心配したん
だから!!」
鷲士は状況がつかめない。頭の中に靄がかかっているかのように、いまいち、意識がは
っきりしない。
「美沙ちゃん・・・ええっと・・・僕は、どうしたんだろう?」
鷲士は辺りを見回しながら問う。白い、清潔感の漂う部屋、どうやらここは病室のよう
だ。
「鷲士君、突然倒れたんだよ。お医者さんに見せても原因がわからないって言うし・・・
ホント〜に、心配したんだから・・・」
そういって、再び鷲士のことを強く抱きしめる。その目には涙がうっすらと浮かんでい
た。
「な、何がどうしたのかわからないけど。・・・ごめんね、美沙ちゃん、心配かけちゃって」
鷲士は、愛娘ちゃんの頭をなでながら、心のそこから、申し訳なさそうに言う。
そこにあるのは、父親としての表情だ。
「ううん。いいの、こーやって、鷲士君だって目覚めたんだしね」
美沙は鷲士から身を離し、その涙をぬぐう。
「・・・でも、どうして僕、倒れたりしたんだろう?」
鷲士は、当然といえば、当然の疑問を口にした。
そして、何故か、びくっ、と身を硬直させる美沙。
汗ジトで鷲士から目線をそらす。
「う〜ん、ここのところ、特に調子が悪かったてこともなかったと思うし・・・」
特に病気とかではないようである。近頃バイトが忙かったが、さすがに疲労で倒れるほ
どではない。20キロ泳いだ上に砂漠を歩き続けたりしたわけでは全然ない。
そういえば、何か、強い衝撃を受けたような気がする。何だったかな?
「え〜っと、確か、バイトから帰ったら美沙ちゃんが、『今日学校で調理実習があった』っ
て言って・・・」
寝ぼけた、いや、確かに、普段から寝ぼけてるんじゃないかとも思えるけどそんなこと
はないはずの頭を、何とか総動員し、その衝撃を受けたときにいたるまでの記憶をたどっ
てみる鷲士。
その間に、鷲士の言葉を聞くためびに、美沙はだんだんと後ずさる。明らかに何かを知
っている様子。
「それで、ちゃぶ台の上においしそうなケーキがおいてあって・・・」
少しずつ、しかし確実に記憶をたどる鷲士。見る見る病室の入り口へと近づいていく美
沙。
「それで、美沙ちゃんがすすめるから、食べてみて・・・」
そう、美沙に勧められたケーキを食べた。そこまでは覚えている。しかし、
「・・・あれ?・・・・それで、どうしたんだっけ?」
それ以降の記憶がない。確か、そのあと何かすごい衝撃を受けた気がするのだが・・・。
しかし、いくら思い出そうとしても、それ以後の記憶がない。いや、覚えてはいる気が
するのだが、本能が思い出すことを拒否している。
人間というのはよく出来ているものである。あまりに強い衝撃を受けた時、人はそれを
処理できない、つまりは感じないようにできているのだから・・・。
結局、どうがんばっても、思い出せそうにないので、鷲士は美沙に問おうとして、
「ねえ、美沙ちゃん、僕は・・・・」
ベットに寝たままだった身を起こしながら鷲士は美沙の姿を探す。しかし、傍らにいた
はずの美沙がいない。
「・・・どうしたの? 美沙ちゃん」
美沙はいつのまにかドアの前にいた。
「あ〜、いや、その、なんでもないけど」
どこかぎこちない笑顔で、明らかに何かを隠しているご様子の美沙。しかし、
「そう、ならいいんだけど・・・それで、美沙ちゃん、僕はあの後どうしたんだろう?」
そんな美沙の様子にはまったく気がつかない鷲士。
(まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまず
い・・・)
美沙は内心、かなり狼狽していた。その美しい顔には暑いから生じるのとは別の汗が浮
かんでいる。視線もさっきから宙を泳ぎっぱなしである。
「えっ、え〜っと、その・・・ね、ねえ、鷲士君」
多少しどろもどろになりながら、何とか鷲士に話しかける。
「うん」
美沙の内心の思いなどつゆ知らずの鷲士。
「え〜っと・・・そっ、そういえば、鷲士君が目覚めるほんのちょっと前に呟いてたんだ
けど」
唐突に話題を変える美沙。これが樫緒や美貴であったら通じやしないだろうが、今の相
手は鷲士である。
「呟いた? どんなこと?」
とりあえず、あっさりと話題をそらされる。
「『くうくん』って。いったい誰なの?」
昏睡状態の鷲士が、目覚める直前に呟いた名前。
「えっ!? 僕、そんなことつぶやいてた?」
「うん」
「・・・彼は・・・」
鷲士は、過去に思いをはせるかのように天井を見上げ、
「彼、空君は・・・僕の友達で、先輩で、家族で、何より、僕を救ってくれた恩人・・・
かな?」
と、少し恥ずかしげに言った。
「家族で、先輩で、友達で、恩人?」
いったいどういうことなのだろうか?
「うん。空君とは、青葉学園で一緒だったんだ」
その一言で、美沙には大体のことはわかった。
「そうなんだ・・・まあ、幼なじみって言う奴ね」
「うん、そうだね」
鷲士は美沙の言葉にうなずき、微笑む。
しかし、そんな心温まる状態も長くは続かなかった。
「・・・ところで、僕はどうし」
鷲士の思考の方向が、もとに戻ろうとする。
さすがに、これ以上はぐらかしているわけにもいかなそうである。
そこで、美沙は最後の手段に打って出た。
「鷲士君!」
「は、はい!」
突然、大声を出して自分を呼ぶ美沙に、鷲士は驚き、またも思考が分断される。
「私、大切な用事を思いだしたから、ちょっと行って来るね!!」
美沙は急いで逃げるかのように病室から出て行く。
「鷲士君はまだ病み上がりなんだから、寝てなきゃだめだよ!」
それだけ言い残し、あっという間に美沙はいなくなってしまった。
「美沙ちゃ・・・」
呼び止める間もなく、一人取り残され、唖然とする鷲士。
「・・・いったいどうしたんだろう?」
逃げ去った、と鷲士は思っていないだろうが、美沙の出て行ったドアを見詰め、わけも
わからず呟く。
そんな鷲士に、不意に、微かな悲しみがよぎる。
「そういえば・・・空君、いまはどこにいるんだろう」
空人との音信が途絶えてもうずいぶんになる。
「・・・会いたいな」
鷲士は窓から入る日差しをまぶしそうに目を細め、広がる青い空を見詰めながら、小さ
く呟いた。
時間を少しさかのぼる。
暗殺者の選ばれる時間の定番と言えば、やはり夜だろうか。とりあえずのところ、今回
はそんな定番に当てはまるらしい。
場所はニューヨーク。深夜である・・・が、この町から明かりが消えることはない。
眠らない町。それを見下ろすホテルのスウィートルーム。
部屋の明かりはすべて消され、窓から差し込むわずかな光のみがその部屋の中を照らし
ている。
大きなベットの上に、一人の少女が横たわっている。一糸纏わぬ、生まれたままの姿で
ある。
年は16、7歳ほど。美しいブロンドの髪。見るものを魅了する美しい顔立。しかし、
何よりも、その少女の肌は白かった・・・まるで、死んでいるかのように。
不意に、その少女を照らすように、光が生まれた。さらに、その一つの光源を中心とし
て、それを囲む輪のように次々と光がともっていく。
横たわる少女の上に、重力に逆らって浮かび、淡い光を放つ13の光球。それは、人魂
のようにも見えた。
そして、真ん中の光球を中心として、残り12の光球が時計回りにゆっくりと回り始め
る。だんだんと回転の速度が速まり、ついには光の輪を形成する。
ひときわ強く、中心の光球が強く光り輝き、何の音もなくゆっくりと下がり始めた。中
心に光り輝く光球はだんだんとその横たわる少女に近づき、その肌に触れる。
何の音も立てず、何の抵抗もなく、その下腹部に光球は沈んでいった。
少女の体に沈み込んでいく光球の動きに呼応して、残る12の光球の速度も、だんだん
と遅くなっていく。
そして、12の光球がその動きを止めたとき、光球は完全にその少女の体に沈み込んだ。
静寂。そこにはただ、死んだように横たわる少女と、それを照らす12の光球のみが残
される。
しかし、唐突に、その少女の体がびくっ、と痙攣したかのように引きつる。そして、だ
んだんと、その死んだような白い肌に、生命の色が宿り始める。
ゆっくりと、少女の目が開いた。見るものを魅了する吸い込まれるような青い瞳。
少女は、気だるそうに起き上がり、ベットを出る。その動作にあわせ、12の光球が少
女を守るかのように、瞬く間に周囲に移動した。
12の光球を従えた少女は、その体の動きを確かめるかのように、手を握り、開くこと
を数度繰り返した。
「なかなかいいようね」
静かにつぶやく。
そして、一糸纏わぬそのままで、部屋に備え付けてある大きな姿見の鏡の前間でゆっく
りとした動作で進む。
「フフフ」
少女は、静かに笑った。とても美しい・・・狂気を宿した笑み。
「綺麗・・・本当に、綺麗だわ」
何かに取り付かれたような笑みを浮かべたまま、自らをいとおしむ様にその肩を抱く。
「フィメラ・シューリー」
その背後に、唐突に無遠慮な低い声がかかった。
「・・・人が楽しんでいるときに、無粋極まりないのね。シェピロ・ダンストン」
言葉の内容はしてを非難していたが、その調子はどこか楽しそうな、しいて言うなら、
新しいおもちゃを見せびらかそうとする子供のような、そんな楽しげな様子でフィメラと
呼ばれた少女は振り返った。
振り返った先に立っていたのは、太陽をかたどった黄金の仮面を付けた黒いスーツの男。
「ふふふ、でもいいわ。あなたも、綺麗だと思わない? シェピロ」
フィメラと呼ばれた少女は、12の光球によって闇から怪しく浮かびだされる自らの体
を示す。
「・・・今回の指令だが」
「なあに? つれないのね・・・さびしわ」
心底さびしそうな、悲しそうな表情を浮かべるフィメラ。この表情を見たら、誰もが、
自らの過ちを悔いて自殺をしそうなほどである。しかし、
「命令は二つ。ターゲットの抹殺と目標物の回収だ」
フィメラの表情などまったく無視して、シェピロは淡々と述べる。
「もう、ほんとにつまらないひと。もうあなたの話なんか聞きたくないわ」
そういって、そっぽを向くフィメラ。
「・・・本気か?」
「ううん。う・そ」
そう言って、悪びれることも無くシェピロを見る。その表情に浮かぶのは、暗い微笑。
「ターゲットは誰? 回収の目標は?」
「・・・ハイキュレーター、スカイウォーカーが我らを裏切った。研究施設を襲い『種』
を奪い逃走した」
シェピロは淡々と述べる。
「・・・スカイウォーカーと言えば、任務遂行率100パーセント、異次元から来たとさ
れる『枝』を使う・・・男なのかしら? 女なのかしら? まあ、どっちでもいいけど・・・
ダーティ・フェイスを出し抜いたといううわさすらある人ね」
「その通りだ。その難物の相手として、館長は、命無き者を支配する『ウィル・ウォ・ウ
ィスプ』の使い手であるハイキュレーター、つまりはお前を選ばれた」
「光栄なことだわ・・・それで、指令は、スカイウォーカーの抹殺と『枝』と『種』の回
収。それでいいのね?」
「もう一つ、スカイウォーカーの死体も回収対象だ」
「死体も?」
その意図がわからず疑問の表情を浮かべるフィメラ。
「何故奴のみが『枝』を使用できたのか調べるためだ。お前の得意なことだろう?」
「そうかしら? でも、スカイウォーカーといったら、あの『到達者』殿の弟子でしょ?
あの人が始末をつけるのが道理というものではないの?」
薄い笑みを浮かべながらいう。
「・・・もとより、『到達者』はわれわれの考え方の外にいる存在だ。たとえ館長といえど、
どうすることも出来ない・・・その代わりにと、あるものを預かってきた」
「なに?」
「すでに、お前の首にかかっている」
「・・・面白いことをしてくれるのね」
フィメラの首には、黒い紐の輪かかっていた。その先には小さな黒い袋がついている。
彼女はその袋に入っているものを取り出した。
「・・『種』? すべて奪われたんじゃないの?」
彼女の指先につかまれたもの、それは、小さな種だった。
「『到達者』が持っていた。『枝』のありか、つまりはスカイウォーカーの居場所を示すだ
ろう」
「わかった。ちょうど、館長からいただいた『おもちゃ』も試したかったとこなの。私た
ちハイキュレーターの間でも、その実力の知れないスカイウォーカー、少しは楽しめるか
しら?」
再び、何か邪悪なものの宿った笑みで言うフィメラ
「15分後に迎えをよこす、それまでに仕度を済ませておけ」
そう告げて、仮面の男は背を向けた。
そして、その影は部屋の暗闇の中に解けるように消えた。
少女は、窓まで歩き、夜空を見上げる。
そして、遠き恋人に思いをはせるかのような眼差しで、
「・・・スカイウォーカー、楽しませてね」
そう呟き、微笑んだ。
「月が、きれいだね」
夜空には美しい三日月の月が昇っている。
「・・・・ヨウツキ、僕はこれから日本に行こうかと思う」
ここは、どこかのビルの屋上。
そこに、一つの人影がある。
その人は、落下防止の策の上に立ち、空を見上げていた。
「どうしてかって?」
空を見上げるその人は、美しかった。
風に揺られる長い黒髪はうなじの辺りで赤いリボンでまとめられている。
その人は、右手に竹刀などを入れる長い布の袋を持っていた。
「僕の、親友に・・・・鷲士に会いに行くのさ」
その人は、いったい誰と話しているのだろうか?
その場には、その人以外の姿は見当たらない。
「そうか、君達も楽しみにしてくれるかい? うれしいよ」
その人は、涼しげな笑顔で言った。
「じゃあ・・・行こうか」
その人は、何もない中空へと、右足を踏み出した。
見ているものがあれば、誰もが落ちると思ったであろう。
しかし、その人は何事もなく歩き始めた。
その、夜空を歩く姿は、まさしく『スカイウォーカー』と呼ぶにふさわしいものだった。
幼き日の親友は、しばしのときを越え、再会を果たす。
幼き日の友はきたる。
その友は、何をもたらすのか?
幼なじみ来たりて、もたらすのは・・・・
ここは、FTI傘下の病院。そこの待合室である。
まだ、早い時刻だが、もうすでに自分の診療の晩を待つ人々の姿ある。
自然光を取り込むように設計されている待合室であるが、何故か、ぽっかりと、暗い雰
囲気に包まれた場所があった。そこには人影が二つ。
一つは、待合室の長いすにどっかりと座った13歳ほどの少女である。誰であろう、結
城美沙その人である。
本来はとても明るく勝気な少女であるはずだが、今は何故か、なんとも形容しがたい、
陰鬱なオーラを発していた。顔を伏せているため、その表情をうかがい知ることは出来な
い。
「フフ、フフフフ、フフフフ」
わずかに、虚ろな笑い声が、その口から漏れてくる。
そして、もう一つの人影は、その人にしては珍しくその顔に困惑を浮かべ立ち尽くす、
会長秘書、片桐冴葉その人であった。
「フフフフ、フフフフ」
ただただ、美沙の口から漏れる虚ろな笑いのみがこだまする。
永遠にその状況が続くかのようにさえ思えた。しかし、それを打破する女神が現れた。
「美沙!」
ギギギギッ、と効果音でも鳴りそうな調子で美沙が首を声の聞こえた方に向ける。
「・・・おかーさん?」
そこに立っていたのは、
「はあ、はあ・・・鷲士が、しゅーくんが倒れたって聞いたから、急いできたんだ」
モデル並みの長身と美貌を持った女性。しかしながら、底の部分ではなんともヘタレな
二児の母、麻当美貴であった。
「鷲士は、しゅーくんは大丈夫なのか?」
必死の様子で美沙につめより、尋ねる。
「おか〜さ〜ん!」
突然、美貴の胸元に飛び込む美沙。その目には涙が浮かんでいる。
「美沙、どうしたんだ!? しゅーくんは、そんなに悪いのか!?」
突然、娘に泣きつかれて、そこまで鷲士の容態が悪いのかと思い、心配を募らせる美貴。
美貴の脳裏に不吉な予感がよぎる。
しかし、そんな中、冷静な会長秘書の声が、美貴のそんな不安を拭い去った。
「美貴さん、鷲士さんは意識を取り戻されました。とりあえずは問題ありません」
「本当? 冴葉さん」
美貴はすがり付いてきた美沙を片手で抱いたまま、冴葉を見詰める。
「ええ、意識が戻らないことを覗けば、全くの健康体でしたから。あとは明日の精密検査
の結果、問題がなければ退院できます」
「・・・良かった〜」
美貴は心底安堵した。しかし、疑問が一つ残った。
「・・・でも、じゃあ美沙は何で?」
相変わらず、美沙は美貴の腕の中で嗚咽を漏らしている。
「その、驚異の事実を突きつけられたと言いますか」
珍しく、冴葉が口ごもる。
「驚異の事実?」
「これ以上は私から申し上げることはできません。お知りになりたいので有れば、ご自分
で、ボスに聞いてください。それでは、私は残った仕事がありますので」
「あっ、まっ・・・・」
呼び止める間もなく、冴葉は去っていった。
「ふう・・・・美沙、一体なにがあったの?」
美沙に向き直り、いつになく優しい調子で訪ねる。普段はまったく発揮されないが、そ
こにはやはり、母親としての優しさがあった。
「何がって・・・」
美沙は、じっと美貴の目を見詰める。
美貴が来る少し前にあったことが、美沙の脳裏に思い出される。
鷲士のいる病室を飛び出した美沙は、とりあえず病院の待合室にどっかり座り込んでい
た。
(やっぱり、私の責任・・・なのかな〜?)
鷲士は、『あれ』を食べたとたんに昏倒した。誰がどう見ても、『あれ』が原因であった
としか思えない。
(でも、調理実習で作ったんだよ? 普通に)
うんうんと悩んでいる美沙のもとに、静かな声がかけられた。
「ボス」
彼女の秘書、片桐冴葉であった。
「あ、冴葉ちゃん・・・どったの?」
力無く、訪ねる美沙。いつもの元気がない様子。
「ボスに頼まれた『あれ』に関する調査の経過報告に参りました」
彼女は静かに告げてきた。
「・・・で、どうだったの?」
美沙は神妙な調子で訪ねる。
「調査の結果、少なくとも、構成成分にはいたって問題は発見されませんでした。病原菌
や、毒素などはいっさい検出されていません」
ただ、淡々と調査結果を述べる。
「じゃあ」
美沙の顔が、ぱっと明るくなる。
「ですが・・・」
そこで、冴葉は言葉を切った。
「何? ですが、何なの? 冴葉ちゃん。ねえ、何なの?」
必死の様子で冴葉にすがりつく。
「・・・動物実験を行ってみたことろ」
「ところ?」
「鷲士さんと同様の結果となりました」
「は?」
一瞬意味がつかめずに、ほうける美沙。
「十匹のラットに試したところ、すべての個体が、昏睡状態に陥りました」
冴葉は、勤めて平静な表情でそのことを告げた。
「・・・と言うことは?」
まるで、死刑判決を下される前の被告人のごとき表情で美沙は問うた。
「ほぼ間違いなく、ボスの作った『ケーキ』が原因と思われます」
そして、冷静な裁判官は無慈悲に告げたのだった。
美沙の顔から、一切の表情が抜け落ちる。
「・・・」
美沙は、ゆっくりと、その顔を伏せた。・・・わかっていたのだ。状況証拠がすべてを告
げている。
しかし、それでも、違うと信じていたかった。なのに・・・
「現在も我が社のスタッフの総力を挙げて調査中ですが・・・今の所、一体なにが原因と
なってこの強力な麻酔効果が得られたのかまったく不明です」
自分の主の心情を知ってか知らずか、淡々と述べる冴葉。
「・・・冴葉、ちゃん?」
小さな声で呟く美沙。
「何でしょう?」
「現時点で、それに関する調査、研究を凍結。研究資料をすべて破棄して」
ただ、機械的に告げる美沙。うつむいているので、表情はわからないが、何かものすご
い雰囲気を発している。美沙の周囲が、負のオーラに満たされていく。
「んっ・・・わかり、ました」
さすがの会長秘書も息をのんだ。
「フッ、フフフ、フフフフッ」
とまあ、こんなことがあったわけで・・・
「・・・何でもない、何でもないの」
美沙は美貴から体を離し、顔を横に振る。まるで、それまでの記憶を振り払うかのよう
に。
「本当に、大丈夫?」
それでも、心配そうに尋ねる美貴。
「うん、だいじょ〜ぶ! 大丈夫に決まってるじゃない!」
自分を奮い立たせるように言う。そう、明日の希望に向かって。
「そ、そうか」
美沙の様子に気圧される美貴。
「よし、じゃあ、しゅーくんの所へ行こう」
愛娘ちゃんの問題がとりあえず片付いた用なので、美貴は言った。
「うん」
そこへ、再び別の声がかけられた。
「ちょっといいかな? そこのお二人さん」
その声を色であらわすとすれば、誰もが、『透明』と答えただろう。涼しげな、ただひた
すらに透明な、誰とも知れぬ声。
「! だれ?」
突然背後からかかった声に対する驚きを隠しながら、振り向く美貴と美沙。
背後から近づかれたことにまったく気がつかなかった。鷲士には及ばないとしても、美
貴も美沙もそういったことには人並み以上に敏感であるのにもかかわらずだ。
その視線の先には髪の長い人が立っていた。年は、おそらく20代前半だろう。艶やか
な黒髪を、腰のあたりまで伸ばし、それをうなじのあたりと先っぽで、赤いリボンを使っ
て結んでいる。
優しげな光を宿した漆黒の瞳。すっと通った鼻梁。細い顎。エトセトラエトセトラ。あ
らゆるパーツが美しく、それらがこれ以上ないといえる完璧な位置に配置され、そこに一
つの芸術品を作り出している。
いま、その顔には涼しげな笑みが浮かんでいる。
右手には、色とりどりの花が咲き乱れる花束を持ち、左手に竹刀などを入れる袋が握ら
れていた。
「ああ、やっぱりそうだ」
一人納得した様子の赤いリボンの人物。
「え〜っと、あんた誰?」
多少警戒しながら、美沙は尋ねた。
しかし、赤いリボンの人はその言葉を無視し、
「悪いんだけど、これ鷲士に渡してくれるかな?」
そう言って、右手に持った花束を美沙に差し出した。
「いったい何なの? 鷲士君とどういう関係?」
警戒の色を強める美沙。
しかし、
「人を待たせていてね。今、話をしている時間がないんだ。鷲士に渡せばわかると思うか
ら。よろしくお願いするね」
赤いリボンの人は強引に美沙に花束を渡し、急ぎ足で、去っていった。
「あ、ちょっと、ま・・・」
声をかける前に、あっと言う間に玄関口を出ていってしまった。
「一体なんだって言うのよ?」
誰にともなく呟く美沙。
「・・・誰だ、あの女は」
美沙の背後から、静かな、そして、底冷えするような声。
「お、おかーさん?」
びっくっとなって振り返った先には、何か、危険な物を漂わせている美貴。美沙はたま
らず後ずさる。
「美沙」
「はっ、はい」
緊張のため、気を付けの姿勢となる美沙。
「早く鷲士の所へ。・・・彼に問いただす」
美貴は、がっちりと美沙の腕をつかんだ。
「で、でも、鷲士君、病み上がりだし」
とっさに、鷲士をかばおうとする美沙。
「美沙・・・君は、鷲士が浮気してもいいって言うのか?」
そんな美沙に、半眼で詰め寄る美貴。
「やっ、よくないけど。・・・だからってさっきの人が浮気相手とは」
逃げたくなる自分を抑えながら、それでも鷲士をかばおうとする美沙。
「だって、何かものすごくなれなれしかった。・・・何かにおう」
「でも、私だって、あの人知らないし」
何とか美貴をなだめようとする。
「だからよけいに怪しい。・・・早く、早く鷲士の所へ」
「はい」
美貴はここで、一つ大きな間違いを犯している。まあ、気持ちも分からないではないが。
「あ、美貴ちゃん」
いつも通り、ほえほえした感じで、入ってきた美貴を迎える鷲士。
「来てくれ・・・」
そこまで言って凍りつく鷲士。美貴が、何か危険な雰囲気を纏っているからだ。
「・・・鷲士、あの女は・・・誰だ?」
美貴はゆっくりとした動作で鷲士に詰め寄った。それがむしろ怖い。
しかし、突然、「あの女は誰だ」と言われても、まったく心当たりのない鷲士。
「えっ? あの、いったい何のこと?」
「あの、赤いリボンの女は誰なんだ? 鷲士」
美貴は鷲士の肩をがっしりとつかみ、静かな、ただただ静かな声で鷲士にたずねる。
「その、だから、一体?」
状況がつかめず、しどろもどろになる鷲士。
「まあ、まあ、美貴ちゃんも落ち着いて」
美沙は鷲士から美貴を引き離そうとする。
「美沙、私はまだ鷲士に話が・・」
暴れようとする美貴。
「ちょっと待ってよ、みきちゃん。あの人、とりあえず鷲士君に渡せばわかるって言って
たでしょ? だから、ね」
そう言ってなだめ、なんとか美貴を引き離す美沙。
そして、改まって、鷲士のほうを向き、
「鷲士君、これ」
そう言って、美沙は先ほどの花束を鷲士に渡した。
「これは・・・美沙ちゃんが?」
「ううん、違うの。何か、待合室であった人が渡せばわかるって」
「待合室であった? どんな人?」
「う〜んとね、年は鷲士君と同じぐらいの女の人。髪が腰ぐらいまであって、それを赤い
リボンでむすんでた」
美沙が、思い出しながら言う。
「あ、そんでもって、何か、すごく楽しそうに笑ってた」
鷲士には思い当たる人物が一人いるが、少なくとも女性ではない。そして、もうずいぶ
んと会っていない人だ。
「う〜ん、思い当たる人がなきにしもあらずだけど」
その言葉を聞いて、再び、美貴が詰め寄ってきた。
「誰だ、一体あの女は誰なんだ? 鷲士! 答えるんだ」
ものすごい剣幕である。もうちょっと余裕を持つべきだと誰もが言うだろうが、本人は
そんなことまったくもって気にはしないだろう。
「いや、あの、でも、彼は女じゃないし」
「へっ? そう、なの?」
鷲士の言葉を聞き、呆けたようになる美貴。
「うん。でも、だったら、一体誰だろう?」
そう言って、しげしげと、その花束を眺めていると。
「鷲士君。そこに手紙がついてるよ」
ここに持ってくるまでの間に、美沙はとりあえず危険はないか調べてみたのだ。至極、
普通の花束で、そこに手紙が着いていた。
「何だろう?」
その手紙にはものすごい短い文章が書いてあった。
To EAGLE
ただいま。お大事に。
From SKY
鷲士はその手紙を見詰め呆然としている。
「なんか、手紙って言うより電報みたいな感じね・・・」
手紙を覗き込んだ美沙はそうつぶやいた。
「でも・・・イーグルって言うのは鷲のことだから、きっと鷲士君の事よね」
「う、ん」
「じゃあ、SKYって『空』だけど」
どこかで聞いた気がする、と美沙は思った。
「・・空、君」
鷲士は信じられないと行った面もちで、呆然と呟いた。
「えっ?」
鷲士が昏睡状態にあったとき呟いた名前。
「ねえ、美沙ちゃん」
いつになく強い調子で美沙に尋ねる鷲士。
「その人、本当に女の人だったの?」
「え、だって、あの顔で男って事は」
「赤いリボンをつけてたんだよね」
「うん」
「それで、とっても楽しそうな笑顔の人だったんだよね?」
いつになく、強い口調で畳み掛けるようにたずねてくる鷲士に、多少なりとも気圧され
る美沙。
「う、うん」
「それにこの味も素っ気もない文章・・・・その人、空君だ」
鷲士は呆然とつぶやいた。
「え〜っ!? あの人が!?」
美沙は大口を空けて驚きの声を発する。
「きっと、間違いない」
鷲士が強い口調で呟いた。
「あれが・・・男?」
美沙は、まったく信じられないといった様子で聞き返す。
「美貴ちゃんも、女に見えたよね」
と言うか、すでに愛人扱いまでしそうな勢いだった。しかし、当の美貴はというと、
「・・・空・・・・」
呆然とした表情で立ち尽くしている。
「ねえ、美貴ちゃんてば!」
「あっ、うん、何?」
「も〜っ、聞いててよね。美貴ちゃんも女の人に見えたでしょ?」
ぼ〜っとしていた美貴に多少怒った口調で尋ねる美沙。
「あ、うん・・・」
そう答える美貴の口調には力がない。
「彼、昔からそうなんだよ」
「マジで? あれが男・・・」
未だに信じられないと行った様子の美沙。
「空君・・・帰ってきてたんだ」
鷲士は、ぽつりと呟いた。どこか嬉しそうである。
「あれ、美貴ちゃん。どうしたの?」
「い、いや、何でもない」
そう言った、美貴の表情はどこか不安そうだった。
(空君。天木、空人。・・・・うう、まずい。これは、まずい)
大丈夫と言った美貴の脳裡に昔の記憶がよみがえる。
(彼に、会うのはまずい)
そんな美貴の重いにはまったく気付かず、鷲士はどこか嬉しそうに、花束につけられて
いた手紙を眺めている。
「ねえ、鷲士君」
「んっ、何? 美沙ちゃん」
鷲士は顔を上げる。やはり、嬉しそうである。
「その空って人は、鷲士君の親友で先輩で家族で恩人の人なんだよね?」
「うん」
どこか気恥ずかしそうに答える。
「・・・どんな人?」
美沙は興味深そうに訪ねてくる。
「どんな人って、どうして?」
「だってさ、鷲士君にとってすごく大事な人みたいだからさ、なんか気になっちゃって・・・」
そして、照れたように笑う。大好きなパパ、鷲士のことを、少しでも多くを知りたいの
だ。
「う〜ん・・・もうずいぶん会ってないんだけど」
鷲士は、困ったような、さびしそうなような声で言う。
「確かに、私が鷲士君のとこに来てから一度もそんな話したことなかったよね。どうして
なの? 親友なんでしょ?」
「僕は今でも、そう思ってるんだけど・・・空君がどう思ってるかはわからないんだ」
その声からは、悲しさ、寂しさが感じ取れる。
「なんかあったの?」
「・・・空君、肉親が見つかってね、11年前にその人の所へ、引き取られたんだ。それ
でその・・・おじさんらしいんだけど、その人に連れられて、イギリスに行っちゃったん
だ」
いつもの気弱な笑顔とともに話す鷲士。でも、やはりどこかさびしそうだ。
「そうなんだ。・・・デモさ、こうやってお見舞いにも来てくれたんだし、その空君て言う
人だって鷲士君のこと、親友だって思ってるよ、きっと」
鷲士を元気付けるように言う美沙。
「うん。そうだといいな」
「それでさ、昔の話でいいから、その空君のこと、教えてくれない? ね?」
何が何でも聞きたいようだ。
まあ、あの「女顔」と言うより「女にしか見えない、それもかわいらしくも美しい女性
に」な上に、自ら赤いリボンまで付けるような奴が、どんな子供だったのかは気になるだ
ろう。
「じゃあ・・・彼はねえ・・・」
彼の名前は天木 空人(あまぎ くうと)、僕も含めてみんなは空君って呼んでた。
昔から、「誰が見ても女の子に見える」って言われるぐらい女の子みたいな顔立ちをして
いて、体も細かった。
でも、すごく運動神経が良かったし、頭も良かった。
僕は、親友だと思ってた。それに、今から思えば、恩を感じてた。青葉学園に来て、泣
いてばかりいた僕に手を差し伸べてくれたのは彼だったからね。
そのせいか、年は同じだったけど、何かお兄さんみたいな気もしてたな。
いつもその顔に静かな、優しい笑みを浮かべていて、ほとんどのみんなが彼のことをし
たってた様に思う。
そして、空君は、どこか・・・変だったかな。
一日中空を見上げてることがあったり、雨なのに、傘もささずに散歩に行っちゃったり、
近くの農家で仕事を手伝っていたことも有ったかな。土と戯れたかったとか言ってたけど。
先生達が心配するのも気にせずに、山歩きに言っちゃったり、夜中起きたら「月が綺麗
だから散歩に行く」ってどこかに行っちゃったりもした。
ある時なんか、朝起きたらいなくなっていて、警察沙汰になりそうになった。でも、ひ
ょっこり帰ってきて、
「朝日が見たかったから」
先生に問われて、彼はそう答えた。その後こっぴどく叱られたのに、全然懲りてなかっ
たみたいだった。
彼のそう言った自由なところとかにあこがれてた様な気もする。
えっ? ああ、あれ? あれについては僕も聞いてみたんだ。そうしたら・・・
草原に寝そべり、空を見上げている、子供が一人。年は8歳ほど。小学校3年生ぐらい
だろうか?
その横に、一人の少年が歩いて来て座った。年は寝そべっている方の子供と同じぐらい。
後から来たほうの少年、それは幼き日の鷲士である。
「空君」
声をかける、が、
「・・・」
彼は空を見上げたままである。返事はない。しかし、それはいつものことである。
「ねえ、空君」
彼の肩を揺する。でも返事がない。眠っていたりするわけでもない。かといって、無視
しているのとも違う。
「空君ってば!」
鷲士はその耳元で、あらん限りの声を出す。
「んっ、ああ、鷲士、どうしたの?」
耳元で大声を出したと言うのに、別に驚いたふうでもない、ひどく落ち着き払った静か
な声。
「何度も声をかけたんだよ、空君」
鷲士は、あきれたように言う。彼は空を見ていると、よく『どこかへ行ってしまう』の
だった。
「ああ、そうなんだ。ごめんね。それで、何の用?」
涼しげな笑顔で、鷲士に尋ねる。
「あのさ、空君」
鷲士は、改まった様子で言う。
「なんだい?」
「ずっと前から気になってたんだけど」
「うん」
空人は涼しげな笑顔のまま首を傾げる。彼は意識していないのだろうが、彼はそう言っ
た一つ一つの動作がかわいらしかった。
しかし、いま言うことはそんなことではない。
「どうして、リボンつけてるの?」
空人は、長い黒髪をいつも、赤いリボンを使って、うなじのあたりと先端のあたりでま
とめていた。
鷲士にとっては、というよりも、世間一般の大部分にとっては、リボンというものは大
概、女の子のつけるものだろう。しかし、空人はリボンを付けている。その理由が気にな
って仕方ない。
「どうして、そんなこと聞くの?」
空人はまったくわからないといった様子で尋ね返す。
「えっ、だって・・・男が付ける物じゃないよ、それ」
当然のことを返す。
「誰が決めたの?」
彼は、不思議そうに尋ねた。
「えっ? あっ・・だ、だって、誰が決めたのかわわからないけど・・・でも男が付ける
もんじゃないよ」
しどろもどろになる鷲士。
「う〜ん・・・でも、似合ってるでしょ?」
その赤いリボンは大きく、人目を引いた。どう考えても、かわいさを主張するアクセサ
リ。しかしそれは、
「に、似合ってるけど、でも、男らしくないって言うか」
それは本当に彼に似合っていた。かわいさ1.5倍と言ったところか。だが、釈然とし
ない鷲士。当然と言えば、当然である。
「そんなこと、いいじゃないか」
少年時代と言えば、どこか男らしさ、という物にあこがれる物である。しかし、空人は
まったくそういったところがなかった。
「似合わないことはするもんじゃないよ」
「でも・・・」
「僕は自分の好きなようにしてる。ただそれだけのことだよ」
やっぱり、鷲士はどこか釈然としない物があった。
「なんか、まだガキンチョなのに、すでに悟っちゃってる感じね〜」
美沙は感心したような、あきれたような面持ちで言う。
「確かにね。彼は、すごく大人びていた」
鷲士は困ったような笑顔になる。
「それに・・・何か、すっごく、濃い人みたいね」
美沙が、どこかあきれたように言う。
「はは、確かにそうかもしれない。でも、誰にでも優しくできる強い人だよ」
鷲士は、どこか誇らしげに言う。本人も無意識なのだろうが、そんな様子から、鷲士が
どれだけ、空人という人のことを思っているかが知れる。
「ふ〜ん。・・・そういえばさ、鷲士君」
「うん? 何?」
「引き取られてイギリスにいっちゃったのはわかったけど・・・空さん、手紙の一つもよ
こさなかったわけ?」
美沙は、まだ見ぬ『空君』に文句を言うように口を尖らす。
「それが・・・一度だけくれたんだけどね、僕、そのころ修行で余裕がなくて・・・返事
の手紙とか書くこともできなくて」
寂しそうに言う。
「う〜ん。・・・まっ、しょうがないじゃん。それに帰ってきてるみたいだし。また来てく
れるんじゃない?」
美沙が元気づけるように言う。
「うん・・・あれ、美貴ちゃんどうしたの?」
鷲士の見つめる先には、どこか、顔色が悪い。なにか、その場に居づらそうといった様
子の美貴がいた。
「・・・あ、ああ、鷲士、何でもない」
美貴はあわてて首を振る。
「そう? 本当に大丈夫?」
心配そうな鷲士。
「本当に、大丈夫だから。あ、もうこんな時間だ」
ものすごくわざとらしく時計を見る。
「鷲士、今日、私、他に用事があるんだ」
明らかに、棒読みの言葉。下手な役者でもここまでだめな演技はしないだろう。しかし、
「あ、そうなんだ。それなのに、お見舞いに来てくれてありがとう」
しかしそんなことに気がつくボケ青年ではない。何も疑わずに、感謝する鷲士。
「いや、全然気にしなくていいから。それじゃ」
そう言ってきびを返し、あっと言う間に病室を出ていってしまった。
「・・・何、あの態度?」
美沙が小さく呟いた。誰がどう見ても怪しい。あのそわそわしたそぶりはなんだろうか?
(そういえば、鷲士君が空君の話をし始めたころから静かだったわね)
美沙はみきの不審な様子について考える。
(鷲士君と空君て、なんかすごく仲よさそうよね・・・)
そして、そんなことをゆるせなさそうな女が約一人・・・。
「ねえ、鷲士君」
「何? 美沙ちゃん」
「あのさ、もしかして、おかーさんは空君のこと、嫌いだったんじゃない?」
美沙は、半ば確信を持って、その質問を口にした。
「えっ!? あ、いや・・・」
鷲士は口ごもる。
「やっぱり、そうなの?」
「う〜ん・・・嫌いって言うより・・・苦手だったんじゃないかなあ」
「苦手? おかーさんが?」
「うん。なんていうか、避けてたみたいなんだ」
鷲士は、残念そうに言う。
「苦手・・・ねえ・・・あのさ、鷲士君」
「うん?」
「私、ちょっと美貴ちゃんに伝えることがあったから送りがてら行って来るね」
「え、あ、じゃあ僕も」
「鷲士君は、まだ病み上がりなんだから寝てて。じゃ、すぐ戻ってくるから!」
美沙は、あっと言う間に病室を出ていってしまった。一人、取り残される鷲士。
「どうしたんだろう?」
どうして、この男はこうも鈍感なのか? それは天のみぞ知る、と言ったところであろ
うか。
「・・・空君」
鷲士は、そう呟いて、窓の外の空を眺める。
「・・・『僕は、君と同じ空の下にいる。同じ空の下にいる限り、必ず再会することができ
る』」
まるで、誰かの言葉をなぞるかのように言う。
「きっと、会えるよね」
鷲士は、空に向かって呟いた。
「もう追っ手が来るとはね・・・どうやら、まだ回収していない『種』があったらしい」
黒髪の人が立っている。その髪をまとめている、大きな赤いリボンが、人目を引いた。
「でも、この程度では、僕は捕まらないよ」
その人が立っているのは、どこかの、路地裏だろうか?
その人の周囲には、何人もの男が倒れていた。全員が気を失っている。
その赤いリボンの人は、きびを返し、その場を去っていった。
「日本支部は質が悪いっていういけど、本当のようね」
静かな声が、黒髪の人が去った後のその場に響いた。
しかし、倒れている男たちの中には、誰も目を覚ました者たちはいない。
そこへ、一人の少女が現れた。
その少女は、空からゆっくりと降りてきた。
「なかなか、楽しめそうね」
金髪、碧眼。年は16、7歳ほど。肌が抜けるように白い、美しい少女だった。
その周囲には、12個の光り輝く球体が重力に逆らって浮かんでいた。まるで、その少
女を守るかのように。
「ん?」
その少女は、通りの方をみつめる。
学校帰りと思われる、健康的に日焼けをした、美しい少女が通り過ぎた。
「・・・なかなかいいわね」
その金髪の少女は微笑み、歩き出した。
「で、いったいどうしたの?」
「だから、他に用事が、」
美貴はうつむいたまま、美沙に目を合わさずに言う。
いま二人は鷲士の入院している病院の食堂にいた。突然逃げるように(というより明ら
かに逃げているのだが)鷲士の病室を出た美貴に追いつき、腰を落ち着けて話すために、
美沙が、ここまで引っ張ってきたのだ。
「美貴ちゃんに鷲士君のお見舞いっていうこと以上の用事なんてあるはず無いじゃん」
美沙は断言する。
「うぐ」
そして、それは図星であった。
「美貴ちゃん、空さんのこと苦手なんだって?」
「えっ、あっ、その、苦手、というか・・・」
うつむいて、口の中でもごもごというため、いまいちはっきりしない。
そんな美貴の様子を見た美沙は、珍しいものを見るような目つきで、
「本当に苦手みたいね・・・でも、美貴ちゃんが苦手か〜。美貴ちゃんのことを苦手にな
る人なら、いままでいっぱい見てきたけど。美貴ちゃんが苦手がるなんて、珍しいね」
なにやらひどいことをいっているような気がするが、いまの美貴にはそれにつっこむ余
裕はなかった。
「ねえ、何があったの?」
興味津々の美沙。
「・・・言いたくない」
俯いたまま、呟く。
「そんなこと言わずにさあ」
食い下がる。
「絶対、やだ」
こちらも頑固である。しかし、ここで美沙は卑怯な一手を打った。
「・・・鷲士君に、ゆうちゃんだって事ばらすわよ」
「な・・・・わかったよ」
そうして、美貴はおずおずと語りはじめた。
私にとって、天木 空人の最初の印象は、
『とにかく気にさわるやつ』
というものだった。
彼は、他の青葉学園のみんなが私を避ける中で、唯一、自分から話しかけてきた。
そのころ、青葉学園に着たばかりの私は、余裕がなかった。世界のすべてが敵のように
思えた。パパとママのいない世界に、なんの意味も見いだせなかった。
そんな中、まず、彼の笑顔が気にさわった。あの何もかもが楽しそうで、いつも余裕の
ある涼しげな笑みが、私をいら立たせた。
あの黒い瞳も気にくわなかった。私の精一杯の虚勢を簡単に見透かしてしまいそうなあ
の黒瞳が、気にくわなかった。
そして、何より、私のことを「みきちゃん」と呼ぶのが、あのころの私には許せなかっ
た。あのころの私は、自分のことを「みき」と呼んでいいのはパパとママだけだと思って
いた。
だから、私は私のことをみきって呼ぶやつには誰であろうと、本気で怒った。だから誰
も私のことをみきって呼ぶやつはいなくなった。あの天木空人以外は。
彼は、私に会うたびに、私のことを「みきちゃん」と呼んだ。私はそのたびに怒った。
でも、彼は私が怒ることなどまったく気にしていなかった。それが、よけいに私を苛立
たせた。
私は彼の顔を見るのもいやになった。次第に、私は彼のことを避けるようになった。
とにかく、そのころの私は、彼のことが大嫌いだった。
「それで、何で苦手になったの?」
「彼のことは、苦手、というよりも、その、自分がどう対応していいかわからないんだ。
そうなったのは・・・」
不意に、そこで言葉を止める。
「どうしたの?」
「彼のことが、よくわからなくなったのはしゅーくんが・・・・しゅーくんが私をかばっ
て大怪我をした後のことだ」
「あ・・・その、聞いていいの?」
どきっとなる。自分から話せといったことだが、この前のこともある。何だかんだ言っ
て、親思いの子猫ちゃんである。
「大丈夫。もう、そのことでは悩まないって決めたから」
美貴は不安そうな顔をしている愛娘ちゃんを安心させるように微笑む。
「そう。ならいいんだけど」
ほっと、心の中で胸をなでおろす。
そして、美貴は続きを話し始める。
「しゅーくんが私を助けてくれた後、誰もが私を非難した。少なくとも、あのころの私に
はそう思えた。そして、誰よりも、私自身が、自分のことが許せなかった。消えてしまい
たいぐらいだった。そんな中で、彼は、私のことを励ましてくれたんだ」
(どうして、あんな事を言っちゃったの?)
美貴は一人、自分の部屋で後悔していた。
今日、しゅーくんの容態が、先生から話された。細かいことは省かれていたが、あまり、
良くないとのことだった。
そして、みんなが「ゆうちゃんが悪い」と責めた。わかっている、そんなことは自分が
一番わかっている。なのに私は「鷲士が間抜けなのがいけないんだ」などと言ってしまっ
た。
(しゅーくんは何も悪くないのに。私が全部、悪いのに。)
自責の念が、頭の中に渦巻いている。涙が、その大きな双眸からこぼれ落ちる。
(しゅーくんに、どんな顔して会えばいいの?)
明日はついに、お見舞いにいけるそうだ。しかし、
(しゅーくんに、しゅーくんに嫌われちゃったら、私)
彼は、私が会いに行ったらどんな顔をするだろう? いつものように、笑ってくれるだ
ろうか? ・・・ソレトモ、拒絶・・・?
(言わなきゃ。しゅーくんにお礼を。でも、しゅーくんが私のことを嫌ってしまったら・・・)
彼に嫌われてしまうのが何より恐ろしかった。
(しゅーくんにあったら、しゅーくんにあったら・・・)
彼に会ったら嫌われてしまうかもしれない。どんな顔をして会えばいいのかわからない。
だったらいっそうのこと、いかない方がいいかもしれない。そんな思いが美貴の中に生ま
れる。
そこへ、
コンコン
ノックの音。今はもう夜遅い。それに、今は誰にも会いたくない。
コンコン、コンコン
ノックはしつこく続く。
コンコン、コンコン、コココンコン
何か、リズムがついてきた。
コンコココココン、コンコココココン、コンコンコンコン、コココココン
明らかに、ノックの主は遊んでいる。
「・・・いったい、何?」
ある種の八つ当たりも含め、美貴は乱暴にドアを開け放つ。そこに立っていたのは、
「・・・空・・・」
立っていたのは、少女と見間違えるほどかわいく、美しい顔立ちをした黒髪の少年であ
った。その表情に満ちているのは、いつもの、涼しげで、優しげな笑顔。
「やあ、こんばんは」
「・・・何のようよ」
「一人で泣いているかと思って」
彼は、美貴の瞳を真っ直ぐに見つめていった。
「そ、そんなこと・・・」
目をそらし、口ごもる。
「ま、今の君の目を見ればわかるね」
彼は、ハンカチを取り出し、美貴に差し出す。
しかし、美貴はそれを無視して彼にくってかかった。今の彼を見て、許せないことがあ
った。
「どうして、笑っていられるんだ!?」
「どうしてって?」
彼は首を傾げる。
「しゅーくんが、しゅーくんが苦しんでいるのに、どうしてそんな風に笑ってるんだ!?」
「僕が悲しそうにしたところで、鷲士が良くなるわけじゃなよ」
彼は、平然といつもの笑みのまま言う。
「でも、だからって・・・」
美貴には納得いかない。
「君は、そんな悲しそうな顔をして、鷲士に会う気なの?」
「えっ?」
「もしかして、もう鷲士に合わせる顔がないとか思ってるんじゃない?」
図星を突かれた。どうして、彼はわかってしまうのだろう?
「・・・」
美貴は押し黙る。
「いつもどおりの、強気な君でいればいい」
「どういう、事?」
美貴には、意味が分からない。
「鷲士は、君のことを助けたことを後悔するようなやつじゃないよ」
「でも、私のせいでしゅーくんは」
涙が、こぼれそうになる。私のせいで、彼はあんなにひどい怪我をしてしまったのだ。
「だから、君がそんなに悲しそうな顔をする方が、彼は悲しむよ」
「どうして?」
「鷲士は言ってたよ。「ゆうちゃんと仲良くなりたい」って」
「・・・ホントに?」
こんな時だというのに、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
「本当さ。だから、元気な顔を見せてあげなよ。ね?」
空人は、にっこりと微笑みかける。
「・・・うん」
「しかし、君はもう鷲士にラブラブな様だね」
彼は断言してきた。
「えっ、そんなこと」
つい、否定してしまう。本当は、もう、彼のことが好きでたまらないのに。
「相変わらず素直じゃないね。ま、それも君の持ち味だけどね」
「なによそれ!」
空人を睨みつける美貴。しかし、
「それじゃ、おやすみ」
「えっ、ちょっと、ま・・・」
言い終える前に、彼は部屋を出ていってしまった。
それを追う美貴。
しかし、深夜の廊下には、誰の姿も見えなかった。
もし、あの時彼が来なかったら、私は、しゅーくんに会うことすら恐れて、お見舞いに
行くことさえできなかったかもしれない。
彼の言葉は、私に小さな勇気をくれた。
私の中には、それまで彼を嫌う思いだけがあった。でも、その日から、彼に、感謝した
いという気持ちも生まれた。なのに、私は、彼に「ありがとう」の一言が言えなかった。
彼に会うと、どうしても「ありがとう」の一言がいえなかった。どうしていいかわからな
かった。だから、私はよけいに彼を避けるようになったんだ。
「へえ〜、てことはさ、空さんがいなかったら、私と樫緒は生まれなかったかもしれない
って事?」
「う、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし・・」
あのことがなかったら自分はどうしていただろう? それは、いまとなってはわからな
い。
「でもさ、空さんって鷲士君とよく一緒にいたんでしょ?」
「うん。私がやきもちやくぐらい」
「ふうん。でも、空さんを避けるようになったんでしょ?」
「うん」
「だったら、どうして、鷲士君といちゃいちゃできたの?」
「いちゃいちゃって、まあ、そうなんだけど・・・」
娘にそんなことを言われてどこか不満そうな美貴。改めて指摘されるのはやはり嫌なの
だろう。
「彼、どうやら、私に気を使ってくれたらしくて。しゅーくんに「ゆうちゃんと一緒にい
てあげな」って言ってどこかに行ってしまったらしい」
どこか、気恥ずかしそうに言う美貴。
「ふ〜ん。それはわかったけど。どうして、今日は突然帰ろうとしたの?」
美沙は、本題にはいる。
「彼が、突然来るかもしれないから」
「? どういうこと?」
意味がつかめない美沙。
「彼は、神出鬼没だ。それに、恐ろしく記憶力がいい」
「うん。それで?」
「私が「ゆうちゃん」だって事が、きっと、いや、確実に、ばれる」
「は? でも、もう何年も会ってないんでしょ?」
「でも、彼なら気づく、間違いない。そんな予感がする」
予感と言うよりも、美貴には、確信のようなものがあった。
「でも、だったらいいじゃん別に。いい機会でしょ?」
美沙はあきれ、どこか投げやりに言う。
「良くない! 私の心の準備とか、しゅーくんにもう一度気づいて欲しいというか・・・」
美貴の言葉はだんだんと小さくなっていく。
「鷲士は、美貴ちゃんがゆうちゃんだって事知らないんだ?」
その声は、涼しげな声だった。色のない、透明な声。
「うん、みきちゃんがバカなことやっちゃってね」
「また、何かの弾みで、鷲士は気づいたのに、違うと言っちゃったんでしょ」
「うん、そうなの。まったく、このおかーさんは」
美沙はしみじみとあきれた感じで言う。
「うう、そんな言い方しなくたって」
まったく反論できない美貴。当然である。
「じゃあ、僕は、みきちゃんとは初対面と言うことにしておいた方がいいのかな?」
「うん、そうしておいて」
「わかったよ」
・
・
・
「「えっ?」」
美貴と美沙は同時に気がついた。と言うか、今の今まで気づかなかった。二人の会話に
第三者が乱入していることに。
そして、同時に、すぐ横の席に顔を向ける。
そこには、長い黒髪を、赤いリボンでまとめた、女性にしか見えない美貌の人が、座っ
ていた。
「久しぶりだね。ミキちゃん」
話題の中心人物、天木空人、その人であった。
「な、な、な、何でここにいるんだ!? 空」
美貴はあまりの驚きに、立ち上がり、叫ぶように言う。
「我思う故に、かな」
空人はいつもの笑顔のまま答えた。
「そういう根元的なことを聞いてるんじゃない!」
「まあ、簡単に言うなら、用事を済ませてまたここに来た。そうしたら、君たちがこの食
堂に入っていくのが見えた。気になったからついてきて、そこに座った。それだけのこと
だけど」
別になんら悪びれることなく、さも当然といった様子で、涼しげな笑顔のまま空人は言
う。
「・・・じゃあ・・・全部・・・聞いて・・・いたのか?」
青い顔をして、美貴が恐る恐る尋ねる。
「うん。感謝してくれてたとは、嬉しいよ」
彼は本当に嬉しそうに言った。
青かった、美貴の顔は見る見るうちに赤くなり、そして、
「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
なにやら声を上げ、一目散に走り去った。
「相変わらずだなあ、ミキちゃんは。あれほど話しをしてて変化が楽しめる人は滅多にい
ないよ」
美貴の去って言ったドアを見つめ、楽しそうに微笑む空人。
「まあ、確かに、人ごとだったらそうなんだろうけど・・・これがおかーさんだとね〜」
あきれたように言う美沙。
「ああ、思った通り、君は鷲士とミキちゃんの子供か」
美沙に向き直り、しみじみという空人。
「うん、え〜っと、天木空人さんだよね? 私、結城美沙」
「美沙ちゃん・・・か、はじめまして。僕のことは好きに呼んでくれていい」
「え〜っと、じゃあ・・・空・・・君。それでいい?」
「うん・・・しかし、鷲士も、もうおとーさんか・・・・感慨深いね・・・僕にはもう無
理なことだし・・・」
懐かしむように言う。後半の言葉は小さく、美沙には聞こえなかったようだ。
「・・・思ったんだけど、あんまり、驚かないんだね」
「何が?」
まったくわからない、といった様子で、美貌の青年は首を傾げた。
「だってさ、私と鷲士君、9歳しか歳、離れてないんだよ? 普通ビックリしない?」
「そんなものかな? 鷲士から、ミキちゃんと「一線を越えちゃった」って言う話は聞い
てたし」
「えっ!? 鷲士君、そんなこと話したの?」
驚く美沙。鷲士が自らそんなことを言うとは思えない。
「鷲士は素直だから、「昨日、大人になったんだね」となんとなく言ってみたら、血相を変
えて「何で知ってるの!?」って返してきたんだ。その後は簡単にしゃべった」
「・・・ま、仕方ないか」
美貴が勝てないような相手である、鷲士が勝てるはずがない。
「ミキちゃんは大変だったろうねえ」
「・・・うん、私たち、双子だったし、それに・・・」
それに私が、っと続けようとしたが、空人に話すことでもないだろう。
「双子なんだ? 君は・・・うん、お姉さんだろうね。もう一人は、弟かな? 妹かな?」
「弟。まあ、色々ひねくれちゃってるけど、今は、かわいい・・・かな?」
自分でもよくわからないといった調子で言う。少なくとも、昔のように忌々しく思って
はいないと思う。
「うん、家族で仲がいいのはいいことさ。でも、色々と複雑そうだね。何があったの?」
「まっ、結局の所、ミキちゃんがいけないのよね」
美沙は、これまでの鷲士と美貴、そして、自分たちの経緯を話し始めた。
「じゃあ、やっぱり僕はミキちゃんと初対面としておいた方がいいのかな?」
「うん、そうしといて」
美沙はどこかあきれた感じで、投げやりにいう。
「しかし、ストーカーとは、鷲士がかわいそうだね」
その言葉とは裏腹に、空は楽しそうだった。
「ホント、美貴ちゃんって、何やってんだかってかんじよ。それに、もう一度鷲士君がそ
の話題を振ってくれるまで粘るつもりなのよ。・・・思い立って自分で言おうとしても、い
つもだめだし」
もう、心底あきれたという調子で話す美沙。空は、何か、話しやすい雰囲気を持ってい
た。
「・・・ミキちゃんは、怖いのさ」
「怖いって、何が?」
「ミキちゃんはね、最愛の人を失うのが怖いのさ。もし、黙っていたことで、鷲士が自分
のことを嫌ってしまったらっていう思いがあるんだよ。もとより、ちょっと心にもろさも
持ってるしね。だからい、今のどっちつかずの状態で先延ばしにしようとするし、人を頼
る」
空人は、そんなことを言っている間も、表情は涼しげな笑顔のままだった。
「・・・そうなの、かな?」
そういいつつも、何か、心当たりのようなものは、ある。
「さあ? 僕が思ったことだからね」
「・・・ねえ、空君、何かいい方法、無いかな? やっぱり、私がいっちゃった方がはや
くない?」
常に、そうしたい気持ちはある。いくら母のためとはいえ、まだるっこしい事は嫌いな
のだ。
「それはだめだよ、美沙ちゃん」
「どうして?」
どこか、不満そうな美沙。
「それはね、これが二人の愛の最後の試練だからさ」
そういうことを恥ずかしげもなく言う。
「あ、愛の試練・・・」
一気に力の抜ける美沙。
「それにね、どうせ、それがすんだら二人でラブラブだよ、特にミキちゃんがね。幸せの
オーラをばらまきまっくてくれるはずさ。だから、もう少し苦労してもらおう」
彼は、これ以上ないといえるほどにっこりと微笑んで、平然と言い放った。
「でもさ〜、あの二人じゃ、このまま全然進展がないっていうか」
「だいじょうぶだよ。いくら鷲士が鈍感だっていつか気づく日が来る。それに、彼のミキ
ちゃんを愛する気持ちは、少なくとも、僕が友にいた頃までは本物だった。今も、そうで
しょ?」
「うん」
それだけははっきりと言える。だからこそ、鷲士がかわいそうなのだが。
「結局、時間が解決してくれる問題さ。それにね、」
不意に、そこで言葉を区切る。
「それに、何?」
美沙のことを見つめてからふっと微笑み、
「今のうちだよ、ミキちゃん抜きで、母親抜きで、鷲士との時を過ごせるのは。長いこと
会ってなかったんでしょ? 今のうちに沢山わがままを聞いてもらおう」
その空人の言葉に、ミサは一瞬きょとんとして、
「・・・そだね」
と、うなずいた。ほかの人からいわれれば、恥ずかしくなってしまうようなことだが、
何故か、素直にうなずいてしまった。
美沙は、何とはなしに、目の前の人物、空人のことを見る。
「空くんって・・・」
「何かな?」
「・・空くんって、何か変な人だね」
唐突に、そんな言葉が口を出た。
「はは、何でか、よく言われるね。でも、そんなに変かな?」
空人は、よくわからない、といった風に首を傾げる。
「うん。私の知ってる人間の中でも、かなり変だよ」
思いっきり失礼なようにも聞こえるが、そう言うことでも軽く流してくれそうな雰囲気
が空人にはあった。
「・・・『変』、って言うのはどういうことだろう?」
「へっ?」
空人は突然言ってきた。
「あのさ、この世の中に、どこも変じゃないひとって、いるのかな?」
空人は、美沙に問いかけた。
「どういう意味?」
空人の言わんとすることがわからない。
「この世でさ、『普通』って言うものは、実はどこにも存在しないものなんだよ」
空人は、どこか、自問自答するかのように言う。
「『普通』って言う概念はさ、人が生活している集団の平均的な考え方を抽出した概念に過
ぎないんだ。だから、日本の普通とほかの国の普通って言う概念は異なる。相手から見た
ら明らかに変であることも、その人にとっては、普通でしかないということがあるでし
ょ?」
「ああ、うん、たしかに」
多国籍企業の筆頭とも言えるFTIの会長、美沙には、それはよくわかることだ。
「それにね、『普通』っていうことは、あんまりにたくさんいる人間の中から抽出された、
最も平均的なところだから、『普通』であること自体が、実は一番普通じゃないことなんだ。
どんなに自分が普通だとおもっている人でも、同じ人間は二人といない。その人は、その
人だけの個性を持った、どこか『変』な人なのさ」
「・・・確かにそうなのかもしれないけど・・・やっぱり、そんなこと考えてるなんて、
空君って変よ、絶対」
来訪者の遺産を追うトレジャーハンターであり、FTIの会長という、明らかに『普通
ではない』美沙は言い切った。
「まあ、むしろそう言ってもらえることを光栄と思おうかな」
彼は、にっこりと微笑んだ。しかし、不意に、笑顔のままだが、どこか悲しそうな表情
になり、
「ただ、ただね、自分は『変』、個性的であるのに無理やり『普通』であろうとする人がい
る。自らの持っている可能性を自分でつぶす。本来、誰もが持っている魂の輝きを、自分
で曇らせてしまう人がいる。僕は、それがかなしい」
「・・・」
美沙には、どう返していいか、わからない。
「・・ああ、ごめんね、いまいちわかりにくいことだったね」
「あ、うん。いいんだけど・・・」
そこで美沙は言葉を切り、空人の顔をまじまじと見つめる。
「僕の顔に何かついてるかな?」
「ううん。そうじゃないんだけど・・・空君」
美沙は神妙な表情になる。そういえば、記憶の片隅に、何か引っかかるものがある。
「何? 美沙ちゃん」
「どこかで、会ったこと無い?」
そう、どこかで会ったことがある気がするのだ。見覚えがあるとかではなく、雰囲気と
いうか・・何かが・・・引っかかる。
「・・・・さあ? どうだろう?」
「う〜ん」
確かに、こんなにも印象的な人物に会って、自分が忘れるはずはないと思う。でも、ど
こかで・・・・。
「そういえば、ずいぶん、話し込んでしまったね」
空は柱に掛けてある時計を見ていった。
「あ、もう鷲士君、検査の時間じゃん」
「検査? そういえば、聞き忘れてたけど、鷲士、どこが悪いの?」
彼は自分がお見舞いに来ていたことを、半ば、と言うか完全に忘れ去っていた。
「ううん。もう別にどこも悪くないの、ただ昨日・・・・きのう・・・・」
もうすでに忘れていた記憶がよみがえる。思い出してはいけない、あのことはもう。
「どうしたの?」
顔はいつもの笑顔のままだが、その言葉に心配そうな物が宿る。
「・・・大丈夫、大丈夫よ。絶対、あきらめないんだから」
今度こそ、ちゃんとした物を鷲士君に食べさせてあげるのだ。
「大丈夫ならいいんだけど。そうか、鷲士は、これから検査なのか、残念」
「あ、でもまだ挨拶するくらいの時間はあるよ」
「いや、今日はいいや。もっと時間があるときに、また来るよ」
「でも」
鷲士は早く、空に会いたいようだった。少しの時間でも鷲士は喜ぶだろう。そう思うと、
美沙は空人に来て欲しかった。
「もうちょっと、ドラマティックに再開できる機会をねらってるのさ。だから、今日はや
めとくよ」
「ドラマティックって・・・わかった」
それまでの人物像から言って、これ以上何を言っても無駄だろうと割り切る美沙。
「あのさ、美沙ちゃん」
「何?」
「ここらに、安く泊まれる宿、無いかな? お金に余裕がないわけじゃないんだけど、ち
ょっと長く日本にいようと思うから」
「ホテルとかきめてないの?」
「うん、昨日までは青葉学園にいたんだ。荷物もほとんどないから、駅のロッカーに預け
て来ちゃったから」
「そういえば、どうして鷲士君入院してるってわかったの?」
そう、鷲士は昨日突然入院したのだ。知っている人はほとんど居ない。空人が知ってい
るはずがなかった。
「ああ、ボク朝早くに君たちのアパートに行ってね、それで大家さんに聞いたんだ」
「そうだったんだ・・・あと、その袋はなに?」
そういって、美沙は空の横に立てかけてあった長い布の袋をさす。竹刀とかを入れる奴
だ。
「ああ、これ? これは僕の一番大事なもの」
「えっ、なになに?」
「今は秘密」
「え〜っ、見せてくれたっていいじゃない」
「ま、おいおい見せるから、今日はだめ」
「む〜っ。わかったわ」
しぶしぶ了解する美沙。
「それで、どこかいいホテル知らない?」
「ホテル・・・・ふふふふふ、私、すごくいいとこ知ってるよ」
不適に笑う美沙。
「本当? できれば教えてくれない?」
「あ、いいよ、私が送ってあげる」
「いいの? 迷惑じゃないかな」
「いいのいいの、どうせ鷲士君、これから検査で暇だし、それに・・・」
(空君を驚かせることができると思うし)
なんとなく、この空という人間が驚く様を見てみたくなった。
「ありがとう」
「うん。じゃあ私、鷲士君にちょっと出かけること伝えてくるから、入り口のとこで待っ
てて」
「わかった」
その返事を確認して、美沙は小走りに、鷲士のもとに向かった。
それを見送ってから、空人はその傍らの袋を手に取った。
「んっ?」
その袋の中身が、かすかに震えた。
「別に見せてもいいじゃないかって? う〜ん・・・でも、あの時、美沙ちゃんはきみを
見てるからね」
その言葉の後、再び、袋の中身が震える。
「そ、どうせ、近いうちもう一度、あちらが仕掛けてくるよ。ミュージアムは裏切り者に
寛容な組織ではないからね。きっとハイキュレータークラスが出張ってくるだろうね」
またも、震える。
「そのために、鷲士を利用するのかって? 確かに、彼のいや、彼女のか・・・ダーティ
ー・フェイスとしての力は魅力的だけど・・・」
先を促すように、震える。
「隠し通したいかな。彼は、きっと、悲しむ。僕がどう思っていようとね」
それに返すように、微かに震える。
「彼は、優しい奴だからね」
「こんなに取って来ちゃった」
そう呟いたのは松葉杖の少年、年は8歳ほど。なかなか整った顔立ちをしている。しか
し、今それは泥で汚れている。彼はビニール袋を大事そうに持っており、その中には大量
のカブが入っていた。
時刻は深夜、こんな少年が一人で起きている時間ではない。当然のごとく、青葉学園の
中は静まり返っていた。
松葉杖の少年は不安定な足取りで、しかし、誰にも気づかれぬようできる限り静かに、
自分の部屋へと向かう。
何とか誰にも気づかれることなく、自分の部屋に帰り着いた少年はドアを閉め、安堵の
息をつく。 しかし、
「今晩は、鷲士」
静かな、しかしよく通る透明な声。
「えっ!?」
部屋について安心しきっていた鷲士は、突然かけられた声に驚き、小さな声を上げた。
そして、声の聞こえた方に、顔を向ける。
そこにいたのはよく知る少年だった。月明かりの差し込む窓辺に腰掛け、月を見上げて
いる。
少女のような美しい顔は、月明かりの中、その美しさを増し、長めの黒髪と、赤いリボ
ンが、夜風に揺れている。
「空・・・君」
呆然として呟く鷲士。
「月の綺麗な晩だね、鷲士」
「う、うん」
何とか、相づちをうつ。しかし、頭の中は大混乱であった。どうして、空人が自分の部
屋にいるのだ?
「鷲士」
空人はその美しい顔を鷲士の方に向けた。いつもの笑顔、いつもの真っ直ぐな瞳で、鷲
士を見つめていた。
鷲士は、緊張して身を硬くする。
「立ってると疲れるでしょ? 座りなよ。自分の体は大事にしなくちゃ」
「う、ん」
鷲士はひょこひょこと移動し、ベットに座る。
「鷲士、その袋は何?」
「え、これは、その、え〜と・・・・」
目が泳ぐ。口ごもってしまう。近くの農家から「盗って」来たとは、言えない。
「・・・・どうして、君たちはカブ泥棒なんてしてるのかな?」
「えっ!? どうして知ってるの?」
またも、驚きの声を上げる鷲士。
「だだ単に、君とゆうちゃんがカブを持って帰ってくるのを見ただけさ。ここの屋の上で
ね」
空人は、よく屋根の上に寝ころんで、夜空の星を見上げていた。それは知っていたが、
まさか、ゆうちゃんと二人で出かけているところを見られていたとは。
「空君、このことは先生には・・・」
「別に、言うつもりはないよ」
鷲士を安心させるためか、微笑みを深めて言う空人。
「空君・・・」
それ以外、何も言うことのできない鷲士。
「でも、何でこんなことしてるの?」
鷲士は、言うのを躊躇した。しかし、
「それに、たまに君一人なのは、なぜ?」
空人は首を傾げた。
「それは・・・」
やはり、口ごもる。
「話してよ。僕で良かったら力になるよ」
空人は微笑んでいた。その瞳に優しげな光を宿して。
「・・・あのね、空君・・・」
鷲士は、少しずつ、話し始めた。
ゆうちゃんの友達になるために、『けいけんち』が必要だということ。
それがカブであるとゆうちゃんに教えてもらったこと。
二人で、『けいけんち』を取りに行ったこと。
そして、自分が一人で『けいけんち』を取りに行っていた理由・・・・。
「もし、もしもゆうちゃんが、僕に怪我させたことを悪く思って、それだけで、僕と仲良
くしてくれてるんだったら・・・」
鷲士の目には涙が浮かんでいた。
鷲士はゆうちゃんのことが好きだった。そして、なんだかんだいって彼女も、自分のこ
とを好いていてくれると思っていた。しかし、それが自分の勘違いかもしれない。ただ、
ゆうちゃんは僕に「悪いから」というだけの理由で、仲良くしようとしてくれているのか
もしれない。そう思うと、不安でたまらなかった。だから、必死でカブを掘った。早く友
達にレベルアップするために。
「もしそうだったら、何なの?」
空人は、鷲士の感じる不安がまったく解らないといった様子で、きいてきた。
「えっ?」
「もしゆうちゃんが、君のことを何とも思っていなかったとして、それがなんなの?」
「・・・だから、もしそうだったら・・・・」
もしそうだったら、それが現実であるのなら、鷲士は、悲しかった。涙が、こぼれそう
になる。
「君は、ゆうちゃんが好きなんだよね?」
空人は、今にも泣き出しそうな鷲士の様子を見て、唐突に言ってきた。
「・・・うん」
「それで、相思相愛になりたいと思ってる」
「ソーシソーアイ?」
「互いに愛し合い、思い合ってることさ」
空は何気なく答える。
「えっ!? あ、うん」
赤くなりながらも、答える鷲士。
「僕には、どうやったら、相思相愛になれるのかはわからない」
「・・・うん」
うつむき、沈む鷲士。
「でもね」
「でも?」
顔を上げ、空人を見る。
「君が、ゆうちゃんを少しでも幸せにできるかもしれないことなら、教えることができる」
「どうすればいいの!?」
必死の様子で聞く鷲士。それだけ、ゆうちゃんのことが好きなのだ。
「簡単なことさ。君が、彼女の幸せのためにできる限りのことをするんだ」
「僕が、ゆうちゃんのためにできること?」
「そう」
「でも、何をしたら、ゆうちゃんが幸せになってくれるかなんてわからないよ」
困った顔をする鷲士。
「精一杯考えてみなよ。今まで、彼女は何を喜んでくれたか? どうすれば喜んでくれそ
うか? 彼女が自分のことをどう思っているかなんて事よりもね」
そして、鷲士に近づき、真っ直ぐに鷲士の顔を見つめる。
「まっ、結局の所、素直に彼女のことを思っていることさ。そして、いつかその思いを伝
えよう」
「・・・うん」
不思議と、不安な思いは小さくなっているような気がした。
「・・・僕の思いも、届くといいのだけれど」
「えっ!? 空君も、だれか好きなひとがいるの?」
「・・・君の好きとはちょっと違うけど・・・相手は、僕の事を思っていてくれる。僕も
そうだ。でも、僕の声は、まだ届かない」
空人は、笑顔だったが、いつになくさびしそうに言った。
「空君・・・」
鷲士は心配そうにつぶやく。
「ああ、大丈夫。いつか必ず声は届く。いや、届けて見せる。だから、君が心配すること
はない」
空人は、鷲士を安心させるように、にっこりと微笑む。
「ならいいんだけど」
「そろそろ僕も眠くなった」
そういって、軽やかな足取りで部屋を出ていこうとする。
「ありがとう」
そのどう見ても少女にしか見えない後ろ姿に向けて言う。心からの気持ちだった。彼は
はいつでも、自分の不安なときに助けてくれる。
「僕も『好き』な相手には幸せであって欲しいからね」
「えっ!?」
またも、またも、驚きの声を上げる鷲士。
「ははっ、鷲士のゆうちゃんに対する『好き』とは違うよ」
空人は肩越しに振り向いて言う。
「前にも話したけど、この学園のみんなは僕にとっては唯一の家族だ。だから、みんなの
ことが好きだし、みんなに幸せであって欲しいと思ってる」
「空君・・・でも、なんとなくなんだけど、僕のこと、本当によく気にしてくれてるよね」
鷲士は、本当に空が友達で、家族であって良かったと思った。
「そうでもないよ。それじゃ、おやすみ」
「あっ、おやすみ」
彼は度を閉め、去っていった・・・・かに見えた。
突然ドアが開く。
「うわ! 空君!? どうしたの?」
「言い忘れたことがあった」
「何?」
「鷲士の気持ちも分かるけど、程々にね」
「えっ? どういうこと?」
鷲士にはわからない。
「・・・じゃ」
彼は健やかに微笑んで、去っていった。
「あ、待って」
そう言って鷲士は松葉杖をつき、ドアを開け、空人を追う。
しかし、もうそこに空人の姿はなかった。
「空・・・・君」
唐突に、目が覚めた。まだ、時刻は深夜のようだ。病院でする事もなく、絶対安静で過
ごしていたせいか、早く寝てしまった。だから、こんな時間に目が覚めたのか。
(あの後、少ししたらばれちゃったっんだよね。カブ泥棒してたの)
今から思うと、空君はそろそろカブを取るのを止めるないとばれるということを伝えよ
うとしていたのだろう。
「ちょっと、トイレ行って来ようかな」
鷲士は、自分の個室を出た。
用を済ませた鷲士は自分の病室に戻ろうとしていた。
「夜中の病院って、どこか怖いよね」
鷲士は、小さく呟いた。根が小心者の鷲士、運悪く、トイレは鷲士の個室から、遠かっ
た。
「美沙ちゃんがふざけて、ここでは幽霊が出るなんて言ってたな・・・」
またも小さく呟く。少し、怖いのだ。だから、独り言を口に出す。
スッ
「えっ!?」
そんな鷲士のすぐ横の窓を、何かが通り過ぎた・・・・様な気がした。
「ま、まさかね」
しかし、足どりはだんだんと早くなっていく。
程なくして、自分の個室についた。
ドアを開け、中に入る。
そして、鷲士はあまりの驚きに、声を失った。
誰もいないはずの病室に人影があった。その人は月明かりの中、窓辺に腰掛け、月を見
上げていた。
ついさっき見た夢と同じ光景。非常に整った美しい、女性的な、いや、まんま女性の顔。
しかし、女性ではない。鷲士は、その美しい顔に、見覚えがあった。
「・・・君・・・は」
呆然と、呟く鷲士。
「久しぶりだね。鷲士」
静かな、それでいてよく通る、透明な声。その声の持ち主を、鷲士は知っている。
「空・・・君?」
「本当に、久しぶりだね」
そこに居たのは、鷲士の家族にして親友である、天木空人その人だった。
「なっ、なっ、えっ、ええっ!?」
目の前にいる人物を指さし、狼狽する鷲士。言葉が、はっきりとした形になって口を出
ない。
「フフ、ずいぶん驚いてるね、鷲士」
楽しそうに笑う空人。
「どっ、どうしてここにいるの!? 空君!」
何とか、疑問の言葉が口を出た。
「僕は忍び込むのが得意なのさ」
何の悪意もなく言う空人。
「忍び込むのが得意って、そうやっていつも・・・いつも・・・」
彼の目に、少しずつ、涙がたまっていく。
「どうしたの? 鷲士」
首を傾げる空。合わせて、赤いリボンが揺れる。
「・・・本当に、変わってないから。何か、すごく懐かしくなっちゃって」
そうして、少しだけ潤んだ目をふく。
「まあ、確かに、あまり変わってはいないね」
「また、会えて嬉しいよ」
「僕はそれほどでもないけど。まあ、君と今話ができていることは嬉しい」
不可解なことを言う。やっぱり、親友との再開という者は嬉しいものではないだろうか?
しかし、鷲士にはその理由がわかった。
「別れるときに言ったろ? 『僕と君は常に同じ空の下にいる』って。だから、再会でき
たことに関してはそれほどの喜びはない」
「・・・ははっ、本当に、昔のまんまだね。空君は」
嬉しそうに言う鷲士。
「鷲士は背が伸びたね」
「うん、別れたときは空君と同じぐらいだったけど」
今の空の身長は160pほど。鷲士の方が明らかに高い。
「・・・本当に、大きくなったね」
「空君?」
鷲士は、心配そうに声をかける。その瞳には、何か、別の感情が宿っているような気が、
鷲士にはしたのだ。
「何?」
しかし、すでに空はいつもの様子であった。
「あ、うん。・・なんでもない」
「そう。どうでもいいけれど、ぼさっと突っ立ってないで座ったらどうだい?」
「あ、うん」
鷲士はそう言って、ベットに腰掛ける。
「ちゃんと歩けるようになったんだね。九頭竜の修行、頑張ったんだ」
「・・・うん。本当に、厳しかったけどね」
空人は、鷲士が九頭竜の修行をしていたことを知っているようだ。
「そう言えば、君の娘の美沙ちゃん、綺麗でとってもかわいい子だね。さすが、君とゆう
ちゃんの子だ」
「うん。ちょっとわがままなところもあるけどね。かわいいよ・・・・・って、どうして
空君がそのこと知ってるの!?」
空人の前では驚きっぱなしの鷲士である。
「今日、こんな時間に訪れた理由の一つがそれさ。彼女と話してたら、話が弾んでしまっ
てね。君の検査の時間になってしまったので、こんな時間に訪ねさせてもらった」
「・・・どういうこと?」
いまいち、事情のつかめない鷲士。
空は、それまでの一連の出来事を、鷲士に知られてはまずい点を除いて、すべてかった
った。
「じゃあ、ゆうちゃんのことも・・・」
声が沈む鷲士。
「うん。でも、君は悲しんでばかりもいられないだろ? 美沙ちゃんそして樫緒君って言
うかわいい子供ができたんだからさ。愛する者の幸せのために」
「今できる限りの自分のせいいっぱいをする、だね」
「そうさ」
「うん」
鷲士と空は、二人して笑い合った。
その夜、鷲士と空人は昔話に花を咲かせた。
今どこに泊まっているかという質問に、空人が『ラマダン』と答えて、鷲士が再び驚い
たりと、細かなことは色々あったが、終始、二人の間には、暖かな空気が流れていた。
「空君は、今何をしてるの?」
「僕? 僕は、今はぶらぶらしてる。おじさんの手伝いも、けっこう頑張ったからね。お
金もけっこうあるし、世界中回ろうかな、なんて思ってる」
「そうなんだ。なんか、空君らしいよ・・・それで、日本にはどのくらいいるの?」
「美沙ちゃんのおかげで高いところにただで泊まれるんだから・・・まだ当分いるよ、日
本に」
「そうなんだ」
うれしそうな鷲士。
「じゃあ、もうずいぶん遅いしそろそろ僕は帰ろうかな」
そう言って、窓辺に腰掛けていた空人は立った。
「明日には退院できると思うから、そうしたら、今度は僕から会いに行くね」
鷲士は、笑顔で言う。
「うん、楽しみにしてる。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
そうして彼はドアから出ていこうとして・・・立ち止まった。
「どうしたの?」
「鷲士、もしかしたら、君に迷惑をかけることになるかもしれない」
「えっ?」
「じゃ」
自分の足下が無くなる感覚。
(まず)
そう、思ったときには遅かった。自分の足下を中心に、その広い部屋の床すべてが、崩
れ落ちていく。
冴葉は外でのバックアップについている。
この遺跡に潜っているのは、自分一人だけである。助けてくれるものはいない。
それでも、彼女はかすかな希望にすがるかのように、その右手を真上に伸ばした。この
状況下において、明らかに無駄と言える行為。しかし、運命という物は彼女を見捨てては
いなかった。
がくっ
自分の肩に、前進の体重がかかる衝撃。
誰もいないはずのそこで、彼女の腕をつかむ者がいた。
その手は細く、彼女の体を支えきれるのかさえ不安に思えた。しかし、しっかりと彼女
の腕を握っていた。
その先にあるのは、同じく、折れてしまいそうな華奢なシルエット。落ちる拍子にライ
トを落としてしまった。相手もライトを持っているようだが、それでも光源は足りない。
いくら彼女の目がいいからといって、その姿を正確に捉えることはできなかった。
その影は彼女を軽々と持ち上げ、抱きかかえた。いわゆる、『お姫様だっこ』というやつ。
「あぶなかったね」
その影は優しげに言った。透明な声。男か、女かもはっきりしない。
「あ、あんたなにものよ!?」
この遺跡の探索に入ったのは自分一人だ。入り口付近は冴葉達が固めている。だから、
誰かの助けが入るはずはないのだ。
「君が知っているかは知らないけれど、僕はミュージアムという組織に属している」
その影は、まったく変わらぬ涼しげな声で言った。
「ミュ、ミュージアム!?」
知らないはずがない。今や自分は、その組織と全面的に対立しているといえる。こっち
にその気はさらさらないのだが。
「その様子だと、知ってるようだね。僕はそこのハイキュレーター、スカイウォーカー。
まだまだ新参者だけどね」
「スカイウォーカー?」
「まっ、偽名ってやつだね。なかなか気に入っているけどね」
そこで、唐突に気がついた。
「冴葉たちは? 冴葉達はどうしたの!?」
入り口付近を守っていた冴葉達。しかし、遺跡の中にハイキュレーターが進入している
と言うことは・・・
「ああ、彼女たちなら、まだ入り口の所にいるよ。僕は忍び込むのが得意だからね」
「ほっ、本当に!?」
「ここで嘘を言う意味があるかな?」
「・・・ないわね」」
内心では、すごく安心した。もし、彼女らにもしもの事があったら。
「・・・私を・・・どうする気?」
「え〜と、冴葉さんかな? その人の所にお送りするよ。目的のものは手に入れたし」
「あんた、正気!? 冴葉のとこにあたしを帰したら、絶対に、その遺産取り替えしてや
る!」
自分が、ハイキュレーターの手の中にあるという、絶体絶命の中、彼女はそれでもほえ
た。
「はは、元気だね」
まったく気にしていない様子のスカイウォーカー。
「ふん」
彼女はそっぽを向く。怒りのあまり、その影の「そっくりだ、彼女に」という小さなつ
ぶやを聞き逃した。
「ところで、話してるのも何だから、行こうか」
「それはいいけど、そろそろ、おろしてくれない?」
彼女は、相変わらず抱きかかえられたままだった。
「でも、僕がおろしたら、君はここから真っ逆さまだよ?」
「えっ?」
彼女は、顔を巡らし、何とか下を見た。
「なっ!」
彼女は、言葉を失った。そこには彼女が落ちそうになった闇が広がっていた。
彼、スカイウォーカーは空中に何をすることはなく、ただ平然と浮かんでいた。いや、
浮いていると言うよりも、見えない床の上に立っていると言うべきか。
「じゃ、行くよ」
スカイウォーカーは、その闇の上を歩き始めた。
ちゃ〜ららっちゃちゃららら、ちゃ〜らら〜らら〜♪
軍艦マーチ。携帯の着メロである。
がば
美沙は、その音に目を覚ました。周囲はまだ暗い。深夜のようだ。
「あんときの、夢か・・・・」
やつは、スカイウォーカーと名乗った奴は、本当に、何もしなかった。私を送り届けて、
その名の通り、空を歩いて去っていった。
「・・・あれ? あいつの声・・・」
あの透明な声、男か、女かも判明しない声。どこかで聞いた気が・・・。
唐突に、美沙にある考えが浮かんだ。
そんなことはあり得るはずがない。あり得るはずが・・・。 しかし、何か、雰囲気が
似ている。あのどこにもとらえどころがないような雰囲気が。
ちゃ〜ららっちゃちゃららら、ちゃ〜らら〜らら〜♪
着メロはまだ鳴っている。
のろのろとした動作で、その携帯に出る。
「私よ」
「ボス。夜分遅くにもうしわけありません」
相手は冴葉である。
「別に〜。それより、こんな時間にかけて来るって事は何か大事でしょ? 何」
「本日、いえ、もう昨日のことですがハイキュレーターが一人、入国したようです」
「ハイキュレーター!? 一体だれ?」
「フィメラ・シューリーです」
「あの、ハンドレットフェイス? 歩くポルターガイストなんて呼び名もあるけど・・・
得体の知れないことに関してはザ・クリエイターと同列じゃん」
「はい、現在のところ目的は不明です。目下調査中です」
「そっ、何かわかったら教えて」
「それでは」
「あ、ちょっと待って」
電話を切りそうになった冴葉を引き留める美沙。
「何でしょうか?」
「え、あ〜、うん、どうしよっかな〜」
歯切れの悪い美沙。
「どうかなさいましたか?」
「あっ、うん。何にもなければ、何にもないはずよね」
冴葉は、自分のボスが何を言いたいのかはかりかねた。
「あの、何でしょうか?」
「悪いんだけどさ、ちょっとある人についての経歴を洗ってくれる?」
何か、悪い様な気もする。しかし、どうしても疑念が晴れない。そのためにはしょうが
ないと、美沙は割り切った。
「わかりました。その人物は、一体誰でしょう?」
「え〜っとね・・・」
鷲士はあっさり、退院した。ラマダンの空人の部屋を訪ねたのだが、空人はまたいつも
の放浪癖で、どこかへ行ってしまったようで、鷲士はあの夜以来会っていなかった。
病み上がりだと言うのに、彼はバイト三昧であった。
「ふう、随分と遅くなっちゃったな」
今日のお勤め先は工事現場である。もう時刻は随分と遅い。鷲士は大通りに面している
が人気の無い道をとぼとぼと歩いていた。
「シュ・ウ・ジ・君!」
その声とともに、背後から飛びついてくる影があった。
「み、美沙ちゃん!? どうしたの、こんな時間に」
驚く鷲士。
「えっへへ〜、なんとなく、気になったから来ちゃった」
鷲士の背中に抱きついたままで言う美沙。
「でも、もうこんな時間だし。子供が出歩く時間じゃないよ」
美沙を引き離し、向き直る鷲士。
「・・・あのね、鷲士君。私のこと、いったいなんだと思ってるの?」
ハイテクちび魔王様はぶーたれた。
「でも・・・やっぱり心配だよ」
鷲士は気弱に微笑んだ。
その表情を見て、美沙は、
「えっ、あ・・・うん」
赤くなってうつむく。そこへ、
「仲が良いね、おふたりさん」
そこに、静かな、透き通る声がかかった。
二人は同時に声のしたほうを見つめ、
「「空君!?」」
同時に驚きの声を上げた。5メートルほど離れたところに、空人が立っていた。その肩
には竹刀などを入れる長い袋がかかっている。
「何をそんなに驚いてるんだい?」
首を傾げる空人。
「いや、だって突然現れるし」
美沙が間髪入れずに言う。どこか、あきれたような調子。しかし、内心では、さまざま
な思いが渦巻いていた。
それは、つい昨日のことだった。
「ボス、例の人物、天木空人の経歴に関する調査の途中経過を報告に参りました」
「・・・で、どうだった?」
「・・・その、はっきり申しますと、黒でないかと思います」
「どういうこと!?」
「掻い摘んで、要点のみ申し上げますと、15歳以降、何をしていたのかが、一切わかり
ません」
「十五歳以降? その前は?」
「十五歳で、大学を卒業しています。それ以後、一切、何をやっていたのかがつかめませ
ん。存在そのものが消失してしまったかのように、です」
「・・・わかった、引き続き、調査を続けて」
「あの」
「なに?」
「本人には監視等は・・・?」
「まだ、本当にそうだと決まったわけじゃないから・・・」
「わかりました」
(まだ、確信があるわけじゃないから)
美沙は鷲士をみる。空人と一緒にいる鷲士は、本当にうれしそうだ。
「突然現れてるつもりは無いんだけどね」
「でも、何でこんなところにいるの?」
鷲士が尋ねる。
「何でって、なんとなく、ふらふら歩いてたら、何故か奇遇にも、君たちに出会った」
「ふらふらって、日本も近頃、結構危険なんだよ?」
鷲士が、心配そうに言う。空人は、何より人の目に付く。赤いリボン、まず誰もが女性
と思う美しい顔立ち。そして、空人は非常に華奢な体つきをしていた。それが、余計に、
空を女の子のように見せていた。空人はまったく気にしていない様子だったが、とにかく、
襲われそうな外見をしていた。
「大丈夫さ。僕、これで結構強いんだよ」
「でも・・・」
そこへ、空人の背後から車がものすごいものすごい速さで向かってきた。そのままだと
明らかに空にぶつかる。
「空君!」
鷲士は叫んだ。
空人は、ゆっくりと振り向き、車を見据える。奇怪なことに、その車の運転席には、誰
も座っていない。しかし、その車は猛スピードで向かってくる。
空人は、ぎりぎりまで、車の前にいた。そして、ほんの少し、横にずれた。それだけの
動作で、空は車を紙一重に回避した。
「空君、大丈夫?」
空人に駆け寄る鷲士と美沙。
「うん。それより、まだ終わりじゃないらしい」
再び、その無人の車が猛スピードで向かってきた。
「いったい何なんだ!?」
そういっている間に、車が迫る。
鷲士は、美沙を抱えて再び向かってきた車をよけた。空人も危ないところ無く、よける。
またも方向を変える暴走車。ありえないほどの加速で、三度迫る。
「空君を狙ってる?」
暴走車は明らかに、空人を目指して進んでいた。
「・・・仕方ないな」
暴走車が空人の目前に迫る。
「空君!」
空人は、何気なく、その右手を上から下へ、振り下ろした。
車が、裂けた。真ん中から、真っ二つに。
冗談のように二つに分かれた車は、ちょうど空人をそれて、そのまま壁に衝突、炎上し
た。
何が起こったのかわからず、声も出せない、鷲士と美沙。
「ナカナカヤルノネ、スカイウォーカー」
そこへ、奇妙な声がかかる。無機的な声。
「誰かな?」
空人は、炎上した車のほうを見据えて言う。表情はいつもの笑顔のままで。
そこには、淡い光を放つ、光球が浮かんでいた。
「ワタシノナハ、フィメラ・シューリー。ミュージアムノハイキュレーターヨ」
「な!? ミュージアム?」
そう声を上げたのは美沙だ。
その光球はだんだんと近づいてくる。
「ナカナカカワイイコネ。ワタシコレクションニクワエルニハ、マダハヤイケレド」
「コレクション?」
「ソチラノオトコノコハ、モシカシテフェイス?」
「違うよ」
空人は、笑顔で答える。
「シンチョウ180センチナカバ、ヤセガタ、トウヨウジン。コレダケデハナントモイエ
ナイケレド、アナタトイッショニイルコトガナニヨリノショウコヨ、スカイウォーカー」
「いくら僕が否定しても無駄なようだね」
「エエ。デモ、イイワ。キョウハタダヨウスヲミニキタダケダカラ」
「そうなんだ。できれば、もう二度とこないでほしいね」
空はいつもの笑顔のまま答える。
「ソウネ。ツギハアナタガアソビニキテ。アナタハモウワカッテイルトオモウガワタシノ
モトニハ『タネ』ガアルノ。アナタガワタシノイバショガワカルヨウニ、ワタシモアナタ
ノイバショガワカル。マッテイルカラアソビニキテネ。タノシイアトラクションヲヨウイ
シテマッテルワ」
そう言い残し、その光球は夜空へと、消えていった。
「・・・空、君?」
呆然とつぶやく鷲士。いったい、今何が起こっているのか、まったくわからないといっ
た表情。
「やっぱり、空君・・・」
複雑な表情の美沙。
空は鷲士と美沙のほうを向き、微笑んだ。
「・・・どうやら、僕の秘密を話さなければいけないようだ」
「いったいどういうこと? 何でミュージアムが空君を? スカイウォーカーって?」
鷲士は珍しいことに一気にまくし立てる。
「・・・僕はミュージアムの元ハイキュレーター、スカイウォーカーというわけさ」
「空君が、元ハイキュレーター!?」
鷲士は、驚きの声を上げる。
空人はそんな鷲士を見つめたまま、
「そして、鷲士、君がダーティー・フェイスだと言うことも知っている」
と、静かに述べた。
「! どうして、空君がそれを!?」
さらに、驚く鷲士
「鷲士君、ここじゃ何だから、ラマダンに行こ。空君もそれでいいよね」
美沙が言った。
「僕のことを信用していいのかな? 美沙ちゃん」
「・・・私の直感をなめないで」
「それは申し訳なかったね」
そして、彼らはラマダンへと向かった。
「フフフ、日本に来て早々、なかなかいい物が手に入ったわ」
一人の少女が微笑みながら姿見の鏡の前で言った。
年のころは16、7歳ほど。東洋人で、その髪は黒く、ショートにしている。それが、
気の強そうな顔立ちにマッチしていた。かなりの美人である。肌は健康的に日焼けしてお
り、その四肢は長く、引き締まっていた。おそらく、何かスポーツをやっているのだろう。
「やっぱり、スポーツをしている体は動かしやすいわ」
「・・・そういえば、スカイウォーカーはちゃんと来るかしら?」
別の声が入った。
美しい金髪の少女である。年は黒髪の少女と同じく16、7歳ほど、肌は抜けるように白
く、どちらかと言えば、病弱といった感じ。黒髪の少女とは対照的であった。
シェピロに、フィメラ・シューリーと呼ばれた少女。
「来るのは当然でしょうね。こちらには『種』があるのだから。かれの求める『種』が」
黒髪の少女が言う。
「きっと、それほど時間はかからないわ」
「それに、フェイスも来るでしょうね」
「フェイスも来るに違いないわ」
「歓迎の支度をしましょう」
二人の少女は、交互に言葉を口にする。そして、
「「楽しめそうね」」
同時につぶやき、陰鬱に笑った。美しいが、見るものを恐れさせる笑みだった。
二人の少女の姿は対照的であった。しかし、話し方、雰囲気といったものが恐ろしく似
ていた。いや、同一といってもいいだろう。まるで、何か「同じもの」が宿っているかの
ように。
二人の少女の周囲には、守るかのように11個の光球が淡い光を放ちながら、浮かんで
いた。
「さてと、何から話し始めようかな?」
空はいつもの変わらぬ笑顔のまま言った。
ここはホテル・ラマダンの45階。美沙の部屋。
今、この部屋にいるのは四人。鷲士と美沙、冴葉、そして、空人。
ソファに鷲士と美沙が並んで腰掛け、美沙の傍らには当然のごとく、冴葉が控えている。
そして、その対面のソファには空が座っていた。その足の上には、横にして、布の長い袋
が置かれている。空が、いつももっていた竹刀袋だ。
鷲士は神妙な面持ちである。当然のことであろう。自分の親友といえる人物がミュージ
アムなどという狂信者の集団に所属していたというのだ。そして、それを裏切り追われて
いるというのだから。
美沙は複雑な心境であった。空とはまだで会ったばかりだ。しかし、空と話し、美沙は、
この周囲にいる数少ない本当に「大人」と思えるこの、少女にしか見えない美青年を好ま
しく思っていた。しかし、自分の中に生まれた小さな疑念は、当たっていた。いや、半分
当たっていたというべきか? 美沙は、空がミュージアムからの刺客なのではないかとい
う、不安に駆られていたのだ。しかし、彼はミュージアムを裏切り、ここまで来たのだと
いう。それを聞いてある意味、安心した反面、どこかに、それが本当なのだろうかと疑う
自分がいる。
冴葉は、いつもと変わらぬ様子だったが、どこか、空を警戒しているようであった。し
かし、それは別として、自分の認めることができる、唯一のボスを救ってくれた人物であ
るという点で、感謝したいという気持ちもあった。あの時はさすがの冴葉もあっけにとら
れて、何も言うことができなかったのだ。
そして、当の空は、いつもと変わらぬ様子で、涼しげに微笑んでいた。
「空君、どうして、君はミュージアムなんかに?」
最初に口を開いたのは、鷲士であった。
「どこから話そうかな?・・・・まあ、まずこれを見て」
そういって、空は膝の上に置かれた、細長い布の袋を持ち、その中に入っているものを
鷲士たちに見せた。
「それって・・・」
そうつぶやいたのは、美沙だった。美沙と冴葉はそれを見たことがあった。過去、初め
てスカイウォーカー、空に会ったときに。
「木刀?」
そう、それは何の変哲もない木刀であった。
鷲士はどこか気の抜けた様子だ。どんなにたいそうな物が出てくるのかと思っていたか
らだ。
「はは、まあ、そう見えるよね。この子の名は世移木(ヨウツキ)。僕の永遠のパートナー
にして、僕の半身でもある。世移木、みんなに挨拶をしよう」
そういうと、その木刀は、かすかに震えた。
「今のが挨拶?」
美沙が怪訝な顔をしていった。
「うん。世移木は僕以外と正確なコミュニケーションをとることができないから」
「空君にはわかるの?」
「当然さ。自分のことだからね」
「? どういうこと?」
美沙も、鷲士も、そして冴葉も、よくわからないといった困惑の表情。
「ミュージアムは勘違いしているけど、ヨウツキはハイアートなんかじゃない」
「えっ? 違うの?」
驚きの声を上げる美沙。美沙は、その木刀が空のハイアートだと思い込んでいたのだか
ら。ほかの二人も同じだろう。
「僕だけは知っている。それは、僕のことでもあるから。ヨウツキは別の意味での『来訪
者』」
空はいつもと変わらない調子で言う。
「はるかなときを超え、さまざまな次元、さまざまな世界を超えて、この世界を訪れたも
の。この僕という『半身』を求め、この世界に来るもの」
空の口から、つむぎだされた言葉、その内容の突拍子の無さに、空以外の3人は唖然と
し、言葉を失っていた。
「それじゃあ、昔話を聞かせよう」
空は、ゆっくりと話し始めた。
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