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女性の色気を演出する服といったらあなたはどんな服を思い浮かべるだろう? エレガンスに黒や紫のインナー姿? あるいはガウンだろうか。もしかしたらナース服やバニーガールに色気をおぼえる向きもおられるかもしれない。今、美緒は精一杯色気を出そうとあられも無い格好になっていた。
日本伝統の民族衣装といえば和服であろうか。美緒は祖母にあたるココリスと長年共に暮らし、手ほどきを受けていたため着物の着付けができる。何しろ草刈家の他の女性陣の着付けは全部美緒の担当なのだ。
その美緒が真っ赤な肌襦袢一枚、腰まわりの細帯も緩んで「巻きついているだけ」という状態で、胸元は見えそうで見えないぎりぎりまではだけられ、裾を割って突き出された健康的に引き締まった太ももの白さが艶かしいという格好になっていた。肌襦袢といえば下着も当然、その下には何もつけないもの……実際美緒はショーツの類をはいていないようであった。
いつもはポニーテールにまとめている黒味の強い髪を今はおろしており、普通にしていてもすさまじいほどの美貌を誇る顔とあいまって、どんな男でも……身の丈が150もない子供に対してそんな気の無いような男でも思わずドキッとするような色気を発散している。
「……まだ?」
「もう少し待ってね、美緒ちゃん♪」
美緒の視線の先では麟太郎が大き目のキャンバスの前に立ち、美緒の艶姿を描きとめていた。妖精のように線が細い少年の美貌は絵を描くことができる喜びに輝いて、キャンバスに真剣に向かう姿もとても美しく、美緒はそんな彼を見るのが一番好きだった。けれども美緒だって女の子。
『……結構勇気を出してこんな格好してるんだけどな……。麟太郎君、男としては興奮してくれないのかな』
美緒の位置からはキャンバスが邪魔で麟太郎の全身は窺えなかった。
『いつも相手してくれるから愛してくれてることはわかるんだけど……。これじゃ色気上手く出ないのかな』
「へえ、美緒ちゃんの学校は今日から夏休みなんだ」
ようやく一枚描き上げ、イーゼルを畳んで振り返った麟太郎が微笑んだ。ちなみに彼は中卒で、現在はホテルラマダンの一室で創作活動にいそしみながら腕を磨いている。時折旅に出て風景画を描いたりしているそうだ。
「そうなの。今から宿題の山を見るのが億劫だわ」
「でも美緒ちゃんって確か兄弟の中では割合勉強できる方なんでしょ?」
麟太郎の声にうなずきながら、今更ながら真っ赤になって身づくろいする美緒。事実、美緒は兄弟の中では勉強が得意な方だ。常に学年トップにランキングされる美術を除いて、体育、保健体育、音楽、生物、物理、科学、国語に英語はトップクラス。歴史と地理にもかなり明るいのはトレジャーハンター一家に生まれた宿命だろうか。ただし数学はちょっと駄目だった。数字を見ただけで頭がくらくらするほどである。それでも姉の美沙ほど悪い点を取ることはなかった。
「ま、夏休みの前半中に全部片付けるつもり。そしたら……ね、デートしよ♪」
麟太郎の顔が見る間に真っ赤に染まった。それを見てふと複雑な気分になる美緒。二人はもうとっくに一線を超えた仲なのに……デートらしいデートは今まで一度もした事がなかったのだ。
「な、なんだか順序があべこべになっちゃったような気もするけど……」
美緒の言葉の意味を悟った麟太郎が、再度頬を赤く染めた。
「うん、わかったよ美緒ちゃん。僕の方もできる限り絵を早く仕上げるからね」
それから1週間後。
「おっ……わったああぁぁ!!」
ばんざーい、と宿題の山を前に笑顔で快哉を叫ぶ美緒の姿があった。誓ったとおりに宿題を早々と終わらせたのだ。これで、夏休みの後半は麟太郎君とあそこに行ってあそこにも行って、あ、あそこも捨て難いわよねー、で最後にあそこのライトアップを観賞して、そのあとはラマダンじゃない別のどこかのホテルを取ってぇ、で……きゃっ♪
「美緒、ご飯よ……何してるの?」
「あ……美月姉上!」
ベッドの上で抱き枕をしっかり抱きしめ、妄想にふけりながらごろごろ転がっていた美緒は慌ててがばと起き上がった。何時の間にか部屋に入ってきて美緒を見下ろしていたのは姉の美月だった。
「……ははあん、さては……」
にんまりといぢわるそうに笑う美月。
「ズバリ、麟太郎君とデート三昧♪ これからの夏休みばら色よ♪ なんて夢見てたでしょ!?」
「ど、どーして分かるの、美月姉上っ!?」
てきめんにうろたえる美緒に美月はくすくす笑いながら応えた。
「顔を見れば分かるわよそれくらい。それより早く降りてこないと美花が泣き出すわよ。今晩のご飯当番あの子だから」
美緒の姉の一人、美花は自分がご飯を用意した時に家族が早く集まってくれないと不意に泣き出すことがある。するとどこからともなく悪鬼羅刹の如き表情の樫緒が飛んできて、美緒達が痛い目に会うのだ。
やば、と流石に美緒も駆け出した。スイッチ切り替え無しで樫緒に勝てるわけがないのだ。そしてスイッチを切り替えたら切り替えたで後が怖い。家を壊された時の鷲士の怒りは恐らく樫緒以上だろう。美緒も結局父親にだけは頭が上がらないのだった。
「それでねー、美緒ったら麟太郎君とデートだって!!」
美月の不意な一言に、美緒は口に含んだスープを噴き出してしまった。
「こらこら、汚いぞ。ちゃんと自分で拭きなさい」
鷲士が笑顔でそう言って……次の瞬間ずいっと真剣な顔を近づけてきた。
「それと……。キミはまだ中学1年生。子供なんだから、間違いだけはしないようにね」
真顔で言う鷲士に美沙、美月に美花がふきだしそうなのを堪えて口を抑えた。そう、この父親は美緒がとっくに一線を超えちゃってることを知らないのだ。美緒も結局は『ゆうちゃん』こと美貴の娘。その可能性に思い至っていないのは、美沙が少なくとも高校に入るまでそういった問題を起こさなかったからだろう。美月も付き合っている相手はいないし美花に至っては近寄る男どもを樫緒が排除してしまっている。
『ごめんなさい、父上……。美緒は悪い子です……』
内心手を合わせる美緒である。だが話はそこで終わらなかった。不意に美貴様が横から口を挟んできたのである。
「そう言えば鷲士、最近デートしてなかったよねっ。私達もデートしようよ、デート!!」
げっと子供達が一様にうめいた。美貴の言う「デート」は、いつも最後の方に子孫乱造が待っている。もう五十に手が届くのになんとお盛んなことか。
「お袋、やめた方がいい」
「え〜、何でぇ〜?」
「何でもかんでも無いだろ……。歳を考えろよ歳を!」
「そうそう、それに美緒達が気まずい思いをするだろうし」
結局雪人や悠の説得が奏効し、鷲士と美貴のデートを美緒と麟太郎のカップルとのダブルデートで向かえよう! 計画はあえなく頓挫し、ほっとする美緒だった。
食事が終わるや麟太郎に電話をかけ、明日デートをする約束を取り付け、早速準備を整えて、浮き立つ心を抑えつつ幸福感に包まれながらベッドに入る美緒。……だが彼女はまだ知らない。このデートが波乱万丈のとんでもない大騒動に発展することを。
午前4時35分。流石に東の空がようやく白っぽくなってきたかどうかという頃である。それでも美緒は心がはやり、もう一度眠りなおす気にはなれなかった。何しろ、今日は。
「んふふ、麟太郎君とデートだもんね♪」
思い返せば、以前ドーラや紗慧にもらったフラワーランドの券で遊ぼうと麟太郎を誘った時は散々だった。
ちょうど樫緒兄上が美花姉上を伴って来ており、フラワーランドは貸しきり状態。中にいるのは樫緒兄上達二人のほかはみんなエキストラというちょっと凄い状態だったのだ。あの時はあまりにもなシスコンぶりにあきれ果て、結局他にどうしようかと考える事も出来ずにトホホと帰る羽目になったのだ。
「今度はそんなこと絶対にないよね! よっしゃ、早く目が覚めた事だし身づくろいしなくっちゃ!」
気合入れていくわよぉ、と美緒は髪留めを外し、腰まである黒髪をばさりと流した。
まずはシャワーね。寝汗を流さなくっちゃ。
浮き立つ心を抑えつつ、着替えを手に風呂場へとそっと歩いていく美緒。今はまだ家族全員夢の中だろう。自分ひとりで浮かれて起こすのは気が引けたのである。
鼻歌を歌いながらパジャマも下着も籠に入れて、風呂場の戸を開ける美緒。万事につけ「大きい」草刈の家の中で、風呂場も多分に漏れず大きい。というのも家族のうち複数の人間が一遍に入ることが多いからだ。美月、美花、美緒、沙貴、美魚の5人で入るというパターンがが特に多い。一人ずつ入っていたのではとても間に合わないほどの大家族だからというのが主な理由だったが、何より彼女達が姉妹全員で入るのが好きだからというのも大きいだろう。
お陰でちょっとした銭湯くらいはありそうな湯船に洗い場を備え、その上5人くらいなら入れるサウナまで完備している。鷲士父上などは結婚前は貧乏生活が続いていたとかで、この風呂場を眺めるたびに苦笑いを浮かべていた。
「さあて、しっかり磨くわよ〜♪」
思い切って冷たいシャワーを浴びると、美緒の健康的に張りのある、今日のデートへの期待で熱くなった肌を心地よく冷やしてくれる。さすが12歳、白い絹のような肌は見事に水滴を弾き、つややかな髪は一層潤ってしっとりとした光輝を放った。ふとシャワー脇の壁一面に張り出された姿見を振り返り、自分の裸身をしげしげと眺めると、胸はまだまだ小さいものの(つい最近ようやくBカップを突破した所だ)、鍛えている事もあってよく引き締まった体には無駄がなく、胸を隠してしまえば少年だと言っても通用しそうだった。しかしこのところ体を構成する線が丸みを強くしてきたように思う。
「もしかしたら、麟太郎君とあんな事やこんな事したから成長促進しちゃったのかしら」
頬がかっかと火照り、美緒は再度シャワーの冷水を頭からかぶった。それから再度姿身の方を見て、ふとため息をつく。
「……まだ、生えてこないなあ……」
美月姉上はもちろん美花姉上にだって生えてるのに。それどころか年下の沙貴にも、もううっすらと生えてるのに。もしかしたら結城の力と九頭竜を融合させてる副作用かしら。麟太郎くんはどっちが好みなのかな……。
ちなみに美花姉上はぱっと見た目子供っぽく見えるが実は脱ぐと凄い。適度に肉の乗った体は見事に女を思わせ、実は姉妹の中で一番スタイルがいい。いや、美貴母上よりいいくらいだ。美緒がああいう素敵な体になる事はあるのだろうか? 美緒は姉妹の中でも特に母親似だと言われている。つまり……胸が大きく育つ可能性はちょっと薄い。
そこでぶるぶると頭を振り、おもむろにスポンジとボディソープを手に取って、美緒は珠のお肌が更に輝けとばかりに磨き始めた。
雪人は目を覚ました。彼はもともと朝が早い。それは彼が父の鷲士について九頭竜を学び始めてからの習慣で、今も朝の修練を怠った事はない。だが今日はいつもより30分は早く目が覚めてしまった。
「……誰だ? シャワー使ってるの」
まだ満足に働かない頭。ぼうっとしたまま……。とりあえず寝汗を流して頭をしゃきっとさせ、鍛錬を始めないと、と風呂場へと向かう雪人である。先客が誰なのかと考える事自体を放棄してしまっていた。ぱっぱと服を脱ぎ捨てると、見事に鍛え上げられた……スポーツやボディビルのためのものとは明らかに異なる美しい筋肉で鎧われた肉体が露になる。そのそこかしこに走る傷痕は、彼がこれまで戦ってきた名残なのであろうか。
マイタオルを片手にがらっと引き戸を開けて中に入り、すたすたと歩いていつも使っているシャワーの方まで歩いて行ってざあっと冷水を浴びる。うん、気持ちいい。頭がだいぶはっきりして……そこで彼は自分の傍らで呆然と突っ立っている妹の姿に気づいた。
……美緒はちょうど体についていた泡を流し終えたところで、白く輝く肉体の全てが兄の前にさらけ出された状態だった。しばらくの間、沈黙があって……。数瞬後、雪人はわたわたと風呂場から飛び出した。体を拭く暇も無い。
「ま、待て美緒!! 悪かった!! 俺のミスだっ!! 謝るだからとりあえず落ち着け!!」
だが遅かった。体に大き目のバスタオルを巻きつけた美緒が、既に雪人の頭上にテレポートしてきている。まとめられていない長髪が広がってさながら悪魔の翼のよう。目は完全に据わっており、その右手が握り締められて不吉な光を放ち、圧倒的なエネルギーが込められている事を物語っていた。
九頭・右竜槌爪
「だああああっ!! スイッチ切り替わってやがるうぅぅっ!!!!!」
叫び、とっさに左手を出して美緒の繰り出す攻撃を受け流そうと図る雪人。左竜輪剄だ。だが、通常の左竜輪剄は横方向からの攻撃を受け流し、相手の力のベクトルを完全に変えるもの、雪人にはまだまだそこからの応用は難しかった。真上から放たれた右竜槌爪を完全にはかわしきれず、雪人の姿が粉微塵に砕け散る床材の中に消えた。
「いつつ……!!」
かなりのダメージにうめきつつも床に開いた大穴から飛び出し、そのままの勢いで戸を、廊下に飛び出してからはガラス戸を割って、妹から距離を取る雪人。やばい。自分の距離を保たねば。マイタオルすら置き忘れてきたため完全な裸という情けない姿だったが、今は贅沢は言えない。とにかく親父が起きてくるまで持ちこたえれば……!! ごうっと襲い掛かってくる妹の姿を見やりつつ、雪人は改めて身構えた。
結局、お寝坊な美花を除く家族全員が目を覚まし、鷲士が慌てて美緒を制止する羽目になる騒ぎになったのだった。
「ふー、朝からなんて幸先の悪い。いいえ、美緒!! これくらいでへこたれてなんかいられないわっ!」
朝食でエネルギーを補給して復活した美緒は、気持ちを切り替えて洗面所へと向かった。歯を綺麗に磨き、舌まで清め、よし、と自分に気合を入れて自室へ向かう。
まずは服選びだ。下着まで全部脱ぎ捨てると、昨夜のうちに選んでおいた下着類……いずれも大人っぽい赤いレース下着だった……を身につけて(当然勝負下着のつもりでいる)、その上に着る物を物色する。これも昨夜のうちに選んだつもりだったが、朝の光の中で改めて見てみると納得いかなくなってしまったのだ。
外行きの服をほとんど全部引っ張り出して、結局弱冠活動的でかつお洒落な提灯半袖の真っ白なブラウスに、パステルピンクのツーピース(上の方はスーツジャケット風で下の方はフレアのミニスカートだ)に決めた。
お次は髪の毛をまとめて化粧して、と鏡台の前に座る。ブラシを丹念にかけてからポニーテールにし、この間麟太郎にプレゼントされたおしゃれなリボンで結びまとめる。それからおもむろに口紅に手を伸ばす。美緒はすっぴんの状態で充分すぎるほど美の女神に愛されていたが、貝殻を開いて薬指でそっと取った紅を唇に軽くつけて伸ばすとより一層映えた。
それに耳の後ろに軽く香水を……これは母親の美貴の友人である麗華さんが昨年の誕生日の時贈ってくれた物で、シャネルの高価なものだった。鷲士父上あたりは美緒にはまだ早すぎるんじゃないかと笑い、美貴母上に同じくらいの頃からつけていたけどと言われて小さくなっていたものだ。
これでほぼ準備完了。荷物は昨夜のうちに小さなバッグにまとめておいたから手に取ればお終い。いざ出陣、と戸を開けた美緒の前に人が立っている。見ればそれは美月だった。
「もう出発? 忘れ物はないわね?」
「ええ。大丈夫よ」
すると美月はコホン、と咳払いして手を出しなさいと言った。ちょっと首をかしげながら美緒が差し出した手の平に載せられた物は、箱入りのゴム製避妊具だった。
「……姉上……?」
「いい、美緒。こういうことはきちんとしなくては駄目なのよ。男の人に任せたりしてると泣きを見るのは女の子なの。しっかりこれをつけさせて────」
だが美緒は箱を美月の手に戻してしまった。
「美緒……?」
「駄目よ、美月姉上。これはちょっと確実性薄いの。破れ易いし。それよりこっちの方が確実よ。何より男の子も喜ぶし────姉上にも分けてあげるね」
美月の手の平には、いわゆる経口避妊薬があった。だらだら汗を流す美月に美緒はにっこりと笑顔を向けて、
「じゃ────行って来ます!!」
固まってしまったままの美月の横で、行ってらっしゃいとニコニコしながら胸に抱いた神威の手を持って振る美花に応えて手を振り、美緒は勢いよく玄関の戸を開けて飛び出していった。
待ち合わせは風刈駅の改札前に8時。それより10分ほど早くついたのに、美緒の前にはにこやかに笑う麟太郎がいた。
「ごめん、麟太郎くん。待たせちゃった?」
麟太郎が性格的に1時間は早く来る事を知っている美緒は、ちょっと舌を出して訊ねた。
「ううん。そんなに待たなかったよ。今朝は雪人さんともお話していたしね」
「雪人兄上と? いったい何の話をしていたのよ?」
意外な人間の名前を聞いて、美緒は目を丸くして訊ねた。まさか兄上、あんな暴力娘は相手にしないほうがいいとか言ったんじゃないでしょうねえぇぇ!?
「ん、男と男の話」
あくまでもにこやかな笑顔を崩さずに言う麟太郎に、美緒の目が点になり、背後で燃え盛っていた炎がぷしゅ〜〜と消えた。そうなのだ。美緒はこの時点で雪人兄上のことなどどうでもよくなっていた。麟太郎くんの笑顔……それこそが美緒にとって最終兵器。絶対にかないっこないのだ。
「じゃ、行こうよ麟太郎くん! 海がわたしたちを待っている〜〜♪」
「よし、匍匐前進!」
雪人の声に悠、幸貴、愁、鷲矢が続いて芋虫のようにはいずっていく。それを美月、美花、梓、沙貴、美魚、それに神威に都、ドーラと紗慧、美琴が呆れたように見ていた。そんな子供たちをよそに鷲士と美貴は腕など絡めあってすっかりデート気分(主に美貴が)だし、美沙と虎雄、樫緒と冬花も似たり寄ったりだった。
「あの、みんな? あくまでも美緒ちゃんと麟太郎くんのガードが一番の目的だからね?」
鷲士が一応声をかけるが、そんなの聞いている人間はほとんどいなかった。ただ一人幸貴だけ「何で俺まで」とかぶつぶつ言っている。
今、彼らは美緒と麟太郎の二人が乗るのとは1両違う車両にいた。中央線快速で東京に向かい総武線快速に乗りかえ。千葉で更に外房線に乗り換えだ。幸い今日は他に乗っている客がいないとはいえ隣の車両を窺う雪人たちの姿は異様としか言い様がなかった。
「散々人の事殴ってくれたからな……。決定的瞬間をデジカメにおさめ、からかってやるくらいの事をしなきゃ気がすまん」
そんな事をぶつぶついいながらはいつくばってデジカメを構える雪人に美月は頭が痛いわと額を抑えるばかり。鷲士と美貴は今や久々のデートだと甘々だし、美沙は虎雄と真剣な顔でマグネットオセロの真っ最中。ルナとリムはそれを脇から観戦していたし、樫緒は樫緒で冬花ともども美花と梓を猫かわいがり中。翔と美琴に至ってはひたすらラブラブぶりを見せ付けており、とてもではないが雪人たちを止める人間はいなかった。
「……で、何でわたしたちまでつきあわされてるのかナ」
「恐らく『何となく』以上の意味はないでしょう」
「朝ご飯の最中だったのに……」
なぜか声をかけられてついてきたルナとリム、ドーラと紗慧が手持ち無沙汰といった風で座席に腰掛けていた。その隣ではご飯の入ったお椀を手にもぐもぐ食べながら涙している布引都。何しろおかずのヤマメの塩焼きを食べようかというところで引っ張り出されたのだから。
ぞくっ。
『な、何? 誰かが……見てる?』
なにやら肌を舐められるような気を感じ、美緒は体を緊張で硬くした。
「どうしたの、美緒ちゃん?」
「ん、なんでも無い。どうやらお化粧が上手くいってなかったみたい」
笑いながらコンパクトを取り出す美緒。もちろん化粧を直す気はない……そもそもスッピンに近い状態なのだから。化粧を直す振りをしながらさりげなくコンパクトの鏡を傾けると……。いるいる。雪人兄上をはじめ、我が家の男性陣のほとんどが芋虫みたいにはいつくばって、あれで見えていないつもりなのか椅子の陰からこちらを窺っている。
『そう……。そっちがその気なら……』
「ええっと、鴨川シーワールドの無料送迎バスは……あれね。行こ、麟太郎くん♪」
にこにこ上機嫌で美緒が麟太郎の手をとってバスへと乗り込んでゆく。それに続けとばかりに駆け出した雪人たちだったが、そこではたと気づいて立ち止まる。
「まさか、バスまで一緒に乗るわけにいかねえよな……」
だらだらと汗を流す雪人。そうこうしている間に目の前でドアが閉まってしまった。やれやれと顔を上げた雪人の目に入ってきたのは、美緒が思い切りあかんべえして寄越す姿だった。
「あ、あいつ尾行に気づいてたのか!!」
「そりゃあれだけ目立ってればよほどの馬鹿でない限りばれるわよ。第一あの子も九頭竜の使い手なんだし」
美月の冷静なつっこみに、雪人以外の全員がうんうん頷いたのは言うまでもあるまい。
鴨川シーワールドの一番の名物といえば、シャチのショーであろう。特に今はシャチの子供もお目見えし、愛嬌を振りまいていた。
「か、かわいいっ!!」
数ある動物の中では虎が、海生生物ならシャチが特に好きだという美緒は思わず歓声を上げていた。
ばしゃーっ。
シーワールド名物のシャチの水かけプレゼントで全身びしょ濡れになるのにも構わず笑う美緒。傍らの麟太郎もやはりびしょ濡れだ。苦笑する麟太郎の方を振り返ると、なんとも色っぽくなっている。
『女の子を美しく色っぽく撮る時には火の光を当てるか水で濡らすかするって言うけど、麟太郎くん反則だよ〜。男の子なのに……』
ぼうっと見惚れていた美緒は、気づいた時には麟太郎の首に手を回し、彼の唇を奪っていた。麟太郎は一瞬目をぱちくりさせていたが、すぐに応えて舌を絡ませてきた。二人がいいムードになって更に抱きしめあおうとしたその時。ついでに言うならここまで走って来た雪人が、シャッターチャ〜ンスとばかりにデジカメを構えた時。
「こらこら!! 不純異性交遊ですよ!!」
突然の声に思わず弾かれるように離れた美緒と麟太郎が振り返ると、そこには見知った顔があるではないか。
「キェロツー!?」
「クロックワーク先生!?」
やあ、と手をひらひら振るキェロツーに、美緒は思わずどこからともなく取り出したハリセンを握り締めながら険悪なオーラを漂わせた。何しろキェロツーはシャチの水槽の中から身を乗り出してきていたのだから。
「アンタ……。そこで何やってるのよ……?」
「ははは、アルバイトですよ。誰かさんが壊した校舎を修理した時に、ちょっと無理をしましてねェ。ここで晩飯代を稼ごうと。幸い学園長のお知り合いがここの責任者でね」
ぐ、と詰まる美緒。何を隠そうその校舎を壊した「誰かさん」は美緒の事だからだ(資料室内SS「カト女恋愛狂奏曲」参照)。
「ここのバイトの皆さんが集団食中毒にやられましてね、ピンチヒッターを探していた所でちょうどバイトを探していた私にお呼びがかかったという次第で。まあ、おかげで私も自分自身の傑作の性能に更なる自信を深めることが出来ましたし、幸運でしたねェ」
「傑作……。まさか……」
「ええ、今ここで動いているヒトみんなが私自慢の『先○者マーク7』なのですよおぉッ!!」
ばさり、と水で多少重くなっている髪をそれでもかきあげながらかっこつけて言うキェロツー。やはり、と渋い顔になって美緒がよく見ると、確かに働いているスタッフの全員が……適当な顔を載せた箱状の頭に棒そのものの手足、剥き出しの歯車の先○者ではないか。
そこで美緒ははたと気づいてキェロツーの方を振り返る。
「ところで『先○者』ってさ、歯車剥き出しよね。……水の近くでショートしないの?」
「ふっ、それですか」
再び髪をうっとおしくなるほどかきあげるキェロツー。
「実は初代『先○者』の弱点がまさしくそれでしたッ!! しかあし!! 日々改良、研鑚を忘れずッ!! マーク7にしてついに完全防水を実現したのですッ!! もちろんその技術はわたし自身のボディにもフィードバック済みですッ!! ごらんなさい、人と全く変わらぬ……否、我が技術により実現した人以上に素晴らしい動き、そして全くショートすることのないよう生まれ変わった先○者の勇姿をおおおおぉぉっ!!!」
そこでびしぃっと振り返りながら指差すキェロツーの指の先には。
「あれって沈んでない?」
「ええ、基本的に水より比重が大きいですからねェ」
「それに、心なしかシャチの子にいいように遊ばれてるみたいなんだけど」
「それが彼の役割なのですよ。ごらんなさい、あんなに楽しそうに」
だがどう見てもその先○者マーク7はシャチの子供に腕をへし折られ、体を食いちぎられ、バラバラになっているところだった。目がちかちか点滅しているのがもの悲しい。
「大丈夫です。マーク7にもわたしの体同様すぐに再生する機能が備わっています。すぐ復活しますよ」
「……食いちぎられた時点でショートしたのか再生しないんだけど……」
美緒のつっこみにキェロツーは振り返って……愕然とした風で叫びながらジャンプし、盛大に水飛沫を上げた。
「あ、あああああっ!! うかつだったッ!! お待ちなさい、今助けますからねェッ!!」
ばしゃーん、ばしゃばしゃと、キェロツーが子供に危害を加えると勘違いした親シャチまでが一緒になって暴れだし、美緒と麟太郎はなんだかどっと疲れた風でシーワールドを後にしたのだった。
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