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「甘々恋愛夏季休業〜美緒編」(中)
written by 犬神長元坊



 日本で一番長い砂浜海岸はどこでしょう?

 その答は千葉県の九十九里浜である。(あくまでも「連続した砂浜海岸」のうちで最も長いという意味)シーワールドを後にした美緒と麟太郎は、歩くうちに自然に服が乾燥するに任せ、安房鴨川駅まで行くとそこから電車に乗った。目的地は九十九里浜の海水浴場の一つがある、下総は飯岡の地だ。
 天保水滸伝の「飯岡の助五郎」の出生地であり、古来良港を抱えて栄えた港町でもあり、ここにもよい海水浴場があるのだ。何でも麟太郎の中学時代の友人がここの海の家でバイトしており、昨夜たまたま電話したところ安くするから彼女連れて絶対に来いと言われたのだそうだ。
 安房鴨川からまずは大原へ。この間44分。その間に昼食を取る美緒と麟太郎であった。向こうの海の家で何か食べることを考慮し、安房鴨川駅に行く前にコンビニで買ったおにぎりだけである。
「あ、麟太郎君、おべんとついてる」
 美緒の辞書の「ためらい」の項目は現在墨ベタで塗りつぶされている。麟太郎の頬に唇を近づけるや、

 ぺろっ♪

「美緒ちゃん!?」
「えへへ、食べちゃった♪」
 麟太郎のほっぺについていたご飯粒を飲み込み、美緒は照れくさそうに笑った。隣の車両で鷲士があうあう言っているのを承知の上で。

「あ、あんなことを!!」
 叫びそうになる鷲士を雪人が背後からがっしと羽交い絞めにし、美月がその口をふさいでいる。
「親父、諦めなよ。美緒だっていつまでも子供じゃないんだからよ。それにあの程度で取り乱してどうするんだ」
「そうよ、お父さん。いつか、美緒だってこう白無垢かウェディングドレスに身を包んでさ、『父上、母上、お世話になりました。美緒はこの方と幸せになります』って家を出てくんだから」
 美月のセリフに鷲士の体から力が抜けた。
「そ、そうだね。美沙ちゃんだって結婚したし、いずれ美緒も──って、美緒はまだ中学生でしょ!!」
 がばとはね起きかける鷲士に、美貴様が横からがしっと掴みかかる。
「わたし達は小学生だったけど?」
「ああっ! そうだった……」
 再び沈んでいく鷲士。それを見ながら翔といちゃいちゃしていた美琴が嘆息して呟いた。
「見ていて飽きないな、この一家は」

 大原駅で一旦降りた美緒と麟太郎は、余裕を持って外房線快速へと乗り換えた。もちろん追跡者達も一緒だ。ちなみに追跡者一行の中に何時の間にかキェロツーと先○者マーク7軍団が加わって、目立つことこの上なくなっている。何でもシャチの水槽で大騒ぎになったためにその場でクビになったのだそうだ。さりとてやることが明日まで無いキェロツーは同行を申し出てきたというわけである。
「それにしても見ているこっちが恥ずかしくなりそうですねェ」
「まあね……。姉妹の中でも美貴母さんの性質が……特に恋愛面で強く引き継がれてるんじゃないかって言われるのが美緒だしね」
 キェロツーに応える美月の声を聞きつけた美花が、小さく首をかしげながら訊ねる。
「ねえねえ、美月姉さま、美花は?」
「美花は……例外かも……」
 美花はよく分からないながらも嬉しそうに腕の中の神威に「美花は例外だって〜♪」とか言って、神威に「そーか、よかったな」とぺしぺし肉球で肩を叩かれている。
 そうこうしているうちに列車は大網駅に到着。美緒達が降りるのを確認した一行も下車、全員JR東金線へ乗り換えた。それから18分ほど何事もなく、成東に到着。更に総武本線に乗り換えて30分。たどり着いた所は旭駅だった。

「ここからはどうするの?」
「バスだって。『飯岡荘前』で下車してくれって」
 昨夜の電話のメモを見ながら麟太郎が応える。よし、とバスに乗り込む美緒達に雪人たちはというと。
「よっしゃあ、また走るぜ、お前ら!」
「やめんか!!」
 ハリセンでつっこむ美月に雪人はべしゃ、と地に倒れ伏した。
「鷲矢なんかまだ小学1年生よ! 無茶はしないで頂戴」
「ちっ、バスがもう行っちまった。どうすれば」
 顔を上げるや美月の声がまったく耳に入っていなかった事がバレバレのセリフを吐く雪人に美月が再度ハリセンで突っ込んだその時。
「はーっはっはっはっは!! 君たち、誰かを忘れていませんかねェ!? この私がいるではないですか!! 先○者マーク7よおぉぉっ! あなた方の真価を見せる時です!! 変形プロセス3、バスに変身ですっ!!」
 キェロツーの馬鹿笑いと共に先○者マーク7は互いにスクラムを組み、変形合体を始めた。

 がこん、がこん、がちゃん、ばたん、ぎりぎりっ、はにゃらら、ぴんぽんぱんぽんっ、こばやしくんざぶとんぜんぶとんなさいっ……

「あ、相変わらず訳わかんない効果音を……」
 汗ジトで痛そうに額を押さえる美沙の前で、先○者マーク7軍団はバスの姿へと変形を完了していた。ただ、これに乗るのはかなりの勇気を要した。何しろ前面がまんま例の箱型の頭に適当に目鼻口をつけただけの先行者顔だったからだ。しかも骨組みだけなものだから走り出すと隙間から盛大に風が吹き込む事この上ない。
「何で俺までこんな馬鹿な事に付き合わされるんだ……」
 そんな事を漏らしながらしくしくと涙する幸貴であった。


「うわ……」
 麟太郎の中学時代の同級生だという木戸小五郎は言葉を失った。麟太郎に「彼女連れて来い」と確かに言ったが、ここまでの美少女とは全く想像もしていなかったのだ。
「コゴロー、こちらが草刈美緒ちゃん。その、僕のガールフレンドだよ。美緒ちゃん、こいつがさっき話した木戸小五郎。中学時代席が隣同士で、宿題を写しあったりした仲なんだ」
「はじめまして、草刈美緒です」
 にっこり微笑んでペコっとお辞儀する美緒に、小五郎もどぎまぎしながらようやくの思いで頭だけ下げた。何しろ美緒はただ立っているだけで魂を奪われそうになるほどの美少女なのだ。それが笑顔になったりすると破壊力抜群である。
「プシュー、ずいぶん懐かしいなロリポップ」
 不意に声を駆けられ、美緒は顔を上げた。小五郎の背後に長身の特徴の無い無表情な男が突っ立っている。海パンの上に小五郎がしているのと同じデザインのエプロン姿……明らかに小五郎と同じく海の家でバイトしているのに違いない。だが、そいつの体は明らかに人間のそれでは無かった。青味がかった金属で構成された体に、内部でカリカリ音を立てて回る原始的な歯車……明らかにミュージアム製のチューン・マンだ。
「それにしちゃ変じゃねーか? 前会った時より少なくとも30年は経ってるぜ。もしかしてアンタ、結城美沙の娘か何か?」
「草刈美緒よ、わたしは。美沙姉上を知っているの?」
 油断なく戦闘体勢を整える美緒に、青年の姿のチューン・マンははじめて苦笑いのような物を浮かべた。案外、人間味のある顔だった。
「何だ、そっくりだからてっきり──美沙は元気か? 今は……もうロリポップとは呼べねーだろーな……」
「もしかして……スプレイ? あんた」
「プシュー、なんだ俺の事知ってんのか」
 まーね、一瞬思い出せなかったけど美沙姉上が何度か思い出の一つだって子守唄代わりに聞かせてくださったことがあったからねと答える美緒に、スプレイも楽しそうに笑う。その様子を見ていた麟太郎はしばらく固まっていたが……はっと小五郎のほうを振り返る。
「ねえ、コゴロー。あのスプレイとかって人……人間じゃないんじゃ……」
「ん? 俺達以上に仕事はできるしあのルックスだろ? ビーチギャルズの人気の的でここの看板だぜ。なんか問題ある、りんちゃん?」
 能天気に応える小五郎に、何かが違うような気がして汗ジトの美緒と麟太郎だった。その時だ。
「ややっ!! そこにいるのはスプレイくんじゃあーりませんか!!」
「げっ!? 『ハイアート・マイスター』!?」
 猛然と駆けてきたキェロツーがスプレイに声を駆け、スプレイの方もとっさに戦闘体勢をとる。何しろスプレイがミュージアムを抜けた頃はキェロツーの元になった男、キェロ・クロックワークはまだミュージアムにいたからだ。とっさに警戒して当然だっただろう。
「安心なさい、スプレイくん。ミュージアムは既に瓦解しましたし、わたしはキェロの記憶の残滓でしかない……キェロツーと名乗るいちチューン・マンに過ぎませんよ。あなたと戦う気はありません」
 キェロツーは自らも歯車剥き出しの体をひょいっと示しながら笑いかけ、おかげでどうやらスプレイも安心したようだ。
「あれ、この人と顔見知り?」
「ええ、スプレイくんとの関係ですか。彼がチューン・マンになる時、キェロが開発中だった先行者ボディに組むかどうかコンベンションが行なわれましてね。研究が未完成だった事もあって先○者1号となる栄誉を逃したのですよ、彼は」
 そ、それはスプレイくんにとって幸いだったかもと汗ジトになる美緒と、陰から見守る美沙達であった。


 そんな事をやっている間に……。そこに近づく者がいた。ある意味美緒達にも縁の深い者だ。『彼』は呟いた。
『久しい波動だ……。久々に暴れるとしようかの……』


「じゃ、わたし水着に着替えてくるね♪」
 スプレイに改めて先○者ボディに変えないかと詰め寄り、ある意味一触即発状態のキェロツーを無視し、美緒は麟太郎と小五郎にペコっとお辞儀してから女性用更衣室へと小走りに消えた。ドキドキする。夏休みに入る前に絶対に麟太郎くんと泳ぐんだと決めて買っておいた水着を着る時が来たのだ。
 スポーティなツーピース水着。色は大好きなシャチにあわせて、背中側が黒で腹側が白という構成だ。翼のことを考慮して(何があるか分からないので)肩甲骨の辺りが完全に露出する作りである。
「麟太郎くん! えへ、どお?」
 水着に着替えた美緒は、最初の席へと頬を紅潮させて歩いていった。その姿に周りからほお、と声があがる。びっくりして見回してみると周りはみな麟太郎と同じくらいの年頃の人ばかり、男性陣は皆完璧に心を奪われた様子で、彼女持ちは全員その彼女につねられている。
「美緒ちゃんはじめまして♪ わたし、近藤勇仔。実はね、今回のことはわたしが仕組んだのよ」
 やはり麟太郎と同い年と見える少女が笑顔と共に話し掛けてきた。彼女の話によると、麟太郎にガールフレンドができたという話は元級友達全員が知っていたのだそうだ。そこでその相手の顔を拝んでやろう……ということで美緒達を誘い出したのだとか。
 はじめ麟太郎のもとクラスメート全員がいる(しかも担任まで)というのには驚いたが、すぐに打ち解けた。何しろ近藤勇仔というこの少女、さっぱりした性格で好意が持てたのだ。正義感も強く、中学時代『新鮮組』なる自警組織を率いていたのだとか。そこもドーラや紗慧とつるんで『SURT』の活動をしている美緒に合っていたのかも知れない。
 記念写真を撮ったり、焼きそばを食べたりおしゃべりしたりしているうちに、何時の間にか美緒は彼らの小さな女王様といったおもむきで溶け込んでいた。

「そうだ、せっかく海に来たんだから泳いでいったら?」
 やはりかつて新鮮組のメンバーの一人だった、ちょっとオカマっぽい武田やなぎ──女物の競泳水着を着ていて、なぜか似合っている──が美緒に声をかけたのは、麟太郎も水着に着替えて出てきたその時だった。そうね、と笑い返して麟太郎を見た美緒は言葉を失った。
 麟太郎はやはり麟太郎だった。面積のあまり広くない水着を着て、上にはTシャツを着ているものだから女の子と間違われても無理なさそうだ。その証拠にさっきから武田やなぎの鼻息が荒い。これ以上ややこしくなる前に泳ぎに連れ出したほうが良さそうだ。
「麟太郎くん、泳ご!!」
「あ、美緒ちゃん? ちょ、ちょっと待って」
 手を引っ張られた麟太郎は慌てて美緒を止めようとした。Tシャツが濡れちゃう──その麟太郎の悲鳴も美緒は聞こえない振りをして、そのまんま海へとざぶざぶ入っていってしまう。
「もう、美緒ちゃん。ちゃんと準備体操しなきゃ──うわっ!?」
 背後から小五郎や勇仔たちに「いっけぇ〜!!」と押しまくられて、麟太郎は美緒のそばで盛大に潮をかぶった。
「もう、濡れちゃったじゃないか」
 苦笑する麟太郎から美緒は目を離せない。濡れた白いTシャツがぴたりと彼の繊細な肌に張りついて皮膚の色合いを浮き上がらせている。その様子が本物の女の子以上に色っぽい。心臓の鼓動が確実に跳ね上がったのを感じながら、美緒は内心ぺろりと舌なめずりした。
「フフ、麟太郎くん……♪」
 自分の腰に手をやり、水の中で布切れをぺろりと脱ぎ去る美緒。くすくす笑いながら彼の手の中にそれを押し付けると、麟太郎の顔がぼっと真っ赤になり、事態に気づいた小五郎と勇仔が唖然と二人を見つめている。その間にも美緒の下半身は変形していた。はじめは足の先が魚のひれ状になっていた。これはいづなたちにも見られる変身の仕方だ。だが美緒はスイッチを……『天使としての自分』のスイッチを入れることで、更にもう一段階変身できた。

 かちり。

 スイッチの入る音が、美緒の心の中で響く。とたんに不思議な感触が下半身から襲い掛かり、美緒はふふっと微笑った。脚が瞬時にして退化し、体内に吸い込まれて消える。と同時に尾底骨が一瞬しびれるように甘い感触と共に震え、周りの肉もろとも長くにゅるると伸びた。腰から連続した強靭な筋肉が構成され、完全に境目の分からない先細りの尾の先端に、横に美しいアーチを描くひれが形成される。腹側は白く背中側は黒い。今や美緒の下半身はシャチのそれと同じ姿になっていた。
 変身を完了させるやにっと笑い、麟太郎にしがみついて美緒は一気に潜った。今の美緒の下半身は完全に背骨の延長で、関節の数が多い割に太くて強靭、しかも脚よりはるかに強靭な筋肉で覆われているから、瞬時にして海水浴場を飛び出すことができる。別にテレポートしてもよかったのだが、それよりはこの水を掻き分けて素早く泳ぐ快感を麟太郎にも味わって欲しかったのだ。
「ど、どこ!?」
 一瞬にして姿の消えた二人に驚き慌て、小五郎や勇仔が探し回る間に、二人は飯岡灯台の立つ岩場の影まで泳ぎ去っていた。
「み、美緒ちゃん……」
「えへ、驚いた? これがあたしの人魚形態よ。前話した事があったでしょ、天使と人魚は本来同じモノだって」
 うん、びっくりしたと正直に頷く麟太郎に、美緒はシャチの下半身そのものになった姿を岩の上に載せて、ほら、見てと声をかける。
「結城の力と九頭竜、天使の力を融合させた影響かね、他の人魚は脚がひれに変化するだけなんだけどわたしの場合は逆に脚が退化して、下半身全体がこうなるの。どうやらこの中には尾の骨にあたるものがあるらしいわ」
 触ってみる? と訊くと、麟太郎は目を輝かせ、おずおずと手を伸ばしてくる。美緒の感覚にしてみればこの下半身はちょうどお尻が長く伸びている状態なのだ。慎重に触れてくる麟太郎に美緒は感じてすっかりソノ気になってしまっていた。
「ほら、肝心な部分がこんな所に♪」
「あ、ほんとだ……」
 美緒はシャチ形態を保ったまま麟太郎を手招きした。彼が顔を寄せてくるとその首に手を回し、強引に引き寄せて唇を奪う。今度こそ誰にも邪魔されずに、ゆっくりとフレンチ・キッスを味わうことができた。
「ここまで秘密を晒したんだから……。麟太郎くん、ここで……ね?」
 紅くなって言う美緒に、麟太郎もまた紅くなって頷き返す。彼の手がシャチ形態の美緒の下半身に近づいていって……。


「……駄目ですね。美緒達を完全に見失いました」
 樫緒がため息と共に呟く。
「樫緒の世界でも駄目なの?」
「ええ。美緒はどうやら僕たちを完全に巻くために、わざと辺り一帯に自分の「力」を振りまいていったようです。これがちょうどジャミングの効果を発揮し、僕の視線を一時的に塞ぎました。その間に麟太郎くんともども逃走したみたいですね」
 樫緒の応えに美沙もあっちゃーと顔をしかめる。
「美緒が本気で逃げ出すと誰にも追い付けないからねえ。とりあえず叢雲3号機で探してるけど、あの子は人工衛星の目くらい余裕で欺いちゃうからな〜」
 頭をかく美沙の足元では鷲士が完全に肩を落としてはらはらと落涙していた。
「ああっ、美緒ちゃんが、美緒ちゃんが男の毒牙に」
「ナニを今更」
 ぼそっと呟いたのは美月だ。
「あそこまでとろとろ甘々なカップルよ。それに美緒はわたし達姉妹の中でも特にお母さんの性質を……特に恋愛方面で強く引き継いでいるみたいなのよ。そしてお母さんは……」
「そう、わたしと樫緒を小学生にして製造しちゃうような人だったのよね〜。その娘よ、美緒は。これくらい予測の範囲内よ、おとーさん? それに多分最初に誘ったのは美緒の方だと思うな……。おとーさん、身に覚えあるでしょ?」
 美沙までが追い討ちをかけるように言うと、鷲士は急にすくっと立ち上がった。その目が奇妙に笑っていない。
「美緒が帰ったら……説教です! だって美貴ちゃんはそれで凄く苦労したんじゃないか! そこから学ばねばならないのに……。久々に左竜伏陣と右竜張掌でおしおきします!!」
 げ、あれを使う気!? 美沙は顔をしかめた。瞬時にして相手を自分の膝の上にうつ伏せに横たえ、気を込めた張り手を尻に加えるおしおき技である(資料室内SS「剣の舞」参照)。だが、鷲士の腕をデート状態ということで浮かれている美貴が強引に取って引きずりだした。
「さあ、しゅーじ!! かき氷を一緒に食べよう!! 麟太郎くんの級友だったって子が安くサービスしてくれるってさ!」
「え、み、美貴ちゃん!? 僕は美緒におしおきを」
「鷲士……。わたしとかき氷食べたくないのか?」
「い、いや、そんな」
「しゅーくん……わたしの事、キライ?」
 出た。美沙達は笑いを堪えるのに必死だった。案の定、
「まっさか〜。そんなこと無いよ、うん、分かった。かき氷食べようね♪」
「な〜いすふぉろー、おかーさん」
 にっと笑って振り返り親指を立てて見せる美貴の姿に、小声で応えながら思わず手を打ち合わせる美沙と美月だった。


 ごぼり。

 泡が、たつ。深海の……光も届かぬ狭間。そこからゆらりと這い出る巨大な影がある。
 腕は熊、頭はタコ、全身を鎧のようなウロコに覆われ、背中にはコウモリの翼を持つ、途方も無く巨大な存在。ある意味草刈の一族とも縁の深い彼を呼ぶ名は数多い。アーカムと呼ばれる謎の街では彼を「クトゥルー」と呼ぶらしい。「深海に原始より眠りし支配者」と呼ぶ向きもある。彼を、鷲士は、九頭竜の継承者達はこう呼んでいた。すなわち、流派の始祖たる「九頭竜」と……。
 今、彼は永い眠りから目覚め、地上を目指していた。懐かしい波動を感じたからだ。
『久々に』
 九頭竜の思念があたりを大きく揺るがす。だが、残念ながらまだ陸地から遠く、そのざわめきは届かない。それでも鷲士達は異様な気配を感じて思わず立ち上がっていた。そこへ、二つ目の思念波が放たれた。
『楽しめそうだ』
 九頭竜は一気に浮上した。宙に舞い上がった彼は、鋭敏な感覚で……発生した津波を防ぐ『存在』を感じ取った。九頭竜は笑い、思念を送る。彼の眷属たちに命令を下す思念を。
『戦え』
 それだけだった。


「ねエ、あれ、何!?」
 ドーラの声に振り返った紗慧と梓は言葉を失った。
 壁だ。
 正確に言うと、海の彼方から白い壁のような物が迫ってきているのだ。こんな所でこんな物といえば、壁の正体は一つしかあるまい。
「津波よ!!」
「馬鹿な、今現在どこにも地震は発生していません!!」
 ちょうどラジオに耳を傾けながら冬花の膝枕で横になっていた樫緒が跳ね起きながら叫んだ。しかし現に、津波は恐ろしい勢いで迫りつつあった。
「ひ、避難を!! 高い所へ逃げなくては!!」
「でも……!! 高い所ってどこへ!?」
 思わず叫んだ鷲士を美貴の声がさえぎる。鷲士は青ざめた。そうだ、ここは千葉県の九十九里浜。すぐ近くの高い所なんてありはしなかった。せいぜいが高い建物の屋上といったところか。しかしあの津波は15メートル以上にはなりそうだった。
「ここは僕達が!!」
 叫ぶ樫緒。と同時に、とうとう泳いでいた人たちのすぐ目の前にまで迫っていた津波が何か壁にぶち当たったように砕ける。そこに青白い火花が……樫緒が「力」で壁を作って跳ね返したのだ。
「やった!」
 美貴が叫んだが、しかし樫緒の顔色は優れない。
「まだまだです。第2波、3波が近づいてきている。全力を尽くしますが、支えきれるかどうか」
「大丈夫!!」
 叫んだのは美月だ。
「何のために兄弟姉妹がいると思っているの!? わたしだって!!」
「美花も手伝う〜!」
 更に愁、沙貴、美魚も「力」を展開した。完全に日本の沿岸部をカバーした「力」の壁は、完璧に津波を跳ね返していく。よし、と誰もが思った時だ。
「……来る」
 麟太郎の元級友の一人で、何時の間にか美花と友達になっていた総美の声と共に空から何かが降ってくる。軟体動物のような、甲殻類のような──一言で言えば、旧世界の支配者達のような生物群だ。そして彼らが放っているのは、明確な──殺意。
「くっ!」
 樫緒が「力」をコントロールして美花に襲い掛かった一体を塵も残さず吹き飛ばしたが、しかし数が多い。樫緒自身も狙われたその時、彼はちょうど美月に襲い掛かった一体を片付けている所だった。樫緒はまだ気づいていない。そのオーム貝にカニのハサミと脚が付いたような奇妙な生き物……ただし、相当でかい……が樫緒に触手とハサミを伸ばして……
「危ねえ、兄貴!!」
 横から飛び出した雪人が右竜徹陣で怪生物を粉砕した。
「雪人……!!」
「ああ、安心してくれ、兄貴! 化物どもは俺たちに任せるんだ!」
 雪人だけではない。悠も最近発明したばかりの新兵器を試そうといそいそと準備していたし、ルナリムもシザーハンズや笛で戦いの準備をすすめている。翔と美琴も互いにかばいあいながら戦っていたし、もちろん我らが草刈鷲士はすでに数体を片付けて美貴の歓声を受けていた。
 総美の刀(どこに隠し持っていたのだろう?)が、ドーラの鞭が、紗慧の鋼線が、梓の八岐大蛇化した草薙剣が、冬花の天之尾羽張が振るわれるたびに怪物どもの残骸が散らばる。不毛な戦いをやめて参戦したスプレイの強引な手刀が化物を寸断し、キェロツーの号令のもと、いっせいに股間のプラマダッターを発射、敵をいっぺんに吹っ飛ばす先○者マーク7軍団。こいつらは敵に回すと違う意味で凄く厄介だったが、味方にすると案外頼もしい。その乱戦のさなか、愁があれ?と首をかしげた。
「何でだろう……? 力が、尽きない」
「お前もか?」
 雪人の声に頷く愁。彼は最近九頭竜を習い始めたばかりだ。その愁ですら、こうだ。雪人に至ってはいつも以上に激しく戦っても限界が無いような気がしている。
「この感じ、僕は知っている。……神の一人と戦った時もこんな感じだった。何でも神や仙人といった強大な存在が現れる時は、まわり一帯の気の流れが強くなり、九頭竜の使い手はその気の流れを吸収しながら戦うことができる……つまり九頭竜は神を相手にする時自動的に強くなるようになっているんだ」
 鷲士が語る。その声に雪人ははっと気づいたように叫んだ。
「じゃあ、何かよ親父!? 今、神に匹敵する奴が近づいてきてるって事か!?」


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