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「甘々恋愛夏季休業〜美緒編」(下)
written by 犬神長元坊



 『彼』は感じていた。
 恐るべき力を秘めた者たちの存在を。
 その力は『彼』の力からすれば微々たる物だったが、しかしこの地上においては無視できない強さだった。
『どうやら』
 『彼』────九頭竜は微笑った。
『思った以上に楽しめそうだ──我が力を受け継ぐ者どもよ──我を楽しませよ』

「神に匹敵するモノが近づいてきている!?」
 いきなり襲い掛かってきた九頭竜の眷属を左竜雷掌で粉砕しながら虎雄が叫んだ。
「うん、そうとしか考えられない」
「ちょっと待てよ親父──親父が戦った『神』ってあれだろ? 阿修羅とかいう」
 雪人の声に鷲士はそうだ、とエビだかカニだか分からない奴を砕きながら応える。
「で、その時と同じなのか?」
「ん……ちょっと違うかな……。もっと強くなっているような気がする。あの時も自分が自分でなくなったような気がしたものだけど、あの時の比じゃない」
「てぇことは」
 雪人の額に汗が一粒。
「阿修羅よりはるかに強いって事か、今近づいてきている奴」
「そうなるね」
 雪人はまた近づいてきた粘液状の怪生物に左竜雷掌をたたきつけて沈黙させてから……不意に叫んだ。
「何でこういう事態になるんだあぁっ!?」
「草刈家に生まれた身の不運ってところかしら」
 妙に冷静な声で美月。その向こうで美花が津波を弾き返しながら、
「……来たみたいよぉ」
 美花の声に振り返った一同、絶句。そこには何時の間にか……山にも匹敵する巨大なモノがいた。
「頭がタコで」
 呆然と美月が呟くのを受けて愁が続ける。
「腕は熊……」
「竜のようなウロコに覆われてて?」
 翔が汗ジトで呟くと、雪人が嘆息と共に締めた。
「背中にコウモリの翼……。九頭竜……かよ……」

 少々時間はさかのぼる。美緒は麟太郎と共に海中にいた。美緒の下半身は今シャチだったが、エラもまた持っている。だから水中でも呼吸が可能である。それを利用して、鼻から水を吸い酸素を漉し取って、自分が吸った後その息を今度は麟太郎に唇で渡すという方法をとっていた。だからはじめのうちはずっと唇を重ね合わせていたが、慣れてくると時々口付けあう程度で済むようになっていた。
「麟太郎くん、凄かった……」
「美緒ちゃんこそ」
 水中でも会話は可能だ。二人は息をやり取りしながら、しっかり抱き合って互いの肉体を感じながら話までしていた。
「本当に水中でなんて初めてだったけど……。凄くよかったよ」
 麟太郎の応えに美緒はくすっと笑った。体内で麟太郎が未だに元気なのを感じ、彼女はほとんど無意識にそこに力をこめながら囁く。
「ね、もう一回……」
「美緒ちゃんたら……」
 美緒は愛しい少年の体をきゅっと抱き返しながらふと思った。
 美緒と麟太郎の寿命はあまりにも違いすぎる。天使である美緒はほとんど半永久的に生きることになるだろう。かつてのココリスがそうで、これからもそうであるように。それはとりもなおさず、麟太郎との別れが来ることをも意味する。
 もちろん普通の人間であっても別れはある。必ず。しかし美緒の場合、更にその後、途方も無い年月を生きることになるのだ。すると麟太郎と愛しあった全てが、はるかな過去になるのだ……いずれ。色あせて、小さな小さなゴミにも斉しいものになってしまう。
 そうなった時、思い出せるのだろうか……。彼の事を。記憶というものは万全ではない。忘却という機能が備わっているからこそ、膨大な情報を処理できるのだ。数万年後、わずか数十年間の事を思い出せるだろうか?
 ココリス様は『大切な思い出、心に残る思い出ならば、今でも思い出せる』とおっしゃっていたけれど。では忘れないように麟太郎くんの全てをこの体に刻み付けて欲しい。もっと深く! もっと……激しく!!
 2ラウンド開始。二人の息はぴったりだ。とても初体験がついこの間だったなどと信じられないほどだ。実はそれもこれも美緒が九頭竜を学んでいたお陰である。九頭竜は気の流れを完璧にコントロールする。そしてそれはこういう場合でも同じなのであった。
「い、いくよ美緒ちゃん」
「来て、麟太郎くん!」
 もう少し! 開放の時目指してラストスパート……その時だ。
「!?」
 膨大な、力。圧倒的なエネルギーの流れがあっという間に二人を飲み込んだ。周りの海水が瞬時に荒れ狂う嵐となって、二人を木の葉のように翻弄する。これではとてもいちゃついているどころではない。
「み、美緒ちゃ……」
「麟太郎くん!?」
 九頭竜に加えて来訪者の力、天使の力を受け継ぐ美緒は兎も角、生身の麟太郎にこれはきつかったらしく、すこんと気を失っている。一目で麟太郎の生命には危険ないと分かったものの、美緒の心の中には凄まじいほどの炎の嵐が吹き荒れていた。

「な、なんという強さです」
 樫緒が絶句した。無理も無い。それくらい九頭竜は無茶苦茶な強さを誇っていた。
 まず体が途方もなくでかい。今の尺に直すと全長50キロとかいう話だったが、事実誇張でなしにそれくらいはある。したがっていくら強化されているとはいえ鷲士や虎雄、雪人たちの右竜徹陣でも皮膚を破ったかどうかという程度にしかならない。
 樫緒ももちろん戦った。「樫緒の世界」──姉にそう命名された「力」を炸裂させる。九頭竜の体内を探り心臓を破壊しようと図ったが、なんとそれを読んだ九頭竜が「気」を操ってその力そのものを弾き返してしまったのだ。
 そこで今度は美月、美花、愁、沙貴、美魚に手伝わせ、鷲士、虎雄、雪人に「力」を送り込み、相乗効果を狙った。言わば美緒がスイッチ切り替えでやってのける「力」と九頭竜の融合を外部から強制的に起こしてみる事にしたのだ。今度は上手くいった。鷲士たちの同時に放った右竜徹陣が、九頭竜の胸のあたりに大きな穴をうがったのである。だが。その大穴もすぐに再生してしまったのだ。
 樫緒が絶句するのも無理はなかった……。
「何諦めてんのよ!! 九頭竜つったって所詮はでっかいだけの奴じゃん!! 草薙1、2、3号機全部からの攻撃!! レーザー、紫外線ビーム、荷電粒子砲の一斉攻撃で余裕だニャン!」
「俺も忘れるなよ!! このスイッチを押せば、八尺瓊(悠が打ち上げた衛星。「やさかに」と読む)から中性子ビームの連続照射が行くぜ!!」
 美沙と悠、母息子の
「ポチッとな〜〜!!」
 という声と同時に上空から凄まじいほどの光の嵐が降り注いだ。あのガタイである、外す方がかえって難しい。九頭竜は光の暴風の中に消えていった。
「やりいいいぃぃっ!!」
「まー、ざっとこんなもんでしょー。所詮はでくの坊、最新の科学には敵わないわよね」
 悠と美沙が勝利を確信してガッツポーズを取るその背後では出遅れたキェロツーがしくしくと涙していた。実は彼も先○者衛星のスイッチを押そうとしていたところだったのである。
 だが。
『ふむ、こんなものか』
「嘘……」
 美沙達、絶句。あれだけの攻撃を連続で加えたというのに、九頭竜はまるで堪えた風が無かったのである。瞬時にして損傷した肉体が再生し、元通りになるに及んで美沙もさすがに声を失ってへたり込んだ。
「キェロツー、何かないの!?」
「たった今押そうとして忘れ去られた先○者衛星のブラマダッターなら。しかし、あれだけの攻撃を食らって平然としているような奴に効くかどうか……」
 さしものキェロツーも青ざめている。その後も冬花が島も断ち切る天之尾羽張を試したり、梓が八岐大蛇をけしかけたりしたが、いずれも九頭竜でたらめな力と再生力の前に敗れ去った。
「こうなれば、都ちゃん!!」
 鷲士の声に焼きそばを頬張ったまま、なぜかスクール水着姿で都が飛び出してきた。
「君の力を貸してくれ!」
「はいっ!!」
 焼きそばをごっくんと飲み込みながら応える都の股間に鷲士が手を伸ばし──当然ながら美貴様が爆発。
「こら────っ!! しゅーじ、ナニを始める気だ、こんな時にっ!!」
「あたた、美貴ちゃん、ローリングソバットはやめて! だってこうしないと都ちゃん装着できないんだから」
「そうよ、あなたは引き下がってなさいよ、お・ば・さ・ん?」
 よせばいいのに都が初めて会った時と変わらない姿で笑う。一方美貴はまるで美貌が衰えてないとは言えさすがに白髪が出てきていることもあり「きいいぃぃっ!!」と今にも掴みかからんばかりの形相だ。
 そんな鷲士達を微笑みながら(タコの頭でどうやって微笑んでいたのかものすごく不明だが)見やっていた九頭竜だったが、顔面に引っかき傷、頭にはマンガのようなでかいタンコブを作りながらも鷲士が片手に経津御霊剣を構えたのを見て身しろぎした。
『ほう、装着者の意志のままに万物を斬る神剣か。そういえばさすがにそれで斬られた記憶はないな。だが、この我を斬れるかな?』
「試してみるか!?」
 空中に階段を想定し、一気に駆け上がる鷲士。あっという間に九頭竜の上空へと舞い上がり、光ともまた違う純粋な「刃」を展開した経津御霊剣を大上段に構える! それに対し九頭竜もまた迎撃を加えようと身構えたその時だ。

 げしぃっ!!

 鷲士が横合いから吹っ飛ばされ、あ〜れ〜と海へと落下する。さすがに呆然として九頭竜は目の前に現れた「それ」に声をかけた。
『今のは……汝の父ではないのか?』
「ええ、そーよ、わたしの父上よ。でもね、今は父上の出る幕じゃないの。何故ならあんたは今すぐにわたしの拳でくたばるからよ!」
 右手の親指を立て、首をかき斬るモーションをしてから更に親指を下に向けて『地獄に堕ちな!!』というポーズを取る美緒(ちなみに人の形に戻り、水着も付け直している)に、更に戸惑った風で九頭竜が訊ねる。
『ええと……今凄く不思議なのだが』
「何よ!?」
『汝は今かなり怒っているな? それも怒り心頭といった風だが』
「そうよ。何、理由が知りたいわけ!?」
 こくりと頷く九頭竜に、美緒は唇をゆがめて言い放った。それでもその美貌が全く崩れていないのだからかえって恐ろしい。
「麟太郎くんとの2戦目、わたしいけなかったのよ!! しかも麟太郎くん気を失っちゃうし!! 昔から言うでしょ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねって!!」
 唖然、呆然。九頭竜だけで無く、ようやく海面に顔を出した鷲士も、海岸で見守っていた家族達も、急に現れた美緒に「麟太郎くんをお願い」と押し付けられた小五郎たちもみんな目が点になって口を馬鹿みたいに開けて呆然自失。
 しかし美緒は本気だった。充分に万死に値する行為だと考えていた。したがって九頭竜ともタイマンを張る気でいる。心の中のスイッチは既に二つとも開放状態。背中に光と共に6対12枚の翼が広がり、そして凄まじいほどのエネルギーと共に美緒を包む透明な気の固まりが目の前の九頭竜とそっくりな大きさ、形になっていった。

 後に「千葉沖大怪獣総決戦」の名で映画にもなった未曾有の戦いが始まった。

「手加減無しでいくわよ」
『望むところ』
 美緒はすっと身を低くして、脚を大きく踏ん張るようにする九頭竜独特の構えを取った。それに連動し、まったく同じ構えを取る、美緒のまとった気の塊を見、聞き、全身で感じながら九頭竜は油断なく構えて……先制攻撃。手加減は出来ない。少しでも手加減しようものなら、痛い目を見るだろう。それを理屈でなしに本能で感じ、九頭竜は鷲士たちの言うところの右竜徹陣を繰り出した。
 だが美緒は更に低く構え、左手をすっと下のほうへと伸ばす。ちょうど美緒の九頭竜の左手が、海面に触れていた。九頭竜が相手の意図に気づいた時にはもう遅し。そこを出発点にして、九頭竜のいる海面一帯が光ったかと思うと、ホワイトアウト────真っ白な光る闇としか言いようの無い光景が生まれ、真下から圧倒的なエネルギーを浴びて九頭竜の巨体が一気に1万メートル以上高空へと吹き飛ばされる。

 九頭・地竜覆海(ちりゅうふくかい)

 美緒のオリジナル技の一つである。スイッチ二つ同時切り替え状態の美緒は、右竜を「天竜」左竜を「地竜」と呼び、オリジナルのかなり強力な技をいくつか持っているのだが、これもそのうちの一つだ。
 本来の九頭竜でいうところの左竜雷掌に相当し、本来は相手の体内に結城の力や天使の力を融合させることで核爆発にも匹敵するエネルギー量にまで高められた高圧電流を流し、原子の塵になるまで分解してしまう技である。それを海面に向けて放つとどうなるか。もちろん数キロメートルにわたる海域の相当深い所に至るまで、瞬時にして気化してしまう。その際に発生する水蒸気爆発は核兵器の炸裂にも比肩しうる規模になる! これこそが「海を覆す一撃」────地竜覆海のネーミングの由縁である。
 それだけではない。美緒は意図的に「力」を円筒状に張り巡らすことで気化する海域の周りを保護した。結果、周りに放射されるはずだったエネルギーは逃げ場を失い、唯一の逃げ場である上空へと殺到した。結果的に九頭竜は、地竜覆海で発生した破壊のエネルギーの大半を食らうことになったのである。
『な、何たる力……っ!! 考えを改めねばならぬっ!! 手加減したら痛い目を見るどころではない!! 確実に……死ぬ!』
 誕生からこれまで如何なる相手もねじ伏せ斃してきた九頭竜だったが、今生まれて初めて死を感じていた。そこには激しい戦慄があった。恐怖感、畏れ……怖さ……全てが初めて感じる感情であった。────悪くない。何より、歓喜を感じる。ここまで楽しめるとは!
 ようやく体勢を整えなおした九頭竜は────圧倒的な質量ゆえに立て直しに少し時間を取られたのだが、それすら普通の人間にすればとてつもなく早く終わったように見えたことだろう────急いであの娘……美緒を探した。だが、ほんの数瞬の隙が既に命取りになるとは。
 美緒は既に右手に力を集中して飛んでいた。そのまま転移────ようやく体勢を整えた九頭竜の真下から、その体をぶち破るかというくらいの勢いでぶちかます。
『ごほおぉっ!!??』
 生まれて初めて鳩尾に強烈な一撃を食らい、内臓をシェイクされる気分を味わいながら、右拳を先端に矢じりのようになってめり込んだ美緒ともども成層圏も越えて、地上約10万メートル────中間圏にまで達していた。オーロラが発生したりする空域真っ只中だ。

 九頭・天竜混天(てんりゅうこんてん)

 「天を混乱に陥れる一撃」その名のままに九頭竜を吹き飛ばし、美緒は素早く転移。今度は九頭竜を大地に叩きつけようと彼の背後に出現する。
『甘いっ!!』
 突然九頭竜の頭部から何本もの触手が伸びる。美緒の半透明な「気の九頭竜」を易々と破りながら、美緒本体を目指して触手が殺到したのだ。その先端がいずれも気の輝きを持って、掴みざまに気や高圧電流を流すつもりであることを如実に物語っている。ほんの数瞬で事は終わった。美緒の本体は触手の中に埋もれ、常人なら千回は死んでいるような量の暴力的な気と高圧電流を浴びせられていた。
『ふう、楽しませてもらったぞ』
「よかったわ、楽しんでくれて」
 九頭竜は何、と目を剥いた。たった今触手で絡め獲り、斃した筈の相手が背中に張り付いているではないか!
「でもまだまだよ。あんたがぶっ倒れるまでね!! もっと……楽しみなよ!! さあ、逝こうじゃないのォ!!」
 美緒の右拳が天竜混天に匹敵する輝きを放っている。その時になってようやく九頭竜も自分が捉えたのは美緒がとっさに転移しつつ残した気の固まりに過ぎないことに気づいていたが、時は既に遅し。

 九頭・天竜斉天(てんりゅうせいてん)

 「天に斉(ひと)しい一撃」を加えられ、九頭竜は10万メートルの高空から地上めがけてまっ逆さまに────自由落下という言葉が甘美に思えるほどの勢いで落ちていった。


 空の一点が急にきらりと光ったと思った時には、千葉の沖合い……少なくとも100キロメートルは離れているだろうか……に天から柱が立ったのかと思う程の勢いで何かが叩きつけられた。
「くっ!! 急いで障壁を張らねば!!」
 かろうじて『隕石衝突』という言葉を思い浮かべた樫緒が爆発点を中心にとっさに障壁を張り巡らせ、美月、美花たちが慌てて続く。皆額に浮かぶ汗がものすごい量になっている。無理もあるまい。核爆発も問題にならないほどの、天文学的な破壊エネルギーを封じ込めようとしているのだ。消耗が激しくて当然だった。
 駄目だ。向こうのエネルギーが圧倒的過ぎる。障壁が、破られる!! 樫緒が言葉を飲み込んだその時、背中に温かい物が押し付けられ、何かが体の中に流れ込んできた。それは力。萎えかけた気力を奮い起こし、再び「力」を発揮できるだけの量の「気」だった。
「樫緒くん!! 僕の気を受け取ってくれ!!」
「お父……さん?」
「今僕たちは九頭竜出現の影響で力が底無しになっている。これを君たちに分ければ、ちょうどいいんじゃないか……?」
 言いながら鷲士は今度は美月の背後に回り、その背中に左手を当てて気を流し込む。その次は美花だ。その時にはなるほど! と雪人や虎雄たちも皆樫緒たちに気を分け与えに走り回りだした。
「か、樫緒たちばっかり……!! しゅーじ、わたしにもくれないか……!?」
「おかーさん、今どういう状況か分かってて言ってるの……?」
 汗ジトでつっこむ美沙。答は────無論分かってはいるが鷲士がからむと見えなくなる、だった。

 草刈一家全員が沿岸防備にあたるのを横目に、海水が元に戻っていこうとする中から空中に一気に飛びだした九頭竜は、再び転移して来た美緒と対峙した。
『やるな!! ここまで心高ぶるは……生まれて初めてよ!!』
「そう、よかったわね。よかったところで……引導を渡してやるッ!! 征くよォッ!!」 

 九頭・天竜平天(てんりゅうへいてん)

 美緒が放った「天をも平らげる一撃」は海を割り、大量の海水を逆巻きあがらせて九頭竜へと襲い掛かった。だが九頭竜もさるもの、その時には既に迎撃体勢を整えている。

 九頭・右竜徹陣

 右竜徹陣とはいえスケールが恐ろしく違う。何しろ全長500キロはある巨体から放たれるのだ。その総エネルギー量たるやおして知るべし。少なくとも美緒は身をもってその凄まじさを味わう羽目になった。
 天竜平天と右竜徹陣が真正面から衝突した。巻き起こった爆音はあまりにも大きく、さしもの美緒も一瞬気が遠くなりかけた。ちなみに人間が耐えられる音の大きさの限界はおよそ130デシベル(飛行機の爆音を至近距離から聞いた程度)ほどとされており、それ以上の音を聞かされると気絶するといわれている。もちろん美緒は体からして常人のモノではないのでもっと大きな音でも耐えられるのだが、それでも凄まじい音には違いなかった。
「……っ!! こんなに、凄かったんだ!! わたしも、九頭竜も……っ!!」
『我も今驚いておる! お前の強さ、我の強さ……ここまでであったとはな……』
 美緒と九頭竜のちょうど中間で「力」が拮抗し、そして弾けた。その時には既に互いに次の一手に移っている。
『参る!』
「たああっ!!」
 今度は九頭竜の方から仕掛けた。九頭・左竜尖刀だ。それを美緒が捌く。九頭・左竜輪剄。スイッチ二つ同時切り替え状態でも、ちゃんと右竜や左竜の技だって使えるのである。だが九頭竜はあさっての方向へと回転させられるのに逆らわずに自ら体をひねり、美緒の死角から強烈な一撃を見舞った。

 九頭・右竜翔扇

「きゃああっ!?」
 思わぬ一撃に美緒はバランスを崩し、宙に舞った。だが九頭竜の攻撃は止まらない。すばやく天空に坂になった回廊を想定して駆け上がるや、そこから美緒に向かって右竜徹陣を仕掛ける!
『もらった!!』
「きゃああああああっ!!」
 素早く転移をかけながらガードしたものの、かなりの量のエネルギーを真正面から浴びて美緒は吹っ飛んだ。そこへ更に九頭竜の追撃が襲い掛かる。
「っ!!」
『むおっ!?』
 バランスを崩し、回転しながら吹っ飛んでいるだけと見えた美緒だったが、九頭竜の突進に合わせて両足を交差させた。それに呼応して美緒のまとう「気」の両足が九頭竜をがっきと捉え、すばやく首を極めてひねりながら投げ飛ばす!

 九頭・天地竜移山(てんちりゅういざん)

 『山を移す一撃』。練習中に文字通り巨大な山そのものを投げ飛ばしてしまったことから命名された技で、九頭双竜・顎に相当する。
『大したものよ……。ここらで勝負を決めぬか』
「望むところよ!」
 すぐに起き上がり、提案する九頭竜に美緒も即答する。互いに構えを取り、鷲士達がはらはらと見守る中、圧倒的なエネルギーとエネルギーが激突する────

 九頭双竜・剛覇

 九頭・天地竜杞憂

 両手を組み合わせ、左右双方の力を併せた一撃を加える技────九頭竜も美緒も同時に同じような技を放っていた。凄まじい閃光と共に衝撃波が吹き荒れて、障壁を張る樫緒たちもヒヤッとするほどであったが、幸い障壁は破られずに済んだようだ。だが樫緒たちがほっとするのはまだ早かった。
「まだまだよっ!!」
『おお、来い!!』

 九頭・天地竜入滅

 美緒の纏った「気」の両手が九頭竜の腹に押し付けられ、次の瞬間九頭竜の全身から自然の稲妻並みの火花が散った。左手から放った「地竜覆海」並の超高圧電流を右手に吸収することで電気の明確な通り道を作り、相手の体内に満遍なく電気を流し込む荒技である。
 だが九頭竜はそれに耐え、気合一喝、美緒を吹き飛ばす────

 九頭竜・龍吼(りゅうこう)

 声に「気」を乗せ、敵を粉砕する技だ。しかし美緒もまたカウンターで大技を仕掛けられたにもかかわらず、余裕で受け流すや更に攻撃を加える!

 九頭・天地竜黙示

 まず極限まで高められた「地竜」の全エネルギーを九頭竜の体内に注入。すかさず全力の「天竜」を食らわす! 連携型の攻撃で破壊力は絶大……だが、九頭竜はそれに対して更に大技で返した。

 九頭竜・魂喰

 九頭竜の色合いが瞬時にして反転する。そこへ「天竜」の一撃を加えようとした美緒だったが────
「!!??」
 ぞくり、と背を冷たいモノが走るのを覚え、自ら転移をかけることで後方へ飛びすざる。半ば以上本能的な動きだった。
『よくぞかわした』
 九頭竜の声に笑いが混じっているのはあながち、聞き間違いではなかろう。
『これは、相手の存在やエネルギーなどを物質非物質問わず喰らい尽くし、己がエネルギーに変えてしまう技よ』
「そんな技、伝えられていない……!」
 鷲士が思わず叫んだ。それに対する九頭竜の返答は素っ気無い。
『簡単なことよ。たとえこの技を習得しても、ヒトの子が一辺に手にできるエネルギー総量には限りがある。この娘のような突然変異体で無い限りな。しかも「存在する」ということはエネルギーに換算するととてつもないことになるのだ。例えば1グラムの石コロを全てエネルギーに変換すれば、山一つ消し飛んでおかしくないほどの量になる……従って魂喰を習得しても、すぐ限界以上に空気を詰め込まれた風船のように破裂して死んでしまうのだ。そのような欠陥のある技が伝えられるはず無かろうが。もちろん我は容量に十分余裕が在る故、使えるがな』
 ということは、と雪人が叫ぶ。
「今のアンタに触れたが最後、美緒は消えちまうのか!?」
『そういう事になる』
 雪人は頭を抱えた。よく自分を殴る困った娘だが、しかし可愛い妹に間違いない。その美緒がいなくなるというのだから当然だろう。
「麟太郎!! 美緒に戦いを止めろって言えよ!! お前の言うことなら聞くんだから!」
 しかし雪人の声に麟太郎は首を横に振った。毅然として首を上げ、美緒を愛情のこもった目で見つめながら。
「いいえ。美緒ちゃんはまだ敗北を感じていません。僕にできることは、彼女の帰還を信じてここで見守ることだけです」

「麟太郎くん、ありがとう。わたしはちゃんと帰るから」
 美緒は麟太郎の声をしっかり聞いていた。そっと慈しむように言う美緒に、九頭竜が声をかける。
『して、どう返す、美緒よ? 今の我は杞憂や入滅、黙示とやらも喰らい尽くすぞ』
「そうね。まずは基本に立ち返るわ」
 不敵に笑う美緒。その姿によろしい、と九頭竜も構えなおす。しばらくの静寂の後、不意に風が吹いた。九頭竜が「魂喰」発動の状態で右竜徹陣をかけたのだ。とたんに消滅する美緒。
「美緒!?」
「いやあああっ!!」
 虎雄と美月の悲鳴が上がった。他の皆も似たり寄ったりの……険しい表情だ。麟太郎以外……。だが。しかし彼ら以上に目を剥いていたのは実は九頭竜だった。
『何と……その手があったか』
「まあね、蓮華歩舟から発展させたにしてはとんでもない技になったと自分でも思ってるわよ」
 不意に美緒の声が響き渡り、同時に九頭竜の口から鮮血が散る。

 九頭竜・蓮華通風(れんげつうふう)────

 九頭竜の攻撃がヒットする寸前に、美緒はこの技を発動させ……自分自身の存在を『虚数』に構成しなおしたのだ。虚数とはすなわち「存在しない」数字。あくまでも存在しないのだから、食われることも無い。そのまま美緒は九頭竜が攻撃した事で出来たエネルギーの流れに、風に乗る鳥のように乗って相手の体内へと渡り、そこで実数へと構成し直したのだ。先ほどの九頭竜のセリフにもあるとおり「存在することは多量のエネルギーを持つ」事。突然「無い」所に美緒の存在が「在る」事になったのだ。解放されたエネルギーの総量がいかばかりであった事か。
 しかも、もし体内まで「魂喰」をかけていたら自分自身を延々と喰らいつづけるという地獄に落ちることになるためにさしもの九頭竜もそこまではやっていない。美緒はそこに付け込んだのだ。
「さて、あとは出るだけね」
 美緒は左手を構えた。

 九頭・地竜駆神(ちりゅうくしん)

 左手で空間を薙ぎ払い、九頭竜の背中を切り裂いて飛び出す美緒。『神を駆逐(ころ)す一撃』その名のままに、美緒の一撃に九頭竜は海へとその巨体を横たえていく────。だが同時に美緒も力の限界がきたのだろう、外に飛び出した時点でふらふらとなり、どうにか浜の方へと飛んで、
「麟太郎くん、ただいま〜」
 麟太郎の腕の中に倒れこみ、はにゃ〜とそのまま崩れていたのだった。


 雪人は複雑そうな顔をして酒をあおり、美月は何も考えまいと黙々と焼きホタテを咀嚼し、美花は総美と仲良く牛丼を食べている。
「あははー、おいしいね〜♪」
「牛丼は……嫌いじゃない……」
 その美花の膝の上には牛丼をもらって食べる神威。こちらはなんだか「諦めたよ俺ァ」といった感じの自暴自棄なオーラが漂っていた。
 悠が嘆息と共に鉄板の上の椎茸をひっくり返して念入りに焼き、その隣で美沙と虎雄、それにルナリムが苦笑しながら肉やら野菜やら焼き上がった物から口へ運んでいる。幸貴がまだ呆然とした風で首が痛くなるんじゃないかと心配になるほど上を見上げている傍らでは、翔が美琴と全てを忘れたかのようにいちゃいちゃしていた。
「美琴さん、頬になんかついてるよ……。あ、お肉だ」
 ぺろっと美琴の頬についた肉片を舐め取ってしまう翔に、彼女の頬がかっと紅く染まった。
「こ、こら、遊んでおるな!?」
「えへへ、分かるゥ?」
 二人のハートマークが横っ面を叩くのが痛いのかちょっと離れて愁と沙貴の二人。不思議なことにどちらかがどちらかの影でもあるかのように一挙手一投足ぴったり息が合った状態で、鉄板の上の焼きそばを食べていた。その更に隣では鷲矢と美魚がお子様らしい喧嘩の真っ最中。
「こら、そのイワシのテンプラよこしなさいって!!」
「やだよ、美魚が食べたら共食いじゃんか……」
 ぺしっと音がして鷲矢の泣き声があがった所を見ると、美魚が鷲矢をぶってイワシのテンプラをゲットしたようだ。それに気づいて慌てて鷲士が走っていく。
 美貴は美緒ともども麟太郎の隣だった。こうして彼を近くから見る機会の無かった美貴はじっくりと麟太郎を観察し、ふとイカゲソを頬張る美緒ににっこり笑いかけた。
「美緒、なかなかいい男の子捕まえたじゃないの……で、さっきのくずりゅーとの喧嘩から察するに美緒、最後まで行ってるのね?」
 まあ薄々気づいてはいたけどね、と美貴。さすが小学生で双子を製造した人は違うなと思いながらも頬を染めて頷く美緒だった。その双子の片割れである樫緒はというと愛妻の冬花、愛娘の梓ともども花火に興じている。
 総美以外にも麟太郎の元級友たちが多数列席していた。小五郎と勇仔はさっきから麟太郎と美緒の前に座ってタコやらエビやら食べながら二人の馴れ初めを聞きたがっていたし、何人かがスプレイとキェロツーに興味を持ったのか二人の体を興味深そうに観察している。
 そう、ちょっと規模が大きいのを除けばどこにでも見られるようなバーベキューパーティーだった。ただ……。隣にでんと鎮座する九頭竜がいなければという条件がつくが。
「……まさか九頭竜と宴会することになるとは思わなかった」
「わたしもよ。……みんなあまり気にしてないみたいだけど」
 かく言う雪人と美月もだいぶ慣れてきた。それにこんな機会、地球が消滅するまでもう2度とあるまい。なら楽しまなかったら損だ。

『さて、夜も更けた。そろそろ我も暇(いとま)しよう』
 食べる物も飲む物も底を尽き(もちろん未成年者は全員オレンジジュース)、美花が総美の膝を枕にすーすー気持ちよさそうに寝息を上げる頃、九頭竜がそうっと立ち上がった。ほとんど震動がしなかったあたり、眠る者を起こさないようにという配慮でもあったのか。案外いい奴だ。
『草刈美緒よ。汝を忘れぬ。我をここまで傷つけ、打ち倒した者は誕生してよりただの一人もおらなんだ』
「結構痛めつけたと思ったんだけどね……。さすが九頭竜ね。もうぴんぴんしているんだから」
『ふふ、我は命を20持っておるからな。時が経てば欠損した命もすぐに戻る』
 笑う美緒と九頭竜の話の内容のデンジャラスさに鷲士、雪人、美月、虎雄あたりは汗ジトだったが当人達は全く気にしていない様子だ。
『香津麟太郎といったな。汝は只のヒトの子と見るが……如何?』
「ええ。絵を描く事と美緒ちゃんを愛する事以外とりえの無い普通の人間ですが」
 さりげなく惚気る麟太郎に頬を紅くする美緒と苦笑する九頭竜。だが九頭竜の苦笑はすぐにやみ、真剣な口調があたりを支配した。不意に、遥か深い、光も届かぬ海の底の、どこまでも蒼い闇の中に引きずり込まれたような気がして思わず顔を見合わせる美緒と麟太郎。
『汝は、美緒が我にも匹敵する寿命の持ち主と知って、愛するのか?』
「はい」
 九頭竜の問いかけは半ば予想通りだったらしく、そして固い決意を込めて麟太郎は即答した。
「美緒ちゃんは……僕が年老いて死んでも生き続けなくてはならない。僕が死んだあと美緒ちゃんがどうなってしまうのか、それを思うと凄く……ここが締め上げられるような気がする……」
 胸を押さえる麟太郎。それは少年の、率直な想いだろう。
「出来るなら美緒ちゃんを普通の体にしてあげたい。それが適わないならせめて、彼女と同じ寿命が欲しい。彼女と同じ時を生きて、彼女の孤独を少しでも一緒に背負いたい。……無理でしょうか」
『まあ、普通なら無理よな』
 九頭竜の応えは素っ気無い。
『第一、天使を常人に変えようなど、「絶対神」でもなければ不可能な事よ。だが、我にもできる事はある。汝の覚悟、本物と見た。我からの贈り物を受け取るがいい』
 九頭竜の言葉と共に彼の胸のあたりが赫い光を放った。その光は一直線に麟太郎の胸に当たり……すぐに消えた。美緒が驚いて振り返る間すらない、一瞬の出来事だった。
『余計なお節介かとも思うたが、麟太郎に我の命を一つくれてやった。これで麟太郎は我と同じだけの寿命を持つことになる。不老の特性が現れるのは何歳のことになるかは分からぬが、まあよぼよぼの老人になる前に完全に不老に至るであろうよ』
「ううん……お節介なんてとんでもないわ……。ありがとう麟太郎くん、ありがとう九頭竜!!」
 笑顔で抱き合う美緒と麟太郎。それを優しそうな目で眺めやる九頭竜だったが、ふと美緒を注視して────
『ふむ、もう一つ贈り物が必要よな』
 美緒を包む光線。えっと振り返った時には既に九頭竜はきびすを返している。
「もう帰るの、九頭竜? さようなら! 次はいつ会えるの?」
『そうよな……5000年経ったらまた会おう。そうそう、それこそお節介かとも思うたが、汝の体、健康にしておいたぞ』
「は?」
 目が点になる美緒。何しろ彼女の体は彼女自身がよく知っている。現在体はどこも異常無いはずだった。
『薬品に汚染されておったぞ。薬品によって弱っていた機能もあわせて回復させておいた。たとえ不老不死に近い肉体とはいえ、薬品の影響はやはり受ける。気をつけよ』
 しばらく思考がついてゆかず……九頭竜の体がかなり海面下に消えてあとは頭部のみという時になってようやくそれが意味することを悟った美緒は思わず叫んでいた。
「ち、ちょっと、くずりゅー!?」
『礼ならいらぬぞ、はっはっは。では5000年後、また会おう!』

 どぼん。

 頭部まで完全に海中に没し、九頭竜の姿は消えた。しかし美緒の叫びは止まらない。
「待ちなさいよ、クズ────! それこそ余計なお世話だっての────っ!!」
 頭をかきむしり絶叫する美緒だったが、しかし九頭竜が戻ってくる気配はまるで無く、空のお星様がにこやかに瞬くだけだった。


 それから2週間後。草刈家の2階のトイレの戸が開いた。右手に何やら箱を握り締めて青い顔をして出てきたのは美緒だ。
「お、美緒どうした? えらく景気の悪い顔して」
 朝の鍛錬を済ませて帰ってきたところなのだろうか、雪人がトレパンに上半身裸といういでたちで通りかかった。
「雪人兄上……」
「な、何だどうした?」
 今にも泣きだしそうな顔の妹に狼狽する雪人。草刈家の男連中は全員鷲士からの遺伝なのか、乙女の涙に弱い傾向にある。しょっちゅう自分を殴る妹とはいえ、美緒の涙に雪人もやはり抵抗できないのだ。
「……身ごもってる」
「は?」
 一瞬妹が何を言ったのか分からなかった雪人に、美緒は右手にした物をずいと突きつけた。箱にははっきりと……『妊娠検査セット』と印刷されている。
「だから!! 子供ができちゃったのよぉ!! あーもう、くずりゅーが避妊薬の効果全部消していってくれたもんだから、受精しちゃったみたいなのよぅ!!」


 草刈家をはじめ、結城、FTIも巻き込んでの大騒動が起こるのに、それからさほど時間はかからなかった。


終劇。

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