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「甘々恋愛夏季休業〜麟太郎編」(上)
written by 犬神長元坊



 女性の色気を演出する服といったらどんな服だろうか? エレガンスに黒や紫のインナー姿? あるいはガウンだろうか。もしかしたらナース服やバニーガールに色気をおぼえる向きもいるかもしれない。そんな事をふと思いながら、麟太郎は目の前の美少女にこそ色気をおぼえていた。
 日本伝統の民族衣装といえば和服であろうか。女性の着る和服にとって下着といえば肌襦袢である。その下には何もつけない。麟太郎の目の前で、彼の小さな恋人である美緒が真っ赤な肌襦袢一枚、腰まわりの細帯も緩んで「巻きついているだけ」という状態で、胸元は見えそうで見えないぎりぎりまではだけられ、裾を割って突き出された健康的に引き締まった太ももの白さが艶かしいという格好になっていた。肌襦袢といえば下着も当然、その下には何もつけないもの……実際美緒はショーツの類をはいていないようであった。
 いつもはポニーテールにまとめている黒味の強い髪を今はおろしており、普通にしていてもすさまじいほどの美貌を誇る顔とあいまって、どんな男でも……身の丈が150もない子供に対してそんな気の無いような男でも思わずドキッとするような色気を発散している。
「……まだ?」
「もう少し待ってね、美緒ちゃん♪」
 美緒の声に応えながら麟太郎は大き目のキャンバスの前に立ち、内心の動揺を気取られまいとしながら美緒の艶姿を描きとめていた。肝心な部分は隠れているのだが、下手なヌードよりも危ない色気をかもし出している美緒の姿はとても魅力的で、麟太郎はズボンの前の部分が突っ張っているのを悟られはしないかと内心あせりつつ、そんな彼女の姿をキャンバスに残せる幸福に酔いしれていた。
『美緒ちゃん、わざと必要以上にあられも無いかっこうしてない? 僕だって男の子なんだよ。襲いたくなってしょうがないよ……。それとも美緒ちゃん、僕が男としては無害だなんて思ってるのかな』
 少々生真面目な性格の麟太郎は邪念を振り払うように汗を拭った。
『でも今はこの絵を仕上げなくっちゃ。モデルに発情していては芸術家失格なんだ……』

「へえ、美緒ちゃんの学校は今日から夏休みなんだ」
 ようやく一枚描き上げ、イーゼルを畳んで麟太郎は振り返った。美緒は姉の美沙、美月、美花同様カトレア女学院中等部に通っている。そのカト女が今日から夏休みなのだ。
「そうなの。今から宿題の山を見るのが億劫だわ」
「でも美緒ちゃんって確か兄弟の中では割合勉強できる方なんでしょ?」
 今更ながら真っ赤になって身づくろいする美緒に声をかけながら、麟太郎は美緒のことを自慢する彼女の母親である美貴さんの笑顔を思い返していた。
「ま、夏休みの前半中に全部片付けるつもり。そしたら……ね、デートしよ♪」
 美緒の声に自分の頬がかあっと熱くなるのを自覚する麟太郎であった。だが、すぐに妙な気分になる。二人はもうとっくに一線を超えた仲なのに……デートらしいデートは今まで一度もした事がなかったのだ。かつてフラワーランドに二人で行ったこともあるが、あの時は樫緒さんが美花さんと一緒に来ておられた事もあってデートらしいデートにならなかったのだ。
「な、なんだか順序があべこべになっちゃったような気もするけど……」
 美緒も同じ事を考えていたようだ。再度頬が厚くなるのを感じながら麟太郎も応えて言った。
「うん、わかったよ美緒ちゃん。僕の方もできる限り絵を早く仕上げるからね」

 それから1週間後。
「よし、完成!!」
 麟太郎はガッツポーズをとった。目の前のキャンバスには、例の美緒の艶姿が大きく描かれている。今度の夏の芸術祭に出品する作品である。改心の出来だ。このまま見も知らない人間の目にさらすのが惜しいような、そんな気すらしてくる。何しろ描かれているのは麟太郎の大切な珠なのだから。
「麟太郎、電話だよ。美緒ちゃんから」
 現在はホテルラマダンの住み込み従業員として働いている兄の小吉の声に麟太郎は振り返った。
「おや、それが今度の作品か。うんうん、美緒ちゃんへの愛情がこもっていていいねぇ。なんだか他の人に見せるのが惜しくならない?」
 どうやら小吉も麟太郎と似たような思いを抱いたようだ。小吉の場合、美緒が実の妹のようにも思えるのだ。
「確かに思うけど……。でもそれとは別に、こんなに可愛い子が僕の彼女なんだって見せびらかしてやりたいような気もしてくるんだ。はは、変だね……」
「変な事じゃないさ。あれだけ可愛いガールフレンドだし。それよりその彼女から電話だって言ったでしょ? 待たせちゃいけないよ」
 笑う小吉の前を、慌てて駆けて行く麟太郎。受話器に飛びついて、本当に嬉しそうな笑顔で話し始める弟を見やってから……絵の方に顔を向けて、小吉は微笑んだ。
「美緒ちゃん……麟太郎をよろしく頼むッスよ」

『宿題……終わったの。だから明日からは自由なの! 明日早速デートに行こうよ麟太郎くん♪』
 美緒の弾むような声に麟太郎は胸をドキドキさせながら応えた。
「もちろん喜んで! それで、どこへ行こうか?」
『うーん……。どこへ行くのがいいのかな……』
 美緒の方も色々と考えてはいるようだったが、一つに絞れないようだ。ちょっと待っててね、と言い置いて、受話器を掌で抑えてから兄の方を振り返る。
「兄さん……その……」
 麟太郎のその態度にすぐ了解したのだろうか、小吉が笑顔で頷いた。
「そうだな。少し遠出をして千葉の鴨川あたりに行ってはどうだ? 泳げるし、シーワールドもあるし。確か美緒ちゃんはシャチが好きなんだろ? シーワールドにはシャチがいるぞ」
「うん、ありがとう兄さん!」
 電話はまとまった。明日のデートは鴨川だ。麟太郎は期待に胸を高鳴らせ、そして別のよからぬ期待に大きく熱くなった自分の分身を思わず叩きながら眠りに落ちていった。

 だが、彼はまだ知らない。このデートが波乱万丈のとんでもない大騒動に発展することを。


 美緒がしどけなく赫い布団に横たわっている。もちろん身に纏っているのは真っ赤な肌襦袢一枚だ。もはや巻きついているだけで帯の用をなしていない細帯も紅く、視界のほとんどが真っ赤な中で美緒のつややかな黒髪と白い肌が実に映える。
 それ以上広げたら確実に何もかもがさらけ出されそうなほどはだけられた胸元。左肩からはとっくに襦袢が滑り落ちて、鎖骨から肩にかけての陰影までくっきりと露になっている。裾の方も大胆に割り広げられ、鍛えているためか引き締まって、それでいて若い少女の特権ともいえる、オトナになりかけた娘特有の柔らかく張りがありそうな脚が膝立てに突き立てられて、肝心な部分は見えない。
 口にうっすらと紅をひいて普段の何倍も色気を増した美緒が、そんな大胆な姿で麟太郎に向かって笑顔を向けている。日常の中であれば無邪気な少女の笑顔とも取れる表情だったが、しかし濡れた目元、何かを期待するようにちらちらと見え隠れする舌、そして興奮に紅く染まった頬……明らかに誘っているのだった。
「美緒ちゃん……」
 それはあたかも火の中に自ら飛び込んで、我と我が身を焼く魂の娘(プシュケー)にも似て、麟太郎はただ歓喜の思いと共に美緒の方へと歩いていく。赫い布団の縁に着く頃には、彼はもう四つん這いになって……まるで敬愛する主人の前にぬかずく忠実な犬のように美緒の顔に唇を寄せ、柔らかい少女の唇と重ね合わせた。すぐに唇を互いに割って、舌が絡み合う。
「美緒ちゃん……」
 唇を離し、再度声をかけると美緒はこくりと頷いた。彼女の足元へと移動し、そして────

「麟太郎、起きろ!」
「えっ、ええっっ!?」
 がばと跳ね起きる麟太郎。兄の小吉がやれやれと頭をポリポリ掻いた。
「いったい何の夢を見てたんだい? ……って、さっきの寝姿見たら大体想像はつくけどな」
「え? に、兄さんッ!? 僕、いったい?」
 まだ半分寝ぼけているらしく、混乱しているようだ。さっきの麟太郎の、実の兄ですらつばを飲み込むようなしどけない寝姿を思い返しながら、小吉は苦笑して応えた。
「美緒ちゃんが出てきたんだろ? しかも相当えっちな夢だった。違うかい?」
「え、な、なん、なんで」
「凄く艶っぽい寝言だったよ。美緒ちゃんって言ってたな。それに、ほれ……。いつもより元気じゃないか」
 言われて麟太郎は慌てて己の脚と脚の間を見た。さすが小吉が言ったとおり、そこには思い切り力瘤が──麟太郎は慌てて……顔を真っ赤にして両手で押さえつつ、布団から飛び起きた。愛らしい美少女、いや、妖精や天使とも見紛う麟太郎だが、そこはしっかりオトコノコだった。
「いやあ、お兄ちゃん負けたよ。可愛い顔して俺よりでかくねえ?」
「に、兄さんッ!」
 それこそ茹蛸のように真っ赤になって、麟太郎はシャワールームへと飛び込んだ。冷たいシャワーを浴びて気とナニを落ち着けようというのだろう……。再度、小吉は笑った。

 麟太郎はすらりと伸びた手足をようやく伸ばして伸びをし、姿見に己の姿を映して、彼はふと首をかしげた。
「美緒ちゃん、もっと男らしく逞しい方がいいのかな……」
 麟太郎は小学生の時にはもう絵を志しており、フィールドワークに出かけて絵に励んでいた。だから実際には彼は同年輩の他の普通の少年達に比べたらかなり鍛えこまれている。そうでなければ人のめったに入らないような深山幽谷に分け入って絵を物にするなどという荒行など到底できる物ではない。しかし幸か不幸か、麟太郎の体は小柄な上に筋肉をつけても目立たないのだった。どちらかというと美緒の体に近い構造だ。どうやら母親似だったらしく女の子と見られがちな顔もちょっとコンプレックスだったりする。
「まあ、いいか!」
 どちらかというとポジティヴな麟太郎は、すぐに笑顔を浮かべながらシャワーに集中した。華奢で、どこか儚さすら覚えるこの体、芸術家の視点で見ると案外いいとも思えるのだった。それに、兄さんも言ってたじゃないか。『負けた』って……。

 シャワーを済ませ、朝食をとり、時計を見ると今出発すれば約束の時間にまだ1時間早くなるくらい。中学校も早めに行っていた麟太郎は着替えを済ませ、出発することにした。
「麟太郎、念のために言っておくが割り勘なんてけちな事はするなよ。今日だけは破産してもいいくらいの気持ちで男らしく支払うんだ」
「はは、美緒ちゃんがさっさと払ってしまいそうな気もするけどね……」
 言えてる、と小吉もすぐに苦笑する。行って来ますと麟太郎が戸を開くと、なんとそこには予期もせぬ訪問者の姿があった。
「雪人さん?」
 なぜか右腕にギプスをはめて三角巾で吊り、頭には痛々しく包帯を巻いている。顔面には盛大な引っかき傷が残り、所々ガーゼが当てられている。左腕に松葉杖が見えるところから察するに、左足も負傷しているものらしい。
「どうしたんですか!? 雪人さんほどの人がそんな大怪我をするなんて! まさか、例のミュージアムとかいう組織の残党が──」
『お前の愛しの恋人と兄妹喧嘩したんだよ……。一方的にやられたような気もするが』──とは言わない雪人だった。代わりに麟太郎に声をかけながらポケットをまさぐる。
「お前の気にする事じゃねえよ。それより、手を出しな」
 え、と右手を出した麟太郎の手の平に、なにやら丸いリングのような物が入っていると形状から察する事の出来る小さな袋がいくつか繋がったような物。言うまでも無くゴム製避妊具だ。
「兄弟みんな知ってるのさ。お前と美緒の関係がどんなかって……。いいか麟太郎。責任はきちんと持てよ。ヤル時にゃちゃんとこれを使って──」
「せっかくですけど、いりません。──日本のメーカーのじゃサイズが合わなくって、破れちゃうもんで。避妊は美緒ちゃんとも相談してちゃんとやってますから大丈夫です。それにこれだけじゃ数足らないんですよね」
「何……?」
 どういう意味だ、と目をむく雪人に、麟太郎はどこか悟ったような顔で告げた。
「雪人さんも九頭竜の使い手なら分かるでしょう……? 「肉体が物理的に崩壊するまでタタカウ事ができる」んですよ? たったこれっぽっちじゃとてもじゃないけど間に合いませんって……」
 ですからどちらかというと栄養ドリンクの方が嬉しいかな、と続ける麟太郎に、雪人もしみじみ頷いて目から涙を流しつつ肩を叩いたりしている。
「わかった。あんな妹だがよろしくな、麟太郎」
「ハイ、雪人さん」
 スポーツバッグを肩に、麟太郎は朝の光の中元気に駆け出した。


 待ち合わせは風刈駅の改札前に8時。麟太郎はそれより40分は早く着いていた。いつもだったらもっと早く来ているのだが、今朝は雪人さんと話し込んだりしたからその分遅れている。他の人からはそんなに早く行ってどうするんだとか言われるが、麟太郎はこの待つ時間が楽しくてたまらないのだ。今日は美緒ちゃん、どんな姿で来るだろう。何てあいさつするだろうか。あれこれ想像をめぐらすこの瞬間瞬間の至福を味わっていると、本当に時の流れるのは早く、相手が姿を見せるまでまるで退屈するということを知らないのだ。
 今日もほら、美緒ちゃんが来るまでまるで待った気がしない。今日の美緒ちゃんは真っ白な半袖で袖のふわりと膨らんだブラウスに、上がスーツジャケットのような形状のパステルピンクのツーピースといういでたちだ。
「ごめん、麟太郎くん。待たせちゃった?」
 ちょっと舌を出して訊ねる美緒が、実に可愛くてしょうがない。
「ううん。そんなに待たなかったよ。今朝は雪人さんともお話していたしね」
「雪人兄上と? いったい何の話をしていたのよ?」
 美緒が目を丸くして訊ねてくる。まさか、雪人さんから避妊具を渡されそうになったなどと言えよう筈もない。
「ん、男と男の話」
 あくまでもにこやかな笑顔を崩さずに告げると美緒が一瞬不思議そうな顔をして、そして満面の笑みを浮かべた。それにまたしてもドキッとする麟太郎。そう、麟太郎はこの時点で雪人さんのことなどどうでもよくなっていた。美緒ちゃんの笑顔……それこそが麟太郎にとって最終兵器。絶対にかないっこないのだ。
「じゃ、行こうよ麟太郎くん! 海がわたしたちを待っている〜〜♪」
 美緒の弾けるような笑顔と共に、麟太郎たちは改札を通り抜けた。

 まずは中央線快速で東京に向かい、東京から総武線快速に乗りかえ。千葉で更に外房線に乗り換えだ。それまでたわいのないお喋りに興じていたのだが、不意に美緒が身を硬くする。
「どうしたの、美緒ちゃん?」
「ん、なんでも無い。どうやらお化粧が上手くいってなかったみたい」
 笑いながらコンパクトを取り出す美緒。だが、麟太郎が見たところ美緒は口紅以外化粧をしていないというスッピンに近い状態だ。どうやら化粧を直す振りをしながらさりげなくコンパクトの鏡で後ろを見ているようだ。麟太郎もちょっと覗き込むと、いるいる。雪人さんをはじめ、美緒ちゃんの家の男性陣のほとんどが芋虫みたいにはいつくばって、あれで見えていないつもりなのか椅子の陰からこちらを窺っている。
「あれでばれてないつもりなのかな?」
「そうね……。ちょっと鼻を明かしてやろうよ……」
 こそこそっと囁く二人。もちろんそれは雪人達に聞こえはしなかった。

「よし、ばれてねえな……!!」
 雪人の声に悠、幸貴、愁、鷲矢がこくこく頷いた。しかし美月、美花、沙貴、美魚、それに翔と美琴が呆れたように異口同音に呟く。
「とっくにばれてると思うんだけど……」
 ややあって電車が止まった。東京から特急で約2時間。安房鴨川駅に着いたのだ。降りていく美緒と麟太郎を追って雪人達も気配を殺しつつホームに向かい、それをやれやれと肩をすくめながら女性陣(+鷲士、虎雄、翔)がついて行く。
「わたしたちの存在意義っテ何?」
「とりあえず雪人さんと一緒の旅行ですからいいのではないかと思いますけど」
「サ、紗慧!! そんな、関係ないヨ!!」
 真っ赤になるドーラと紗慧もまた、草刈一家のあとをついて降りるのだった。ちなみにドーラや紗慧同様草刈家以外の人間で参加しているのはルナとリムの姉妹、布引都、嘉神美琴であった。

 美緒と共にバスに駆け乗ると、案の定雪人たちは尾行がまだばれてないつもりだったのかどうしようかと逡巡している。その雪人に向かってはっきりと顔を向け、盛大にあかんべえをして見せる美緒に麟太郎も苦笑い。
「あ、あいつ尾行に気づいてたのか!!」
「そりゃあれだけ目立ってればよほどの馬鹿でない限りばれるわよ。第一あの子も九頭竜の使い手なんだし」
 美月の冷静なつっこみに、雪人以外の全員がうんうん頷いたのは言うまでもあるまい。バスは去り、次のバスが来るまで相当時間がかかりそうだ。どうするの、と美月が声を駆けると雪人は犬歯を剥き出して笑った。
「ふ、ふふふ」
「雪人兄さん……壊れた?」
「ふっ、心配するな美月。俺達だって九頭竜の使い手。走れば済むことだ!!」
 行くぞおお、と走り出す雪人に、まず悠が続いた。なんとモーター搭載のローラーブレードを履いている。更に愁、鷲矢も続いて走ってゆき、あとに残された者達は盛大にため息をつきながらバスを待った。余談ではあるが、結果的にバスの方が早く目的地に着いたことを付け加えておこう。

 鴨川シーワールドの一番の名物といえば、シャチのショーであろう。特に今はシャチの子供もお目見えし、愛嬌を振りまいていた。
「か、かわいいっ!!」
 数ある動物の中では虎が、海生生物ならシャチが特に好きだという美緒が思わず歓声を上げる。麟太郎はそれに笑みを浮かべ、一緒に楽しんでいた。

 ばしゃーっ。

 シーワールド名物のシャチの水かけプレゼントで全身びしょ濡れになるのにも構わず笑っている。苦笑しながら美緒ちゃんの方を振り返ると、ちょうど濡れたジャケットを脱いだ所で、白いブラウスに赤い下着が透けてなんとも色っぽくなっている。
『女の子を美しく色っぽく取るときには、火の光を当てるか水で濡らすかするって言うけど……。美緒ちゃん、本当に……』
 ぼうっと見惚れていた麟太郎は、気づいた時には美緒に唇を奪われていた。一瞬目をぱちくりさせる麟太郎だったが、すぐに応えて舌を絡ませる。二人がいいムードになって更に抱きしめあおうとしたその時。ついでに言うならここまで走って来た雪人が、シャッターチャ〜ンスとばかりにデジカメを構えた時。
「こらこら!! 不純異性交遊ですよ!!」
 突然の声に思わず弾かれるように離れた麟太郎と美緒が振り返ると、そこには見知った顔があるではないか。確か美緒ちゃんの担任の先生の……
「クロックワーク先生!?」
「キェロツー!?」
 やあ、と手をひらひら振るキェロツー。なんとシャチの水槽の中から身を乗り出してきているではないか。
「アンタ……。そこで何やってるのよ……?」
 美緒の声にキェロツーは愉快そうに笑いながら明快に答えた。
「ははは、アルバイトですよ。誰かさんが壊した校舎を修理した時に、ちょっと無理をしましてねェ。ここで晩飯代を稼ごうと。幸い学園長のお知り合いがここの責任者でね」
 苦笑する麟太郎。傍らの美緒はというとやぶへび、といった表情だ。何を隠そうその校舎を壊した「誰かさん」は美緒の事だからだ(支社SS「カト女恋愛狂奏曲」参照)。
「ここのバイトの皆さんが集団食中毒にやられましてね、ピンチヒッターを探していた所でちょうどバイトを探していた私にお呼びがかかったという次第で。まあ、おかげで私も自分自身の傑作の性能に更なる自信を深めることが出来ましたし、幸運でしたねェ」
「傑作……。まさか……」
「ええ、今ここで動いているヒトみんなが私自慢の『先○者マーク7』なのですよおおぉッ!!」
 ばさり、と水で多少重くなっている髪をそれでもかきあげながらかっこつけて言うキェロツー。やはり、と苦笑しながらよく見ると、確かに働いているスタッフの全員が……適当な顔を載せた箱状の頭に棒そのものの手足、剥き出しの歯車の先○者ではないか。
「ところで『先○者』ってさ、歯車剥き出しよね。……水の近くでショートしないの?」
「ふっ、それですか」
 ふと気づいたという風で尋ねる美緒。それに応えつつ再び髪をうっとおしくなるほどかきあげるキェロツーである。
「実は初代『先○者』の弱点がまさしくそれでしたッ!! しかあし!! 日々改良、研鑚を忘れずッ!! マーク7にしてついに完全防水を実現したのですッ!! もちろんその技術はわたし自身のボディにもフィードバック済みですッ!! ごらんなさい、人と全く変わらぬ……否、我が技術により実現した人以上に素晴らしい動き、そして全くショートすることのないよう生まれ変わった先○者の勇姿をおおおおぉぉっ!!!」
 そこでびしぃっと振り返りながら指差すキェロツーの指の先には。それを見た美緒が思わずつっこむ。
「あれって沈んでない?」
「ええ、基本的に水より比重が大きいですからねェ」
「それに、心なしかシャチの子にいいように遊ばれてるみたいなんだけど」
「それが彼の役割なのですよ。ごらんなさい、あんなに楽しそうに」
 だがどう見てもその先○者マーク7はシャチの子供に腕をへし折られ、体を食いちぎられ、バラバラになっているところだった。目がちかちか点滅しているのがもの悲しい。
「大丈夫です。マーク7にもわたしの体同様すぐに再生する機能が備わっています。すぐ復活しますよ」
「……食いちぎられた時点でショートしたのか再生しないんだけど……」
 美緒のつっこみにキェロツーは振り返って……愕然とした風で叫びながらジャンプし、盛大に水飛沫を上げた。
「あ、あああああっ!! うかつだったッ!! お待ちなさい、今助けますからねェッ!!」
 ばしゃーん、ばしゃばしゃと、キェロツーが子供に危害を加えると勘違いした親シャチまでが一緒になって暴れだし、麟太郎と美緒はなんだかどっと疲れた風でシーワールドを後にしたのだった。


麟太郎編(中)
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