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9 〜樫緒が膝をかかえたワケ〜
「にゃにい! か、カシオの実の父親あ!?」
「うん、なかなか信じてもらえないけどね」
「にゃるほど…うい、ではミサどのはカシオの妹君か?」
「ガクッ、そうじゃないわよ、姉よ、あ・ね」
ここは哀愁ただようボロアパート、鷲士の部屋である。外はもうすっかり暗くなっており、鷲士、美沙、シロはいろいろなつまみを盛り付けた皿が置かれているちゃぶ台のまわりに座り込んで盛り上がっていた。ちなみにシロは一升瓶を一本かかえており、周りには空の一升瓶が3本ほど転がっている。
公園から半ば逃げるような形でここへと移動したのだが、台所に置かれていたもらい物の日本酒を、めざとく見つけたシロによって、そのままなぜかなし崩し的に宴会となってしまったのである。そしてシロはいきなり一升瓶2本を一気に飲み干した、どうやらアルコールには強いらしい。もっとも4本目からろれつが回らなくなってきているようだが。そして樫緒はというと、ただテレビの前で膝をかかえて座り込んだまま動こうともしない。
『こんばんは、夜のニュースの時間です。本日昼過ぎ、都内のD公園内において植物が巨大化するという前代未聞の事件が発生しました。当局では今だ原因がつかめず、この巨大化した植物をどう処分するかで頭を悩ませています。また、事件発生前に不思議な歌が聞こえてきたという情報が多数よせられており、なんらかの関連性があるものとして調査を進めています、では次のニュース…』
プツッ という音とともにテレビのスイッチが切れた。もちろん鷲士の部屋のテレビにリモコンなんていう文明的なシロモノはない、樫緒が「力」で切ったのだ。
樫緒とシロを尾行していた謎の二人組み―美沙と鷲士を逆さ吊りから解放した後、樫緒はシロに巨大化した植物を元に戻すよう言ったのだが、帰ってきた返事はというと「心配するな、三日経てば元に戻るし、もう害はないぞ」という、まことにシロらしい答えだった。おまけに樫緒が寝ている間に襲いかかってきた黒服の男達はいなくなっているし、いつの間にかシロと二人でいるところを写真に撮られているし、当然ながらシロのこともばれてしまい、隠すわけにいかなくなってしまった。それに…。
「400歳… ですか」
「うん? なんじゃ、何か言ったか?」
「本当に400歳なんですか?」
「にゃんじゃ、疑うのか? わしばかり飲んでおるのが気に食わんか?」
「いえ、それはどうでもいいんですけど」
日本では未成年の飲酒は禁じられている。当然、樫緒や美沙はお酒を飲むことは出来ない。シロもあまり樫緒たちと歳は離れていないかのように見えるが、本人いわく、なんと400年はゆうに生きているというのだ。公園でシロの能力、歌うことによって引き起こされる超常現象を目の当たりにした鷲士と美沙は疑いつつも割とすんなり受け入れることが出来たが、その肝心の場面で寝ていた樫緒はとてもじゃないが信じられなかった。
「そういえば… そういうことを聞こうともしませんでしたね…」
今さらながら、樫緒はシロのことを何も知らないことに気づいたわけである。なんとなく、気が重い。なぜこんな気持ちになるのかは分からなかったが。
「400歳、か…」
「うい・・・ にゃんじゃい、さっきから人の年齢ばかり気にしおってからに… ささ、父君どの」
「いや、僕はもういいよ、あまり強いほうじゃないし」
「・・・わしの酒が飲めんというのか?」
「そういうわけじゃないんだけど・・・」
ためらいがちな鷲士のもつ小さめのコップに酔っ払ったシロによってなみなみとお酒が注がれる。ここまでお酒はほとんどシロが飲んでしまっているために、まだこれで二杯目だ。美沙がうらやましそうにそれを眺めている。
「いいなあ、鷲士くん大人で」
「うい… 姉君どのも飲むか?」
「え? いいの?」
「だめだよ、美沙ちゃんはまだ未成年なんだから。ジュースで我慢しなさい」
「あ〜ん、鷲士くんカタ〜い」
「・・・シロさん、あの植物は本当に元に戻せないんですか」
何も映っていないテレビを見つめたまま、樫緒がボソリとつぶやいた。
「しょれを聞くのはもう7回目じゃぞ、カシオもそんな所で暗い顔してないでこっち来い」
シロはイカげそを口にくわえると座りこんだままの樫緒の背中をつかみ、そのままずるずるとテレビの側からちゃぶ台の近くへ引きずった。樫緒は抵抗するそぶりも見せず、ただ引きずられるままになっている。
「およ、つまみがにゃくにゃっておるぞ」
ちなみにつまみを消費したのはシロではなく、お酒の飲めない美沙である。
「でさでさ、『紅の指輪』ってなんなわけ?」
不意に美沙が話を切り出す。シロはイカの塩辛を口に放り込むと、ろくに噛まずに飲み込んだ。
「しょれは秘密じゃ、いかにカシオの姉君とはいえ、教えるわけにはいかにゅよ」
「そうなんだ、でもさ、よかったらあたし達にも手伝わせてくれない?」
「ちょっと、美沙ちゃん?」
「姉さま?」
鷲士と樫緒の額に冷や汗が浮かぶ。こうなる事はなんとなく予想していたのだが、残念ながらそれを止めるすべを二人とも思いつかなかった。
「鷲士くん、まさかダメだなんて言わないわよね? かわいいムスコの危機なのに?」
「それはもちろんだけど…でも危険だよ、やっぱり」
「姉君どの、父君どのの言う通りじゃぞ、わしもカシオもこの二日でいろいろ危険な目にあったのじゃ」
ぐいっとコップに半分ほどのこっていた酒を一気にあおる。正確に言うならシロが樫緒を危険な目とやらにまきこんでいるのだが、本人はもちろん気づいていない。
「大丈夫、あたし達これでもトレジャーハンターやってるんだから」
「にゃぬ?」
その美沙の言葉にシロの目がわずかに細くなる。
「とれじゃあはんたあ…」
「そ、鷲士くんと一緒にやってるんだけど、けっこうハイレベルよ」
そう言って得意げに胸をそらす。美沙の辞書に謙遜の二文字はない、鷲士は苦笑するとしかたないなあとでも言いたげな顔で、なくなったつまみを作るために台所へと立った。
危険な事に自分の子を放り込むことに関して割り切れないものがあることは否定できないが、もうすでに樫緒は巻き込まれてしまっている。それにもともと樫緒を助けるということに関して反対しているわけではないのだ。
「うい、しょうか… 父君どのと姉君どのは『とれじゃあはんたあ』であったか」
シロはややトーンダウンした声で言うと、一升瓶を床に置き、ゆらりと立ちあがった。そしてGジャンのポケットに両手をつっこむと、なにやら銀の装飾がほどこされた半径30センチほどの円輪を取り出した。明らかに入っていたポケットよりも大きい、美沙は目を丸くした。
「え? そのGジャンのポッケのどこにそんなものが入ってたの?」
「シロさん、それはなんですか?」
シロは二人の問いに答えず、一度は床に置いた一升瓶を再び持ち上げると、酒をぐいっとのどに流しこんだ。酔っているせいなのか、金色の瞳にはなぜか怪しい光がやどっている。樫緒はなぜか嫌な予感がした。
「シロさん?」
「姉君どの・・・ お覚悟!」
次の瞬間、シロはいきなりその円輪を美沙めがけて投げつけた―
10 〜酒乱の輪投げは当たらない〜
シロの手から放たれた二つの円輪は、正確に美沙の首、頚動脈を狙っていた。しかもシロと美沙の距離はボロっちいちゃぶ台一つ分。いかに美沙とはいえ、この至近距離での不意打ちをかわすことなどできない。
「きゃあああああ!」
美沙は悲鳴をあげた。が、しょせん日本酒を4本飲んで出来上がった酔っ払いの輪投げである。この距離とはいえ、命中させろというほうが難しい。円輪はギリギリ首の皮一枚でそれ、美沙の後方にあったテレビとネコのぬいぐるみを真っ二つに切断した。そしてそのまま軌道上にあるいろいろな物を切り裂きながら、まるでブーメランのようにシロの手元へ舞い戻る。
「およ? 外したか」
「シロさん! いきなり姉さまに何をするんですか!」
攻撃を受けた美沙が怒るよりも早く樫緒が怒鳴る。樫緒にしてはめずらしく感情をあらわにして怒っているようだ。鷲士もなにごとかと台所から顔を出す、ヒヨコのエプロンはご愛嬌だ。
「あーっ! テレビが真っ二つになってる!」
「鷲士くん、それどころじゃないのよ! シロちゃんがいきなり・・・」
「気安く名前を呼ぶなあ!」
シロは激昂すると、再び円輪を投げつける。今度の目標は美沙だけではない、鷲士もだ。
「くっ・・・」
突然の攻撃に体制が整ってはいなかったが、鷲士は掌底で円輪の面積の部分に衝撃をあたえて軌道をずらす。美沙も今度はすばやく間合いを開き、間一髪でかわす。円輪は再びシロの手に戻っていった。美沙はすばやくグロッグを引き抜き、シロも三発目を放つべく、身構える。
「おのれ・・・ おとなしく当たっておればそう痛くないというのに」
「痛くなくても大ケガするでしょうが!」
「当たり前じゃ! 大ケガさせないように攻撃する阿呆がどこにおる!」
「なによ! さっきまで人の家のものさんざん飲み食いしてたくせに!」
「わしは飲んだだけじゃ! 食べた量は姉君どのに比べれば微々たるものじゃ!」
「なによ! 400歳のババアのくせして!」
「やかましい! まだ酒も飲めぬ小娘が!」
先ほどまでの緊迫した戦闘シーンはどこへやら、シロと美沙はいきなり口ゲンカを始めてしまった。唐突な展開に樫緒も鷲士も手を・・・いや口を出せずにぽかんとしている。
「もーあったまきた、鷲士くん! 樫緒! とりあえずこの女だまらすわよ!」
「あっ! ズルイ! 父君どのはともかくカシオ! おぬしはわしの味方じゃからな!」
「なに言ってんのよ! 樫緒はあたしの弟なんだからね、あたしの味方に決まってるでしょう!」
「ほざけ! カシオはな、わしの事を助けてくれると言うたのじゃ!」
「なあんですってえ!」
シロと美沙はしばらく睨み合うと、いきなり計ったかのように樫緒のほうへと顔を向ける。
「カシオはわしの味方じゃな?」
「樫緒はあたしの味方よね?」
「あ・・・ えっと」
いきなり話をふられた樫緒は思わず言葉に詰まってしまった。
「二人とも、ケンカは止めようよ。樫緒くん困ってるじゃないか」
様子を見かねた鷲士が助け舟を出す。
「父君どのは黙っておれ!」
「鷲士くんは口を出さないで!」
「・・・はい」
・・・どうやら助け舟はドロで出来ていたようだ。
「こうなったら、ちゃんとケリつけようじゃないの」
「のぞむところじゃ」
そう言って二人はすばやく間合いを離す。
「で、どうやってケリをつけようかしら?」
美沙は不敵な笑みを浮かべてシロを挑発している。一方、いつのまにやら台所のすみに非難していた樫緒と鷲士はどうしたものか思案していた。
「父さま、止めないんですか?」
「止めたいのはやまやまなんだけど・・・ 樫緒くんの力でなんとか」
「いや、今はムリです。それより父さまの九頭竜で」
「ううん、樫緒くんの力で」
「いえ、父さまの九頭竜で」
ようは二人ともとばっちりをくうのが怖いのである。ああ、無力なるかな男性陣。
そしてシロはというと・・・なにやら青ざめた顔でフラフラと立っているのもおぼつかない様子だ。
「姉君どの・・・ ケリは明日つけるということにできぬか?」
「へ? なによ、急におとなしくなっちゃって」
シロの様子の変化に美沙も少し冷静になったようだ。
「いや・・・ この国の酒は後からきいてくるのじゃなあ・・・」
そう言うと、シロは勢いよく後ろへとひっくり返ってしまった。慌てて樫緒がシロの元へと駆けつける。
「シロさん! どうしたんですか! シロさん!」
シロの目は、いわゆるうずまき状態でグルグルとまわっている。
「そりゃあれだけ飲んでこれだけ騒げば酔いも早くまわるわよ」
美沙はグロッグをしまいながらため息をついた。
「じゃあ、シロさんは・・・」
「悪酔いしてるだけよ。まあ明日は二日酔いになるかもしんないけど」
「へえ・・・ 美沙ちゃん詳しいんだねえ」
鷲士の感心した声に、美沙はエッヘンと胸をそらす。
「まあね、あたしも前に似たような失敗しちゃったし」
「へ? 似たような失敗って・・・」
「気にしない気にしない、それよりシロちゃんをお布団に寝かせてあげないと」
「え? いいんですか?」
美沙の台詞に驚いたのは樫緒だ。だが美沙はあっけらかんとした様子でにっこりと微笑んだ。
「まあね、いきなり殺されそうになったのには驚いたけど、でも悪いヤツじゃないってのはわかるから。それよりお布団敷く間、ちゃんとシロちゃんのこと見ててよね」
樫緒はうなずくと、呼吸が楽になるよう倒れたままのシロを抱きかかえた。小さなその身体は、樫緒が思った以上に軽かった。
11 〜夢と理由と今のなか〜
中国大陸、崑崙山脈。ここは別に人跡未踏の地というわけではない、様々な伝承や神話の舞台になってはいるが、所詮それらは作り物である。だが、人の身ではたどりつくことの出来ない場所、そしてそんなものがあることすら気づくことの出来ない場所というものも確かに存在していた。シロの住む村もその一つである。その村の中央に、どことなく厳かな雰囲気を漂わせている石造りの建物があった。東西南北それぞれの壁には四神をかたどったレリーフが彫られている。そしてその部屋の中央に、胸までアゴ鬚をはやして薄い紫色の布に身を包んだ老人が座っていた。老人の顔にはかなりの数のしわが彫られており、さながら長い年月を重ねた古木を思わせる。そしてその真正面、少し離れた場所に、老人に向かって頭をたれている白髪の少女の姿があった。
「紅の指輪が盗まれたか」
老人が口を開いた。外見とは裏腹に力強い声だ。シロは何も答えず、頭を下げたまま老人の次の言葉を待っている。
「お尻百叩きだけではすまんなあ」
「・・・はい、長老さま。覚悟はできております、なんなりと処分を」
シロはゆっくりと頭を上げた。本当ならばここでこんなこと言わずにさっさと逃げ出して、しばらくどこかに隠れていたい気分だった。長老は最近ボケ気味なところがあるから、百年も隠れていればすっかり忘れてしまうだろう。だが出来ない。盗まれたのは紅の指輪だ、自分が護り通すと誓った物だ。
長老と呼ばれた老人は、起きているのか寝ているのかさえ分からない顔をしてこちらをじっと見つめている。
「では、処分を言い渡す」
厳かな声が神殿内に響く。シロは再び頭を下げた。
「一日三食を、一日二食に減らす、以上じゃ!」
「えええええええええええええええ!!!!!」
あまりに「残酷な」長老の処分にシロは思わず悲鳴を上げた。
「長老さま! それはあんまりですぅ〜」
「覚悟はできていると申したではないか」
「いや、それはしきたりというか、きまり文句というか、ああ言えばこう言う的な関係と言うか・・・」
シロは必死で「一日二食の刑」から逃れようと懇願するが、長老は聞き入れなかった。さすがにあきらめて帰ろうと立ち上がりかけたその時、長老の口調が少し優しくなった。といっても本当に少しだけだったが。
「まあどうしてもと言うなら、別のものにしてやらんでもない」
「別のものにしてください! お願いしますぅ〜」
「・・・うむ、わしとしても二百年前の悲劇を繰り返させるわけにはいかぬ」
その言葉に、シロは少し悲しげな顔になった。
「二百年前といい、今回のことといい、おまえにばかりつらい思いをさせるな・・・」
いたわるような長老の声に、シロは作りものの笑顔を向ける。
「いえ、二百年前はともかく今回は自業自得です。それに一日二食よりかははるかにマシですから」
長老は少し眩しそうな目でシロを見ると、右腕を前の方へと伸ばした。
そこでシロは目を覚ました。少し頭が痛いのは、中途半端にあまりいいとは言えない夢を見たせいか、それとも昨夜の深酒のせいだろうか。しばらくぼんやり夢の断片を追っていたが、部屋に日の光が差し込んでいるのに気づき、まだ睡眠を要求する体をしゃんとさせようと背伸びをして―そこで両手両足が縛られているのに気がついた。特に両手は後ろ手に回されており、ビニールテープでしっかりと縛られている。
「目が覚めた?」
声のした方に目をやると、そこにはグロッグを自分に向けている美沙の姿があった。
「目は覚めたが・・・ カシオはどこじゃ?」
「昨夜何をしたのか、覚えてないの?」
美沙はグロッグの狙いをシロの眉間に合わせたまま、できるだけ表情のない顔でたずねる。が、シロはキョロキョロと辺りを見回している。
「お〜い、カシオ〜。どこにおる〜? いないならいないと返事をせい」
「・・・ちょっと、あたしを無視しないでよ」
「だからカシオはどこにおるかを聞いておる」
「先に質問したのはあたしでしょっ!」
「カシオはどこじゃ?」
執拗なシロの問いに美沙が折れた
「ふう・・・ 樫緒なら、鷲士くんといっしょにコンビニにご飯買いに行ってるわよ」
「そうか、で、わしは何故に縛られておるのじゃ?」
「・・・だから昨夜何をしたのか覚えてないのかって聞いてるのよ!」
シロのボケにさすがの美沙もキレた。銃を乱射しなかったのは彼女なりの成長だろうか。
「いきなり「お覚悟!」とか言ってあたしを攻撃してきたでしょ! 生きてるからいいけど一歩間違えば死ぬところだったのよ!」
ちなみにシロを縛り上げたのは今朝、シロがまだぐっすりと眠っている時である。鷲士と樫緒は反対したのだが、なぜトレジャーハンターを目の敵にしているのかを聞き出すためということで二人ともしぶしぶ納得した。時計の針は、もう昼近い時刻を指している。
「あ〜 そういえばそんな事をしたような記憶がちらほらと・・・」
「ちらほらとって・・・ アンタねえ」
「・・・それで、わしをどうするつもりじゃ?」
ふいにシロの金色の瞳が美沙を見据える。美沙は思わずその瞳に飲まれそうになってしまい、慌ててシロを睨みかえす。
「先に言っておくが、こんなちゃちな縄でわしの動きを封じたと思っておるなら大マチガイじゃぞ」
美沙は思わずグロッグを構えなおした。危険だ、と美沙の感が告げている。つい先ほどまで美沙の頭の中にあった「悪いやつじゃない、理由を言えば分かってくれるだろう」という考えはすっかり消え去っていた。目の前にいるのはただの大酒飲みの、外見では自分とあまり変わらない年齢の少女であるにもかかわらず、実は400歳のババアではない。自分にとって非常に危険な生き物。それでも美沙はグロッグをシロにむけたまま、表情を崩すことはしなかった。
「あたしがトレジャーハンターだってことで、あたしを殺そうって言うの?」
「まあ平たく言えばそうなるな」
「なんでよ!」
しばしの沈黙。シロと美沙はお互いに表情を崩すことなく、静かに睨みあっていた。それは相手のスキを狙っているかのようにも思えた。そしてその沈黙を破ったのは、シロの方だった。
「・・・では聞くが、わしがトレジャーハンターを目の敵にする理由を言えば、姉君どのはトレジャーハンターを辞めるのか?」
「それは・・・」
辞める気などない。自分のルーツを探すことを辞めることなど、出来るわけがない。だが正直にそれを言えば、目の前の少女は恐ろしい怪物となって襲いかかってくるだろう。それに自分は勝てるだろうか。
「・・・辞めることは出来ない。あたしにはあたしなりの理由があるの」
少し悩んだが、結局、美沙の口から出た言葉はそれだった。そこにはまだ話せば分かるといった期待があったのかもしれない。だがシロは全く表情を変えなかった、その答えが返ってくることを半ば確信していたかのように。
「では・・・ ケリをつけようかのう」
静かな口調でそう言うと、何をどうやったのかシロは一瞬でビニールテープの縛めから抜け出した―。
12 〜闘う理由はなんだろな〜
シロはビニールテープの縛めから抜け出すと、一気にドアを蹴破ってアパート前の道路へと踊り出た。美沙もグロッグを片手に後を追う。そのまま逃げていくかと思ったがシロはそこで止まり、美沙のほうに向き直った。美沙もすばやく銃口の狙いを定める。宣戦布告している以上、もはや手加減する必要はない。ないのだがここは人跡未踏の地というわけではなく、平日の昼前ということもあってか人はそういないがそれでもいつ人が来るかは分らないのだ。消音器はつけているものの、むやみに発砲するわけにはいかなかった。
「・・・どうなされた、姉君どの。撃たんのか?」
「あんたねえ、撃てないって分ってて言ってんなら怒るわよ」
シロはきょとんとした顔で美沙を見ている。
「? 銃が壊れたのか?」
「ほんとに分ってないみたいね・・・」
「もしや・・・ 姉君どの、今日は「あの日」か?」
「あんたねえ!」
これ以上放っておくとどんなことを言い出すか分らない。おかげで美沙は「なぜ銃が撃てないか」を説明するはめになってしまった。
「なんだ、人が来るかも知れんから撃てないならそう言えばいいのに」
「・・・普通気づくでしょ、こういう場合」
なぜ樫緒がこの少女に振りまわされているか分った気がする。ようするに普段からシリアスとボケの境界線が無いのだ。
「つまりおバカってことよね」
「何か言ったか?」
「なんでもない」
「うむ・・・ 少し気になるがまあいい。それよりも人が来るかもしれないから闘えないのならばしばし待て、人が来ないようにするから」
そう言うとシロは大きく深呼吸、そしてゆっくりと歌いだした。美沙はあわててグロッグを構えなおす。
(撃つのか?)
突然頭の中に直接響いてきた声に、美沙は思わず構えなおしたばかりのグロッグを落としそうになってしまった。
「なに? シロ、あんたなの?」
(撃ってもよいが・・・ そう時間はかからん、歌い終わるまで待て。人が来るぞ)
「歌い終わるまで待てって・・・ 今度は何が起きるのよ! また植物に襲わせようって言うの!」
(人が来ないようにするだけじゃ、姉君どのにはまだなにもしない)
まだ、ということは歌い終われば闘うということ。しかも今歌っているのは美沙が闘えるようにするためだ。なごんでいるわけではない、「闘い」の準備を始めているのだ。
「あんた・・・ マジみたいね」
美沙はグロッグを下ろすといざというときに弾詰まりしないようチェックをはじめた。その手が震えていることを、美沙は認めたくなかった。
「樫緒くん・・・ いくらなんでも買いすぎじゃない?」
鷲士が手にもっているのはおにぎりとサンドイッチが四つほど入ったコンビニのロゴが入ったビニール袋である。が、樫緒はたくさんの弁当を詰め込んでいるせいで膨れあがっているビニール袋を右手に二つ、左手に三つぶらさげている。「力」をつかって半ば重力を無視しているとはいえ、知らない人が見れば思わず手を貸してしまいたくなるような姿だった。
「父さまはシロさんがどれくらい食べるかご存知ないからそう言っていられるんです。下手したらこれでも足りないかもしれないんですよ」
これが冗談なら笑えるのだが、事実だから鷲士も黙るしかない。そのまましばらく二人は無言で歩いた。
「シロちゃんてさ、いい子だよね」
五分ほど歩いたところでふいに鷲士が話題を切り出した。
「なっ・・・! いきなり何をいいだすんですか!」
「何をって・・・ シロちゃんのことだけど」
「あ・・・ そうですよね」
考えてみればシロの話題を出されたからといって樫緒が慌てることはないのだ。そう自分に言い聞かせてなんとか平常心を保つ。鷲士はにこにこした顔で話を続ける。
「昨日はほんとに驚いたんだよ。いきなり美沙ちゃんから電話があったんだ。『樫緒が大変だから早く来て!』って。樫緒くんの身に何があったのかいてもたってもいられなくなってさ、慌ててかけつけたら『樫緒が知らない女の子とデートしてる!』って」
「デートじゃありません。街を案内していたんです!」
思わずむきになって鷲士にくってかかる。
「こっそり尾行なんて、だいたい父さまが止めなければいけないはずでしょう! それを写真までとって・・・」
「ゴメン・・・ でもさ、なんだかうれしかったんだよね」
「尾行したことがですか?」
思わず軽蔑した目線を向ける。鷲士は慌ててとりつくろった。
「違うよ! そうじゃなくて・・・ 僕、樫緒くんが同じ年頃の人と話しをしてるのって見たことがなかったからさ、だから・・・なんとなくうれしくて」
鷲士は満面の笑みを樫緒に向ける。樫緒は思わず照れくさくなって、その視線をそらした。
「・・・シロさんは400歳ですよ」
「そうだけど・・・アレ?」
鷲士は歩くのをやめるとキョロキョロと辺りを見回した。
「どうしたのです?」
「いや・・・ アパートに帰る道ってこっちだったっけ」
「そういえば・・・ こちらではありませんね」
「おかしいなあ、なんでこっちに来ちゃったんだろう」
頭をひねりながら二人は「アパートに帰れる正しい道すじ」に戻ろうと歩き出した。だがしばらく歩いて二人はまた、同じ思いをすることになるのである。
13 〜少女達(?)のラプソディ〜
美沙はグロッグを捨てるかどうか迷っていた。銃というものはなんだかんだ言っても基本的な使い方は「飛び道具」である。接近戦で振り回すには中途半端な形と重さ、撃ち合いでもしていればともかく、敵が近いとよほどうまく立ち回らないかぎり効果はうすい、そして目の前の敵は、うまく立ち回らせてくれなかった。
「どうじゃ、そろそろ降参するか?」
「なめないでよ! こっちだってそれなりに修羅場くぐってるんだから!」
叫びつつグロッグの銃口を合わせる、が、引き金を引こうとしたときにはもうそこにシロの姿はない、かといって見失ったというわけではないのだ。
「なんなのよアンタ、さっきからチョロチョロ動いてばかりでなんにもしかけてこないじゃないの! やる気あるわけ!?」
「姉君どのこそ、さっきから銃をあっちこっち向けてばかりで一発も撃っておらんではないか」
そうなのだ。美沙はまだ一発も撃っていない。別にシロが目にも見えない速さでうごいているとか超能力で邪魔しているというわけではない。美沙が狙いを定めようとするその端から絶妙な足さばきでするりとその射線から身をかわしているために、先ほどから動く、狙う、引き金を引こうとする、でももうそこにシロの姿はない、の繰り返しなのだった。
明らかに年季が違う、美沙が追うことができないのも無理はなかった。
「あーもう! 400歳のくせに、生意気なのよアンタ!」
「ね、年齢は関係なかろうが! そっちこそ小娘のくせに!」
「あーもう、うるさいうるさーい!!」
理不尽なことを言っているのは自分でも分かっていた。しかしこんな事でも叫んでいなければ、押しつぶされそうになってしまうのだ。
自分は勝てない。という闘っている最中に一番考えてはいけない思いに。
「・・・姉君どのが今何を考えているか、当ててやろうか?」
「な、なによ。いきなり偉そうに」
「わしが攻撃してきた瞬間を狙おう・・・ どうじゃ? 外れておるか?」
図星だった。だから美沙は何も言い返せなかった。
「なんじゃ、当たっておったか。そんな事しか思いつかんとはのう・・・ 修羅場というのもたかがしれておるな」
「う、うるさーい!!」
そう怒鳴ると美沙は再びグロッグの狙いをシロに向けようとするが、やはりすぐに射線をかわされてしまう。が、ここで美沙は奇襲にでた。いちかばちか、グロッグをシロの顔めがけて投げつけたのである。突然のことにシロはグロッグをはたき落とした、そしてそこに、美沙が待ち望んだ一瞬のスキができた。
「ふっ!」
軽い呼吸音とともに美沙はすばやくしゃがみこみ、左手を軸にしてそのまま右足で足払いをかける。シロの体術は足運びがカギとふんでの奇襲だ。そして読みどおり、シロは美沙の足払いをかわすことができずにそのまま仰向けに倒れこむ。その機を逃さず、美沙はすばやく体制を整えるとシロの上に馬乗りになった。シロの両腕を膝の下に押さえ込む。
「くっ・・・! いきなり銃を投げつけるとは、なんという・・・」
悔しげなシロを、美沙は勝ち誇った笑顔で見下ろしている。
「フッフーン。人を馬鹿にしないほうがいいって、400年の人生の中で学ばなかったの?」
「ねっ、年齢は関係ないとあれほど言うておるだろうが!」
「うっさいわね! ババアにはかわりないでしょうが!」
「ババアババアとやかましい! おぬしとてあと50年もすればババアじゃろうが!」
「あたしは美しく歳をとるからいいの! あんたよりはできた人になってみせるわよ!」
「なんじゃと、まるでわしができてないようではないか!」
「あっら〜 今気づいたのお? しようがないバ・バ・アねえ」
「区切るな! この小娘が!」
〜止める人がいないので、あと10分ばかり二人の口ゲンカが続きます、しばらくおまちください〜
「ゼイ・・・ ゼイ・・・ と、とにかく」
少しばかり疲れた顔で美沙は話を戻した。
「あんたが一体何者なのか、こっちはもう少し詳しく知りたいわけよ」
「ハア・・・ ハア・・・ うむ・・・それで・・・?」
こちらも疲れた顔で返事をする。
「鷲士くんと樫緒が帰ってくるまで、少し寝ててもらうわよっ!」
美沙はシロのみぞおちに力をこめた拳を打ち込む、はずだった。しかし突然、打ち込もうとした右腕を、後ろから誰かがつかんだのである。
「えっ、誰? 鷲士くん?」
思わず後ろを振り返る。がそこにいたのは鷲士ではなく、雪と見まごうほどの白髪を持った少女。
「なっ・・・ あんたなんで」
そこにいるの、と続けようとした美沙の言葉を、ゴキリ、と鈍い音がさえぎる。
「っ・・・・・・・・・!!」
思わず美沙は左手で右肩を押さえた。間違いない、肩が外れている。そして再び鈍い音が今度は左膝から聞こえてきた。
美沙は思わず悲鳴を上げた。
「・・・闘いの最中に勝ちを確信した姉君どのの負けじゃ」
美沙がそれを聞いたのは、左肩の関節を外された後だった。
14 〜シリアスなのか マジなのか〜
動けない。両肩、両膝がまるで鉛でも流し込まれたかのように重く、そして熱い。
「う・・・う・・・」
美沙はアパート前の道路にあおむけになって倒れていた。そしてそのすぐ脇には、白髪の少女が一人、美沙を見下ろしていた。
「あんた・・・ 何者なの・・・」
やっとのことでそれだけ言うと、美沙はシロを睨みつけようとした。だが両肩、両膝の関節が外された痛みがそれを許さなかった。
「・・・安心せい、殺しはせぬよ」
そう言うとシロはGジャンのポケットから何か細長いものを取り出した。そしてしゃがみこむと美沙の左肩に痛くないよう、そっと触れた。
「うっ・・・」
「痛いだろうが少し我慢せい」
シロは取り出した細長いものを左肩に近づける。立っているときは分からなかったが近くで見るそれは「針」だった。
「何を・・・するの・・・?」
「・・・ツボをついて姉君どのの両手足を弱らせる。二度とトレジャーハンターなどできぬようにな」
「・・・そんな」
「心配いらぬ、日常生活には問題ない」
「いや・・・止めて・・・」
美沙の両目に涙があふれ、一筋のラインを両頬に描き出す。
「トレジャーハントが出来なくなったら、あたし、あたし・・・」
「姉君どの・・・許せ」
シロは泣いている美沙の顔を見ないようにしながら針を美沙の肌へ近づけていった。その時である。
「何をやっているんですか!」
「わああっとっと!?」
突然の大声にびっくりしたシロは、しっかりつかんでいたはずの針を落としそうになってしまった。慌てて針をつかみなおす。が、運が悪かった。
「あいたあ!」
美沙の左肩に刺さるはずだった針は、シロの右の手のひらにぷっすりと刺さってしまった。慌てて針をひっこぬく。
「あいたたた・・・ 誰じゃ! いきなり大声を出したのは!」
「僕です!」
「・・・その声は・・・」
恐る恐る声のした方へ顔をむける、そこには弁当の入れすぎで膨れあがったビニール袋を五つぶら下げ、瞳に怒りをあらわにした少年と、小さなビニール袋を一つを手に、びっくりした顔をしている青年が立っていた。
「鷲士くん・・・ 樫緒・・・!」
「な、なんで・・・ なんで入ってこれたのじゃ? 人が入ってこれぬよう結界を張っておいたのに・・・」
それには答えず、樫緒は無言のままシロのほうへと歩み寄る。鷲士は急いで美沙の元へと駆けつけた。鷲士が近くに来て安心したのか、美沙はとたんに意識を失った。
「両肩と両膝の関節が・・・」
「なんですって?」
「いや、美沙ちゃんの両肩と両膝の関節が外されてるんだ。けど、これは・・・」
それだけ聞けば十分とばかりに、言葉を続けようとする鷲士を無視してシロのほうへ向き直った。ギロリという擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いで、シロをにらみつけている。
「か、カシオ・・・ 怒ってないか?」
「・・・怒ってないとお思いですか?」
「できれば笑顔で会話したいものじゃが・・・」
「笑顔にしたければ僕の質問に答えてください。なぜ姉さまにあんなひどいことをしたんですか!」
「それは・・・美沙どのがトレジャーハンターを止めないと言うから仕方なく・・・」
「だからって、関節を外さなくてもいいでしょう。それも僕や父さまがいないときに!」
「いなかったのだからしょうがないではないか」
「とにかく姉さまにちゃんとあやまって下さい。でなければ・・・」
「・・・でなければ?」
恐る恐ると言った様子でシロは上目使いに樫緒の顔色をうかがう。
「・・・でなければ、こうです!」
「にゃははははははははははは!」
いきなりシロはその場でごろごろと笑い転げる。樫緒は特に何をしているわけではない。しかしそれは傍目から見れば、だ。
「結城の力をこんなことに使いたくはありませんが・・・ まあ、中国には『笑い殺し』という刑罰もあったと聞きますしね」
「わ、分かった、分かったから。にゃへへへへへへへ・・・」
ちなみに「結城の力でシロをくすぐる」を発案したのは樫緒ではなく、美沙である。シロが酔いつぶれた時に、今度何かあったら、と樫緒に提案してくれたのだ。
「ひー、ひー・・・っくはははははは!」
「う・・・う〜ん・・・」
シロの笑い声に、少し離れた場所で気絶していた美沙は目を覚ました。鷲士もそれに気づいて呼吸が楽になるよう自分のほうによりかからせた。
「美沙ちゃん、大丈夫?」
「うん・・・っ!」
美沙は鈍い痛みに両肩を押さえる。
「・・・あれ? 元通りになってる?」
「うん、外し方がキレイだったから元に戻すのも楽だった。今日一日安静にしてれば治るよ」
「え、じゃあ鷲士くんが治してくれたの? それに・・・キレイに外れてた?」
「うん。たぶん筋や神経を痛めないようにしてくれてたんじゃないかな」
「そう・・・」
美沙はぼうっとした様子で苦しそうに笑いころげる白髪の少女を見つめた。
「や、止めて止めてえ!にゃはははははは! あっ、ダメ! そこは弱い・・・あはははははははは!」
「まだです。しっかりと反省してください」
「し、した! したからあっははははははははは!」
美沙はは〜っと深い深いため息をついた。
「まったく・・・ ほんとおバカさんなんだから・・・ もう・・・」
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