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……果たして、この腐った世界で、本当に護るべき物などあると言うのだろうか……。
ドゴォオオオン!!!
爆発音が響き渡る。ビルの一角が爆発した音だ。
よくよく見てみると、ボディガードらしき人物達も大量に倒れ伏している。
時々、何故か幾人かが幸せそうな表情で倒れているのはきっと気のせいだろう。
そして、彼らの上に立つ者も、また、追い詰められていた―――。
地下とは思えないほど、その部屋は明々と明かりが灯っており、部屋の様々な場所には豪奢な―――悪趣味とも言える高価な品物があった。
そして、その中では死々累々(いや、死んではいないのだが)と倒れ伏している黒服のボティガード達と、彼等とは対極に位置するような、まさしく華のような容貌をした二人の女性が、一人の老人の前に立ち塞がっていた―――。
「き、貴様ら……ワシが一体誰だと知っていて……!!」
「ええ、知っていますわ。」
艶やかなロングの黒髪を後ろに流した、大人の雰囲気を纏った少女――いや女性が口を開きそれに連れて、もう一人の少女―――こちらは大人の雰囲気は無いが、黒髪をポニーテールにした、とんでもない美貌の彼女が言葉を放つ。
「喜多方 吉次……。新型の強力な麻薬を作成して、それを息子を使って様々な人間に売り捌いた極悪人……でしょ?」
「そ、そうか!貴様らが……!『SURT』……!!」
「安心して。殺しはしないわ。ただし……。」
「死んだ方がマシな目に会うかもしれませんけどね。」
その紗慧の言葉と同時に、美緒は、パチパチと気の高ぶりによって微かな雷撃を纏っている拳を、その男の頬へと叩き込もうとする。
「ひぃっ!!」
しかし、彼女の拳はその男に当たる瞬間に、空を切る。
そんな彼を横から風のようにかっさらった人物がいたのだ。
「お、遅いぞ!貴様何をやっていた!!!」
「悪いな。どうやら少し迷ってしまったようだ。」
マイペースな言動で、その場に現れたのは、目つきの異様に鋭い青年だ。
武器は何一つとして身につけてはいない。
しかし、今までの黒服の男達とは明らかに異なる様子の青年に、美緒と紗枝も警戒を強める。
そんな彼女達をじっと見た後、思わず彼の口から溜息が出る。
「……こんな子供が噂の『SURT』だったとはな。泣ける話だ。」
しかし、いかに年が若いとは言え、見た目で彼は油断をするような愚か者では決して無い。
目の前に立ち塞がる以上、例えそれが幼稚園児から杖をついた老人まで、それは敵なのだ。
「何よ!!アンタは!!!」
子供扱いされたのに腹を立てたのか、美緒は思わず怒鳴り声を上げる。
「俺か。俺は……『護り屋』だ。」
と、そんな時、ちょうど別方面の敵を片付けるために別行動を取っていたドーラが部屋の中へと駆け込んでくる。
「美緒!!こっちの奴らは片付け―――!!!」
「お前は……。」
「あ、貴方ハ!!」
ドーラの危機を救ってくれた……ネームレスと名乗った青年であった。
――確かドーラとか言った名前だ―――は驚きに満ちた表情で、彼の顔を見る。
しかし、それは彼の方も同じだ。ただの少女では無いと思っていたが、まさか、ほんの気紛れで助けた少女が、まさか、復讐代理業の一員だったとは。
……いや、もしかしたら、彼はその事は薄々気づいていたのかもしれない。
しかし、そんな事は、今の彼等にはどうでもいい事だった。
「ネームレス!!貴方、こんな所デ何をしているの!?」
「見たら解るだろう?こいつのボディガードだ。」
そんな二人の様子を見て、紗慧がドーラに問い掛ける。
「ドーラ……。彼は?」
「え、ええ。前に話した、私ヲ助けてくれた人ヨ。」
紗慧に対してそれだけを答えると、彼女はネームレスの方へ向き直り、
さらにもう一度言葉を放つ。
「何でナノ!?貴方はそんな事をするような人ジャ……。」
彼女の言葉を受けて、彼は軽く頭を振る。
「いいや、俺は金さえ払えばどんな奴でも護る……最低な男さ。」
「じ、じゃあ、あの時私を助けてくれたのハ!?」
「ただの気紛れさ。第一、お前が『SURT』だったら、多分助けなかっただろうさ。」
「嘘!!貴方はそんな人ジャ……!!」
そのドーラの言葉を断ち切るように、彼は強い口調で、美緒達に向かって言葉を紡ぐ。
「今なら見逃してやる。さっさとここから消えて、二度とこんな事はするな。
そうすれば、今回は見逃してやる。」
今まで、ドーラとのやり取りを無言で聞いていた美緒が口を開く。
「笑わせないで。貴方、その男がどんな事をやっているか知っていて、
そんな事を言っているの?」
「さあな。そんな事は俺には興味が無いし……どうでもいい事だ。
俺は……ただ、依頼者を護るだけだ。」
その言葉を口にした時、ほんの一瞬だけだが、ふと、彼の目に形容のできない陰が過ぎる。
しかし、それも一瞬の事だ。
次の言葉を口にした彼は、普段の淡々とした口調に戻っていた。
「……これも仕事だ。悪く思うな。」
彼はすっと自分自身の右腕を、彼女達に向けると、手を握り拳に変えて、力を込めて握り締める。それと同時だ。
彼の右腕の肩から二の腕付近まで覆い隠していたジャケットが、引き裂かれ……
その中から、金属の光沢を持った肩当てのような物が姿を表す。
そして、その金属のショルダーアーマーの中心には燃え盛る炎の塔を囲む五芳星のような、ヒトデのような形をした紋章が刻み込まれており、さらに五芳星の頂点から30cmほどの牙のような物が五本ほど飛び出す。
彼は、自分の後ろでだらしなく座り込んでいる老人に声をかける。
「早く安全な場所にでも避難するんだな。ここに居られたら邪魔だ。」
「た、頼んだぞ!!その女どもに目に物を見せてやってくれ!!」
「解ったから、さっさと失せろ。」
後ろの廊下へと逃げ去っていく彼を振り返りもせずに、彼は真正面から彼女達を見据える。
「さあ、来い。ここを通りたければ、俺を倒してみろ。」
そう彼は言うと、すうっと自分の重心を後ろに置き、右手を無造作に天へと向け、
左手を軽く横へと向けると言う独特の構えを取る。
「ドーラ……。彼と何があったかは知らないけど、今は依頼を果たす事が先決よ。」
「う、うン。わかっているワ。」
「それじゃ……行くわよ!!」
ドーラには悪いけど……一気にケリをつける!
死にはしないと思うから、悪く思わないでね!!
美緒はそう思いながらも、結城の力を解放し、彼の頭の真上へと瞬間移動する。
九頭・右竜槌爪(うりゅうついそう)
美緒の得意技であるオリジナル九頭竜の技だ。
瞬間移動で相手の頭上に転移し、結城の力を乗せた右竜徹陣を相手に見舞う。
まともに当たれば人間の肉体は軽々と破壊される。
「……ムダだ。」
だが、その強大な破壊力を秘めた拳は、彼の肩に直撃する寸前―――何か硬い光り輝く壁のような物に弾き返される。
「!!」
「美緒の力が通じないなんテ……!!」
「まさか……幸貴さんのような中和能力の持ち主!?」
「違うな。」
ヴン……と微かな形容のし難い音を立てながら、彼の目の前の空間が歪められる。
「防護壁作成能力……!?
しかし、九頭竜の力を完全に弾き返せるほどの能力なんて……!」
結界能力自体はそう珍しい物ではない。
しかし、草刈家の中でも最強を誇る美緒の九頭竜を真正面から受け止めて、
子揺るぎもしない強力な結界を作れる人物など、彼女達は数人しか知らなかった。
そこで、紗慧は彼のショルダーアーマー(正確には違うのだが)に刻まれた五芳星にも似た紋章を見て声を上げる。
「まさか、『旧き印(エルダーサイン)』!」
「……そう呼ばれる事もあるらしいな。俺の能力は。」
『旧き印』、またの名をエルダーサインと呼ばれるこの紋章は、≪ペテルギウスの旧神≫と呼ばれる謎の存在が残していった旧支配者達を封じたとされる封印であり、その紋章は五芳星のようなヒトデのようにも似た形をしている。
その名を冠する彼の名前―――いや、悪名は裏の世界でも表の世界でも、かなりの有名人であった―――。
「『旧き印』だか何だか知らないけど、
その程度の能力で、私に勝てるなんて思わないでね!!」
彼女はそう一言叫ぶと、新たなる技の体勢に入る。
九頭・左竜赤壁(さりゅうせきへき)
結城の力で増幅した電撃を炎に変換して(自然界の炎より強烈)を浴びせる技である。
その炎撃は、大気に歪め、全てを焼き尽くす勢いで彼へと迫り来る。
「ムダだと、言ったはずだ。」
だが、その炎は彼に届く前に、何かに受け止められると、
まるで冗談のように強制的に、収縮され……球状の障壁に包み込まれる。
そして、その中に封じ込められた炎は、しばし燃え盛った後、あっさりと消える。
いかに強力とは言え、炎は炎。
燃える触媒である酸素が無ければ、燃え続ける事はできない。
しかし、彼女の本当の狙いはそれでは無かった。
左竜赤壁は囮。
人間の反射速度を超えた速さで、一気に横に回りこみ、間合いを詰める。
あの構えから見ると、多少武術の心得はあるようだが、しかし、強大な能力を持っている者は無意識的にそれに頼りがちになってしまう。
それにつけこめれば……!!
九頭・右竜雷掌。
右手に体内の生体電流を集め、それによって肉体を破壊すると言う、
もはや仙術とも言える九頭竜の技の一つだ。
当たれば、人間の肉体は雷撃によって破壊されてしまう。
だが――彼は、自らの体に当たる瞬間、雷撃を纏った美緒の腕を無造作に掴む。
「え!?」
よくよく見ると、彼の体は薄い光に包み込まれている。
彼は自らの体を『旧き印』で包み込む事によって、彼女の雷撃を無効化したのだ。
そして、彼女の腕を掴んだネームレスは、異様な速度で、綺麗に円を描いて彼女を投げ飛ばす。
その投げ技は、日本に伝わる合気柔術に似たような技であったが、しかし、その反射速度は半端な物では無かった。
あの合気柔術に似た武術のせいで無いとしたら―――動体視力や反射神経などの体機能などに何らかの改造を受けているに違いない。
確かに、すれすれの近距離戦なら、防御壁を張る暇を与えずに攻撃できれば、障壁も役に立たないだろうと言う彼女の狙いは悪くは無かった。
しかし、―――残念ながら、彼はただ防御壁に頼るような輩では無く、
それ無しでも、十二分に相手の攻撃をガードするだけの肉体能力を持っているのである。
「っつう……。」
いかに九頭竜と言えども、攻撃した後は必ず一瞬隙ができる。
それは威力が強大になればなるほど……つまりは一撃必殺の技になるほど、
外した後の隙は大きくなってしまうのだ。
彼の技は、わざと相手に攻撃を仕掛けさせ、それを防御した後で、
隙の出来た相手に自分の攻撃を叩き込むと言う、言わば「後の先」の技である。
しかも、彼には結界能力と合気柔術に似た武術がある。他の人間ならともかく、
彼が防御に失敗する事はほとんどと言っていいほどない。
しかし、ネームレスの結界は、ただ永続的に張り続けるのではなく、要所要所で的確に使われているとは言え、全く衰える気配を見せない。
結界を張るにはある程度のエネルギーを使わなければならない。
しかし、人体の内部のエネルギー量には限界がある。
ましてや強力になればなるほど、範囲が広くなればなるほど、そのエネルギー使用量は飛躍的に増加する。
ならば、どうすればいい?
自分の内部のエネルギーに限界があるのなら……そう、外からエネルギーを持ってくればいいのだ。
そこで考え出されたのが、ネームレスの右肩から二の腕までに装着された『オルゴン・エネルギー吸収装置』である。
オルゴン・エネルギーとは、大気中に漂う生体エネルギー……つまり『気』の事である。
これを発明したのは、ウィルヘルム・ライヒ(1897〜1957)と言う人間であり、彼は1914年から1918年までの戦争に将校として仕えた後、ウィーン大学で医学博士号を取った人間であり、1922年にはジーグムンド・フロイトと共に精神分析診療所を設立した。ここで人間の感情、行動、性を支配する生物的エネルギーに関する彼の仕事が始まった。
そして、彼は「オルゴン・エネルギー集積器」と、呼ばれる特別な密閉容器を組み立てることになった。
この装置を実用化されたのが、ネームレスの装置である。
しかし、先ほども言ったように、人間が一度に手にするエネルギーには限界がある。
そのため、彼の場合、このエネルギーを体の中に溜めたりするのでは無く、
結界を張る時に必要なエネルギーを集めて、そのエネルギーをそのまま結界へと変換しているのである。
何故、彼がこんな装置を身につけているかは不明であるが……。
「ならば!!」
今度は紗慧が自らの武器、『九竜牙』を振るう。
特殊鋼をも豆腐のように易々と切断する鋼線だ。これが当たりさえすれば……。
紗慧のその願いは半分だけ叶えられた。
ネームレスは迫り来るその鉄線の数本を……軽々と片手で薙ぎ払ったのだ。
「く!」
よくよく彼を見てみると、自らの腕に微かに光が点っているのが解る。
どうやら、彼は自らの腕に『旧き印』を張る事で、彼女の鋼線を無効化したのだ。
斬れない鋼線など、ただの頑丈な糸と大差は無いのだから。
しかし、彼女の狙いはそれだけでは無かった。
彼女の狙いは―――ネームレスを望みの場所に誘導する事だったのである。
「ごめんネ!!」
その言葉と共に、彼女の戦闘用多目的鞭『シュヴァンツ』が空を切って彼へと迫り来る。
今、彼が居る場所は部屋の片隅だ。
純粋に回避する空間が限定される以上、彼女の鞭を回避するのは難しい。
確かに、あのシールドがある以上、直接な打撃力は無効かもしれないが、彼の動きを止めて無力化すれば、これ以上の戦いは……。
しかし、その予測に反して、彼はその鞭が体に巻きつき終わる前に、『シュヴァンツ』を球円状の結界で受け止めると、その結界を一気に膨張させる。
「く!!」
まさかこんなやり方で弾かれるとは思っていなかった彼女は、一瞬動揺し、体勢を崩してしまう。
彼女があっと思った時は遅かった。一瞬、体勢を崩した隙を見計らったように、ネームレスが一気に間合いを詰めてきたのだ。
「悪いな。」
そう言いながらも、ネームレスはドーラの腕に手刀を叩き込む。
思わず、彼女が自らの鞭を落とした瞬間。
「ドーラから離れなさい!!」
その言葉と共に、いつの間にか近づいてきた美緒の手刀が唸りを上げる。
九頭・右竜巻旋(うりゅうかんせん)
その場で回転しながら結城の力を乗せた手刀で敵を薙ぎ払う技だ。
無茶をする奴だな。全く。
そう思いながらも、ネームレスは美緒の右竜巻旋を防御壁で受け止めると、
仕切り直しと言わんばかりに、彼女達と間合いを取る。
「どうした?お前達は、俺を倒すんじゃないのか?
その程度じゃ、俺は倒せないぞ。」
―――戦いは、まだまだ続く様相を見せていた……。
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