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……人は、最低な人間と俺を呼ぶ。
しかし、明日を知らず、昨日を忘れ、今日を生きるしか無いこの俺が、
生きるための糧を得る事の何処が悪いと言うのだ……。
激しい応酬の末、しばし互いに手を休める……。
そして相手の隙をうかがいながら対峙……。
そんな対峙の時間、彼はふと、彼女等に対して言葉を投げつける。
「金に任せて、正義の味方気取りか。結構な事だな。そんな奴等が俺に勝てると思うか。」
ネームレスの声にわずかに顔を上げる美緒。
「……それはアンタがプロだから?」
「そうだ。俺は護るためにこの力を振るうと決めた。俺は……人を護ると決めたんだ」
返答するネームレス。だが……何故か、その瞳にはほんの少しの翳りがあった。
それを聞いた美緒……。
「……馬鹿?」
ただ一言。その目には悲しみが宿っている。
「!?」
「護るプロ、ね。そういえばアンタ金さえもらえば誰だろうと護るんだっけ」
「ああ。金さえ貰えれば、誰であろうと護るさ。……それが、仕事だからな。」
ネームレスは思った。何だ、彼女は? 一体何が言いたい?
「やはりアンタ、ただの馬鹿よ。プロというのは機械みたいにボタン入れられたら命
令実行する物なの?」
「……。」
「あんたは金というボタンを入れられて、機械的に動いてるだけよ」
「……。」
「そうじゃない。アンタ脳みそついてるの、ホントに?」
年端も行かない……ドーラと同い年の少女の罵声に、ネームレスは答える事なく、ただ無言。
「アンタはただの機械も同じよ。自分で判断することさえ放棄して、それがプロだと言うのなら大間違いよ!」
「!」
沈黙。
……そうかも、しれない。彼女の言っている方の事が恐らくは正しいのだろう。しかし、俺は……。
そんな沈黙を守りつづける彼に向かって、美緒は唇を曲げて、言葉を繋げる。ネームレスはただただ、無言。
「金持ちの道楽、正義の味方気取り、ね。そうかもしれないわ。
でもドーラも紗慧も自分で判断してやってることよ」
そこでちょっと言葉を切る美緒。その背中が少しずつ輝きだしたように、ネームレスは思った。
「あんた、自分が護る相手を選ぼうという気は無いのね。全部他人任せ。
そんなのに負ける気、しないわ」
ばさっという音。ネームレスは目を疑った。6対12枚の翼。
──最上位の天使の象徴。
馬鹿な。あの少女が、そんな存在であるはずが無い。しかし現に……!!
「美緒! まさカ、スイッチ……!!」
「心配しないで、ドーラ」
笑いながら振り替える美緒。
「3つ目のスイッチを完成させてからは、全部解放状態でも結構安定してるのよ……。短時間なら」
「短時間っテ」
「1分30秒」
ドーラ、絶句。紗慧も声をかける。
「ウルトラマンより短いじゃないですの」
「充分よ」
……いいだろう。その一分30秒の間に勝負をつける!!!
彼の肩に備え付けられたオルゴン・エネルギー吸収装置が唸りをあげ、膨大なエネルギーを彼自身の肉体に供給する。
歩き出す美緒。ネームレスは即座に今までにないほどの強力な『旧き印』を展開した。あらゆる物理的・超物理的攻撃を防ぐ切り札だ。
しかし美緒はさっきまで自分の攻撃をことごとく防いだ『旧き印』を前に……。
「無駄よ」
九頭竜・蓮華通風
己の存在そのものを「虚数」に変換、『存在しない』モノとする。
この世からずれたモノなら、いくら堅牢な防壁だろうと容易くすり抜けてしまう。
それだけではない。あらゆるエネルギーの流れに『乗る』ことによって、相手に瞬時にして接近できるのだ。
『旧き印』のエネルギーも多分にもれない。美緒は何時の間にかネームレスの背後にいた。
異様な気配に気づき、ネームレスは背中に防御壁を張るために、エネルギーを収束させる。
「終わりよ」
「虚数」から「実数」へと戻る。それだけ。
『存在する』ことによって発生するエネルギーが吹き荒れ、ネームレスの背後で炸裂……。
かつて九頭竜にもダメージを与えたエネルギーである。
まだ、完全ではない結界を軽々と吹き飛ばし、その衝撃で吹き飛ばされたネームレスは、何が起きたのかを認識することも無く深い闇の中に落ちていった……。
「ば、バカな――――っ!!!」
喜多方 吉次はモニターごしのその信じられない光景に目を見張った。
彼の切り札、最高の『護り屋』であるはずのネームレスがゆっくりと地面に倒れ付していくのだから。
今までの余裕はどこへやら。彼は必死になって罵声を浴びせ掛ける。
「こ、この役立たずめ!お前のようなクズは契約解消じゃ!!」
そう部屋に通じるマイクに叫びながら、その老人のような容貌をした男性―――「SURT」のターゲットだ―――は、必死になって出口へと逃げ出す。
「逃がす……!」
「ものですか!!」
三人の人知を超えた武術の取得者達が、彼を探しに部屋から出ようとする。
彼女達なら、あっさりと彼を見つけ出す―――そのはずであった。
キィン!!
「!!!」
何故か響き渡る鋭い音と共に、三人を円球状の物が取り囲む。
結界だ。しかし、それを形成できる彼は……。
三人が揃ってネームレスの方へと視線を向けると、
先ほどまで気を失っていたはずのネームレスの姿まで何処かに消えていた。
「美緒!さっきの技ですわ!あの技ならこのシールドを……!!」
「お、お腹へった〜。」
彼女は結界の中で、そう間の抜けた声を上げると、へにゃんと膝をつく。
それを聞いて残り二人は思わずずっこける。
「ああああああもう!!ここまで来たのニ……!!!」
「見逃すなんて……。口惜しいですわ。」
「はあはあはあ……。」
彼―――吉次は必死で廊下を走っていた。
あ、あの女どもが来るまでに、『あれ』と、このワシさえ逃げ出す事ができれば……!
必死になって逃げてきた吉次は、異様にロックが頑丈そうな扉の前に立つと、彼しか知らないパスワードを打ち込む。
「こ、こいつさえ居れば……!!」
「い、いやぁ……。もう痛い事しないで。もういやぁ……。」
そこにいたのは、虚ろな目つきで虚空を見つめる一人の10歳ほどの少女……
これが彼の「資金源」の最も重要な《物》なのである。
この少女を見つけたのはほんのささいな偶然だった。
よくある病院での彼女の血液検査が、彼女の運命を変えてしまった。
あまりにも普通人と違うその特殊な血を、様々な角度から研究をした結果―――彼女の血を触媒とする事で従来の麻薬とは格段に違う麻薬……いや、『魔薬』を作る事に成功したのだ。しかし、彼女にとってさらに不幸だったのは―――その医者達が喜多方 吉次の手の者だった事だ。
それを知った彼は狂喜乱舞した。さっそく、彼は非合法な手段(要するに拉致)で彼女をさらうと、警察にも圧力をかけて、厄介事にならないように手を回した。
そして、実際、薬を作ってみた彼はさらにその薬の効力に驚き、喜んだ。
彼は、それを同じ政治家達にバラ撒いて強力なコネを作り、さらに、
息子を使って下層の者どもにも恵んでやって(彼はこう考えている)資金を得る事によって、さらなる上へとのし上がる……。
それが彼の狙いであった。しかし、全てはバカ息子がミスをした事から……!!
まあいい。この薬のいわば原材料であるこの女さえ居れば、
またいくらでも這い上がる事はできる…。
「うるさい!来い!!貴様さえいればまたいくらでも麻薬を……!!」
「そこまでだ。」
「!!」
背中に重症とも言える傷を負いながら、表面上は平然としているネームレスが、
彼の後ろから姿を表す。
しかし、流石に顔色の悪さと、脂汗は隠しようも無い。
彼は結界能力と、異常な動体視力や反射神経を持っているが、
肉体的には普通の人間と言っても変わりないのだから。
「ようやく見つけ出したぜ。」
彼女を見つけると、ネームレスは誰にも聞こえないほどの声で、
そんな事を言うが、それを覆い隠すように、吉次に向かって言葉を放つ。
「こんな子供を拉致監禁するとはな。なかなかにいい趣味だ。」
「だ、黙れ!!お前はワシを護るのだろうが!そのために高い金を払っているのだ!
今すぐ、あの女どもを何とかしろ今すぐ!!!」
先ほどのネームレスのやられた姿を見て、彼を役立たず呼ばわりしたのは、
もう彼の頭の中からは空の彼方へと消え去っているのだろう。
その言葉を聞いて、ネームレスは苦笑いと共に言葉を作る。
「ほう、俺はもう契約解消と聞いたがな。この耳で、きちんとな。」
「!!!」
「あ、あれは……。」
「契約が解消された以上、もうお前は雇い主じゃない。
これからは、俺の好きにやらせてもらうさ。」
すうっと彼はそれだけを言うと、彼女達に対して構えていた独特の構えを取る。
「と言う事で、《もう一つの依頼》を果たさせてもらおう。
悪いが…これも、仕事だ。」
その言葉を聞いた瞬間に、吉次の脳天にまさしく天啓のごとく閃く物があった。
しかし……残念ながら、それは彼にとって最悪とも言えるシナリオだったが。
「ま、まさか!貴様、こいつを見つけ出すためにわざとワシに……!!」
それを聞いた彼は、ニヤリと口元に不敵な笑みを作る。
「さあ。何の事やら。結果的にこうなっただけの話だろうさ。」
「くそぉおお!!この裏切り者がぁあああ!!」
あまりの事実に狂乱した彼は、必死になって自分を裏切った(と思っている)ネームレスに掴みかかっていく。
しかし、ネームレスはあっと言う間に彼の後ろに回り込むと、吉次の腕を取り、自らの肩に乗せると、そのままテコの原理を応用してネームレスに対して、前へと投げる。
「ぎゃあああ!!」
……当然、彼の腕は関節とは逆方向にテコの原理が働いたため、彼の腕はあっさりとへし折れる。
「ひ、ひぃいいい。」
逃げなくては逃げなくては逃げなくては。
もはや恥も外聞もへったくれも無い。ただこの場から少しでも早く離れる事が先決だった。
しかし……現実とは無常な物である。
廊下を逃げようとしていた彼の鼻先に何か壁のような物がブチ当たる。
結界だ。しかも、今回の結界は、美緒達を閉じ込めたように、彼を取り囲むような円球状のため、逃げる道などありはしない。
「今度は少し強めに結界を張っておいた。そう。……空気が出入り出来ないくらいまでな。」
それを聞いて、彼の顔色は一気に青ざめる。
ネームレスの言いたい事が彼にも理解できたのだ。
「そこの空気の量だとどれくらい持つかな?一時間か?二時間か?
今回は強めだから、その程度ならば楽勝で持つ。窒息死は苦しいぞ。
……せいぜい、自分のやってきた事を後悔するんだな。その時間はたっぷりとある。
……じゃあな。」
それだけを言うと、彼は必死で結界を叩き続ける彼に背を向け―――そのまま、立ち去ってゆく。
「た、助けて!助け……。」
だが、彼の声はもはや外に届く事は無かった。
もはや空気の流れすらも遮断されているため、空気の振動である声すら外に届かない。
ただ、空しく結界の中で木霊するだけであった。
「ひ、ひぃいいいいいいいい!!!!」
「お願い……もう痛い事しないで……。何でもしますから何でも……。」
今だ焦点の合っていない瞳で、どこか遠くを見つめている少女に、
ネームレスは今までの彼とは思えないほどの柔らかい、何処か安心できる声で少女に言う。
「もう……大丈夫だ。安心しろ。お前を家族の元に連れていってやる。」
「家族……?お母さん…?お父さん…?お姉ちゃん…?」
「ああ、そうだ。だからもう……怖い事はないんだ。」
そう言って、彼はしゃがんでその少女の視線を合わせると、彼女の頭を柔らかく撫でてやる。
「お母さん、お父さん、お姉ちゃん……!!怖かった……。怖かったよう……!!!」
今まで虚ろだった彼女の瞳に光が戻ると同時に抑えていた物が開放されたのか、
その少女は泣きじゃくりながら、名前の無い男に抱きつく。
そして彼は―――彼女を抱きしめながら、ただ、優しく髪を撫でるのだった。
その後、結界から開放されたスルトの三人が駆けつけた時、目にしたのは、あまりの恐怖を味わったのか、失禁し、髪が真っ白になったまま気絶している老人と、研究用のコンピュータなどが粉々に壊された部屋だけであった。
「お姉ちゃ―――ん!!」
「結―――!!!」
ネームレスの助け出した少女と、よく似たポニーテールの少女がお互いにひしと抱き合う。
依頼者である少女と、その家族だ。
「あ、あの……どうも、ありがとうございました。」
「礼を言う必要は無い。これも、仕事だからな。」
と、彼女達の両親達とネームレスが話している最中、依頼者の少女が彼の方へほてほてと走ってくると、自分の手にした物を彼に向かって突き出す。
「ありがとう!お兄ちゃん!!これ、お礼だよ!」
その少女は、大事にとっていたのだろう。
手垢まみれの汚れた五百円玉を、彼へと差し出す。
その眩しい太陽のような微笑を見ていると……自然に、名前の無い男の口元にも、
微かな笑みが浮かぶのであった。
「あの……これは少ないんですけど、お礼を……。」
彼女達の両親である、母親が見るからに薄い封筒を彼に向かって差し出す。
しかし―――彼はゆっくりと首を左右に振る。
「いや、いい。……もう、十分に貰ったからな。」
そう言いながら、彼は掌にある五百円玉を見つめると―――それを握り締める。
……そう、これでも俺にとっては、重すぎるのだから。
「じゃあね――!!おに――ちゃ―――ん!!!」
「ありがと――――ね――――!!!」
名無き青年は、そんな手を必死で振る二人の少女と、頭を下げて去っていく両親を、柔らかい光を湛えた瞳で、ただ見送っていた……。
「……そこに居るんだろう?」
あの家族が去っていった後、ネームレスは背後の路地裏に声をかける。
その路地裏から姿を表したのは、『SURT』の美緒、ドーラ、紗慧の三人だ。
「何の用だ。もうお前達と戦う気は無いが。用が無いのなら、俺は行かせてもらうぞ。」
そう言いながら、彼は前へと歩みを進めようとする。
「……彼女のデータの残されていたパックアップシステムは、我々が破壊しました。」
それを聞くと、ぴたりと、彼の足が止まる。
「全く、ツメが甘いのよ。アンタは。もうちょっと頭使いなさいよね。」
「……そうか。一応、礼は言っておく。……じゃあな。」
「一つだけ聞かせて。アンタ、彼女を救い出すのが目的なら、何で私達と戦ったの?」
そうだ。ただ彼女を救い出すのが目的なら、何故わざわざ美緒達と戦ったのだろう。
彼女達が戦っている最中に、少女を助け出せばいいのだ。
しかし、彼は振り返りもせずに、ただ一言答えた。
「決まっているだろう。一度引き受けた仕事は必ずやり遂げる。
それが、仕事を果たすと言う事だ。」
「……アンタ、こんなやり方しか出来ないの?こんな事してたら、体が持たないわよ?」
「俺は馬鹿だからな。自分で一度決めたやり方は変える気はないのさ。
また、依頼があれば誰であろうと護ってやるさ。……それが、俺のやり方だからな。」
「アンタ、馬鹿じゃないわ。」
呆れたように、彼女は頭を振る。
「……本当の、大馬鹿ね。」
「……よく言われるよ。」
そう言い、肩越しに振り返った彼の口元には、先ほどと同じように柔らかい笑みが浮かんでいた。
「もう用が無いなら行かせてもらおう。今度会った時は、敵で無い事を祈るが。
じゃあな。」
そう言って去ろうとする彼の前に、ドーラが回りこむ。
「待っテ。……助けてくれた礼、してなかっタわネ。これは……お礼ヨ。」
そう言うと、ドーラは彼の頬に……軽くキスをしたのだった。
「おっ、おお、お前!!なっ、ななな、何をするんだ!!!」
今までのほとんど表情を表さない、まさしく鉄面皮を地で行っていた彼が、嘘のようにいきなりあたふたとし出す。
はは〜んと言った顔で、美緒はネームレスの紅潮した顔を見つめる。
「アンタ、もしかして……。」
「多分……。」
「そうですわね。」
「な、何だ。お前達、その顔は。」
「アンタ……女性に免疫無いんでしょ?」
「〜〜〜!!!」
ぼむと顔から音がしそうなほど彼は顔を真っ赤に染める。
その態度が、雄弁に事実を物語っていた。
「あ〜そ〜。ふふ〜ん、そう言えば、投げ飛ばされたお礼がまだだったわよね〜。」
「ま、待て。お前何をする気だ……!!
う、うわ―――!!やめろ――――――っ!!!」
……平和な午後の昼下がりの出来事であった。
後に、『スルト』の神話上のライバルの名『フレイ』を名乗る事になる名前無き青年。
人は彼を《世界最高にして最低の守護者》『ネームレス』と呼ぶ!!
……のかどうかは誰も知らない。
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