――ナイジェリアの遺跡破壊劇から一年後。

 日本国、某所。
 巧みに杉の養殖林に偽装された林の中に、コンクリ作りの小さな小屋があった。今回の事件の発端であり、また終着する場所でもある、とある地下研究所の入り口である。

 そこから、地底に潜ること約百数十メートル。今回の事件の始まりを告げるドアのノブに、いささか焦った様子で、女性の手がかかった。


ぷれぜんと by 「東坊主」 

DADDYFACE SS
【花輪計画】〜きまぐれなかみさまのたね〜 


――ガチャリ

唐突に、扉が開いた。

(母ちゃんか……)

 母ちゃんの書斎の隣にあてがわれた自分の部屋。
 特にやる事も無く、パイプベッドに寝そべって、見慣れた天井のシミをぼんやりと眺めていた俺は、そのままゆっくりと起きあがる。

「おかえ……り?」

 上半身を起こして向きを変え、ベッドの上に座り直し、……いつも通り挨拶をしたところで、ふらふらな足取りで中に入ってきた母ちゃんの異変に気づいた。
 母ちゃんはここの筆頭研究者だ。いつも糊の効いたトレードマークの白衣をぴしっと決めている。
 でも、今日はやけに薄汚れてシワシワだし、俺の好きなちょっと上がり気味でキツイけどキラリと理性的な眼も、今はどんよりと濁って翳りを見せている。――髪だってボサボサだ。
 悩み抜いてやつれたその顔が、俺に事態を思い至らせてくれた。

「逃げる?」

 口を開いて、それが正しいかを確認する。……とはいっても、ここのところずっと母ちゃんから親父のやってるこの【花輪計画】について愚痴を聞かされていて、遅かれ早かれこうなるだろうと思ってたから、ほぼ間違いは無いだろうけど。
 ここ数日は、自分のしてきた事への後悔や、キチガイ親父に対しての愚痴ばかり聞いてた気がするけどね。
 ま、さらに言うんなら、【種】を通じて姉貴から送られてくる情報にも計画発動が近いということが含まれていたし……。

 案の定、母ちゃんは首だけでうなずくと、きびすを返して歩き出した。黙って、自分もそのあとに続く。
 俺が生まれてから、――約一年になるのかなぁ……?
 そんなかで、ここで過ごしたのは半年ちょっと。
 一生の半分とはいえ、長いような短いような、微妙な長さの時間だけれど、結構この部屋に居れた間は平穏だったと思う。
 少なくとも、あの親父に拷問よりヤバイ生体実験食らってた時よか、百億倍はマシだった。
 誇張無しに、ね。
 それでも、この部屋に別れを告げることに未練は更々無い。――むしろ喜びに全身が震えるのを抑えられない。
 母ちゃん個人にあてがわれた書斎を抜け、その先の個人用のラボも通り抜け、廊下へ。
 出たところで右に曲がる。ここは地下なために廊下には窓が無い。さらに照明が薄暗いために先がよく見えないけど、かまわずにその奥に向かって歩く。
 途中に現れた十字路を、――今度は左に曲がる。

(やっぱり)

 心の中だけでつぶやく。聞いた感じでは結構広くて、場所を間違えやすいらしいこの研究所だけど、姉貴からの情報に間違いがなければ、確かこの先は――特別居住棟のはず。
 【種】から姉貴経由で送られてきたここの全体地図のデータを再生して、右目の網膜に投影する――間違いない。
 そして歩みを進めるにつれ、データが正しかったことを証明するように、廊下の両側にガラス張りの個室がいくつもいくつも現れ始めた。

(おかしいな?)

 つい先日まで、特別居住室とは名ばかりのこのガラス張りの牢には、同じ顔、同じ瞳に同じ体、同じ遺伝子に同じく【種】を植え付けられた、数百人もの俺の姉貴や妹が生活して……もとい、「飼育されて」いたはずだ。
 香那〈かな〉姉貴の【種】から送られてきた映像ではそうだったし。
 でも今、そこには誰もいない。闇を吸ったガラスの壁が、俺と母ちゃんの姿をぼんやりと鏡のように映しだしているのみだ。

(こりゃ、【計画】も最終段階突入と見て間違いないな……)

 顔が自然に引き締まる。そうだ、今のうちに香那姉貴に連絡を取っておこう。

(姉貴、香那姉貴!)【種】を経由させ、今見ている映像と、そちらに向かっている事を姉貴に伝える。
(了解。こちらでは私もそろそろお迎えが来そうだから、早めにね)

 すぐさま返答が来る。直接相手と意識のリンクをしているんだから当然だ。

「母ちゃん、少し急ごう」
「……そうね」

 姉貴が危なさそうなので、ペースを上げる。その甲斐あってか、程なく視界の先に光が見えてきた。
 長い廊下の突き当たり、ガラス張りなのは同じだけど、一回り大きく、明かりにあふれたその部屋。本人から聞いた話だと、居住環境も他の部屋よりずっといいらしい。

――第一世代【エシュの種】保有者用特別室――  

この研究所の人間は皆こう呼ぶ、“香那の部屋”と。
そこに俺の姉貴、(まだ実際には顔を合わせてないんだけどね)“香那”(かな)がいるはずだ……。





――目を開く。

 木製のベッドに横になっていた私の目に、起き抜けには眩しい人工光が不意に目に入ってきて、反射的に目を細めてしまう。
 天井に付けられた四つの蛍光灯が私の部屋を照らしていて、その先の強化ガラスで仕切られた向こう側の廊下にまで、生白い無機質な光を届かせている。
 ここ、“特別居住棟”で別に暮らす他の姉妹達の部屋の照明は裸電球一つだから、この部屋はずいぶんと設備がいい。
 第一世代【エシュの種】保有者である“香那”――つまりはこの私が生活する、ということから、他の部屋に比べてすこぶる居心地が良いよう、配慮された結果らしい。
 広いし、生活必需品もあるし、ある程度の家具もある。――ま、クソくらえなんだけどね。こんな特別扱いは。
 【種】によって強化された感覚が、足音が近づいてくるのを知覚させてくれる。……少なくとも5人以上であることは確かだから、さっき連絡をくれた佑也(ゆうや)ではないけど。
 私は目を閉じると、【種】を起動。近づいてくる者の上方地点からの映像を網膜に投影する。

(ふむふむ……。やっぱりお迎えか……)

 男が……八人。
 内三人は白衣で、残り五人はアメリカ軍とかがよく着ているような迷彩柄の戦闘服を着て、各自、マシンガンのような物を下げている。

(まったく、ぶっそうなことだわ……。かよわい女の子一人相手にこの人数? 【種】まで封印してるのに……)

 視覚を通常に切り替えて、ベッドからゆっくりと降りる。数歩歩いて、強化ガラスの前に立って、やれやれ、と肩をすくめてみたりなんかする。
 これはついに覚悟を決めなきゃいけないらしい。――もう、彼らは私の部屋のすぐ前に来ていた。
 ……まず、三人の白衣の男が私の部屋の前に並んだ。こちらから見て右から、ガリガリでひょろっとした奴、チビではげている奴、ぶよぶよで、油でてかてかしている奴(うげぇ)の順だ。
 う〜ん……キモい。
 その後ろに三人を護衛してるんであろう迷彩の男達が、後ろ側に弧を描く感じで並び、特殊強化ガラス越しに私に銃の照準をあわせる。
 それを確認したところで、真ん中のチビハゲが、持ったリモコンみたいな機械を操作すると、「ごぅぅん……」と重い音を立ててガラスのしきりがゆっくりと上にのぼり始め、……しばらくして完全に天井に吸い込まれた。
 それを見計らい、囲まれてからうつむいて微動だにしない(ふりをしている)私に、暑っ苦しいぶよぶよおデブがこれまたえらっそーに命令してきた。

「第一世代【エシュの種】移植者、認識名“香那”外に出ろ」

 こんなあほぅの言うことを素直に聞くのは心底しゃくだけど、封印が掛けられている今じゃどうしようもない。
 うなだれた(ふりをした)まま、私は三人組の前に歩み出た。

早く来なさいよね〜。佑也のヤツ!





――同時刻、麻当美貴嬢はご機嫌であった。

「ほらほら鷲士!早くしろ!」
「わわ!?……そんなに急がなくても大丈夫だよ〜……」

 都内某所、名門カトレア女学館付属中等部前の大通り。
 日本人にしては二人とも長身のカップルが、かなり速いペースで歩いている。……いや、カップルと言ってよいものか?
 このときの彼らを、複雑きわまりない事情を知らない一般ピープルはこう表現するであろう。

 「女王と、引きずられていくその下僕」

 それはさておき。
 必要以上に力を込めてがっしりと右腕を抱え込み、ぐいぐいと引っ張っていく美貴に半ば引きずられるようによろよろと歩みを進めるのは、我らが小市民の代表みすぼらしさの代名詞、草刈鷲士その人だ。
 今日は、二人ともお揃いのジーンズと、以前美沙からもらった『余裕だニャン♪』様の肉球がプリントされた白のTシャツ一枚というラフなスタイルである。
 いわゆる、“ペアルック”ってやつだ。この事も、美貴の機嫌がいい理由の一つではある。
 いつもと違う美貴の激しいスキンシップに、先ほどから鷲士は顔を赤らめっぱなしであった。シャツ一枚でこんなにくっつかれると、なんというか、その……ぷよぷよとした限りなく柔らかい女性の体の神秘の一つが、腕に当たったりするのである。 
 だが、当の美貴嬢はそんな鷲士に気づきもせず、ひたすら舞い上がっていた。


――数日前。

「え!? 鷲士をカト女の学園祭に誘えって?」

 カト女近くのお馴染みのファミレスに、いつものように美貴の驚きの声が響き渡った。

「うん」

 美沙に大切な用事だと呼び出され、席についてとりあえず美沙はオレンジジュース、美貴はアイスコーヒーを注文をし、一息ついたところでどんな話なんだときりだした美貴に、開口一番美沙が言ったセリフが『鷲士君を学祭に誘って』だった。

「美貴ちゃんいつか言ってたでしょう?『学園祭をしゅーくんと一緒に歩きたかった』って。そんで、今週末に中等部の学祭があるのね。……で、ここは一つ、不器用な親のために一肌脱いでやろうかってことよ」

 運ばれてきたオレンジジュースで乾いたのどを潤しつつ、

「チケットは、こっちで鷲士君に渡しとくから、誘うところは自分でやってね。服装もこちらで指定しとくから、いつかのあのシャツ着てくるように!」
「……わかった。でも、ちゃんと彼OKしてくれるかな……」 
「だ〜いじょ〜ぶ! 根回しはちゃんとしとくから! ……それよりちゃんと誘ってよ?『二人で』来ることが重要なんだからね!」

 息巻く美沙の目に、真剣さを感じたのだろう。――美貴は、一つ頷いた。

「うん。……頑張るよ。ありがとう。――でも、今回はいつもよりやけに協力的だけど、どうして?」ふと疑問を口にする。
「うっ……」と、一瞬詰まる美沙。
 
「いや、まあ、ね。美貴ちゃんを応援するっていうのもそうなんだけど……」

 あさっての方向に視線を送りながら、さらにぽりぽりと頬など掻きつつ、にゃはは、と照れ笑い。
 
「……やっぱり子供としてはさ、こういったことには『両親』に来てほしいわけなのよね……」

 次の瞬間、美貴はテーブルから身を乗り出して、対面に座った美沙の体を抱きしめていた。

「く〜! キミってコはなんて親思いなんだ!」
「ちょ!? ちょっと美貴ちゃん!? みんな見てるってば!」


――その夜鷲士に電話。美沙の根回しもあってあっさりと了解をもらい、現在に至るのである――



「ようこそ、我らがカトレア女学館付属中等部学園祭へ!……チケットをお願いできますか?」

 制服のブレザーに「受付・九桐 透輝」(くどう とうき)と書かれたネームプレート。ちょこんと座った姿も小柄なお人形のようで愛らしい。
 正門の横、「受付」という紙の札の載った長机と一緒に据えられたパイプ椅子に座る少女の一人に、鷲士は事前に美沙からもらっていたチケット、美貴はカト女中等部時代の学生証をそれぞれ差し出す。
 受付の少女は手慣れた調子で確認すると、

「はい、結構です。それでは、どうぞごゆっくり」

 にっこり笑顔と一緒に、パンフレットを添えて返却。
 
「……それじゃ行こっ!」
「うん」

――ドン! ドン! ドン!
 タイミング良く響き渡った号砲にあわせるように、仲良く腕を組んで二人は正門をくぐった。

 「ふ〜ん……お嬢様校だって聞いてたから、もの凄いの想像してたけど、案外普通の中学校と変わらないんだね……」

 敷地内に入ったところで鷲士は辺りを見渡すと、少し驚いたような感想を述べた。

「ん? ……まあね、ここはお嬢様校ってのに間違いないけど、いろいろと変わってるんだ」

 ああ、そういえば美沙ちゃんも昔似たようなこと言ってたっけ……。などと思いつつ、鷲士は再び辺りを見回す。
 空にはためく万国旗、屋上からつられている「聖カトレア女学館付属中等部学園祭にようこそ!」の垂れ幕。
 この日のために飾り付けをされた校舎を取り囲むようにして、縁日のように、いくつもの店が軒を連ねている。
 どこにでもある、ありふれた学園祭の光景。
 ただ、夏服のブラウス姿の生徒が、誰も彼もみんな相当な美少女だったり、高そうなスーツやドレスに身を包んだ保護者らしい紳士淑女の姿がちらほらと見えるところが、カト女らしいといえば、そうなのだろう。
 
 「……お! いたいた! はろ〜♪ お二人さん、楽しんでる?」

 キョロキョロしている鷲士の横合いから聞き慣れた声。――結城美沙だ。

「うん、まだ来たばかりだけど……」

 声の方向に苦笑しながら振り向いた鷲士が、そのまま固まる。

「ど、どどどどどどどうしたの!?その格好?」
「はえ? 見てわかんない? ナースだよ♪」

 白いパンプス。白いストッキング。白いぎりっぎりのミニスカートに、白い看護衣。極めつけは、ツインテールの頭の上にちょこんと乗った白いナースキャップと、両手で抱えた「看護魂」と書かれたでっけぇ注射器。

「な、なんでそんな服装を?」
「え? う〜んと実は他にも巫女さんとか、バニーとか、はっぴとか、すっちーとか、メイドさんとか、セーラー服とか、猫耳猫しっぽとか、レースクイーンとか、体操着とか、スクール水着とか、チャイナとか、さらにそれよりももっとマニアックなヤツとかも用意してたんだけど、……そっちのほうがよかった?」
「――そうじゃなくて!なんで美沙ちゃんは他の子みたく制服じゃないのかって事!」
「あ〜……、なるほど。鷲士くんはブレザー派かぁ……」
「「美沙(ちゃん)!」
「……うそうそ、じょ〜くよ、じょ〜く」

 思わず怒鳴ってしまう保護者ズに、ニマリ、と意味ありげな笑いを返し、

「私たちのクラス典は、仮装喫茶なの。んで、これはその衣装って事。どう?似合う?」

 くるりんと器用に一回転。そして注射器を右手で抱えて左手はVサインの決めポーズ。白衣の天使、と言うよりはむしろ、白衣の小悪魔といった方がしっくりくるに違いない。

(……「仮装喫茶」というよりか、「コスプレパブ」なんじゃ……?)

 と、思ったけれど、口には出さない。ってゆーか出しちゃマズイ。――いや、それよりも気になることは……

「美沙ちゃん、親として言っておくけど……」
「なぁに?」
「……そういった服装してるとさ、ほら、わかるでしょ?変な人に絡まれないか、僕、心配で……」
「あ〜……はいはい。そのことについては大丈夫!……ほら、アレ見てアレ」

 注射器の針の部分でぴこぴこと指し示す。二人が振り返ったその時、ちょうど大柄で筋肉質な男が空を舞う瞬間だった。

「「!!!」」

 二人、絶句。
 なぜなら、自分の体積、重量共に数倍はありそうな男をブン投げたのは、先ほど受付をしてくれた小柄な少女――名前は確か九桐といった――だったからだ。

「「………………」」

 二人がいまだ絶句したままでいると、今度は横合いからわらわらと黒服の集団が現れ、倒れたままの男をえいさっ、と担ぎ上げるとそのまま彼方へと男を運び去っていく。

「いやだぁぁぁッ! 不公平だぞぉぉぉッ! 俺だってお嬢様校の文化祭に行きたいぞぉぉぉッ! なんでいっつも草刈ばっかしぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜!!」

 呪詛の雄叫びを残し、彼は、――消えた。
 
「生徒の安全のために、事前に配られた入場券を持ってる奴しか入れないようになってるしぃ、たまに変な奴が来ても、受付の子がああやってふっとばしちゃうのよね。……強いでしょ? あのコ。何でも五三桐(ごみとう)流とかっていう古武術の継承者なんだって。他の受付の子も、みんなどこかの武術の達人の子ばっかりだし」

 さすがは天下無敵のお嬢様校。どっかの道場のお嬢様も多いらしい。

「なにより、ここの保護者達がかわい〜我が子を護るためのボディガードいっぱい雇ってくれてるし、ね」

 しかし、娘の懇切丁寧な解説にも関わらず、鷲士と美貴は呆然としたままだ。

「ん?どしたの?」
「美貴ちゃん、あいつって確か……」
「うん、ラグビー部の……」

 冷や汗だらだらで視線を交わし会う二人を、訝しげに見ていた美沙だったが、ハッと我にかえると、

「んじゃ、私仕事に戻るから。二棟四階でやってる『仮装喫茶・萌』ぜひいらしてくださいな〜♪」

 最後を営業モードで締めくくると、美沙は校舎の中へと消えていった。

「それじゃ、僕らも行こうか……最初どこにする?」
「ん?それじゃあ……」

 もらったパンフをパラパラとめくり、……やがて、あるページの一部分を指さす。

「まずは、この自主製作映画ってのにしよう。私がいた頃から結構良いもの作ってたから、期待できると思う」
「ふぅん……そうなんだ? じゃあ、それにしよう」

 娘に続いて、二人も校舎の中へと消えていった。




 ……四つの蛍光灯が放つ無機質な光が、明かりのない廊下に頼りなく生白い光を通らせる。場所は移って、どこぞとも知れぬ研究所の深奥に位置した“香那の部屋”と呼ばれる一つの牢獄の、――その手前。

少女が、うつむいて立っていた。

 腰の辺りにまで伸ばした、白銀を清流に流したかのような滑らかな銀髪。
 その整った顔立ちは、かつて至高のギリシアの芸術家が一生かかって求め続けたような理想的な美しさを持ちながらも、あどけなさをまだまだ残していた。――だが、そのアンバランス感が彼女のミステリアス性を一層深めている。
 着衣は、まるで魔法使いが着ているような、フード付きの大きめな長衣。色は純白。
 歳は……十二、三であろうか? しかし、指先まですっぽりと覆ってしまうゆったりとしたものを着ているために、外見上は更に幼く見えた。
 うつむいているため、今は地面を見すえているその瞳の色は、最上質のエメラルドの原石の、さらに良いところだけを磨きに磨き込んだかのような深い緑。
この少女を一言で形容するのにぴったりな言葉があるとしたらとしたら、

―― “月の妖精” ――

これ以外にあるまい。

 彼女は今、八人の男に囲まれていた。――彼女の目の前に白衣の男が三人、その後ろに迷彩服を着た男が五人。
 そして、中心の三人の男の中で、彼女から向かって左側の、少しばかりではなく肥満しすぎた男が口を開いた。

「……おい、こいつには【精神制御】かかっていないんだろう?」
「ああ、【1st】だからな。かけなかったらしい。だが、【種】の方にはちゃんと封印がかけられているはずだ」

 はぁはぁと息づかいも荒い肥満漢の問いに、真ん中の禿げた男が答える。

「そのわりには、やけに素直過ぎないか?……つまらんな」

 禿げた男の答は、肥満漢には、納得のいかないモノだったらしい。
 彼は、一歩前に出るとその右手を伸ばす。――そして、その指先で、うつむいたままその先へと足を進めようとしない少女の華奢なあごをつかむと、強引に上を向かせた。
 突然の無礼な振る舞いに、少女の濃緑の瞳が肥満漢を睨みつける。

「フン、やればちゃんといい表情ができるじゃないか……。同じ顔した貴様らの姉妹はみんな従順で面白味に欠けたからな」

 にまぁっ、黄色い歯をむき出して笑い、ベロリ。油漬けのナメクジのようなヌトヌトした舌を、少女の頬に這わせる。ペチャリと汚い音がして……本物のナメクジがのたくったかのような筋がそこに残り、少女の顔が嫌悪に歪んだ。

「……そこら辺で止めておけ。見てくれは今までおもちゃにしてきた“できそこない”と同じだが、こいつは【花輪】の核だ。手なんかつけてみろ、あの方にバラされるぞ」

 右側に位置した、背が高くやせた男のやや呆れたような制止の言葉に、肥満した男は不満いっぱいの顔のまま、未練ったらしくもう一度少女の頬に舌を這わせた後で、ようやく手を引いた。

――変化は、唐突に訪れた。
 肥満した男が、突然自らののど元を押さえたかと思うと床に崩れ落ちる。何が起きたか理解できない仲間達の前で、目を見開き口をぱくぱくさせて床を転げ回った。

「おい!どう……」

 したんだ!と続けようとしたであろう禿げた男にも「それ」は襲いかかった。口はぱくぱくと動くのだが、そこからおよそ言葉というものが出てこない。いや、正確には……

(声が、出てこない!?)

 混乱する頭の中で、ようやくそれだけは認識できたものの、吸気を禁じられた苦しみのため、肥満した男と同じように胸をかきむしってリノリウムの床を転げ回る。
 本当のところを言うと、このときの男の認識は完全には正しくなかった。
 声が出てこない、というところは正しい。しかし、それだけではないのだ。
 あらゆる「音」そのものがまったく聞こえないのである。
 床を転げ回る音も、衣服を引き裂く音も、その区間だけがまるで切り取られたかのように、辺りには微かな音さえも響くことはなかったのである。

(【種】の力か!? いや! 確かに封印はなされていた。ではなぜ!?)

 白濁する視界の中で、他の者達も同じような状況である事だけがやけに目に入ってきた。迫り来る死の後影から逃れようと、必死で手足をもがかせるが、すでにマヒの出始めた四肢ではそれすらままならない。
 
 ――しばらくして、ピクピクと細かな痙攣を続けていた者達も完全に動きを止め、強制された沈黙ではない、本当の死の停滞がもたらす沈黙が辺りを支配した。
 『薄闇と屍の輪の中、月の妖精のごとき少女が朧気に浮かぶ』という、あたかも一枚の退廃的な絵画のような光景がそこ展開されたのである。
 そして、すべてが終わっても、その少女は身動き一つしようとしない。
 あるいは、これは本当に絵画の中の出来事なのかもしれない。そう錯覚させる短い時が流れた。――が、

「神経性の毒ガスで頭かこって、効果が出たな、ってところで辺り一面を真空にする。【第三世代】レベルの力でも、こんぐらい楽勝楽勝さ♪ 逃げられるのはヤベェし、音たてられちゃ、それも面倒なんでね。ま、ロリコンのお仕置きも兼ねてるっつー事で? なるべく苦痛は感じないヤツ合成しといたから、少しは感謝しなよ?」

 通路のその向こう側から、シリアスな雰囲気をうち崩すやたら明るい声が聞こえてきた。――そして、姿を現した者がいる。
 少年と、白衣の女性だ。

「んと、直接会うのは初めてだから、ハジメマシテ、かな?ども、あなたの唯一の弟、佑也ッス。香那姉貴のピンチと聞いて、ただいま駆けつけました!」

 佑也と名乗った少年は元気いっぱいに笑いながら、いまだ沈黙したままの少女、“香那”に握手を求める。
 彼の風貌はハリネズミのようなつんつんの短く刈った銀髪に、原始林の深淵を思わせるような碧玉の瞳が特徴的で、その服装は、香那が身に付けているのとは色違いになる紫紺の長衣といったところであった。
 年格好も、体型も、顔の造形も、歳がまだ幼いということも手伝ってか、香那とほとんど見分けが付かない。
 ただ、その活発な雰囲気から浮かぶ言葉は、姉である香那の「月の妖精」に対し、「銀色の暴れん坊」といったところだ。

「あれ? どうした? 姉貴?」

 差し出された手に応えることもなく、ただただ固まったままの姉の様子に佑也はしばし?マークであったが、――やがて何か思いついたのだろう、ポンと一つ手を叩くと、

「さぞや恐ろしい目におあいになりましたのでしょう。されば、こんな愚弟の胸で良ければ遠慮なくお泣きくださいませ、麗しのお姉さま?」

 ニヤニヤしながら、多分に芝居がかった感じでパッと両腕を広げて見せる。――その鼻っ柱に、無言の香那の右ストレートがモロに決まった。



……みしぃっ



「うんぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!!?」

 油断したところで、鼻っ柱をどつかれる。――これは痛い、途方も無く痛い。
 鼻を押さえて歯を食いしばり、悲鳴を押さえ込んでその場に踏みとどまったのは、たいしたものだ。

「遅いっての来るのがっ! おかげであの変態にほっぺた舐められて、気持ち悪いったらなかったんだから!」

 さっきまでのしとやかさはどこへやら、突然香那は辺りに響かない程度の小さな声でわめき散らし始めた。さらに右拳を握りしめたまま、鼻を押さえて呻いている佑也の襟首をひっつかみ、

「水! 水出して水!」

 と無茶な希望をする。が、鼻を真っ赤にした佑也が、涙目になった視線を虚空に向けると……

ジョロロロロロ……

 なんと、何も存在しないはずの虚空から、蛇口をひねったかのように水が湧き出てきたではないか!
 香那はその水を両手で受けると、顔をバシャバシャ。
 特に、舐められた右頬だけは念入りに何度も洗い、顔に残る水気を佑也のローブの裾で拭ったところで、「あ〜、さっぱりした」やっと笑顔になった。

(まあ、いいか……)

 問答無用で鼻っ柱をどつかれたのは、ちっとばかし頭にキた。
 けれど、姉のスマイルでやっぱそんな事はどうでも良くなった佑也は、とりあえず会話でコミュニケーションを開始する事にする。

「確か、母ちゃんと香那姉貴は面識あったんだよな?」
「ん? まあね。前にも【種】でのリンク時に話したでしょ? 私達の遺伝子提供者にして、ここのNo,2。【花輪計画】の技術関係においては、事実上の最高責任者。御度島 火斗乃(みどじま ひとの)。そして【ファースト】にして【核】にされちゃったこの私、“香那”。ふたりはと〜ぜん、実験とか調整とかで何度も何度も会ってるわけ。……ま、研究者とその対象、ていう立場で、だけどね」

 答えた香那は、複雑な表情のまま笑う。

「……なるほどねぇ。確かに、聞いてたとおり、てことだ」

 姉が、火斗乃の事を、母として呼ばない事に寂しさはあったが、しょうがないことなのだろうと思う。数百いる姉妹の中で、彼女を母と呼ぶのは多分自分だけだから。

「もういい? ……それじゃ、あなたの【エシュの種】の封印を解くからコレの先端部を見てくれる?」

 香那が一息つくことを待っていたのだろう。佑也に同伴していた白衣の女性――火斗乃が、懐からペンライトのような装置を取り出した。
 香那はすぐにくるりと振り向いて、「お願いします」ぺこりと頭を一つ下げ、ペンライトのような装置の先端を見つめ始める。

――赤い光が、ペンライトの先に点った。

 続いて、その光が規則的にチカチカと点滅を始め――最初は大きく間を取っていたその周期が徐々に短くなっていく。
 同時に、香那の瞳孔が次第に散大していき……

パッ!
 
 一段強い光が発せられたその瞬間。

「音声認識コード、御度島火斗乃。暗唱コード、8569854。解除コード【ソポナ】、【エシュの種】封印解除」

 火斗乃の澄んだ声が、香那の瞳を通してその奥に吸い込まれ、――同時に、香那の瞳孔も元の大きさに戻った。
 香那は、数回目を瞬かせ、手をわきわきして…、おもむろに床に転がる白衣の肥満漢に視線をやる。すると、視線の先の白衣が風もないのに揺れ、続いて、体全体がゆらりと音もなく、空中をたゆたった。

「ををっ! 解けてる解けてる!!」

 死体を浮かべているという行為はいささかシュールであったが、香那は無邪気に喜んだ……。







「結構本格的だったね。僕びっくりしたよ」
「ん? そう?」
「かなりSFっぽかったけど、CGが凄かったせいかな?なんかやけにリアリティがあったよ」

 こちらは現在カト女の文化祭をエンジョイしまくっている鷲士、美貴の両人。二人は今、映画研究会の自主製作映画、「カト女恋愛狂奏曲」を鑑賞してきたばかりなのである。
 大まかな筋としては、そこら辺のアイドルを余裕で蹴散らすほどのファンを引き連れたカト女の「美緒」という超絶美少女が、彼氏を作ってしまったために起こる一大ドタバタアクションラブコメディーといったところ。
 モテすぎるのも苦労するんだなぁ、というのが鷲士の率直な感想で、美貴は、上演の途中で何度も「わかるな〜」とうなずきっぱなしであった。
 ただ、ラストの、ヒロイン「美緒」が、恋人役「麟太郎」と熱いベーゼを交わす(合成ではない)シーンだけは「いいなぁ……」と密かにつぶやきもしたのだが。
 この映画、宝塚のように出演者の全てが女性なのである。男装の麗人、というヤツだ。それでも「身長的に」無理なところには、シスターの協力を仰いだらしい。
 彼らの熱演と同時に、空を飛ぶ先行者軍団と人形の争いや、ヒロイン「美緒」の天使の羽などの要所要所に使われる、部員達が私財を惜しげもなく費やしたSFXはハリウッドクラス。
 なかでも、ラストシーンのキレた「美緒」が校舎を吹っ飛ばすシーンは、まさに圧巻の一言。(ちなみに、ナンバーテンやキェロツーもCG)
 おまけに出演者の直筆サインが入った特製パンフレットまで付いてくる。初回に入れた鷲士達は、舞台挨拶も見ることができた。
 上演時間が20分と短いのが残念なのだが、お客の回転数を上げるためにはしかたのないことなのだそうだ。
 余談としてだが、この映画、あまりの人気に続編が決定する。次回作タイトルは「甘々恋愛夏期休業」となるが、この事は今はまだ誰も知らない。

……上映場所となっている視聴覚室から出ると、彼らは他の展示物の見学に向かうことにした。

 写真部の展示、「今年のカト女十大スクープ!」や美術部の「有名人の似顔絵展」などを回り、中庭でやっている音楽部の生演奏をBGMに、彼らは腕を組んで、ゆっくりと校内を歩く。だいぶ慣れてきたのか、ようやく鷲士は落ち着いてきた感じであった。
 こうやって、カト女の文化祭を何気なく鷲士と腕を組んで歩くこと。
 それは、美貴がここに在学していた時から、幾度となく夢見ていたことだった。
 その夢が今、時間を超えて実現しているのだ。

(ああ〜ん。もう死んでもいいかも……ってダメ!この気持ちを今日こそは、今日こそは言うんだ!私がゆうちゃんです、って!……でもダメ〜しゅーくんの腕気持ちいいよ〜……)

 もう既に、美貴様はトロットロ。……と、急に鷲士の足が止まった。

「うわわ!?」

 幸せに浸りに浸りきっていた美貴様は、思わずつんのめってしまう。

「鷲士!どうしたんだ?いきなり止まったりし……て……?」

 幸せ気分を邪魔された美貴様が荒い声で鷲士に文句を言う。――が、すぐに自分自身も「それ」に気付いた。

 ある一軒の模擬店の前に、列が、二列。一方は順番待ちであろう、――だがもう一方が問題なのだった。
 全員が、涙しているのだ。
 スチロール製のお椀を抱えたまま。しかも、はらはらと流れ落ちる涙を拭うことなく、全員がガツガツとしっかりと抱えた器に入った料理、――すなわち筑前煮をむさぼり食っている。会社の重役さんも、社交界では有名であろうマダムも、もちろんここの生徒ですらも。
 異様、まさしく異様としか言えない光景が廊下いっぱいに広がっていた。……さすがに二人も声がない。

「「…………………………」」

「――おっ!? ラブラブだねぇ、お二人さん!」
「麗華!」「麗華ちゃん!」

 気まずい沈黙を破ったのは、意外な人物だった。
 頭に三角巾、下には子猫が寝ころんだイラストがプリントされているエプロンを着ているため、いつもの派手な装いとはだいぶ雰囲気は違ったが、硬直する二人の背後から声をかけたのは美貴の親友、宮前麗華本人であった。

「麗華、こんなところで何してるんだ?」

 ラブラブ、との言葉に少々ではなく顔を真っ赤にしながらも、美貴が疑問を抱いたのは当然である。麗華の服装はどう見ても、学祭を楽しみに来たOGの服装ではない。

「ああ、コレ?」

 ぴろぴろとエプロンをはためかせ、

「ちょいと助っ人で、ね」

 そこでようやく、鷲士は『調理室』と書かれたプレートにつり下げられた、ここの店の名前が書かれた木製の小さな看板らしきモノに気づいた。

(本格派筑前煮…………『白月屋』!? まさか!?)
「あら、草刈君?」
「白月さん!?」

 教室を利用したお店の中から、鷲士の直感が正しかったことを証明するように、一人の女性が姿を現した。
 麗香と同じく三角巾で、こちらは割烹着を身にまとい、見ているだけでなにやら和んでしまう雰囲気を持った女性が、のれんをかき分けてひょいと顔を出していた。鷲士達が住んでいるアパート「ふじ荘」の管理人にして大家さん、白月 雫(しらつき しずく)さんである。(SS“おおやさんは、たいへんです”参照)

「あ、美貴ちゃん紹介するよ。こちらは僕の住んでるアパートの大家さんで……」
「白月 雫と申します。よろしくお願いしますね」

 いまだ面識のない美貴に、鷲士に重なる形で雫が自己紹介をする。雫はじっと美貴を見つめ、

「鷲士君から、あなたのことはよく聞いていますよ。……うん、やっぱり実際に会ってみると……。いいですねぇ草刈さん。こんなに綺麗な彼女がいるなんて、幸せ者ですよ?」
「え? いやぁ、そんな……彼女だなんて、アハハハ!!」

 にこやかに微笑む雫の「彼女」発言に過剰な反応を示した美貴は、両腕で自分の体を抱くと、クネクネ。鷲士も苦笑い。……そして、ふと思い出したように一つ質問をする。  
「でも、なんで雫さんがカト女の文化祭でお店を?」

 そりゃそうだ。学校の文化祭で、全く関係ない人がなぜ模擬店など開いているのか?
 その問いに対して雫は「それはですね……」と答えかけ、……はた、と列に並んでいるお客の恨めしげな視線に気づいた。

「まあ、こんな所で立ち話もなんですし……、他のお客さんのお相手もしなければなりませんから、中へどうぞ?」
「はいっ!!喜んで!!」

 苦笑しながら、店の中に入るようにうながす雫。その言葉に連れられて、「彼女」発言で気分が最高潮の美貴はどんどんと中に入っていってしまった。

「ちょ!? ちょっと待ってよ美貴ちゃん!?」

 順番をきちんと守って並んでいる客の視線に、鷲士は少なからず身の危険を感じたが、慌てて二人の後に続いて入店。
 店内に入って最初に目についたのは、黒板の前の一際大きなテーブルの上に鍋敷きをしいて並べられ、いい感じで湯気を立てている、炊き出し用の大きな三つの鍋。
 その手前に並んだ、雫や麗香を初めとした数人の給仕の女性が手際よく玉じゃくしを動かし、器に中身――筑前煮を盛りつけていく。
 廊下から並んでいる人の列の一つは、ここにつながっており、自分の順番を、今や遅しと待ちこがれていた。
 中には、鬼気迫るような表情の者までもがいる。
 しかし、全員がフル回転で働いているにも関わらず、人の列は短くなるどころか、逆にどんどんと増えていってしまっている有様であった。

「しかし、本当によく売れるよね……」

 ひっきりなしに続く人の列をなかば呆れて眺めながら、鷲士はつぶやいた。「そうだね……」とやはり美貴も(違った意味で)ぽややんとした答えを返す。
 調理室には、生徒用のテーブルがいくつもあり、お客さんが座れるようになされている。だが、席には限りがあり、座りきれなかった人は、再び列をなして調理室の外に出ていくしかない。――これが二つ目の列だ。
 一人で何杯も買っていってしまうお客対策に、「お一人様一杯まで」という札を設置したのだが、これが裏目に出た。
 その奇跡の味に涙したお客がもう一度列にならぶ、という悪循環が起きているのである。
 しかし、だからといって他に方法が無い、というのもまた事実であるが。

「ごめんなさいね? お待たせしちゃって……」

 次の仕込みを終え、大鍋をまた二つコンロの火にかけた終えた雫が、スチロール製のカップを二つ持って近づいてきた。

「いえ……。でもいいんですか? お店のほうは?」
「ええ、後は麗香ちゃんにお任せしましたから……。本当にいい子ですよ。助っ人を頼んでもイヤな顔一つしないで手伝ってくれますし、てきぱき仕事をこなしてくれますから、とても助かるんです。――後輩とはいえ、文句無しに彼女はいいお嫁さんになれると思いますよ」

 にっこりと笑う雫。
 その手からカップを受け取り、そうですね、と相づちをうった鷲士は、アレ?と首を捻る。
 
「後輩、ですか?」

 鷲士が何か言う前に、美貴が先に言葉に出した。

「ええ、美貴さん。私はここの卒業生なんです。だから、麗香ちゃんやあなたには、“先輩”って事になるんでしょうか?」

 もっとも、私が卒業したのはあなた達よりもずっと昔のことですが……と苦笑。

「ここの理事長様とも懇意にさせていただいてまして、実は今回ここでお店を出しているのも、理事長様たってのお願いなんですよ。『素人の作る物なんか売り物になりません』、と何度も断ったんですけどね。何度も何度も仰られるので、それならば、と……」
「いやぁ……。いつもお裾分けしてもらって、そのたびに思うんですけど、雫さんの筑前煮はお店で売られてる物なんかよりずっと美味しいですよ? ……美沙ちゃんもよく言っています『この味はラマダンのシェフでも絶対出せない』って。――それに、なにより雫さんのは『特別』だからじゃないですか?」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですよ」
「――鷲士。どういう事? 『特別』って?」
「……それはね、食べてみたらわかるよ」
「では立ったまま、ではお行儀が悪いですから、こちらにどうぞ?」

 「あ、どうも」と、美貴は雫に差し出されたパイプイスに腰を下ろし、続いて鷲士の指し示す動きに従って、カップの中をのぞいた。
 雫の筑前煮は、至ってシンプルである。具材の種類は多くないし、作り方も簡単だ。
 大きめにぶつ切りにされた、皮付きの鳥もも肉。これを最初に炒めておく。
 これと、乱切りにされたごぼう、にんじん、レンコン、ゆでタケノコと、皮をむいた里芋、それからちゃんと手でちぎったコンニャクとを鍋に入れ、秘伝のだし汁と醤油、砂糖と酒で味を調える。
 後は、丹精込めて弱火でことこと煮込み、じっくりと味が染み込んだところで、色鮮やかなグリーンのさやえんどうを上に散らす。――ただそれだけ。

(良い香り……)

 とりあえず、いい感じに煮上げられて皮に艶と照りのある鶏肉を、割り箸でつかむと、パクリ。

――瞬間、美貴の全身に稲妻が走った!

(……美味しい!!)

 体中が、これを食することを求めている。そう表現するしかない感覚に突き動かされるように、美貴は恐ろしい勢いで割り箸を回転させ始めた。
 「美味しい!!」などと言葉を出すようなゆとりなど無い。――最後には、器に直接口を付けてガツガツとむさぼる。


あったかい。
なぜかとても懐かしい。
こころが、ほぐれていく。
頑張ろう、って気持ちがあふれてくる。


 慈愛に満ちたその味に、美貴は涙が止まらなかった。
 鷲士は、美貴の変わり様に少し腰を浮かせたが、――自身も思うところがあったのだろう、再び座り直し、柔らかに微笑む。
 そして、途中鷲士に差し出された彼の筑前煮もすさまじい速度でたいらげると、ようやくそこで一息ついた美貴は、右腕でゴシゴシと目頭を拭った。

「……ごちそうさまでした!! この味、一生忘れません!!」
「お粗末様でした。……そんなにたいした物ではありませんが、そう言ってもらえると、とても嬉しいです。――よろしければ、また鷲士さんと一緒に、アパートの方に遊びにいらしてくださいね?」
「ぜひ! お願いします!」

 そして、美貴は鷲士の腕を取ると雫に一礼。そのまま彼を引っ張ってどんどんと出口へ進み始めた。列を突っ切り、人にぶつかって文句を言われようが、気にした様子はない。
 
「ちょっと!? 危ないってば、美貴ちゃん!?」
「鷲士、来て欲しいんだ。――この学校の、秘密の場所に」







「……で、これからどうする? やっぱり最初の予定通りにこっから逃げんのか?」
「あったりまえでしょ? あれだけの数とガチンコなんかやらかしたら……こっちが先にひからびるってば」

 こちらは研究所内。すっかり調子を取り戻した香那と、佑也の会話である。

「ついでに言うと、【2nd】や【3rd】や【4th】が個人個人で襲ってくると思う? いくら私が【1st】だって言っても、あんのクソオヤジ中心に【共鳴】で全員の【種】の力を集められたら? ……とても勝ち目なんかないわよ」
「そりゃそーだわな……」
「それにね、私が捕まるってことは、そのまま【花輪計画】の発動を意味すんのよ? もし【花輪】が紡がれたらこの世界がどーなるか……わかってるでしょ!?」
「わかってるってば! それは何度も聞いてるっつーの! 姉貴からも母ちゃんからも!――って、そろそと動かないとマズいんじゃないの? 母ちゃん?」

 香那の口撃から逃れる意味もあって、佑也は先ほどから黙ったままの火斗乃に声をかけた。
 予定では、これから三人で事がばれないうちに研究所を脱出するという手はずになっている。――が、

「私は、もう一度彼を説得に行ってくるわ……私を置いてあなた達だけで逃げて」

 彼女の答えは、最初の予定とは全く違うものだった。

「おいおいおいおいおい!! 何言ってんだよ母ちゃん! 一緒に逃げる計画だろう!? 今さらそんなのってねぇだろ……!!」
「そーよ火斗乃さん!! 【花輪計画】はもう最後の仕上げレベルにまで来てんのよ? 残すところは、【苗】を【植木鉢】に放り込む事と、【エシュの花冠】見つけるぐらいでしょーが!!……しかも相手はあの“グール”よ!? あの超自己中で変態鬼畜野郎が、長年かけてきたこの計画を今さら白紙撤回なんてやるわけないじゃない!!」

 血相を変えて、火斗乃に詰め寄る二人。だが、火斗乃はそれに自嘲と、悲しみの入り混じった笑顔で答えた。

「……そうね。それはわかってる。恐らく……いえ、間違いなく、彼は説得を聞き入れようとはしないでしょうね」
「だったらなんで!!」
「――責任よ。これは私の責任。果たさなくてはならない義務。ミュージアムの現代科学を超える技術に魅了され、悪魔に魂を売ってしまった私の、ね。結果的に私の研究が【花輪】完成の大部分の役割を果たしてしまっていたのだから……」

 火斗乃は、ひざまずくと、香那と佑也をその胸に抱きしめた。

「命を弄んだ事。――それは私の許されざる罪なのよ。……それにね? 私と彼の遺伝子によって作り出した、いわば私の子供たちを私はずっと研究材料、ただの道具としてしか見てこなかったのよ? そんな私に、あなた達と一緒に行く権利があると思う?」
「……母ちゃんは俺を救ってくれたじゃないか!? 一緒にいてくれたじゃないか! それだけで充分だよ!何でいまさらそんなこと言うんだよ……っ!」
「使い捨てにするための命を量産したっていう事実には、すんごく反感あるし、……私もその一人だから本当はあなたに怒りだって感じてる……。でも、矛盾してるみたいだけど一応感謝もしてるのよ? 命を与えてくれた、っていう一面ではね。自分でどうにかできる可能性をくれたって事だから」 

 泣きそうな声で、佑也。一方、香那は複雑な声色。
 ――しばらく無言の時が流れ、最後にもう一度火斗乃は強く二人を抱きしめた。
 それから「ありがとう……」と一つ呟いて、二人に背を向けて暗い廊下を歩き出す。
 佑也がその後を追おうとするが、香那がそれを制し、小さく首を横に振った。
 二人は徐々に小さくなっていく火斗乃の後ろ姿をしばし見つめ……程なく「行くよ」の香那の言葉と同時に、二人も火斗乃とは反対の方向へと歩き始めた。




――パンッ

 そうして二人が10歩ほど歩いた時。
 廊下に反響した乾いた音が、二人の背後から聞こえた。――反射的に振り向き、『暗視』と『遠視』を発動させる。
 その二人の視覚に入ってきた画像は……額から血をほとばしらせながら仰向けに崩れ落ちる火斗乃の姿だった。

「「っっっ!!!」」

 火斗乃の体が床に落ちるよりも早く、既に二人は長衣の裾をひるがえし新たに現れた黒い人影に向かって走り出していた。
 その二人に向かい、「スポン」という何かがすっぽ抜けるような音と共に、白いガスをまき散らしながら飛来する物体がある。
 ツンとした独特の刺激臭――催涙弾だ。おそらくは、“香那”を無傷で拘束しよう、という的の外れた判断からであろう。――なぜ的が外れているか? それは、そんな物では【エシュの種】移植者二人を相手にするにはあまりにも無力だからだ。
 
(【エシュの種】起動! 対象物を打ち落とせ!)

 飛来する催涙弾を佑也が睨み付けると同時にそれは空中で爆散。内容物がまき散らされ、一挙にガスが密度を増した。――けれども二人はかまうことなく走り続け、ガスの内部に飛び込む。

(【エシュの種】起動! 対象の分子結合を崩せ!)

ジュッ

 今度は香那の【意思】にその【種】が応えた。短い音を立てて今度はガスそのものがきれいサッパリ分解消去され、視界がクリアになる……そこには、火斗乃を撃った迷彩服の男共。
 
(【エシュの種】起動! 指定範囲内の分子結合解除&再統合!)

 走りながら再び【エシュの種】を起動した佑也は、空気を原料に分子を再構成。
 あらゆる大気中の分子を、いったん単原子にばらし、瞬時にもう一度組み直すことで可燃性の気体と純粋な酸素を生成し、さらにそれを高圧縮して、手のひらに野球ボールほどの「空気の爆弾」を作り出した。
 「ギロリ」と、混乱してSMGを構え直し始めた迷彩服達をもう一度睨み付け、手のひらの空気爆弾ををオーバースローで投げつける。――それは男達の中心で炸裂した。

グゴアァァァンンン……!!

 爆発と閃光、吹き上がる炎。

(【エシュの種】起動! 対象範囲内の気圧を増加させよ!) 

 爆弾の炸裂と同時に、佑也は爆風と自分たちの間に厚い大気の壁を作り出し、熱気と膨れあがる炎の嵐を遮断する。
 見えない壁の向こうで、火力重視に調整された爆弾の劫火が荒れ狂い、――破壊が過ぎ去った後、そこには衣装が迷彩から黒尽くめと変わった男達の骸が残った。

「……姉貴、母ちゃんは!?」

 後続がいないことを確かめて、さらに残り火を二酸化炭素を集めて消火した佑也は、姉を振り返った。――もうとっくに知られているだろうから、すぐに新手が来ることは予想できたが。
 肩で息をしながら問う弟に、火斗乃の傍らに座った姉はゆっくり首を振る。

「傷は【復元】で完璧に消したけど、やっぱり遅かったみたい……。一度こぼれた【生命】は、戻らないわ」
「………」

 わかってたことだった。佑也に見えていた母の傷は、脳天に毛管銃創。――即死だった。
 いかに【エシュの種】が移植者の【意思】によって【奇跡】を起こすことができるとはいえ、死人は蘇らない。こぼれ落ちた【生命】は戻らない。……それでもやらずにはいられなかったのだけれども。
 佑也は黙ったまま、未だ開いたままだった母の目を閉じ両腕を胸の前で合わせた。
その作業を終えると、軽く黙祷をする。――こうなったからには一刻でも早く、ここから離れなければならないから、悠長にはしてられない。
 それが、この母の願いでもあるだろうから。

「跳ぶわよ佑也。正攻法ではもう脱出できないみたいだからね」

 姉の声に振り返ると、廊下の向こう側にはもう新たな人影が見えてきていた。佑也は黙って立ち上がると、姉の手を取る。

「行こう」
「OK!」

(【エシュの種】起動。対象物反応探査開始&空間座標軸取得開始) 
 
 最後に、香那が横たえられた火斗乃の亡骸に向かい、その唇を小さく動かして、……誰にも聞こえない程度のささやかな声で、何事か呟く。

(【エシュの種】起動。空間接合)

――たまたまその言葉を聞いた佑也が目を丸くしたその次の瞬間、二人の姿は霞むようにかき消えた。







――カトレア女学館の校舎裏の隅に、もう使われなくなって久しい大型のブロック作りの焼却炉がある。普段は立入禁止という札とロープが張り渡されており、近づく者も滅多にはいない。
 だが、この焼却炉には秘密がある。焼却炉の奥に、焼却灰を向こう側へ押し出すためのもう一つの扉があり、そこから焼却灰の一時保存用の空き地へと抜けられるようになっているのだ。
 ちなみに、表側の扉には、大きな南京錠がつけられているのだが、それは美貴が鍵で開けるフリをして『力』ではずした。(鷲士には見えないように気をつけたのは言うまでもない)
 奥の空き地は大きさこそたいしたことはないが、外部からはブロック塀と有刺鉄線で囲まれており、もう一つの外側の出入り口の扉は錆びついて動かないため、ほぼ外界からは隔離されている状態となっている。
 今では、そこはクローバーが緑の絨毯を敷き詰め、ツユクサやホウセンカなどの小さめのかわいらしい花々が一面に咲き乱れていて、ちょっとしたお花畑となっている。――古い言い方で言うならば、「秘密の花園」といったところか。
 鷲士、美貴の両人は、その真ん中で二人並んで寝そべって、ぼんやりと雲の流れを見ていた。ふわりと香る若草のにおいが心地いい。

「こんなところ、よく美貴ちゃん知ってたね?」
「ん? ……でも、ここを見つけたのはほんの偶然なんだけどね。――中学時代はいろいろあって、よくここに一人で来て、空を眺めてたんだ」
「そうなんだ……」
「――まあ、それはともかく」

 いろんな意味で、中学時代をあまり話したくない美貴は強引に話題を変えた。

「雫さん……だったよね? あの人の筑前煮はほんとに美味しいけど、『特別』って結局どういうことだったの? 確かに、ただ美味しいだけじゃなかったけど……」

 味を思い出しながら、美貴が言う。――あれは、なにか、心を揺さぶるような……そんな感じさえした。

「ああ、あれはね、昔の雫さんの経験からなんだって」

 顔だけを美貴の方に向けて、鷲士は語り始めた。

「雫さんは、新婚当初から料理が得意で、今は亡くなったご主人さんも、それを喜んで食べていたんだって……でも、ご主人さんは筑前煮だけには妙なこだわりがあって、一度も美味しい、って言ったことがなかったらしいんだ」
「……ひどい奴だな」
「まあ、雫さんはそんなご主人になんとか美味しいって言ってもらおうと、一生懸命頑張ったんだって言ってたけど。……それで、ある時、昔僕が住んでいるアパートに住んでいた新婚さんの奥さんに、秘伝の筑前煮の作り方を教えてもらったんだって」
「……それで、やっと美味しいって言ったのか?」
「ううん。ご主人以外はみんな美味しいって言ってくれたんだけど、ご主人だけはやっぱり美味しいって言わなかったんだって」
「……ますますひどい奴だな」
「まあ、僕もそう思ったんだけど……でも、この話には続きがあってね」

 鷲士は、再び視線を空へと戻す……ちょうど、一機の飛行機が、青空のキャンバスに白い雲の白線を引いていくところだった。

「雫さんのご主人は、『美味しい』とは一度も言わなかったらしいんだけど、筑前煮が食卓に上がるそのたびに、残さずたべてたんだって。――急病で死ぬ寸前まで」
「……なるほど、『実は美味しいって思ってました』ってやつだな。……よくある話だけど、良い話じゃないか」
「うん。僕もそう思った。……だから聞いてみたんだ、『ご主人さんは、言葉には出さなかったけれど、きっと雫さんの筑前煮が大好きだったんじゃないですか?』って。そしたら、雫さんはこう言ったんだ」

――それは、当然わかってましたよ。主人の気持ちくらい、私には全部お見通しですから。……でもね、草刈さん? いくら気持ちで、“心”で通じあっていても、“言葉”に出して、きちんとお互いの気持ちを交換しあわなければ、それは本当の幸せとは言えないんですよ? 
……今でも、時々思うんです。『それは私の自己満足だったのかも知れない。本当は、主人はやっぱり美味しいって思ってなかったのかも知れない』って。
でも、あの人が逝った今では、もうそれを確かめることはできません。私の心は、今でも中途半端なままなんです。……いいですか? 『後悔』してからでは遅いんですよ?――

「それで、今でも毎日ご主人さんの位牌の前に、筑前煮を供え続けているんだって。『美味しいですか?』って毎日語りかけているんだって。……僕には、何も言えなかったよ」

 苦笑しながら話す鷲士を、美貴は神妙な顔でじっと見ていた。

――いいですか? 『後悔』してからでは遅いんですよ――

 その言葉が、美貴の脳裏で何度もリフレインする。そう、全くその通り。後悔してからじゃ遅い。とっくにわかってたことだけど、それでも今までずっとできなかった。……でも今なら、今なら――言えそうな気がした。

「鷲士! 実は……」
「な!? ちょっと!? 美貴ちゃんマズイよ!?」

 突然鷲士の上に体をあずけてきた美貴にあわてふためく鷲士。……が、そこまでしてもやっぱり美貴はそこで詰まってしまった。
 いつもなら、ここでまたお得意の「不条理攻撃」が炸裂しただろう。――でも、今日の美貴はひと味違う。勇気を振り絞って、再び口を開いた。

「鷲士……本当は……私が『ゆう

――どすん

「ぶっ」「ぐえっ」

 美貴の一世一代の告白は、空から二人の上に降ってきた謎の物体に再び遮られた。

「姉貴のヘタクソ!! 座標計算ぐれぇしっかりやれよ! このへっぽこ【1st】!!」
「……っんだってぇ!! 空間転移もできないくせに、【3rd】がえらっそーなこと言うんじゃないわよ!! 一度も来たことがない場所にバッチシ【跳ぶ】ことができたのは、わたしのおかげでしょうが!!」

 足元で衝撃と重さにうめいている鷲士と美貴を気にもかけず、純白の長衣をまとった少女と、デザインが同じ紫紺の長衣を身にまとった少年は、美貴の背中に器用に両足で立って舌戦を再開した。

「だいたいなぁ! いきなり3m上空ってのが中途半端なんだよ!! 重力中和かけるにゃ時間がたんねえだろ!! 反応した時はもう衝突寸前だってーの!! 間違えるなら100m上空とかにしろ!!」
「うっさいわねぇ!! ともかく間に合ったんだからいいじゃないのよ!!」

――ガバッ!!

「うわっ!!」
「きゃっ!!」

 やおら身を起こす美貴。姉弟は跳ねとばされ、白い方は後頭部から、紫の方は顔面から、それぞれ地面にダイブ。
 紫のほうは、とても痛そうである。

「今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに……今度こそ言えると思ったのに…………………………」
「美貴ちゃん? あのぅ……もしもしぃ?」
 
 起きあがったには起きあがったけれども、なにやらブツブツつぶやきを続ける美貴に、こちらもやっと身を起こした鷲士が恐る恐る声をかける。――が、今の美貴にはそんな声が届くわけがない。
 ゆぅらりと首を、起きあがってそれぞれ痛いところをさする姉弟へと向ける……その目は、かんっぺきに「キて」いた。

――ばぢぃっ!!

 蒼い火花が飛び散る……怒りに我を忘れた美貴の「力」と、それを相殺した香那の【種】の「力」が虚空で衝突し、あたりに余波をまき散らしたのである。

「気をつけて! 彼女なかなかやるわよ!!」
「オッケイ!!」
「ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……………」

ばぢばぢばぢばぢぃっ!!

 一人と二人は睨み合い、比喩ではなくマジであたりに盛大な火花を飛ばしまくる。

「ああっ! 美貴ちゃん落ち着いて……っていうかこれはいったいなんなのっ? いきなり空からヒトは降ってくるし!! ああもうなにがなんだかわかんないよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」



――ボケ青年のタマシイの叫びムナしく、修羅場はまだまだ続く様相である……。


(第二章)
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