DADDYFACE SS
「聖女と侍(7)」
written by REI



五日目――任務遂行最終期限。

鷲士と美沙は広い研究所内を当てもなく走り回った。
「ああもう! 一体どこにいんのよ?!」
美沙がそう呟いたその時、辺りからノイズ混じりの声が響いた。
『クックック…。ここで一つゲームをしようか。』
これまでの鷲士達の行動を嘲笑うかの様な声が、所内に響く。
『十分以内に私を見つけ出せれば良し、そうでなければ…』
「こら〜! ちゃんと姿見せなさいよ!」
だが、次の瞬間、舌っ足らずな声が一瞬で凍りついた。
『タイマーセットした小型核がこの所内を吹き飛ばす。いくら九頭竜とはいえ、核を食らえばひとたまりも無い筈だ』
「…くそっ! 美沙ちゃん、急ごう!」
「あ…、う、うん!」
鷲士の促され、再び走り出そうとしたその時、異変が起きた。
「オラオラァ!!」
建物全体に爆音が響き渡る。
何とスプレイが所内にグレネードを撒いている。
「ちょっ…、あんた、さっきの聞いてたの?」
「あいつが心中みたいな真似するわけねぇ! こうすりゃきっと――」
スプレイが言い切る前に、またもや異変が起きた。
鷲士の眼前に、一人の少女が姿を現した。
金髪碧眼、体系は美沙とほぼ変わりない――ジャンヌだ。
しかし、その目からは生気が失せている。おそらくマイクに操られているのだ。
それを証明するかのように、ジャンヌの周りには、計器類やケーブルが纏わりついている。
「ちぃっ! なりふり構わねぇってワケか!」
その瞬間、突然ジャンヌが歌を歌いだした。
それに反応を見せたのは――美沙だ。
ジャンヌが歌いだした瞬間、膝をついて倒れたのだ。
「み、美沙ちゃん?!」
だが、倒れたかと思った美沙は、すぐさま立ち上がり、意外な行動を取ったのだ。
手にグロックを握り、鷲士に狙いをつけた。
危険を察知した鷲士は、瞬間的に右手でグロックを握り潰すと、美沙の首に手刀を入れる。
美沙は気を失い、再びその場に倒れた。
「こうなったら…!」
次の瞬間、鷲士はジャンヌに――正確には計器に――向かって跳躍する。
そして――。

九頭・左竜雷掌

左手は、計器に向かって突き出された。電撃の成果で、計器類は完全にダウン。
少々ジャンヌにも電流が走ったが、力をセーブしていたお陰で、死に繋がるレベルではない。
ジャンヌはその場に倒れこむと、すぐさま鷲士がジャンヌを抱える。
「スプレイ! 美沙ちゃんを!」
「お、おう!」
鷲士に促されたスプレイは、美沙を抱え、全力疾走に移る。

――ジャンヌ救出と同時刻。
「くっ…、急げ、急ぐんだ!」
マイクは所内から逃げ出し、ヘリに乗って逃げようとしていた。
「これさえあれば…、第二、第三の『ジャンヌ・ダルク』を作ることは容易い…」
だが、マイクがヘリに乗り込もうとした瞬間。
「…どこへ行く」
ヴィンセントが全開状態を維持したまま、マイクの目の前に立っていた。
「ば、馬鹿な…!」
「貴様の逝く先は決まっている。――冥土だ!」
ヴィンセントが刀を抜こうとした瞬間、マイクが悪あがきを始めた。
「ま、待て! 私がこれを押せば――」
ところがヴィンセントは眉一つ動かさずに言い放つ。
「ああ、それは斬っておいた。――貴様と一緒にな」
同時に、スイッチが粉々になるのと連動して、マイクの体が木っ端微塵になっていた。
その上、――どうやったのかは解らないが――ヘリの搭乗員全員が首を落としていた。
全てが終わると、ヴィンセントは刀に声を掛ける。
「済まないな…。無理をさせて」
「いいえ。これが私の使命ですから」
菊一文字はそれだけを言うと、鞘に収められた。
それと同時に、ヴィンセントは元の――金髪碧眼の――姿に戻った。
そして、研究所から二つの影が子ヴィンセントに向かっている。
――ジャンヌを救出した鷲士とスプレイだ。
「…済まないな。鷲士、スプレイ」
ヴィンセントはそれだけを言い、その場に腰を下ろす。
「気にすんな。それより町に戻るぞ」
「…ああ」
静かだった研究所の外に、爆音が響きわたる。
五人の目の前でホバリングするヘリの搭乗口から、冴葉の姿が見えた。
「お迎えにあがりました。みなさん、お乗り下さい」
冴葉に促され、そろってヘリに乗り込む。

オルレアンを舞台にした激闘はこれで幕を閉じた――。

事件のあと、ジャンヌはすぐに市内の病院に搬入された。
ミュージアムに掛けられていたマインドコントロールの後遺症を考え、入院の措置が取られたのだ。
同様に、美沙も入院する予定だったのだが、『鷲士の単位』を気遣って、一緒に帰ると言い出した。
幸い、精密検査で異常が見られなかったので、退院の許可が下りた。
しかし、それよりも重症だったのはヴィンセントだった。
菊一文字の力を全開にした状態を、自らの耐久限界以上にしたのが原因だった。
事実、ヘリに乗り込むと同時に意識を失っている。
診断の結果、栄養失調、脱水症状、内臓の機能低下、その他諸々――いずれも重症だ――の症状を併発したそうだ。
しかし、最も奇異なのは、これらの症状より、ヴィンセントの体――筋肉や骨格――が通常の人間と全く異なると言う事だ。
あえて言うなら、その筋肉や骨格は、鷲士のそれに似ている、と言う。
FTIの研究チームは、これが、『菊一文字』を行使しやすいよう、刀自身が体を作り変えたという結論に達した。
鷲士の九頭竜にせよ、これは『東洋の神秘』という言葉以外で、片付けようがなかった。
数日後、案の定と言うべきか、ヴィンセントは全快した。鷲士並の回復力である。
鷲士・美沙、樫緒は早々に日本へと帰っていった。
見送ったヴィンセントとジャンヌは、やや寂しげな表情を浮かべていたという。

事件解決から一週間後――日本

ホテル・ラマダンには、一週間分の雑務に追われている美沙と冴葉の姿があった。
そこに突然、室内電話のコール音が響き渡った。
条件反射的に冴葉が受け取ると、
「ボスに会いたいと言う方が来ておられる様ですが」
と、秘書に促されると、美沙はうっとうしそうに吐き捨てる。
「パス。だってそれどころじゃないでしょ?」
「ヴィンセント・S・ミルストリアと名乗っております。どうやらジャンヌさんも御一緒のようですが」
「…通して」
半ば諦めた様に美沙が言うと、冴葉は電話の主と二言三言交わし、受話器を置いた。
それから三分後、ドアの前に二つの影が姿を見せた。
――ヴィンセントとジャンヌだ。
そして、ヴィンセントが心底申し訳なさそうに、
「突然で申し訳ない。ジャンヌを預かってくれないか?」
この言葉に、ちび魔王は不機嫌の絶頂に達した。
「何でそんな事まで面倒見なきゃいけないのよ! こないだだって――」
言い終わる前にヴィンセントが、美沙の台詞を止めた。
「済まない、言い直そう。俺はジャンヌを売りに来た、と言えばどうだ?」
「はぁ?」
その台詞に美沙、冴葉共に眉をひそめ絶句する。
「人魚の肉の適合者を探していたと聞いたが?」
「ええ、ですが…」
「俺は構わん。今のジャンヌにとって、フォーチュンの近くに居るのが一番安全だ」
ところがその一言が、子猫さまの目を点にした。
それこそ、鷲士の得意顔の『アレ』である。
「え…それってどういう…」
「実はな、お前らが帰国した後に、やたらとミュージアムの黒服共が出没し出してな」
「はい〜? で、でもあんたなら――」
「奴等、オルレアンを戦場にしかねない勢いでな。毎日の様に数百人単位の雑魚を斬っても
証拠の隠滅に手間が掛かる。」
――どうやらヴィンセントの話によると、『人魚の肉』に加え、『ジャンヌ・ダルク』の研究成果を完全に抹殺され、
かなり『キレて』いるらしい。ヴィンセントはその度に、ミュージアムを撃退している、との事だ。
「ああ、三度ほどハイキュレーター――おそらく桐古前後のランク――が来た。もちろん始末したがな」
ミュージアムは、ハイキュレーターまで出してジャンヌ奪取に躍起になっているらしい。
そこで、ヴィンセントが考えたのが、ジャンヌを半ば無理やり美沙の元に預ける、という事だった。
ミュージアムと唯一拮抗する存在、『ダーティ・フェイス』――その実態――のもとに居れば、うかつに手は出せない。
ヴィンセントはそう踏んで、決意を固めたのだ。
「で、でも本当にいいの?」
「さっきからそういっているんだが…。なぁ、ジャンヌ」
ヴィンセントに促され、ジャンヌが口を開く。
「あ…、は、はい。構いません。お兄ちゃんにも迷惑かけたくないし…」
と、今にも消え入りそうな声で言った。どうやら人見知りが激しいらしい。
その証拠に、ジャンヌは終始ヴィンセントの背後に隠れるように立っていた。
「そういう訳だ、済まないが後の事はそちらに任せる。これからすぐにフランスへ帰らねばならん」
「ちょ…、ちょっとぉ! まさかもう帰るの?」
「…ああ、これから色々とやる事があるのでな」
『一刻を争う』といった雰囲気でヴィンセントは部屋を後にしようとした。
しかし、ヴィンセントは立ち止まった。
「ああ、いい忘れていたが…」
「まだ何かあるの?」
美沙が投げやりに尋ねると、背筋が凍るような答えが返ってきた。
「もしジャンヌに万が一の事があったら、鷲士には悪いがお前には死んでもらう」
それだけを言うとヴィンセントは部屋から出て行った。
数秒後、ようやく美沙が口を開いた。
「…ま、よろしくね、ジャンヌ」
「あ…、よ、よろしくお願いします」
またも消え入りそうな声でジャンヌが言った。

その選択は、彼ら――ヴィンセントとジャンヌ――を、苦難の日々へと誘う事になるのだが、
それは、別の話である。

「ところで…、ヴィンセントの事で困ってない?」
「…実は」


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