DADDYFACE SS
「裏家業も楽じゃない」(2)
written by アルディー



ヘロンから発射されたマシンガンが軽トラを襲う。 
しかし結枝が車の蛇行させギリギリのタイミングでかわしていく。 
「ふふふ・・・イニシャルYと呼ばれた私のテクニックの前ではどんな攻撃も無駄ですわね」
「あんた、最近それ関係の漫画、凝ってるわよね」
「そんなことより・・・なんか焦げ臭くないですか」
「そう・・・って・・・うわあ!!」
何気なくバックミラーを見た結枝が叫ぶ。 
そこに写っていたのは荷台からもうもうと上がっている黒煙。 
「うはあ・・・これが俗に言う『火の車』なんでしょうかねえ・・・」
「そんなこといってる場合じゃないでしょ! やっぱり負荷に耐えられなかったか・・・・それじゃ
・・・とりあえず・・・」
ブレーキで急停止し、ドアを蹴破って外に飛び出す二人。 
二人が車線外に飛び込み、伏せた瞬間に爆音を上げる軽トラ。
いったいどんな改造を施したのだろうか・・・。
「お・ば・か・さああああああああん!!」
窓を少し開け、そう叫びながら猛スピードでそこを駆け抜ける。 
美沙の運転していたカンタ君が賭け抜けていく。
「キ〜〜〜〜〜!! ドップラー効果がさらにむかつくぅぅぅ!!」
すすだらけの顔で地団太を踏む牡丹。
「シャッチョサン! シャッチョサン! アレ アレ!」
「なんでカタコトやねん! っておお、あれは! 」
結枝が指差して先には高速道路の看板、そこには『サービスエリア』の文字があった・・・


「キャハハハ! 気分爽快!」
「うう・・・美沙ちゃん、もう少し女の子らしく・・・」
高速道路をすっ飛ばし美沙が笑う。 平日の昼間の下り車線。なおかつ冴葉が封鎖をしたのだろう。
カウンタックとベンツ以外誰もいないところを走る爽快感もあっってか、美沙はかなりハイテン
ションになっていた。
「さって、そろそろ・・・」
ゴーグルをかけ、車の窓を開ける。 
そして座席後部に備え付けられている一丁のライフルを引っ張り出す。 
『THE SECRET SNIPER Ver』、某映画でイタリア系の暗殺者が使用していた
スナイパーライフルだ。 
窓の外に顔を出し、ベンツのタイヤにポイントし・・・トリガーを引く。
惜しくもタイヤの側の道路を削っただけだった。
「むう・・・やっぱり『クロックワーク・アサシン』みたいにはいかないか・・・でも今度こそ!」
再びスコープを覗き、トリガーを引こうとしたその時だ。 


「「神奈運送は永遠に不滅でぇす!!!!」」

ガツンと音がするのと同時にバランスを崩し窓枠に頭を打ち付ける美沙。 
後ろにはいかにも走り屋がチューンアップした感じのスカイラインが、乗っているのはもちろん
牡丹と結枝だ。
おそらく、サービスエリアで『借りて』来たのであろう。 
この『借りて』は世間一般では『奪って』が正しいかもしれないが・・・・。
「もう、どうなってもしらないかんね!!」
涙目で美沙がギア脇のコンソールを指ではじく。 車両後方から出てきたのはおなじみの四連装
ガトリングガン。 
「おらおらおら〜 死んじゃ・・・・まずいか」
美沙がボタンをぶったたいた。 

「ほら、結枝! グルグルガンよグルグルガン! かわしてかわして!」
「はい〜」
ハンドルを横に切り、かわす。
「そっちがその気なら、こっちだって!」
牡丹がツナギの下をゴソゴソとまさぐり、一個の手榴弾を取り出す。
「おっしゃ、これで!」
3台の車が陸橋に差し掛かる。 パワーウインドーを開く牡丹。
「ああ! そんなところで投げちゃダメですよぉ!」
「ほれえ!!」
結枝の静止も聞かず、思いっきりピンを抜いた手榴弾を投げる。 
きれいな放物線を描いた手榴弾は、当然ベンツに届くはずもなく、道路に落ちる。 
そして大きくバウンドすると。
「戻ってきたぁ!」
「あったりまえですよぉ! そんなんだから理科赤点だったんですよ!」
ピンを抜いてから爆発するまでにはある程度のタイムログがある、その時間はまだあったらしい。 
バウンドした手榴弾はスカイラインのフロントガラスにあたりさらに高く跳ね上がる。
飛んだ先にあったのは・・・ヘロン無人偵察機。 そこで手榴弾は轟音を立てて爆発した。
黒煙を噴きながら、落ちていくヘロン。 
爆弾と化したその飛行機は、ベンツを追い越し陸橋出口に墜落する。
崩れる道路、その下には50メートルはあろうか、地面が遠い。
「うわあああ!!」
慌ててブレーキを踏むベンツに乗ったスーツの男。 それは美沙も結枝も同様だった。 
ベンツは道路の切れ間ギリギリで止まる。 
「うう・・・こいつら無茶苦茶だ・・・」
ふらふらと外に出てきた男はそんな言葉を吐くと、卒倒してしまった。 
「こんの〜〜あんたいいかげんにしなさいよ!! このバカボタン!!」
「どっちがよ! 最初に喧嘩吹っかけてきたのアンタじゃない!! このアホミサ!!」
再び犬そっちのけ、ギャーギャーおっぱじめてしまう二人。 
「ああ! 二人とも喧嘩はだめだってば!!」
そう叫ぶ鷲士の背中をポンポンと叩く結枝。 
「今回の報酬はフォーチュン側と神奈運送側で折半ということで良いですかあ?」
こちらも喧嘩をまるで気にせずに、結枝がコロコロと笑う。
その腕の中ではシルバが目を回していた。




「そう・・・」
ルボールと呼ばれた女性はうなずく。赤く染め抜いた髪、紫のスーツに嫌味なぐらいのアクセサリー。 そしてなぜか右手には華奢な女性に似合わないようなゴツイ『ガントレット』をはめている。
化粧で隠してはいるが、年の頃は30半ば、といったところか。
 「それと・・・気になることが・・・カウンタックの助手席に乗っていた男なのですが・・・念の
ため、『特徴』を照らし合わせたところ・・・」
そこで男の口をルボールが人差し指でおさえる。
「一致したのね? そう、私にもやっと運が向いてきたようね・・・ダーティー・フェイス・・・」
ルボールが『赤い絨毯』を前に進む、そこにいるのは
「ぐぅぅぅ・・・」
腹から血を、顔からは脂汗を流している皆藤 英二だった。 
「私は煩いのが嫌なの・・・だから一通り騒ぎが収まってからお邪魔させてもらったわ。 
せっかくの米寿のパーティーがそのままお通夜になりそうだけど・・・ごめんね」
ここは英二の部屋のようだ、部屋いっぱいにあるシルバの写真がそれを物語っている。
「さて・・・と あなた、山崎さん? でしたっけ あなたにはまだ動いてもらいますよ」
ルボールは山崎と呼ばれた皆藤のお付のサングラスの男とともに部屋を出て行く。 
残った男は懐からハンドガンを取り出し、何の感慨も無く英二に向かってトリガーを引いた。
・・・・・・このなかで訂正する部分がある。 英二の床に引かれていたのは『赤い絨毯』ではなく
『白い絨毯』だったのだ。
何故・・・そんなことを間違えたのか・・・
多くは書かないが、ただ、その部屋には多くの物言わぬ骸が転がっていたと言うことをつけ加えて
おこう。


「ほらほら、美沙ちゃん・・・怒らない怒らない・・・・」
「社長〜〜 ごひゃくおくですよ! 五百億! 『うまい棒』が五十億本も買えちゃうんですよ〜 
すごいですよね〜」
鷲士と結枝がそれぞれ、ふくれっつらの美沙と牡丹に話し掛けている。   
高速道路上で喧嘩中のところを戻ってきた冴葉率いるFTIの社員と神奈運送の社員が発見する。
どうやら二組ともトップの人間の暴走には手慣れているらしく、見事共同戦線をはって無事鎮圧し、
ベンツに乗っていたスーツの男と共に皆藤の屋敷に戻ってきたのだった。 
「ほら、もうアンタは関係ないでしょ、お金なんて腐るほど持ってるじゃない」
「あのね、犬は鍵なんだ・・・って意味深な言葉残されたら気になるでしょーが」
再びケンカ腰になる二人をなだめなだめ、屋敷にたどり着く。



「山崎・・・すまん」
鷲士に美沙と冴葉、そして牡丹と結枝に連れられた男は深々と頭を下げた。
「あ、ああ・・・仕方の無い事だ・・・」
山崎は、流れ出る冷や汗を必死で止めながらうなずいた。
「ま、この神奈牡丹の狙った獲物はにがさないっとことね!そ、某怪盗美女三姉妹ばりに!!」
『私』の部分を強調して牡丹が叫ぶ、そのとなりでは
「はい〜 ちゃんと報酬払って下さいね〜 さもないと〜、この犬さん食べちゃいますよ♪」
シルバの耳をハムハム口でしながら結枝がその青い瞳をクリクリさせて笑う。
結枝の腕では不思議な紋様のブレスレットが光る。
「この犬が鍵ってこと早く説明しなさいよ!!」
美沙が、いかにも不機嫌そうに叫ぶ。
「ああ・・・もとよりそのつもりだ・・・」
美沙達についてくるように促す山崎、そのあまりに素直な態度に美沙は少し違和感を感じるのだった。
 

「要するに・・・パブロフの犬ってわけね」
山崎の説明はこうだ。年を経るに連れ、ボケが始まったのだろうか、シルバを溺愛するようになった
英二は、全てをシルバ中心で考えるようになった。
それは自分の『秘蔵中の秘蔵』の美術品のコレクションをしまう場合もそうなっていった。
地下深くにある特殊な金庫。 そこに鍵の答えがあった。
無機質な通路の先にある、無機質な扉。 気になるのが、その扉の近くの床に並べられている1から
9までの数字の書かれたタイルだ。
それぞれのタイルは15センチほどの枠で囲まれている。
「うちの会長は我が組織所有の土地の権利書からなにまで重要なものは全てこの金庫にしまいこみ、
解除コードをこの犬に覚えこませたのだ。 挙句の果てに本人がそのコードを忘れたからタチが悪い」
「そんなの、扉ぶっ壊しちゃえばいいじゃない」
「そうだな、少しでも妙な事が起きるとこのフロア一体が、チリになることが無ければ・・・な」
「きゃいん・・・」
山崎の言葉に牡丹はあとずさった。
「頼むぞ」
フロアにおろしたシルバはしばらく考えていたようだが、意を決したかのようにパネルの枠を伝って
一つ一つパネルを押していく。
全てのパネルを二回ずつ使った後、シルバはワン、と吠えた。
扉がゆっくり開いていく。
美沙と牡丹を先頭に中に入っていく。 綺麗にに整頓された部屋の中には絵画や壷やらが並べられて
いた、どれも美術史に残るであろう名品ばかりだ。
中央にある机の上にはぶあつい封筒があった。 おそらくこれが権利書等であろう。 
これで『交渉』すれば、五百億の騒ぎではないだろう。 
しかも並べられている美術品も然り。
『五百億の犬』決して高くはなかったのだ。
しかし・・・本来真っ先に飛びつきそうな牡丹は、呆然とした目で一個のオルゴールを見ていたのだ。
それに気づき、牡丹がそうしている『理由』がわかっている結枝は珍しく瞳を潤ませて牡丹に抱きつ
いた。
「やりました! やりましたね! 社長! これ、『記憶のオルゴール』ですよう!」
「うん・・・」
驚くことに今までとは打って変わって、しおらしく牡丹がうなずいたのだ。
「これ・・・ずっと・・・じいちゃん・・・」
震える手でその古ぼけたオルゴールを手に取ったその瞬間
「おい! 言ったとおりにしたぞ! だから・・・だから・・」
急に狂ったように叫ぶ山崎、しかしその声はそれ以上続かなかった。


「がぁあぁ!!」
彼の体から無数の針が彼を内側から串刺しにしたのだ。 血煙を噴く山崎。


しかもその針はそれだけでは止まらず・・・


『一人の少女』の腹を突き刺した・・・

悲劇の起こる少し前、赤い髪の女性、ルボールと皆藤の人間の山崎は部屋を出た。 
その直後に聞こえた銃声に山崎は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「さ・・・てと、そこのあなた、死にたくないでしょ?」
ルボールが右手に装着していた重厚な作りのガントレットをかざす。すると掌のガントレットの部分
がみるみるうちに液状に変化していく。 
掌に水を貯めているかように、水銀状の物がそこにはある。
「動いたら・・・殺すわよ」
その液体を山崎の口に無理やり注ぎ込む。 吐き出すことも出来ずに、全て山崎の胃の中に収まって
いった。
「少しでも妙な真似をしたら・・・・言わなくてもわかるわよね?」
山崎はうなずくしかなかった、悪い夢だと何度も思おうとしたが、異常に重くなっていた自分の胃が
それを否定しつづけた。

そんなやり取りがあった数十分後

「ぐがああ!!」
山崎の腹から突き出した無数の針はそのまま腹を突き破る。 
針は赤い血を滴らせながら床にべちゃ、と落ちる。それが一個の生き物であるかのようにモゾモゾと
動きまわる。 
不意に動きが止まる。 そして体の中央から、一本の針が突き出し・・・
「・・・・え・・・・」
「社長ぉ!!」
牡丹の腹を貫いた。 貫通した針がそのまま美沙を襲う。
「くそぅ!!」
針の側面を鷲士が蹴り上げる。 天井に叩きつけられた針は『塊』に姿を変え、再び牡丹をめがけ落
ちていく。
「させない!」
落下地点を狙って鷲士が突きを繰り出す。 
塊はそれを見越したかのように一端霧散すると再び具現化する。 
牡丹の体に巻きついた形で・・・
「社長! 今・・・・」
結枝が右腕を大きく振りかざすと、行き先を示すかのように牡丹を指差した。 
彼女のはめている腕輪が一瞬光ると『黒い何か』が牡丹に飛んでいく、すぐさま結枝が駆け寄ろうと
したとき
「FREEEEEEEEZZZ!!!」
ドアを開けた女性、ルボールが怒鳴り声を上げた。 
「はいはいはい〜 皆さん動かないで下さ〜い 」
パンパンパンと手を叩き、そのまま中に入っていく。
「鉄(くろがね)の芸術家・・・ルボール・ルゲイナ」
「・・・つーことは、ミュージアム」
冷たい瞳と、怒りで震える瞳が対称的な冴葉と美沙。
「くぅ!!」
苦しげな悲鳴をあげる牡丹。 彼女のツナギがみるみるうちに朱に染まっている。 
「急所は外しているけど、相当苦しいでしょうね・・・神奈の若社長さんは。 これでこのコは私のもの、どういうことかわかる?」
「・・・・・・・・・何が望みですか?」
結枝が真剣な面持ちで尋ねる。 
「あら、随分話が早い♪ こっちの望みはフェイスと神奈運送が所有しているオーパーツの数々、それにすでに失われたとされている『ミーミルの水』のデータ。『獣人』の成功データ、その他諸々・・・・そして、このコだけじゃトンズラされると困るから・・・」
ルボールは美沙に向けて手招きをする。
「そこの随分フェイスと仲良さそうなツインテールのお嬢ちゃんをこっちにいただこうかしら・・・」
「っざけんな!! 美沙ぁ・・・そんなこと絶対するなよ!」
自分の立場も省みずに牡丹が叫ぶ。
「あんたは煩いの!」
「きゃああああああああ!!」
さらに強く締め上げられて牡丹は苦悶の声をあげる。 美沙はしばらく目を閉じると、大きく溜め息
をはきながら『ヤレヤレ』と首を振った。
「あのね、人質になったら命はもう無いものだっていうのが、私のポリシーなのよ」
美沙は懐からグロックを取り出し、ルボールの眉間にポイントする。



「でもね・・・」
グロックを回転させ、地面に落とすと両手を上げる。 
「私がフォーチュン立ち上げてから、しばらくたってから・・・存在を知った結城の一部の人間、要するに『ジジイの盲信者』がわざわざ私の前にやってきて、罵りに来たのよ。『シボリカス』のくせに結城に逆らう真似しやがって・・・てね」
スタスタとルボールのほうに歩く。
「ま、速攻返り討ちにするつもりだったんだけどね・・・それをこいつに先こされちゃったのよ
『死に物狂いで頑張っている人間に向かってなんてこと言ってるんだ、このオッサンどもぉ!』って
叫んで、バット振り回して、そいつらが乗ってきたベンツまでボッコボコ!」
自分の思惑通り事が運ん嬉しくてしょうがないのか、必死で笑いをかみ殺しているルボール。
「わたしは後悔せずに生きていきたいの、このままアンタに借りを残したまま死なれちゃ・・・一生
後悔する」
といって、美沙は牡丹にウインクをした。
「と、いうわけで、鷲士くん! 冴葉ちゃん! しっかり私のこと助けにきてよね! 来なかったら
ひどいんだからぁ」
明るい声で二人に声をかける。 牡丹から別れでた灰色の塊が美沙にも絡まり、きつく締め上げた。 
鷲士が思わず駆け寄ろうとしたが、ルボールの無言の脅迫がそれを押しとどめた。 
「結枝ぇぇぇ!!」
息も絶え絶えに牡丹が叫ぶ。 
うつむき、肩を震わせていた結枝の、その震えがぴったりと止まる。 
「あんた・・・私がいないからって・・・あんたの『役目』、放棄するんじゃないわよ・・・」
その声に結枝は掛けていた眼鏡をとると、袖でゴシゴシと顔を何度も何度もこすった。 必死でこみ
上げていく『何か』を振り払うかのように・・・
そしてガバッとおもむろに顔を上げる。 そこにあった彼女は、笑っていた。 
碧眼と鼻の頭を赤くさせ、見るものの心を和ませるような笑みを浮かべて
「すぐに、お迎えに上がりますから、待ってて下さいね〜〜」
そう言ってヒラヒラと手を振った。 
「それじゃ、くわしい取引は後で連絡するから」
ルボールの鼻につく香水を残し、『美術館』は『会長と社長』を拉致することに無事成功した・・・


 冷たい牢獄の中に美沙と牡丹は放りこまれた。 未だに鉄くさい紐に縛られたままで。 
共に入ったルボールは軽く右手を振る。すると紐は生きているかのようにルボールの右腕に絡みつき、
鋭角的なフォルムの腕部分が特徴的の篭手、ガントレットに変化した。
「蝦で鯛を釣るとはまさにこのことね」
ガントレットの具合を確かめながら笑う。
「記憶のオルゴール目当てで張ってたらフェイスが現れて・・・これで私もより上に上がれる・・・
・やっと私に運が向いてきたわ」
鼻歌交じりで牡丹に近づくと襟を掴んで引っ張りあげる。
「あなたの懐に隠してある、記憶のオルゴールを私に下さらないかしら?」
「・・・さあ・・・なんのことでしょ?」
そっぽを向いた牡丹は口笛をぴゅ〜〜♪
「あっそ」
ルボールは牡丹を離したかと思うと、鳩尾にむかって力いっぱい『右手』で殴りつけた。
あぐ、と短い悲鳴をあげ壁にぶち当たり、力なくズルズルと落ちていく。
「牡丹!!」
「フン、出さないこの小娘が悪いのよ・・・」
「誰が・・・おまえなんかに・・・渡すか・・・・これは・・・これだけは・・・私のものだ・・・
じいちゃんの・・・」
「黙れ」
ルボールがそう冷たく言い放つと、自分の右腕を牢の『鉄』の壁に突き刺す。 
まるで壁がそこだけ粘土になってしまったかのようにズブズブと吸い込まれていく。
「私の持つハイ・アート『ヘパイストスの片腕』は私の望んだように金属を削り、命を吹き込む・・・
あなたたちも私の芸術の錆びにしてあげましょうか?」
抜き出したルボールの手は鋭い剣になっている。 切っ先を牡丹の顎先に乗せる。 
「ちょっと待ちなさいよ・・・」
美沙が落ち着き払って、牡丹のツナギの中に手を伸ばし『記憶のオルゴール』を引っ張り出した。 
「このなかに目的の人間のDNAを登録して、このオルゴールのネジを廻すとその任意の人間の記憶
を映し出すという・・・この不可思議なオーパーツ・・・使えるの一回だけなの私、知ってるんだか
らね!」
ニヒヒ、と笑うと美沙は自分の髪の毛を一本引き抜き、オルゴールのふたを開ける。 
「あんたは私たちを人質に取ったって息巻いているけど〜〜、私達だってこの『物質(ものじち)』
があるんだからあ!」
「こ・・・この小娘」
「あ〜いいですよぉ・・・殺しちゃってくれても〜・・・どうせ血がドバ〜って出ちゃうんだろうなあ
〜 そしたらこの中に私の血も入っちゃうんだろうなあ・・・そうしたらあんたたちが見れるのはこ
の美沙ちゃんの輝かしい人生だけよ? オ・バ・サ・ン?」
美沙がいけしゃあしゃあとまくし立てる。 
「ルボール様、フェイスとの交渉・・・」
「あああああ!!」
いらだったルボールが叫び、怒りをぶつけるように、告げに来た仲間を斬りつける。 
首と体を二分された男は、血煙をあげながら倒れこんだ。
さすがにこの光景には二人とも目をそむけた。
「あまり粋がらないことね、このクソガキ・・・」
右手の剣を振り、血を払うとルボールはハイヒールの音を残しながら牢屋から出て行った。 
「・・・・行ったみたいね・・・それより牡丹、大丈夫なの?」
美沙が、心配そうに赤く染まったツナギを覗きこむ。 
しかし腹部から見える牡丹の肌、血はついているのだが傷が一つもない。
「ん・・・結枝が助けてくれたから・・・」
「あ、そっか・・・」
美沙もそれで納得したようだ。牡丹は再び美沙から記憶のオルゴールを受け取ると心の底から愛しさ
を表すかのように抱きしめた。 
「じいちゃん・・・やっと・・・会えるね・・・」
牡丹が瞳に涙をためているのをしばらく見ていた美沙は、ふうと小さく息を吐く。 
「牡丹・・・それ、使っちゃいなよ」
「え・・・でも・・・今?」
「そ、あのオバサンは私に任せてくれればいいから」
「う・・・うん・・・」
ケンカ友達の優しい好意にしおらしくうなずいた牡丹は、首から下げていたお守りの中からまとめら
れた白髪の髪の毛を取り出した。
それをオルゴールの内部にある小箱に入れると蓋を閉める・・・・。


そして、二人の少女しかいない牢獄にゆっくりとネジの巻かれる音が響き始めたその頃、結枝は交渉
をFTIに任せ、一人ラマダンの屋上で夜風に当たっていた。 
手すりに寄りかかり、顔からはいつもの笑顔はなくなってしまっている。 
「もう・・・辛いですよぉ・・・社長・・・」
青い瞳からは涙がぼれ落ち、摩天楼の輝きの一つに変わっていく。 
「助けてくださいよぉ・・・・じいちゃん・・・」


結枝は思い出す・・・
二度と思い出したくない思い出と・・・一度だって忘れたくはない思い出を・・・。


『子供は残酷だ』、という言葉をよく耳にする。 これはある意味正しい、なぜなら子供はこれから
『残酷』を学ぶからだ。 
子供たちにとって最大の要素は『楽しいか、楽しくないか』これだけである。 
親の導きがなければ、それはエスカレートしていき・・・悲しい事件が起こる。 
ここに生まれた少女もそうであった。 
田舎のとある農村で生まれた神足 結枝は、なぜか瞳が青かった。 ただ・・・それだけだった。 
自分たちとは違う、それだけで子供たちは結枝を好奇と嫌悪の入り混じった目で見た、男の子からは
執拗ないじめを受けた。 女の子の輪にも入ることは出来なかった・・・。 
高校生になった頃、それをかわいそうに思った結枝の両親は彼女を都会のとある全寮制の
私立女子校に転入させた。 そこでの彼女の『違い』はむしろ好意的に受け止められた。 
彼女にも幸せが巡ってきたはずだった。 

しかし・・・そこにもいたのだ・・・『結枝』が・・・

取り巻き連中の輪の中心で、いわれのない罵倒や中傷を受け、ただ涙をためて耐えている、少女が

「ねえ、やめてあげてください・・・」

その言葉をかけた瞬間、取り巻きの結枝を見る視線が・・・変わった。 
その日から・・・結枝は空気になった。 
もう、悪口を言われる事も、頬を叩かれる事も、笑われる事もなかった。ただ、続けられる無視の嵐。 
一ヵ月後・・・彼女の中で、なにかがキレタ・・・


冷たい冬の雨が降る夕方近くの公園の池に結枝は立っていた。 
雨にぬれるセーラー服が妙に膨らんでいる。 そこには石がくくりつけられている事を誰が知る事が
出来ただろうか。 
相談できる人もいない、家計をやりくりして自分を送り出してくれた両親になんて恥ずかしくて、
情けなくてとてもじゃないが言えなかった。 
膨れ上がった気持ちは何の前触れもなく破裂した。 
「ごめんなさい・・・・」
彼女はそう何度も呟きながら、足を前に踏み出したその時だ。 

「待ちなさい・・・」

突然かけられた声に結枝は振り返ってしまう、そこに立っていたのは傘をさした一人の老人。 
黒いニットの帽子、顎には白いひげを蓄えている。 
顔に刻まれた深い皺は時の年輪を確かに感じさせる。 
「か・・・かまわないでください!」
そう叫ぶ結枝に老人はゆっくりと首を横に振る。
「わしは、目の前で人が死のうとしている人間がいるのに『かまわない』という行動が取れるほど
腐ってはおらぬわい・・・」
老人は結枝の冷たくなった手を取り、引っ張る。 
「こんな冷たくなってしもうて・・・」

「ここで待っていなさい・・・」
老人は結枝に持っていた屋根のあるベンチに座らせる。 
「そうそう・・・もしまたお嬢ちゃんが池に飛び込んだのなら、このわしも後を追うからな・・・
お前さんが他人を殺すような『人でなし』でないのなら、待っていなさい・・・」
そう釘をさして・・・・

それから五分後、老人は手に暖かい缶の甘酒を持って帰ってきた。 それを渡すと隣に座る。
「日本で最も有名なコメディアン兼、映画監督がいいことを言っておった・・・まあ、昔坊さんも
似たようなことを言っていたらしいがの、『振り子理論』というものがある。 ああ・・・早くお上
がりなさい」
老人は指が震えて缶が開けられない結枝のかわりに開けてあげ、老人は続ける。 
「悪い事を思いっきり出来る奴は、良い事も思いっきり出来る。 この言葉は全てにおいて通用する
と思うのじゃ、嬢ちゃんのように、死ぬことを本気で考えた人は本気で生きる事も出来る・・・とな」
そしてその皺だらけの手で結枝の手を包み込むようにそっと触れる。
「辛い事があったようじゃが・・・少し・・・いいこともあったじゃろ?」
「う・・・うううううあああああああ」
それが結枝の心の堤防を壊す言葉になった、おさえきれなくなった衝動は涙と嗚咽に変わっていく・・・。
ひとしきり結枝が泣き止んだ後、老人は自分の家に来るように言った。 
こんな老いぼれでは嬢ちゃんを襲う事などできんし、とって食おうなんて思わんから安心せいといって
笑う。 
二人は肩を寄り添いながら雨の夜道を歩いていく。 
「う〜む、わしもついてるのう、酒を買いに行ったらこんなかわいいお嬢さんと相合傘が出来るなん
て・・・若返る心地がするのう」
と一人呟くと顔をクシャクシャにして笑った。 その笑みに結枝もつられてしまう。 



「そういえば・・・嬢ちゃん、名前は?」
「結枝・・・『枝を結ぶ』・・・か、良い名前じゃ・・・しかもわしと苗字が似ておるし・・・これ
も縁というものだろうて・・・・おう、こっちの自己紹介がまだだったな。 わしは・・・神奈 
大慶(だいけい)、見ての通りただのじじいじゃ・・・やんちゃな孫娘と二人暮しの・・・な」
「あ・・・はい・・・神足(こうたり) 結枝と申します・・・」

 結枝が来られたのは小学校の近くにある家。 道側のシャッターを勢いよく開ける。 
「待っておれ、今服とタオルを持ってくるからの」
「はい・・・」
そこで結枝はあたりを見回す。 シャッターの中はそのまま中に入ってこられるつくりになっていて。 そのなかには、五百円大のカステラが三つクシに刺さった物や味付けスルメ、ベビースターラーメンやさくらんぼ餅、クッピーラムネやきな粉棒、どれもこれも百円以下で買える駄菓子だ。 
冷凍庫の中には冷たく冷やしたすももやガリガリ君、などなど。 
「ほっほっほ。 昔は宮大工をしておったんだがな、今は引退して駄菓子屋のじじいをやっておる。 ま、老後の楽しみじゃ」
大慶がそう言って奥に行こうとした時、彼の後ろからひょこっと顔を覗くものがいる。 
快活そうな顔、頬にはばんそうこうを張っている。 黒の短パンに赤のパーカーの子供。 
「んあ? 誰だこいつ」
「こいつじゃない、ワシのちょっとした知り合いでの・・・神足 結枝さんと言うんじゃ。 
牡丹、挨拶せい」
「ふ〜ん、こんちわ」
「ったく・・・これでも孫娘なんじゃ。 もう七歳になるのにちっとも女の子らしくせんがの 
よろしくやってくれ」


着替えを借り、お風呂を借りた結枝は大慶に呼ばれ、駄菓子屋の店内まで呼ばれ、蒲団のひかれた
二階から降りてきた。 途端に牡丹が結枝に飛びつく。
「おい! 良かったなお前! 今日はご褒美の日だってさ。」
「え?」
「あのな、いいことをしたり、誕生日だった時にな。 ここにある駄菓子を好きなだけ食べていい日
なんだ! 」
目をキラキラさせながら牡丹が叫ぶ。 ストン、と結枝から降りるとそのままグイグイと引っ張る。 
どうしようかとワタワタする結枝は大慶に救いを求めるように視線を送るが、この老人はにっこり
笑ってうなずくばかり。 
店内に出て行った牡丹は、その小さな体を伸ばしえび煎餅を取ると、持っていた梅ジャムを塗りたく
り、それを結枝に差し出す。
「ん」
「これを・・・私に?」
「そうだよ、よくわかんねえけど・・・元気がない人には優しくしてやれって爺ちゃん言ってた。 
だからこれやる・・・ってうわっ!」
受け取った結枝は思わず、地面を膝につき、牡丹を抱きしめていた。 
手にえび煎餅を持ちながら牡丹は目を白黒させる。
「良かったです・・・辛い事があったけど・・・良かったです・・・」
「は? 何言ってんだ? 結枝姉ちゃん」
「・・・・・・・生きてて・・・良かったです」
それから神奈家には笑いが絶えず、『ご褒美』は牡丹が眠るまで続いた。


「・・・・すっかり気に入られおったな」
深夜11時、居間。結枝の膝の上で寝入ってしまった牡丹を見て大慶はほくそ笑む。
「この子の親はな・・・事故で・・・なくなっておるんじゃ。 まだ赤ん坊の頃の牡丹を庇って
・・・の」
番茶をすすり、大慶は仏壇の上に置かれている写真を見て溜め息を一つ。
「だから、この子には父親の記憶も母親の記憶もない・・・こんな不幸な事はない・・・だからの、
あってすぐのお前さんにこんなことを頼むのもなんじゃが・・・」
牡丹の頬にそっと触れる。
「もし、お前さんが良いなら・・・ここで暮らしてみる気はないかね? こんな縁もありじゃろうて
・・・どんなに辛い事があっても、支え支えられる存在があれば、結構頑張れるもんじゃろう?」
「私を・・・こんな見ず知らずの私を・・・信じてくれるのなら・・・こんな暖かいところにいさせ
てくれるなら・・・」

結枝は・・・笑った。 心からの笑顔で・・・笑った。 
「そうじゃ、その笑顔があれば良い・・・おぬしの笑顔は見るものを幸せにする」


それから五年後・・・


「きえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「うわわ!!」
屋上で物憂げに外を眺めていた結枝を見かけ声をかけようと鷲士は、突然の彼女の奇声に尻餅をついてしまった。 
「はれ? 鷲士さん」
「は、はは・・・あの・・・冴葉さんが呼んでます」
「あ、そうですか〜 わかりました〜」
ニコ、と笑うと結枝はそそくさと屋上を後にする。
(社長は・・・いえ、牡丹ちゃんは私の笑顔が好きといってくれました。 だから、負けません!!)
結枝は両手で自分の頬をパチンと叩く。


「がんばっていきまっしょい!!」

[NEXT FILE]
TOP
アルディ^さんへの感想は掲示板へ