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はるかな、遠いはるかな昔、地球と言う星が生まれるよりも昔、そことは別の世界で、
あるものが生まれました。
そのものは、生まれたときから、自分の半分がかけていることがわかっていました。そ
して、自分のいる世界には、自分以外誰もいないことも。
そのものは、自分の半分を求めて旅に出ました。それは、次元を超える旅。無限に存在
する、無限の世界を移ろう旅。
彼は探しました、自分の半分を。少しでも、その半分がいると感じると、彼はその世界
を訪れました。
しかし、半分は見つかりません。それでも、そのものは探し続けました。
幾千、幾万の世界を渡り、悠久の時を超え、そのものは自分の半分を探し続けました。
そして、ほんの4000年前この世界を訪れました。自分の半分となるものの誕生を感
じて。
しかし、問題がありました。この世界は彼にとっては小さすぎたのです。
そこで、自分の体のほんの欠片を世界に入れることにしました。
そのものはさらに、欠片のさらに一部をさらに細かいいくつもに分け、世界中にばら撒
きました。
少しでも、自分の呼ぶ声が届くように。
そして、3500年ほどたったころ、彼はミュージアムと言う組織に見つけられました。
彼らは、そのものが自分たちの収集品のひとつであると勘違いをしていたのでした。
彼らには、そのものが何であるのか、一切わかりいませんでした。
彼らは、欠片を『枝』と、さらにその一部であるより小さな欠片を『種』と呼びました。
それはそのものにとっては関係の無いことでした。
彼の求める半身が後たった500年で生まれようとしているのですから。
21年くらい前、一人の赤ん坊が生まれました。
いくつもの不幸が重なり、その赤ん坊はある施設に引き取られることになりました。
彼は、奇妙な赤ん坊だと言われていました。まったく泣かないのです。
彼は、そのころから空を見上げるのが好きでした。
彼は、何かを感じていたのです。空を、空間を響いて伝わる、何かを。
彼は、物心ついたころにはそれを、『声』と感じるようになりました。
微かな、ただひたすらに、自分を呼ぶ声。
微かな、しかし、必死に、自分を求める声。
彼もまた、その声の主を求めるようになりました。
彼は、そのことに疑問を持ちませんでした。
それは必然であったから。
彼もまた、自分の半分が欠けていると、漠然と感じていたから。
しかし、呼び声は小さく、呼ぶものがどこにいるのか彼にはわかりません。
しかし、彼は焦ってはいませんでした。
同じ、空の下にいるのだから。
彼は、少しずつ、その声がよく聞こえるようになっていました。
彼は、その声の影響で、少しずつ変化していたのです。
その呼び声は、空間を渡る、『力の波動』
彼はその『力』、『気』と呼ばれるもの、それを感じる力が強くなっていったのです。
彼は五感で『気』を感じることができるようになっていました。
彼は、少年と出会いました。
その少年は、泣いていました。
彼は、その少年に声をかけました。一緒に遊ぼうと。
彼と、その少年は友達になりました。
彼は、それからしばらくして、今度はある少女に出会いました。
その少女は、微かに他と違う『気』を持っていました。
彼は、その少女と友達になりたかったのですが、その気の強い少女は、彼のことを拒否
いました。
彼の友達となった少年は、少女を救うために大怪我をしました。
しかし、それがきっかけとなって、その少年と、その少女は仲良くなりました。
彼は、それをとてもうれしく思っていました。
しかし、その少年と少女の幸せも長くは続きませんでした。
その二人は、分かれることになりました。
彼は、その力のためか、去り行く少女の仲に新しい命が宿っていることを感じていまし
た。
彼は、その少年に言いました。今度は君から会いに行こう、と。
少年はただ、うんと答えました。
その少年は、ある老人から武術を習い始めました。
その武術の名は『九頭竜』。
彼は、少年が疲れて帰ってくるのを温かい目で見守っていました。
彼には、だんだんと、彼の中の『気』の流れが変化していくのがわかりました。
それは、偶然でした。
彼は、呼ぶものが彼を探すために世界にばら撒いたもの、呼ぶものの分身に出会いまし
た。
それは『種』のように見えました。
彼は種を通じて、呼ぶものに語り掛けました。
僕はここにいると。
そして、ミュージアムと言う組織から、そのものを持った一人の男が、彼の元を訪れま
した。
ミュージアムから訪れたその人は、不思議な雰囲気を纏う人でした。
その人は、男にも、女にも見え、年老いているようにも、子供のようにも見え、醜くも、
美しくも見えました。
その人もまた、『枝』の声を聞くことが出来ました。
しかし、その人は『枝』に声を返すことが出来ませんでした。その人は『枝』の求める
半分ではなかったから。
『枝』の声が聞こえるその人は、その呼ぶものをつれてこの地を訪れました。
呼ぶものは歓喜に打ち震えていました。
自分の呼びかけに答えてくれるものが、ついに現れたのだから。
それは彼にとっての初めてのコミュニケーションでした。
数十億のときを超えて、幾千幾万の世界を超え、ただひたすら待ち望んだ自らの半身。
何度失望したでしょう。この世界にも、自分の半分はいなかったと。
何度あきらめかけたでしょう。どこにも、自分の半分など存在しないのではないかと。
しかし、この世界を訪れてついに、呼ぶものの声にこたえてくれるものが現れました。
呼ぶものは呼びかけに答えてくれたものだけに呼びかけを始めました。
呼ぶものは、自分が誰かの手によって、半身の元に近づいているのを感じました。
呼ぶものにとって、誰に運ばれているかは関係ありませんでした。
呼ぶものには、自分の半身以外のことなど、何の意味もありませんでした。
呼ぶものには、半身と出会うことがすべてなのですから。
彼は、呼ぶものが、彼の半身であるものの訪れが近いことを悟っていました。
彼は、喜びとともに、微かな悲しみも感じていました。
彼には、予感がありました。
半身との出会いは、同時に、今のすべてとの別れになるのだろうと言う予感が。
しかし、彼の意志に変わりはありませんでした。
彼は、男だか女だか、老人だか子供だか、醜いのか美しいのかわからない人によって、
彼の半身との出会いを果たしました。
彼は、呼ぶものとともにミュージアムと言う組織へと行くこととなりました。
彼の親友である少年は泣きました。君まで、僕の元から離れてしまうのかと。
彼は、親友である少年に言いました。僕は、君と同じ空の下にいると。
彼は、親友である少年に言いました。同じ空の下にいる限り、再び、出会うことができ
ると。
彼は親友である少年と、別れました。
彼はついにであった自分の半身であるものに、名前をつけました。
【世移木】と、『世』を『移』ろう『木』、【世移木】と。
呼ぶものは、その名を気に入りました。
呼ぶものは彼とであったことで、そのものでもなく、呼ぶものでもなく、ヨウツキとな
りました。
ヨウツキは、強大な力を持っていました。
しかし、そこには大きな問題がありました。
ヨウツキは、自分の力を操るすべを知らなかったのです。
それでも、ヨウツキが一人である間は問題はありませんでした。
ヨウツキが一人でいる間は、ヨウツキの力はヨウツキの内側にあるままでした。
しかし、ヨウツキはその半身である彼との出会いを果たしました。
ヨウツキの内側にあった力は、彼と言う出口を得て外に出ることができるようになりま
した。
彼にも、ヨウツキにも、その力は強大すぎました。
彼と、ヨウツキは、ひたすらに、その力をすべる方法を学びました。
ヨウツキのうちからあふれ出る力、人はそれを、『気』と呼びました。
彼は、『気』を操るすべを学びました。
彼は、ヨウツキとともに、ハイキュレーターとなりました。
彼は、ヨウツキとだけ行動しました。
彼は、空を歩くすべを知っていました。
彼は、空を歩くのが好きでした。
彼は、いつからか、ミュージアムの中で『スカイウォーカー』と呼ばれるようになりま
した。
彼は、なかなかその名を気に入りました。
彼は、『スカイウォーカー』と自らも名乗りました。
彼は、あるとき、ある遺跡で、一人の少女に出会いました。
その少女は、危機に瀕していました。
彼は、その少女を助けました。
その少女は、彼の良く知る少女に似ていました。
その少女は、彼の良く知る少女と同じく、気が強いようでした。
その少女は、彼の親友である少年と、彼の良く知る少女に似た『気』を持っていました。
彼には、その少女が彼の良く知る少年と、彼の良く知る少女の子供だと言うことがわか
りました。
彼は面白い偶然もあるものだと思いました。
ある時期から、彼の所属している、ミュージアムと言う組織に対抗するものがありまし
た。
究極の情報網を持つもの。顔のない男。
その名は「ダーティフェイス」。
そして、あるときから、フェイスは九頭竜を使うと言うことが知られるようになりまし
た。
彼の中で、一つの考えが生まれました。
彼の親友である少年こそが、ダーティフェイスなのではないかと。
彼は、ミュージアムに隠れてしていることがありました。
いえ、それこそが、ミュージアムに所属している理由でもありました。
彼は、ヨウツキが4000年前にまいた、彼のかけら、『種』と呼ばれるものを集めてい
ました。
彼は、ミュージアムの持つ『種』を、機会があったら返してもらって、そのまま逃げよ
うと思っていました。
彼は、ついに、それを実行しました。
彼にとって、ミュージアムに追われることなどどうということではありませんでした。
彼は、ミュージアムを抜けて、それまでしたいと思っていたことを実行に移しました。
彼は、日本に向かいました。
彼の親友である少年と再会を果たすために。
「そして、彼は親友である少年、今は青年となった親友と、再会を果たしました。おしま
い、おしまい」
その話を聞いていた3人は、呆然としていた
空人は、ものすごいスケールのことを、あまりにも、何気なく話したからだ。
「と言うことで、僕は鷲士と再会を果たしたわけさ」
「鷲士君の、ダーティーフェイスの助けを借りようと思ってたの?」
美沙が尋ねた。
「別に。鷲士がダーティーフェイスか、そうじゃないかはあんまり関係ないよ。ただ単に、
鷲士と会いたいと思ったから」
鷲士の顔を真っ直ぐに見て、にっこりと微笑む。
「空、君」
「でも、ごめんね。僕はただ君と会いたいだけだったんだけど、いらぬ災いを運んできて
しまったみたいだ」
空人はいつもの笑顔のままだ。しかし、その纏う雰囲気が、どこか悲しそうだった。
「さっきは助けてほしいって言ったけど、これはやっぱり、僕だけの問題だ。君たちにか
かわりのあることじゃない」
空人の声は、いつものように透明だ。しかし、どこか、寂しさを含んでいるような気も
する。
「だから、僕はこのまま去ろうかと思う」
「空君! そんなこと言わないでよ」
鷲士が、いつになく、はっきりとした強い声で言った。
「空君が、ハイキュレーターだったり、本当にびっくりした。そう、聞かされたとき、あ
んまりに驚いて、何も言うことができなかった」
空人は顔を上げる。
鷲士はまっすぐに空人を見詰めている。
「僕に係わり合いがないことじゃないよ。だって、空君のことだから。僕の親友で、家族
である、君のことだから」
「・・・鷲士」
「空君は、昔、僕を助けてくれた。暗闇の中に沈んでいきそうな僕を。だから、今度は、
僕が空君を助ける番だよ」
鷲士は、にっこりと微笑んだ。
「そうだよ、空君。それに、ミュージアムのバカどもがかかわってきた時点で、私だって
黙っちゃいられないんだから」
美沙が言う。
「・・・・ありがとう」
空人は、微笑みながら言った。
「でもさ、空君て、なんかすっごいことになってない?」
美沙が、驚きを含んだ声で言う。
「すごいこと?」
空人は、よくわからないといった風に、首をかしげる。
「だってさ、その世移木って、異次元生命体でしょ?」
「うん、たしかにね」
「それも、何十億年も生きてるんでしょ?」
「うん。でも、たいしたことないよ。どうも、僕のことを思うあまり、それ以外のこと何
にも覚えてないし」
「ふ〜ん。それでさ、『半身』ってどういうこと?」
「あ、僕もそれは気になってたんだ」
鷲士と美沙にそういわれて、空は天を見上げる。考えているようだ。
「う〜ん、なんだろうね?」
彼は美沙を見て、微笑みながら首をかしげた。
「はぁ? 空君、わからないの?」
それには美沙と鷲士、そして、冴葉でさえも気が抜けた。
数十億を生きて、時限を越えてきたものがヨウツキだと空は言った。それはもうスケー
ルのでかい話である。そして、そこにあるキーワードは『半身』。それには、何か深い意味
があるのだと、3人は思っていた。
「僕は漠然と、何かが足りないって思っていたし、ヨウツキだってそうさ。何が足りない、
ってことじゃなくて、何かが足りない。それが何であったのか、僕は表現する言葉を持っ
ていない」
彼は、淡々と語る。
「でも、なんか拍子抜けな感じ」
美沙が、どこかあきれた感じで言った。
「空君さ、ここに来る前に、車、真っ二つにしたけど、どうやってやったの?」
またも、美沙が尋ねる。
「・・・鷲士は、少しは解ったんじゃないかな?」
空は、鷲士を見て言う。
「何よう、それ。鷲士君どういうこと?」
「えっ、え〜と、僕もはっきりわかったわけじゃないけど、『気』を使ったんだよね?」
「あたり」
「でも、どうやってあんなことを? 気を使ったまでは解ったんだけど、それ以上はさっ
ぱり」
「じゃあ、見せようか」
そう言って、空人は目の前の応接テーブルに置かれたグラスを取った。
「美沙ちゃん、これで試しちゃっていい?」
「あ、うん、そんなに高いもんじゃないし」
世間的には高級品です。
「それじゃあ、いくね」
空人は、グラスの中身を飲み干すと、人差し指を立て、そのグラスを切るようにその指
を斜めに振った。
空人はグラスには触れてはいない。
「「ええ!?」」
鷲士と美沙は驚きの声を上げる。冴葉も、声には出さなかったが、驚きの表情である。
コップは、空人が人差し指を振ったラインに沿って、すっぱりと切断されていた。その
切断面は、恐ろしく滑らかだ。
「ね、ね、どうやったの?」
美沙が興味津々に聞いてくる。
「まあちょっと待ってよ。ほかにもね」
空人は立ち上がり、横に、右足を一歩出す。
その足は、不自然に中空にとまったままだ。
空人は、その右足をそのままに、左足を出し、その右足にそろえる。
空人は、空に浮かんでいた。
「・・・・」
それを見ていた3人は驚きに声が出ない。空を歩くことは知っていたが、それを突然さ
れれば、驚くだろう。
空人は、そのまま空を歩き始めた。
「ほかにもね、こういうこともできる」
空人は、いったん止まり、再び、右足を出す。
「「ええっ?」」
またも、驚きの声が上がる。
空人は、出した足を中空についた瞬間には、広い部屋のはじまで、瞬間的に移動してい
た。
「昔の人はこれを『縮地』って呼んだそうだよ」
そういった空人の上下は逆転していた。
空人は、部屋のはじから、そのまま、壁を垂直に歩き始め、今は天井を歩いていた。
「鷲士は、僕が『気』を使ってたのがわかったよね」
空人は、再び、元のソファーに座っている。
「あ、あ、う、うん」
どこか、呆然としたままの3人。
「・・・気ってそんなことまでできるの?」
美沙が空人に向けて尋ねた。
「まあね。まずは、このグラスを切った方法から説明しようか」
空人は、そのグラスを持ち上げていう。
「鷲士は、確か水の上に立てるよね」
「うん。でもそれが?」
「そのとき、鷲士は気を発して、水の表面張力を変化させてるんじゃないかな?」
「うん」
「その応用さ」
「応用? でも、なんかぜんぜん違うことのような気がするんだけど」
美沙と、そして、鷲士はわかっていなかった。しかし、美沙の有能な秘書はその少ない
言葉で、ある一つの推論にたどり着いた。
「気を用いて、グラスを構成する分子の結合力を消失させた、と言うことでしょうか?」
冴葉は静かな声で言った。
「あたりです。冴葉さん」
空はにっこりと微笑んで言った。
「ああ、そっか、そういうことなんだ」
美沙も、冴葉の言葉で、空人の言わんとすることがわかったようだ。
「え、美沙ちゃんもわかったの? 僕わかんないんだけど」
本来は気に一番詳しいはずの鷲士は、わかっていなかった。
知っているゆえの、固定観念というものがある。
彼は、その気を、体の内で使う。その気を外部に放射して使うのは、水に浮く技、"九頭
竜・蓮華歩舟"があるが、それほど多くはない。
「鷲士、僕は、グラスの結合力に気を作用させたんだ。結合力を失わせるほうにね」
つまりは、こういうことだ。
"九頭竜・蓮華歩舟"は、水の分子間力に気を作用させて、それを増幅させる。
空人がやったのはその逆で、気の線でなぞった部分のグラスの結合力を消失させたので
ある。
さらに、空を歩いたのは、空間自体に気を作用させて、仮想の足場を生み出したのだと
言う。『縮地』も空間自体に気を作用させて、空間を『圧縮』したのだそうだ。
上下さかさまで歩いたのは、重力に作用させたらしい。
「ヨウツキは、その内側に、あまりに強大な量の気を秘めていたんだ」
「ヨウツキはそれを外側に出す方法を知らなかったのだけど、僕と出会ったことで、それ
をすることができるようになった」
「でも、その力はあまりに強すぎた」
「僕は、全心全霊をかけて、それを制御する方法を学んだ」
「その気を操るすべは、昔、仙術と呼ばれた」
「僕はそのほんの一部、気を制御するすべのみを学んだ」
「それで、何とか、ヨウツキの気があふれ出すのを防ぐことができた」
「まあ、ありたいていにいって、ヨウツキの力を封印した」
「僕の力では、まだまだ、それを扱いきれないからね」
「僕はそれからも、気の扱い方を学んだ」
「鷲士の九頭竜のような使い方もできるけど、僕はそれ以上に、気を直接作用させる術を
まなんだ」
「まあ、昔の仙人ほどじゃないけど、僕も仙術の真似事のようなものなら少しはできるよ
うになったと言うわけさ」
「ふと思ったのだけど、僕は君の敵と言うことになるのかな? 九頭竜の」
「えっ、確かに、九頭竜は対仙術仙術だけど・・・」
鷲士は戸惑う。
「ふふ、冗談さ。僕としても、君とは争いたくない」
彼は笑顔で言った。
「ねえ、空君」
「なに?」
「空君を追ってきた、フィメラ・シューリーについて、何か知ってる?」
「ああ、少しはね」
「教えてほしいんだけど。これから戦う相手だし」
「それじゃあ、あれ話をしようか・・・ミュージアムにいるハイキュレーターは心理的に
許せないやつが多いけど・・・」
空人はそこで言葉を区切る。
「僕は、その中でもあれは特に許せない部類に入る。あれは、その存在自体が何の意味も
持っていない」
空人は、笑顔のままだった。しかし、その雰囲気に、何か尋常ならざるものが宿ってい
た。
「空、君?」
呆然とつぶやく鷲士。今、その瞬間に空の纏っていた雰囲気、それが自分の今までかん
じたことのないものだったからだ。
しかし、それは、ほんの一瞬のことだった。
「どうしたの鷲士?」
そう、いつもの優しげな雰囲気で首を傾げる空人。
「えっと、その・・・なんでもない」
すでに、元の空人に戻っているので、何もいえなくなる。
「そう。ならいいけど。それで、君たちは、あれ、フィメラに関する情報をどれくらい持
ってるのかな?」
空人は鷲士たち、と言うよりも、美沙と冴葉を見ていった。
もうすでにいつものやさしげな雰囲気に戻っている。
「え、あ、うん、冴葉ちゃん、お願い」
どこかしどろもどろになりながら言う美沙。それほどまでに、ほんの一瞬、空が見せた
雰囲気はとんでもないものだった。
「それでは、これを見てください」
その言葉とともに、冴葉が、テーブルについている端末を操作する。
テーブルの上に、映像が投影される。
「フィメラ・シューリー、四十年ほど前からハイキュレーターとして行動していることが
確認されています。それ以前の経歴等は一切不明です」
淡々と語る冴葉。
「えっ!? 40年ってどういうことです? 16、7歳ぐらいにしか見えませんけど」
鷲士が疑問を口にする。当然のことである。目の前に映し出されたフィメラは、16、
7歳ほどの少女なのだから。
「それが、フィメラがハンドレットフェイスといわれるゆえんです」
「ハンドレットフェイス?」
「はい、これを見てください」
その言葉とともに、何人もの少女の写真が投影される。
国籍などはまったくばらばらであるが、どの少女も、大変な美人である。そして、どの
少女も16、7歳ほどであった。
「現在、われわれがつかんでいるだけで、フィメラ・シューリーと名乗るハイキュレータ
ーは14名確認されています」
「じゃあ、これがみんなそのフィメラ、って言う人なんですか?」
それには、美沙が答えた。
「うん、これが同一人物なのか、何人ものハイキュレーターが同じ名前を名乗っているの
か、ぜんぜんわかんないの」
そういって嘆息する美沙。
「だから、ハンドレットフェイスとか呼ばれてるんだ。後は騒霊使いとか歩くポルターガ
イスト現象とか」
「歩くポルターガイスト?」
「うん、なんかね、やつが現れるところには必ずポルターガイスト現象が起こるの。椅子
が浮き上がったりとかそんなの。だから騒霊使い、歩くポルターガイスト。ほかにも、や
つが現れるところには必ず人魂が出るとか」
「なんか、ものすごく奇妙な相手みたいだね」
鷲士が汗ジトで言う。
「ホントに・・・タウンゼントとどうレベルって言うか・・・それ以上? ねえ空君、あ
いつ、いったい何者なの?」
美沙は、空に向けて言った。
「まず、そこに映っている女の子たち。それはフィメラであったフィメラじゃない」
「フィメラであって、フィメラじゃない?」
首を傾げる美沙たち一同。
「あれの持つハイアートは『ウィル・オ・ウィスプ』。その能力は・・・」
空は、淡々とフィメラについて語り始めた。
コンコン
ノックの音。
「はい、は〜い」
その部屋の主は、ドアのところまで小走りでいき、何の躊躇もなく、そのドアをあけた。
「まだおきてたんだ」
「それはこっちのせりふだよ、鷲士」
そこに立っていたのは、草刈鷲士その人であった。
ここはラマダンの一室、空が使っている部屋。
「どうしたの? 明日に備えて、寝たほうがいいよ」
空人の力によって、大まかなフィメラの居場所がつかめた。何故大まかかと言うと、『種』
の出力が弱いために、その正確な場所が特定できないからだ。
逆に、種から、本体である世移木のほうをたどるのは容易らしい。ヨウツキ自体の発す
る波動の出力が高いためだ。だから、フィメラのほうは空人の居場所を見つけ、襲ってく
ることができたのだ。
今、FTIのスタッフの手によって、フィメラの潜伏場所の特定が急がれている。それ
までは、もう夜も遅い、と言うことで、フィメラとの決戦に備えて一時的な休息をとるこ
ととなった。
「えっと、そのちょっと話したいなっておもって」
鷲士は、いつもの気弱な笑顔で言う。
「立ち話もなんだから、入りなよ」
「話っていうのは?」
空はいつもの笑顔で、鷲士に尋ねる。
「や、その、特にこれと言ってはないんだけど、その、話がしたくなっちゃって」
うつむく鷲士。
「ふふ、鷲士は昔、眠れないと僕のところに来たよね」
「あ、うんそうだったね。その、なんか安心できるって言うか」
「しかし、今日は驚かせてしまったね」
「確かに、本当に驚いちゃったよ。まさか、空君がハイキュレーターだったなんて」
「僕としては、予想はしていたとはいえ、鷲士が本当にダーティーフェイスその人だって
わかってびっくりしたさ」
「・・・本当はそうじゃなかったんだけどね。でも、相手がミュージアムであるなら」
「フェイスであることもじさない?」
「・・・うん。僕は、あいつらを許すことはできない。今回のフィメラだってそうだよ。
『あんなこと』を平気でするなんて」
鷲士は厳しい表情で言った。
「・・・美沙ちゃんはどうして、来訪者の遺産を追っているのかな?」
空人は唐突に話題を変えた。
「えっ、あ、その・・・」
それを空人に話していいのか、一瞬、躊躇する鷲士。
「・・・美沙ちゃんは、来訪者の血でも引いてるのかな?」
「えっ!? どうして・・・」
驚愕する。
「・・・鷲士、正直さは美徳であるとは思うけど、もうちょっと、駆け引きと言うものを
学ばなければいけないよ」
空人はいつものように笑顔である。しかし、その表情にどこか苦笑めいたものが混じっ
ているような気がした。
「あ・・・」
鷲士は気がついた。空人は、かまをかけたのだ。昔、あの最後の夜にゆうちゃんと何を
したかを聞いたときのように。
「ま、それが君のいいところでもあるけどね」
「はは・・・でもどうして?」
「僕は五感で気を感じることができると言ったよね」
「うん」
「気を五感で感じてるとね、すごく細かい違いまで感じることができるようになるんだ。
それでね、美沙ちゃんに少しだけ、『人とは違うもの』を感じたんだ」
「そうなんだ」
感心したようにつぶやく。
「でも、どうやら美沙ちゃんはゆうちゃんみたいなことはできないようだね」
「ええっ!? そんなことまでわかるの?」
またも驚く鷲士。
「うん。うっすらとね、何か力の波動を感じるんだ。それで、美沙ちゃんにはそれが感じ
られない。まあ、それが眠っているだけなのか、本当に存在しないかまではわからないけ
ど」
「・・・美沙ちゃんはね、そのことをすごく気にしてるみたいなんだ・・・」
鷲士は、少しずつ、自分の愛娘ちゃんのことを語り始めた。
「気にすることでもないと思うけどね」
聞き終えた空人の第一の感想はそれだった。
「うん、美沙ちゃんは力がなくたって十分にすごいのに」
そう、いろんな意味で。
「まあ、相対的な価値観にとらわれない、『自分』を手にすることは難しいらしいからね」
空人は、人事のように言う。
「らしいって・・・そうだよね。昔から、空君は他人の評価なんて気にしてなかったから
ね」
鷲士は、昔を思い出しながら言った。何者にも縛られない存在、それが空人だった。
「ま、美沙ちゃんは、まだそのことを気にしているかもしれないけれど、いつか『自分』
を手にすることができるさ。まだ少しは時間がかかるかもしれないけど、大丈夫、あの子
は強いし、君がいる」
「うん、僕も、美沙ちゃんを助けられるようにがんばらなきゃね。ゆうちゃんの分まで・・・」
「・・・鷲士も、かわいそうに」
空人は、小さくつぶやいた。
「空君、何か言った?」
「いいや別に」
かわいそうと思うなら、教えてやれよと思うが、そういうところも含めて、空人は空人
であった。
「そろそろ、本当に遅いし、もう寝たほうが良くない?」
空人が部屋に備え付けられている時計を見て言う。
「あ、そうだね。夜遅くに押しかけちゃってごめんね」
「ううん。楽しかったよ。でも、本当にごめんね」
「ごめん?」
「うん、僕のために、巻き込んでしまって」
「・・・さっきも言ったでしょ。今度は僕が助ける番だって。それに、僕もあのフィメラ
っていう人を許せない」
いつになく、厳しい顔で言う鷲士。空人から聞かされたフィメラの行っている行為は、
欠片も許すことが出来ない所業だった。
「・・・ありがとう。あ、それと、これ持っててくれないかい?」
そういって、空人は鷲士に何か黒い、小さなもの、種のようなものを手渡した。
「これは?」
「僕が、必ず、君の元に戻るってしるしさ」
「しるし?」
「そ、じゃ、ちゃんと持っててね。おやすみ」
「え、あ、うん、おやすみ」
そう言って、去っていく鷲士。
空人は、ふかふかのベットに横になっている。その手には木刀、世移木が握られている。
不意に、木刀が震えた。
「・・・わかっているよ。このままの姿で戦うのはちょっと大変だってことは」
再び、世移木が震える。
「まあ、鷲士もいるし。そこまで力を使わないでもすむだろう」
その言葉にも震えて返す世移木。
「そうだね、僕が一時的にも『消える』ことになると、その隙を見て『彼』が出てきてし
まうかもね」
震えて返す世移木。
「『姫』は僕の言うことを訊いてくれるだろうけど、『彼』は強い相手を前にするとたまに、
見境がなくなっちゃうからねえ」
さらに変わらず、震えて返す世移木。
「まあ、『世打鬼』が外に出ちゃっても、鷲士は負けないよ」
どこか、あきれたように震える世移木。
「僕のこと? 知られてもかまわないんだけど・・・できれば、同じ時を歩いているふり
をし続けたいかな」
世移木は震えることで返す。そこには、どこかすまなそうという雰囲気がただよってい
た。
「気にしないでいいよ。僕は自分の意志で、君とともにあることを決めたんだ」
今度はうれしそうな振動、とでも言うのだろうか。
「がんばろう」
「これが、判明したフィメラ・シューリーの潜伏場所、と思われる場所です」
冴葉のその声とともに、立体的な地図が投影される。
「・・・小学校?」
美沙はそうつぶやいた。
「はい、今年の3月に、少子化に伴う、生徒数の半減により廃校となりました」
「で、ここに奴が居るって言うの?」
「はい。空さんの能力によって限定された地域内で、宿泊可能な施設はすべて調査したと
ころ、フィメラは発見されませんでした」
「それで、どうして学校なんです?」
鷲士が尋ねる。
「つい2、3日前から周辺の住民の間である噂話が広まっています」
「噂話?」
「はい、ちょうど時期も夏ですので、廃校舎に忍び込み、きもだめしをしようとした若者
グループがありました」
「ああ・・・で、見たわけね、『人魂』を」
美沙があきれたようにつぶやく。
「その通りです。さらに、歩く人体模型や骨格模型に襲われたとのことです」
「確かに、あいつの力からすれば、そういうこともできるね」
空人が静かにつぶやいた。
「その後、われわれのスタッフも謎の光源体を確認しています」
「じゃあ、ほぼ確実ってわけね」
「僕も、さすがにかなり近づけば、細かい位置まで特定できるしね」
「じゃあ、行ってみようか」
「近づいてきているみたいね、スカイウォーカー」
そう金髪の少女、フィメラはつぶやいた。
その小さな手には何かの種のようなものが握られている。
何か黒い、小さなもの。ヨウツキの欠片たる『種』。
それが、わずかに震えた。
「本体のパルスに対する反応が強くなってるわ」
もう一人の、フィメラの傍らに居るもう一人の少女がつぶやいた。
こちらは黒髪の東洋人。健康的に日焼けをしている。
その二人の少女の周囲を取り囲むように、11個の光球が浮かんでいる。フィメラのハ
イアート、『ウィル・オ・ウィスプ』。
「しかし、不思議なものね」
金髪の少女は、その青い瞳で『種』をまじまじと見つめる。
「いかなる検査装置でもその内部構造が知れないばかりか」
そこで、金髪の少女の言葉は途切れ、
「傷さえ付けることも出来ないなんて」
それを引き継ぐように黒髪の少女が言う。
「いったい、なんなのかしら?」
金髪の少女が不思議そうに言う。
「・・・私が気にすることでもないわね・・・」
黒髪の少女が言う。
金髪の少女は種を元の袋の中に戻し、黒髪の少女を見つめる。
「スカイウォーカー、そして、フェイス。どれほどのものかしら?」
金髪の少女が言う。
「・・・どれほどのものでも関係はなわね。私に敗北などありはしない。いかなる力も、
わたしを滅ぼすことはかなわないのだから」
黒髪の少女が言う。
「「それじゃあ、最後の準備をしましょう」」
その言葉とともに、光球がばらばらに飛んでいった。
鷲士と美沙、そして、空は校門をこえ、フィメラが待っているとされる校舎のドアの前
で立ち止まった。冴葉たちはバックアップにつき、周辺住民の避難などを行なっている。
何が起こるかわからないからだ。
鷲士たちは立ち止まった。眼前の中空に大きな、長い板が浮かんでいる。色は、濃緑色
の地に、全体的に薄く白が載っている。つまるところそれは、
「・・・黒板?」
そう、美沙たちの目の前には黒板が浮かんでいた。
「いったい何なのよ?」
美沙が、そうつぶやいた次の瞬間、黒板の珊のところにおいてあった白いチョークが浮
かび上がった。そして、
「『ようこそ、スカイウォーカー、ダーティ・フェイス一行。私の用意したアトラクション
を楽しんでいってね fromフィメラ』ですって!? なめんじゃないわよ!」
その言葉とともに、美沙は構えたOICWの引き金を引く。
真ん中から砕ける黒板。
「セッカクノショウタイジョウナノニ・・・」
そこには、一つの光球が浮かんでいた。
「何が招待状よ! あんた、ただじゃ済まさないから!」
「フフフフ、コワイワ、オジョウチャン。モウチョットデワタシノコレクションニクワエ
テアゲルトコロナンダケドネ」
「なっ!」
美沙は再び、引き金を引く。
光球に向かって飛ぶ、エアバーンブリット。しかし、
「ム・ダ」
光球の輝きがひときわ増したかと思うと、ブリットは空中で静止した。
「ジャア、ワタシヲオッテキテ」
そして、光球はあっという間に、校舎の中へと消えていった。
「・・・」
無言の美沙。
「・・美沙ちゃん?」
心配そうにたずねる、鷲士。
「・・・あいつ、本当に、許さないんだから〜!!」
美沙は地団駄をふみつつ、叫んだ。
その後、光球は消えたかと思うと、美沙たちの前に現れ、美沙たちを導いた。
「まさに、旅人を沼に引き込むウィル・オ・ウィスプって感じね」
とつぶやいたのは美沙だ。
ウィル・オ・ウィスプというのは、いわば人魂のようなものである。そして、家の明か
りかのように夜中に輝き、旅人を沼に引き込むのである。
「で、理科室?」
光球が消えた先は、理科室であった。
「どう考えても・・・罠よね」
美沙が、理科室の扉を見つめながら言う。
「でも、相手がどこに居るかもわからないしね」
空人が気安い調子で言う。
「そうね、じゃ、鷲士君、先頭ね」
そういって、大学生パパの背中をぽんとたたく美沙。
「やっぱり、、、」
肩を落とす鷲士。
「じゃあ、行ってみよ〜」
美沙の言葉に促され、恐る恐る、その部屋へと入って行く鷲士。
「アハハ、やっぱり」
そこには、人体模型と人骨の模型が立っていた。なんの支えもなく。
鷲士は構えを取る。
空人も歩み出る。その右手には木刀、世移木が握られている。
動かないはずの人体模型と、人骨の模型が、駆けた。
その心臓の辺りには、光り輝く光球。
「ふっ」
鷲士は短い呼気とともに、踏み込む。
九頭・右竜翔扇
人体模型は恐ろしい勢いで、天井にたたきつけられ、そして、床に落ちた。
人骨模型は、空人に襲い掛かるが、
「遅いよ」
雷光のごとき斬撃。人骨模型は横に吹き飛ばされる。
しかし、
「何で壊れないの?」
美沙が呆然とつぶやいた。
そう、九頭竜の力でたたきつけられなどしたら、本来は粉々のはずである。しかし、そ
の人体模型は、多少のひびは入っているものの、その原形を保っていた。そして、人骨模
型のほうも何事もなかったかのように立ち上がる。
「コレクライジャコワセナイヨ」
人体模型と人骨模型は、再び駆ける。
「鷲士、胸のあれを!」
「うん!」
鷲士は深く踏み込み、正拳。
九頭・右竜徹陣
空人も、世移木を突き出す。
鷲士の拳と、空人の突きは、正確に胸に輝く光球を捉えていた。
人体模型はものすごい勢いで、反対側の壁にたたきつけられ、人骨模型はその場で崩れ
落ちる。
「今度こそ・・・終わり?」
胸の光球は破壊され、砕け散っていた。
「そのようだね。あと、11個」
その後、また別の光球が現れ、美沙たちをいざなった。
「今度は音楽室?」
美沙が嫌そうな顔をしてつぶやく。
「今度は僕が行くとしようか」
空人が先頭となり、音楽室へと入っていく。
「何もなし?」
部屋に入ってみても、トラップのようなものはなかった。ただ、楽器が散乱している。
ピーッ
「なに?」
突如、足元に落ちていたリコーダーから、調子の外れた音がほとばしる。そして、大き
な不協和音が流れ出した。
さまざまな金管楽器やトライアングル、カスタネットにヴァイオリン、そういった楽器
たちが宙に舞い、おのおのが勝手に出せる限りの音を競うかのように、音を流す。
「うるさ〜い!!」
美沙は、その楽器たちに向かってOICWを連発した。
楽器たちが砕け散る。
「ああもう、ふざけすぎよ!! フィメラ」
再び、地団駄を踏む。
もとのように、静かになる音楽室。しかし、
カッ カッ カッ カッ
何か、単調なリズムで繰り返される音。
「あれ・・・」
美沙が指差したほうには、大きなグランドピアノがあった。
そして、その上で、メトロノームが規則正しいリズムを刻んでいた。
そのリズムに合わせ、ピアノが鳴り始めた。
「今度は何なのよ〜!」
美沙が、怒りの声を上げ、OICWを構える。
次の瞬間、グランドピアノが浮かび上がった。
「美沙ちゃん、危ない!」
鷲士は美沙を抱え、飛びのく。
そのすぐ横を、ものすごい速さで飛んできたグランドピアノが通り過ぎた。
そして、ものすごい音を立てて壁に衝突し、それを軽々とぶち抜いた。
グランドピアノは金属フレームを使用しているために、その総重量は、数百キロに及ぶ。
そんなものに衝突されたら、普通の人間は持たない。
さすがに、壁をぶち抜けば、ピアノのほうもがたがきそうなものだが、さっきの模型と
同じく『ウィル・ウォ・ウィスプ』の力で強化されているのか、いまだに、ピアノはむち
ゃくちゃな音を垂れ流している。
再び、グランドピアノが突進してくる。
「うわあ」
鷲士は、再び、美沙を抱えてピアノをよけた。
「大丈夫?」
二人の傍らに寄ってきた空がのんきな調子で尋ねる。
「大丈夫だけど。また来る!」
またも、グランドピアノがものすごい勢いで突っ込んできた。
鷲士と空は、それも何とか回避する。
「そろそろ、遊びは終わりにしよう」
空人はそうつぶやき、何気なく一歩を踏み出す。
次の瞬間には、空人はグランドピアノに肉薄していた。
その右手に握った世移木を軽い動作で振り下ろす。
グランドピアノが、真っ二つになり、地に落ちた。
「すご」
美沙は呆然とつぶやいた。
真っ二つになったグランドピアノの断面から、これも真っ二つになった光球がこぼれ落
ち、砕け散った。
「これで3つ目」
空人は、別に何の感慨もなさそうにつぶやいた。
行く教室、行く教室で、さまざまなものに襲われた。
美術室では石像が弾丸のように体当たりをかけてきた。
「あんな石工の像とキスなんかしたくないわよ〜〜〜〜〜〜〜!!」
技術室では、さまざまな工具や角材などが襲ってきた。「何でのこぎりがあんなすぱすぱ
物切ってんのよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
家庭科室では、布が踊り、針が舞った。
「布切れ程度がどうして弾はじくのよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
また、普通の教室で、机と椅子にも襲われた。
「もう、とにかくなめんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
美沙たち一行は、階段を下っていた。
「絶対、ふざけてるわ!! あ〜ムカつく」
美沙は怒りの声を上げていた。
「確かに、どこか本気じゃないみたいだね」
鷲士が、つぶやいた。
「そうだね、やる気なら、元から13個全部使って襲ってくるはずだし」
それに同意する空人。
フィメラの持つハイアート、ウィル・オ・ウィスプは計13個からなる。光り輝く球形
の物体で、浮遊している。まさしく、人魂のようである。そして、その能力は、
「命無き物を操る13の光球。私たち、そのうち7個も、壊したんだよ? なのに、フィ
メラの奴、まだ余裕って言うか、そんな雰囲気があるじゃん。どういうこと?」
美沙は首を傾げる。
「僕も、あれのこと、全部知ってるわけじゃないからね。まだ何か隠してるのかもしれな
い」
空人がそれに答える。
「用心しなきゃね」
そして、一行が最後に導かれたのは、体育館であった。
「・・・どういう、こと?」
呆然と、美沙はつぶやいた。
そこに待っていたのは舞台の上に立つ黒髪と金髪の二人の少女。
そして、長大な槍を携えた、首のない4つの人形。青銅の輝きを帯びたその人形は、タ
ロスと呼ばれていた。
「楽しんで、」
「くれたかしら?」
金髪と、黒髪の二人の少女が言った。その周囲には11個の光り輝く球体、『ウィル・オ・
ウィスプ』が浮かんでいる。
「どうして、壊したはずの『ウィル・オ・ウィスプ』が全部あるわけ・・・?」
呆然として、つぶやいた。
「どうしてかって?」
金髪の少女が微笑む。
「どうしてでしょう?」
その言葉を引き継ぐように、黒髪の少女が言う。
「あんたふざけてんの!?」
美沙は、OICWを構え、躊躇なく引き金を引こうとする。しかし、
「美沙ちゃん、撃っても無駄だよ。それに、あの子達を撃っても、意味はない」
それを、いつもの涼しげな微笑を湛えた、空人が静止した。
「・・うん」
美沙の表情に、怒りは消えていないが、踏みとどまった。撃っても意味はないのだ、な
ぜなら、あの少女たちは・・・
「その口ぶりからすると」
「あなたたちは、私が」
「どうしていくつもの」
「姿を持つのか」
「知っているようね」
二人の少女が、まるで、一人の人間がしゃべっているのかのように、交互に言葉を口に
する。
「知ってるわよ。・・・だからこそ、私はあんたを許せない」
美沙は、二人の少女、と言うよりも、その周囲に浮かぶ光球を怒りのこもった瞳で見据
え、静かに言った。
「フィメラであって、フィメラじゃない? どういうこと?」
美沙は疑問の表情を浮かべ空人に尋ねる。
「・・・まずは、あれの持つハイアート『ウィル・オ・ウィスプ』の力から説明しよう」
空は、静かに語りだす。
「『ウィル・オ・ウィスプ』?」
フィメラの持つハイアートの名は、『ウィル・オ・ウィスプ』。13個の光球からなり、
その能力は、命無きものを支配すること。
例えば、机や椅子、そういったものに取り付いてそれを自由に動かすことが出来る。
一個一個の光球が動かせるものの限界の大きさ車1台分くらいではあるが、それぞれの
光球の生み出す力場は相互に干渉、増幅しあう。
「・・・だから、13個すべてを使うと、かなりのことが出来るんじゃないかと思う」
「でも、命無きものって、何でも出来るの?」
鷲士がたずねる。
「うん。それこそ何でも動かせるらしい。たとえば、ついさっき襲ってきた車、それもそ
う。それがポルターガイスト、騒霊使いと呼ばれるゆえんだろうね」
「・・・ずいぶん、強力ね」
美沙が小さくつぶやく。
「確かにね。世界にあるもので、生きていないものの方が多いからね・・・でも、生きて
いるものはどうすることも出来ない」
「うん。でも、それが、どういう風にフィメラのいくつもの姿と関係があるの?」
美沙は首を傾げる。いままでの『ウィル・オ・ウィスプ』の話からは、フィメラがいく
つもの姿を持つという話とは、いまいちつながらない。
「・・・命なきもの、それには人の死体も、当然ふくまれると言う事さ」
空人は、静かな、本当に静かな調子で言った。
「あんた、気に入った女の子見つけると、殺して、その体をハイアートで操ってるんでし
ょ?」
美沙は、感情を押し殺し、静かに言う。
そう、『ウィル・オ・ウィスプ』は命無きものを操るもの。
生きている人間を操ることは出来ない。しかし、死体なら、そこに生命は宿っていない。
だから、自由に操ることができる。
それこそが、フィメラがいくつもの姿で確認された理由。
「殺す?」
「心外だわ」
二人の少女、いや、操られし美しき亡骸は、まるで生きているかのようにその表情を変
える。心から、悲しそうに。
「私はミュージアムのハイキュレーター」
「キュレーターが、キュレーターとしての」
「仕事をするのは当然のことでしょう?」
フィメラは、亡骸を通し、鷲士たちに語りかける。
「それが、意味もなく、女の子たちを殺すことと何の関係があるって言うんだ!」
鷲士が叫んだ。フィメラのように、何の意味もなく人を殺す人間は許すことが出来ない。
ゆるせるはずがない。
「・・・世の中の人間は理解していないわ」
「世には、神の作りし芸術品が」
「すでに存在しているということを」
「この少女たち」
「美しいと思わない?」
そういって、黒髪と、金髪の少女の亡骸は、その身を指す。二人の少女は、タイプはま
ったく異なるが、どちらも、とても美しかった。
「私は芸術家ではないの」
「美しい少女という芸術品」
「私はそれが」
「醜く老いさらばえていく前に」
「それが最も輝いているときを」
「保管しているの」
二人の亡骸は、心のそこからうれしいかというように、微笑んだ。
美沙は、その肩を震わせている。
「人はその若さを保つために苦心する」
「でも、時をとめることはかなわない」
「私は、それを可能にする」
「その一瞬の輝きが」
「永遠のものとなるのよ」
「素晴らしいことでしょう?」
「あなたたちには、わからない?」
「この素晴らしさがわからない?」
二人の少女の亡骸は、首を傾げる。
フィメラは、心のそこから誇らしげに言っているようであった。
「そんなの、わかるわけないでしょ!!」
美沙は心のそこから叫んだ。
「命をそんな風にもてあそんで、何が素晴らしいことだ!!」
鷲士も、いつにない怒りを含んだ言葉で言う。
「どうして理解されないのかしら?」
「こんなに素晴らしいことなのに」
心のそこから、残念そうにつぶやく。
「人はいきてっから意味があんのよ!!」
美沙は怒りのすべてを込めて、叫んだ。
「・・・生きてることがなんだというの?」
それまでと、ほんの微かに、声のトーンが変わった。
「結局醜くなって」
「死んでいくだけじゃない」
心のそこから、吐き出されるような、そんな声・・・
二つの遺体は、同時に、何皮振り払うように頭を振る。
そして、同時に顔を上げ、空人のことを見つめる。
「・・・スカイウォーカー」
「あなたはどう思う?」
いつもの、いつもの変わらぬ微笑のままの空人を見据える。
「・・・フィメラ、僕は君の意見には賛同できない」
空人はいつもの微笑のまま、静かに言う。
「やっぱり、理解されないのね」
「残念だわ」
「それで」
「どうするの?」
「・・僕は、たとえ自分の意見と相容れない意見だろうと、基本的には寛容なつもりだよ」
いつもの微笑。しかし、美沙と鷲士にはわかった。
「でもね」
空人の内からあふれてくるものが。
「それでも、僕は君の考え方を許すことは出来ない。さらに言えば、君という存在がいる
ことが、許せない。だから」
空人はゆっくりと、その右手に握った木刀、永遠のパートナー、世移木を上げ、その少
女たちの亡骸に向ける。
「僕の全力をもって、叩き潰す」
次の瞬間、空人は移動していた。
その姿が掻き消え、映画フィルムのコマをいくつか省いたのかのごとく、
「何?」
金髪の少女の胸から、木刀の切っ先がはえていた。
空人は、その木刀を引き抜く。
糸が切れたように倒れ付す金髪の少女。
そこで、空人の動きは止まらない。
次の瞬間には、黒髪の少女の胸を世移木が貫いていた。
こちらも、突然、糸が切れたように倒れふす。
その少女たちの亡骸の、貫かれた胸元には、世移木に貫かれ光を失った光球があった。
「ヒドイジャナイ」
その周囲に浮かぶ光球がが、空のもとに殺到する。
「・・・きみ本人はどこに居るんだ?」
空人は静かにつぶやく。光球が集まった先には、もう、空の姿はなかった。
空人は、鷲士たちの前に立っていた。
「ホンニン?」
光球は、きょとんとした様子で反芻する。
「君は、本物のフィメラは、どこにいるんだ?」
空人は真っ直ぐに残り11となった光球を見つめて言う。
「フフフ、ソンナコト・・・」
「何がおかしいのよ!!」
美沙の声に怒りがこもる。
「ココニイルワ」
11個となった光球は、くるくると輪を描いて回りだす。
「? どういうこと?」
「ダカラ、ココニイルワ」
11個の輪を描いて回る光球の光が、だんだんと強くなっていく。
「! まさか、『ウィル・オ・ウィスプ』自体!?」
美沙の表情に驚愕が浮かぶ。
「ア・タ・リ」
光球のさらに光が強くなり、回転する光球の中心から、光の粒子がこぼれだす。
その光の粒子は、倒れた二つの亡骸の胸元へと集まっていった。
貫かれた2つの光球に、不意に再び光がともった。
「ソシテ、コレガ、サッキノコタエ」
貫かれた光球の穴が、ふさがっていく。
元の、完全な光球に戻り、亡骸の胸元を離れ、浮かび上がった。「・・・再生能力」
美沙が呆然とつぶやいた。
「フフフ、ソレジャア、サイゴノアトラクションネ」
13個の光球のうち4つが回転する輪から離れ、ただ、立って居るだけだった、青銅の
人形、タロスの元に近づく。
「カンチョウカライタダイタオモチャ。タノシンデネ」
四つの光球は、その、本来は心臓が収まるはずの場所に、沈みこんだ。
「なっ」
四つの人形、タロス試作型の歯車が、静かに回り始める。ガラスパイプに、青みががっ
た液体が行き来し始める。
「サア、ダンスパーティーノハジマリヨ」
頭のないタロスが、静かに、動き始めた。
「冴葉、聞こえる」
美沙は無線で自らの秘書に呼びかけた。しかし、
「どうしてでないの!?」
秘書の返事はない。代わりに、ただノイズが聞こえるのみ。
「キョウノゲストハ、アナタタチ3ニンダケ」
いつの間にか、空中に舞う光球の数が8個になっていた。
「いったい何をしたの!?」
美沙たちの背後で、開け放たれていた鉄製のドアが、ものすごい勢いで閉まった。
「まさか・・・」
「ソウ、イマヤコノバショガ、ワタシ。タスケハコナイノ」
「くっ」
「サア、ワタシノオニンギョウトオドリナサイ」
4体のタロスが、同時に地を蹴った。
「空君!」
「うん、鷲士。・・・行こう」
鷲士は無言でうなずく。
空人と鷲士も駆けた。
それぞれのタロスはどれも心臓が無く、どれも頭がなかった。そして、長大な槍を携え
ていた。長さ2メートル以上。もはや、槍の先は『穂先』というよりも『刀身』というほ
うがしっくりくるような大きさで刃渡り、約1メートル。厚さは3センチ以上。刀身は黒
く、暗い虹色が浮かんでいる。槍の反対側には釣り合いを取るための錘がついており、そ
れ自体も十分な凶器と言えそうであった。人に扱える代物ではない。しかし、4機のタロ
スはそれを軽々と扱い、鷲士達に襲い掛かった。
鷲士に2体のタロスが迫る。
二対のタロスは重なり合うように鷲士に向かってかけ、先頭の一体が、すべての勢いと
重量をやりに載せ、渾身の一撃を放つ。巨大な穂先が空を裂気、空気が唸り声を上げる。
鷲士は、わずかな動作で左にかわすと同時に、その槍の穂先に触れ、それを後ろに流す。
そこへ、背後に隠れていたもう一機のタロスが跳躍し、逆手に槍を握って、鷲士を上空
から襲う。
鷲士は、これも紙一重でかわす。正確に槍の軌道を見抜いているのだ。
槍が、軽々と床を破り、深々と突き刺る。
鷲士がそのタロスを狙う前に、もう一機のタロスが再び、渾身の突きを放つ。
速い。しかし、鷲士に対応できない速さではない。
鷲士はしっかりと槍を見据え、その左手が瞬く。
九頭・左竜輪剄
タロスの放った渾身の一撃は、その威力をそのままに、方向を変えられる。向かった先
には、床に突き刺さった槍を抜いたばかりのもう一体のタロスがいた。槍は、深々とその
腹を貫く。貫かれたタロスは、動きを止めた。
鷲士は、一気に貫いた方のタロスに迫る。
仲間を貫いたタロスは、しかし何の躊躇もなく、そのパワーに物を言わせて、強引にや
りを抜き放つと同時に、反対側の重りが鷲士を襲う。
鷲士は、かわすと同時に踏み込み、その左手を槍の柄を押す。
九頭・左竜落崩
それにより、重りが切断され、そのまま吹っ飛んでいくと同時に、槍のバランスが突然
変化したため、タロスがそのバランスを崩した。
鷲士は、さらに踏み込む。今度は右手が瞬いた。
九頭・右竜翔扇
タロスが、高々と宙を舞った。
そこに、動きを止めたはずのタロスが突然動き出し、鷲士に向かって突きを放つ。『ウィ
ル・ウォ・ウィスプ』の力によるものか、腹を貫かれながらも、その動きには何の問題も
見られない。
しかし、そのタロスは横からの衝撃を受けて吹っ飛んだ。
「私を忘れんじゃないわよば〜か!!」
美沙のOICWから放たれたエアバーンブリットの爆発によるものだった。
「美沙ちゃん!!」
鷲士はそのまま、落下してくるタロスを見つめ、
九頭・右竜徹陣
落下してきたタロスは、今度は水平に飛び、壁にたたきつけられる。本来なら、そのま
ま壁を突き破るところであるが、フィメラの力で強化された壁は頑強であった。それがあ
だとなり、タロスの体は、ひしゃげ、その体を流れる青みがかった液体が壁を彩る。
どさりと床に落ち、それっきり、動きを止めるタロス。鷲士の拳は、寸分たがわずその
胸部を打ち抜き、そこに納まっていた光球を破壊していた。
「オラオラ死んじゃえ〜!!」
鷲士がもう一機のタロスに止めをさしている間に、美沙は吹き飛んだタロスに対してこ
れでもかと弾丸を放つ。
しかし、その爆発を受けながらも、タロスは立ち上がる。
「くっそ〜!!」
火力が足りない。フィメラの『ウィル・ウォ・ウィスプ』によって強化されたタロスの
装甲に対し、エアバーンブリットでは破壊力が足りない。だからといって、この室内では
手榴弾を使うわけにもいかない。そこへ、
「美沙ちゃん、下がって!!」
鷲士の声がかかる。
「うん、わかった!」
悔しいが、自分の力ではどうすることも出来ない。美沙は弾丸を放ち『槍』のタロスの
動きをけん制しつつ引く。
それと交差するように鷲士が迫り、まだ立ち上がっていないタロスに対し、一気に踏み
込む。
「ハアッッ!!」
九頭・右竜崩撃
『九頭・右竜崩撃』とは『九頭・左竜落崩』の完全な攻撃版である。大地を踏み砕く踏
み込みとともに、その右の掌を放つ。それはまさに大地を崩すほどの一撃であり、倒れ付
した相手に、確実な止めをさすための技である。
人間相手であれば、こんな物騒な技はまず用いないだろうが、相手は人形である。鷲士
の下に突き出した掌は、確実に背中からタロスの心臓部、つまりは光球を破壊した。
空人に対しても、2体のタロスが襲い掛かった。
左右斜め前方から、交差するように、2体のタロスから同時に突きが放たれる。
「おっと」
空人は、後ろに身を引くと同時に、世移木を振るい、片方の槍の軌道を流す。それによ
って、もう一方の軌道を妨げる。
二機のタロスは槍を構えなおし、再び、空人に迫る。
一方のタロスが、連続で突きを放つ。最初の全力の突きほどの威力はないが、それでも、
十分な破壊力を秘めた連撃。
空人はそれを、まるで舞うかのように避けていく。
「おっと」
空人のバランスがわずかに崩れる。
その隙に、もう一方のタロスが、再び全力を込めた突きを放った。穂先が空を裂き、甲
高い音を鳴らす。
しかし、すでにその場に空人はいなかった。縮地によって、体一つ分ほど移動している。
そして、そのまま、突き出された槍に向かって、世移木を振り下ろした。
槍の長大な穂先が、半ばで切断され、音もなく落ちる。
そこに、もう一体のタロスが、槍を剣のように振り下ろす。
空人は、相手に向かって踏み込みながら何も持たない左手を鍵爪のようにして振るう。
それにより、やりは6個に切断され、胸部の奏甲にも5本の傷が走る。
「浅かったか」
空人はポツリとつぶやく。
空人は左手の指に先にそれぞれ一本ずつ『気線』を発生させ、それによって、槍を分断
し、タロスそのものも狙ったのだ。
穂先を切断されたほうのタロスはそのまま槍を反対に持ち替え、振りかぶる。穂先が切
断されたとはいえ、反対側にかなりの重量の重石が付けられている。それは、タロスのパ
ワーを比べれば、十二分に強力な凶器である。しかし、
「遅いよ」
空人は、タロスが振りかぶる間に一気に踏み込み、今度は両手に持った世移木を突き出
す。
タロスの胸部、心臓の真上に深々と世移木が突き刺さる。とたんに、タロスは糸の切れ
た操り人形のように、四肢から力が抜ける。
「これで終わり」
空人は、くるりとその場で回る。
深々と世移木を突き刺したため動きを止めた空人の隙を突いて踏み込み、頭を狙ったハ
イキックを放ったタロスの足が切断された。
空人が回ると同時に、タロスに突き刺さった世移木は、その装甲をものともせずに、軽々
とそれを切断し、そのまま回転の流れに沿ってタロスの足を迎撃し、それを切断したのだ。
片足のタロスはそのままバランスを失い倒れる。
空人は、そのタロスを見つめながら、世移木を振り下ろした。
倒れたときには、その体は真っ二つに切断されていた。
「ナカナカ、オモシロカッタワ。フェイス、スカイウォーカー、ドチラモ、ウワサニタガ
ワヌジツリョクネ」
楽しそうな声。
「・・・君のおもちゃは、壊させてもらったよ」
空人は、宙に浮かぶ、8個の光球、ウィル・オ・ウィスプ、フィメラを見据えて言った。
「ソノヨウネ」
先ほどと同じく、回転する光球から、光の粒子があふれる。
ほどなくして、タロスにとりついていた光球は再生され、再び宙に舞う。体育館自体に
とりついていたものも、そこから離れたようだ。
宙に浮かぶ、13個の光球。
「デモ、スベテガ、イノチナキスベテガワタシノブキ。ソシテ、キミタチニハ、ワタシヲ
コロススベハナイ」
悠然と言い放つフィメラ。
「ドウスルノ? ワタシハミテイテアゲルカラ、ムダニアガイテミルノハドウ?」
心から、楽しそうに、フィメラは言う。
「これでもくらいなさいよ!」
美沙は、OICWの引き金を引く。
13の光球に迫るエアバーンブリット・・・しかし、
「サイショニ、イッタデショ?」
光球がひときわ輝くと、エアバーンブリットは空中で静止し、そのまま落下する。
「アナタタチニ、ワタシヲホロボススベハナイ」
「ったく! どうしたらいいわけ!? 草薙のレーザーでも、同時に破壊できなきゃ意味
がないし」
完全に手詰まりかに見えたその時。
「・・・仕方ないな。今使える、すべての力を使うことになってしまうけど・・・」
空人が、ゆっくりと歩みだす。
「空君、どうするの!?」
鷲士が、それに追いすがる。
「確実に、倒せる。だけど・・・」
「だけど?」
空人は肩越しに振り返り、鷲士をまっすぐに見詰める。
「・・・悪いけど、あの子の相手をしてやってよ」
「あの子?」
鷲士が呆然とつぶやいている間に、空人は13個の光球が漂う中空に移動している。
「ナニヲスルツモリ?」
明らかに、あざ笑うかのような調子。
「君を壊すのさ。今の僕のすべてをつかってね」
そういって、空人は世移木を、両手で持って、一気に突いた。
鷲士にはわかった、世移木にあまりに多くの気が収束されていることを。そして、空人
の体からほとんど気が感じられなくなったことを。
集められた気が収束され、開放される。
周囲のすべてを粉みじんに切り裂くように数十、数百の気刃の嵐が吹き荒れた。
あたかも、空人を中心として、刃の竜巻が発生したかのようであった。
問答無用で、13個の光球はばらばら以上、粉みじんのごとくに切り裂かれた。
「空君!」
鷲士にはわかる。今の空人がどんなに危険な常態か・・・。空人の体からは、ほとんど
気が、つまりは生命力が、抜けていた。
空人は倒れそうになり、世移木で何とか体を支え、ひざを地にをついた。
それに駆け寄ろうとする鷲士と美沙。しかし、
「来ちゃ、だめだ」
空人は、何とか言葉を搾り出す。その表情は、相変わらずの笑顔だが、明らかに、疲労
している。顔面は蒼白というよりも、もはや真っ白である。
しかし、そんな状態なのにいささかも衰えることなく発せられた気迫に、立ち止まる二
人。
「「!?」」
鷲士たちは驚いた。空人の姿が、透けている。
空人が、ゆっくりと倒れていく。
「鷲士・・僕は・・ちゃんと帰って・・・・くるか・・ら」
その間も空人の姿が、だんだんと、希薄になっていく。
「・・・鷲・士・・・たの・・ん・だ・・・・よ・・・」
完全に倒れ付すと同時に、空人の姿がかき消えた。
「空、君?・・・空君!?」
鷲士は呆然と言う。
「くぅぅぅぅぅうくぅぅぅぅん!!!」
鷲士の叫びが、体育館にこだました。
(・・・クハハ)
獰猛な笑い声。
(草刈鷲士、九頭竜の闘士。ためさせて貰う)
獰猛で、激しい声。
(本当に、いくの?)
そこに、高い、女の子の声がかかる。
(姫か・・・)
どこか、めんどくさそうな声。
(くーちゃんは、だめだって言ってるのに、行くの?)
どこか、からかうように『姫』と呼ばれたものは言う。
(ああ、空には悪いが、やる)
獰猛な声の持ち主は強い意思を込めていった。
(そこまで言うなら、わかったよ、世打鬼)
そこに、静かな声がかかる。
(空・・・いいのか?)
世打鬼、と呼ばれた獰猛な声の持ち主は空人の言葉に、虚を疲れたようだった。
(今の僕は体がないから君を抑えられないし、かといって、言葉で君の意志を変えられる
とも思えない)
(悪くすりゃ、お前の親友、殺しちまうぞ?)
どこか、冗談めいた言い方。
(ハハ、鷲士は負けないよ。それに、今出て行っても、君は本調子じゃないし、戦える時
間も限られてる。そしてなにより、殺すつもりなんてないだろ?)
何の気負いもない声。それだけに感じられる、確信。
(はん、どうだかな?)
世打鬼は相手を挑発するように言う。
(くーちゃん、早く行かないと、くーちゃんでも・・・)
姫と呼ばれた女の子は空人のことをひどく心配しているようだ。
(そうだね、いくらなんでも、魂魄のままではつらいね)
(さっさと行って、帰ってくんだな。じゃあな、俺は行くぜ)
そうして、世打鬼の気配が消失する。
(・・・行こうか、姫)
(は〜い)
呆然として立ち尽くす鷲士。
パキッ
突然、木がはじけるような音がした。
「・・・なんだ?」
鷲士は顔を上げる。
「ひび?」
突き立った木刀、世移木にひびが入っていた。
パキパキッ
ひび割れがどんどん広がる。
パキパキパキッ
ひび割れが全体に達する。
パキン
そして、世移木がいっきに弾けた。
『何か』があふれ出す。
「「!!」」
言葉にならない、驚き。
あふれ出した何かは、次第に形を成していく。
2メートルをゆうに超える人の形。
全身が、極限まで鍛え抜かれていると思わせる、漆黒の巨体。
巨体の中で、特にバランスがおかしいといえる、立ったままで地に触れるほどの巨大な
右腕。
耳まで裂けた大きな口。そして、そこに並ぶ鋭い牙。
血のように赤い眼。
銀色の頭髪は腰の辺りまであり、それはまるで、針のようだった。
そして、その頭髪の間から、天に伸びる、長く、鋭い角。
ほとんどの人間が、それを見てこう連想するだろう。
『鬼』と。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
その鬼は天に向かって吼えた。
今ここに、『世』を『打』つ『鬼』が解放される。
「クハハハハハ、俺の名は『世打鬼』。九頭竜の闘士、俺と戦え!」
そのあまりにも巨大な右手で、鷲士を指差し、鬼は吼えた。
ワタシハ、シナナイ。
ワタシハ、フジミ。
ワタシハ、カンチョウノオカゲデ、エイエンヲテニイレタ。
ワタシハ、ヒトノカラヲステタ。
ワタシハ、ヒトヲコエタ。
ワタシハ、キエナイ。
ワタシハ、エイエン。
誰も気がつかなかった。『ウィル・ウォ・ウィスプ』の欠片が、いつの間にか、消えてい
ることを・・・。
「空君は、空君はいったいどうしたんだ!?」
鷲士は眼前の黒き鬼、世打鬼に向け叫んだ。
「ああ、空だ? うんなこたどうでもいい。俺と戦え! 九頭竜の闘士、草刈鷲士!!」
世打鬼もまた、その赤き瞳で鷲士を見据えて叫ぶ。
「どうでもいいって何よ! って言うか、あんた何者? ヨウツキってどういうこと?
あの木刀の正体があんたなわけ!?」
美沙がまったく物怖じせずにたたみ掛けるように言う。
「・・・ったく、めんどくせえな」
世打鬼は鷲士を指差していた大きな右の拳を下げる。
「俺は世打鬼、ヨウツキの内なるものの一つ。『木』のやつとは同じで違う」
「同じで違うって・・・どういう意味よ!」
「そこら辺は、あとで空にでも聞きやがれ」
「あとでって、空君はいったいどうしたんだ?」
詰め寄る鷲士。今は目の前にいる、自分に闘気を向けてくる相手よりも空人のことが心
配だった。
「草刈、空の野郎は消える前になんて言った?」
心底面倒だ、といた調子で世打鬼は鷲士に問う。
「えっ?」
突然のことに戸惑う鷲士。
「だから、やつは消える前になんて言った?」
もう一度、問う。
「「たのんだよ」って・・・」
「その前だ、その前」
いらついているのだろう、語気が荒くなる。
「「ちゃんと帰ってくるから」って・・・あっ」
鷲士は何かを気がついたというように、小さな声を上げる。
「わかったみてえだな。やつは嘘つきか?」
「ちがう」
そうだ、空人は嘘をついたことなど一度もない。本当のことを隠していたり、すること
はある。しかし、はっきりと「〜をする」といったときの空人は、嘘をついたことなどな
かった。だから、
「空君は、必ず帰ってくる」
鷲士は世打鬼を見据えて言った。
「よし。・・・ということで、俺と戦え、草刈鷲士!」
何がということでなのかはわからないが、世打鬼は嬉々としていった。
漆黒の巨体は2メートル半はあるだろう。
その右腕は、その巨体の中でもひときわ大きく、握った指を伸ばせば、そのまま地に付
くだろう。
大きく裂けた口には鋭い牙が並び、目は炎のような深紅だ。
銀色の頭髪は針のように鋭く攻撃的だ。
「鬼」というにふさわしい恐ろしげな姿。しかし、
「僕にはあなたと戦う理由がありません」
鷲士はきっぱりと言った。
鷲士には、どうしてもその鬼が敵だとは思えなかった。
強い闘気を発してはいるが、そこには微塵の邪気も殺気も感じられなかった。
ただそこに感じるのは、『戦いたい』という意志のみ。
「理由だぁ?」
再び、世打鬼は心底面倒、といった調子で言う。
「そうよ! どうしてあんたと鷲士君が戦わなくちゃいけないのよ!」
美沙が、挑みかかるように前に出る。
「・・・ちっ、仕方ねえな、時間がねえってのに・・」
舌打ちし、世打鬼はその巨大な右腕を天に向かって掲げる。
「ウォォォォォォォォォォォォ」
低いうなり声。その身から発する闘気の密度が、よりいっそう濃くなる。
「な、何をするつもり!?」
さすがに、うろたえる美沙。何か、雰囲気が変わったのだ。ものすごい、プレッシャー
を感じる。
鷲士にはわかっていた。その右腕に、大量の気が集まり、束ねられていくのを。
「フゥゥゥゥゥゥッ、ハァァァァァァァァッ!!!」
世打鬼はその叫びとともに、掲げた右腕を、振り下ろす。
軽々と、その拳は体育館の床を突き破り、土台を破壊する。
「・・・・何?」
美沙が怪訝な顔をする。
次の瞬間、大地が揺れた。
「きゃ!」
倒れそうになる美沙。しかし、
「うわ!」
そういいながらも、鷲士はしっかりと美沙のことを支える。
「クハハハハハハ」
高らかに笑う、世打鬼。
次第に、揺れがおさまった。
「俺は『世』を『打』つ『鬼』。『世打鬼』」
世打鬼は、こぶしを引き抜き、立ち上がる。
「俺は気を束ね、それを大地にたたきつけ、気脈と共振させる事で地を震わせることが出
来る」
世打鬼はこともなげに言う。
「今は、ずいぶん手加減してやったが・・・」
「もっと強く、大地震を起こすことも出来るって言うの!?」
「ああ。・・・草刈、お前は九頭竜の闘士。この世に害なす異界のものを屠るのが仕事だろ?
だから・・・俺と戦え!!」
「・・・・」
鷲士は、真っ直ぐにその世打鬼の目を見詰める。
「・・・・わかった」
鷲士は一歩前に出る。
「鷲士君・・・」
美沙が小さくつぶやく。
「彼は、引いてくれそうもないしね」
そんな美沙を見て、鷲士が言う。気弱な笑顔。
「うれしいぜ」
世打鬼は獰猛な笑みを浮かべていた。
ふいに、世打鬼は校庭側の壁へと近づく。
「・・・そこに大穴開けちまったしな」
右手を引き、構える。
「ハッ」
その右の拳を壁にたたきつける。いとも簡単に、世打鬼が通れるほどの穴が出来る。
「草刈、外に出ろ」
世打鬼はそれだけ言って、早々に外へと出る。
鷲士もそれを追う。
「鷲士君・・・」
その背中に、美沙の心配そうな声がかかった。
鷲士は肩越しに振り返り、
「僕は大丈夫」
そして、にっこりと笑う。
「・・・よくわからないけど、空君にたのまれちゃったんだし、必ず、勝ってよね!」
「うん」
鷲士は機微を返し、校庭へと出る。
「いい月だ。満月といかねえのが残念だがな」
世打鬼は夜空を見上げて言う。
そして、鷲士のことを睨みつける。
鷲士も、猛禽類を思わせる鋭い目つきで、世打鬼を見据える。
鷲士は、世打鬼を見据えたまま、深く腰を落とし、九頭竜独特の構えを取る。
「行くぜ」
その短い言葉を合図に、二人は駆けた。
九頭竜の闘士。
黒き鬼。
月下の戦いが、始まった。
はじめに仕掛けたのは、世打鬼のほうだった。
(まずあ、こうだ!)
その右の拳を、鷲士に向かってたたきつける。
小細工も何もない、ただ力のみに頼った一撃。
(速い、でも)
それは、単純であるがゆえに、速く、重い一撃。
しかし、鷲士は、それを難なくかわす。
世打鬼の拳が、大地にめり込む。
鷲士は想像を絶する速度で世打鬼の懐へ一気に踏み込む。
(これで・・・)
九頭・右竜翔扇
(はええな・・・だが)
世打鬼は、大地を蹴る。
鷲士の手は空を切った。
(えっ?)
鷲士は、その直前に、頭上を何かが越えるのを感じた。
直感的に、何かを感じ、前方に飛ぶ。
鷲士の頭があった空間を、ものすごい勢いの蹴りが通りすぎる。
鷲士は振り返った。
世打鬼は、沈み込んだ鷲士の頭上を超え、右手の力のみで、逆立ちをしたのだ。
そのままの体勢ではなった、蹴りはかわされた。
今、鷲士は振り返ろうとしている。
(じゃあこうだ)
足をそろえ屈伸をするかのように曲げ、右腕を曲げる。全身の筋肉を引き絞る。まるで、
矢を番えた弓のごとく、全身の筋力を引き絞る。
そして、放つ。
全身の筋力によって繰り出される、強烈なドロップキック。
振り向いた眼前に、黒き巨体が迫る。
(いけない!)
鷲士は、とっさに、腕をクロスする。
全身を貫く衝撃。
水平に、飛ぶ。
壁に激突し、地に倒れふす鷲士。
「その程度じゃ、ねえだろ?」
その姿を刺すように見つめて言う。
(まだ、倒れるな。倒れないでくれ。魂を磨くために)
(全身が痛い)
自ら後ろに飛び、勢いを殺した。
しかし、それでもなお、世打鬼のけりの威力はすさまじかった。
(でも、まだやれる)
鷲士は、立ち上がった。
一気に駆け、世打鬼との間合いを詰める。
鷲士が一気に迫ってくる。
(たのしいぜ)
その鷲士に向かって、右腕の正拳突きを放つ。
世打鬼から放たれる黒き砲弾。
それを冷静に見据える。
(見える)
九頭・左竜輪剄
その拳の運動ベクトルは変えられ、世打鬼へと襲い掛かる。
(そうひかねえぜ)
変えられた力には逆らわない。
そのまま、次の攻撃へとつなげる。
右足を軸とし、回転運動を利用した、後ろ回し蹴り。
ものすごい勢いの蹴りが頭上で空を切る。
鷲士は、よりいっそう強く、速く、踏み込む。
九頭・右竜徹陣
その拳が、世打鬼を捕らえた。
その巨体が水平に飛ぶ・・・。
しかし、
ズザァァァァァァァッ 地をこする音。
世打鬼は、右手で地面をつかんでいた。
そして、普通に立ち上がる。
「この程度じゃ、俺は倒せねえぜ?」
世打鬼はおどけるように言った。
美沙は、冴葉と合流し、その戦いを見つめていた。
それは、まさに死闘と呼ぶにふさわしい戦いだった。
互いの攻撃をかわし、隙を突き、さらにそれを返す。
まったく途切れることのない攻防。
世打鬼は、内心で、歓喜していた。
魂が研ぎ澄まされていく。
俺のちんけな魂が、研ぎ澄まされる。
これこそ、俺の望んだ戦い。
欠片にすぎない俺の魂。
それを少しでも高みに導くための戦い。
魂を磨くための儀式。
望めるならば、永遠にこの時間をすごしたい。
だが、もう時間がねえ・・・。
だから、次に、すべてをかける。
鷲士にはわかっていた。
世打鬼が、大地震など起こす気などさらさらないことを。
しかし、鷲士は戦いに応じた。
相手が、それを望んでいるのがわかったら。
その瞳に見えたのは、ただ、ひたすら純粋な戦いへの思い。
ただ、ひたすら強さを求めようとする思い。
僕には、その思いに覚えがある。
だから、僕は彼と戦うことを選んだ。
戦うからにはすべてを出し切る。
もう、僕の体力も限界だ。
でも、今の僕の技では、彼を打ち倒すことは出来ない。
唯一つの方法を除いて・・・。
彼も、どうやら次で勝負をかけてくるみたいだ。
僕も、次に、すべてをかける。
永遠に続くかと思われた攻防が、とまった。
はじめのように対峙する、鷲士と世打鬼。
「この一撃に、俺の魂、すべてをかける」
世打鬼が、静かに宣言した。
「僕も、次にすべてをかける」
鷲士も言った。
「フッ・・・いくぜ」
世打鬼の巨体が、黒き疾風となった。
鷲士はそれを静かに見つめ、意識を集中する。
それまでの、どの攻撃よりも速い一撃。
全身の筋力と、世打鬼の魂をかけた、右の拳。
鷲士は、右腕の気の流れを調節する。
硬気孔により右腕が、普段の2倍ほどに膨れ上がる。
鷲士は、左足を踏み込む。
繰り出される黒き閃光とも言うべき、世打鬼の拳。
(ここだ!!)
九頭・左流輪剄
世打鬼のこぶしを、後ろへと流す。
同時に、右足を踏み込みつつ、全身の筋力を爆発させる。
九頭・右竜徹陣・・・無双
鷲士の拳が、深々と世打鬼へ突き刺さった・・・。
倒れ付した、世打鬼。
それに、右腕を押さえながら、近づく鷲士。
「・・・俺の力を利用するたあな」
「本当に、ぎりぎりだったけどね」
鷲士の力だけではおそらくだめだっただろう。硬気孔により筋力を無理やり増幅して九
頭・右竜徹陣を放つ「九頭・右竜徹陣・無双」であったとしても、世打鬼を打ち倒すこと
は出来なかっただろう。そこで、鷲士は、「九頭・左竜輪剄」で、世打鬼の拳の運動ベクト
ルを、自分の真後ろへと流すとともに、一部を自らの拳に乗せた。それによって、相対速
度が最大となり、同時に、鷲士の拳の破壊力に、世打鬼自身の力の一部が乗り、世打鬼を
打ち倒したのだ。
「草刈」
「何?」
「今日は楽しかったぜ」
世打鬼は、豪快な笑みを浮かべ、そっとつぶやく。
「あっ・・」
鷲士は気がついた。
世打鬼の体が、ついさっきの空のように、薄く、透けている。
「これか?」
自らの拳を何とか上げ、透けていっていることを示す。
「心配するこたねえ。ちょっと、仮の体で無理しちまったからな」
「仮の、体?」
「ああ・・・一度帰って、出直してくるわ」
「うん」
「それによ、また修行してくっから。そのときは、もう一度勝負してくれるか?」
「・・・うん」
もう、ほとんど世打鬼の姿は見えなくなる。
「じゃあな」
世打鬼の姿が掻き消えた。
「世打鬼くん・・・」
小さくつぶやく鷲士。
そこへ、美沙と冴葉が駆け寄ってきた。
「鷲士君!」
鷲士に抱きつく美沙。
「美沙ちゃん、大丈夫だったでしょ?」
「うん、うん」
「ほんと、よくやってくれたよ、鷲士は」
そこに、透き通った声がかかった。あまりに透明で、男か、女か、子供か、大人か、ま
ったくわからない声。
しかし、美沙と鷲士は、その声の持ち主を知っていた。
「「空君!?」」
美沙と鷲士は周囲をうかがう。
だが、その姿はない。
突然、鷲士のポケットが光を帯びた。
「何?」
そして、その光源が飛び出してきた。
「これは・・・」
それは、戦いの前に、空が鷲士にお守りとして託した種。
それが浮かび上がり、鷲士たちの1メートルほど前で静止する。
その種から、一際、強い光が放たれた。
目を覆う、鷲士たち。
「世打鬼の相手をしてくれて、本当にありがとう」
鷲士たちはゆっくりと目を開ける。
「「えっ?」」
鷲士と美沙は、呆けた顔になる。冴葉も、驚きの表情である。
「やっ、ただいま」
そういって、彼は左手を上げた。
その右手には、木刀が握られている。
抱けば折れてしまうような、細いからだ。
黒く、つややかな黒髪。
その髪をまとめる、赤く、大きな二つのリボン。
細いあご。
すっと通った鼻梁。
意志の強さを示す、太い眉。
形の良い唇。
美しく、愛らしく、それでいて強い意志の光を宿す大きな黒瞳。
そして何より、昔から変わらない、涼しげな笑顔。
そこには少女にしか見えない美貌を持った少年がいた。
そう、少年。
そこには、11歳のころの姿をした、天木空人が立っていた。
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