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「何を驚いているのかな?」
空人はまったくわからないといった調子で首を傾げる。それと同時に大きな赤いリボン
がゆれた。
「な、なにをって! 空君、ど、どうして子供の姿に?」
鷲士がしどろもどろになりながら聞く。
「どうしてって、これが本来の僕の姿だから」
彼はこともなげに言う。
「本来ってどういうこと? 何? 何があったの?」
美沙がまくし立てる。
「まあ、まあ、落ち着きなよ。・・そうだね、話は11年前、僕とヨウツキが邂逅を果たし
たときまでさかのぼったりする」
いまだに多少混乱したような様子で聞く鷲士と、何かものすごく興味津々な様子で聞く
美沙。そして、すでに、いつもと変わらぬ冴葉。
空人はくるりと回って後ろを向く。それに合わせて尻尾のように赤いリボンでまとめた
長い黒髪が動いた。
「・・・パズルを組み立てていたとしよう」
唐突に話が変わる。
「「へっ?」」
間抜けな声を上げる美沙と鷲士。
「それで、後、1ピースで完成というところまで来たとする」
「それが何の関係が・・・」
話がつかめない美沙たち。
「でも、なぜか最後の1ピースが見当たらない」
後ろを向いたまま、美沙たちの疑問にも答えず続ける空。
「いろんなところを探して、やっと最後のピースを見つけることが出来た」
そして、空は肩越しに振り向いた。そこにあるのは、いつもの涼しげな笑顔。
「美沙ちゃんだったら、そのあとどうする?」
「どうするって、残ったピースを生めて完成させるけど・・・んっ? もしかして・・・」
何か、思い当たったことがあったようだ。
「美沙ちゃん、何か、わかったの?」
尋ねる鷲士。
「空くんさ、昔話って言って、昔のこと話したでしょ」
「うん」
「そのときさ、ヨウツキは様々な次元をさまよって半身である空君を探してるって言って
たでしょ」
「うん」
「それでさ、さっきの空君の話しをあわせて考えると・・・」
「じゃあ」
鷲士もわかったようだ。
鷲士たちの視線が、再び、空人に集まる。
「そう、そのとおり、ヨウツキこそが、出来かけのパズル、最後のピースが欠けたもの。
そしてその最後のピースが、この僕というわけさ」
彼は、よく出来ました、とでも言うかのようににっこりと微笑む。
「ま、簡単に言うとね、11年前、僕とヨウツキは一つになった。融合を果たしたわけさ」
「「融合・・・」」
呆然とつぶやく鷲士と美沙。
「そう、で、まあ、ヨウツキって、なんだか果てしないほど大きな存在でね、僕の体、完
全に分解されて吸収されちゃった」
相変わらず空は微笑んだままである。
「『吸収されちゃったって』、そんないい笑顔で軽く・・」
美沙があきれた調子で言った。
「でも、じゃあ、その姿は」
鷲士が問う。
「体は分解されたけど、僕の精神、魂といったものは残された」
そして、空は、右手に持った木刀、ヨウツキをかざす。
「僕の魂が記録していた、最後の瞬間の僕の姿、それが、まあ、その融合を果たしたとき
の僕の姿でね、それを基にして、今や僕の体でもあるヨウツキの体を使って再現したもの
さ。見た目はほとんど人間とかわらないけど、鷲士にはわかるでしょ? 僕が明らかに人
間じゃないことが」
「・・・うん」
鷲士にはわかった。明らかに、気脈が人間のものではない。人間よりも、はるかに入り
組み、複雑である。それが、鷲士にはわかった。それに、心臓などの内臓の動く音、気配
がしないのだ。そして、何より、人と異なる何か、巨大なものの気配。
「そう、所詮は外見だけの擬態でしかない。この体を切り裂いても、赤い血が流れること
はない。どんなに月日がたとうとも、僕は変わらずこの姿でいるだろうね・・・ヨウツキ
の寿命がどれほどかわわからないけれど、まあ、軽く数十億年は生きられると思う」
空人は、そう言う間も、いつもの涼しげな微笑である。その声には、一切の悲しみも、
後悔も、苦痛も、感じることができない。ただただ、透明な、むしろ楽しんでいるかのよ
うな声。
「空君・・・」
鷲士は空人が何を思っているのかわからなかった。空人は、つらくは無いのだろうか?
人でなくなってしまったことが。もう、自分たちと同じ時を刻んで行くことが出来ないと
いうことが・・・。
鷲士の表情が沈む。
「あのさ、あのおっきな空君はどういうこと? 成長できないんでしょ?」
美沙が不思議そうに尋ねた。
「このままだとどうしても鷲士にはばれちゃうからね、姫に協力してもらって、調整した
んだ。限りなく人に近い肉体をね」
ヨウツキ自体に、空の体、人間の体の要素は取り込まれている。それの一部をサルベー
ジして、増幅し、そこから「限りなく人に似た固体」を作り上げた。
「で、さらにヨウツキの本体を切り離して、気の最大量も人と同じになるようにして。そ
して、君の前に現れたというわけさ」
鷲士に笑いかける。
「僕は今の姿をさらすのはどうでも良かったんだけどね。よくよく考えてみると、君が今
のように余計な心配しそうだったから、柄にもなく、こんなに手の込んだことをしたわけ
さ」
その言葉に、鷲士ははっとなる。
空人は鷲士のもとに歩み寄り、その顔を見上げる。今の空の身長は150センチほど、
鷲士の頭ははるか上である。
「鷲士、本当に、おっきくなったね」
「空君・・・」
小さな空人の姿を改めて実感し、悲しそうにつぶやく鷲士。
「鷲士、僕は自分が置かれた状況をそれほど悲観してはいないよ。君たちのように、今の
僕を受け入れてくれる人もいるしね」
「でも、でもさ、僕たちは、いつか空君と別れなくちゃいけないときが来るんだよ? 空
君はさびしくないの?」
「確かに、いつかは、君と別れることとなる。時間というものの残酷さによってね」
空人は一呼吸置く。
「・・・・」
鷲士の表所が曇る。
「でも、ま、そしたら、新しい出会いでも探すさ」
「へっ?」
「これから、僕の歩む道はただひたすら別ればかりが続くだろね。でもね、10000回
別れたとしたら、僕はそれでも10001回目の出会いを探すよ」
空人は、一切の曇りない瞳で鷲士の瞳をまっすぐに見詰めてくる。
「それにさ、僕、安っぽい感性をしてるから、結構簡単なことに感動できるし、楽しむこ
とが出来る。空を一日中見上げているのも楽しいしね。だから、君が僕を気にする必要は
ない。むしろ、気にされるほうが、僕としては心残りが出来てしまうよ」
彼は、鷲士を安心させるかのように微笑んだ。
「本当に・・・空君は強いね」
鷲士は微笑む。
「強くなんかないよ。ただ、世界のあるがままの楽しさを、あるがままに受け入れたいと
思っているだけさ」
「そう言うところが・・・・なんでもない」
きっと、言っても空君にはわからないだろう。空君にとっては、それが普通のことなの
だから。
「そうかい。それで、何で僕が一時的に消えてしまったかというとね」
空人には人間と同レベルの気しか扱えない時点で、フィメラを完全破壊する方法はたっ
た一つしか存在しなかった。調整した体をこの世界に維持するエネルギーをも力に変えて、
フィメラを粉みじんに分解する。それだけであったのだ。
そして、存在を維持できなくなった体は、消失し、魂魄のみがこことは別の空間、次元
上に存在する本体へと戻された。
本体に戻ってから、今度は鷲士に渡しておいた種を新たな端末として、器を構成するの
に手間取ってしまった。だから、少し遅くなってしまったのだ。
そこまで言ってから、ふと思い出したようで、
「ああ、そうそう、さっきも言ったけど世打鬼の相手してくれてありがとうね。あの子は
根は悪い子じゃないんだけど、強く真っ直ぐな相手と戦いたがる、困った性癖があるから
ね」
鷲士は横に首を振り、
「いいよ。彼、本当に強かった。僕も久々に、いい鍛錬が出来たと思う。さすがに、何度
も続けてこられちゃうと僕も、もちそうもないけど・・」
鷲士の、気弱な笑み。
「・・・ねえ、あの世打鬼って何なの? あと、空君の体を作るの手伝ったって言う『姫』
って何者?」
そこまで聞いていた、美沙が尋ねた。
「世打鬼はヨウツキの内なるものの一つ。世移木もそう。『姫』、『世映姫』もね。いわゆる、
多重人格のようなものかな?」
「多重人格ぅ〜!?」
美沙が大きな声を上げる。
「ちょっと違うかな?・・もとより人じゃないし・・え〜っとね・・・・」
オリジナルのヨウツキというものは、もはや存在しない。空人がそれと融合することで、
別のものになったように、空人と融合したことで、オリジナルたるものも変質したのだ。
まず最初に『世』を『移』ろう『木』、『世移木』がいる。これはオリジナルに最も近い
存在であり、いつも空人と一緒に行動してる。というよりも、むしろ、空人と半ば融合し
ている状態なので一緒でないと活動できない。
次に『世』を『打』つ『鬼』、『世打鬼』。空人と、ヨウツキが融合する際にこぼれてしま
った空人とヨウツキの魂のかけらから生まれた。世打鬼は、どうも自分の魂、ただ欠片に
過ぎなかったものであるということコンプレックスをもっていてらしい。それで、自分の
魂の価値を、輝きを高めるために強い相手と戦いたがる。今回は、本体の側に置いてきた
はずだったが、空人が本体に帰る隙を見て現出し、鷲士と戦ったということだ。
「そして、『世』を『映』したる『姫』、『世映姫』。この子も僕とヨウツキの魂のかけらか
ら生まれた。望むものの像を『映す』力と、それを自らの体に反映して『写す』力を持っ
ている・・・ん?」
そこまで言って、不意に木刀が震えた。
「・・・鷲士、悪い気を感じない?」
「うん。何か、何か邪気の塊が・・・」
鷲士の声には驚きが含まれていた。
「えっ? 何、どうしたの!?」
気に関する方面ではまったくの素人である美沙はわめいた。
突如、地面が震えた。
地面の一部が、不自然に盛り上がり始めた。
その不自然な盛り上がりは、体育館の下から始まっている。
地面の隆起が、だんだんと形を成していく。
「なっ、なんなの!?」
美沙は驚きに目を見開らいた。
そこには、土で出来た竜がいた。ヒドラというべきであろうか? 12の頭を持つ土で
出来た竜。それは、あまりにも巨大だった。
「キュォォォォォォォォォォォォォォォォォッ」
その12の頭が、天に向かっていなないた。その頭は、軽く3階建ての小学校校舎の上
である。
そして、その12の頭が、いっせいに鷲士たちを見詰める。
その頭には、目も、鼻も、耳もなかった。ただ、冗談のように巨大な口。そして、まる
で、単眼かのように見える、光り輝く球体。
「ウィル・オ・ウィスプ・・・・フィメラの奴、まだ生きてるって言うの!?」
美沙がわめいた。
「生きているわけじゃないよ」
そこに、空人が静かないつもと変わらない、しかし、どこか底冷えするような声で美沙
に言う。
「フフフフフフフフ」
光球から漏れ出す、フィメラの微笑。
「スカイウォーカー、アソコマデハカイサレタノハハジメテヨ・・・デモ、シヲチョウエ
ツシタ、ホロビヲチョウエツシタワタシタオスニハフジュウブンダッタヨウネ」
明らかな、嘲りを含んだ言葉。
「そのようだね。・・・でも君は一つ勘違いしているよ」
その竜の頭にある光球を見詰め、空人は微笑む。
「・・・君はただ「死んでない」だけさ。生きることを放棄し、ただ、少女たちという未
来の可能性だけを刈り取っていく。そんな君を、僕はかけらも許すことは出来ない」
空人は、そういって、にっこりと微笑んだ。
その場にいた全員の背筋に、寒気が走った。
その笑みはいつもの笑みだったが、誰もが同じ感想を抱いた。
『あれは殺す笑顔だ』と・・・
「・・・ユルサナイトイッテモ、アナタニナニガデキルトイウノ? アナタハ、ワタシヲ
タオセナカッタノヨ? ドウシテクレルノカシラ?」
「大丈夫。問題なく君をあの世に送ってあげるよ」
空人は、あの笑顔のまま静かに告げる。
「フフフ、ソウ、ソレハタノシミダワ」
その言葉とともに、12の竜の頭が、そろえてその大きな口を開いた。
吐き出される、いくつもの石で出来た針。いや、もはや槍というべき大きさである。
全員難なくそれをかわす。
FTIのスタッフたちが、手に持った火器で応戦する。しかし、まったく無傷の12首
の竜。
美沙はウェアラブルパソコンを操作しつつ、
「くっそ〜、これども喰らえ〜〜!!」
天空を切り裂く、赤い線。衛星軌道上からのレーザービーム。
一拍おいて、大爆発が起きた。
跡形もなくなる12首の竜。
だが、撃った美沙自身もわかっていた。それが、無駄であることが。
「コノツチクレヲイクラハカイシヨウト、ムダヨ、オチビサン」
空に浮かぶ、13の光球。それば再び大地に沈み込む。
そして、周囲の大地が地響きとともに隆起する。
12首の竜が再生された。
「カナシイホドムリョクネ、アナタタチ」
「・・・いったいどうすれば・・・」
歯噛みする美沙。
「・・・鷲士、美沙ちゃん、ほかの人たちも、ちょっと下がっててくれるかな?」
空人は、再生した十二首の竜を見つめたまま言う。
「えっ、で、でも・・・」
「鷲士は、世打鬼との戦いで、もう余力を残しちゃいないでしょ? あれぐらいは倒して
見せるよ」
にっこりと微笑む。飄々として、しかし、なぜか信頼の出来る涼しげな笑み。
「・・・わかった。美沙ちゃん、ここは・・・空君に任せて引こう」
そう言って、美沙のほうをむく。
「しゅ、鷲士君。いいの!?」
そんな鷲士の様子に驚く美沙。
「美沙ちゃん、悔しいけれど、本当に悔しいけれど、今の僕は足手まといにしかならない
みたいだ。だから、ね」
鷲士は笑っていたが、それは、とてもつらそうな笑みだった。
「・・・わかった。・・・撤退よ!」
美沙は、ほかのスタッフたちにも命令した。
「ソウハイカナイワ」
一気に12の首が迫る。
「もっかい、これでも喰らえ〜〜!!」
再び、夜空を切り裂く赤い光。
とりあえず、いったんは破壊される12首の竜。
「空君、必ず、あいつぶっ倒してよね!!」
美沙は引き際にそういった。
「ご武運を」
冴葉は静かに告げた。
「空君、必ず・・・」
後のほうの言葉が出ない。
「うん、帰るよ」
しかし、空人は周囲の言わんとしたことを理解し、肩越しに振り返って、鷲士に答えた。
「やっぱり、化け物の相手は化け物がすべきだよ」
誰にも聞こえない小さな声で、空人は言った。
「アナタヒトリデドウスルツモリ?」
再生した12首の竜。
「だから、君をあの世へ送ってあげるよ」
空人は、にっこりと微笑む。
「ソウ。デモザンネンダケド、アノヨヘイクノハ、ア・ナ・タ」
一気に迫る12首の竜。
「遅いよ」
彼は、空人を歩み、避ける。
「マサニ、スカイウォーカートイウワケネ」
12の口が開き、何本もの石槍が吐き出される。
「この程度で、僕を殺せるつもりなのかな?」
難なくそれを避け、避けられないものは世移木で切り捨てる。
「ハヤクオワッテハオモシロクナイデショウ?」
「僕は早く終わらせたいよ」
攻防は、激しくつついた。
軽やかに空を駆ける空には、フィメラの攻撃はあたらない。しかし、いくら切りつけて
も、フィメラにはかほどの意味もない。再生し、再び襲い掛かる。
「ドウシテ、アナタタチハ、ワタシノカンガエヲリカイシテクレナイノカシラ?」
フィメラは、激しい攻撃を仕掛けながら、まるで世間話でもするかのように言う。
「生命は、生きてこそ美しい。僕はそう思う」
空人は空人で、攻撃を紙一重で避けながら、律儀にその言葉に答える。
「オイサラバエテイクダケダトイウノニ?」
再び口を開き、それまでよりもさらに大きい石槍を、それまで以上の速さで吐き出す。
「そうさ。でも、いいかげん、そう言うことをうそぶくのはやめにしない?」
空人は、その大きな槍もこともなげに避け、静かにそう述べた。
縮地で、一気に間をつめ、木刀にこめられた気で、一つの首を切り落とす。
「・・・ドウイウイミ?」
首は瞬く間にもとの位置に戻り再生する。しかし、12首の竜の動きが止まった。
「だからさ、正直になりなよ」
空人も動きを止め、空に立ったまま、静かに述べる。
「ダカラ、ドウイウイミヨ!」
それまでにない、明らかな狼狽を含んだ声。それゆえの怒声。
「一番美しい瞬間を保管してる? 嘘をつくのはやめなよ。・・・君はただ、生きていて、
輝いている少女たちがうらやましかったんだろ?」
空人は、笑顔で告げた。
「・・・チガウ」
「違わないよ」
「チガウ、チガウ」
「うらやましい。だから、ねたましい。君の『保管』と言って行なっている行為は、ただ
君の暗い欲望を満たすために過ぎない。そうだろ?」
「チガウ、チガウ」
「輝いているもの、それを奪い取ることでしか、自分を満たせない」
「チガウ、チガウ、チガウ」
「でも、いつまでたっても満たされない。どれだけ、輝いているものを奪い取っても」
「チガウチガウチガウ」
「それは、君の魂が、もうかけらの輝きも残していないから。君は、『ウィル・オ・ウィス
プ』の名のとおり、この世をさまよう人魂だよ」
空人の口調も、声も、いつものままだったが、それはたとえようのない鋭さをもってい
た。
「チガウチガウチガウチガウ」
呪詛のように続く、否定の言葉。
「ただ死んでいないだけの、いや、もう死んでしまっているのに、それに気付かない、こ
の世をさまよう魂。それが君さ」
「・・・・・・・チガウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
12の首が、一気に空人に迫る。同時に吐き出される、いくつもの石槍。
空人は、石槍はすべて避けた。
しかし、それまでにない圧倒的な速度で迫る竜の巨大な口の中に、その姿が消えた。
「・・・フフフッ・・・フフフフッ・・・・ツマラニコトヲ、イウカラヨ」
満足したようにつぶやくフィメラ。
しかし、次の瞬間、空人を飲み込んだ首が、内側からはじけた。
とめどなくあふれ出す、木の、枝や根。
「ナ、ナニ、ナンダトイウノ」
その枝と根が、その首の中にあった、光球を捕らえた。そして、
バリバリ
殺到した木や根は、巨大な顎を形作り、その光球を噛み砕き、かけらも残さず飲み下し
た。光球の力によって支えられていた首の一つが、崩れ去る。
しかし、その木は、その空間に浮かんだままだった。
いや、木と言っていいものか? それは、木の枝と、根が複雑に絡み合い、塊、といっ
た様相であった。
しかし、そんなことよりも、フィメラにとって重要なことはそれではなかった。
「・・・サイセイシナイ? ドウイウコト!? イッタイドウイウコトナノ!?」
今のフィメラの体『ウィル・オ・ウィスプ』は自己再生能力と、相互補完能力を持って
いる。かなり微細なレベルまで砕かれようとも、ウィル・オ・ウィスプは問題なく再生が
可能だった。そして、たとえ、それが再生できないレベルまで破壊されようとも、一つで
も光球が残っていれば、その力によって再構成が可能なのだ。しかし、完全に、あの植物
の中に飲み込まれた一部とのつながりが断たれた。つまり、それはもう・・・、
「そろそろ、終わりにしようと思う」
静かな、本当に静かな声。
「スカイ・・・ウォーカー」
空人は、その空中に浮かぶ植物の塊の、その天辺に立っていた。その右手に握られた世
移木が、末広がりとなり、その木と根の塊につながっている。
「今、その首を作っていた君のかけらは、自己再生不可能なレベルまですりつぶしてあげ
たよ。念入りにね。それに、世移木に覆われたままだと、ほかの光球を使って再構成する
ことも出来ないよね?」
「ナ、ナ、ナ・・・・・ナンナノ? ソレハナンナノ!?」
「これ?」
彼は、自分の足場となっている枝と、根の塊をみる。
「これは世移木。本来はもっと大きいんだけど、普通にしている分にはかさばるからね。
圧縮してもらってたのさ。そして、それをほんのちょっとだけといた。・・・ところで、君
の不死性は崩れたよ。どうする?」
「クルナ、クルナ、クルナクルナ」
残った12の光球は、その土の体を離れる。崩れ去る、残り11の首。
「逃がしは、しないよ」
空に浮かぶ、12の光球に、大量の根と枝が絡みつき、その動きを止めた。
「イ、イッタイドコカラ、コンナモノガ?」
フィメラの疑問は当然のことだった。その根や、枝は眼前の木と根の固まり、世移木か
ら伸びているわけではなかった。目の前に浮かぶ、木と根の塊に変化はない。もちろん、
空人にもだ。
「空間からさ」
11の首を止めた枝や根、それをたどっていくと、その端は、中空に消えていた。まる
で、その空間からはえているかのように。
「ヨウツキは、空間をこえてこの世界を訪れた。空間を越える力があるのは当然だろ?」
彼は、涼しげな笑顔で告げる。
「さてと。君を縛りつける、12のかけら。どうしようか?」
「ヤ・ヤメ・・・」
「だめだよ。・・・終わりだ。さようなら」
先ほどと同じく、植物が絡み合い作られた、巨大な顎が、12の光球を
飲み込み
噛み砕き
すりつぶし
一切のかけらも残さず消滅させた。
「・・・これで、君は輪廻の輪に戻る。それが、苦しみなのか、喜びなのかは僕には分か
らない」
彼は、静かに告げる。
「でも、次に生まれたとき、君の魂が輝きを帯びることを祈っているよ」
そう言った笑顔は、とても美しいものだった。
空人は地面に降り立った。世移木も、いつもの木刀の姿に戻っている。空間からはえて
いた触手も、虚空に消えた。
「おわったんだね」
降り立った空人に、鷲士が、静かに言う。
「・・うん」
「しっかし、なんかもう無敵ね、空君」
美沙が、あきれたように呟いた。
「そんな、ことは・・・ぐっ」
「どうしたの、空君!?」
空人は、突然、頭を抑え、胸の辺りを鷲づかみにする。世移木が、地に落ちた。
「だ・・・だい・・じょうぶ・・・ちょっとした・・・発作・・・みたいな・・・」
空人は、鷲士たちが見守る中、ゆっくりと、地に倒れ付した。
そして、自らを抱きしめるようにし、縮こまる。全身で、痛みに耐えているかのように。
「空君、空君!!」
鷲士は、それを抱き起こし、空人に呼びかける。
「ぐ・・ぐぐ・・・」
返るのは、苦しげなうめき声のみ。何か、激しい痛みに耐えるような、苦悶の表情。
「い、いったい何が・・・?」
ソレハ、イタミ。
ソレハ、ハゲシイ、イタミ。
ソレハ、カラダヲキリサカレルヨウナ、イタミ。
ソレハ、カラダヲヤカレルヨウナ、イタミ。
ソレハ、カラダヲスリツブサレルヨウナ、イタミ。
ソレハ、カラダガクズレサッテイク、イタミ。
ソレハ、カラダガキエテイク、イタミ。
ソレハ、ハカイノ、イタミ。
ソレハ、タンジョウノ、イタミ。
ソレハ、ヒトデナクナッタアノヒノ、イタミ。
ソレハ、エイエンニキエルコトノナイ、イタミ。
ソレハ、ワスレルコトモデキル、イタミ。
ソレハ、ワスレテハイケナイ、イタミ。
ソレハ、ワスレタクナイ、イタミ。
ソレハ、ボクガボクデアルタメノ、イタミ。
目の前のベットに小さな少年、空人が横になっている。
鷲士は、それをじっと見詰めていた。
空人は、静かな息を立てている。さっきまでの苦しみ方が嘘のようだ。
病室にいるのはベットに横たわる空人と鷲士だけである。
「・・・・草刈よぉ、お前、眠ったほうがいいぜ?」
そんな鷲士に声がかかる。
鷲士は部屋に入ってきた人影に目をやる。
「君か・・・」
そこにいたのは、浅黒い肌の男だった。身長は190センチほど。鷲士より少し大きい
くらい。年齢は、鷲士と同じくらいか?
国籍はと言うと、何人ともいえなかった。
その髪の色は銀色で、腰の辺りまである。どこか、鋭い針を連想させた。瞳は赤く、真
っ直ぐな光を宿している。右腕には、白い包帯が巻かれ、その擦り切れ具合から、かなり
前からまかれているものだということがよくわかる。その顔には何か動物的な、野性的な
力強さを持っていた。
「お前ずいぶん『気』が弱ってるぞ。それに、美沙の嬢ちゃん、心配してるぜ? ちった
ぁ休めや」
鷲士は首を横に振る。
「空君が起きるまで、ついていたいんだ」
「空の奴は心配ねえって言ったろ? そんな疲れた顔してると、起きた空が逆に心配すん
ぞ」
言葉遣いは乱暴であったが、鷲士のことを心配しているのが見て取れた。
「でも・・・見ていたいんだ」
鷲士は、時にとてつもなく頑固である。
「はっ、わかったよ。好きにしやがれ・・・」
「心配かけて、ごめんね」
「はん、別に心配なんかしてねえよ。・・・・俺は朝日を拝んでくらぁ」
そういって、銀髪の大男は病室をあとにする。
病室から出てきた銀髪の大男を待っていたのは、二人の少女だった。
一方は、草刈美沙。そして、もう一方の少女は、背後から美沙に抱きついていた。
「どうだった?」
美沙は心配そうに尋ねた。
「だめだ。あのヤロウ、やっぱり空が目を覚ますまでついてるつもりだ」
「そう・・・」
心配そうにうなだれる美沙。
「しょーがないよ、ミサっち」
そんな様子の美沙を見て、隣の少女はニコニコ笑顔でノー天気にそういった。
肌の色は、抜けるように白い。
身長は170センチくらい。やせてもなく、太ってもなくといった体つき。しかし、出
るところは出ている。髪は美しい銀髪で腰のあたりまであり、それを三つ編みにしている。
髪の先には、大きな赤いリボンを付けていた。瞳の色は赤く、優しげな光を宿している。
顔立ちは、美しいが、どちらかと言えば童顔である。大きな、愛らしい瞳や、そのニコニ
コ笑顔のためか、美しさよりもかわいらしさが先立っていた。
「シュウっちは、自分よりも他人のことを心配しちゃうタイプの人だから」
その銀髪の少女は身をかがめ、美沙をみつめていった。
「そんなこと、わかってる。でもさ、鷲士君、自分のことも心配しなきゃだめだよ・・・」
「それはそうだけど・・・でも、シュウっちは頑固者だから聞いてくれないよ、さっきみ
たいに」
「ねえ、鷲士君・・・心配なのはわかるけど、鷲士君も休まなきゃ・・・」
「ボクは大丈夫だから。美沙ちゃんこそ、もう夜は遅いんだから休んだほうがいいよ」
「でも、空君は大丈夫だって」
「うん。でも、ついていたいんだ。・・・・だから、ね」
彼はにっこりと笑う。それは、とても魅力的な笑みだった。
「・・・」
「・・・あ!」
その様子を見ていた少女は、ポンと手を打った。
「そろそろ、起きるよ、クーちゃん」
「え、どういうこと? ヒメ」
美沙が驚いたように言う。
「だって、もう夜明けでしょ? クーちゃん、寝起きいいから。ね、おにっち」
「ああ、あいつ、寝たときはいつも、朝日とともにおきてやがったな・・・」
銀髪の大男も思い出したように言う。
「寝起きとかって、なんか違う気がするんだけど・・・」
「かわんねえさ。空の魂は眠ってるだけだ。朝んなったら起きる」
そういってる間に、廊下に、明るい光が差しこんでくる。
「あっ、くそ。朝日を拝もうって思ってたんだがな・・・」
銀髪の大男は心底悔しそうに言った。
「ま、仕方ねぇ。空の寝起きでも拝みにいくか」
朝日が、病室に差し込んでくる。
「んっ」
ベットに横になっていた空が、動いた。
「空君!?」
鷲士は、空のそばによる。
「・・・鷲・・士?」
空人はぼんやりと目を開いた。
「おっ、やっぱ目を覚ました見てぇだな」
そこへ、銀髪の大男を先頭に、美沙と金髪の少女が入ってきた。
身を起こす空人。全員を見回し、そして、
「おはよう」
空人は、限りなくふやけた調子でそう言い、大あくびをした。
その様子に、鷲士と美沙は力が抜けた。
「よ」
「おはよ〜」
銀髪の大男は限りなく短く、銀髪の少女は気の抜けるような、返事をした。
「やあ、きーくん、ヒメ。・・・君らが出てきてると言うことは、鷲士たちは僕についての
話を聞いたかな?」
「すこしだけね」
鷲士は神妙な様子でうなずいた。
「はっきりと申します。手のうちようがありません」
午後10時ほど病院に運ばれた空人はもう苦しんではいなかった。ただ、意識が目覚め
なかった。
手のうちようがなかった。
それは何故か? 彼が人間ではなかったからである。
調べれば調べるほど、その体は空人が言うように「人に似せたもの」でしかないことが
わかった。
「いったい、どうすれば」
ベットに横たわる空人の前で、鷲士たちはうなだれていた。
しかし、そこに突然の来訪者があった。
カタッ
何か、動いた音。
鷲士たちは、音のしたほうに目をやった。
そこには、浮かび上がる木刀、ヨウツキがあった。
「な、何? 何なの?」
木刀から、ゆっくりと2本の枝が伸びた。そして、その先に、おのおの一つづつ、大き
な実がなる。一つは白、一つは黒。
そして、リンゴほどの大きさになった実は、何の前触れもなく落ちた。そして、伸びた
枝はするすると戻っていく。
落ちた二つの実が強い輝きを放ち、突然、広がった。その二つの実は膨張し互いに人の
形を作っていく。
黒い実は、銀髪の浅黒い肌を持った大男となった。
白い実は、銀髪の白い肌を持った少女となった。
突然のことで、鷲士たちは声が出ない。
「よっ、草刈。また会ったな」
銀髪の大男は包帯に巻かれた右手を上げてそういった。
鷲士は、ふと気がついた。
「・・・世打鬼くん?」
「お、よくわかったな・・・って、そう言うの得意だよな、九頭竜は」
「ヨウツキ? どういうこと?」
しかし、そんなことは美沙にはわからない。
「嬢ちゃん。俺は自己紹介したぜ? 『世』を『打』つ『鬼』、世打鬼ってな」
鷲士は気の質を見分けるのは、苦手であった。しかし、目の前にいる大男と、ついさっ
き戦った黒き鬼の気の質は、まったく同一であることは判った。
「えっ!? あんた人間に化けられんの?」
「ああ。あのままでうろつくと空の奴に迷惑かかっしな」
彼は、恥ずかしげに頭をかく。
「で、横にいるのは誰?」
美沙は、横にいる銀髪の少女をさした。
「あ、こいつか? こいつは」
「ワタシは、世映姫。『世』を『映』す『姫』で、世映姫。ヨウツキのうちなるものの一つ
だよ」
そして、美沙を見つめてから、その顔にこれでもかという喜びの笑顔を浮かべ、
「ウ〜ン、ミサっちってかわいい。前からかわいいと思ってたけど、直接見るともっとか
わいいね。あ、そうだ、ミサっちって呼んでいい? だめって言われるとちょっと悲しい
な。ねね、だめ? あ、そうだ、私のことはヒメって呼んでくれるとうれしいな」
その少女、世映姫は一気にまくし立てた。あまりの勢いに反応できない美沙たち。
「私ね、かわいい女の子って大好き。そういう子を見てるとね、かわいい服を着せたり、
こう、思いっきり抱きしめたくなっちゃうの。ミサっちなんか特にそう。ねえ、抱きしめ
ていい? あ、なんかもうだめ。だきしめた〜〜い」
言葉はとまらない。横にいたヨウツキは、「フウ」と小さく息をつき。
「ちったぁ、だまれ」
「えっ? ふぎゃん!!」
世打鬼の左の拳が、世映姫の頭にむぞうさに振り下ろされていた。倒れる、世映姫。
ビタン
思いっきり、顔面からだ。
「・・・いたいよ〜」
情けない声が、病室にこだました。
「で、あんたたち、何のために出てきたのよ」
目の前にどっかりと腰掛けた世打鬼に問う美沙。
そう言う美沙は、世映姫の膝の上にいた。後ろから、世映姫が美沙を抱きしめている。
その顔は至極幸せそうだ。
あのあと、世映姫がどうしても抱きたいと地団駄をふみ、勢いに押されてこういう状態
にある。心なしか、傍らにいる冴葉の機嫌が悪いのは気のせいだろうか?
「ああ、とにかくな、あいつ、空のことは気にする必要ないぜってことだ。あの痛みは、
空が自ら進んで受けてることだからな」
世打鬼は淡々と述べた。
「空君が進んで受けてる、痛み?」
鷲士は怪訝な顔をする。
「ああ。別に命にかかわることじゃない。まあ、戒めみたいなもんだ。細かくは、空が起
きたら聞きな。俺が言うことじゃねえ。・・・それに、あんな風に静かに寝てるってことは、
もう痛みも引いてんだろ」
「じゃあ、とにかく、空君は安心なのね」
美沙は言う。
「うん、大丈夫だよ、ミサっち」
「耳もとでささやくな〜〜〜!! っていうか、はなせ〜〜〜〜!!」
じたばたする美沙。しかし、思いのほか世映姫の力は強く、その手は離れない。
「も〜っ、そんなに暴れないでよ〜〜」
そう言う世映姫は、うれしそうだ。
「・・・あの、冴葉さん?」
鷲士はおずおずと冴葉に声をかけた。
「何でしょうか?」
「あ、いや、その・・・・何でもありません」
「そうですか。・・・私は、仕事が残っていますので」
冴葉は、静かに去って言った。そのときの冴葉の表情を見たものは、鷲士だけだった。
あらためて、空人をみつめる鷲士。
そして、つぶやいた。
「空君が、空君がその痛みを、苦しみを望んで受けているって、どういうことなの?」
「なぜ、痛みを受けているか、か・・・。別にどうって言うことでもないんだけどね」
彼は、涼しげに微笑む。
「・・・あの痛みは、僕がヨウツキと一つになったときの痛みだ。僕が、人であったとき
に最後に感じた痛み。僕の魂に刻まれた痛み。これは、周期的に僕を襲ってくる。あと、
ヨウツキとの接続が強くなったとき。たとえば、さっきみたいに力を使ったときとかね」
「どうしてそんなことに・・・」
心配そうな、鷲士の顔。
「よくわからない。僕の魂に刻まれた、もっとも強い衝撃だからかな? ヨウツキとの接
続が強くなるってことは、融合を果たしたときと近い状態になるってことだからね」
鷲士の顔に反して、空は変わらぬ笑顔であった。
「・・・この痛みを消してしまうことも、不可能じゃないんだけどね」
「だったらどうして・・・」
鷲士は呆然とつぶやく。
「・・・僕さ、ヨウツキと一つになったとき、元の体は無くなっちゃったんだ。このヨウ
ツキの力で作った体は痛みを感じない。たとえどんなひどいめにあおうともね」
そんなことを言う空人の顔は、やはり笑顔だ。
「この、魂に刻まれた痛みを忘れてしまったら、僕は、痛みという概念を思い出せなくな
ってしまう。それはだめだ。それだけはいけない。鷲士には、わかるだろ?」
「・・・」
「痛みを知ること。それは、力を持つものの最低限の義務だ。痛みを知らない、忘れてし
まった力は、忌むべきものだ。痛みを知らない力は、どんなことでも出来る。どこまでも
残酷になれる。・・・自分が残酷であることも知らずにね。だから、僕はフィメラが嫌いだ
った。許せなかった。痛みを忘れ、ただ力を振るうだけのあいつがね・・・」
「空、君・・・」
「だから、僕は甘んじてこの痛みを受ける。絶対に、忘れはしない」
空は、にっこりと微笑んだ。
「だからさ、鷲士が心配することなんて何もないんだ。これは、ただの自分に対するけじ
めなんだから」
空人は、鷲士に言う。
痛みを忘れないこと。それは、力を持ったものの最低限の義務であると言うことは、鷲
士にもよくわかる。それでもなお、苦しむ空人の姿を見るのはつらかった。何も出来ない
自分が不甲斐なかった。
そんなことを思っていると、
「鷲士、また勝手に自分は何も出来なかったとか思ってないかい?」
空人は鷲士の目を真っ直ぐに見つめて、言ってきた。
「・・・」
鷲士は押し黙る。どうして彼はこうもさといのか。
「・・・僕にとっては、君という親友が、君という家族が、君という人が、今この傍らに
いて、こんなにも僕のことを思っていてくれることが、とてもうれしい」
彼は、にっこりと微笑む。
「当然のことだよ。だって、空君は何度も僕を助けてくれたんだから。僕がつらいとき、
いつも励ましてくれたんだから」
鷲士の目に、熱いものがこみ上げてくる。
「だから、僕は、空君に、僕の出来る限りのことをしたい。だけど」
ほとんど何も出来なかったような気がする。
フィメラの操るタロスと戦い、世打鬼と戦った。しかし、目の前で苦しむ空人に、自分
は何もすることが出来なかった。
その苦しみが空人の望んだことであっても、目の前で苦しむ自分の大切な人に何も出来
ないと言うのは、悔しい。
「ありがとう。でも、何度も言うけど・・いや、何度でも言う。僕には、その僕を思って
いてくれる気持ちだけで十分だよ。本当に、幸せだ。だから、そんなに自分が無力だと思
うのはやめてよ」
偽らざる、空人の心からの言葉。
「それにさ、僕のことで、そんなに鷲士が苦しそうにしてると、悪い気がするから、ね?」
空人は、にっこりと微笑む。
11年前と変わらぬ、温かい笑顔。
鷲士は、ふと、11年前、あの別れの日のことを思い出した。
「・・・明日でお別れだね、鷲士」
彼は、にっこりと微笑む。
「・・・」
空人は、おじに当たる人物に引き取られ、この青葉学園を去ることとなった。
「・・・空君、うれしそうだね」
「ん? そうかい?」
彼は、いつもと変わらなく、いつもと同じく、楽しそうに、うれしそうに見える。
鷲士の胸のうちには、複雑な思いがあった。
彼は、いつもの笑顔である。明日が、別れの日であると言うのに。
それは当然のことと思う。肉親が見つかったのだから。そして、その人に引き取られる
ことになったのだから・・・。
僕も、心のそこからそれを祝いたいと思う。ゆうちゃんのときとは違うのだから。彼は、
自ら望んでそうしているのだから。
でも、どうしても、ある一つの思いが頭から離れない。
僕との別れは、悲しくないのかなと。僕たちと、青葉学園の『家族』との別れは悲しく
ないのかなと。
彼は、いつでも楽しそうな笑みを浮かべている。
今日も、それは変わらない。
そんなことを思ってはいけない。でも、どうしても、考えてしまう。 僕は、空君にと
って、その程度の存在でしかなかったのかな?
それを確かめたい。
しかし、彼が寂しくないといったら。もし、彼にととって、自分などどうでもいい存在
なんだったら。それは、とてもつらい。
だから、出来ない。
これは、自分のわがままなのだと思う。
でも、それゆえに、どうすることも出来ず、心のうちからあふれてくる。
母さん。ゆうちゃん。そして、空君。
その理由がどうであれ、どうして、僕の好きなものは、僕から離れていってしまうのだ
ろう?
鷲士の中では、そんな思いが渦巻いていた。
「鷲士、どうかしたの?」
空人いつもの笑顔でたずねる。しかし、鷲士を心配する雰囲気が感じられる。
「・・なんでもないよ」
投げやりな声。
「・・・鷲士さ、僕が君とはなれることが、寂しくないんじゃないかとか、思ってない?」
彼は、首を傾げつつ、言ってきた。
「えっ!・・・あっ・・・」
つい、驚きの声を上げてしまった。
「やっぱり」
「・・・だ、だって、空君、明日でもうお別れなのに・・・いっ、いつもと、ぜんぜん・・・」
後半のほうは言葉にならない。目から、涙がこぼれる。
「・・・・鷲士、寂しくないはずないよ。君も、この青葉学園のみんなも大切な人だ。こ
こを離れることは、やっぱり寂しい。でも、僕は行かなきゃならないんだ。僕を待ってい
る子がいるからね」
空人は、鷲士の涙をぬぐった。
そして、鷲士を落ち着かせるように言う。
「・・・僕は、いつも、君と同じ空の下にいるから」
「同じ、空の下?」
鷲士は、空人の瞳を見つめる。
「そう。見上げてごらんよ、この空を」
空人は、青空を見上げる。
「この空は、どこまでもつながっているんだ。会うことが出来なくても、僕ときみは同じ
空の下にいる。だから、悲しむ必要はないよ。必ず、どこかでつながっている」
「どこかでつながっている・・・」
鷲士も、空を見上げる。青い、どこまでも青く、高く、そして、広い空。
「そう。そして、彼女もね」
「彼女?」
鷲士は首をかしげた。
「ゆうちゃんさ」
「あ!・・・うん」
そう信じたいと、鷲士は思った。彼女とも、この空を通じてつながっていると。
そして、鷲士は顔を下ろし、空人を見つめる。
空人は、まだ空を見上げている。
そして、おもむろに顔を下ろし、にっこりと鷲士に笑いかけた。
その笑顔は、とても温かかった。
「どうかしたの? 鷲士」
鷲士は、われに返った。
「あ、ちょっと、昔のこと思い出しちゃって」
そういって、気弱げに笑う。
「そう。何を思い出してたんだろう?」
空人は興味深げに、鷲士をみつめる。
そんな空人を、鷲士は改めてみた。
つい今しがたの思い出と、なんら変わらない、空人の姿。
肉体が消失する。それはどういう事なのだろう?
自分が人でなくなってしまう。空はそれをどう思っているのだろう?
しかし、それも意味のない問いだということに気がついた。
彼は・・・どこまで行っても、天木空人という存在なのだ。
何があっても、どんな事態に遭遇しようとも、彼は常に涼しげに笑っているだろう。
理由があるわけでもない。でも、何か確信めいたものがあった。
彼は常に、彼なのだろうと思う。
「ねえ、空君」
「なに?」
「空君は、いつまでも空君だよね?」
われながら、変なことを尋ねていると思う。しかし、その言葉が、自然と口から出た。
「うん。僕は、いつでも僕でありたい」
彼は、真っ直ぐに鷲士をみつめて返した。その瞳には、何か、とてつもなく強い意志が
宿っていた。
鷲士たちは病室を去った。というより、空人が帰らせたのだ。ついつい話し込んでしま
ったが、鷲士は目に見えて疲労していた。美沙も鷲士のことを見ていたのと、世映姫の相
手をしていたためか、一度休んだとはいえ、疲労の色が濃かった。だから、二人に休むよ
うに言った。
今、この病室に居るのは空人、そして、世打鬼と世映姫と世移木である。
「きー君?」
その言葉とともに、世打鬼をみつめる空。
「あ?」
「鷲士との戦い、どうだった?」
「・・・久々に、楽しかったぜ。草刈は・・・草刈の魂は・・・ほんとにいい輝きを持っ
てるな」
掛け値なしの賞賛の言葉。そして、その言葉に混ざる、羨望。
「あそこまで、強い衝撃を受けたこぶしは久々だ」
世打鬼は、空人と同じく、痛みを感じることが出来ない。空人の魂のかけらが元となっ
ているので、その魂から、痛みというものがどういうものなのかわわかっている。しかし、
どんなに強い相手と戦おうとも、彼が痛みを感じることはない。だが、強い魂、輝ける魂
を持ったもの一撃は、魂その物に響く。それは、強い衝撃となって、世打鬼の魂を揺さぶ
る。
「それはよかった。でも、出来れば鷲士には迷惑をかけて欲しくなかったな」
「お前だって、いいって言ったじゃねえかよ・・・」
すねた子供のように、顔を背けながら言う。
「おにっちがすねてる〜、か〜わい〜」
それを指差し、ふやけた声を発する姫。
「ばっ、ばか、うるせえ!!」
怒鳴る世打鬼。
「むう。ばかっていったほうがばかなんだぞ〜!!」
なにやらムキになって反論する姫。
「うるせえ、ばか」
世打鬼は姫の頭を小突いた。
それほど痛くはなかったであろうが・・・
「うわ〜ん。く〜ちゃ〜ん、おにっちがいじめる〜〜」
そういって、ベットの上の空人に泣きついた。
「あ、お前それはなんか卑怯だろ!?」
「はいはい。きーくん、あんまりヒメをいじめちゃだめだよ。ヒメも落ち着きなさい」
たしなめるように言う空人。
「私をいじめちゃだめだぞ〜」
空人に抱きついたまま、顔だけ向けて言う姫。
「べ〜〜だ」
「お〜ま〜え〜は〜!!!」
それが気に触ったのか、さっきよりも確実に威力を増した拳で、姫の頭をたたく世打鬼。
「またたたいた〜〜。もう許さないんだから〜〜〜〜〜〜!!」
そういって、ヒメっちはついに反撃に転じた。
ひゅご
何かが、風を切る音。
「うが」
世打鬼が吹っ飛んだ。
「ヴィクトリ〜〜! 正義はか〜つ!」
そういって、Vサインを出した姫の右手にはハリセンが握られていた。しかし、ただの
ハリセンではない。
「お前、ものすごい衝撃を受けたぞ? なんだそりゃあ」
思った以上に威力の高かったハリセンに目を見張る世打鬼。
「フッフッフ。これはさっき美沙っちが私に使った吹っ飛べ君ヴァ〜ジョン1.98」
誇らしげにそれを掲げる姫。
「嬢ちゃんにそれで殴られたのか?」
「うん」
そう、空が起きる前、あんまりにしつこい姫に痺れを切らした美沙は、最終突っ込み兵
器ともいえる吹っ飛べ君(ハリセン)を姫に使用したのだ。姫はまったくもってめげなか
ったが・・・。
しかし、そのとき使用した吹っ飛べ君は美沙が持ったままである。何故ここにそれがあ
るのだろうか?
「くっそ、もっかい殴る。覚悟しやがれ」
そういって、Vサインを取ったままの姫を睨みつける世打鬼。
「返り討ちにしてやる〜!」
何か、気の抜ける調子で宣言する姫。
いつの間にか、その左手にも吹っ飛べ君がある。
世打鬼も構えを取る。
限りなく、意味のない死闘は始まった。
激しい攻防を始める世打鬼と姫。
「何でキミたちはそうなんだろうね?」
その様子を見て、珍しく、あきれたようにつぶやく空人。
傍らの木刀、世移木が微かに震えた。何か、苦笑めいた雰囲気を感じる。
「ま、そうだね。けんかするほど仲がいいっていいうしね」
そう答える空の顔は、楽しそうな笑顔だった。
「気は済んだかい?」
「うん!」
かわいらしい、ひまわりのような笑顔で答える姫。
「・・・」
無言の世打鬼。今、彼は地に倒れ付し、姫の足の下にいる。完全敗北を喫したのだ。
「そうかい」
その二人の様子を見て、にっこりと微笑む空人。
おもむろに天井を見上げ、
「そろそろ、ぶらぶらしたくなってきたな」
とつぶやいた。
「えっ!? もうミサっちとお別れなの?」
突然、泣き出しそうな表情になり、空人に近づく姫。
「ぐえ」
その途中で何の意識もなく、世打鬼のうえを通る。
「まだあと何日かは居るよ。その間に十分に楽しんでおきなさいね」
「う〜ん。わかった〜」
どこか元気のない声。
「何日か? まだなんかあんのか、空?」
姫がどいたので、立ち上がりながら言う世打鬼。
「うん。彼女と話をしたいと思ってね」
「彼女?」
「昔から意地っ張りで、泣き虫で、弱くて、何かほっておけない、もう一人の大切な幼な
じみ」
空人は楽しそうに笑っていた。
「う〜ん、どうしよ〜」
どこか気の抜ける声で、悩む少女がひとり。
顔立ちだけ見ればとても美しい。しかし、その表情なども合わせると、美しい、と言う
よりも、かわいらしいと言う形容のほうがしっくり来る。
銀色の長い髪を三つ編みにし、その先には、彼女の『親』と言っていい人とおそろいの
赤い、大きなリボンがついている。
「あと何日かで、美沙っちとお別れ・・・」
空人のことである。その何日かが「何十日だったり、何百日だったり」することは多々
あるけれど、本当にそうである可能性も無きにしも非ず・・・。
どうしたらいいの!? とても切ない。まだ何もしていないのに・・・。
でも、考えているうちに一日が過ぎてしまった。
十二兆とんで八千七百十三通りのシュミレーションを行い、少女は結論を出した。
何もしてないんなら、これからすればいい。
この結論を出すのに、丸一日悩む・・・。少女は、実は非常に複雑な思考回路を持ちな
がら、結局のところ・・・単純だった。
「くししし・・・よ〜し、がんばるぞ〜」
両手で口元を両手を当て、笑う少女。
そして、その手を前にかざし、
「ミサっち・・・」
そうつぶやいた。すると、少女の前の空間がゆがみそこに、ある少女の姿が映し出され
る。その映し出された少女の名は結城美沙といった。
「・・」
美沙は、おもむろに振り返った。
「どうしたの? 美沙ちゃん」
隣にいる鷲士がたずねた。今、二人は学校からの帰り道にある。とりあえず、フィメラ
との一軒も片がつき、鷲士のバイトがないので、二人楽しい下校時間。しかし、今日は何
故かおちびさんには落ち着きがない。常に、周囲をうかがっている。
「おっかし〜な〜」
鷲士の言葉には答えず、首を傾げる。
「本当に、どうしたの?」
鷲士が心配そうに尋ねる。
「えっと、その、何か見られてるような・・・」
美沙はおずおずと言う。
「そう? 僕は特に何も感じないけど」
いくらボケボケとはいえ、その身体能力は九頭竜によってはるかに強力にチューンされ
ている鷲士。美沙が気付かず、鷲士が気付くことがあっても、美沙が気付いて、鷲士が気
付かないことなどありえるはずがない。
「でも〜、なんか、今日一日中、ずっと視線を感じて・・・」
そう、学校にいても、どこにいても、何か、誰かに見られている気がする。それも、か
なり熱狂的な視線を。
「もしや、ストーカー!?」
「気のせいとかじゃないのかな」
「う〜ん」
そういわれるといまいち否定も出来ないが、同時に絶対に気のせいかときかれればそう
でもない。
「そう言う人がいたら僕きっとわかるからさ、大丈夫だよ」
「・・・うん」
結論から言えば、美沙はその後も、誰かの視線を感じ続けた。
翌日。
「・・・だる・・・」
美沙は、なにやらものすごく疲労していた。
「美沙ちゃん、大丈夫?」
鷲士は、心配そうに尋ねる。
「ダメ・・・ってほどでもないけど、だる〜〜〜」
鷲士の前で、朝パンを食べている美沙は答えた。目に見えて、だるそうだ。とにかく、
だるそうだ。何が何でも、だるそうだ。そんなに朝が弱いわけでもなかろうに。
「いったいどうしたの?」
「それがさ〜、なんか昨日の夜、ねらんなくて。その、なんか全身が締め付けられるよう
な気がしてね・・・」
「ホントに? 学校、休んだほうがいいんじゃない?」
これでも父親である鷲士、当然のごとく、娘の体調は心配だ。
「ん、だいじょ〜ぶよ〜。熱なかったし、行ける時に行っとかないとシスターもうるさい
しね・・」
力なく言う。
「ああそれと、鷲士君、今日バイトでしょ? わたしのこと、心配しなくていいからね。
何かあったら、冴葉や山岡、呼ぶから・・」
「いいの?」
やっぱり、心配そうだ。
「へへ、だいじょ〜ぶ」
「・・・そう。でも、ホント、何かあったら電話してね」
「うん」
「・・・やっぱり、誰もいないよね」
美沙は、今日でもう何度目になるかわわからないが、後ろを振り返り、そして、誰もい
ないことに気がついて、これまた何度目かわからないため息をついた。
今日も、また、どこにいても、視線を感じる。しかし、その主と思えるものはいない。
必ず、誰かが見ている気がする。そして、確信を持って振り返っても、誰もいない。
「・・・昨日から、いったいなんだってのよ・・・」
美沙様は、ちょっと、というより、結構まいっていたりする。
「鷲士君もいないし、早く帰ろ」
力なく言った。
そして、さらに何度か振り返りつつ、美沙はふじ荘までたどり着いた。
「美沙ちゃん、お帰りなさい」
そう声をかけたのはふじ荘の管理人、白月雫さんである。
「ただいま」
そう言う声に、元気がない。
「どうかしたの?」
心配そうに尋ねる雫さん。彼女にとって、ふじ荘に住む人々は子供と同じでである。
「あ、うん、なんでもないの・・・」
「そう? なにかあったら、言ってね」
「うん。ありがとう」
そういって、美沙は階段を登っていく。
ついに、ドアの前までたどり着いた。しかし、
「・・・鍵が、開いてる?」
鷲士が、帰っているはずはない。
「中に、誰かいる?」
そういって神経を研ぎ澄ますと、中から何か、気配がする。と言うか、明らかに誰かい
るようだ。
「る〜〜る〜るる〜、る〜る〜〜る〜りら〜」
何か、間の抜けた鼻歌が聞こえてくる。
「・・・」
美沙は、銃を取り出す。
「る〜る〜る〜」
「・・・よし!」
意を決して、その扉を開く。
銃口を向けたまま、中を観察する。
そして、中にいた人物、いや、正確には人間ではないのだが、そんなことはいい、と視
線があった。
そして、狙い済ましたかのように、一切の躊躇なく、
「ミサっち、お帰りなさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」
ヒマワリのような笑みを浮かべ、どこか間の抜けた声を上げ、美沙に飛びついてくる。
「げっ」
美沙は、何かいやそうな声を上げ、本能的に、
ばたん
勢いよく扉を閉めた。そして、次の瞬間、
どか
「ふぎゃん」
何かが、扉にものすごくジャストミートな勢いで衝突する音。そして、間髪いれずに、
よくわからない声が上がる。おそらく、顔面から衝突したためにもれた声であろう。
かなりの勢いで衝突しました。
美沙は、恐る恐る、扉を開けた。
「・・・あ、その〜、大丈夫?」
さすがの美沙もどこか申し訳なさそうに、足元に倒れ付した、銀髪の少女に声をかける。
突発的にやっちまいましたからね。
「・・・」
返事がない。ただの屍の・・・・なんでもないです。
「お〜い」
しゃがみこみ、その後頭部をちょんちょんする。
突然、がばっと起き上がった。
「・・・」
真っ直ぐに美沙をみつめ、何も言わない姫。
「な、なによ?」
多少悪かったという思いにとらわれている美沙。
「・・・お帰りのチュ〜〜〜〜〜〜〜」
「むぐ」
姫の行動は思いのほか早く、美沙は抵抗する間もなく、その唇を奪われた。美沙は何で
女の子に唇を奪われてしまうのでしょうね?
(あっ、舌が・・・)
美沙の表情がだんだんと恍惚としてくる。まずいです、ここには誰も止める人がいませ
ん。
しかし、そうはなりません。
おもむろに口を離し、
「ふう。ご馳走様」
ものすごく、満足そうな笑顔。
「・・・・あ・・・あ・・・あ」
呆然と言葉を漏らす美沙。
「あ・あ・あって、ありがとう?」
「ちがうわっ!! このおおばか〜〜〜〜!」
その叫びとともに、いつの間にか美沙の手に握られた吹っ飛べ君は、姫の後頭部にヒッ
トした。
「あう」
後頭部に激しいまでの衝撃を受け、
「あうあう〜」
そのままふらふらとした足取りで、
「あっ」
小さな驚きの声。
美沙には、スローモーションのように見えた。
ふらふらとした足取りで姫は、
そのまま、柵にぶつかり、
それでもびみょ〜な勢いは止まらず、
落下した。
ごしゃ
なにやら、いや〜な音が聞こえる。
美沙は、恐る恐る、姫の落下した先をみつめる。
すぐ下に姫がいる。
うつ伏せになり、動かない。
赤いものが、広がっていく・・・。
「う・・・そ・・・・」
呆然とつぶやくき、あとづさる美沙。
「だ、だってここ2階だし、そんな・・・」
「ふひ〜〜〜〜」
下から、気の抜けるような声が上がった。
美沙は一気に近づき下を見る。
上を見上げた姫と視線が合った。
「驚いた?」
姫はにへらと笑った。しかし、その顔は赤に彩られている。
地面に広がっていた、赤いものもそのままだ。
美沙には、何が起こったのかわからない。
「な、何? えっ? どういうこと?」
「血〜の〜り〜」
そういって、姫は、破れた薄い袋を示す。
「あ、あんた・・・・」
美沙の肩ががたがたと震える。
「えへへ、ちょこっと痛かったけどね」
「この大あほ〜〜〜〜〜〜〜!!」
美沙は、あらん限りの力を込めて、グロックを投げつけた。
「あう」
クリーンヒット。
姫は再び倒れ付した。
「はふ〜、さっぱりさっぱり」
頭をタオルでごしゃごしゃしながら、姫は風呂から出てきた。
「ったく、何で血のりなんかがぱっと出てくんのよ。・・・本気で」
「本気で?」
「心・・・なんでもないわ〜い!!・・・そういえば、あんたその服とかタオルとかどう
したのよ?」
部屋に入ったとたんに風呂に押し込んだので忘れていた。
「服とか? この中に入ってるの」
そういって、腰に巻かれたポシェットを示す。
「は? ど〜考えても、それには入んないじゃん」
そのポシェットは外見上は、普通に市販されているものとなんら変わらず、明らかに、
服やら何やらを入れるには小さかった。
「だいじょ〜ぶ。ほら」
そういって、頭をごしごししていたタオルを押し込む。
明らかに入りきらないものがどんどん入っていく。
ポシェットは、外見上まったく変化することなく、タオルをすべて飲み込んだ。
「ね、ね、ちょっと見せて」
こういう便利そうなアイテムには目のない子猫さまあである。
「うん、い〜よ。でも、気を付けてね、吸い込まれちゃうと探すの大変だから」
ポシェットをはずし、美沙に渡す。
「吸い込まれる?」
そう、疑問の表情を浮かべながら、そーっと、そのポシェットを開く。
「へっ?」
そこには、「闇」があった。
そこと言うものがない、深く、ただ深い闇。
何か吸い込まれそうな・・・。
「ミサっち、ミサっち!!」
「あ、何よ」
「あんまり見つめてると吸い込まれちゃうよ?」
「・・・返すわ」
確かに、何か危険そうだ。
「で、姫、あんた何しに来たのよ?」
「う〜んと・・・あ、そうだ。ミサっち、調子悪そうだから心配で」
「それはありがたいけど・・・」
確かに、一人でいるのはやはり不安だ。
「ん? でも・・・なんであんたにそんなことわかんのよ?」
「ずっと見てたから」
姫はこともなげに言った。
「ずっと、見てた・・・?」
美沙の声が低くなる。
「うん」
「どうやって?」
「え〜っと、私の力で」
「あんたの力って何?」
「それじゃあ、今見せてあげるね。・・・ミサっち、誰か様子を確かめたい人居る?」
「じゃあ、鷲士君」
「よ〜し、目標シュウっち、『映』れ〜!!」
そういって、目の前に手をかざす。
「あ!!」
姫のかざした手の前方にある空間がゆがむ。
そして、ウエイターのバイトをしている鷲士の姿が映し出された。
「これが私の力の一つ、「映す」力」
「鷲士君、がんばってるみたいね」
がんばって働く鷲士の姿を見て、何か、ほっとする美沙。
「うん、もういいわ」
「そう」
かざした手を戻すと、再び空間がぐにゃりと歪み、元の状態に戻る。
「・・・ねえ、姫ちゃん」
何かを覆い隠したかわいらしい笑みで、美沙は姫に語りけける。
「な〜に? みさっち」
「昨日からその力を使って、私のこと見てなかった?」
「うん、見てたよ」
姫は、短く、そういった。
「・・・お前か〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
今日二度目となる、吹っ飛べ君の一撃が、姫の頭にたたきつけられた。
「う〜ん、おかし〜な〜、見てることは絶対わからないはずなんだけど・・・」
「ぜ〜ったい、あんたよ。昨日からその視線がきになってしょうがなかったんだから・・・」
目の前に正座した姫に、仁王立ちになった美沙は言い放つ。
「う〜ん、ごめんなさい〜」
姫は素直に謝った。
「はあ、なんか疲れた」
「ど〜して?」
「あんたのせいよ、あんたの」
「そう。でもだいじょ〜ぶだよ。ミサっちほとんど完全に健康体だもん。血の濃さとか、
骨密度や脂肪率も問題なし。内臓とかも大丈夫だし。ちゃんとした運動と、しっかりした
食事してるんだね」
「何でそんなに細かくあんたにわかんのよ」
「さっきディ〜プなキス、したでしょ?」
「美沙チョ〜ップ!!」
美沙のチョップが姫の頭を撃った。さすがにフライパンではない。
「いたい〜。何でそんなことするの? ミサっち」
なみだ目になって言う姫。
「嫌なこと思い出させるんじゃな〜い!!」
「そんなに嫌だった?」
「決まってんじゃない」
「ふみゅう。残念。・・・で、あのときにミサっちの体を調べたの。DNAのサンプルもも
らっちゃった」
「姫、そんなことまで出来んの?」
「うん。ヨウツキの中で、一番感覚系が強いの私だから。紫外線や赤外線、とにかく電磁
波は感知できるし、ミサっちの心音とか、血の流れる音とか、内臓の動く音とかも聞こえ
るよ?」
「あ・・・そう」
この「DNAのサンプル」が後々、ちょっとしたことを引き起こすが、まあ、それはさ
きのこと。
「ミサっち、今日の夕ご飯、どうするの? シュウっち、帰ってこないんでしょ?」
「あんたの視線のこととか、朝だるかったこととかであんま考えてなかったわね・・・」
そういいつつ、多少非難鳴り何なりがこもった視線を姫に送るが、そんなことを気にす
る姫ではない。わかっているが、気にしない。
「じゃあ、私が夕ご飯、作ろうか?」
「えっ!? あんたが〜」
不審の視線を向ける。見た感じ、ものすっご〜〜〜〜〜〜〜く、料理できなそうである。
「私、こう見えてもお料理上手だよ?」
そういって、屈託のない瞳で美沙のことをみつめる姫。
「う〜ん・・・・まあ、いいわ。お願いする」
「うん。おいしいもの作るね」
姫は、ひまわりのような笑顔で微笑んだ。
「ごちそうさま〜」
子猫様は満足そうにそう言った。
「お粗末さまでした〜」
姫も笑顔でそれに答える。
「でも、ほんとに料理、おいしかった。疑ってごめんね」
実際、美沙の予想に反して姫は手際よく食事を作った。用意された料理は酢豚にスープ、
その他色々とバラエティーに富み、どれもおいしかった。
なお、食材からありとあらゆる調味料はそのポシェットの中から現れた。
「別にいいよ。それに、おにっちより下手だし、お菓子作りだとクーちゃんにかなわない
し」
「おにっちって、世打鬼のことよね? あいつ、料理なんかできんの?」
「うん。と〜ってもおいし〜んだよ。それでねえ「おいしい」って言うと赤くなってそっ
ぽ向いちゃうの。かわいいよね〜」
それをしつこく指摘して、姫と鬼のガチンコバトルに発展することが多々あるというの
は、また別の話。
「あいつがね〜」
会って間もないが、なんていうか、がさつそうに見えるのはいわゆる『ポーズ』である
というのはなんとなくわかっていた。根は優しく恥ずかしがりやだということが見て取れ
た。
「あ、それと、空君、お菓子作ったりするんだ」
「うん。特にね、プリンがおいし〜の。ほかにも、ケーキを焼いてくれたりするよ」
「そうなんだ。今度食べてみたいな」
「クーちゃんに言っておくね」
姫はにっこりと微笑む。
「姫は中華が得意なの?」
今日出てきた料理は全部中華で統一されていた。
「ちがうよ。古今東西、フランス料理からエスニック、とりあえず、何でも出来るよ。お
ししょーから教わったから」
「お師匠?」
「うん。私やおにっち、クーちゃんのおししょーだよ」
「姫たちの師匠・・・一つ聞くけど・・・人間?」
こういっては何だが、空人や世打鬼、姫、といった人外の者たちの師匠となるものであ
る。一体どんな奴だろうか?というのはひじょ〜に気になる。
「うん、人間だよ。・・・あでも、今は人間じゃないのかな?」
「どういうこと?」
「なんていうか・・・・人間を極めちゃったみたいなの」
「人間を極めた? なんか、とにかく、すごそうね・・・」
「うん、すごいよ。物理法則を捻じ曲げて光速で移動できたりするし」
「コウソク? もしかして・・・光の速さってこと?」
「うん」
「あ・・・そう・・・」
「あ、そうだ、今日来た理由、もう一つあったんだ」
たわいない話を続けていた姫と美沙だが、姫が唐突に言った。
「もう一つの理由? 何?」
「え〜っと、これを見てほしいの」
そういって、無造作にポシェットの中に手を突っ込む。
「あれ、どこだろう。ここにしまったはずなのに・・・ちょっと待っててね、ミサっち」
そういって、姫はおもむろにその頭をポシェットの中につ込んだ。
「えっ?」
姫の体は、そのままするすると、ポシェットの中に消えていく。
「あっちょっと、ま」
すべて飲み込まれた。
「・・・」
美沙は、ただ残されたポシェットを摘み上げる。
そして、
ごくり
つばを飲み込んだ後、おそるそる、そのポシェットを開ける。
ただただ広がる、闇・・・。
「姫?」
そこに、声をかける。
「み〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜つ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜け〜〜〜〜〜〜〜〜〜た〜〜〜〜〜〜
〜!!!」
広がる闇の中から、姫のやたらとやかましい声が聞こえてきた。
「しゅわっち」
そして、某光の国から来た人のごとく、片手を上げ姫が飛び出してきた。
「ただい、うぐ」
「あう」
そのまま、中をのぞいていた美沙と姫のおでこが衝突した。
「で、何よ、私に見せたいものって」
「え〜っと、これ」
姫は、左手に抱えた人形を示す。
「これは・・・」
それは、女の子を模した人形であった。ただし、2頭身にディフォルメされていたが・・・。
髪型はツインテールで、赤いリボンがアクセント。どこかで見たことあるきがする・・・。
「もしかして、これ・・・」
「うん。ミサたん人形ノーマル」
「あ、やっぱし」
それは、ディフォルメされた、美沙であった。
「ほかにもね〜」
そういって、再び、姫はポシェットの中に手を突っ込む。
出て来る出てくるディフォルメ人形。それも、
「ミサたん人形メイドバージョン、カト女制服バージョン、体操服バージョン(ブルマ、
スパッツともに)、バーニーバージョン、フリフリバージョン、婦警さんバージョン、スッ
チーバージョン、きぐるみバージョン(ペンギンとモグラと白熊)、猫耳バージョン、ナー
スバージョン、チャイナ服バージョン、スクール水着バージョン、魔女っ子バージョン、
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ」
全部ミサたん人形であった。
「あんた、ひまね〜」
さすがに、何かを通り越してあきれる美沙。
「ほかにも冴葉たん人形とか鷲士たん人形とか空たん人形とか鬼たん人形とか姫たん人形
とかもあるよ」
このあと樫緒たん人形や美貴たん人形が増え、その上さらにずっと先のことだが、草刈
家シリーズなるものがコンプリートされるのだった。その中でも、最も種類が多くなった
のは当然のごとく「美花たん人形」であったという・・・。
「何で、私のだけこんなにあるの?」
「好きだから!!」
姫は、何を隠すことも無く、キラキラした瞳を美沙に向け、ひまわりのように微笑んだ。
「あ、ありがとう」
もはやそれ以外、言いようが無い。
「ん」
何か突然、背後から抱きしめられているような感覚が、美沙に生じた。
「どうしたの?」
「あ、なんか苦しいって言うか・・・んん?」
そんな中、ある姫の状態が、美沙の思考にひっかかった。
それは、ほかのものよりも一回り大きいミサたん人形をひざに置き、後ろから抱きしめ
る状態で座った姫だった。
ものすごく冗談じみた話だが・・・こいつならありえる、という直感があった。
「あのさ、姫ちゃん」
「な〜に」
「その人形、なんか特別なの?」
そう、姫が抱く人形を示す。
「これね〜、抱きやすいように人回り大きく作ったの。ミサっちの髪の毛をこめてあるか
らみさっちが近くにいるみたいな気がするの。一番よく出来たお気に入りだよ」
「髪の毛・・・・あ、あのさあ、それ、昨日抱いて寝たりしなかった?」
「え〜っ! どうしてわかったの〜〜〜〜?」
大きな目を見開いて驚く姫。
「ねえねえ、どうしてわかったの?」
そう言う間に、美沙はゆらりと立ち上がる。その手には、吹っ飛べ君(ハリセンにして
ハリセンにあらず)・・・。
「どうしたの?」
何か、尋常ならざる雰囲気をかもし出している美沙を見て姫が尋ねる。
「・・・・また、お前か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「え、何? 何?」
まったくわからない、姫。
「ええ〜い、問答無用、光になれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
今日、3度目となる吹っ飛べ君の一撃が美沙の全力を持って振り下ろされた。姫はその
とき、光にはならなかったが、光を見たそうな。
その日から、美沙の部屋には、美沙を模したミサたん人形が置かれるようになりました
とさ。
「あ〜っもう、これは没収」
そういって、美沙は姫に抱かれた大きな人形を取り上げた。
「え〜っ、それ一番のお気に入りなのに〜」
「とにかく没収」
「ふえ〜っ」
有無を言わさぬ美沙に、どうにも出来ない姫。
コンコン
外からドアをたたく音。
「こんな時間に誰よいったい?」
「シュウっちじゃないの?」
「だったらドアたたかないでしょ」
そういいながら、美沙はドアに向かう。
「あ、まって〜」
そういって、姫は美沙の後ろについていく。
「こんばんは」
「あ、なんだ樫緒ちゃん」
どこか拍子抜けしたような美沙の声。
「何だとは何ですか」
「あはは、ごめんごめん。それで何? こんな時間に」
「1週間ぶりに帰国したので、お土産を持ってきました。それと、色々お話が」
実は一番の理由が、なんとなくあいたかったからだとは口が裂けても言わないだろう。
「話? ま、いいや、上がりなさいよ」
「はい。ところで、その後ろの方は?」
そういって、美沙の後ろにいる姫を示す。
「えっ? ああ、このこは・・・」
「ミサっちのそっくりさん〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
そういいながら、姫は一気に樫緒に向かって突っ込んだ。
「な、何です!?」
とっさのことに力で対応することができなかった樫緒。
力がなければただのもやしっ子である。突っ込んできた姫を抑えきれずにその場にしり
もちをつく。
「あなたがミサっちの弟の樫緒君だね。私、世映姫って言うの。『世』を『映』す『姫』で
世映姫。あ〜ん、やっぱりミサっちと双子だけあってかしっちもカワイ〜〜〜〜〜!!」
もはや勢い止まらない姫。
「・・・どきなさい」
その言葉とともに、覆いかぶさってくる姫に対して結城の『力』を振るう。
姫の周りに力の干渉の証明である、青い火花が散る。
「あん」
声を上げる姫。
「か、樫緒、まちなさいよ」
さすがに手加減しているだろうが、それでも、とめようとする美沙。
「う、うぐぅ」
微かに、苦しげな声を上げる姫。しかし、
「な、どういうことです?」
樫緒は樫緒で、驚いていた。姫が、いっこうに離れないのである。
確かに、樫緒の『力』の感覚では姫をとらえている。しかし、感触がおかしい上に、動
きを止めただけで、引き離すことが出来ないのだ。頑として動かない。そして、
「うううううっ、こんじょだ! こんじょ〜〜〜〜〜〜!!」
その声とともに、
バチィ
一度大きな火花がちり、
「これでだいじょ〜ぶ。さてと、続き続き〜!」
「な、力が・・・」
力が、振り切られた。
姫は再び、樫緒を組み敷き、抱きしめるのを再開した。
「なんか驚いてるみたいだけど、そう言う顔してるかしっちもかわいいね〜。あ、そうだ、
かしっちって呼んでいい? それと、私のことは姫って呼んでね」
にっこりと微笑みかける。「あ〜もう! 私、今幸せでいっぱいだよ〜。こんなにかわい
い子が二人も周りにいるんだもん。は〜っ、ホント幸せ〜」
姫の言葉は、一度あふれ出すととどまるところを知らない。
「と、とにかく、はなしなさい!」
樫緒は抱きついてきている姫を引き剥がそうと抵抗する。しかし、姫の力は見た目より
もずっと強い。その上、
「い・や。もっと抱きついてた〜い!!」
それが今、感極まった状態で樫緒を抱きしめている。
「うぐ、く、くるし・・・」
「ミサっちよりもちょっとだけ細いんだね、男の子なのに。かわいいな〜」
かな〜り、激しい感じで、抱きしめている。
「もう食べちゃいたいぐらい。ウフフフフフフ」
何か、もう姫がかなり危険そうな状態になりつつある。
もう何を言っても無駄だろうと悟った美沙は、
「・・・とりあえず、とまらんか〜い!!」
そして、その日、4度目ともなる吹っ飛べ君の一撃が、またまたまた、姫を吹っ飛ばし
た。
「父様もつくづく奇妙な縁を持っていますね。まさか、幼なじみと言える人が、そんなこ
とになっているとは」
それが、樫緒が居ない間にあった空君関連の出来事を聞いた樫緒の感想であった。
「まあね。でもそれを言ったら美貴ちゃんも一緒でしょ?」
「何故です?」
よくわからないといった表情で首を傾げる樫緒。
「鷲士君の幼なじみってことは、美貴ちゃんの幼なじみでもあるでしょ?」
「そういえば、そうですね。・・・ふむ、ではそのことでしょうか?」
樫緒が思い出したように言う。
「そのことって、何?」
怪訝な顔をして美沙が尋ねる。
「いえ、帰国したことを知らせるために、母様に連絡をしたのです。そうしたら、なにや
ら対人関係で悩み事があるとのことでしたので」
「えっ、まじで?」
「ええ、結局、何も話してはくれませんでしたが。それと、姉さまが話も聞かずに怒った
とか、まあ、はっきり言ってかなり煮詰まってる様子でしたが・・・」
「ウ〜ン、そんなに悩んでたのか〜」
美沙はあごにてをあて、天井を仰ぎ見る。
「何があったのです?」
「いや、つい昨日ね、ちょっと私の調子が悪くてさ・・・そんなときに何度も電話するも
んだからついね・・」
『あ、美沙?』
『いったい、何のよう? 美貴ちゃん』
どこか冷たい美沙のセリフ。
『いや、その、え〜っと、その〜』
それに対して、美貴はものすごく歯切れが悪い。
『何でもいいけどさっさとしてくんない? 私、今日はさっさと寝ることに決めたんだか
ら』
今日一日中、発生もと不明の、しかし確かに感じる視線を受け続けた。そのためすこぶ
る機嫌の悪い美沙。
『いや、だから・・・その〜、空のことなんだけど・・・』
『空君がどうしたの?』
さっさと電話を切りたい心理を抑えつつ、とりあえずは答える美沙。
『その・・・あいつはまだいるのか?』
あの日、病院で走り去っていらい、美貴は一度も空人に会っていない。
『居るのか、って。まあ、とりあえずはまだラマダンに泊まってるわよ』
『うぐぅ、まだ居るのか、あいつは・・・』
困ったような、落胆の声。
『それだけ? それならもう、用件済んだでしょ? 切っていい?』
とにかく、今日は疲れているのだ。
『あ、ま、待ってよ。・・・美沙、どうにかして、あいつを追い払ってくれないか?』
いつになく、小さな声でもごもごと言う美貴。
『追い払うって、何考えてんのよ』
『だ、だって、あいつが居るといつでも、どこでも出て来そうなきがして』
『だからなんだっての?』
『あいつといると気まずいって言うか・・・』
やっぱり歯切れの悪い美貴。
『結局は、美貴ちゃんが勝手に苦手になってるんだから、自分で何とかしなさいよ』
『ええ! で、でも・・・』
このあとも、のらりくらりと話を伸ばす美貴に痺れを切らしたミサはとうとう電話を切
ってしまったのだ。そして、
『何で話の途中に切るんだ!?』
とまた電話がかかってきて、
『もう、おかーさんなんだから、娘にばっかり頼ってないで、自分の人間関係くらい自分
で何とかしなさいよ!』
と電話を切ることが何度か繰り返された。
で、最終的に着信拒否にして寝てしまったのだ。
「母様は、そんなにも、その天木空人という人物を嫌っているのですか?」
「嫌ってるわけじゃなくて、苦手みたいよ」
「苦手? あの母様が?」
「うん。ホント珍しいよね。まあ、美貴ちゃんから聞いた話なんだけどね・・・」
美沙は、美貴からじかに聞いた樫緒に空人と美貴の昔のことを話した。
「・・・こっちでも、一度タイミングを逃したのがあとを引いているというのですか?」
「そっ。もうホントダメダメよね」
「まったく、あの人は・・・」
心底あきれたようにつぶやく樫緒。
「何でこう素直じゃないのかしらね?」
「本当に・・・」
「そうでしょ・・・」
不意に、二人は同時にため息をついた。
改めて、自分たちの母親のだめさ加減が露見したからだろう。そこへ、
「ふひ〜、さっぱりさっぱり」
風呂から上がってきた姫が現れた。吹っ飛べ君で吹っ飛ばされたあと2階の柵から落ち、
あげくそのまま地面を転がって埃だらけになったので、風呂を借りたのだ。
「ミサっちとかしっち、どうしたの?」
「なんでもないわ・・・」
どこか、悲しげにつぶやく美沙。
「ところで、かしっちなどと呼んでほしくはないのですが」
「え〜、どうして〜? もしかして、さっき押し倒したこと怒ってるの?」
「それもそうですが、とにかく、そんなふうによばないでください」
「ねえ、かしっちはどんなものが好き?」
その樫緒の抗議を完全に無視して、樫緒の好きなものなどを聞いてくる姫。
「樫緒ちゃん、何を言っても無駄よ。何を言おうが、完全に無視してきた挙句に、逃げよ
うとすると泣き喚くわ、抱きしめてくるわで、それこそ大変よ・・・」
疲れたように言う美沙。それをちょっと前、初めて姫に会ったときに味わった。
「そんなことをいわれましても・・・」
「ねえねえ、かしっち、教えてよ〜、かしっちのこと。ねえねえねえねえねえ〜」
だんだんと樫緒に近づいていく姫。
「え、あ・・・」
「はあ〜〜〜〜」
かな〜り、大きなため息をついた美貴は、マンションのベランダにいた。
夜風が、心地よい。月もきれいだ。
しかし、美貴様の心は、かな〜り、憂うつだった。
とにかく、あいつ、天木空人には会いたくない。
何でそこまであいたくないかというと、とにかく、あいつの前にいると恥ずかしくなる。
自分の忘れたい恥ずかしい思い出。あいつの顔を見ているとそれが思い出される。
その上、自分のミスで、鷲士と、今の奇妙な関係にあることまで知られてしまった。
あいつの前にいると、何か、心がそわそわする。
言い知れぬ不安が、こみ上げてくる。
いうなれば、子供が、親に何か隠し事をしているような心境と言うべきか?
もはや、どうにもならない苦手意識。
でも、それだけではないのだ。
私は、後悔しているのだ。後悔しているのだと思う。
ただ一言「ありがとう」が言えなかったことを。
あいつは、私のことを助けてくれた。
あいつは、ほんの少しの勇気を、私にくれた。
もしも、あいつが私のことを元気付けてくれなければ、私は、鷲士と会うことさえ、拒
んだかもしれない。自分のしてしまった現実から、逃れるように。
でも、あいつが、ほんの少しの勇気をくれた。
わたしはそれまでのあいつに対して抱いていた気持ちのために、どうしても、「ありがと
う」その一言がいえなかった。
それを、心のどこかで、後悔している。
でも、会うと、どうしても言うことが出来ない。
「一体、どうしたらいいんだ?」
美貴は、月を仰いで、誰にともなくつぶやいた。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「えっ!?」
美貴は、自分の耳を疑った。確かに、はっきりと聞こえた、だけど、聞こえるはずがな
い。
この場には、私しかいないはずだ。あいつがいるはずがない。
「ねえ、どうしたの? 美貴ちゃん」
また聞こえた。涼しげで、あんまりに透明なために、男なのかも、女なのかもわからな
い声。あいつの声。
美貴は、恐る恐る、声の聞こえたほうに顔を向けた。
美貴は、今度は自分の目を疑った。
そんなこと、ありえるはずがない。
「こんばんわ、美貴ちゃん」
美貴の視線の先には昔と変わらぬ笑顔の、昔と変わらぬ姿、11歳のころの姿をしたあ
いつ、天木空人がたたずんでいた。
「な、え?」
驚きのあまり、言葉の出ない美貴。
「何をそんなに驚いているの?」
彼は、まったくわからないといった様子で、首をかしげる。
しかし、美貴は驚きに目を見開いたまま、返事を返せない。
「・・・ああ、そうか、わすれてた」
彼が、何を忘れていたかと言うと、
「見ての通り、僕の姿は、あのころから変わってないんだ」
今回の一連の出来事で、最初のうちに、空人と遭遇して、逃げ出してしまった美貴は空
人の真実、彼が、子供のころから変わらない姿であると言うことを知らなかった。
空人は空人で、大人の姿でいるよりも子供の姿、本来の姿でいるほうがずっと楽である
ために鷲士にばれて以来、大人の姿に化けることはしなかった。
で、美貴の家に来るに当たって、彼はそのまま、子供の姿で訪れた。美貴が驚くのは、
当然と言えば、当然のことであった。
「・・・い、いったい、どういうことなんだ?」
何とか、落ち着きを内心では取り戻してないが、外見を繕うのは慣れている美貴は何と
か、言葉を発した。
「まあ、色々あってね・・・」
彼は、一連の出来事を美貴に語ったのだった。
「き、君もまたずいぶんとわけのわからないことになってたんだな」
それまでの話を聞いた美貴は、そうつぶやいた。
「ふふ、君ほどじゃないよ、みきちゃん」
彼は、そういって、にっこりと微笑んだ。
「うぐぅ」
そういわれると返す言葉のない美貴。
「・・・こんな僕のことを、君はどう思うかな?」
彼は、しっかりと美貴を見据えて、つぶやいた。
美貴も、空人の事を見る。
不意に、美貴は下を向く。
「・・・やっぱり、不気味かな?」
空人は、いつもと変わらぬ様子で言う。
「あ、いや、そう言うことじゃなくて・・・」
そういって、美貴は顔を上げる。
「じゃあ、何?」
「だから、その、昔と変わらないままの君を見ていると・・・その、あんまりに恥ずかし
い思い出とかが、頭をよぎったりして・・・」
顔を赤くした美貴はそっぽを向く。彼は、美貴が何か失敗するたびに、何かを言いに訪
れた。空人としては、美貴を励ますつもりだったのかもしれないが、美貴からすれば、い
つでもゆったりとした調子の空人はそう言うときの美貴には癪に障った。それがさらに、
恥ずかしさに拍車をかける。
空人は、きょとんとしたあと、
「・・・・はははは」
笑った。
「な、そんなふうに笑うことないだろ!」
少し赤かった顔をさらに赤くして言う美貴。
「はは、いや、悪かったね。でも、相変わらず、面白いから、みきちゃんは」
「面白いってどこがさ?」
「全部。見てて楽しいよ」
「見てて楽しいって、人を珍獣みたいに言うな!」
「そうかい? 君はかなり特異な個性を持った人間だよ」
空人ははっきりと言い切った。
「特異って・・・」
「まあ、たとえば、13歳の双子の子供がいるっていうのは珍しいよ」
「うぐぅ・・・で、でも、そんな言い方しなくたって・・・」
それを言われてはもはや反論のしようもない美貴。
「やっぱり面白いよ、君は」
空人は、にっこりと微笑んだ。
「ま、まあ、面白い云々に関してはいいとしよう・・・で、いったい何の目的で来たんだ?」
何とか気持ちを持ち直した美貴は、空人に向かってそう尋ねた。
「まあ、なんとなく君と話がしたくなってね。それで、ふらふらと訪れてみた」
「・・・空は、やっぱり変わってないみたいだな・・・」
昔からそうだ、空人は、感性だけで生きている。なんとなくと言う感覚をそのまま行動
に移す。
「よく言われるよ。そんなにも、変わってないかな?」
「うん、ぜんぜん」
「そうかなあ?」
「そっ・・・ちょっと寒くなってきたし、上がれば? 私だってお茶ぐらいは出すよ」
少し風も強くなってきた。
美貴は、目で部屋を促す。
「いいのかい? 僕みたいなのを部屋に上げて」
「別に君は私を襲ったりしないだろ?」
空人は、性別以前にやはり、空人である。
「・・・じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって」
「みきちゃんの入れたお茶か・・・何か、ものすごく貴重なもののような気がするね」
そう言って、目の前に出されたお茶をしげしげと眺める。
「貴重なって・・・どういう意味さ?」
「言葉の通りだけど」
「何か引っかかるんだけど」
「気にしすぎだよ。・・・うん、普通だね。料理べたなみきちゃんとしては、上出来かな?」
一口、そのお茶を飲み、空人はつぶやいた。
「どうして、君はそう、いちいち気に触る言い方をするのかな? と言うより、それ以前
に、空は私の料理、食べたことないだろ」
多少、青筋など浮かべて言う美貴。
「・・・キッチンを少しでも見ればわかるさ」
「うぐぅ」
どうなっているかは各自で想像してください。
「ま、鷲士は普通に料理が出来るから大丈夫さ」
「それは喜んでいいものか、悲しんでいいものか・・・」
「ふむ、君から僕に話したいこととかはないかな?」
「私が、空に言いたいこと・・・・」
ある。ただ一言だけだけど、ある。
でも、空人の顔を見ていると・・・
「な、ないさ、君に話したいことなんて」
と、どうしても口から出てしまう。
「そうかい。残念だな」
そう言う顔はいつもの涼しげな笑顔のままだったが、その言葉には、微かな寂しさが含
まれているようにも思えた。
「残念?」
「いや、どちらかと言えば、今日は君の話を聞くためにここへ来たから」
「私の話を聞くため?」
「まあ、たとえば、鷲士とのこととかさ」
「しゅーくんとの・・・こと?」
「まあ、これは僕の予想だけど・・・君、みんなから非難されてたりしないかな?」
「えっ? あ・・・」
何か、気まずそうな表情になる美貴。
「ふむ、まあ、誰の観点から見ても、今の状況は鷲士がかわいそうと言うことになる」
「ど、どうしてそんなふうに言い切れるんだ?」
わかっているのに、どうしても空人の前だと変な強がりを・・・。
「まじめにそう言ってるんだったら、僕としても今以上にあきれるほかないのだけど」
そういって、美貴のことをしっかりとみつめる空人。
「た、たしかに、私が「違います」って言っちゃったのが悪いんだけど・・・で、でも・・・」
口ごもる。
「でも?」
「・・・しゅーくんだって、二度とその話題、振ってくれないんだもん・・・」
「・・・君だって、鷲士の性格はわかっているよね?」
「そ、そんなこと、当然じゃないか!」
「ま、だったら、何で君にもう一度尋ねないのかなんてわかったようなものだよ?」
「・・・?」
わからないといった表情の美貴。
「鷲士は、まあ、人のことを疑ったりしない人間だ」
「うん」
「そこでまず、君の『嘘』を信じ込むわけさ。君は『ゆうちゃんではない』と言う嘘をね」
「うっ・・・」
「それで、さらに、美沙ちゃんから『ゆうちゃんは死んだ』と言う話を聞いたわけでしょ?」
「う、うん」
だんだんと汗ジトになって来る美貴。
「まあ、それで、『ゆうちゃんは死んだ』と言う嘘も信じ込んでしまったわけさ」
「ううっ・・・」
「で、それを前提として、考えてみなよ。たとえば、美貴ちゃん、君の事を「ゆうちゃん
かも知れない」と鷲士が思ったとする」
「思ったとする・・・そうすると?」
「それでも、鷲士の中では君はゆうちゃんじゃないし、ゆうちゃんは死んでしまっている
はずなんだ。だから結局は「ゆうちゃんに似ている」どまりになる」
「うぐぅ」
唸る美貴。
「まあ、それでもさすがにいくら鷲士でも『もしかしたら本当にゆうちゃんかもしれない』
と思うとする」
「そうしたら、どうなるの?」
「鷲士は悩むわけさ、『もし本当のゆうちゃんなら、どうして嘘なんかつくのだろう?』と
ね」
「あううううっ」
頭を抱える美貴。
「例えば、『もう自分とはかかわりたくないから嘘をついているのかもしれない』と考える
かもしれない」
「そ、そんなことない!」
美貴は、半ば怒鳴るようにしていった。
「まあ、待ちなよ。君はとりあえず、鷲士に好意的な態度を示しているわけだ。だから、
いくら鷲士でも『さすがにそれは違う』と思う」
「だ、だったら・・・」
「まあ、それできっと悩み続けても答えは出ないだろうね。『タイミングを外したから言い
出せなくなった』なって、鷲士が思いつくはずないだろうしね」
鷲士でなくとも、普通はそんなことで、こんな重要なことを隠しているとは思わないだ
ろう。
「うぐぅぅぅぅぅ」
再び、唸り声を上げ、頭を抱える美貴。
「落ち着きなよ、みきちゃん」
なだめるように言う空人。
しばらくして、何とか落ち着いた美貴。その表情は暗い。
「私は、私はいったいどうすれば・・・」
空人にすがりつくように言う。
「君から言えばいいじゃないか」
「言えばいいって・・・でも、鷲士がそれまで言わなかった理由を聞いてきたら・・・・」
「君は、もう少し鷲士を信頼しなよ」
彼は、やはりいつもの笑顔だったが、どの声には、どこか非難を含んでいるように感じ
られた。
「わ、私は鷲士を信頼してる!!」
美貴は、強く言い切った。普段は鷲士が女の子としゃべっているだけで、気が気でない
というのに・・・。
「だったら、いいなよ。すべて、包み隠さず。たとえ、隠していた理由がどんなに馬鹿ら
しくても、鷲士は君と本当の意味で再会できたことのほうを喜んでくれる」
空人は、しっかりとメノウの瞳を見据えて、きっぱりと言い切った。
「で、でも・・・やっぱり、まだ・・・」
どうしても、気が引けてしまう。
「・・・まだ言えないと言うのなら、それはそれでいいよ。君の速さで行けばいい」
「えっ?」
「まあ、確かに鷲士には悪いけれど、君は君の速さで進めばいいよ。たとえ、それが3歩
進んで2歩下がるような状態だとしてもね」
「空・・・」
「ただし、ちゃんと進みなよ? 立ち止まっても、後ろを向いてもいいけれど、それは、
改めて前に進むためだよ。鷲士だって、今そうしているところだしね」
「しゅーくんも?」
「そう、鷲士も、君と同じで、立ち止まりながら、悩みながら、ゆっくりだけど、進んで
いるのさ」
空人は思い出す。
何日か前。具体的には姫が一日中悩んでいたその日。空人と鷲士は、二人で公園などに
いた。鷲士が、どうしても相談したいことがあるといって誘ったのだ。
「相談したいことって何かな?」
空人はベンチに腰掛け、鷲士に尋ねた。
「あのさ、空君て、人の気を見分けるのが得意だって言ってたよね?」
鷲士はそう切り出した。
「うん。五感を介しての情報はずいぶんと細かくなるからね」
「だったら、青葉学園にいたころの人とかに会ってもすぐにわかるの?」
どこか、そわそわしているような鷲士。
「まあね。ついでに言えば、親子間でもやっぱり似てるところがあるから、美沙ちゃんが
鷲士の娘だってわかったって、話しただろ?」
空人は、そこまで鷲士の話を聞いた何を言おうとしているかはわかった。しかし、そん
なことはおくびにも出さずに言う。
「うん、そうだったね」
「で、君は何を言いたいのかな?」
「あ・・・・あのさ、今僕が通ってる大学にね」
「大学に?」
「その、ゆうちゃんそっくりの人がいるんだ」
鷲士は、ゆっくりと話す。
「うん」
空人もいつもの調子で答える。
「それで、昔「ゆうちゃん?」って聞いてみたんだ。でも否定されちゃってね」
さびしそうに言った。
「それで?」
「でも、でもね、やっぱり、ゆうちゃんに似てるような、ううん、ゆうちゃんじゃないか
って気がするんだ」
「だから、僕に確かめてほしい?」
「・・・うん・・・」
鷲士はすがるような目で、空人のことをみつめる。
「・・・鷲士、僕は例え、その結果がわかったとしても、僕の口から君に言うつもりはな
い」
空人は静かに告げた。
「どうして!?」
「僕はそれほど優しくないってことさ」
「どういうこと?」
「君は、そのこに直接、『違う』って言われてるのを恐れてるんじゃないかな?」
「えっ!? あ・・・そうだね、そうなのかもしれない」
鷲士は、悲しそうに下を向く。
「鷲士、確かめてもいないのにそういう顔をするのはどうかと思うよ? もしかしたら本
当にゆうちゃんなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。でも、それは君が確
かめてみないことにはどうにもならないことなんだよ?」
「でも、その、やっぱり本人を前にすると、どうもね・・・」
「まあ、君の思うようにすればいい。したいようにすればいい」
「うん。・・・・でも、やっぱりまだ言えそうにないよ・・・」
そういって、鷲士は気弱そうに笑った。
「それでもいいさ。ま、がんばろう」
空人も、鷲士に笑いかけた。
「ねえ、しゅーくんも進んでるって、どういうこと?」
美貴が、空人に詰め寄る。
「教えてあげない」
「教えてよ〜、ねっ、頼むよ、お願いだから〜、ね?」
「まあ、がんばってるのは君だけじゃないってことさ、似たもの夫婦さん?」
そういって彼はにっこりと微笑む。
「・・どういう意味?」
「君が鷲士にいえたらおしえてあげるさ」
「うぐぅ」
それをいわれては、やはり、反論できない美貴。
それから、昔のことを空人が話しては、美貴が赤面するという光景が続いた。
空人はもとより楽しそうだったし、なんだかんだ言って、美貴も楽しそうではあった。
「ねえ、みきちゃん、恋ってどんなものなのかな?」
空人は、唐突に、美貴にそう尋ねた。
「どういうこのかって、わからないのか?」
「うん。君たちの事を見てると、大変だけど、やっぱりいいものだという気がする。でも、
具体的にそういう気持ちを感じたことがないからね」
「空、もしかして、恋したことがないのか?」
美貴は、驚きの顔で、そう尋ねた。
「うん」
空人は、別にそれがどうということでもない風に答えた。
「あ〜、うん、考えてみれば、君が恋しそうな相手というのも、あんまり想像できないな」
美貴は複雑な表情でそういった。
「僕は、そのうち恋をすることがあるかな?」
空人は、真顔で美貴に尋ねた。
「そんなこと、私にわかるはずないじゃないか・・・」
「たしかに、そうだね・・・」
これから、十数年後、彼は恋に落ちる。それに関しては、また別のお話。
「それじゃあ、そろそろおいとましようかな?」
そういって、空人は座っていたソファーから立ち上がり、ベランダのほうに向かう。
「あ、空、玄関は逆だよ?」
「僕がどうやってきたのか、わかってる?」
「?」
「みきちゃん、君と話して楽しかった」
そういった空人は、ベランダからほんの少しの空間に、こともなげに浮かんでいた。い
や、浮かんでいるというのとは少し違う。彼はそこに立っていた。
美貴はあまり驚かなかった。空人が、かなり人間離れしているらしいということは、今
日の話でわかったていたし、それに、美貴は漠然と「空だったら空に立ってもおかしくな
い」という変なことを考えていた。
「色々と恥ずかしい思いをさせられたよ、私は」
まだ相変わらず顔が赤い。やっぱり致命的なのは、空人は美貴に対して、いくらでも切
り札と言える話があるというのに対して、美貴は一切空人の弱みを握れてないということ
だろうか。
「あ、そうそう、僕、そろそろ、またどこかへ行こうと思う。鷲士や、君とも十分に話し
たしね」
空人は、思い出したように言った。
「そうか・・・」
「君としてはうれしいかな? 苦手な僕が居なくなって」
彼は、こともなげにそう言う。
「そ、それは・・・」
美貴には、どう答えることも出来ない。確かに、彼のことは苦手である。でも、いなく
なられては、また心残りが果たせなくなってしまう・・・。
「まあいいか。それじゃ、さようなら」
そういって、にっこりと微笑むと、空人はきびを返した。
「あ、うん、さようなら・・・」
空人が行ってしまう。
空人は、今日ただ話しがしたい、と言って来たけれど、結局のところ、また私の背中を
押しに着てくれた気がする。
また、私のことを気遣ってきてくれたような気がする。
それなのに、私は、また、あの言葉が言えない。
だめだ、このままじゃ。このままじゃ、やっぱり私は鷲士に本当のことをいえないまま
だ・・・。
だから、
「・・・空!!」
私は、空人を呼び止めた。
「何かな?」
空人は、肩越しに振り返り言ってきた。
「あ、その・・・・あ」
そこで詰まってしまう。
「あ?」
「あ、あ・・・・・ありがとう」
その言葉は、夜風に吹き消されてしまうぐらい小さかった。
でも、空人は、一瞬きょとんとしたあと、
「君に感謝されるようなこと、したかな?」
首を傾げて、そう告げた。
「もう、とにかくありがとうなんだ!!」
怒鳴るように言う。
「よくわからないけど・・・こちらこそ、ありがとう」
そういって笑う空人の笑顔はいつもの笑顔よりも、より温かいように感じられた。
「じゃ・・じゃあね、空、また今度」
「うん。また来るよ、みきちゃん」
そういって、空人は夜の空に消えていった。
エピローグ
「かしっち、すぐに帰っちゃってつまんない。もっと色々したかったのに〜」
「ああゆうのなれてないから、樫緒ちゃん・・・」
姫のあまりに熱烈なスキンシップを受けた樫緒は、逃げるように退散してしまったのだ。
しばらくして、姫は郵送で「ただの」ミサたん人形ひとセットを送りました。樫緒君はも
のすごく喜んだそうです。
「それにしても、鷲士君、遅いわね・・・」
美沙は時計を見てつぶやく。バイトが伸びたとしても、こんなに遅くなるはずがない。
「あ、それはきっと」
姫が何かを言いかけたそのとき、
「ただいま〜」
そう、玄関のほうから、気の抜けた声が聞こえた。
「鷲士君、おそ〜い!! っていうか、なんかお酒臭い。わたしのこと無視して飲みに行
くなってどういうことよ〜!!」
帰ってきた鷲士を迎えた美沙の、最初の言葉はそれだった。予定帰宅時刻から、1時間
以上も遅れている。
「あ、いや、その、ごめん」
微かに顔を赤くした鷲士は美沙に謝った。
「ごめんですむともっての〜!!」
「嬢ちゃん、そうおこんなよ。俺が無理に誘ったんだからよ」
そう、鷲士の背後から声がかかった。
「はお、おにっち」
美沙の背後に引っ付いた姫が、その声を聞き言った。
「よっ、姫」
それに対し、世打鬼が返す。
「・・・どういうこと?」
鷲士の背後にいたのは、世打鬼であった。
「まあ、簡単に言うと、草刈と酒が飲みたくなった。誘った。以上」
人間体の世打鬼はそう説明した。
「以上って・・・ま、いいけど。・・・鷲士君、そういうときは電話してよね」
美沙としては、心配だったのだ。
「電話したんだけど、通じなくって・・」
鷲士はおずおずといった。
「通じない? そんなはずないよ、だって鷲士君の電話とは衛星でリンクした直通回線な
んだから」
美沙が一気にまくし立てる。この間の「人魚のとき」のようなことさえなければ、そん
なことはおこるはずがないのだ。
「で、でも、通じなかったんだけど・・・」
鷲士も困ったような顔をしていう。
「止めたのわたし」
こともなげに、そういったのは、姫であった。
「この部屋限定で、電波妨害をかけたの」
「・・・重ね重ね、またあんたなわけ? 姫」
美沙は、立ち上がり、またも吹っ飛べ君を構える。
「だって、ミサっちとの二人きりの時間を誰にもジャマされたくなかったんだもん」
「問答無用!!! もっかい、光に」
美沙が振りかぶった瞬間、
ピ〜ンポ〜ン
呼び鈴が鳴った。
「こんな時間に、また客?」
美沙はとりあえず、吹っ飛べ君を使うのをやめた。
「誰だろう?」
鷲士は、そういいながら玄関に向かう。
扉を開けた先にたっていたのは、
「あ、空君」
「こんばんは、鷲士。うちの子たちがお世話になってるようだね」
「空君、姫たちを迎えに来たわけ?」
美沙が尋ねた。相変わらず、姫が後ろから引っ付いてきているが。もはやどうしようも
ないので、とりあえず無視だ無視。
「うん。まあそれと挨拶にね」
「「挨拶?」」
鷲士と美沙が同時に言った。
「まあ、今日でしばしのお別れだよ、鷲士」
空人は唐突にそういった。
「えっ!? どういうこと!?」
空人の唐突な別れの言葉に、驚く鷲士。
「うん。鷲士が元気そうだということもわかったし、ほかの用件も、すんだからね。それ
に、また、ぶらぶらしたくなってきた。そろそろまた旅に出ようと思う。だから、今日は、
お別れの挨拶に来た」
「そんな、突然・・・」
鷲士はさびしそうに言う。
「そうかな? まあ、そういうことでね。だからきー君と姫にも心残りのないようにって
言っておいたしね」
そう言って、世打鬼と世映姫を見る。
「あ、だから今日来たわけ?」
「うん」
姫は美沙ににっこりと微笑みかけた。
「じゃあ、世打鬼君も?」
「ああ、お前と、少し話したくてな・・・」
そういって、顔を背ける世打鬼。
「まあ、そういうわけで、しばしのお別れだよ、鷲士」
鷲士のことをはっきりと見据えて、空人はきっぱりといった。
空には、美しい満月が浮かんでいる。
もう夜も遅い。
空人の傍らには、姫と世打鬼がいる。
そして、それにむかい合うように、鷲士と美沙が並んでいた。
「空君、また会えるよね」
鷲士は、少し、さびしそうな表情で、空人に言った。
「うん。まあ、気が向いたらまた来るよ。それに、昔の別れのときにも言ったよね? 「僕
たちは同じ空の下にいる」って」
そういって、空人はにっこりと微笑む。
「「同じ空の下にいる限り、必ず再会することができる」・・・・そうだったね」
そういって、鷲士もにっこりと微笑んだ。
「うん。・・・・さて、君たちも、とりあえず戻りなさい」
そういって、空人は右手に持った包みを開け、世移木を取り出す。
「うん、くーちゃん」
「おう」
そう答える姫と世打鬼。
「ミサっち。また、必ず来るから」
『必ず』というところにかなり激しく力をいれ、姫はひまわりのように微笑んだ。
「なんだかんだ言って、あんた面白いし。今度来るときを楽しみにしてるわ」
そういって、美沙も笑った。
「バイバイ、ミサっちとシュウっち。かしっちにもよろしくね〜」
そういって手を振りながら、姫の姿は吸い込まれるように世移木の中へと消えた。
「バイバイ」
「またね」
鷲士と美沙はそれを見送った。
「草刈・・・約束、忘れんなよ?」
「うん。でも、今度も負けないよ」
鷲士は、世打鬼に笑いかけた。
「へっ、言ってろ。・・・草刈、美沙の嬢ちゃん、じゃあな」
そして、世打鬼もまた、世移木の中へと消えた。
空人は、おもむろに世移木をかざした。すると、
ブーン
世移木が微かに震えた。
「・・・もしかして、今の、挨拶?」
「うん。この子なりの精一杯のね」
空人はそう答えてから、世移木を袋の中にしまった。そして、改まって、美沙を見る。
「今回は泊まるとことか、色々お世話になっちゃったね」
「べつに〜。あの部屋は空けとくから、また来たときに使って」
にっこりと笑う美沙。
「ありがとう。鷲士にも、色々とお世話になったね」
次に、鷲士の事を見る空人。
「僕は、何もしてないよ」
「そんなことないよ。ありがとう、本当にね」
空人は、にっこりと微笑む。
「・・・それじゃあ、さよなら、鷲士、美沙ちゃん」
「うん。またきてね〜」
美沙がそういって手を振る。
「さよなら、空君」
鷲士は、空人を真っ直ぐに見ていった。
「うん。じゃあね」
空人は、鷲士たちに背を向け歩き始めた。そして、空を歩いて、夜の闇へと消えていっ
た。
それから数ヶ月ほどして。
「ボス」
「なに、冴葉ちゃん?」
「ちょっとお耳に入れたい情報があります」
「何? 改まって」
「ひどく、不確かな情報なのですが・・・」
「珍しいわね、冴葉ちゃんにしては」
「ただの、人々の間で語られるうわさ話、都市伝説のようなものに過ぎないのですが・・・」
「都市伝説ぅ?」
「はい、空を歩むもの『スカイウォーカー』についてです」
それは、不思議な少年に関するうわさ・・・。
その少年は、さまざまな人の下に現れるらしい。空を歩んで突然に・・・。
その少年は、いつでも涼しげな笑顔で笑っているらしい。世界のすべてを楽しむよう
に・・・。
その少年は、静かに、語りかけてくるらしい。ちょっとした勇気を運ぶため・・・。
そして、その少年は、空を歩いて、消えていくらしい。まるで、その存在が夢かのよう
に・・・。
しかし、出会った誰もが口をそろえてこういった。「その子は、確かにそこにいた」と・・・。
誰かが呼んだ、その少年をのことを。空を歩むもの、「スカイウォーカー」と・・・。
高い、高い、空の上。
まるでそこだけに足場があるかのようにたたずむ少年が一人。
「今度は、どこへ行こうかな?」
少年は首を傾げる。
「どこでもいいか・・・どこに行こうと、この世は楽しい」
にっこりと微笑み、少年の姿をした彼は、ゆっくりと空を歩き始めた。
天木空人。世移木と出会いを経て、人と異なるものとなりながら、それでもなお、静か
な微笑を湛え、空を渡り、世界を見守り、楽しむもの。
人は彼を空を歩むもの・・・・・スカイウォーカーと呼ぶ!
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