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「姉君どの・・・」
「シロちゃん・・・ああっ、そこ、もっとお・・・」
「うむ・・・ではここは?」
「ああっ、そこも。もっと強く・・・お願い・・・」
「よしよし、それ。どうじゃ? よくなったか?」
「ううん・・・はあ・・・気持ちいい・・・お願い・・・もっとお・・・もっとやってえ」
「あのー・・・」
恐る恐るといった様子で鷲士がシロと美沙に声をかける。
「なんじゃ、父君どの」
「何? 鷲士くんもやってもらう? シロちゃんのマッサージ。すっごく気持ちいいんだから」
そう言いながら美沙は笑顔で両肩をぐるぐる回す。
「姉さま、大丈夫なんですか?」
「まあね。外した本人に治してもらったっていうのはなんかフクザツだけど・・・」
「そうせねば樫緒がくすぐるからのう・・・」
ここは真っ二つになったテレビが置かれ、ドアが蹴破られてさらにみすぼらしくなった鷲士(と美沙)の部屋である。
アパート前の道路の闘いの後、美沙の外された両肩、両膝の関節はとりあえず鷲士がはめこんだのだが、大事をとって病院へ連れて行こうとした。だが、さんざん樫緒に「おしおき」されたシロがお詫びもかねてということで、美沙が元通り動けるようマッサージを申し出たのだ。正直、鷲士は不安だったが意外にも美沙はシロの申し出を受け、治療してもらったというわけだ。
「・・・さて、もう大丈夫なようじゃし、わしはこれで」
「ちょっと待ちなさい」
そそくさと退散。とばかりに立ち上がろうとしたシロの首根っこを、ぐわしっとばかりに樫緒がつかむ。
「なに逃げようとしてるんです?」
「いや・・・ 別にそういうわけでは」
「とにかく!」
樫緒はシロをその場に強引に座らせ、正座させた。
「あなたがいったい何者なのか、なぜ姉さまを・・・ トレジャーハンターを憎んでいるのか、ちゃんと話していただきます」
シロはおずおずと樫緒の顔色をうかがっている。樫緒はというと、意見は全く受け付けない。といったきびしい目つきでシロを見ている。
「・・・話さなければならんか?」
「はい」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「今夜のごはんは・・・」
「くすぐりますよ」
その台詞にシロはびくりと体を震わせ、しおしおとうつむいた。よほど効果があったようだ。
「うむ・・・ 分かった。だが、どこから話せばいいかのう」
「話せるところからでいいです。時間はあるでしょうし」
するとシロは目を閉じて腕を組み、なにやら考え込んだ。おそらく何を話せばいいのか、どこから話せばいいのか思案しているのだろう。
時計の針が、コチ、コチとゆっくり、だが確実に時を刻んでいく。それでもシロは、腕を組んだまま、話し出そうとはしなかった。
「・・・シロさん?」
返事はない。
「ちょっと、シロさん? どうしたんですか」
「・・・ぐー・・・すー・・・」
・・・返事はない。だがどう聞いても寝息としか聞こえない気持ちよさげな声が返ってきた。
「ちょっと、シロさん! なに寝て・・・」
「なにを寝てんのよ、あんたわあ!」
気合の入った声とともに、いつの間に作ったのか、大きなハリセンが乾いた音と共にシロの顔面にヒットした。
「ぶっ! な、なんじゃ?」
シロはたたかれて赤くなった鼻を押さえた。
「ね、姉さま?」
「美沙ちゃん、いつの間に作ったのそれ・・・」
鷲士のしごくもっともな疑問を無視して美沙はシロの前に仁王立ちになる。
「あんたねえ! ボケるか真面目にやるかどっちかにしなさいよ!」
「わ、わしはいつでも大真面目じゃ」
「余計にタチが悪いわよ!」
美沙は立ったまま、シロの胸ぐらをぐいっとつかんだ。
「いい? 今度ボケたらこのハリセンで容赦なくいくからね」
「・・・九頭竜」
「へ?」
急にトーンの低くなったシロに、美沙は思わずつかんでいた手を離した。
「・・・姉君どのは、カシオは、父君どのは九頭竜を知っておるか? 人にして人にあらざる力を持つ、太古よりの妖拳法を・・・」
シロはゆっくりとその場にいる三人を見渡した。その金色の瞳の中には、「闇」とでも呼べるようなものが確かにあった。
「九頭竜? 九頭竜なら、僕が使え」
「やあっ!」
「・・・・・・・・・!!」
雰囲気に気が回らず何か言おうとした鷲士のみぞおちに、手加減なしの美沙の手刀が決まる。鷲士は声もなく、その場にうずくまってしまった。
「うん? どうしたのじゃ、父君どの。具合でも悪くなったか?」
「いえ、なんでもありません。それよりもシロさん、九頭竜がどうしたんです?」
すばやく樫緒がフォローに回る。双子の絶妙なコンビプレイで「鷲士は九頭竜の使い手」であることはバレずにすんだ。こちらからの情報は最小限、相手の情報は最大限にというのは基本中の基本である。
「・・・なんだか引っかかるが、まあよい。え〜っと、どこまで話したかのう?」
「いえ、まだ何も話してませんけど」
「そうか? ではまず・・・ わしらの先祖がどこからきたかじゃが・・・ 実はこの星のものではないのじゃよ」
「「なんですって!」」
美沙と樫緒が見事にハモる。鷲士はまだ胸をおさえてうずくまっている。
「この星のものではないって・・・ それじゃあ・・・」
「うむ。遠い遠い昔、人間がまだ言葉も知らなかった時代にはるか空の彼方よりやってきたのじゃ。それこそ気の長くなるような時間をかけてな」
来訪者。美沙と樫緒と鷲士の頭に浮かんだ共通の単語はそれだった。シロはなおも話しつづける。
「この星に降り立った先祖は、ヒトに少しばかりの知恵をさずけた。言葉、火の起こしかた、身を守り、狩をするための道具、簡単な薬の作り方を教え、代わりにこの星に住まわせてほしいと願い出たのじゃ」
「へ? なんでそんなことしたの? 勝手に住み着けばよかったんじゃない?」
「さあ、そこはわしにもわからぬ、なにか事情があったのだと思うが。とにかく、先祖はそのまま高き山の頂に村をつくり、そこでこの星に最初から住んでいる者の邪魔にならぬよう、ひっそりと暮らし始めたのじゃ」
「そうですか・・・ それで? 九頭竜はどうなったんです?」
「うむ。それじゃが、その前に」
シロは樫緒にちょっと意味ありげな目を向ける。
「な、なんですか」
「喋りすぎてノドが渇いた。茶を一杯・・・」
「あんた・・・ ボケるつもりなら、またコレで後頭部をはたくわよ」
いつでも用意はできている。とばかりに美沙はハリセンを構える。それを見たシロは残像ができるぐらいの速さで首を横に振った。その様子を見た鷲士は苦笑しながら台所へと立つ。
「いいよ。僕がお茶入れて・・・ ついでに何か作ってくるから、皆は話を続けてるといいよ」
「あっ、どうせなら酒を少々・・・」
調子にのったシロを樫緒と美沙がにらみつける。
「・・・くすぐりますよ」
「・・・はたくわよ」
「えっと、どこまで話したかのう。そうそう、山に引きこもったところからじゃったな」
あわててシロは正座しなおす。
「え〜っと・・・ しばらくは平和にくらしておったそうじゃ。しかし、そこに人がたずねてきて、こう言った。『おまえたちの持つ知恵や知識、道具をすべてよこせ、さもなくばおまえ達をひどい目にあわせてやる』と」
「へ? それって・・・」
「いわゆる脅迫じゃな。もちろん渡せるわけがない。人が使いこなせるようなものではないし、どれも使い方を誤ればこの星に大きな影響を及ぼすものじゃったからのう」
来訪者の残した遺産、オーパーツ、ハイアート。遠い未来に様々な名で呼ばれることになる大きな力を持った道具。それは文明初期にあった人間に使いこなせるものではない。そう言ってシロの先祖は断った。人間はその場はおとなしく引き下がった。が、その七日後に今度は数十人で山を登ってきたのだ。そしてこう詰め寄った。
「・・・『これが最後だ。おとなしくおまえ達の持っているものを全てよこせ、知恵も道具も、全て俺たちのものだ、俺たちが使う。断るというのならひどい目にあわせるぞ』とな」
樫緒と美沙はシロの話にじっと聞き入っていた。
「それで、どうなったんです?」
「当然、断ったとも。おまえたちのような輩に渡せるものではない、と言ってな」
そして人間との戦いが始まった。シロの先祖はそのときの人間の文明では使い方さえ分からないような武器で応戦した。相手は百人にも満たない。一日とかからずに倒せるはずの敵だった。本来ならば。
「・・・通じなかったのじゃ、その人間たち・・・ いや、人間ではない。九頭竜という化け物には」
人間にはありえないスピードで動き、一蹴りで大地をひっくり返し、生命の流れとも言うべき「気」を巧みに操ることによって驚くべき戦闘能力を持った「九頭竜」に対してなす術はなかった。
「戦いなれていなかったというのも原因のひとつではあったがな。ともかくこのままでは何もかも奪われるのは時間の問題じゃった。そこで先祖は一つの賭けに出たのじゃ」
「賭け・・・ ですか」
ちょうどその時、鷲士がお茶と茶菓子を持ってきた。
「おまたせ。熱いから気をつけてね」
「お、すまぬな、父君どの」
シロはお茶を受け取るとおいしそうに飲む。ズズズズズ・・・ とお茶をすする音がボロアパートの一室に響く。
「・・・さて、どこまで話したかのう」
シロはもう一杯、と鷲士に湯飲みを手渡した。
「賭けに出た、というところからです」
樫緒はもう結構、とばかりに鷲士に湯飲みを手渡した。ちなみに美沙はまだ飲み終わっておらず、両手で湯飲みを持っている。
「うむ・・・ 進退きわまった先祖がとった最後の手段は空間の断絶、いわゆる強力な結界を張ろうというものじゃった」
それはあまりにも危険な賭けだった。何もない宇宙空間ならともかく地球上で、しかもごくごく狭い範囲での空間操作を行うというのはあまりにも危険なことだからだ。下手をすれば時間軸までが入り乱れ、この星ごと空間からも時間の流れからも切り離され、消し飛んでしまう可能性があったのだ。
「なにより結界をはるのに成功したとしても九頭竜に通じるかという問題があったのだ。だがもはやこれしか手が残されていない以上、やるしかなかった」
「それで?」
美沙が身を乗り出してくる。
「それでどうなったの?」
「もちろん成功したとも。でなければ、わしがここにおるわけがなかろうが」
当然といった表情を浮かべてシロは三杯目のお茶を鷲士から受け取る。
「あっちい!」
「ああ、ゴメン」
鷲士があやまるがもう遅い。あまりの熱さにシロは思わず手にした湯飲みを放り投げてしまったのである。そして湯飲みとその中に入っていた熱い液体はそのまま見事な放物線を描いて近くにいた人の頭へと落下した。
「あっちチチチチチ!」
思わず樫緒は立ち上がり、ぶんぶんと頭を振って、かぶった熱いお茶を振り落とそうとする。突然の「奇襲」に力を使う間もなかったようだ。
「樫緒くん!」
「ああ、カシオすまぬ! 早く何か拭くものを・・・ ぶっ!」
慌てて立ち上がろうとしたシロの顔に美沙のハリセンがヒットする。
「あんたねえ! ボケは無しってあれほど言っといたでしょうが!」
「い、今はそんなことを言うておる場合ではなかろうが!」
「ね、姉さまもシロさんも。言い争うのは止めてください!」
「樫緒くん! タオル持ってきたからこれで・・・」
10分後
「それで?」
少々不機嫌な声の樫緒が頭にタオルを乗せたまま言う。ちなみに頭からはまだ湯気がでていたりする。
「賭けに成功して、どうしたんです?」
「うむ・・・ 結界によって侵略の危険はなくなった。そして先祖は自分たちの持っているものを、必要最小限のものを残して処分していった」
「へ? なんで処分したの? それに必要最小限のものって?」
「農耕や、狩に使う道具だったと聞いている。結界を張ったとはいえ、穀物はともかくとして、外に出なければ鳥や獣は捕ることはできぬからのう」
そう言って今度は温めなお茶を飲んで一息つく。
「それに武器を手元に置いておいても九頭竜にはまるで通じなかったし、それ自体がその忌まわしい出来事を思い出させるからというのが理由らしい・・・ だが、どうしても処分できない危険なものが、少数とはいえあったのだ」
シロの先祖は悩んだ。このまま結界の中に置いておけば安全だという意見が圧倒的に多かったのだが致命的な問題もあった。空間を操作した「内側」に置いておけば、そのひずみから来るエネルギーに反応していつ暴走しだすかわからなかったのだ。
「あまりにも強力な結界ゆえに、それが安定するまでかなりの時間を要する。結界の中も安全というわけにいかなかった」
そして最後の決断を下した。人が、九頭竜が決して近づくことすら出来ないような「天然の結界」と呼べる地に、何十にも封印をした上で、結界が安定するまで安置しておこうと。
「え・・・ じゃあそれって・・・」
「もしかしてそれが、来訪者の遺産?」
美沙も鷲士も驚きを隠せないようだ。樫緒も平静を装ってはいるものの、内心では気持を整理するのでやっとだった。
「そう・・・ 姉君どのや父君どの・・・ お主らトレジャーハンターが狙っているモノの正体じゃよ。ほんの一部であることに違いはないが、な」
いつのまにかシロは両手を握り締めている。
「そして結界が安定するそのときまで、封印を見張る任についた者の末裔が・・・ わしらじゃよ」
「じゃあ、シロさんがトレジャーハンターを憎む理由って、もしかして・・・」
シロは答えない。ただうつむき、両肩を小刻みに震わせている。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
「シロちゃん?」
「・・・今わしに話かけんでくれ、父君どの、姉君どの」
心配そうに声をかける二人を、シロははっきりと拒絶した。
「今は・・・ おそらく手加減はできん。関節をはずした程度で済みそうもない・・・」
そう言うと、シロはすっくと立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。
「シロさん? どちらに?」
「少し外の空気を吸ってくる。すぐに戻るよ・・・」
それだけ言うと、振り向こうともせずに早足で出て行った。樫緒はなにも声をかけることができず、ただ背中を見つめることしかできなかった。
「追いかけなよ、樫緒くん」
「しかし・・・」
鷲士の隣には、先ほどまでとは違う、黙り込んだままうつむいている姉の姿があった。
「大丈夫。頼りないかもしれないけど、美沙ちゃんのことは僕にまかせて。それに・・・ 樫尾くんはシロちゃんに言いたいことがあるんじゃないの?」
樫緒ははっとした表情で鷲士の顔を見る。鷲士はいつものように、にこにこと微笑んでいた。
「・・・すいません父さま、姉さまをたのみます」
そして樫緒は走り出した。空ではちょうど、太陽と月が交代しようとしていた。
住宅地から少し離れた場所にある、公園と呼ぶにはおこがましい広さ、そのうえ遊具がひしめきあっているせいでそれ以上に狭く感じる「公園」。その隅にあるベンチに、シロは座り、薄暗くなりかけている空を眺めていた。別にここに来たくて来たわけではない、真っ白になってしまった気持ちを落ち着かせるために、ただひたすら歩き回っていたらここについたというだけだ。
そのベンチの隣にあるブランコのそばに、まるで音もなく少年が現れた。誰かは分かっていたが、一応、そちらに目を向ける。
「カシオか・・・」
シロはそれだけ言うと、再び視線を空へと向けた。樫緒は何か言おうとしたが、結局なにも言えず、シロのそばへと歩み寄った。そしてそのまま、二人とも黙ったまま、ただ時間だけが流れていく。
「何をしに来た?」
ふいに、シロが話題を切り出した。言いたいことがあるはずなのに、言うことが出来ない。胸の中でもやもやしたものが渦を巻いているようだった。
「・・・姉さまを、責めないでください」
やっと樫緒の口から出てきた台詞はそれだった。シロは座ったまま、ゆっくりと樫緒のほうに視線を向ける。
「姉さまにも、いろいろ事情があるんです」
そして樫緒は話し出した「姉がトレジャーハントをしなければならない理由」を。シロは何も言わず、ただ、聞いていた。
「そうか・・・ 姉君どのもなかなか苦労しておるな・・・」
「だからお願いです、もう姉さまを傷つけないでください。姉さまもいろいろと苦しんでいるんです」
シロは答えなかった。代わりに再び空を見上げる。その瞳は、まるでここではない別の場所を見ているようだった。再び静寂が訪れる。それを破ったのは、シロだった。
「カシオはそれを言うためにここに来たのか?」
静かな問いに、樫緒は答えなかった。答えられなかった。違う、自分はこんなことを言うためにここに来たんじゃない。
樫緒の内心の葛藤を知ってか知らずか、シロはベンチから立ち上がると樫緒に背を向けた。そして何を思ったか、突然着ていたGジャンをその場に脱ぎ捨て、さらにその下に着ていたシャツに手をかけ、ゆっくりと脱いでいく。
「シ、シロさん! 何をしているんですか!」
樫緒はあわてて目をつぶり、顔をそむける。だがシロが服を脱いでいくときに立てる衣擦れの音は、今シロが裸になっていることを樫緒に教えるには十分なものだった。
「シロさん、服をきてくださいよ!」
「カシオ、見ろ」
「み、見ろと言われても・・・」
「いいから見ろ」
シロにうながされて、樫緒はゆっくりと目を開ける。幸い、シロが脱いだのは上半身だけのようだ。だが、次の瞬間、樫緒の目は大きく開かれた。
「なっ・・・!」
「どうじゃ、期待していた女子の裸とはまるで違うじゃろう?」
シロの背中には、まるでチェーンソーでえぐられでもしたかのような痛々しい傷が、左肩から右のわき腹にかけて走っている。
「どうしたんですか、それは・・・」
「実戦と訓練は違う。ということを教えてくれた傷じゃよ」
そしてシロはゆっくりと前をむく。樫緒は今度は目をつぶろうとはしなかった。
「・・・!」
声も出なかった。ふくらみかけた胸、抱きしめたら折れてしまいそうな腰、そんな幼さの残る(400歳だが)姿態に縦横無尽に走る傷、傷、傷。もはや傷のないところを探すほうが難しかった。シロはその中の一つ、下腹部にある比較的大きめの傷をそっとなでている。それは何か太い槍のようなもので刺されたような傷だった。
「その傷は・・・?」
樫緒は聞いた。そして後悔した。
「・・・わしにはもう、子は産めぬよ」
シロは嘲るような笑みを浮かべた。樫緒はもはや何も言えず、ただうつむくしかなかった。
「・・・やつらがなんと言うか教えてやろうか? 『ここまで来てあきらめられるか』『そんな脅しが通じると思ってるのか』『文句があるならかかってこい』『オレをなめるな』・・・」
シロの体が小刻みに震えている。それを止めようとでもするかのように、自分で自分を抱きしめている。それでもシロの体についた傷は隠れなかった。
「見逃しても、殺しても、次から次にやってくる。それこそ手を代え品を代えな。それをもっと別のことに生かせばいいものを・・・!」
シロはさらに自分の体を強く抱きしめる。
「皆・・・ 皆殺された! ポチもミケもタマもクロも・・・ 皆、殺された! くだらん名誉と金と、使い方をあやまれば何が起こるか分からない「道具」のために! みんな死んだ!」
金色の瞳に、狂気とも呼べるような光が宿る。
「次は! 次はだれじゃ? わしか? わしが死ぬのか? 上等じゃ! 殺せるものなら殺すがいい!」
「シロさん・・・」
「もはや女としては生きられぬ・・・ こんな子も産めぬような身体で! 傷だらけのズタズタな身体で! わしをこんな風にしたのは誰じゃ・・・ 殺してやる・・・ 殺される前に一人でも多く殺して」
「シロさん!」
「!!」
樫緒は思わずシロを抱きしめた。上半身が裸だということはわかってはいたが、そうせずにはいれなかった。シロが・・・ どこか手の届かない所へ行ってしまいそうな、なにか別の「モノ」になってしまいそうな気がして。シロは樫緒の突然の行動にびくりと身体を震わせたが、すぐに樫緒の胸にすがりついて、そして、泣き出した。
「いや・・・ グスッ・・・ もういや・・・ だ・・・」
流れ出した涙は止まることなく、樫緒の胸を濡らしている。樫緒はふわふわした感じのある白髪をゆっくりと撫でた。
「大丈夫です・・・ 僕があなたを・・・ 守ります」
唐突な樫緒の台詞に、シロはびっくりした顔で樫緒を見上げた。
「姉さまのこととか、僕にとってもいろいろありますけど・・・ これだけは誓います。あなたを傷つけるものは・・・ 僕は絶対に許さない」
それは自然に出てきた言葉だった。これが言いたくてシロを追いかけてきたのかは分からないが、心の底からはっきりと言うことが出来た。
「カシオ・・・」
シロは樫緒の胸に顔を埋めると、子供のようにわんわん泣き出した。樫緒はシロの身体を、少しとまどいながらもそっと抱きしめる。
いつのまにか薄暗くなった空には、一番星が輝き始めていた。
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