DADDYFACE SS
「いつも心に輝きを 6 〜ひねくれた一日〜」
written by 水鏡 一



 目を覚ますと、ぼんやり見慣れない天井が見えた。ここは、どこだろう? 薄暗い中、とりあえず体を起こそうとするが、なぜか体が動かない。どうしてだろう。とりあえず、いろいろ体を動かそうと努力してみる。そして体が動かないのではない、右半身に何かが乗っかっていることに気づいた。なんだ? 何が乗っかっているんだ? それを確かめるために右腕を動かす。何やらプニプニしたものが手にあたる。何だ? その正体を確かめるため、さらに右手を動かしてみる。と。
「あン・・・」
 しゃべった。しかもよく知っている声だ、でもまだ頭がぼうっとしていてそれが誰の声かわからない。それに、触っていてとても気持ちいい・・・。
「うン・・・ くううン・・・ ふあ・・・」
 誰だろう、この人は・・・ ゆっくりと視線を声のする方に向ける。そこには見慣れた白髪の少女が自分の右半身に乗っかるようにして寝ていた。そうか、この気持ちいいのはこのコの体なんだ・・・。 そう思いながらなおも無意識に手を動かす。
「あ・・・ あン・・・ ふっ あっ ああ・・・ んっ・・・」
 自分が手を動かすたびに、白髪がゆれる。だれだっけ、白髪の少女。目を閉じているから瞳の色は見えないけれど僕は知っている。金色なんだ、いつも金色の瞳で僕を見る。
「ン・・・ あああ・・・ ひいン・・・ んっ んっ ああ・・・」
 そうだ、思い出した、シロだ、シロが僕のそばで寝てるんだ、そして僕が触っているのはシロの・・・ シロの・・・ シロの・・・?
「あう・・・ あっ あっ うああ・・・ ふっ・・・ うあ・・・ そ・・・ こ・・・ ダメェ・・・ ひはあ・・・ はあう・・・」
「う、うわあああああああああああああああああああああああああ!!」
 ようやく自分が何をしているのかを理解して、樫緒は器用にシロをその場に残したまま、病院のベッドから転げ落ちた。後頭部に鈍い痛みが走る。いつつつ・・・ と床に打ちつけた辺りを押さえて座り込んでいると、パタパタと軽い足音がして部屋の明かりがつく。突然の光に思わず目を細めた。
「な〜にやってんの」
 目を細めているせいで視界が狭くなっているためによく見えないが、転げ落ちた自分に手を伸ばしているのは自分そっくりのツインテールの少女。
「姉さま・・・」
「とりあえず報告、今はあんたたちがニャンニャンランドに入ってから14時間たってます、もうとっくに夜よ。まったく、冴葉ちゃんから連絡があったときはびっくりしたわよ」
「ではここは姉さまの・・・?」
 美沙の手を借りて樫緒はうちつけた後頭部をさすりながら立ち上がる。
「そ、ラマダンの医療室よ」
「それはいいとして、なぜシロさんがここで寝てるんですか?」
 この騒ぎにまるで気づいていないのか、パジャマ姿のシロはスヤスヤとかわいらしい寝息を立てている。少し息が荒いのは・・・ そこまで考えてブンブンと首を振る。考えるな、考えるんじゃない結城 樫緒!
「どうしたの?」
「いえ、別に何も!」
 思いっきり挙動不審なのだが、美沙はまあいいやと話を続ける。
「実はね、シロちゃんがあんたの怪我を治してくれたのよ」
「え?」
「覚えてない? あんた腹部の肋骨と鼻の骨にヒビが入ってたのよ。たぶんお腹と顔面をおもいっきり殴られたか蹴られたかしたと思うんだけど」
「・・・・・・あ・・・」
 思い出した。『力』を押さえつけられ、動けなくなった自分の腹を殴り、顔を蹴った男。そして自分を「弱い」とはき捨てた男・・・。
「シキ・・・」
「ん? 何か言った?」
「いえ・・・ で、僕の怪我をシロさんが?」
「うん。ヒーリングってやつかな? みるみるうちにってわけじゃないけど普通に直すよりはぜんぜん早かったし。で、治し終わったらいきなり倒れこんじゃって、あんたの隣のベッドに寝かせたんだけど・・・」
 そう言って、やれやれと首を振る。
「いつのまにか、あんたのトコにもぐりこんだみたいね・・・」
 シロは相変わらず寝息を立てており、起きる様子は無い。樫緒はシロにそっと毛布をかけた。
そういえば、シキは言っていた。「紅の指輪なしに竜具を起動させた」と。もしかしたら、それだけでも大変な負担になったのではないか。そして不甲斐なくやられた自分を助け、空間から脱出し、そして自分の怪我を治すために倒れこむまで力を使う。それに比べて・・・
「どうしたのよ、ため息なんかついちゃって」
 自分でも知らないうちにため息が出ていたらしい。樫緒は姉の顔を見やる。
「姉さま・・・ 僕は、情けないですか?」
 公園でシロを護るといいながら結局はどうだ、護ってもらったのは他ならぬ自分ではないか。
 そんな樫緒の様子をじっと見ながら、美沙は口を開いた。
「あんたがなんで自分を『情けない』と思っているのか知らないけど・・・ そう思うのが嫌なら、そうならないように努力をするべきじゃない?」
 姉の声は静かだった。嫌になるくらい、静かだった。
「そう・・・ ですね」
 だからそれしか言えなかった。しょんぼりとうつむく樫緒に、美沙は明るい声で言った。
「ま、でも一番情けないとおもうのは、いっしょのベッドにいたってのに何も手を出さなかった事だけどね。ま、ムリないか」
 あはははは、と笑う美沙のセリフに、樫緒は耳まで真っ赤になる。
「姉さま! 僕が、結城の後継ぎたるこの僕が、婦女子の寝込みをお、襲うというのですか! いくら姉さまとはいえ、聞き捨てなりません! 撤回してください!!」
 無意識とはいえ、さっきまでの自分の行為を思い出して思わず大声で怒鳴る。
「じょ、冗談よ。何よ、そこまで怒んなくたっていいじゃない・・・」
 真相を知らない美沙は、不満そうにブツブツ言いながら部屋を出て行った。


 その次の日の朝、ズズズズズ・・・ と音を立てて、お碗に盛られた味噌汁が消えていく。
「う〜ん、美味美味。父君どの、おかわり」
 そう言って、シロは鷲士に空のお碗を差し出す。その後頭部にハリセンの一撃が飛ぶ。
「調子に乗ってんじゃない!」
 小気味いい音とともに、シロが頭を抱えてうずくまる。
「うう・・・ 痛い・・・」
「まあまあ、美沙ちゃん。お腹がすくのは健康な証拠って言うし・・・」
「だからってこのままいいように食べさせてたら日が暮れるわよ」
「いいではないか、一日中食べていられるならこれ以上幸せなことはあるまいに」
「あんたの価値観で世の中見てんじゃないっ!」
 再びハリセンチョップがシロに飛ぶ。ただし今度は前からだ。
「うう・・・ またままた痛い・・・」
 鼻を押さえてうずくまる。気のせいか、回を重ねるごとに手首のスナップのキレがよくなっているようだ。
 ここは高級ホテル・ラマダンのスイートルームだ。サッカーができそうなくらいの広い部屋に豪奢な内装、その真中に敷かれた6畳の畳とおそまつなちゃぶ台。そしてその脇には味噌汁の入ったなべと炊飯器、あと梅干の入った壷がある。まるでそこだけ鷲士のボロアパートのようだ。
「やっぱり畳って落ち着くよね・・・」
 そう言いながら鷲士が出がらしのお茶をすする。美沙は思わず頭をかかえた。
「もう・・・ とにかく昨日何があったのか話してよ。そうすればいくらでも食べていいから」
 まるで子供に言うことを聞かせる母親のような心境である。
「そうは言うが姉君どの・・・ カシオはどうしたのじゃ?」
「樫緒なら、今日は外せない大切な会議があるからって、仕事に行ったわよ」
「むう・・・」
 とたんにシロのほっぺがぷくりとふくれる。まるで食べ物を詰め込んだハムスターみたいだ。どうやらシロの中で、天秤は食べ物より樫緒のほうに傾くらしい。比べられるのが食べ物というのがシロらしいが。
「むくれなくても今夜にはちゃんと帰ってくるわよ。だから、ね?」
「姉君どの・・・ 父君どの・・・」
 シロはゆっくりと二人を見やる。その金色の瞳は、静かな『何か』をたたえていた。
「わしはトレジャーハンターを信用したわけではない」
 短い、けれどはっきりとした拒絶。美沙も鷲士も、一瞬言葉を失った。
「じゃが・・・」
 シロはお茶をすすって話を続ける。
「姉君どのの手紙に書いてあったこと、それは信じようと思う」
 美沙の顔に、少しの笑顔が浮かぶ。
「・・・じゃあ」
「話さなくてはなるまいのう、じゃが『昨日何があったか』だけじゃぞ」
 シロの顔にも笑みが戻る。
「ねえ、手紙って? 美沙ちゃん何を書いたの?」
「ヒミツよ、こればっかりは、ね」
 美沙はいたずらっぽく微笑んだ。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま・・・ 坊ちゃま?」
 樫緒が結城の屋敷に帰り着いたときには、もうとっくに日は沈んでいた。いつものように出迎える山岡に返事もせず、樫緒は足を引きずるように自分の部屋へと向かう。
「ハア・・・」
 体の中の空気を全て吐き出すかのようなため息をつき、上着も靴下も着たままで、明かりもつけないままベッドに仰向けに寝転がる。頭が重い、なにかよくないものが詰まっているかのようだ。樫緒は体を横に向け、今日一日を振り返る。
 ラマダンから会社へと向かい、書類に目を通し、会議を行い、心理戦の駆け引きをし、自分に有利なように運んで契約完了、家路につく。その間、自分に向けられていた視線。羨望、尊敬、恐怖、畏怖。同じようなスーツに身を包んだ、顔すら覚えていない大人たち。そいつらが見ているのは「樫緒」ではない、「結城」なのだ。今まではそんなもの別にどうとでもなかった。結城の後継ぎとして生まれたのだ、特別な力を持って生まれたのだ、それが当然、それが現実・・・ なのに・・・。
「ふう・・・」
 再びため息をつく。
「なにをため息なんぞついておるのじゃ」
「うわあああ!」
 突然の声に思わず驚いた声を出す。
「シロ・・・ さん・・・」
「断っておくが、ノックもしたし声もかけた。それでも返事がなかったから入ったのじゃ。わしは悪くないぞ」
 返事がなければ入ってよいということではないのだが、シロにはそういうことは通じない。
「何の、用ですか?」
「何の用って・・・ カシオ、ご飯じゃ」
 それだけ言うためにここに来たのか・・・。
「今日の仕事で疲れたか? それでも少しは食べぬとよく眠れぬぞ」
「すいません、少し横になりたいので」
「そうは言ってもカシオ、山岡どのも心配して」
「いいからッ! 出て行けと言っているんだっ!!」
 突然の怒鳴り声に、シロはビクリと体を振るわせる。
「カシオ・・・? 何を怒って」
「いいですから、ご飯が食べたいならさっさと食べてくればいいでしょう! 僕はあなたのお守りじゃないんだ、自分の事ぐらい自分でやったらどうなんですか! 指輪のことにしたってそうでしょう!」
 そこまで怒鳴って、後悔した。協力を申し出たのは自分なのに、護ると誓ったのは自分なのに、負けたいらだちを、結局何も出来なかった弱さを、それどころか日々積もった不満さえも目の前の少女にぶつけてしまった。
「もう、出て行って・・・ ください。ここから」
 静かに、だがはっきりと言葉をつむぐ。違う、僕はこんなことが言いたいんじゃない。だがそんな思いとはうらはらに、樫緒はうつむき、シロの顔を見ようともしなかった。だがまだそこにいることは気配で分かる。シロは一体どんな顔をして自分を見ているだろう、怒ったか、それとも軽蔑されてしまったろうか・・・。
 ふいに、うつむいたままの樫緒の体を、ふわり、と何かやわらかくて温かいものが優しくつつむ。そして・・・ 自分の右ほほに感じる水のような液体。自分が今抱きしめられていると分かったのはしばらくしてからだった。
「シロ・・・ さん、泣いているんですか?」
 バカなことを聞いた、泣かせたのは他ならぬ自分だというのに。
「すまん、気づかなかったで済む問題ではないな・・・ 許してくれ・・・」
 そう言ってシロは樫緒を強く抱きしめる。そして、離れる。
「実はな、わしなりにいろいろ考えたのじゃが・・・ カシオの言う通り、出て行こうかと思う」
「え・・・?」
「今回の件、わしの不注意で樫緒に大ケガを負わせたし、紅の指輪を盗んだ犯人がシキとわかった以上、これからはわし一人でやるほうが・・・ その、いろいろと都合がいいだろうし」
 窓の外の月明かりだけでは不十分で、シロの顔はよく見えない。いつものようににこにこと笑っているのだろうか、それとも・・・ やはり泣いているのだろうか。金色の瞳を涙に濡らして。
「いままで世話になった。礼は何もできぬがカシオと過ごした日々は絶対に忘れぬよ、400年生きた中で・・・ 一番楽しかった」
 閉め切られたはずの部屋に、ふわりと風が舞う。
「正直に言うとな、最初はおぬしの力なぞ借りずともやっていけると思っていた。だが・・・ やはりわしもまだまだ修行が足りぬようじゃ。慣れぬ異国の地で途方にくれて・・・ そんなときにカシオに会えた。本当に・・・ うれしかった・・・ では、元気でな・・・」
「ちょ・・・ シロさん! ちょっと待ってください!」
 そう叫んだ時には、すでにシロの姿はそこにはなかった。窓の外に浮かぶ月だけが、その様子をじっと見つめていた。

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